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ポラントリュイだより: スイス・ジュラの年中行事~目白押しの祝日編

モンセヴェリエ村祭り
▲ジュラ州モンセヴェリエ村祭り(6月23日)
(ジュラ州旗があちらこちらに翻り、人口僅か500人の村が活気を増す)
世間ではもう秋の気配漂うというのに、執筆上は春から夏にかけての行事について述べることになり、季節違いもいいところである。筆者の遅筆をどうぞご勘弁 下さいませ。

復活祭休暇(スイスの州によって違うが、2週間から3週間の学校休暇)が終わってしまうと子供達は嫌々ながら通学を始める。しかし、カトリック州、とり わけジュラ州の児童や先生方が文句を言うのは贅沢というものである。というのは、これから夏休みまで、どちらかと言えば楽をさせてもらえるからだ。1~2 週間に1回という割合で祝日や連休が待っている。

2009年度のカレンダーから拾ってみよう。5月1日はメーデー。しかし、我が夫が働くベルン州某M市は、この日も仕事である。そうでなければ学生のよ うに三連休となっていた。その20日後、5月21日木曜日からは昇天祭の四連休が始まる。これも、前回の記事「復活祭編」で述べた通り、移動祝日である復 活祭によって決まる。正確には、復活祭から数えて6回目の日曜日の後の木曜日に昇天祭がある。金曜日は公的には祝日ではないが、学校や企業はこの金曜も休 みにするところが多い。復活祭でキリストの復活を祝い、40日後、昇天を祝う。聖書中の、キリストの弟子達による福音書に忠実に祝日が決められているあた り、「スイスの国教はキリスト教」と称する所以である。
スイスジュラ州のカレンダー2009年5月6月
昇天祭の10日後、キリストの弟子達に聖霊が降りてきて宿ったという聖霊降臨祭(ペンテコステ)がある。この日は日曜だが、翌月曜日は休日であるため、 三連休となる。ポラントリュイでは、この日曜日に小学4年生のカトリック児童が初めて聖体拝領をする儀式がある。カトリック教会では聖餐を「聖体の秘跡」 といい、パンとワインがキリストの体と血に変化し、それを信徒が分け合うことがミサの中心的儀式である。ただ、実際我々が口にする聖体は、パンではなく、 円くて薄ベったい煎餅のようなものである。ほんのり甘く、さっぱりと美味しい。

アイスクリームケーキ
▲2007年、次女リサの初聖体拝領を祝って
ケーキはレストランにお願いして作ってもらった
ヴァシュランクリーム入りのアイスクリームケーキである

聖体の祝日
▲聖体の祝日
普段は駐車場となっている広場でミサをしてから旧市街を歩いた。警察の協力で、この時は旧市街の交通が制限される。泉の向こうに白い祭服を着て立っている のが、次女を含めて初聖体拝領を済ませたてほやほやの子達である

我が家では、2007年、次女がこの日に初聖体拝領をした。ミサ後は、予約しておいたレストランで、家族でお祝い。お祝いされる子供は、洗礼代母や代父 や家族から、大きなプレゼントをもらえる。

夏休み前の祝日はこれで終わりか・・・と思いきや、カトリック教会では、復活祭の60日後、つまり今年では6月11日に聖体の祝日(フランス語では Fête-Dieu)がある。ポラントリュイでは、この日の朝10時に野外ミサ(晴天の場合)があり、先日、初聖体拝領を終えた児童が全員参加する。ミサ 後は、聖体を掲げた司祭を先頭に、参列者全員が町を練り歩き、旧市街の中ほどにある「良きサマリア人の泉」前にて再び儀式がある。

バーゼル司教の支配以来、カトリックが根付き、特別信心深くあってもなくても、生活の一部になっているカトリック暦。夏休み前の祝日はこれで終わ り・・・と思いきや、ジュラ州にはまだある。ジュラ全民が誇る、独立記念日6月23日である。

