【272回】8月『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』

 

 

Ⅰ.日時 2025年8月20日(水)11時30分~13時00分
Ⅱ.場所 バグースプレイス パーティルーム
Ⅲ.出席者数 52名
Ⅳ.講師

 村井 正親さん@96期

( 独立行政法人 国民生活センター 理事長)

 

昭和40(1965)年8月1日 大阪府豊中市生まれ

昭和56(1981)年3月 豊中市立第十三中学校卒業

昭和59(1984)年3月 大阪府立北野高等学校卒業(96期)

同年4月 東京大学文科一類入学

平成元(1989)年3月 同大学法学部卒業

同年4月 農林水産省入省 以後、同省総合食料局食糧部計画課長、内閣官房副長官補室内閣参事官、農林水産省大臣官房文書課長、消費者庁政策立案総括審議官等のポストを歴任、

令和4年7月に農林水産省経営局長に就任した後、令和6年7月に退官

令和7年6月 独立行政法人国民生活センター理事長

 

Ⅴ.演題 『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』
Ⅵ.事前宣伝 古来より日本の農業は稲作を中心に展開されてきました。その稲作が現在、危機的な状況に陥っています。稲作農家が減少する中で他の農業部門と比べても構造改革が進まず、国全体としての生産力も低下しています。折しも「令和の米騒動」とも呼ばれる問題が生じていますが、今後の生産力の維持・強化に向けた政策の抜本的な見直しを進めていくためには、なぜ日本の稲作はこのような課題を抱えることになったのかを考察することが重要です。稲作の構造問題に特に大きな影響をもたらした食糧管理制度、農業協同組合制度、農地制度を中心に戦後の農業政策を振り返ることでこの問題の考察を試みます。
Ⅶ.講演概要 日本の農業というと稲作を思い浮かべる方が多いと想います。戦後の農政は水田の稲作をいかに振興し、国民にコメを供給するかが課題でした。今年は令和のコメ騒動と言われる事態が起きていますが、このような状況になった背景を農水省で政策に携わってきた立場からお話ししたいと思います。 

1.事実関係

[コメ生産量の推移]

・1960年には米、野菜、果樹、畜産からなる農業総産出額1.9兆円の中でコメは47%を占めていました。農業総算出額は1985年に11.6兆円となりコメの産出額も約3倍に増えピークに達しましたが、国民生活が豊かになり食生活の多様化もあり、その後減少に転じて2023年には国内総算出額9.5兆円のうちコメの割合は16%にまで減少しています。

[農業従事者の推移]

・1955年には604万戸の農家がありましたが、2020年には174万戸にまで減っています。農業従事者数も1932万人から249万人に減り、うち150日以上の専業者は102万人となりました。

 

 

2.コメ農政の根幹を成した三つの制度

・戦後のコメ農政では食糧管理法、農業協同組合法、農地制度を三位一体的に運用してきた事をお話します。

[食糧管理法(1942年)]

・戦時下に設定された食糧管理法はいかに国民にコメを中心とした食糧を公平に配分するかという観点で作られ、国がコメを全て買い上げ配分することになっていました。戦後もこの法律が続き、農地改革で誕生した多数の零細稲作農家が生産したコメを政府管理のもとで国民に配分する体制が続きました。

[農地法(1962年)]

・戦後は食料の絶対的不足を増産で回復することが最大の使命でした。GHQの指導のもと地主と小作の関係を解消する農地改革により、それぞれの耕地を国が買い上げ、地主から独立した自作農としての耕作者が生産する構造に代わることになりました。農地改革が一段落した1952年に制定された農地法は、耕作者が農地を所有することを基本とした改革でした。これにより、農地は耕作者自らが所有するものとした代わりに、農地の権利移動が厳しく制限されることになりました。この結果、小規模零細農家が全国に多数存在することになりました。

[農業協同組合法]

・多くの零細農家からコメを買い上げることを政府が直接行う代わりに、食糧管理法による国による買い上げを実現する役割を果たしたのが農業協同組合でした。海外でも農協はありますが、日本の農協は全国を市町村単位できめ細かくカバーした強大な系統組織を形成しているという特徴があり、集荷団体としての農協の組合員にならないと農家は実質上コメを出荷できなくなりました。

[状況分析]

