Vanaf vaart water 運河の上から

小松雄爾 Yuji Komatsu

六稜97期卒業生。
Energy research Centre of the Netherlands (ECN) 元・研究員。
2005年6月から2015年5月まで、オランダ・アルクマール市に居住。

 

●INDEX

Vanaf vaart water 運河の上から (2012年- )

第9回 日本に「逆」単身赴任中 (2017年1月3日)

第8回 沈没した車からの脱出講習会(2013年8月6日)

第7回 【告知】六稜トークリレーで講演します (2013年7月3日)

第6回 スポーツ大好きオランダ人(?)(その2) (2013年5月12日)

第5回 スポーツ大好きオランダ人(その1) (2012年6月9日)

第4回 運河のオランダ語は?(その3) (2012年5月17日)

第3回 運河のオランダ語は?(その2) (2012年4月15日)

第2回 運河のオランダ語は?(その1) (2012年3月25日)

第1回 連載再開のごあいさつ (2012年3月14日)

 

太陽電池と「低い国」と~民間企業研究者の海外転職記 (2006-2009年) (旧レイアウトで読む)

第33話 水泳、スケート、その次は…?

第32話 12年ぶりの天然氷スケート【後編】

第31話 12年ぶりの天然氷スケート【前編】

第30話 探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その3)

第29話 探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その2)

第28話 探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その1)

第27話 オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その5)

第26話 オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その4)

第25話 オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その3)

第24話 オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その2)

第23話 オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その1)

第22話 オランダから見たドイツ《3》研究所と言語

第21話 改札口のない鉄道駅

第20話 国民皆泳~オランダの場合【後編】

第19話 国民皆泳~オランダの場合【前編】

第18話 オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【後編】

第17話 オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【前編】

第16話 オランダで家を買う《8・終》仮住まいの終り

第15話 オランダで家を買う《7》コンニチハ、ハジメマシテ

第14話 オランダで家を買う《6》公証人登場

第13話 オランダで家を買う《5》vs.売主側不動産屋

第12話 オランダで家を買う《4》家探し、そして助っ人

第11話 オランダで家を買う《3》線路通り145番地

第10話 オランダから見たドイツ《1》

第9話 オランダで家を買う《2》賃貸住宅への途(みち)

第8話 オランダで家を買う《1》始まりは社宅から

第7話 ペッテンとアルクマール《3》

第6話 ペッテンとアルクマール《2》

第5話 ペッテンとアルクマール《1》

第4話 太陽電池を追いかけて《3》

第3話 太陽電池を追いかけて《2》

第2話 太陽電池を追いかけて《1》

第1話 蘭学の祖国から

Yuji Komatsu | バナーを作成

日本に「逆」単身赴任中 | Vanaf vaart water 運河の上から【第9回】

長らくのご無沙汰です。

実は、2015年の6月から、日本で仕事をしています。オランダの研究所を退職し、オランダでの滞在資格も失効したので、生まれ育った国籍のある国で、なじみのある言語と制度の中で暮らしています。わざわざこういう書き方をするのは奇妙かもしれませんが、以前いっしょに働いていたオランダ人たちの中には、外国での勤務経験が長い同僚もおり、外国から帰ってきた彼らがオランダの研究所で働くにあたって、ワタシと同じような感覚を抱いていたのかなあ、などと想像してしまうのです。

さて、こうしてオランダから日本に帰ってきたのだから、この連載も最後にご挨拶を残して終了するべき、かとも思ったのですが、今は、もうちょっと続けさせてもらおうかな、と思っています。同窓会事務局のご厚意で場所を提供いただいているので、勝手なことを言うべきでもないのですが、今しばらく「賑やかし」(と言うには更新頻度が低すぎて冷や汗モンですが)をやらせていただければ、と思ってます。更新頻度は・・・、できるだけ努力します(^-^;)

ワタシの最後の滞在許可証。2005年の就労開始時、2008年の更新時から数えて3枚目の、2011年発行で5年間有効。ICカードが埋め込まれていて、アムステルダム空港の入出国ゲートでこのカードを示すと、EU国民と同じ、短い方の列に並ぶことができました。

滞在許可証の裏側です。国籍、生年月日に加え、生まれた都市名が記載されます。滞在許可条件として、給与所得者であれば勤務先は不問であることが記載されています。

続けようと思った理由ですが、実は、まだ、オランダと縁が切れていません。いま、この文章もオランダで書いています。正月休みをオランダの家族のところで過ごしているところなのです。

上に、ワタシのオランダ滞在資格は失効したと、書きましたが、妻と子供たちは既にオランダ永住権を取得していました。

ワタシの滞在資格は、「オランダ国内の給与所得者であること」が条件でした。実のところ、オランダ国内では転職自由だったのです。残念ながら、オランダ語レベルB1のアラフィフ外人男性を雇ってくれるようなトコロはありませんが、長く勤めることで、滞在許可も最初に就労ビザをアレンジしたトコロに縛り付けられない条件に変わっていました。オランダ語をちゃんと勉強しておれば、永住権取得資格もあったのですが、難解なオランダ語習得にわざわざ労力を払わなくとも、ほとんど英語とGoogle翻訳で事足りることで、残念ながら学習意欲が盛り上がりませんでした。

その難解なオランダ語を学習し、語学能力とオランダ社会知識を課せられた資格試験を突破したのが、妻です。オランダでは、5年以上合法的に居住を続け、上記の資格試験に合格すれば、永住権を取得することができます。試験の難易度レベルは、お馴染みのものと比較すると、英検準一級とか、日本史のセンター試験で75点とか、そんなレベル。頑張って試験を突破した妻は偉かったと思います。

今回は12月30日から10日間の休暇です。スケートレッスン4日間コースに参加しています。

18歳未満の子供の永住権は、実は大人よりずっと楽で、5年以上の合法的連続居住と経済的保護者の存在だけが要件でした。おそらく、児童福祉の観点と、「ちゃんと学校に行ってオランダ語と社会知識を習ってるはずだから、試験は必要ない」という考え方なのでしょう。日本人学校やインターナショナルスクールなど、オランダ語をメインの教育言語に使ってない学校だとどうなのかはよく知りませんが、ウチの子供は地元の学校で早くからオランダ社会に溶け込んでいたので、問題になりませんでした。

ワタシが日本への転職活動を始めた頃は、子供たちはまだ高校生と中学生、オランダに溶け込みすぎていて日本の教育課程に編入するにはビハインドが大きすぎると思いました。幸い家は持ち家だし妻も永住権を持っているので、ワタシが「出稼ぎ父ちゃん」になって仕送りを続ければ、このままオランダで暮らす家族を扶養できます。年に2回程度とは言え、ワタシもこうしてオランダで休暇を過ごすことができますし。

日本で再び暮らすようになって1年半、職場の同僚や北野の同期の仲間たちとの日々の付き合いや、日本で見聞きするニュースなどを見て、オランダだとこんなことがあるのに、と思うことがよくあります。日本では嫌われる「出羽守」ですが、この場をお借りして、日蘭比較を続けさせてもらえばなと思います。

2017年1月3日
オランダ・アルクマールにて
小松雄爾

Pages: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ...41 42 43 Next