オランダで家を買う《3》線路通り145番地 (2007年4月25日)

2007年4月25日

 


▲アルクマール駅から見た「線路通り」 

9月の半ばには日本からの全ての荷物も到着し、下旬には引越を完了、しばらくしてほぼ生活も落ち着いた。近所の人とはさほど深い付き合いはできなかった が、通りや裏庭で顔を合わせれば、にっこり笑って挨拶を交わし、不在時に届いた小包を預かってもらうぐらいの間柄ではあった。オランダ語を話さない筆者達 では付き合いが浅いのは止むを得ないが、小さい子供連れというおかげもあって、みな愛想よく付き合ってくれた。

筆者が契約した賃貸住宅は、Spoorstraatという通りに面している。駅の正面玄関から旧市街の裏口方面に伸びる、自動車の通行制限のある通りで ある。アルクマール駅自体は旧市街から少し離れたところにあり、旧市街の正面口は線路にほぼ平行に走るStationwegという道………バス通りでもあ る………に繋がるので、Spoorstraatは駅からのメインストリートというわけではない。駅前という言葉から想像するほどの喧騒でもなかったが、比 較的人通りの多い道ではあった。

Stationwegは英語にするとStation Way、すなわち、駅前筋、ということになる。SpoorstraatはTrack Street、あえて訳すと、軌道通り、又は、線路通り、と言ったところか。駅の1番線、2番線のことを、Spoor 1、Spoor 2と表記するので、「線路通り」と呼ぶことにしよう。

駅の目と鼻の先に住むことは、筆者たちにとって初めての経験だった。駅前の通勤バス発着場が近くて便利なのはもちろん、毎週土曜日の、アムステルダム日本語補習校への電車通学にも、駅前という環境は好適だった。大きな荷物を抱えた旅行も楽なものだった。


▲アルクマール駅前のコーヒーショップ
筆者の知る限り、アルクマールにはコーヒーショップはこの一軒しかない。アムステルダムに数限りなくあるコーヒーショップに比べると雰囲気もおとなしい。

一方で、交通の便と引き換えに、駅前の混雑は様々な不愉快を伴う。家の前は人通りが絶えないし、たとえ車の進入が制限されているとはいえ、かなりの頻度 で車が通る。すぐ近所には、大麻が合法的に購入できる店、いわゆる「コーヒーショップ」(※喫茶店ではない。喫茶店は「カフェ」)があり、そこの客たちで あろうか、夜遅くまで騒がしいこともしばしばであった。

1月のとある日曜の夜遅く、コーヒーショップの客と思しき20歳ぐらいの酒臭い男二人が、筆者の家の呼び鈴をしつこく押したことがあった。いくら帰れと 言っても帰らないので警察に電話した。警官は10分弱で到着したが、不逞の輩は既に立ち去っていた。連中が再来しないか不安はあったが、この程度のことで も警官は迷惑がる様子を見せず事情を聞いてくれたので、いくぶん気持ちは落ち着いた。


▲アルクマール警察 

この事件は、この「線路通り」の家をできるだけ早く出ようと決心した、直接的なきっかけになった。分不相応に高い家賃、思った以上に冷え込む足元、不具 合を報告してもなかなか対応してくれない管理人など、それまでにもいくつか不満を抱えていたが、この事件のインパクトは大きかった。

すぐにでも新しいところを見つけて出て行きたい気持ちではあったが、1年間の賃貸契約をこちらの都合で切り上げても、既に前払いした1年分の家賃は返っ てこない。全額前払いを条件に賃料を値引きさせた早計を、今さら悔やんでも仕方がない。そんなわけで、「線路通り」の家は半年も経たぬうちに見切りをつけ たものの、残りの半年強を使って、じっくりと次に住む家を探すことに決めた。

その頃になると、オランダの住宅取引形態への理解もだいぶ進んできた。日本と決定的に違うところは、住宅を土地と家屋と一体として評価するところであ る。日本では、土地の価値と家屋の価値が別個に評価され、木造であれば築20年、鉄骨であれば築50年で、減価償却により家屋の資産価値が消滅することに なっている。ところが驚くべきことに、オランダの家屋は減価償却方式では評価されず、家屋を含めた住宅の価格は、ほとんどが右肩上がりで推移していくので ある。
日本の住宅家屋の評価制度にも、償却年数が短すぎるなど、問題は多々あるとはいえ、オランダでは家屋が減価償却の対象外になるとは思いも寄らなかった。この事実を知ったときには、同僚たちに片っ端から確認して回ったほどである。

確かに、新築現場や解体現場を見かける頻度は、日本より低かったかも知れない。線路通りの家も築100年、以前住んでいた社宅も築40年、見かける家々 もそれなりの年数を経たものが多いが、もちろん新築に近いものもある。強風に晒される気候とはいえ、台風や地震と言った激しい自然災害に見舞われることが ないこの国では、家屋は感覚的に半永久に近いものなのだ。
そして、この評価制度は、住宅ローンの設計方法にも大きな影響を与えている。

▼日本とオランダの「住宅ローン」の違い

日本では、家屋が減価償却することもあって、住宅ローンを組むときには、原則35年以内に元金を完済する計画を立てなければならない。家を購入するとなると一大事、数十年先を見越して、毎月コツコツと利息を支払い元金を返済する計画を立てることになっている。
一方オランダでは、その住宅のもつ資産価値の75%以内については、元金を返済しなくてよい。少ない頭金で家を購入し、利息だけを払い続けるのも可能だ。銀行を家主として、銀行に家賃を払っているのと同じようなものだ。このおかげもあってか、家の売買は実に気軽である。

銀行にとっても、住宅は安全確実な担保物件のようで、数年に一回の評価額と利率の見直しがあるものの、安定した収入源と見なされているようだ。もちろん銀行間での顧客獲得競争のおかげで、利率は理にかなったレベルに抑えられている。

家は借りるより買うほうが安く、永住権のない外国人でも簡単に家を買うことができる秘密は、こういうところにあったのである。