【特別講演第2弾】「不可思議なるいのちの世界に目覚めて」

Ⅰ.日時 2021年11月27日(土)10時30分~12時
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 39名
Ⅳ.講師 名倉 幹さん@93期 (真宗大谷派(東本願寺)僧侶 北米開教使、Jodo-Shinshu Shin-Buddhist New York Sangha、親蓮坊いのちとこころの相談所「聞」主幹)

1962年:京都生まれ
1981年:北野高校卒業(93期)
1987年:神戸大学経営学部卒業、株式会社住友銀行入行
1999年:住友銀行退職
2006年:真宗大谷派(東本願寺)にて得度
2007年:株式会社セーフティネットにて自殺防止相談員として従事
2008年:東本願寺ハワイ別院開教使僧侶
2012年:東本願寺北米開教使としてニューヨークに渡り、Jodo-Shinshu Shin-Buddhist New York Sanghaを設立。ニューヨーク在住、現在に至る。
Ⅴ.演題 「不可思議なるいのちの世界に目覚めて」
Ⅵ.事前宣伝 仏門の生まれでもない小生が、学生時代に起きた父の死を機縁にある方との出会いに恵まれ、大阪のあるお寺に仏の教えを聞きに行くことが始まり、それが銀行等サラリーマン生活を通してずっと続くようになり、いつの間にか宗教的に心の目が開かされてまいりました。それは一言で申しますと、自分が生きているのではない、徹頭徹尾不思議にも生かされている身であったという自覚であります。そのような気づき、目覚めを何度も反芻、確かめていく過程におきまして、人間として生まれ生きていく道中において体験する様々な苦悩を転じうる力を得て、私どもはこの世を生きていくことができるという確信を得て、43歳で得度し坊さんとして生きるようになりました。

現在のコロナウイルスの蔓延も、いのちの不思議な世界の出来事であり、私たち人間はこの不安が絶えない世界の只中にあって、如何にして心の富者となり、生死に処していくことができるのか・・・。丁度今年は、仏教を日本国民に導入してくださった聖徳太子の1400年忌に当たり、そのようなことを皆さまと共有できればと思う次第であります。

Ⅶ.講演概要

出家をして僧侶になった経緯

<仏道への出会いまで>

・一般のサラリーマン家庭に育ち、米国に憧れ、アメフトに取り組みたかった。
・神戸大学に進学し、アメフト部に入部できたが、在学中に父親が「大酒」が原因で逝去。
・母親が、実母に続き夫が亡くなったことで「愛別離苦」で大変心が落ち込んだ。
・そんな中で、就活となり、新日鐵を望んだが、遠隔地の勤務になるため、母親から強烈な大反対にあったため、父の親友の紹介により(大阪近辺で配属させるという条件で)、不承不承住友銀行に入行。
・これが、ゆくゆく「母が私の人生の邪魔をした。」という人生の行き詰まりの始まりであった。
・私自身の「母への口惜しさ・憎しみ・対立」という苦悶の中で、見かねた先輩が心配して、「加藤辰子」さんを紹介頂いた。
・加藤さんは一介の主婦(昔は船場のごりょんさん)であるが、お会いした際にただならぬものを感じた。
・加藤さんは、仏道でいう「妙好人(妙なる好き人:仏のようになられた方)」で表情は柔らかで、朗らかで、何があっても大丈夫という「生きる力」を感じたものである。
・これが私の仏道との出会いで、後々にこの身を捧げられるようになった始まりである。

<その後の経緯>

・住友銀行入社は1987年で世の中は「バブル経済」真っ盛り、イトマン事件などもあり、半沢直樹の世界を地で行く「金融界の異常さ」に義憤を感じたものである。
・外国為替担当で、英語は高校時代から得意な方であったが、金融界や国内の状況に合わない思いが募り、学生時代に夢見たモノづくりや現場労働者との仕事である「労務畑」に未練があった。
・そんな中、また「母への対立」が心を締め付けていたが、それに対して、加藤辰子さんが、「名倉さんは、母がどうの社会がどうの銀行がどうのと外ばかり見ているが、自分自身はどうなのか、自分を善人と思っているのではないか」と仰った。
・これは、仏道でいう「内観(エンドレスに深く自分を見ること)」である。
・これまで「論語」でいう「君子」(立派な人・リーダー)になることを目指してきたが、これによって、人生のディレクションが変わってきた。
・加藤さんに接しているとどのような苦難に対しても耐えていけるような「金剛(ダイヤモンド)」のような心を感じた。
・また、加藤さんは、「私は健康にも恵まれず、商売も忙しいが、何にしても仏の教えを聞くことを最優先にしてきた。」とも仰っている。仏道の「聞法」である。

<本物の僧侶との出会い>

・加藤さんは、浄土真宗の「蜂屋賢喜代(よしきよ)」師を本物の僧侶だと、絶対の信を置いて師事しておられた。
・そのご長男の蜂屋教正師に導かれたが、もともと仏法は知らなかったし、当初はさっぱり分からなかったが、蜂屋先生の静かで落ち着いた佇まいに惹かれ、20代から先生の寺によく通うようになった。
・説法を聞く中でも、個人的な相談にも応じて頂けた。50歳も年上の蜂屋先生は、小生を座敷に招いてお茶を淹れて頂くが、沸騰したお湯をゆっくりと冷ましてゆく中で、その所作と時間の大切さが感じられた。
・その中で、こちらもカッカしていたのが落ち着いてきて悩みをとうとうと話す。先生は「はあそうですか~ふんふん~」とずっとこちらの話を聞き、話の腰を折らない。同じ目線で同じ悩める人間として接して頂いたことに深く感銘を受けた。
・とかくお坊さんは上から目線の説教が多いものだが、蜂屋先生のこのご態度は仏道の徹底した「傾聴」であり重要である。
・この蜂屋先生のご姿勢・ご態度が私の生きる方向に開眼し決定づけ、その後の原点となった。

