太陽電池を追いかけて《2》 (2006年8月23日)

前回も述べたとおり、筆者は京大で6年間太陽電池の研究に取り組んだ。世界の太陽電池の生産量が急激に増え始めるのは後にも述べるように1994年であ るが、筆者が研究を開始した1988年当時は、日本の大学では単結晶シリコン太陽電池の研究はほとんど行われていなかった。当時の認識では、この材料は既 に企業での開発生産段階で、大学の研究では勝負にならないと見なされていたからである。実際にその生産量はそれほど大きくはなかったが、国内のほとんどの 大学はこのテーマに消極的だった。


▲松波弘之教授

しかし、筆者の師事した半導体工学の権威でもある松波教授は、太陽電池においても単結晶シリコンが主役であり、大学においてこそ太陽電池は単結晶シリコ ンからアプローチするべきという考えであった。よく知られているように、単結晶シリコンは半導体の材料として最も多く使われている材料で、半導体工学の基 本と言っても過言ではない。設備の整った企業や研究機関にに引けを取らない成果を上げるには、単結晶シリコンをベースにして、より高い性能を発揮できる可 能性を示すことこそ大学の役割、というのが教授の考えであった。そのおかげもあって、高性能を出すには何が必要かを、テクニックに走ることなく、基本に立 ち返って知恵を絞った6年間であった。
また、太陽電池だけでなく、研究室の仲間の研究を通して、半導体素子全般の物理や解析法にも明るくなることができた。太陽電池自体は半導体素子の中では 単純な物理で動作し、解析法もさほど多様ではないが、研究室の仲間が様々な半導体素子の開発や物理現象の解明を目指していたので、門前の小僧習わぬ経を読 むがごとく、各種の半導体材料の特徴や解析手法について知識を得ることができ、半導体素子開発のための様々なアプローチ方法を学んだ。


▲太陽電池への取り組みが意欲的なシャープに入社

大学院博士課程の最終年次に、当時単結晶シリコン太陽電池の生産と研究で国内トップを走っていたシャープより誘いを受けた。他にも誘いはあったが、 シャープは国内で最も早くから太陽電池の開発・事業化を始め、今後の事業拡大にも意欲的だった。政府外郭機関からの資金も得て、研究開発にも積極的だっ た。自分自身も在学中から注目していたこともあり、すんなり就職が決まった。
入社したのは1994年、希望通り太陽電池の研究部門に配属され、単結晶シリコン太陽電池で、太陽光から電気へのエネルギー変換効率を世界最高に向上さ せる研究プロジェクトのメンバーの一員となった。そこでは、大学で学んだ半導体物理によるアプローチから太陽電池の性能向上に貢献することができた一方 で、充実した設備を活用してテクニックによっても性能を向上できるということを学んだ。1997年、結果的に世界最高記録は出せなかったが、世界記録の 23.7%に肉薄する23.5%を記録してプロジェクトは終了した。


▲シャープ太陽光発電システム(住宅用)

一方1994年は太陽電池業界にとって画期的な年であった。住宅用の太陽電池を購入して屋根に取り付けた家庭に対して、政府がその費用の半分を補助する 制度が始まったのである。補助金の目的は、まだコストの高い太陽電池が、消費者が自力で買うことができる程度の価格になるよう、産業を育成することであっ た。産業全体の発達とともに補助率は毎年下がっていったものの、需要の増加、生産量の増加、販売価格の低下という相乗効果をもたらした。その結果、太陽電 池を住宅に取り付けた家庭の負担額は、毎年確実に下がっていった。制度が始まったとき最大出力3kWのシステムの販売価格が約600万円、補助金受領後の 負担額が約300万円だったものが、2006年現在販売価格は約120万円まで低下した。既に消費者は補助金なしでも購入に意欲を見せるようになり、補助 金制度はその目的を達成して2005年度で終了した。
なお、日本国内で最大出力3kWのシステムを取り付けると、平均的な条件で年間約3300kWhの電力量を発電する。取り付けた家庭が得られる利益は、 消費分と電力会社の買取り分を併せて年間およそ7.5万円、単純計算して約16年で元が取れることになる。オール電化住宅や時間帯別料金などと組み合わせ れば、実質的にはさらに短い期間で元が取れる可能性もある。新築時にいっしょに取り付ければ、太陽電池の取り付け費用は住宅の建築費に組み込まれるので、 実質的な設置費用はさらに低くなる。

住宅用太陽電池の補助金制度が始まって以来、国の補助金制度による需要の拡大に生産量をうまくリンクさせることで、シャープの太陽電池事業は順調に成長 した。2000年に生産量世界一になって以来、その地位を他社に譲っていない。2003~2005年のいずれの年度においても、シャープ製太陽電池生産量 は全世界の約4分の1を占め、2位に3倍以上の差をつけている。近年では、国内需要だけでなくドイツなどへの輸出量が急増している。ドイツでは、太陽電池 が発電した電力を通常の約3倍の料金で買い取ることを電力会社に義務付ける法律が施行されており(フィードインタリフ制度)、需要が急拡大しているのであ る。欧州のいくつかの周辺国でもこの制度の採用の動きがあるが、オランダ国会がこの制度の導入にあまり積極的でないのは、住民としては残念で仕方がない。

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