<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>ワールドアイ　オランダ &#187; 太陽電池と「低い国」と</title>
	<atom:link href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?cat=1&#038;feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland</link>
	<description>Just another WordPress weblog</description>
	<lastBuildDate>Sun, 01 Oct 2023 04:34:08 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3.1</generator>
		<item>
		<title>改札口整備が進むオランダ &#124; Vanaf vaart water 運河の上から【第11回】</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=891</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=891#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 08 Jan 2018 21:10:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KomatsuYuji97</dc:creator>
				<category><![CDATA[6 改札口のない鉄道駅]]></category>
		<category><![CDATA[ワールドアイ | オランダ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=891</guid>
		<description><![CDATA[10年前、「改札口のない鉄道駅」と題してオランダ鉄道事情を少し紹介しました。オランダに限らずヨーロッパ全体では、パリ・ロンドン等大都市の地下鉄を除けば、駅には改札口がなく、「信用乗車方式」と呼ばれる乗車券チェックシステム [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_910" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/Intercity.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-910" title="Intercity" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/Intercity-300x102.jpg" alt="" width="300" height="102" /></a><p class="wp-caption-text">アルクマールとアムステルダムの間を運行するIntercity列車。アムステルダムからさらに南行して、ユトレヒト方面マーストリヒトまたはナイメーヘン行の快速列車になります。全車両二階建て</p></div>
<p>10年前、<a title="改札口のない鉄道駅 (2008年2月25日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=70" target="_blank">「改札口のない鉄道駅」と題してオランダ鉄道事情を少し紹介</a>しました。オランダに限らずヨーロッパ全体では、パリ・ロンドン等大都市の地下鉄を除けば、駅には改札口がなく、「信用乗車方式」と呼ばれる乗車券チェックシステムがほとんどでなのです。この方式は、走行中に複数の乗務員が巡回してきて、乗客の切符を抜き打ちで調べます。その時点で有効な乗車券を持っていなければアウト、有無を言わさず罰金です。完全自動改札システムに慣れた大部分の日本人にとっては、あまり馴染みのない方式です。</p>
<div id="attachment_911" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/Inside_train.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-911" title="Inside_train" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/Inside_train-300x194.jpg" alt="" width="300" height="194" /></a><p class="wp-caption-text">Intercity列車の一階客室内。検札乗務員は駅間で2-3名一組でやってきて、全乗客の切符を改めます。だいたい駅間が10分以上ある区間で現れます。</p></div>
<p>とはいえ、これは19世紀に鉄道システムが整備された頃からの方式であり、改札口整備には大規模で広範囲な設備改修が必要なことから、閉鎖系である都市部の地下鉄以外、ヨーロッパでは改札口の整備があまり進んでいません。その中でオランダではまさに、その「大規模で広範囲な設備改修」が進行中です。<a title="改札口のない鉄道駅 (2008年2月25日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=70" target="_blank">10年前の本連載</a>で、 「オランダの改札導入プロジェクトをじっくり観察する」と書いてしまいました(笑)ので、今回はそのフォローアップということになります(笑)。</p>
<div id="attachment_926" class="wp-caption alignleft" style="width: 160px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/OV-chipkaart.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-926" title="ov-chipkaart" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/OV-chipkaart-300x190.jpg" alt="" width="150" height="95" /></a><p class="wp-caption-text">ov-chipkaart。左上の◯と線のデザイン画がシンボルロゴ</p></div>
<p>オランダでは2006年頃、OV-chipkaartという交通用ICカードが導入されました。ICOCAやSUICAなどと同様の機能のものですが、オランダ国内では統一規格です。</p>
<div id="attachment_935" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/211e1cd3426f2b72d8c4d26e7f1e3881.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-935" title="tram+gebouw" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/211e1cd3426f2b72d8c4d26e7f1e3881-300x158.jpg" alt="" width="300" height="158" /></a><p class="wp-caption-text">アムステルダム・コンセルトヘボウ（コンサートホール）前に停車するトラム</p></div>
<p>初めにバス・トラム・地下鉄で利用できるようになりました。バスやトラムでは、乗車時と降車時にドア近くのカードリーダーにかざします。</p>
<div id="attachment_937" class="wp-caption alignleft" style="width: 108px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/OV-chipkaartlezer_in_een_bus_2.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-937" title="OV-chipkaartlezer_in_een_bus_2" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/OV-chipkaartlezer_in_een_bus_2-197x300.jpg" alt="" width="98" height="150" /></a><p class="wp-caption-text">バス運転手横のカードリーダー</p></div>
<p>料金は、基本料金＋乗車距離に比例する料金が0.01ユーロ単位で計算されますが、降車から35分以内に他のバス・トラムに乗れば、乗り換えとみなされてその乗車での基本料金は免除される仕組みです。アムステルダムで一般的になったのは2007年頃でしたが、2008年か9年には、<a title="改札口のない鉄道駅 (2008年2月25日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=70" target="_blank">以前紹介した</a>ようにアムステルダムのメトロ(地下鉄)で改札口が完全整備され、OV-chipkaartを持たずに駅ホームに立ち入ることはできなくなりました。ただし、改札口を通って入っても、電車に乗らずに同じ駅で改札口を通って出ることで料金を取られることはありません。</p>
<div id="attachment_1015" class="wp-caption alignright" style="width: 205px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/9d6afc48146a31a6320eb3043053224f.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-1015" title="アムステルダム中央駅ホーム上のカードリーダーポスト" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/9d6afc48146a31a6320eb3043053224f-195x300.jpg" alt="" width="195" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">アムステルダム中央駅ホーム上で現在も運用中のカードリーダーポスト。ベルギー・ドイツ等からの国際列車をこの駅で降りて引き続きオランダ国内鉄道に乗り換える時(及び逆の場合)、このポストにOV-chipkaartをかざして入場処理(または退場処理)をします。</p></div>
<p>全国網のオランダ鉄道(略称NS)でOV-chipkaartが導入されたのが2010年頃からだったと記憶していますが、改札口は設置されず、券売機の近くや、ホームの上にあるカードリーダーのポストにかざして乗車・降車手続きをしていました。この方式だとカードリーダーにかざすのを忘れがちで、意図せず不正乗車になってしまったり、あるいは降車処理を忘れて後日窓口での手続きが必要になったりと、けっこう不便な扱いが続きました。</p>
<div id="attachment_1020" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/09c378da698dff108f3ec1be034a6b5f.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-1020" title="アムステルダム中央駅の改札口" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/09c378da698dff108f3ec1be034a6b5f-300x150.jpg" alt="" width="300" height="150" /></a><p class="wp-caption-text">アムステルダム中央駅の改札口。設置当初数年はゲートは開きっぱなしで、カードリーダーとしてのみ機能していましたが、ここを通る時はカードをかざし忘れることはさすがに稀でした。</p></div>
<p>2012年か13年ぐらいに、アムステルダム中央駅にはようやく改札口が設置されました。日本のICカード改札口のように、隘路のすぐ右手にカードリーダーがあるので、通行時にかざすのを忘れることはほとんどありません。ただ、最初の数年はゲートを閉めることはなく、カードをかざさず通るときもゲートは開いたままでした。適正なカードをかざした時だけゲートを開けるようになったのは、2014年からだったと記憶しています。</p>
<div id="attachment_953" class="wp-caption alignleft" style="width: 655px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/alkmaar_gate.jpg" target="_blank"><img class="size-large wp-image-953" title="アルクマール駅正面口" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/alkmaar_gate-1024x372.jpg" alt="" width="645" height="234" /></a><p class="wp-caption-text">アルクマール駅に新設された改札口(ハンバーガーショップの左手)。以前この場所には、駅の反対側に自由に通行できる地下道への階段がありました。左に見える跨線橋は、2015年5月にはまだ工事中でした。地下の自由通路はなくなりましたが、跨線橋を通れば駅の反対側へ通り抜けることはできます。ただ、OV-chipkaartがないと、跨線橋上に設置された入口・出口の改札口を通過できません(料金はかかりませんが)。面倒ですが、インターホンで駅員を呼ぶ必要があります。</p></div>
<p>ワタシがオランダ住民登録を終えた2015年5月には、アルクマール駅はちょうど改札口の設置工事中でした。その年末の「帰宅」時には、工事はほぼ完成していましたが、カードリーダーのみの運用で、ゲートの開閉は始まっていませんでしたが、2016年5月の「帰宅」時には、ゲート開閉の運用も始まっていました。</p>
<div id="attachment_963" class="wp-caption alignright" style="width: 460px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/sloterdijk.jpg" target="_blank"><img class="size-full wp-image-963" title="sloterdijk" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/sloterdijk.jpg" alt="" width="450" height="402" /></a><p class="wp-caption-text">スローターダイク駅2階の乗換ホールにある改札口。スキポール空港からの列車でこの駅で降りたワタシは、3階にある11番線ホームのエレベータから下りてきて、上の写真の改札口をいったん出て(出口側から撮影)、アルクマール行の列車がやってくる3番線ホームに行くために、下の写真の改札口を再度通りました。11番線ホームからは奥の階段を降りてくればよかったのですが、スーツケースが2つあったので、一つしかないエレベータを降りてくるしかありませんでした。</p></div>