ジュラ州旗
▲ジュラ州の州旗
左のカギ型のものは、司教杖を表す。かつてバーゼル司教に治められていた地域だからである。右側は、7つの地方を表すが、このうち3つの地方(ドレモン、 アジョワ、フランシュ・モンターニュ)しかジュラ州には含まれていない。残りのムーチェ、コーテラリー、ラ・ヌーヴヴィル、ラウフェンは、様々ないきさつ から、最初の三つの地域がベルン州残留、ラウフェンはバーゼルラント州を選んだ。このことから、ラウフェン以外の地域には、現在でも独立分離派が色々な意 味で熱い視線を向け、ジュラ問題を継続させる大きな原因となっている

ジュラ州に足を踏み入れると、各市町村に必ずといって良いほど、「6月23日通り」という名の通りがある。これは、1974年6月23日、ジュラ州設立 を承認する地方投票が行われ、9割近くが投票し、結果として州設立が認められた日だからである。現在のジュラ州が形成されるには、それからまた何度かの地 域別投票・国民投票を経なければならなかったが、1979年1月1日より、晴れて、ジュラ州はベルン州より独立した。
独立を記念し、6月23日はジュラ州のみが祝日。ドレモン近郊のモンセヴェリエ村では、毎年この日に村祭りが開かれ、政治家が演説する。
過去、反ベルン支配を掲げた過激な闘争もあり、現在もくすぶり続けるジュラ独立の経緯については、いつかあらためて書いてみたいと思う。

7月に入れば、6週間の夏期休暇。筆者は家族と共に嬉々として日本に帰り、蒸し暑さもなんのその、日本滞在を満喫する。8月に入ると早速祝日が登場する が、下半期の祝日は上半期ほど多くはない。以降は、次回の話題としたい。

ポラントリュイだより: スイス・ジュラの年中行事~復活祭編

クリスマスパーティの楽しみ:手作りデザート
▲2006年3月4日から5日にかけて降った60年ぶりの大雪で、ポラントリュイはすっかりマヒ状態
雪かきをしなければ車も動かせない。
(ジュラ=大雪という印象らしいが、近年のポラントリュイでは年間を通じてほとんど雪が降っていない)
クリスマスからは、学校、そして多くの会社も休みで、スイスの家族は揃ってスキー休暇に出かけたりする。
12月31日、日本で言う大晦日は、スイス・フランス語圏では聖シルヴェスターと呼ばれる。(ローマ教皇であり聖人に列されたシルヴェスター1世の命 日)この日の夜は、家族や友人達を含め、大勢で集った方が楽しいかも知れない。11時59分を過ぎるとカウントダウンが始まる。零時きっかりには花火を上 げ、「新年おめでとう!」と、皆が抱き合い、キスし合う。私は家族でしか祝ったことがないが、この瞬間だけは、見知らぬ人にもキスして良いそうである?!
日本のような、「正月らしい」風情はスイスにはまったくない。それに、1月3日から店も会社も休暇明け、平常通りに営業を始める。学校だけが、その週末 までかろうじて休みである。

「王様ゲーム」ができるパン
▲「王様ゲーム」ができるパン
(公現祭のころ、スーパーやパン屋で売られている)
別にたいした遊びではない、と思いつつも
自分の取り分を選ぶ時は結構真剣になってしまう
玄関前を雪かきした
▲我が家の前。60cmは積もっていた
生まれて初めて雪かきをし、玄関から
道に出る通路を作った!

