【274回】10月『博物館の世界的動向~国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後~』

 

 

Ⅰ.日時 2025年10月15日(水)11時30分~13時00分
Ⅱ.場所 バグースプレイス パーティルーム
Ⅲ.出席者数 43名
Ⅳ.講師

 嶋 和彦さん@86期

大阪芸術大学非常勤講師(音楽学部・情報楽器学)、
静岡大学非常勤講師(情報学部・博物館教育論)

 

1955年大阪府豊中市生まれ。庄内西小学校、第七中学校、京都大学教育学部卒業。リコーダーと民族音楽を大阪音楽大学西岡信雄教授に学ぶ。第七中学校英語科教員を務める傍ら、日本での草分け的リコーダー・アンサンブル〈大阪リコーダー・コンソート〉に所属し、多彩な演奏活動や講習会講師を続ける。アンサンブルとして大阪文化祭賞他を受賞し、ロンドン等で海外公演もした。また日本初の小中学生による大編成リコーダー・コンソート〈豊中市少年合奏団〉の指導と指揮を務めた。1990から3年間、インドネシア・ジャカルタ日本人学校勤務。94年教職を辞し浜松市楽器博物館開設準備に関わり、95年より学芸員、2004年より19年まで館長を務めた。その間、館企画CDに対して文化庁芸術祭大賞、館活動全体に対して小泉文夫音楽賞を受賞。在職中より、国立音楽大学で楽器の科学、静岡大学で博物館教育論、大阪芸術大学で情報楽器学の授業を担当。ICOM世界大会京都2019では運営委員の一人として準備に携わり、楽器博物館国際委員会の日本側コーディネーターを務めた。現在も大学での授業の他、中山間部にある浜松市立の小規模小中一貫校で発達支援教室支援員を務めている。

 

Ⅴ.演題 『博物館の世界的動向~国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後~』
Ⅵ.事前宣伝 資料(モノ)の収集保存、調査研究、展示公開、教育普及が博物館の古典的使命である。しかし、近年、地球規模の自然並びに社会問題の解決に、博物館はもっと関与すべきとの考えが欧米の博物館界で大きくなった。博物館とは何かが問い直され、国際博物館会議2019京都大会での白熱の議論を経て、2022年プラハ大会にて、博物館の新定義が採択された。そこには先の使命に加えて社会的包摂、多様性、持続可能性、倫理、コミュニケ―ション、コミュニティ、省察、知識共有、経験といった使命が盛り込まれた。モノだけでなく、そのような多様な事柄(コト)への博物館の関与が明確化されたのである。京都大会前後の、この一連の動きを振り返ってみたい。
Ⅶ.講演概要 現在、東京都美術館でゴッホ展が開催されている。多くの人がゴッホの作品を鑑賞するために出かけるが、東京都美術館そのものに関心を持って鑑賞している人は殆どいない。一般に、博物館・美術館とはそういう存在だ。本日は、博物館や美術館はいったいどういうコンセプトで成り立っているのか、どのようなバックグラウンドがあるのかをお話ししたい。博物館の古典的使命は資料(モノ)の収集保存・調査研究・展示公開・教育普及することだが、近年の地球規模の自然ならびに社会問題を解決するのに、博物館はもっと関与すべき、という考え方が、ヨーロッパの博物館界から内発的に起こっている。19世紀のヨーロッパにおいて、支配していた植民地から、珍しい物・見たことも聞いたこともないようなものを、入手・略奪し自国で展示するために設立されたのが博物館の始まりのひとつである。かつて植民地だった国々が、独立し文化的に発展するに従って、搾取し奪ってきた資料(モノ)を元の国に返還する運動が、ヨーロッパで盛んに行なわれるようになり、同時に、珍しさだけにとらわれない、その国の本当の文化を紹介するのにふさわしい展示方法が重要視されるようになった。大阪の国立民族学博物館を例にすると、開館当時のアフリカエリアでは、模様が描かれたひょうたんの器をたくさん壁面いっぱいに展示していて大変な迫力だったが、随分と前に、ひょうたんの壁面展示はなくなり、一見地味な展示に変更されていた。理由を尋ねると、アフリカの文化を紹介するにあたり、最初は展示する側の視点(模様のあるひょうたんの器は珍しいアート作品)で展示をしていたが、後にアフリカに暮らしている人の視点(模様のあるひょうたんの器は普通の日用品)を尊重した展示に変更したのだそうだ。このように、今では、珍しさだけを売りにするような展示方法を見直す風潮がある。博物館の国際的な組織である国際博物館会議「ICOM(イコム)」の世界大会は3年に1度開催されている。2019年京都大会では、これまでの古典的な博物館をどのように変えていくべきかが議論され、2022年プラハ大会で博物館の新定義が採択された。そこには、先の使命に加えて、社会的包摂・多様性・持続可能性・倫理・コミュニケーション(対話)・コミュニティ・省察(未来の視点を持って自分で考える)・知識と経験の共有などのキーワードが盛り込まれ、現在の博物館の運営に大きな影響を及ぼしている。

1.博物館最前線

東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」

京都国立近代美術館|「感覚をひらく」鑑賞プログラムができるまで

九州産業大学2023国際シンポジウム 博物館と医療・福祉の連携

 

2.博物館とは?