<p>本連載の<a title="ペッテンとアルクマール《2》 (2006年11月30日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=28" target="_blank">初期の頃</a>に「アムステルダムの十三駅(笑)」と紹介したスローターダイク駅(Amsterdam Sloterdijk)では、2017年5月初めにはまだオランダ鉄道(NS)の改札口はなく、カードリーダーのみの運用でしたが、約8ヶ月ぶりとなる年末には、改札口が完成していました。南北方向に2線1ホーム(3階)、東西方向に6線3ホーム(1階)ある複雑な駅のため、2階の乗換ホールで改札口を出たり入ったりする必要があり、空港からアルクマールに向かう途上のワタシにとって、お土産満載のスーツケースを2つ引きずって通るのはちょっとした苦行でした。おまけに本稿のための写真も撮らないといけないし(苦笑)。</p>
<p>ただ、未だ改札口が設置されてない重要な駅があります。スキポール空港駅です。アムステルダム・ハーグ・ロッテルダム・ユトレヒト等主要都市から乗換なしの列車が発着ている他、ブリュッセルやパリへ行く国際特急の停車駅でもあります。</p>
<div id="attachment_984" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/schiphol.jpg" target="_blank"><img class="size-medium wp-image-984" title="スキポール空港のチケットカウンター" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2018/01/schiphol-300x169.jpg" alt="" width="300" height="169" /></a><p class="wp-caption-text">スキポール空港のチケットカウンター。改札口が導入されていないので、手前にカードリーダーポストが並んでいるのがわかると思います。外国から重い荷物を引きずってここの駅にやってくると、ホームに降りる前の乗車処理がついつい忘れがちになります。</p></div>
<p>スキポール空港は、とても機能的な空港として世界中から高く評価されています。乗継ゲートのわかりやすさの他、上に挙げた鉄道アクセスの便利さも高い評価点の一つです。しかも、空港メインホールからエスカレータでワンフロア降りるだけでそこは鉄道ホームという、駅と空港が完全に直結状態。到着ロビーから重い荷物をひきずってきても、ものの2分で鉄道ホームなのです。</p>
<p>ただ、このアクセスの便利さが災いしてか、今のところ改札口設置のための作業が進んでいないようです。ワタシがスキポール空港を毎年利用するようになって以来12年、保安検査場の向こうの搭乗ゲート側は、幾度となく大きな改装工事を繰り返してきましたが、見送り客なども自由に出入りできるメインホール側は、タクシー乗り場側にレストランが新設された以外、これまで大きな改装は一度もありませんでした。鉄道駅の改札口設置に向けて、そろそろ大きな改装が始まる頃かも知れません。</p>
<p style="text-align: right;">2018年1月9日(初稿)<br />
オランダ・アルクマールにて<br />
小松雄爾</p>
<p>(2018年1月14日、川崎市にて追記) 本稿では、改札口整備が進んだ、アムステルダム中央駅、アルクマール駅、スローターダイク駅と、まだ改札口整備が進んでいないスキポール空港駅について紹介しました。本稿を登録したのが1月9日の早朝(日本時間。オランダではまだ1月8日)でしたが、1月9日に東京行きの飛行機に乗るためにアルクマールから出る列車から途中駅を見てみると、まだ改札口が整備されてない駅の方が多いくらいで、ホームにカードリーダーポストが並んでいる駅がいくつか目につきました。また、車内では検札乗務員も巡回してきました。2-3人組ではなく、単独で巡ってきたのが以前との違いでしたが。「改札口を国内駅すみずみまで整備し検札乗務員の人件費を大幅に削減する」目標を達成するには、まだまだ時間がかかるのだろうな、と思いました。</p>
<div style="text-align: right;" align="right"><a href="mailto:zon@777.plala.or.jp">zon@777.plala.or.jp</a></div>
<div id="fb-root"></div>
<p><script type="text/javascript">// <![CDATA[
(function(d, s, id) {
  var js, fjs = d.getElementsByTagName(s)[0];
  if (d.getElementById(id)) return;
  js = d.createElement(s); js.id = id;
  js.src = "//connect.facebook.net/ja_JP/all.js#xfbml=1";
  fjs.parentNode.insertBefore(js, fjs);
}(document, 'script', 'facebook-jssdk'));
// ]]&gt;</script></p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=891</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>Vanaf vaart water 運河の上から</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=227</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=227#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 15:00:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>KomatsuYuji97</dc:creator>
				<category><![CDATA[ワールドアイ | オランダ]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=227</guid>
		<description><![CDATA[小松雄爾 Yuji Komatsu 六稜97期卒業生。 Energy research Centre of the Netherlands (ECN) 元・研究員。 2005年6月からオランダ・アルクマール市に居住。 2 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小松雄爾 Yuji Komatsu <img class=" wp-image-229 alignright" src="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/wp-content/uploads/2020/01/Yuji-Komatsu.jpg" alt="" width="141" height="143" /></p>
<p>六稜97期卒業生。</p>
<p>Energy research Centre of the Netherlands (ECN) 元・研究員。<br />
2005年6月からオランダ・アルクマール市に居住。<br />
2015年5月から、家族をオランダに残し日本に「逆」単身赴任中。<br />
年2回(年末年始とゴールデンウィーク)、「帰省」して家族と過ごす。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>●INDEX</strong></p>
<p><span class="GINGER_SOFATWARE_noSuggestion GINGER_SOFATWARE_correct">Vanaf</span> <span class="GINGER_SOFATWARE_correct">vaart</span> water 運河の上から (2012年-　)</p>
<p><a title="市議会議員選挙に投票した思い出（その５）【第１６回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=1216" target="_blank">第16回 市議会議員選挙に投票した思い出（その５）</a>(2023年1月6日)<img title="new" src="http://www.rikuryo.or.jp/img/new.gif" alt="" width="28" height="11" /></p>
<p><a title="市議会議員選挙に投票した思い出（その４）【第１５回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=1184" target="_blank">第15回 市議会議員選挙に投票した思い出（その４）</a>(2022年12月30日)</p>
<p><a title="市議会議員選挙に投票した思い出（その３）【第１４回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=1108" target="_blank">第14回 市議会議員選挙に投票した思い出（その３）</a>(2022年10月9日)</p>
<p><a title="市議会議員選挙に投票した思い出（その２）【第１３回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=1077" target="_blank">第13回 市議会議員選挙に投票した思い出（その２）</a>(2022年7月24日)</p>
<p><a title="市議会議員選挙に投票した思い出《１》【第１２回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=1031" target="_blank">第12回 市議会議員選挙に投票した思い出（その１）</a>(2022年7月3日)</p>
<p><a title="改札口整備が進むオランダ | Vanaf vaart water 運河の上から【第11回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=891" target="_blank">第11回 改札口整備が進むオランダ</a> (2018年1月9日)</p>
<p><a title="プロテスタント的食習慣 | Vanaf vaart water 運河の上から【第10回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=769" target="_blank">第10回 プロテスタント的食習慣</a> (2017年5月4日)</p>
<p><a title="日本に「逆」単身赴任中 | Vanaf vaart water 運河の上から【第9回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=712" target="_blank">第9回 日本に「逆」単身赴任中</a> (2017年1月3日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;"><a title="沈没した車からの脱出講習会 | Vanaf vaart water 運河の上から【第8回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=638" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">第8回 沈没した車からの脱出講習会</span></a></span></span><span style="color: #000000;"><a title="沈没した車からの脱出講習会 | Vanaf vaart water 運河の上から【第8回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=638" target="_blank"><span style="color: #000000;">(2013年8月6日)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"><span style="text-decoration: underline;">第7回 <a title="【告知】六稜トークリレーで講演します | Vanaf vaart water 運河の上から【第7回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=589" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">【告知】六稜トークリレーで講演します</span></a></span></span> (2013年7月3日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0000ff;"><a title="スポーツ大好きオランダ人(?)（その２） | Vanaf vaart water 運河の上から【第6回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=529" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">第6回 スポーツ大好きオランダ人(?)（その２）</span></a></span></span> (2013年5月12日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0000ff;"><a title="スポーツ大好きオランダ人（その１） | Vanaf vaart water 運河の上から【第5回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=473" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">第5回 スポーツ大好きオランダ人（その１）</span></a></span></span> (2012年6月9日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><span style="color: #0000ff;"><a title="運河のオランダ語は？（その３） | Vanaf vaart water 運河の上から【第4回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=421" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;"> 第4回 運河のオランダ語は？(その３)</span></a></span></span> (2012年5月17日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"><a title="運河のオランダ語は？（その２） | Vanaf vaart water 運河の上から【第3回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=287" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">第3回 運河のオランダ語は？(その２)</span></a></span> (2012年4月15日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"><a title="運河のオランダ語は？