カトリック・プロテスタントでは、1月6日は公現祭(Epiphanie)と言い、休日ではないが、生まれたばかりのイエスを東方の三博士が訪問したこ とを記念する。ほとんど祝いらしい祝いはしないが、各家庭では主として買って来た写真のようなパン、またはガレット・ド・ロワ(王様ケーキ)を分けて食べ る。そして、自分の取り分の中に小さな王様人形が入っていた人が冠をかぶり、命令をすることができるという他愛ない遊びがある。

1月、2月はかなり寒く、冴えない天気が続き、春はまだ遠い気分である。謝肉祭(フランス語でCarnaval・カーナヴァル)の仮装パレードやどん ちゃん騒ぎの翌日からは四旬節といい、復活祭まで祈りと断食の46日間だが、現在ではそれを実行する人は一般市民にはほとんどいないと断言できる。
3月、春らしくなってきたかと思いきや、いきなりドカ雪が降ったりするので油断はできない。どんなに暖かくなっても、自動車の冬用タイヤは4月までキー プしていた方が無難である。標高が高い地方では、雪は季節を問わず降ることがある。
暖冬が続いていたスイス、「地球温暖化の影響なのね! 昔はこんなに降ったのに……」と、スイス人の誰もが憂いを口にしていたここ数年だが、今年に限っ て言えば、文字通りの厳寒、ポラントリュイでも何度も雪が降り、毎日零度前後、冬らしい冬とは言え、少しうんざりしていた。そのこともあり、春を待つ行事 でもある復活祭は、今年は特別楽しみにされていた。
復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。クリスマスは毎年同日だが、復活祭 の日によって他のすべてのキリスト教行事の日程が決まる。
イエス誕生を祝うクリスマスと並び、いや、それ以上に、十字架に架けられ処刑されたイエスが三日目にキリストとして復活したことを記念する復活祭は、キ リスト教徒にとって大切な行事である。去年のクリスマスイヴのミサで、司祭が「クリスマスは復活祭の始まり」と言い、「もう復活祭の話かい」と参列者の間 でウケた。真の意味は、復活祭なくしてクリスマスは成り立たない、ということだ。イエスが十字架に架けられ、処刑され、復活しなければ、神の子としてのイ エスの誕生日=クリスマスを祝う意味がない、ということだ。

「イースター・エッグのなる木
▲義母が飾りつけた
「イースター・エッグのなる木」
スイスのお母さんのアイディアの豊富さには驚かされる

多産であるウサギも復活祭のシンボル
▲私の住むアパートの管理人の
奥さんによる飾りつけ
躍動感溢れ、多産であるウサギもまた復活祭のシンボルとなっている

定番のウサギチョコ
▲この時期、どこへ行っても
プレゼントは「ウサギチョコレート」
左が「デカ卵を背負ったウサギ」
右が「耳垂れウサギ」

卵型のイースター・ケーキ
▲友人家族からいただいた
卵型の「イースター・ケーキ」
見た目はこってりだが、メレンゲが多く
ふんわり、あっさりしていて美味しかった

復活祭に関する習慣について少し述べておく。「イースター・エッグ」と英語で言った方が日本人には分かりやすいだろうか。学校や家庭では卵の殻に様々な 色で模様を描いたり、卵(我が家では卵ではなくチョコレート)を庭や家に隠して子供達が探すというゲームもある。卵は、もともとヒナが卵から生まれること をイエスが墓から出て復活したことに結びつけたもの、また、冬が終わり草木に再び生命が甦る喜びを表したものと言われている。
クリスマスギフト用のチョコレートがようやく商店からなくなったと思っていたら、今度は復活祭用チョコレートの登場だ。どのスーパーにも山積みで置いて あり、ウサギ型、卵型(卵にトリュフチョコが植わっているという凝ったものである)など、大きさも包装も様々。どうせあちこちでもらってくるので、我が子 には敢えて買わない。親戚の子供達のために大量に購入し、復活祭当日まで壊れないように保管しておく。

復活祭前の金曜日は、イエスが処刑された日、ということで肉類は食べず、魚を食べるという習慣がある。ミサでは司祭が地に伏し(最初見た時はびっくりし たが)、十字架に架けられたイエスのための嘆きを表現する。復活祭前夜に当たる土曜のミサは非常に長い。私は2006年、この日に洗礼を受けたが、普段の 2倍以上の時間がかかるミサであった。残念ながら、復活祭の日曜ミサに出席したことがないのでどんなものかは書けない。いつも義父母に招かれ、家族で集 まって食事をするからである。チョコレート探しゲームはこの日。
どういう祝い方をするにせよ、春の復活を喜び祝い家族で集まることは、クリスマスに続き、何物にも替えがたい幸せをもたらしてくれるのである。

