【228回】12月「脳科学から褒めの効果を考える」

Ⅰ.日時 2021年12月18日(土)14時00分~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 62名
Ⅳ.講師 定藤規弘(さだとう のりひろ)さん@88期 (自然科学研究機構 生理学研究所 システム脳科学研究領域 心理生理学研究部門 教授)

1983年  京都大学医学部医学科卒業
1983年  天理よろづ相談所病院レジデント
1988年  米国メリーランド州立大学病院放射線診断科臨床フェロー
1993年  米国NINDS/NIH客員研究員
1994年  京都大学大学院修了医学博士
1995年 福井医科大学高エネルギー医学研究センター 講師
1998年  同上助教授
1999年  岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授
2004年 自然科学研究機構生理学研究所 教授(組織名変更による)現在に至る。
Ⅴ.演題 脳科学から褒めの効果を考える
Ⅵ.事前宣伝 ヒトの社会は、血のつながらないヒトとヒトとの間の役割分担で成り立っています。ここで大切なのは、他人のためにみずから行動すること(向社会行動)です。この向社会行動が起こる理由のひとつとして、他人に「ほめられる」ことがあります。「ほめられること」は他人からのポジティブな評価であって「社会的な承認」です。「ほめ」を脳内で処理するときには、「報酬系」(お金をもらったときなどのように、心地よい気持ちを引き起こす神経回路)と、他人の心を推測するときのしくみの、両方が関連していることがわかりました。つまり、お金をもらったときも、他人にほめられたときも、同じような報酬系という脳の活動が起こる一方、褒められたことを理解するためには、他人の意図を正確につかむという社会能力が必要であるのです。他人に「ほめられること」は、私たちが育ち、学び、幸福に生きていくために、どのような効果があるのでしょうか。 神経科学と人文科学をつなぐ架け橋となる「脳機能イメージング」の研究を中心に、情緒との関係で説明したいと思います。
Ⅶ.講演概要 これは定藤氏の講演、質疑応答を簡単にまとめたものです。詳細については添付の講演に使われた資料のPPTを参照ください。

1.

本日の講演のメッセージは、褒めとWe-beingの脳科学的研究が進行中であること、褒めには作法があること、そして適切な褒めはWell-beingを増進する事、この3点を中心に講演が行われました。褒めや幸福といったことは、これまで自然科学では研究の対象にならなかった分野であるが、現在実際に研究が始まりつつあります。

2.

褒めの定義は、成果、成績、属性に対して、他者による肯定的な評価で、その評価者の基準によります。この褒めは、人間が生きていくうえで、健康、金と同様、周囲の人に受け入れられている状態、即ち「社会的承認」として重要な要素です。

3.

Slide 9にある、無人販売所で、視線のあるポスターを貼っておいた週は、花の週よりは代金回収率が高いという実験があります。これは、他者の視線、即ち評判・評価の予測が行動に影響したと解釈されます。これは「ヒト特有の利他性の進化」、つまり血縁関係になく、直接のお返しも期待できない他者に利益を与える人間特有の間接的互恵性行為で、良い評判という報酬を求める行動と言えます。

4.

報酬には褒めと金銭報酬とは同様の神経基盤にあること、向社会行動を促進する事、そして学習の機会増加に関与することが、研究の結果判ってきました。

5.

Well-beingとは、病気ではないとか、弱っていないではなく、肉体的、精神的、社会的に満たされた状態、幸福な状態です。これは知覚と行動の両面に対置させ、前者を主観的幸福、後者を心理的幸福、それぞれ快適、やりがいに分類されます。(詳細はSlide18 参照)

6.

時間的にも、持続的な幸福度と一時的な幸せ感情と言った2側面があり、互いが関連しながら互いに強化してゆきます。ポジティブな出来事に直面した際の幸せ感情は、結果として脳の灰白質体積密度を増強させ、幸福度と相関しています。(まとめ2、スライド30参照)

7.

心理的幸福とは、アリストテレスの時代から定義づけされ、自律性、個人的成長、自己受容、人生の目標、環境の支配、他者との良好な関係の6つの要素と深く関わっています。そして、心理的幸福のダイナミズムというチャートで示す通り、内在的に動機づけられた目標に向かって持続的な努力を重ね、そして段階的な“身の丈に合ったフィードバック”を重ねることにより、目標達成という満足を得るという過程をたどることとなります。褒めて育てるという言葉がありますが、褒めることによりこの動機づけを行い、創造性や学習意欲の向上を図るものです。

8.

褒めの有効性を規定すると、誠実さ、成功の原因は何か、自律性を涵養する、そして能力と自己効力感を引き上げることにあります。これが、褒めの作法と言えます。

9.

誠実な褒めのコミュニケーションの定義

〇総論: 助けよ、害を与えるな (向社会的行動)
〇情報: 適切、虚偽なく、必要十分な量にとどめ、曖昧さを避ける
〇礼儀: 押し付けない、選択肢を与える、友好的であれ

10.