（その１） | Vanaf vaart water 運河の上から【第2回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=249" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">第2回 運河のオランダ語は？(その１)</span></a></span> (2012年3月25日)</p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;">第1回 <a title="連載再開のごあいさつ | Vanaf vaart water 運河の上から【第一回】" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=182" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">連載再開のごあいさつ</span></a></span> (2012年3月14日)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>太陽電池と「低い国」と～民間企業研究者の海外転職記 (2006-2009年) <span style="text-decoration: underline;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/main.html" target="_blank">(旧レイアウトで読む)</a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;">第33話　<a title="水泳、スケート、その次は…？(2009年7月12日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=3" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">水泳、スケート、その次は…？</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第32話　<a title="12年ぶりの天然氷スケート【後編】 (2009年3月6日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=110" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">12年ぶりの天然氷スケート【後編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第31話　<a title="12年ぶりの天然氷スケート【前編】 (2009年3月6日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=108" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">12年ぶりの天然氷スケート【前編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第30話　<a title="探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その3) (2008年11月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=105" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その3)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第29話　<a title="探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その2) (2008年10月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=103" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その2)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第28話　<a title="探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その1) (2008年8月27日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=97" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その1)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第27話　<a title="オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その5) (2008年7月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=95" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その5)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第26話　<a title="オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その4) (2008年7月10日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=93" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その4)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第25話　<a title="オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その3) (2008年6月30日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=90" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その3)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第24話　<a title="オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その2) (2008年5月29日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=87" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その2)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第23話　<a title="オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その1) (2008年4月30日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=82" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その1)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第22話　<a title="オランダから見たドイツ《3》研究所と言語 (2008年3月24日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=78" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《3》研究所と言語</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第21話　<a title="改札口のない鉄道駅 (2008年2月25日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=70" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">改札口のない鉄道駅</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第20話　<a title="国民皆泳～オランダの場合【後編】 (2008年1月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=68" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">国民皆泳～オランダの場合【後編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第19話　<a title="国民皆泳～オランダの場合【前編】 (2007年12月26日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=65" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">国民皆泳～オランダの場合【前編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第18話　<a title="オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【後編】 (2007年11月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=63" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【後編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第17話　<a title="オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【前編】 (2007年10月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=61" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【前編】</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第16話　<a title="オランダで家を買う《8・終》仮住まいの終り (2007年9月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=59" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《8・終》仮住まいの終り</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第15話　<a title="オランダで家を買う《7》コンニチハ、ハジメマシテ (2007年8月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=57" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《7》コンニチハ、ハジメマシテ</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第14話　<a title="オランダで家を買う《6》公証人登場 (2007年7月26日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=55" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《6》公証人登場</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第13話　<a title="オランダで家を買う《5》vs.売主側不動産屋 (2007年6月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=53" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《5》vs.売主側不動産屋</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第12話　<a title="オランダで家を買う《4》家探し、そして助っ人 (2007年5月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=51" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《4》家探し、そして助っ人</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第11話　<a title="オランダで家を買う《3》線路通り145番地 (2007年4月25日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=42" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《3》線路通り145番地</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第10話　<a title="オランダから見たドイツ《1》 Deutschland、ドイツ、Duitsland、Germany そして Dutch (2007年3月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=40" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダから見たドイツ《1》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第9話　<a title="オランダで家を買う《2》賃貸住宅への途(みち) (2007年2月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=37" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《2》賃貸住宅への途(みち)</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第8話　<a title="オランダで家を買う《1》始まりは社宅から (2007年1月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=35" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">オランダで家を買う《1》始まりは社宅から</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第7話　<a title="ペッテンとアルクマール《3》 (2006年12月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=32" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">ペッテンとアルクマール《3》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第6話　