ポラントリュイだより: スイス・ジュラの年中行事~クリスマス編その2

非常に季節外れの話題で恐縮だが、時の経過に筆者の執筆ペースが追いつかない、ということでご勘弁願いたい。

クリスマスパーティの楽しみ:手作りデザート
▲ティラミス、キャラメル、チョコレートケーキなど、手作りデザートを食べ比べられる
のもクリスマスパーティの楽しみ(そしてまた体重が……)
家族ミサの模様1
▲家族ミサの模様~この年は、5大陸出身の子供達が
それぞれ民族衣装を着てミサを彩った

家族ミサの模様2
▲アジア出身の子供達の引率係として、真冬なのに
《浴衣》を着て参列する筆者。(恥ずかしながら、
着物を一人で着られません…)でも勿 論、「おぉ
《キモノ》は素晴らしい!」と言われましたが(笑)

クリスマスイヴ。日本では町に若いカップルが溢れる日であろうか。スイスでは、この日の夜は、たいてい、家族が集まって食事をする。学校は休暇に入り、 会社は早めに終わり、店も六時前には閉まるところが多い。我が家では数年前から夫の末妹の家に集まり、夕食を食べ、彼女の義母の手作りクリスマスケーキを 食べるという夕べが慣例行事になった。その後、行きたい者は午後10時から深夜に及ぶクリスマス礼拝に行く。
ポラントリュイでは、小さい子がいるから夜遅いクリスマス礼拝はちょっときついわ、という家族のために「家族礼拝」が午後5時から催される。教会内に は、普段の礼拝では考えられないほど多くの人でびっしり埋め尽くされ、椅子をいくら詰めて並べても足りないぐらいである。赤ん坊は泣くし、退屈して歩き回 る幼児もいるが、咎める人もなく、「これぞ本当の家族」という暖かい雰囲気に包まれている。

余計なお世話かも知れないが、ヨーロッパの一人旅は、できればこの時期は避けた方がいい。外も寒いが、心も寒くなるからである。クリスマスマーケットは あるものの、たいていの店は閉まり、また、地元民は家族で寄り集まっているため、異邦人としての孤独を嫌と言うほど味わうことになる。また、たまたま空い ているレストランがあって、「クリスマスメニュー」を食べたいと思っても、店内はやはり家族単位でお祝いをしているテーブルがほとんどで、一人では入りに くいことこの上ないと想像する。日本ではカップルが待ち繰り出してはしゃぐクリスマスは、欧米では「家族のための行事」なのである。ここでも、「ああ、こ こはキリスト教国なんだ」と気づかされる。

Crèche de Noël
▲クリスマスツリーの下には、プレゼントと共に、
馬小屋でのイエスの誕生と祝いをモチーフにした
人形(フランス語でCrèche de Noël)が置かれる。
写真はペルーの工房で作られた陶器製のもの

等身大の人形
▲木彫りで等身大のマリア、ジョゼフ、そして
飼い葉桶に入ったイエスの人形。ヴァレー州
シオン市の街中で見かけた小屋の中で

ビュッシュ・ド・ノエル
▲ビュッシュ・ド・ノエル
クリスマスの季節デザートで、丸太の形を
したケーキ。普通は(木肌の色を模した)
チョコレートやモカが主流だが、これは
生クリーム版。夫の妹の義母の手作り。