成功の原因がどこに帰するか分析する。一つは能力ですが、これは自己制御の外にあります。一方、努力が自己制御の中にあって、自らの行動(=努力)のよって改善されます。この点から。自己制御できるという点では、能力より努力を重要視すべきでしょう。

11.

自律性とは、自ら望んで実行することであり、これが褒めの根拠であることを明確にすることです。しかし、褒めは本来外来的報酬ですので、褒め依存は内発的動機を損なうことがあり、注意を要します。

12.

能力を増強するフィードバックとして褒めが機能することによって、自己効力感を増し、内発性動機ひいては心理的幸福(やりがい)を増強することが可能となります。

 13.まとめ3 (Slide 50 を引用)

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これをダイアグラムで示すと、下記のSlide49 に示す通りとなります。

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  質疑応答、Q&A

三角智子さん(94期)

Q: 心の中で過去の不幸を打ち消す方法はありますか?
→A: 心療内科でも過去の不幸の記憶に由来する患者の心の悩みを和らげる方法として研究されています。基本的には不幸に対する解釈を変える、異なる解釈をすることにより不幸を書き換えてゆくことが可能です。

 

広本治さん(88期)

Q: ①ストップウォッチの実験で、内発性の動機づけにお金という外来性報酬を使うのがあったが、お金を必要とする人と、そうでない人では、動機付けという点では違ってくるのではないか。 ②リアルな現実とネットの世界では褒め方に違いがあるのではないか。
→A: ①実験に使ったお金の額は小さなものであったので影響は小さいと考えられます。しかし、これが100万円、200万円となってくると、人によってとらえ方は違ってきます。この点で、広本さんの仰るとおりです。 ②ネットの“いいね”という評価は、リアルな世界での褒めとはいくつかの点で異なります。評価者が特定できず、褒めの根拠が提示されず、パフォーマンス増強に資するような具体的なフィードバックになり得ないという点で、個々の“いいね”は均一な信号となり、“いいね”の数だけが意味を持つようになる可能性があります。このために、たくさん“いいね”を集めることが目的化すると、お金の場合と同様に、内発性動機が損なわれる事になりえます。

 

多賀正義さん(76期)

Q: 身の丈と言うことが良く出てきましたが、これはどのようにしてとらえてゆくのか?
→A: 段階を踏んだトレーニングということです。つまり現在の技量(=身の丈)に合わせて挑戦するレベルを調整するということです。お稽古ごと、例えばそろばんでは、それぞれの級位や段位によって挑戦レベルが徐々に高度な技術に引き上げられていくことにより、人間業とは思えないような素早い暗算ができるようになります。努力の過程でこういった段階的な目標を設定することが重要です。

 

新貝康司さん(86期)

Q: ① 心理学者のアドラーの本を読んだことがあるが、その中で褒めることの難しさ述べていて、褒められることが目的、そしてそのことで組織の中で特別な地位を得ようとする人の問題を論じていた。褒める教育についてどう考えるか ② 更に、今日の話では、アドラーの心理学と共通した点が多々あると思うが、この点でのお考えは?
→A: ① 褒める教育について、褒められることが目的となることは、注意深く避けなければなりません。褒めも外来性報酬なので、内発的動機づけを損なう可能性が在るためです。褒めは他者からの承認であることから、組織の中で特別な地位を得ようとする人の問題は、注目の要求、承認の要求へ還元することができるかもしれません。その起源は発達心理学で検討されています。子供の行動に対して親が反応を示すのは重要です。それは、反応は承認の第一歩とみなすことが出来、逆に無反応は拒否の信号と受け取られるからです。子供の意図は何を見ているかによって読み取ることが出来ますので、親は子供がどこを見ているか、に注意すべきです。そういった意味で、視線の共有やアイコンタクトはコミュニケーションをとる上で非常に重要です。②について、いずれもヒトのこころの働きを対象とする研究なので、異なる立場から共通した見解が出てくるならば、より正確な理解に近づいていることを表していると思われます。

 

雫石潔さん(73期)

Q: 人を褒めたあと改善点を指摘するというのは、反発を食らって難しいことと感じるが、これについてどう思うか。
→A: これは、コーチングの世界でよく研究されています。最近は、叱ったりするのは、改善点の指摘を受け入れにくくすることがわかっており、ほぼなくなっています。コーチの目的はパフォーマンスを上げることですので、相手がネガティブにならないよう十分に配慮して褒め言葉を与えるとともに、段階的な目標を与えて努力を促し、少しずつ能力を高めていく方法を講じるのが常道です。

 

【記録:多賀正義(76期)】

Ⅷ.資料 20211218 【講演】東京六稜倶楽部 褒めとWellbeing.pdf(3MB)