| Ⅰ.日時 | 2025年12月17日(水)11時30分~13時00分 |
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| Ⅱ.場所 | バグースプレイス パーティルーム |
| Ⅲ.出席者数 | 40名 |
| Ⅳ.講師 |
佐藤 勝昭さん@72期東京農工大学名誉教授 (一社)日本画府理事・総務部長
1960 大阪府立北野高等学校卒業 1960~1964 京都大学工学部電気工学科 1964~1966 京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程 1966~1984 日本放送協会(1966-1968大阪中央放送局、1968-1984放送科学基礎研究所) (1978: 京都大学工学博士学位取得) 1984~2007 東京農工大学(1984:工学部助教授,1989:同教授, 2005:理事・副学長) 2007~2019 (国研)科学技術振興機構(さきがけ次世代デバイス研究総括、研究広報主監他)
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| Ⅴ.演題 | 「応用物理の目で絵画を読み解く」 |
| Ⅵ.事前宣伝 | この講演では、応用物理学(光学・材料科学)の目で、絵画の発色の仕組みを解説し、ゴッホの油彩画、北斎の浮世絵版画などを読み解くとともに、自身の水彩スケッチ・油彩画について、その技法を紹介します。 |
| Ⅶ.講演概要 | 東京六稜倶楽部での講演は、2012年の【第118回】「スケッチで綴る世界の旅」 、2014年の 【第143回】「太陽電池のキホン」 に続く、三度目となります。本日の講演は(1)絵具の仕組み、(2)北斎浮世絵版画の青色絵具について、(3)ゴッホの油絵の褪色について、(4)油彩画の技法についてお話します。
(1)絵具の仕組み我々が色を感じられるのは、網膜に色感度特性が異なる3種類の錐体細胞ρ、γ、βがあるおかげです。これら錐体の色感度はそれぞれ赤・緑・青に敏感になっています。三原色の光を混ぜると白色になり、これを加法混色と呼びます。これに対し、絵具やプリンターのインクでは、三原色の補色にあたるシアン、マゼンタ、黄色が三原色となり、三色の絵具を混ぜると黒色になり、これを減法混色と呼びます。 絵具は着色材となる顔料と顔料を紙や布に付着させる展色材からなります。展色材には卵(テンペラ)、水(フレスコ画)、アクリル樹脂、アラビアゴム(透明水彩)、ロウ(オイルパステル)、芥子油・アマ油(油絵)、ニカワ(日本画)などがあり、展色材の違いが絵画の技法の分かれ道になっています。無機顔料には天然無機顔料、合成無機顔料、有機顔料にはアゾ顔料、多環顔料があります。油絵で芥子油は亜麻仁油より渇きが遅いのは、酸素と化学反応を起こして乾くための分子の二重結合が前者は二つなのに後者は三つあり、化学反応が速く進むからです。 無機顔料は半導体の種類により、吸収する光の波長帯が異なるという性質を利用しています。硫化亜鉛は全波長を通すので白色、硫化カドミウムは黄色、硫化水銀は赤、珪素やガリウム砒素は可視光を通さないので黒の顔料となります。これら顔料には有毒なものが多いことに注意する必要があります。コバルトブルーの顔料に使われるアルミン酸コバルトは、少し違う種類の顔料で、結晶構造の中に埋め込まれたコバルト不純物の性質により赤色が吸収され特徴的な青色が出ます。 有機顔料としては多くの赤から黄色の顔料に使われるアゾ顔料がありますが、耐久性が弱く褪色しやすいという弱点があります。より耐久性のある有機顔料として、黄色から橙色を呈する多環顔料というものもあります。
(2)北斎の青色について葛飾北斎の有名な「神奈川沖浪裏」は波頭のダイナミックな形状に加えて、使われた青色顔料が「北斎ブルー」として注目されてきました。この顔料は18世紀初頭にドイツ(プロイセン)で開発された鉄のシアン化物で、ベルリンから来たということで「ベロ藍」とも呼ばれていたものです。浮世絵の世界では1830年ころまで青色染料には青花(ツユクサ)と藍が使われていましたが、平賀源内が1763年に紹介し、伊藤若冲が「群魚図」で1766年に最初に使用した記録が残っています。輸入物で高価な顔料でしたが、北斎や広重が活躍した1832年以降には薄い青から濃い青までプルシアンブルー顔料を多用するようになり、「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」が生まれました。プルシアンブルーは染料業者の作業ミスで、動物由来の黄血塩と硫酸鉄の反応で偶然できたもので、「動物成分のなれの果て」だったのです。シアン化合物と分かり人工合成できるようになりました。プルシアンブルーは微粒子で、浮世絵の版画制作上の色刷り時に和紙に良く馴染み、その塗布量に応じて「ぼかし摺り」ができたこともあり重宝されたと言えます。 やや脱線しますが、赤から青までの花の多彩な色はアントシアニンという化学物質に何が分子的に付くかで生じていることが多いというのも驚かされます。藍色は、つゆくさから色素インディゴを酸化させてつくりましたが、現在インディゴは化学的に合成できるようになりました。フェルメールの絵で有名なウルトラマリンブルーは青金石(ラピスラズリ)という鉱物からつくられた顔料です。