そんな性質を持つクリスマスだからこそ、たとえ住人であっても身寄りのない者、独身者は淋しさが身にしみる時期である。ポラントリュイでは、そんな人々 のために、「みんなのクリスマス」というパーティが、赤十字主催で開かれる。市、キリスト教団体、ロータリークラブ、銀行なども協賛しているため、 COOP(コープ=スイスでMigrosと並んで庶民の味方的存在のスーパーマーケット)レストランを借り切っての、盛大なパーティを催すことができるの である。
プログラムによると、バンド演奏を聴きながら食前酒を飲み、無料で食事が振舞われるそうだ。サンタクロースがやってきて参加者にプレゼントをくれる。参 加資格は自由。一人では勿論、家族で参加してもいい。連休明けの新聞に載せられるこのパーティの写真を見ると、お年寄り、そして外国人の家族が映っている ことが多い。孤独にひっそり過ごすより、ここに来れば暖かい場所で大勢の人と分かち合いながら温かい料理が食べられる。寒く厳しい冬の夜の希望の灯が、こ こにある。

一夜明けて、クリスマス。目が覚めると「メリークリスマス!」(フランス語でJoyeux Noël)と、家族でキスし合う。さほど信仰熱心でなくてもキリスト教徒にとってはイエスの誕生を祝う大切な日である。そしてプレゼント交換。子供達は、 既に数日前からクリスマスツリーの下に置かれているプレゼントを開けずに我慢しているが、やっと包みを解くことができる嬉しい日でもある。

クリスマスの日の過ごし方は家族様々であろうが、我が家は、夫の母方の親戚が催すパーティに行く。村々を見下ろす丘の上に建つボーイスカウトハウス (キッチン付)で、一年に一度、母方が一堂に会する大切な一日である。遠くに住む親戚とは、ほぼこの日しか会えない。夫の母は七人兄弟姉妹で、毎年持ち回 りで一人とその家族がオーガナイズすることになっている。(つまり、七年に一度、役が回ってくるのである)
お役目に当たった家族は、会場の飾りつけから肉料理の注文を担当する。そして他の家族も、一人最低一品、サラダやデザートを持っていく。

おば達の個性溢れる飾りつけ
▲夫の母方の親戚が一堂に会する
クリスマスパーティ。毎年、おば達の
個性溢れる飾りつけが登場。

難しいことは抜きで、ただ寄り集まって、食事をしてひたすらおしゃべりに興じる。一年に一度しか会えない人とは尚更、近況報告をし合い、子供の成長を愛 でる。毎年のように赤ちゃんが生まれ、家族の輪が更に広がっていくのが手に取るよう分かる。
たとえ年に一度でも、クリスマスという行事を名目に定期的に集まることにより、家族の絆が親から子、孫へと自然に伝わっていくのであろう。縁あって、ス イスの地で大家族の一員に加えてもらったからこそ、この伝統を絶やさないようにしたい。

ポラントリュイだより: スイス・ジュラの年中行事~クリスマス編その1

ワールドアイ・スイス連載も、50回を迎えることとなりました。日頃ご愛読下さっている皆様に、心より感謝いたしま す。50回を節目に、心機一転、新たな気持ちで執筆に取り組みたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

ポラントリュイのイルミネーション
▲ポラントリュイのイルミネーション
決して派手ではないが、個人的には、こういった大人しい飾り付けのほうが好み。人口6600人の古都にふさわ しく奥ゆかしい情景
日めくりカレンダー

「スイスは、どんなに外国人や異文化を受け入れても、やはり根本的に、むしろ絶対的にキリスト教国なんだ」と強烈に感じる時がある。それは、祝日、そして 年中行事に関してである。
キリスト教とは、イエス・キリストを救世主と信じ、また、イエスや使徒達の言行を記した新約聖書を信じる宗教である。そして、キリスト教国とは、国が公 式に指定しているかどうかに関わらず、イエスの生涯、誕生から復活までを中心に1年の行事が成り立ち、祝日もそれに準じている国である。ちなみにスイスの 法定祝日10日のうち、8日までが、キリスト教関係である。(残り2日は元旦と8月1日の建国記念日)スイスに26ある各州は、1年に8日まで独自の法定 祝祭日を自由に指定できることが出来る。この中には、州毎の独立記念日(ジュラ州は6月23日)、聖母マリア昇天祭などカトリック独自の祝日などがある。