<a title="ペッテンとアルクマール《2》 (2006年11月30日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=28" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">ペッテンとアルクマール《2》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第5話　<a title="ペッテンとアルクマール《1》 (2006年10月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=26" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">ペッテンとアルクマール《1》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第4話　<a title="太陽電池を追いかけて《3》 (2006年9月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=22" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">太陽電池を追いかけて《3》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第3話　<a title="太陽電池を追いかけて《2》 (2006年8月23日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=18" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">太陽電池を追いかけて《2》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第2話　<a title="太陽電池を追いかけて《1》 (2006年7月26日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=15" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">太陽電池を追いかけて《1》</span></a></span></p>
<p><span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"> 第1話　<a title="蘭学の祖国から (2006年5月26日)" href="http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=10" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">蘭学の祖国から</span></a></span></p>
<p><iframe style="border: none; overflow: hidden; width: 100px; height: 21px;" src="//www.facebook.com/plugins/like.php?href=http%3A%2F%2Fwww.rikuryo.or.jp%2Fworld_eye%2Fnederland%2F&amp;send=false&amp;layout=button_count&amp;width=100&amp;show_faces=false&amp;action=like&amp;colorscheme=light&amp;font&amp;height=21" frameborder="0" scrolling="no" width="320" height="240"></iframe></p>
<p><script type="text/javascript">// <![CDATA[
                      !function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0];if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src="//platform.twitter.com/widgets.js";fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document,"script","twitter-wjs");
// ]]&gt;</script></p>
<p><a style="font-family: 'lucida grande',tahoma,verdana,arial,sans-serif; font-size: 11px; font-variant: normal; font-style: normal; font-weight: normal; color: #3b5998; text-decoration: none;" title="Yuji Komatsu" href="http://ja-jp.facebook.com/yuji.komatsu" target="_TOP">Yuji Komatsu</a><span style="font-family: 'lucida grande',tahoma,verdana,arial,sans-serif; font-size: 11px; line-height: 16px; font-variant: normal; font-style: normal; font-weight: normal; color: #555555; text-decoration: none;"> | </span><a style="font-family: 'lucida grande',tahoma,verdana,arial,sans-serif; font-size: 11px; font-variant: normal; font-style: normal; font-weight: normal; color: #3b5998; text-decoration: none;" title="自分だけのバナーを作成しましょう。" href="http://ja-jp.facebook.com/badges/" target="_TOP">バナーを作成</a></p>
<p><a title="Yuji Komatsu" href="http://ja-jp.facebook.com/yuji.komatsu" target="_TOP"><img style="border: 0px;" src="http://badge.facebook.com/badge/100000190037004.3276.2127730378.png" alt="" /></a><!-- Facebook Badge END --></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=227</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>水泳、スケート、その次は…？(2009年7月12日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=3</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=3#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 12 Jul 2009 13:27:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[9 水泳、スケート、その次は…?]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=3</guid>
		<description><![CDATA[▲アムステルダム最大のプール、Sloterparkbad。オランダ選手権だけでなく、ヨーロッパ選手権なども開催さ れたことがある。このプールでは世界記録も何度か更新されている。土曜日午前は50mプールが中央で仕切られ、片 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-1.jpg" alt="アムステルダム最大のプール、Sloterparkbadでの世界記録" width="600" height="360" /></p>
<table width="260" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td width="20"></td>
<td width="240"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-2.jpg" alt="アムステルダム最大のプール、Sloterparkbad" width="240" height="320" /><br />
▲アムステルダム最大のプール、Sloterparkbad。オランダ選手権だけでなく、ヨーロッパ選手権なども開催さ れたことがある。このプールでは世界記録も何度か更新されている。土曜日午前は50mプールが中央で仕切られ、片側は一般開放、もう片側ではシンクロのナ ショナルチームが練習している。午後からは、例によって子供のサバイバル水泳教室になる。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>しばらく更新が滞っていて申し訳ない。「便りがないのはよい知らせ」ということで、幸い仕事が充実しているおかげで、こちらにお便りする余裕がない、と ご判断いただけると幸いである。</p>
<p>実をいうと、平日の仕事だけでなく、週末の過ごし方も充実しているのである。<br />
前回の 話題でお察しだろうが、冬の間、日曜日はほぼ毎週スケートに通っていた。土曜日はというと、プールで水泳をしている。子供が土曜日に通う、アムステルダム 日本語補習校から歩いて20分のところに、オランダ選手権なども開催される立派なプールがあることを、去年の11月に発見してからは、子供が勉強している 間の一般開放の時間を利用して、まとまった距離を泳いでいる。<br />
連載第20回では、オランダのプールは競泳愛好者への割り当てが少ないと、文句めいたことを書いたが、何のことはない、筆者の調査が不足していただけだった。第20回で 写真を載せた、アルクマール北駅近くのプールも、建物の奥まったところに、実は立派な50mプールがあったのである。これに気づいたのも、去年の夏ぐらい のことで、それまで日曜日の午後しかそのプールには行かなかった筆者は、その時間は開放されていない50mプールの存在に、気付いていなかっただけだった のだ。いやはや面目ない。<br />
今では、アムステルダムのプールにせよ、アルクマールのプールにせよ、バリバリ泳ぐ人、ほどほどに泳ぐ人らに囲まれて、充実した水泳ライフを送ってい る。「筆者より泳力のある人はあまりいない」という前言は、謹んで撤回させていただく。永年の運動不足もすっかり解消し、自転車で爆走しても、それほど息 が上がらなくなった。脇腹の贅肉も、ひところに比べるとずいぶん控えめになってきた。<br />
<img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-3.jpg" alt="大学時代の筆者" width="320" height="240" /><br />
<span>▲大学時代の筆者</span><br />
とはいうものの、スケート場の開いていない春と夏の間、スポーツが屋内プールでの水泳だけではつまらない。そんな筆者には、取って置きの隠し玉があっ た。実は、大学時代、カヌー部員として、琵琶湖でレーシングカヌーに励んでいたのである。</p>
<p>一般にカヌーといえば、川下りを競うスポーツとして知られているようだが、筆者達が励んでいたレーシングカヌーは、湖などの静水の上を、横一列に並んで 用意ドン！で速さを競うスポーツである。夏の合宿中は、一日30km程の距離を、1000mダッシュなどを交えて漕いでいた。ただ競技として競うだけでな く、2年に1度は一周200kmの琵琶湖を仲間たちと周航するなど、ツーリングカヌーも楽しんだ。<br />
アルクマールに住むようになってから、結構な数の人が運河でカヌーを楽しんでいるのに、ずいぶん以前から気がついていた。いつかは自分も仲間に入れても らいたいものだと思う一方、運動不足由来と思しき、腰痛・首痛に悩まされるうち、カヌーで漕ぎに出ることを躊躇していた。<br />
しかし、上にも書いたように、水泳とスケートのおかげで運動不足はすっかり解消し、ついでに整体にも通って、首の調子が悪いのも治してもらった。こう なったら、カヌーを楽しむのを躊躇する理由は何もない。</p>
<p>漕ぎに出た詳しい話は次回以降に譲るとして、今回は、カヌーの上から撮った写真を見ていただくことにしよう。基本的に、カヌーの上でパドルから手を離す 行為は、転覆の恐れを増す非推奨行為なのだが、この日は風も穏やかだったので、郊外に出たときに、思いついて携帯を使って写真を撮ってみた。<br />
街中の様子もぜひ撮りたかったのだが、途中バッテリー切れのため撮れなくなってしまった。次回はぜひ、街中の様子も交えて、ご紹介したいと思っている。</p>
<table width="600" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-4.jpg" alt="カヌーに乗りながら。両側の葦が目の高さより高いので、その向こう側はあまり見えない。" width="256" height="192" /></td>
<td><span>カヌーに乗りながら。両側の葦が目の高さより高いので、その向こう側はあまり見えない。</span></td>
</tr>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-5.jpg" alt="土手の上の羊たちと筆者愛用のパドル" width="256" height="192" /></td>
<td><span>土手の上の羊たちと筆者愛用のパドル(大学時代と同じもの)。</span></td>
</tr>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-6.jpg" alt="Egmond aan Den Hoef の住宅街が見えてきた。" width="256" height="192" /></td>
<td><span>Egmond aan Den Hoef の住宅街が見えてきた。</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-7.jpg" alt="エグモント伯の邸宅跡" width="600" height="400" /><br />
<span>▲上記住宅のすぐ裏手にある、エグモント伯の邸宅跡<br />
エグモント伯とは、オランダ独立直前の頃のこの近辺の有力者。スペインの圧政に歯向かうものの、その後スペインに惨殺された。ゲーテが彼を題材に戯曲を書 き、ベートーヴェンが曲をつけた。</span></p>
<table width="600" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-8.jpg" alt="こんな狭くて低い橋がくぐれるのも、カヌーの利点。" width="256" height="192" /></td>
<td><span>こんな狭くて低い橋がくぐれるのも、カヌーの利点。</span></td>
</tr>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-9.jpg" alt="歩行者・自転車用の木橋をくぐる" width="256" height="192" /></td>
<td><span>歩 行者・自転車用の木橋をくぐる。</span></td>
</tr>
<tr>
<td width="276"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/komatsu33-10.jpg" alt="このあとバッテリーが切れた。" width="256" height="192" /></td>
<td><span>こ のあとバッテリーが切れた。</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=3</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>12年ぶりの天然氷スケート【後編】 (2009年3月6日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=110</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=110#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 06 Mar 2009 14:52:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[8 12年ぶりの天然氷スケート]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=110</guid>
		<description><![CDATA[女子30kmマラソンレースの様子(1周目)　アルクマールのスケート場にて 12年ぶりの天然氷スケート【後編】 次回オランダで天然氷のスケートが楽しめるのは、いつのことになるだろう。オランダ気象庁によれば、現在の気候でスケ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table width="600" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu32-1.jpg" alt="女子30km" width="600" height="360" /><br />
<span>女子30kmマラソンレースの様子(1周目)　アルクマールのスケート場にて</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><span style="color: #006633;"><br />
12年ぶりの天然氷スケート【後編】<br />
</span></p>
<table width="220" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu32-2.jpg" alt="天気図" width="200" height="200" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>次回オランダで天然氷のスケートが楽しめるのは、いつのことになるだろう。オランダ気象庁によれば、現在の気候でスケートができるレベルに運河が凍りつ くのは、18年に1回の確率だそうなので、当分は望み薄かもしれない。しかし、次回厚い氷が張ったときには、アイセル湖のような大きなところを滑ってみた いものだ。</p>
<p>そんな気持ちもあって、筆者もスケートを習ってみることにした。</p>
<p>幸いなことに、アルクマールには、立派なスケートリンクがある。競技もできる400mトラックと、室内リンクがあり、筆者の自宅からもさほど遠くない場 所にある。プールなどと共通の、アルクマール市スポーツ年間パスを持っておれば、一回の入場料はたったの1.6ユーロ、とても気軽に利用できる環境にあ る。<br />
スケート場併設のスケート学校は、事実上スピードスケート専用である。2006年の秋から、冬じゅうスケートレッスンを受けている妻と子供たちは、既に かなりの滑り手である。来蘭前は全くスケートの経験のなかった妻だが、今では30kmツアーに参加するぐらい容易いことであろう。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu32-3.jpg" alt="スケートリンクにて" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>筆者は、我流ではあるものの、全く初めてというわけでもなかったので、これまでスケートレッスンは受けなかった。妻ほど熱心にオランダ語を勉強していな いこともあって、オランダ語でレッスンを受けることも心理的障壁だった。スケート靴も、日本のスケートリンクでは通常禁止されているスピードスケート用で はなく、ホッケー用のものを選んだ。<br />
しかしながら、週末いっしょに滑りに行っても、レッスンを受けている家族と、我流で力任せに滑っている筆者とは、技量の差は開くばかり。基本ができてな い上に、スピードが出にくい構造で、妻はおろか、上の娘にもスピードで抜かされてしまっていた。バックやターンなどのホッケー的な小技を上達させること で、気を紛らわせていた。</p>
<p>この１月、天然氷のスケートツアーの話を聞いているうちに、スピードスケートを習わねば、という気持ちが強くなった。今のままでは長距離ツアーに参加す ることなど覚束ない。オランダ語がわからなくても、見よう見まねで何とかなるだろう。少しぐらいは、英語でも教えてくれるに違いない。何より、コーチ達の 間では、スケートを熱心に習う日本人として、妻と子供たちは既に有名人なのだ(笑)。筆者も多少はその恩恵に与れるはずだ。</p>
<p>オランダには2月に一週間、学校が休みになる週がある。国民の祝日が日本に比べて非常に少ないので、学期中に休みの週を作ってリフレッシュするのだが、 子持ちの勤め人も、通常その時期に合わせて有給休暇をとる。地元のスケート学校では、4日間の集中レッスンが、子供だけでなく大人対象にも開催される。筆 者は午前の部・夜の部のうち、午前の部の方に申し込み、張り切ってスピードスケート用の靴も新調した。</p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu32-4.jpg" alt="地元のスケート学校" width="320" height="240" /><br />
<span>スケートレッスンを受ける筆者<br />
(【前編】のときとは靴が違う)</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>午前のコースに集まった大人の数は30人ほどだった。何人かに尋ねてみたが、今回レッスンを受ける気になった動機は、ほとんどが筆者と同じようなもの で、12年ぶりの天然氷がきっかけだったようだ。久々に滑ったものの、思うように滑れなかった人や、スケートを基礎から習いなおそうと思った人たちが多 かった。例年ならば、2月の大人向け集中レッスン午前コースには、こんなに多くは集まらないのだという。</p>
<p>4日間の集中レッスンは、予想通りほとんどがオランダ語だったが、コーチの仕草の見よう見まねで、何とか内容をフォローした。時々は英語で話しかけてく れて、多少なりとも筆者の理解を助けてくれた。おかげでスピードはそれなりに速くなり、長時間滑っていてもそれほど疲れなくなった。学生時代に受けたス キー講習の経験も、それなりに役に立った。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu32-5.jpg" alt="シニアもエンジョイ" width="320" height="240" /><br />
<span>土曜の夜の室内リンクはシニアの時間</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>スケート場で周囲を見渡せば、高速で滑る上級者たちや、若者や家族連れはもちろんのこと、お年寄りが連れ立って颯爽と滑っているのが印象的だ。足腰を強 く保つには、打って付けの老化防止策なのだろう。エネルギーも適度に消費され、運動不足解消にも役立っているに違いない。<br />
個々人の健康管理も自己責任に負うところの多いこの国では、一方では様々なスポーツが奨励され、施設も安価で利用できるようになっているが、スケートはその一つの象徴といえる。筆者らの家族にとっても、今ではスケートがすっかり冬の娯楽である。<br />
オランダの冬は暗い。夜が長く、基本的にはどんより曇った日が続く。この憂鬱な冬をストレスなく過ごすのに、スケートは必須のアイテムとなりそうだ。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=110</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>12年ぶりの天然氷スケート【前編】 (2009年3月6日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=108</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=108#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 06 Mar 2009 14:51:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[8 12年ぶりの天然氷スケート]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=108</guid>
		<description><![CDATA[自宅裏手の天然氷の上をスケートする筆者 2008年のクリスマスから年末にかけて、この季節には珍しく風も穏やかで、爽やかに晴れ上がる日が続いた。しかしここは北緯53度、冬至から10日程 度では、日照時間も短く、太陽の角度も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table width="600" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu31-1.jpg" alt="スケートに興じる筆者" width="600" height="360" /><br />
<span>自宅裏手の天然氷の上をスケートする筆者</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>2008年のクリスマスから年末にかけて、この季節には珍しく風も穏やかで、爽やかに晴れ上がる日が続いた。しかしここは北緯53度、冬至から10日程 度では、日照時間も短く、太陽の角度も浅い。晴天による夜間の冷え込みは、日照による気温上昇を上回った。街なかの運河は少しずつ氷が張っていき、水鳥た ちは徐々に少なくなる氷の裂け目に集まって、群れを成して寒さをしのいでいた。</p>
<p>年が明けた最初の週末は、わずかに寒さが緩んだものの、週明けから再び晴天が続き、気温は少しずつ下がっていった。テレビのニュースは、ドイツ国境近く の内陸部では、最低気温が－15度に至ったと伝え、北海に近く比較的気温の高いアルクマールでも、運河の氷が少しずつ厚くなっていった。1997年以来、 この地域では厚い氷が張らなかったが、12年ぶりの寒波が、思わぬボーナスをもたらしたようだった。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><a href="http://webetab.ac-bordeaux.fr/Primaire/64/bayonne/eps/Bruegel/prodart/inspiration.htm" target="new"> <img src="../../../worldeye/nederland/komatsu31-3.jpg" alt="Avercamp「スケートをする人々のいる冬景色」" width="320" height="184" border="1" /><br />
<span>「スケートをする人々のいる冬景色」,Hendrik Avercamp(1585-1634)</span></a><span><br />
（アムステルダム国立博物館蔵）</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>オランダは、スケート発祥の地と言われる。早くから街なかに運河を張り巡らし、しかも冬は厳寒が訪れる。天然氷と都市生活が密接に結びついていた地域 は、他にそれほど多くないだろう。歴史的にはより実用性の高いソリが先に登場したであろうが、実用性より娯楽性の高いスケートは、経済的に比較的恵まれて いたからこそ生まれたのだろう。<br />
オランダの「黄金時代」と呼ばれる17世紀には、当時の風俗を伝える数々の絵画が残されている。中でも、冬の描写を好んだAvercampは、いくつもの作品で、氷の上で楽しそうにスケートで遊ぶ人々の姿を描いている。<br />
数々の地質調査などによって、17世紀の平均気温は、全地球的に今より何℃か低かったことが明らかになっているが、当時のオランダ人たちは、冬の間凍りついた運河の上で楽しく遊んでいたに違いない。</p>
<p>今年の新年の休暇の明けた１月５日ごろだったろうか、王立スケート協会から、天然氷の上でのスケートツアーイベントが、全国20余りの会場で行われると 発表された。そこらじゅう干拓地だらけのオランダでは、街中といわず郊外といわず、排水用の水路が縦横に巡っているが、そのような水路を巡る 10～200kmのツアーイベントが、1月10-11日の週末に、各地で開催されるというのである。<br />
また、８日の木曜日には、天然氷の上での100kmレース(1周4km×25週、女子は15周60km)が開催され、普段は人工氷の400mトラックで40～50kmレースを戦っている強者たちを中心に、12年ぶりの栄冠をかけて争われた。</p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu31-4.jpg" alt="運河でスケートを楽しむ人々" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>筆者の自宅裏の運河も、水曜日辺りから、近所のハイスクールの生徒たちが、昼休みや放課後に氷に乗って遊び始めた。木曜日・金曜日には、何人もの人がスケートで滑り始めた。これは筆者たち家族も滑らないわけにはいかない。<br />
土曜日午後、アムステルダムの日本語補習校から大急ぎで帰ってきた。日暮れまで1時間半ほどの薄暮の中、河岸の土手に腰掛けスケート靴に履き替えた。こ わごわ歩き出してみれば、ふだん滑りなれている人工氷と、違うような同じような感触。でも、なんだかウキウキと楽しい。ふだんは立ち入ることのない運河の 上から、周辺の景色を眺める不思議な感覚。スケートを滑らせながら、景色が後方へ流れていく不思議な感覚。寒さが厳しい中、日常の中での非日常を、このよ うな形で味わえるとは思ってもみなかった。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu31-5.jpg" alt="氷の上のピクニック" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>日曜日、近所の人たちの中には、昼前からテーブルを持ち出して、氷の上でピクニックをしている人たちがいる。スピーカーから大きな音で音楽を鳴らして、 まるで即席のスケートリンクである。颯爽とスケートを楽しむ人が多い中、普通の靴で歩いている大人や走り回っている子供もおれば、スケートで削れた氷粒を 集めて、雪玉を作っている子供もいる。小さな赤ちゃんをソリに乗せて引っ張っている人、ベビーカーをそのまま押している人、様々な人たちが、氷の上で遊ぶ ことを楽しんでいた。<br />
日曜の午後などは本当に天気もよく、外に出ていてもあまり寒さを感じなかった。気温もどうやら上がり気味だったようで、河岸近くでは、氷がジュクジュクと解けかかっていたところもあった。このまま氷が割れやしないかと、ちょっとしたスリルも味わった。</p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu31-6.jpg" alt="子どもをそりに乗せて" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>月曜日以降は気温も上がり始め、雨も降り始めた。氷は少しずつ解けていき、天然氷が楽しめた、束の間の日々は終わったが、しばらくの間、同僚たちとの会 話は、天然氷で楽しんだ話題で持ちきりだった。30kmツアーのイベントに参加した者、広大なアイセル湖の上を滑りまくった者もおれば、数年ぶりにスケー ト靴を履いたという者もいて様々だが、多くが12年ぶりの天然氷を楽しんでいた。自前のスケート靴を持っていない、非オランダ人同僚達は、話題の中に入れ ず残念そうだった。<br />
テレビや新聞のニュースも、天然氷に関する各地の様々なニュースを伝えた。この数週間でスケート靴が100万足以上売れたこと、その週に天然氷のスケー トを楽しんだ人は、推計300～500万人(オランダの人口は1600万人)だったこと、頭を強打したり手足を骨折したりして数千人が病院に運ばれたこと 等々。30kmツアーに参加していたvan Middelkoop国防大臣も、転倒して手首骨折というご愛嬌（失礼！）である。<br />
昨年秋からの世界同時不況は、オランダ経済にも暗い影を落としているが、日本ほど悲壮感が漂わないように感じるのは、楽しむべきときには頭を切り替え、徹底的に楽しむことができる、オランダ人の強みによるのだろう。</p>
<p>筆者も自分達が楽しむのに夢中で、自宅裏手の運河の様子以外、ほとんど見て回らなかったことに気がついた。こんなに沢山のイベントが各地で同時開催され るとは、実のところ想像に及んでおらず、後になってから詳細を知ったのが真相である。今思えば、せめてアルクマール市内だけでも、あちこちの様子を写真に 収めておけばよかった。ふだん見慣れた運河が、即席スケート場に様変わりしていたことだろう。なお、<a href="http://www.knsb.nl/upload/natuurijs/2009/index.htm" target="new">王立スケート協会のサイト</a>では、当日の各地の写真が閲覧できる。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=108</wfw:commentRss>
		<slash:comments>2</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その3) (2008年11月23日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=105</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=105#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Nov 2008 14:50:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[7 「大西洋の壁」と「松代大本営」]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=105</guid>
		<description><![CDATA[さて、今回は一転、長野市は松代大本営探訪記である。前々回の連載でも触れた、戦争末期に作られた、中央政府機構を避難させるための巨大な地下壕だが、 松代の町の南方の、象山、舞鶴山、皆神山の３ヶ所に建設された地下壕のうち、現在 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table width="600" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-1.jpg" alt="松代象山地下壕鳥瞰図" width="600" height="360" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>さて、今回は一転、長野市は松代大本営探訪記である。前々回の連載でも触れた、戦争末期に作られた、中央政府機構を避難させるための巨大な地下壕だが、 松代の町の南方の、象山、舞鶴山、皆神山の３ヶ所に建設された地下壕のうち、現在は象山地下壕の一部が、一般人でも見学可能なようになっている。なお、舞 鶴山地下壕は、気象庁によって地震観測所として活用されている。皆神山地下壕は、落盤が多いため、公開も活用もされていない。</p>
<p>「大西洋の壁」と同様、敗色濃厚になってきたため、防戦のために急遽作られた施設で、1944年11月に着工され、終戦日の8月15日まで工事は続けられたが、進捗率75%で工事は中止され、ついに本来の目的として使用されることはなかった。</p>
<table width="500" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-3.jpg" alt="松代象山地下壕あんない図" width="480" height="220" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>三つの地下壕の中で最も規模の大きい象山地下壕は、総延長延べ5800mで、中央省庁やNHKなどが移転予定だった。戦後、その一部が信州大学の宇宙線 観測室に活用されていた他は、長い間一般公開はされていなかったが、1980年代から活発化した保存運動などによって、現在はその一部の約500mの部分 が一般公開されている。長野市観光課が管理しており、現在のところ入場料は徴収していない。9時から4時の間、入り口横の管理事務所に申し出れば、誰でも 見学することができる。</p>
<table width="350" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-4.jpg" alt="松代象山地下壕入り口" width="320" height="240" /></td>
</tr>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-5.jpg" alt="松代象山地下壕内の様子" width="320" height="240" /></td>
</tr>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-6.jpg" alt="松代象山地下壕内の様子" width="320" height="240" /></td>
</tr>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu30-7.jpg" alt="松代象山地下壕内の様子" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>地下壕の入り口と、内部の様子である。一般見学可能なところは、電灯が灯され、足元はきれいに整備されている。トンネルの幅が広いところでは、天井には 補強がなされており、万一の崩落の危険に備えている。見学可能なコースは、網目状に入り組んで建設された地下壕の、一本道のコースだけで、立ち入り不可の 区域の手前には柵が設置されている。毎日4時の閉壕時間後には、設備に異状はないか、滞留者がいないか見回りを行っているようで、この施設の一般公開には それなりのコストが支払われている。<br />
これだけの規模の設備の維持と公開を、入場無料で行っている長野市の努力には敬服する。史跡指定への申請や、見学有料化などが検討されているという。これだけの史跡をいい状態で保つことができるのなら、有料化も意義のあることだろう。</p>
<p>さて、ここ３回に渡って、アイマウデンと松代の、敗戦国が作った戦争遺跡の探訪記を綴ってきた。保存状態の違いについて論じるつもりはない。両者の位置づけや設置の目的は大きく異なるのだから、状態に違いがあるのは当然だ。</p>
<p>一方で、いずれのケースも、敗色濃厚になった国が、戦争を継続させることを目的に建造したという共通点がある。敗戦という形で終わったあとには、「無駄 な努力」と切り捨てられても仕方のない、労力と資源がつぎ込まれたことになるが、戦後数十年を経た今、その労力と資源を少しでも無駄にしないためにも、こ れらの施設からより多くの教訓を汲み取るのが、現代人に課せられた課題であろう。</p>
<p>日本にせよ、ドイツにせよ、これら東西の敗戦国は、攻勢から劣勢に転じた後、必死になって何かを守ろうとしたのである。なぜそこまで必死にならねばなら なかったのか、何がそこまで彼らを駆り立てたのか。そもそも、戦争の原因の根本には、守るべき何かがあり、追い詰めるに至った何かがあった。戦争を始める ことになったきっかけは、ただ自分の支配領域を増やしたいという、我欲だけだったはずはないのである。</p>
<p>それが何かを深入りして議論する場ではないので、問題提起だけにしておこう。ドイツの場合は、第一次世界大戦の戦後処理に大きな問題があった。日本の場 合は、当時の世界に蔓延する、白人絶対優位主義とキリスト教文明絶対優位主義があった。戦勝国史観によって見逃されがちなこれらの問題は、本来ならもっと 議論されて然るべきものなのだが。</p>
<p>最後に一言。少々脱線気味になるが、もう少しおつきあい願いたい。</p>
<p>松代大本営を取り上げている他のウェブサイトなどでは、言わば突貫工事とも言える建設現場が、少なくない数の命を失わせたことについて批判的なところが 多いが、筆者には少し違和感を覚えさせる。なぜなら、この時代に自らの意思に反して命を失った人々の総体を見ずして、局所的な議論に終始していると思わざ るを得ないからである。</p>
<p>同時代の多くの日本の若者たちは、強制的に戦争の最前線に赴かされ、悲惨な状況で死を迎えている。また、炭鉱や金属資源鉱の採掘現場ーーーこれらもほと んどが突貫工事だったがーーーとは違って、松代では有毒ガスや金属汚染による健康被害の心配が少なかったことを考えれば、この現場への従事はまだ恵まれて いた方、とは言えまいか。</p>
<p>確かに、工事従事者は徴用された朝鮮半島出身者が多かった。しかし、日本政府の庇護を受けたおかげでロシアからの侵略を免れていた彼らにすれば、本土出身の若者が徴兵で戦地に赴かされていたのと同様、徴用による勤労奉仕はやむを得ないことだったのではないか。</p>
<p>この工事における朝鮮半島出身者の犠牲者が多かったことだけを、ことさら取り立てて議論すると、ことの本質を見誤る。悼むのは、ここで亡くなった犠牲者 だけでなく、同じ時代に他の地で散っていった犠牲者にも思いを馳せる、そういう視野の広さを持って、ここの遺跡を見つめて欲しいと思う。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=105</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その2) (2008年10月23日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=103</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=103#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 23 Oct 2008 14:50:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[7 「大西洋の壁」と「松代大本営」]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=103</guid>
		<description><![CDATA[▲トーチカ(3) まず見てもらいたいのが、前話の航空写真で 言うところの「トーチカ(3)」である。ここに陣取った守備兵は、機関銃を装備していたのであろうか。砂丘を這い上がってくる敵の兵士を、下の隙間から狙 いを定め一網打 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<table width="600" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-1.jpg" alt="トーチカ(3)" width="600" height="320" /><br />
<span>▲トーチカ(3)</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>まず見てもらいたいのが、<a href="../../../worldeye/nederland/episode28.html#birdeye_map">前話の航空写真</a>で 言うところの「トーチカ(3)」である。ここに陣取った守備兵は、機関銃を装備していたのであろうか。砂丘を這い上がってくる敵の兵士を、下の隙間から狙 いを定め一網打尽にするよう設計されていたのかもしれない。上の隙間の役割はよくわからない。ヘルメットをかぶった兵士が胸の前に機関銃を構えるには天井 が低すぎるようだ。<br />
それぞれの隙間は人間が出入りするには狭すぎるし、そもそも出入りするには足場が悪すぎる。手前にある正方形の穴に取り付けられた梯子を使って、出入りができるようになっているようだ。現在は砂がぎっしり詰まっていて、通行することはできない。</p>
<table width="380" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-2.jpg" alt="トーチカの大きさ" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>このトーチカがどの程度の大きさかを示したのが、右の写真である。自分の写真をこのページに掲載するのは、実は恥ずかしくてたまらないのだが(笑)、手 頃な比較の対象品がみつからなかったので、上記の正方形の出入り口の縁にカメラを置いて、セルフタイマーにて撮影した。シャッターを押してくれる道連れも いない、孤独な取材である(苦笑)。<br />
身長163センチの筆者がこの程度だから、トーチカの規模がわかってもらえたと思う。その他のトーチカも、ほぼ同じぐらいの規模である。</p>
<table width="600" border="0">
<tbody>
<tr>
<td colspan="2"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-3.jpg" alt="トーチカ前面と後面" width="600" height="225" /></td>
</tr>
<tr>
<td><span>▲トーチカ前面</span></td>
<td align="right"><span>▲トーチカ後面</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>このトーチカを前方から見ると、こんな感じである。こんなものを攻め落とそうと思ったら、中の兵士が弾切れになるのを待つぐらいしか手はなさそうだ。外からはどんな強力な兵器で攻撃しても落ちそうにない。<br />
後姿にも興味のある人はいるだろうか。大して立派な後姿ではないが、左下に掘られている穴はなんだろう。もしかすると、うずめている砂を取り除けば、出入り口になっているのかもしれない。</p>
<table width="380" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-4.jpg" alt="トーチカ(5)" width="320" height="240" /><br />
<span>▲トーチカ(5)</span> <img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-5.jpg" alt="海に面した開口部" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>次に、トーチカ(5)を見てみよう。誰が描いたか知らない落書きにはとりあえず目を背けるとして、先ほどのトーチカとは違って、前面が広く開いていることに気づくだろう。</p>
<p>この、広く開いた部分を写したのが、次の写真だ。地面には極太のボルトが円状に並んでおり、天井には吊り下げ用のフックが6つ並んでいる。開口部が海を 向いていることを考えると、海上の船舶にむかって砲撃を行う大砲が設置されていたのであろう。正面からの攻撃には弱かったかもしれないが、天井と左右後の 壁は、分厚いコンクリートで守られている。</p>
<p>このスペースに収納できる大砲が、どの程度の射程距離でどの程度の破壊力なのかは皆目見当がつかないが、「大西洋の壁」の主役として、近づく敵の艦船を 撃退する役割を担っていたはずだから、よほど強力な大砲が装備されていたに違いない。冗長なので写真は示さないが、トーチカ(1)(2)(4)もほぼ同じ 構造を取っており、敵の艦船を跳ね返す役を持つこのタイプが、重要な役割を担っていたことを想像させる。</p>
<table width="360" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu29-6.jpg" alt="ヒドい落書き" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>トーチカ(5)の内部構造は右の写真を見てもらおう。結構な奥行きがあって、この通路の両サイドにはちょっとした小部屋がある。弾薬庫か何かなのかも知れないが、単純に大砲を覆っているというわけではなさそうだ。</p>
<p>それにしても、ヒドい落書きである。落書きされるがまま放置、というのもなんだか悲しいものがあるが、それほど何の管理もされていないということだろ う。落書きを描いているのは、どこにでもいる撥ねっ返りの若者だろう。ネオナチのような政治的内容はあまり見られないが、いずれにせよ日が暮れてからはあ まり近寄らないほうがよさそうだ。</p>
<p>さて、今回はいつもの執筆スタイルとは違った形態で、写真を多用して「現地ルポ」的なものをお届けした。先の戦争で、ドイツ軍がどのように頑丈な建造物 を作ったのか、読者諸氏にも実感していただきたかったためである。「大西洋の壁」というぐらいだから、これだけの設備が何百キロの長さに渡って並べられ た。そして、ほとんどの設備は実際に使用されることはなく、戦場になったのはノルマンディー周辺の数キロの範囲だけ。<br />
戦争というものは、破壊と秩序崩壊がある一方で、無駄な投資による建築物と、終わってみれば省みられない奇妙な秩序とが残る。この投資に向けられた資 金や労働力は、もっと建設的な方向に利用できる機会もあったはずなのに、このようにして利用されず失われるのは残念なことだ。</p>
<p>そして、一方で想像していただきたかったのは、もはや無用の長物とはいえ、取り壊すにもそれなりのコストがかかりそうなことである。現状はまさに「放 置」の状態であり、保存するでもなく、管理するでもなく、かつ、若者の溜まり場になろうが、迷い込んで負傷者が出ようが関知せず、といった状態であること も、実感してもらいたかった。ただ、なぜ放置しているのか、本当の理由は、アイマウデン市議会の議事録でも繰ってみないとわからない。</p>
<p>それにしても、この地の守備に配備されたドイツ軍兵士達は、いったいどんな気持ちで毎日を送っていたのだろう。松尾芭蕉は平泉の地で「兵(つわもの)どもの夢」に思いを馳せたというが、筆者も好天の初夏の日に、当時の兵士達の境遇に思いを馳せたのであった。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=103</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>探訪「大西洋の壁」と「松代大本営」(その1) (2008年8月27日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=97</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=97#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 27 Aug 2008 14:47:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[7 「大西洋の壁」と「松代大本営」]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=97</guid>
		<description><![CDATA[&#160; ▲今も残るIJmuiden-Westのトーチカ群をパノラマ撮影にて合成した左から、4つ並ぶトーチカ、トーチカの台座(?)、さらにもうひとつのトーチカ ※画像が表示されない場合は旧レイアウトのページにアクセス [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table width="600" border="0">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><object width="600" height="416" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,40,0"><param name="SRC" value="komatsu28-1.mov" /><param name="AUTOPLAY" value="false" /><param name="CONTROLLER" value="true" /><param name="KIOSKMODE" value="true" /><param name="src" value="../../../worldeye/nederland/komatsu28-1.mov" /><param name="autoplay" value="autoplay" /><param name="controller" value="true" /><param name="kioskmode" value="true" /><param name="pluginspage" value="http://www.apple.com/quicktime/download/" /><param name="alt" value="IJmuiden-Westのトーチカ群:QTVRパノラマ" /><embed width="600" height="416" type="application/x-shockwave-flash" src="../../../worldeye/nederland/komatsu28-1.mov" SRC="komatsu28-1.mov" AUTOPLAY="false" CONTROLLER="true" KIOSKMODE="true" autoplay="autoplay" controller="true" kioskmode="true" pluginspage="http://www.apple.com/quicktime/download/" alt="IJmuiden-Westのトーチカ群:QTVRパノラマ" /></embed></object> <!--img src="komatsu28-1.jpg" WIDTH=600 HEIGHT=150 ALT="IJmuiden-Westのトーチカ群"--><span>▲今も残るIJmuiden-Westのトーチカ群をパノラマ撮影にて合成した</span>左から、4つ並ぶトーチカ、トーチカの台座(?)、さらにもうひとつのトーチカ</p>
<p>※画像が表示されない場合は<span style="text-decoration: underline; color: #0000ff;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/worldeye/nederland/episode28.html" target="_blank"><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">旧レイアウトのペー<em>ジ</em></span></a></span>にアクセスしてみて下さい</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu28-2.jpg" alt="大西洋の壁" width="320" height="420" /><span>▲大西洋の壁</span>第二次世界大戦中イギリス本土からの連合軍の侵攻に対してナチス・ドイツによってヨーロッパ西部の海岸に構築された全長2,685kmに及ぶ広範囲な海岸防衛線（出典:Wikipedia）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>今回のテーマは、「東西敗戦国の戦争遺跡」である。オランダは敗戦国になっていないが、第二次大戦では5年間ドイツの占領を受けたので、その間に「戦争遺跡」と呼べるものが残された。「東の敗戦国」はもちろん、我が国・日本である。</p>
<p>この連載の<a href="../../../worldeye/nederland/episode05.html">第5回</a>で も少し触れたが、ドイツは1942年末頃から、英米を中心とする連合軍の反撃に備えて、「大西洋の壁」と呼ばれる軍事施設を構築し始めた。ノルウェーから 南フランスまで、大西洋に面する海岸線べりに、海からの侵入を防ぐための防衛線である。当然ながら現代では、そのほとんどが取り壊されている。日本の歴史 教科書にはまず登場しないので、日本人にはなじみが薄い。</p>
<p>日本人の目に触れる機会があるとすると、映画「プライベート･ライアン」の冒頭20分、ノルマンディー上陸作戦を生々しく描いたシーンだろう。上陸作戦で連合軍が突破しようとした陣地が、「大西洋の壁」である。</p>
<p>ノルマンディーは、ドイツ側の防備体制が弱かったから上陸作戦に選ばれたわけではない。英国から船で向かう上陸部隊が、海上で迎撃を受ける可能性が低い ルートと判断されたからである。オランダやベルギー海岸などに防備体制が弱い地点があれば、上陸作戦にはそちらが選ばれていた可能性もあった。しかし、連 合軍から見て、デンマークから南フランスまで、「大西洋の壁」の防備体制にあまり違いが見出せなかったようで、いずれの場所も十分強固と判断した上で、海 上の安全を優先して「壁」の突破を図った、ということらしい。</p>
<p>結果的に突破までに凄惨な被害を出してしまうほど、「壁」の防備体制は強固だったわけだが、それだけの強固な防備体制は、ノルマンディーだけでなく、大西洋に面した海岸沿いに延々と築かれていたわけで、考えてみれば途方もないムダである。</p>
<p>ノルマンディーでの突破を許した後は、他の「壁」の部分では、大きな戦闘行為が起こることもなく、終戦後は完全な無用の長物となった。</p>
<p>オランダに残された防衛基地も、ほとんどは戦後早いうちに破壊されたが、今もわずかながら破壊されずに放置されている構築物が残っている。アムステルダ ムからさほど遠くない海沿いの町IJmuiden（アイマウデン）近郊に、その残骸群を見つけたので、この場を借りて探訪記を綴ろうと思う。</p>
<p>対する日本の戦争遺跡は、長野市郊外松代地区にある、いわゆる「松代大本営跡」である。知る人ぞ知る戦争遺跡なので、知らない人のために一応解説を加え ておくと、米軍と本土で戦闘行為になった際に備えて、東京から中央政府機能を避難させるために長野市南郊の山腹に掘り造った、巨大な地下壕である 。</p>
<p>終戦後は当然その建設目的を失ったわけだが、潰す理由もなければ、かといって残しておく積極的な理由もないまま、長年放置されてきた。しかしながら、 1980年代から活発化した保存運動などによって、現在は消極的ながら公開されている。昨年仕事で長野市を訪れる機会があり、その折に一部の地下壕に立ち 寄ることができたので、併せて探訪記を残しておく。</p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu28-3.jpg" alt="IJmuiden地図" width="320" height="320" /></td>
</tr>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu28-4.jpg" alt="IJmuiden-Westのトーチカ群(Google衛星写真)" width="320" height="240" /><span>▲Google衛星写真でもはっきり認識できるトーチカ群(上のパノラマ写真の、だいたいの撮影場所と視野を示した)</span><a onmouseover="gmap.src='../../img/icn-items-over.gif'" onmouseout="gmap.src='../../img/icn-items.gif'" href="http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&amp;ie=UTF8&amp;ll=52.454728,4.571149&amp;spn=0.003812,0.01163&amp;t=k&amp;z=17" target="new"><img src="../../../img/icn-items.gif" alt="" width="10" height="13" border="0" hspace="0" /> Google Mapで見る</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>まずは【オランダ・アイマウデン】から。</p>
<p>アイマウデン は、アムステルダムから西北西約20km、アムステルダム中央駅の北側の大運河“IJ”の、北海につながる最短ルートの玄関口に当たる港町である。ここの 港からは、北海の対岸英国との定期船が就航しているほか、漁港としても有名で、新鮮な刺身・寿司ネタを手に入れられるということで、在蘭日本人の間ではよ く知られた町である。大運河“IJ”をはさんで対岸のCorusは、重工業コンビナート地区として有名だ。</p>
<p>このアイマウデンの西の町はずれ、漁港などの倉庫群の南西に、オランダの海岸べりではよく見かける、比較的大きな砂丘がある。「大西洋の壁」の名残は、その砂丘の上に残されている。ごらんのように、ざっと見回しただけ で、トーチカらしきものが6つほど見て取れる。</p>
<p>筆者が初めてここを訪れたのは、ECNの同僚たちと、この場所で職場ハイキングを行ったときだ。この職場ハイキングの内容はいずれ稿を改めて紹介すると して、このとき初めて目にした「大西洋の壁」の実物は、筆者には衝撃的だった。この場所が初めてだったオランダ人の同僚も多かったようで、「壁」がこんな にたくさん残っている場所は、他にあまり知らない、と感想を漏らしていた。</p>
<p>年嵩の同僚によれば、かつては海岸沿いの砂丘には、このような「壁」の残骸だらけであったが、ダイナマイトで次々と破壊されていったとのこと。当然、アイマウデンから数10km北の海岸沿いに位置するECNがある砂丘の上にも、かつては「壁」が築かれていた。</p>