・機械化などで増産が進む一方、生活様式の変化で消費量が1965年には減り始め、1967年にコメが余る状況が生じるまでは、上記3つの制度は良く機能したと評価できます。

・しかし、食糧管理法は政府に買い入れ義務を課す制度で、需要を越す余剰米が生産されても全量買わざるを得ないという問題が生じました。実際に過剰米処理に合計で3兆円規模の国費が必要となりましたが、食糧管理法を抜本的に見直す判断はできず、いわゆる減反政策により制度の枠組みを存続させるという判断をしました。

・もっとも、食糧管理法の枠組の中で様々な工夫はなされました。政府を介さずに生産者団体がコメを販売できるルートを認める自主流通米制度の導入などです。1995年に食管法が廃止され、食糧法に切り替わりコメの流通が順次自由化されるまでは、そのような対応でしのいできたということになろうかと思います。

・ちなみに、JAグループの農産物販売を統括する全農という組織がありますが、全農の中でも野菜、畜産、果樹部門はコメとは別の部署が取り扱っています。米以外は「商売」という感覚を取り入れた事業運営となっていると評価できますが、未だに米の担当部局は食管法時代の感覚が抜けきっていません。農協は米を集荷するのが役目で売り方の心配は不要な状況が続いたことの影響があまりにも大きかったと言わざるを得ません。

[今後への視点]

・当時は標準的な50アールの農家についても機械化の導入は早く進み生産量は向上しました。だが、この規模ではコメ作りだけでは生計が立たず、兼業をする農家が増えました。現状一軒あたりの耕作面積は平均1.5ヘクタールにまで拡大されていますが、農業従事者は2000年時点で60歳以上が78%と高齢化が進み、2020年では88%にまで増加しています。農家の子供の数も減り、農業を承継する世代が著しく減少しているのが現状です。

・このような状況のなか、大規模経営体を育成する必要があり、特に法人形態の経営体の育成が急務となっていますが、現状、団体経営体は3.8万件(3.5%)にすぎず、稲作を営む経営体では54万件のうち団体経営体はわずか1.2万件(2.2%)に留まっています。法人経営が受け皿となって小規模農家を集約して進める必要があります。

・農政として農業経営を株式会社化する制度の導入などの後押しを行っていますが、農業界は「変化」に対して慎重な姿勢が一般的ということもあり、スピード感のある変革を実現しきれていません。農業従事者だけでなく、消費者にもこれらの問題について感心を持ってもらい、日本の農業の将来をしっかりと考えていただくことが必要と考えています。

Ⅷ.質疑応答

野村恭史さん(96期)

Q:需要見通しが問題視されているが、総需要量は予測か実績か?

A:生産量から在庫量を引いて需要量を算出している。

 

Q:老齢化のなか増産に向けた具体的施策は?

A:個々の小規模事業継承に頼るのでなく、大規模農業への集積化が必要。農地の流動性を高めるため、貸借権の設定による農地集約のアレンジをする仕組みをつくり、法人化への展開を支援。

 

 

清徳則雄さん(79期)

Q:古い備蓄米を早めに回せないのか。中国では3年分備蓄とのことだが、日本でも必要では?

A:備蓄米は不測の事態に備えることになっている。品質的には食用になるものを保つ。100万トンを備蓄し、5年経たものは20万トンずつ入れ替えている。かつては、需要見込み数量に毎年100万トンプラスαで生産し、不測の事態が発生しなければ100万トンはそのまま餌用として放出するといった案も内部で検討したことがあるが予算規模も大きく非現実的ということになった。ただ、昨年の食料・農業・農村基本法の改正により食料安全保障が政策の大きな柱として位置づけられたので、コメを始めとした備蓄の在り方についても今後より深い議論がなされることが期待される。

 

 

池尾愛子さん(87期)

Q:コメデータベースを公開して経済学者等の検討を参考にすべきでは?

A:役所の中だけでなく官民の知恵を集めて行うことは重要。

Ⅸ.資料 (村井前局長講演資料)戦後農政の課題を決定づけた3つの制度

記録:家正則(80期)

Ⅹ.講演風景 ・紹介者は真鍋将治さん(96期)

・舞台上での集合写真は、村井さんの応援に駆けつけた96期の皆さんと、剣道部の皆さん

案内1開会2歓談1歓談5剣道部講演2講演6質問3質問7受付5紹介296期集合