スイスでは、信仰の自由は認められているが、「自分は無宗教だから」とか「自分はイスラム教徒だから」などという個人的理由から祝日を無視することは出 来ない、というのが現実である。例えば、「自分はキリスト教徒ではないので、復活祭前の金曜日が祝日と定められているが、断固反対し、登校して勉強する、 または会社に働きに行く!」とは誰も言わない。万人が喜んで休日を楽しんでいる。
2002年の統計では、スイス国民の41.8%がカトリック、35.3%がプロテスタント、イスラム教徒が4.3%、そして無宗教は11.1%となって いる。イスラム教徒は、ほぼ大多数が移民やその家族、または彼らの子孫だと言って間違いはない。カトリックとプロテスタントの人口率は、登記上そうなって いるだけで、実際に信仰しているか、教会に通っているか、ということは、また別問題である。
また、後に述べることになるが、カトリック多数州と、プロテスタント多数州では、祝日が同じではない。カトリックの方が、若干、祝日の数が多い。プロテ スタントの州に会社があるのなら、例えカトリック教徒であろうとも、自宅がカトリックの州にあっても、休暇を取らない限りは、働きに行かなくてはならな い。

スイスで最も大切な行事と言えば、1年に2度、クリスマスと復活祭である。1年の始まりは暦上では1月1日であるが、ここでは、イエス・キリストの誕生 を祝うクリスマスの話題から始めるとして、12月の行事から話を進めたいと思う。

娘が作ってくれたアドヴェント・リース
▲娘が作ってくれたアドヴェント・リース

厳寒の季節ではあるが、町や村はイルミネーションで飾られ、店々のショーウィンドウもクリスマスにちなんだ個性的な飾りつけで彩られることで、何となく 温かな気分になる。日照時間の少ないこの季節、せめて人工の光でも浴びないと、精神衛生上良くない。
日本でもクリスマス商戦と言うが、この時期は、スイスでもクリスマスツリーを初めとして、行事にちなんだ飾りつけに使うきらびやかなデコレーション、ま た、形も色も様々なろうそくが商店の棚を占めるようになる。このろうそくのうち、単なる飾りではなくキリスト教的な意味を持つものがあるので、ご紹介しよ う。

フランス語ではAvent(アヴァン)、英語ではAdvent(アドヴェント)、日本語では「待降節」または「降臨節」と言われる、イエス・キリストの 降誕を待ち望む期間がある。カトリックなど教会歴を用いる教会では、この第一日曜を一年の始まりとする。スイス人が信仰心に富んでいるかどうかは別とし て、一般家庭で、11月30日に最も近い日曜日からクリスマスイヴまでの4週間、ろうそくを4本用意し、輪型にまとめた常緑樹の枝や葉などでな装飾した盆 の上に、備え付ける。第一日曜日に1本目に火を灯し、第二日曜日には2本目、と、火を灯すろうそくを増やしていく。カトリックなど教会歴を用いる教会では この第一日曜を一年の始まりとする。優しいろうそくの明かりは、長く寒い冬を迎えたばかりの人々を癒してくれるが・・・何よりも大事なことは、火の用心!  である。

お誕生日会のお土産
▲娘の誕生日に来てくれた子供たちにあげたお土産
この季節、あちこちでこのような包みをもらうので、
家中がピーナッツだらけになる。
(みかんとチョコレートはあっという間になくなるのだが…)