(3)ゴッホ油彩画の褪色についてゴッホはトーンの異なる黄色を多用することを好んだことが彼の残した様々な書簡から読み取れます。クロムイエロー(オレンジ黄色)、亜鉛イエロー(濃い黄色)、アンチモン酸イエロー(明るい黄色)は毒性のある無機顔料、バンダイクブラウン(褐色イエロー)は褪色し易い有機顔料でした。赤色についても何種類かの顔料を使い分けていますが、ゴッホが晩年体調を崩したのは、これらの毒性顔料の影響だったのだと想われます。 ゴッホの「イリス畑」の画像などについて、オランダの研究者が顔料成分をシンクロトロン放射光を用いて分析し、経年褪色を考慮して、原色を再現した研究がありますが、それによると元の黄色が褪色して現在は緑色になってしまったことが確かめられています。ゴッホの絵は強い色の対比や、補色を上手に利用しているが、褪色しやすいクロムイエローなどが原画の色相を変化させてしまっています。
(4)油彩画の技法水彩画は水の蒸発で乾きますが、油彩画は乾性油の酸化反応で乾きます。水彩画は透明色で紙の反射があり塗り残したところは白っぽく見えるが、油彩画は反射色で顔料の色が直接見えるので白色は上塗りしなければなりません。油彩画では不透明色の上に透明色を何重にも塗り重ねる「グレーズ処理」により色の深みを表現することができます。 最後に、欧州での学会などの機会に描いたいろんな街の油彩画をご披露させて頂きます。100号サイズの大きな作品もあり、いろんな展示会に出品していますが、東京農工大学や長岡科学技術大学に展示用に寄贈したものもあります。
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| Ⅷ.質疑応答 | 辻 伸二さん(84期) Q:若い人に広がっているアクリル絵の具と油絵の違いを教えて下さい。A:展色材の違いです。アクリルは乾きが良く色の種類も多く使い易いので広がっていますが、透明で深い色を出しにくいので、自分としては薄っぺらいという感じをしています。 Q:デジタルでは表現できない油絵の世界というのはあるでしょうか? A:実物の油絵は照明の当たり方でも違って見えますが、デジタル画像はどこでも均質に見えます。最近タブレットによる絵画教育が広がってきていますが、簡単に消せるというメリットもあるものの、絵具を混ぜて画用紙に新しい色を作る体験などができないので、残念なことだと心配しています。
広本 治さん(88期) Q:玉虫色がでて褪色しない構造色を絵画に使うような試みはされてないでしょうか? A:細い筆で鳥の羽のような構造色を再現しようとした人もいますが、実用化されていませんね。絵画でなく、自動車の塗装に構造色で塗装作業を省く研究がトヨタでなされています。
野口 晶子さん(94期) Q:昭和の画家としての心構えとかあるでしょうか? A:昭和の絵でいいのではないかと想っています。油絵の重ね塗りの厚みなどを伝えていきたいと想っています。
家 正則さん(80期) Q:道路標識など赤色塗料が剥げて読めないことが多いですね。ジアゾ顔料よりベンゼン環の多環顔料のほうが退色に強いとのことですが、あまり使われていないのでしょうか? 高価で使われないのでしょうか? A:そうですね? 道路標識に構造色を使おうという試みもあるようです。 Q:表面にコーティングして褪色しない赤を実現する試みというのは無いでしょうか? A:やられていますが、水分が入り込んだりして万能ではないですね。
蓑原 律子さん(96期) Q:ご自分の絵画の色のパレットをどのように増やして行かれたのでしょうか? A:それほど意識はしていませんが、いろんな絵を見ています。海外での学会に参加した折に、美術館を巡り、穴があくほど時間をかけて見ています。フランスではルーブルよりオルセーが良いですね。 Q:日本の緑と欧州の緑の違いなどを感じられますか? A:気温や湿度、植生の違い、建物の違いがあり、風土により色相の違いというのは感じられると想います。 |
| Ⅸ.資料 | 第276回配布資料 第276回発表資料 記録:家正則(80期) |
| Ⅹ.講演風景 | ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |











