太陽電池を追いかけて《1》 (2006年7月26日)

2006年7月26日

 

今回から2、3回ほどに分けて、筆者がなぜオランダに来ることになったか、なぜECNで働くことになったかについて書こうと思う。オランダに来る前の話 題がほとんどだから、オランダの話は出てこない。それどころか、太陽電池に関する技術的な話がメインとなっている。オランダ紀行を期待されて読まれた方に は申し訳なく思う。なるべく技術的に平易な言葉を使って表現したつもりだが、筆者の文章力の未熟さから、一般向けに分かりよい文章でないことを、あらかじ めお詫びしておく。


▲オイルショックは狂乱物価を引き起こした
(写真提供:中日新聞)

さて、筆者がなぜ太陽電池の研究を志すようになったかは、1973年の石油危機に遡る。この出来事を覚えている人は、筆者と同年かそれより年長の人だろ う。パレスチナで軍事的優勢を保つイスラエルとそれを支援する英米など同盟国への警告のため、アラブの産油国が石油の輸出制限を打ち出したのがそもそもの 発端だが、日本の庶民へは、「石油はあと30年で枯渇する」という不確かな噂の形で情報が伝わった。その結果、多くの庶民がトイレットペーパーなどの買占 めに走り、商店などで必需消耗品が品切れするという社会問題へと発展した。

この出来事は、当時小学校1年生だった筆者に強い影響を与えた。エネルギーや資源の大切さを身に沁みて植えつけられただけでなく、新しいエネルギー源を 生み出すために何かをしなければならないという気持ちを生み出させたようである。「将来は、科学者になって太陽エネルギーから石油を作りたい」と題した小 学2年のときの作文が、実家の押入れに眠っている。
とはいうものの、子供にはありがちなこと、筆者の「将来なりたいもの」がずっと持続して「科学者」だったわけではない。「なりたいもの」が1年以上持続し たことなどほとんどなかったろう。ただ、ケチ臭いほどの節約主義と、資源枯渇への不安感は消し去ることができなかったようである。中学校の文化祭で「未 来」をテーマにクラス劇を企画した際、筆者は「石油のない未来」を提案し脚本を書いた。


▲池田先生の勧めで京大工学部(電気系)へ

自分の「将来なりたいもの」を真剣に考え出したのは、高校3年になって、どの学科に進むべきか、どの専門に進むべきか考え始めたときだったかもしれな い。小学校時代の「なりたいもの」をもう一度総括し、最終的に「石油に代わるエネルギーの研究をする」にたどり着いたのである。当時進路指導だった物理の 池田先生に、京大工学部の電気系学科(いわゆる電気電子工学科)を勧められたのを記憶している。
京大の電気系学科は、発電機や電力輸送といった発電に直接関係のある分野から、核融合発電、電波によるエネルギー伝送や電子素子による光電変換といった新 しい分野まで、多様なエネルギー源について学び、専攻として選ぶことができた。小学2年の「科学者になって太陽エネルギーから石油を作る」という思いが明 確に蘇った。幸運なことに筆者は、電子素子による光電変換―――即ち太陽電池―――をテーマとして選ぶことができた。実際は石油を作るのではなく電気を作 るのだが、幼い頃の夢の第一歩を踏み出せたわけである。こうして筆者は、大学4年の卒業研究から、大学院修士課程・博士後期課程までの合計6年間、材料に 変遷はあったものの太陽電池の研究に従事することができた。


▲太陽電池の発電ユニットは街中でも多く見かける
(奈良女子大キャンパスにて撮影)

さて、ここで太陽電池の概要について、できるだけ平易に解説したいと思う。技術用語を使って簡略に述べると、半導体からできた電子素子の一種であり、太 陽光などの光を入射させると、それを電気エネルギーに変換する素子、ということになる。もっと簡単に言うと、お日様から降り注ぐ光から電気を取り出す装置 である。現在一般に販売されている太陽電池のパネルは、代表的なもので、入射した光エネルギーの10~16%を電気エネルギーに変換して出力することがで きる。太陽光は日中の好天時に1m²当り約1kWのエネルギーがある(パネルを太陽に正面に向けた場合)ので、1m²の太陽電池パネルが南中前後のピーク 時には100~160Wの電力を出力することになる。
最近、住宅屋根などところどころで目につくようになった太陽電池は、ほとんどがこれまで使われずに捨てられていた太陽光エネルギーを電気エネルギーに変 換して利用しているので、石油などのエネルギー源の節約に貢献している。太陽電池とその周辺機器を生産するのに要したエネルギーをその太陽電池自身の発電 によって回収する期間は、最近の世界の生産量を考慮した試算では2年前後と予想されており 、20年以上とされている太陽電池の製品寿命に比べてじゅうぶん短い。


▲シリコン単結晶とシリコンウェーハ
(写真提供:住友金属工業株式会社)

太陽電池の種類はその主原料となる半導体材料で分類されるが、2005年現在、世界で生産されている太陽電池の種類は、約56%が多結晶シリコン、約 35%が単結晶シリコンで、残りの約9%がその他の種類である。シリコンは地球を構成する基本元素の一つなので、原料は枯渇の心配がない。国別地域別の生 産量では、日本が一位で約47%、欧州(主にドイツ)が27%、米国9%、中国7%、その他10%である。
太陽電池の生み出す電気は乾電池などの一般の電池と同様、直流の電気である。住宅などに取り付けられた太陽電池の電気は、交流への変換機(パワーコン ディショナー)を通して家庭用に供給されている。家庭で使いきれない分は、電力の引込み線を通して逆流させ、その逆流分を電力会社に売っている。太陽電池 の発電量は日照条件に左右されるが、太陽電池を屋根に取り付けている家庭は、好天時など太陽電池での電力が使いきれなければ電力会社に売り、夜間や雨天・ 曇天など電力が足りないときは、通常の家庭と同様電力会社から電力を買っている。
太陽電池での発電エネルギー量が、現在世界のエネルギー需要にどの程度貢献しているかというと、2004年の時点では残念ながら僅か0.03%である。 ただ、ここ数年の太陽電池の生産量の伸び(毎年30%以上増加している)から、国際エネルギー機関(International Energy Agency)が中心になって試算した数字では、2010年に0.1%、2020年に1%、2030年に10%がそれぞれ期待されている。現在のペースで 生産量が増えていけば、20~30年後には世界のエネルギー事情をある程度改善できることになる。
※太陽電池の需要の伸びに、原材料のシリコンを高純度化するための生産設備の増強が間にあわず、2006年現在、高純度シリコン材料が不足している。この状態は2008年には解決すると言われている
Last Update: Jul.26,2006