クリスマス前後によく食される三大菓子と言えば、ピーナッツ、みかん、そしてスイスらしくチョコレートである。娘二人の誕生日が11月末と12月初めと いうことで、誕生会のお土産として、写真のような包みを作って、招待した子供達に渡している。スーパーなどでは、みかんを除いたピーナッツ&チョコレート などの菓子がもう袋詰めにされて売られている。
この時期、チョコレートの売り上げも凄い。ただでさえ、スーパーや食料品店ではチョコレートコーナーが幅を利かせているが、これに、「クリスマス仕様 パッケージ」チョコレートが加わる。そのきらびやかさは、目の毒、とでも言おうか。私の夫も含め、スイスには甘党の男性が多いが、この時期は、美味しくバ ラエティに富んだ味のチョコレートの食べ過ぎで、男女とも体重が確実に増える。食いだめして冬眠したまま越冬し、春にやせ細って目覚める動物はいいが、我 々人間は寝てばかりいられないのが、運のつき。しかも、毎日甘い物を食べるので痩せることはない。冬が終わりに近づいた時、だぶついた我が身に呆然とし、 頑固な贅肉を落とすのに四苦八苦するだけである。

ポラントリュイのイルミネーション
▲カトリック教徒志願者のためのアーヴェントパーティ。持ち寄りパーティだったが、見事に甘い物ばかりが並ぶ!

ポラントリュイだより: スイスグルメ話~野外編~

またまた最初に断っておくが、このエッセイにおける「スイス人」とは、「ジュラのスイス人」像であるので、必ずしもスイス人全体に当てはまらないかも知れない。

スイス人は、概して、散歩や山歩きを愛している。と言っても、専門店で山登りグッズを買い込み、重装備で「さあ、登山をするぞ! ○○山に登るんだ!」という意気込みは感じられない。ちょっとその辺に行ってくるわという気軽さでホイホイ出かけるのである。
義父母の例を紹介しよう。既に隠居の身の彼らはスイスの南西部、ヴァレー州での山歩きを生きがいとしている。ジュラからヴァレーまでは車で片道3時間近 くかかるので、1週間単位で借りられるアパートを予約してから行っている。彼らは不動産業者が仲介している、やたら高いシャレーなどには泊まらず、友人知 人が「お友達値段」で貸してくれるアパートが空いている時を狙って行く。

ヴァレー泊まりの時は、やはり「小旅行」。多少気合は入っているが、地元ジュラでは、フットワークも軽く、天候の良い時は、ほぼ毎週山や森林の散歩に出 かけている。彼らの持ち物の中には、たいてい、パンとソーセージが入っている。ジュラの各市町村が管理する森林には公共のピクニック場があって、火さえ起 こせば、簡単にバーベキューができるからだ。お腹がすいたら施設を見つけて火を起こし、持参してきた食べ物を焼く。施設がなくても、石を円形に積んで枯れ 木を拾って火をつけると、見事な焚き火となる。木の積み方にもコツがあるらしいから、長年の経験が物を言うのだろう。自然の真っ只中でほおばるソーセージ は、たとえ安物でも、多少焦げていても、屋内より数倍美味しいに決まっている。

日本人が遠足で弁当を持っていき、ビニール風呂敷の上できちんと座って食べるのとはまた趣が違う。スイス人は、自宅で手をなるべく煩わせず、購入した食 品をそのまま焼き、少々歪な岩だろうが倒れて腐りかけた木の上だろうが、平気で座るか、座れそうなところがなければ立ったまま食べる。野外では無礼講状態 である。
この法則に忠実にのっとっているスイス人は、とにかく野外での食事が大好きだ。大阪に比べて日照時間は確実に少ないかと思われるが、過ごしや すい晴れた夏の日は、必ず屋外で食べる。庭がない家は、バルコニーで。とにかく外気に触れていたいのだ。ちょっとお金をかけて、本格的なバーベキューの道 具や鳥の丸焼きができる器具を買う家庭もある。それだけ使う頻度が高いということなのだろう。

また、何かの式典や結婚式のアペリティヴも、季節を問わず、野外で催されることが多い。寒がりな私、冬の野外アペリティヴ出席は恐怖に近いものがある。しかし、グラス片手にハムやチーズの切れ端を摘みながら歓談する楽しさを優先してしまう。
この連載を執筆している今は12月。平均気温は0度以下にまで下がっているが、気分の上では野外バーベキューをしたくてたまらなくなってきた!

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