<p>なぜアイマウデンの「壁」が破壊されずに放置されたのかは、よくわからない。手間ひまかけて保存されている風にも見えない。単に、破壊の順番待ちをしているうちに、あえて破壊する必要もなくなったので、そのまま放置されているのかも知れない。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu28-5.jpg" alt="砂丘保全地区に放置されたトーチカ群。右後方は、大運河“IJ”をはさんでCorusの重工業コンビナート" width="320" height="240" /><span>▲砂丘保全地区に放置されたトーチカ群</span>右後方は、大運河“IJ”をはさんでCorusの重工業コンビナート</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>なお、「壁」が残っている周辺の土地は、砂丘保全地区 として、他用途への転用が禁じられている。背の高くない草木を生やして、砂丘をできるだけ自然に近い形で保全しようとしている土地である。もしかすると、 トーチカのコンクリートを破壊することで沁み出す何かが、草木へ悪い影響を及ぼすのかもしれない。</p>
<p>いずれにせよ、この「放置」という措置によって、21世紀になって初めてオランダにやってきた外国人の目にも、「壁」の残骸が映ることができたわけである。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=97</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その5) (2008年7月23日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=95</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=95#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Jul 2008 14:46:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[4 オランダから見たドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=95</guid>
		<description><![CDATA[▲オランダの洪水対策の代表的存在～締切大堤防(Afsluitdijk) 1932年に約6年の歳月をかけて完 成した。約30キロの長大な堤防を海上に築き、アムステルダム付近まで至る外海(Zuiderzee)を、淡水湖(IJ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="color: #006633;"></p>
<p></span></p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td width="20"></td>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu27-1.jpg" alt="締切大堤防(Afsluitdijk)" width="240" height="320" /><br />
<span>▲オランダの洪水対策の代表的存在～締切大堤防(Afsluitdijk)<br />
1932年に約6年の歳月をかけて完 成した。約30キロの長大な堤防を海上に築き、アムステルダム付近まで至る外海(Zuiderzee)を、淡水湖(IJsselmeer)に変えてしまっ た。 IJsselmeerにはライン川などからの流入があり、毎日干潮時のみ水門が開かれて排水が行われている。</span><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu27-2.jpg" alt="工事中のAfsluitdijk" width="320" height="240" /><br />
<span>▲工事中の様子</span></p>
<p><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu27-3.jpg" alt="現在のAfsluitdijk" width="320" height="240" /><br />
<span>▲現在の様子(筆者撮影)～右が外海(Waddenzee)、左がIJsselmeer<br />
満潮時なので外海のほうが水位が高い</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><!---3節.オランダとドイツ・社会の成り立ちの違い---><strong>【オランダとドイツ・社会の成り立ちの違い】</strong><br />
オランダという国は、この1000年近い歴史の中、迫り来る洪水の危機に立ち向かいながら文明を作り上げてきた国である。洪水には、規模の大きいものか ら小さいものまで、予測が容易なものから困難なものまで様々だが、重要なのは、住民それぞれの蒙る被害を最小限にするにはどうしたらいいか、利害関係を調 整することであった。しかし、構成する個々人の財産権は尊重され、最善の解決策に見えるような方法であっても、一部の住民だけが極端に損をするようなもの であってはならなかった。</p>
<p>解決策の話し合いは、皆が納得するまでが原則だが、迫りくる洪水に対応するには、一刻も早く対策を打たなければならない。程よいところで妥協をし、応急 的な解決策と長期的な解決策を考え出し、実行に移す必要がある。また、対策を実行中でも、その対策が妥当かどうか常にチェックをしながら、必要に応じて修 正を加える。洪水対策の最終形態が、当初計画した解決策とは異なるものであっても、現実的に有効に機能しており、利害関係を持つものが、結果にある程度満 足しておれば、その対策は結果的に正しいのである。</p>
<p>個々人の財産権と、民主的プロセスを尊重する一方、洪水対策に知恵を絞ることを通して、オランダ流の合意形成プロセスは築き上げられていった。そのおか げで、他のヨーロッパ諸国と違って階級間の隔たりは緩く、各個人の意見や財産が尊重される。移り住んでくる他国からの亡命者を寛容に受け入れる一方、彼ら を自分たちの“現実的なシステム”に組み入れる。既存の常識や枠組にとらわれず、常に現実的な解決策を追求する姿勢は、この国を外国人として見つめるもの にとって、大いに見習うべきところがある。</p>
<p>しかし、オランダと同じやり方を、他の国に適用しようと思っても、そうそう上手くは行かない。オランダ人と近縁の言語を使うドイツ人とて、現実的な解決方法を取ることに、高い優先順位を与えることはできていない。</p>
<table width="370" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu27-4.gif" alt="現在も州政府が独自の強い権限を持っている、ドイツ連邦共和国" width="350" height="477" /><br />
<span>▲現在も州政府が独自の強い権限を持っている、ドイツ連邦共和国</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>ドイツは19世紀後半になってようやく統一国家となった国、それまでは各地方がバラバラで、主に封建領主の支配による農業社会だった。統一国家となった 後も、連邦国家として、各州政府には中央政府に比べてかなりの権限が与えられているため、統一のルールをトップダウンで与えなければ、国民意識がバラバラ になってしまう危険性をはらんでいる。封建時代から続いている職業観の階層制のようなものは、そう簡単には変わらない。<br />
そういうわけで、研究者と技官の関係も変わらないし、研究所の企業への技術供与も、オランダほど効率的にはできない。もちろん、オランダで働いている筆 者のひいき目は多分に入っているし、ドイツでなくオランダの研究所を選んだ、自分の選択に間違いがなかったと信じたいから、筆者の主観的立場での視点は、 割り引く必要はあるけれども。</p>
<p>欧州の中で、ドイツ、フランス、イギリスという大国に囲まれて、国土も小さく、あまり資源もないオランダが、比較的高い人口密度で経済的にも成功している一つの鍵は、徹底した現実主義と階層制＝ヒエラルキーの緩さにあるように思う。<br />
疲弊した日本社会の建て直しにも、何か参考になることがあるといいのだが、教条的でスローガン先行の日本社会では、現実主義はなかなか主流派になれな い。せめて、ムダとわかっているプロジェクトを、途中で現実的な方法に修正する賢明さぐらいは、見習って欲しいものである。</p>
<p>オランダに住んでいると、オランダ人社会の現実主義とヒエラルキーの緩さに直面する機会が多々訪れる。この数回にわたって、筆者の職業的体験から、ドイ ツとの比較の上でこれらを紹介したつもりだ。いつにも増してわかりにくい文面となってしまったが、少しでもエッセンスを汲み取っていただけたとしたら幸い である。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=95</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その4) (2008年7月10日)</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=93</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=93#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 10 Jul 2008 14:45:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[4 オランダから見たドイツ]]></category>
		<category><![CDATA[太陽電池と「低い国」と]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?p=93</guid>
		<description><![CDATA[【研究所と企業の関係・オランダとドイツの違い】 ECNの研究棟 ずいぶん長い前置きになってしまった。いよいよ本題である。 研究所は、単純に言うと、大学での基礎研究の成果を、企業の生産現場での応用のための、橋渡しをしている [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>【研究所と企業の関係・オランダとドイツの違い】</strong></p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu26-1.jpg" alt="ECN(太陽電池研究棟)" width="320" height="240" /><br />
<span>ECNの研究棟</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>ずいぶん長い前置きになってしまった。いよいよ本題である。<br />
研究所は、単純に言うと、大学での基礎研究の成果を、企業の生産現場での応用のための、橋渡しをしているところ、といえる。もちろん、研究所自身が基礎 研究を行っている場合もあるが、一般的に言って、大学は研究所に比べると、ある程度自由な研究ができる場所でもあり、独創的な基礎研究も行いやすい。しか し、基礎研究はそのままの形では、実際の生産現場に応用するのは難しいので、研究所が技術開発の役割を担うのである。その成果を、技術供与の形で、産業界 での生産現場に提供する。<br />
この「技術供与」を効率的に行うには、企業と研究所の間で、十分なコミュニケーションと、相互の理解が必要だ。研究所は特に、生産現場の問題点をよく理解していないといけない。</p>
<table width="340" border="0" align="left">
<tbody>
<tr>
<td><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu26-2.jpg" alt="技術供与(イメージ)" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>手前味噌ではあるが、ECNはこの「技術供与」を非常に円滑にできているように思う。産業界が求めているのはどのような技術か、生産現場に導入させやす いのはどのような技術か、その方面への理解もさることながら、技術供与後の企業へのアフターフォローがしっかりしており、問題点を修正するだけでなく、産 業への理解をさらに深める機会として利用している。<br />
一般に、技術を提供する側は、その技術に自信があればあるほど、そのままの状態での応用を産業側に強いがちになるが、ECNはかなり柔軟で融通が利いて いる。さながら、オランダにおける研究者と技官とが、お互いが対等な立場で話し合って、双方納得のいく解決策を見つける努力をしているのに似ている。すな わち、研究所と企業も対等な関係で技術について話し合い、供与される技術が、研究所にとっても企業にとっても都合のいい形で受け入れられる妥協点を見つけ ていく。異なる組織同士のフラットな関係が、よりよい結果を生み出している。</p>
<p>対するところのドイツ・フラウンホーファー太陽エネルギー研究所(F-ISE)である。彼らの太陽電池の生産技術の応用研究は先進的で、発表される技術 は、革新的である。ECNより優れた生産技術も多く開発している。しかし、筆者の見たところ、彼らの技術を生産現場に持っていくには、もう一つか二つ、応 用を利かせる必要がありそうなのだ。製造コスト低減への見込みが甘かったり、製造時の排出物に対する配慮が足りなかったりなどが、そこここに見受けられ る。産業側からの技術提供の依頼の件数も、あまり多くはなさそうに見える。</p>
<table width="340" border="0" align="right">
<tbody>
<tr>
<td align="right"><img src="../../../worldeye/nederland/komatsu26-3.jpg" alt="靴と靴(イメージ)" width="320" height="240" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>少し話がわかりにくいかもしれないので、靴選びを例にして説明して見よう。「靴」を研究所から提供する技術、「足」を企業の生産現場にたとえて見る。<br />
ドイツF-ISEの提供する靴は、デザインも斬新で短距離を走るには申し分ない。しかし、長い時間履いていたら足にマメができてしまう。ところが、その性能を生かすには、マメができないように修正することは許容できない。<br />
一方、ECNの提供する靴は、デザインはそれなりに斬新だが、平凡さも残っている。長く履けそうな履き心地で、長距離を歩くのに適している。そのままで はやや足に合わないところもあるが、ちょっとした手直しをすれば、格段に履き心地はよくなる。この違いがお分かりいただけるだろうか。<br />
前回紹介したように、ドイツの研究所では研究者と技官の間の階層構造がコミュニケーションを阻害しているように、研究所と企業の間にもヒエラルキーのようなものがあり、コミュニケーションや相互理解がうまくいっていないように見えるのである。</p>
<p>研究者の学歴にも違いが見える。ドイツの研究所では、研究者クラスはほとんどが博士号を持っている。持っていない研究者も、少なくとも修士は修了してい て、研究業務を通じて博士号取得を目指している。オランダの研究所では、博士号の保持は必須ではない。修士修了者も、必ずしも博士号取得を目論んでいな い。中には、技官の仕事を務めているうちに、いつの間にか研究者的な仕事をしている者もいる。研究者と技官の間の垣根の高さの違いが、研究所と企業の間の 関係にも影響しているように思える。</p>
<p><span> ※キャプションの無い写真はイメージ</span></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/world_eye/nederland/?feed=rss2&#038;p=93</wfw:commentRss>
		<slash:comments>1</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