<僧侶となった経緯>

・銀行をやめて僧侶になりたいという思いが募ってきたが、蜂屋師は「何故坊さんになるのか?」となかなか厳しかった。
・浄土真宗は、親鸞を宗祖とする「在家仏教」で、他の仏教のような「出家仏教」ではない。
・蜂屋師からは、「仕事は何でも良いからやり続け、そして聞法するのが尊い。」と言われ続けた。
・12年間勤めた銀行を辞めた後、次の仕事がなかなか決められず、ブラブラと1年半以上過ごし、預金も尽きてきて、次の一手が出ない行き詰まりを迎え、自己をコントロールできない狂気の一歩手前まで来た。
・蜂屋師はそこで「とうとう崖っぷちまで来られましたか?もうどんな仕事でもしなさいよ。」とおっしゃった。
・そんな中で、新聞求人広告にあったある「飛び込み営業」の仕事にありついた。そして、もうこれしかないと一生懸命にその仕事に打ち込んだ。そこが「私の救い」になった。
・ここで気付いたのが、私は「こうあるべき」という自分が自分に枠をはめて苦しめていたということであった。そういった今までのプライドが廃り、おのずから生き返ることができた。
・落ちて初めて救われたという感じです。

<静坐法>

・東京で仕事をしながら、2004年から「仏教の講話」と「静坐会」を始めた。
・「静坐法」は岡田虎二郎が創始者。
・「立腰」(腰骨を立てる)により、呼吸を吐きながら、下腹部(丹田)に力を入れるのが重要。
・頭中心から丹田中心へ移すと段々と自我に振り回されないようになる。

<得度>

・2006年43歳の時に得度。蜂屋先生と同じ道を歩むことに決心がついた。
・43歳については意識していた。先ず、法然上人が御念仏一つに落ち着かれたのが43歳。
・また、森本省念老師(禅僧で西田幾太郎の一番弟子・北野の先輩)が43歳で出家せられた。
・日本の寺は葬儀・法事中心が多いのでそれを避け、求道・伝道一本で外国でやろうと志した。
・米国では、潜在的に仏教を求める人がとても多いため、9年前に単身ニューヨークに渡り、様々な人との出会いに恵まれて、現在に至っている。

 

テーマ:不可思議なるいのちの世界に目覚めて

・押し並べて人間は「私が生きている」と思っている。これを「自我」という。
・人間には他の動物に比べて大きな大脳があり、「自我」は文明を発達させる力はあるが、同時に、敵と味方・白と黒・男と女といったあらゆるものを二つに分けている。
・しかし、私が仏の教えを聞いているうちに目覚めたことがある。
・そもそもこうして世界があって私がここに居るのは何故なのか、どこからこの力があるのか、この私自身の存在というのは何故あるのか、などを追及して、仏の教えを聞いていくと。
・それは人間の頭脳では、科学では勿論、例えば、宇宙の始まりは138億年前となっているが、「悟り」の世界から見れば、その前はどうなっていたのかということもあり、それは何ともかとも言えないという風になる。
・そういうことで、私自身が本当に目覚めさせて頂いたのは、私の存在そのものが、不可称不可説不可思議な宇宙始まって以来の、気の遠くなるような時間とあらゆる関係性の中で、人間として、生命体として生かさせて頂いているという事実である。
・100%「他力(全くのお蔭様という意味)」で、良いも悪いも超えて、存在そのものが不思議の賜物である。
・そこで、私自身、今どのような問題が来ても「あるがままに」受け取らせて頂けるよう、日々修行している次第です。

 

 

質疑応答

 

1.牧 武志(73期)

Q:ニューヨークで布教活動をされていますが、反応はいかがですか?
→A:9年前にニューヨークで、日系の「ツネ」(95歳)さんという方に出会い、ニュージャージーの彼女夫妻のお家で6年半、生活一切のお世話になった。
・寺は、ニューヨークの禅寺「正法寺」(鈴木大拙先生ゆかり)を使わせてもらっている。
・また、シティカレッジ(ニューヨーク市立大学)で「静坐会」を毎週開催(正しい姿勢と丹田呼吸法を学びに来られる)
・その他海外も(フィレンツェ・ロンドン・セルビア・コロンビア)
*水上のりさんが「ツネ」さんとの仏教生活のドキュメンタリー「Pure Land」という映画を製作し、来年日本でも公開予定です。

 

2.森田 真(87期)

Q:死んで終わりではなく、過去から巡って、来世についてはどのようにお考えですか?
→A:輪廻転生というのはインド古代からある概念ですが、真面目に考えたら、来世を考えること自体すでに「迷っている」ことになる。
・仏教では、「今ここに目覚めること」が全てで、死んでから後の世界を考えることはすでに迷いである。
・「○」:今ここを本当に味あう「大満足」つまり○(一円相)を自覚しうることが、死んだ時、完全燃焼で「涅槃に入る」と申します。

 

3.西尾 大二郎(66期)

Q:巡礼でスペインのサンチャゴに行ったりして長距離を歩いていますが、「歩行」というような概念はありますか?
→A:煩悩に囚われなくする際に、坐ることだけでなく、歩くことによって 、頭を空っぽにすることは大事なことです。(自我が破られる)
・文献には、「歩行禅」(松尾心空)があります。
【記録:植村和文(82期)】
Ⅷ.資料 ドキュメンタリー映画「Pure Land」(浄土)のご紹介