・日本では、博物館は博物館法(資料2)で定義されている。この法律が最初に制定されたのが昭和26年(1951年)で、当時は、社会貢献や社会福祉の概念は盛り込まれなかった。

・一方、西洋では博物館はICOM憲章で定義されている。ICOM世界大会は3年ごとに開催され、博物館の定義が議論・更新されている。

・西洋では博物館(ミュージアム)は文化施設と考えられている。しかし、日本の博物館法(1951年)は、教育基本法(1947年制定)と社会教育法(1949年)を元に制定されたため、日本の法律上、博物館は教育施設であって文化施設ではないと考えられている。

・2022年日本の博物館法は改正されたが、定義は旧法と変わらず、同年開催されたICOMプラハ大会の新定義の内容は盛り込まれなかった。

 

3.国際博物館会議(ICOM)とユネスコ(UNESCO」

ICOMの博物館定義が大きく変わった背景には、ユネスコの勧告2015がある(資料3・4)。

・ミュージアムの定義と多様性について

・経済及びクオリティライフ・オブ・ライフとミュージアムの関係について

 

4.博物館新定義とICOM京都大会(資料1・5・6)

・2019年の京都大会総会では世界中の博物館関係者が集まって、博物館の新定義を議論した。

・世界120カ国・地域からの参加者4590人は過去最高の参加者だった。

・京都大会のテーマは「文化をつなぐミュージアム~伝統を未来へ」

・京都大会で提示された新定義案には「民主化」「平等な権利」などの文言が含まれていたが、民主化されていない国や平等な権利が保証されていない国の博物館活動を破壊しないよう再考すべく、翌年6月のパリ総会まで採択可否の投票を延期する、と議決された。

・ところが2020年6月パリでのICOM総会はコロナ禍で開催されず、検討は継続。

・2020年~2022年まで世界の会員が語句の選定から議論に参加、数回にわたる提議案が次第に絞り込まれた。

・2022年ICOMプラハ大会で博物館の新定義が採決された。

・京都大会総会では、4時間以上をかけて新定義再考の民主的かつ友好的な議論や対話が行なわれた。

 

5.博物館のこれから

・テンプル型(至宝参拝型)からフォーラム型(未知なるものに出会い、議論が始まる)へ。

・ミュージアムの機能の変化と拡張を博物館世代論に基づいて解説すると、19世紀の終わりにヨーロッパで誕生した博物館を第1世代とするなら、現代の博物館は第3.5世代に相当し、これからの博物館は第4世代へと向かって発展してゆく。

・第1世代(保存志向:収集と保存)第2世代(公開志向:展示と啓蒙)第3世代(参加志向:プログラムと体験)第3.5世代(当事者志向:プロジェクトとオーナーシップ)第4世代(社会関係性志向:多様性とウェルビーイング)

・これから皆さんが博物館へ出かけるときには、名作・名品を鑑賞するだけではなく、本日お話しした博物館のバックグラウンドを思い出していただいて、皆さん自身が博物館の運営そのものに関わっていただきたい。そうすることで、博物館はよりよい社会の発展に貢献出来るだろう。

Ⅷ.質疑応答

後藤 浩一さん(86期)

Q:今のお話しで博物館法を初めて知りました。博物館を開設するのに政府の認可が必要なのでしょうか?例えば私が自宅を開放して、某かの十三の歴史的なコレクションを展示して「十三歴史博物館」と名乗ることは出来ますか?

A:はい、オーケーです。政府(実際には都道府県教育委員会)から認可されていなくても博物館と名乗って罰されることはありません。

博物館法に従って、決められた条件を満たせば政府の認可が得られます。これを登録博物館と言い、国から様々な優遇措置が受けられます。日本には博物館と名乗る施設が約5700館ありますが、そのうち登録博物館は1000館ほどです。それ以外は、博物館相当施設または博物館類似施設という位置づけです。また博物館法では国立(独立行政法人)施設は除外されますので、国立○○博物館はすべて博物館法での博物館ではありません。博物館類似施設です。吹田の国立民族学博物館の正式名称は「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立民族学博物館」です。

 

 

新貝 康司さん(86期)

Q:博物館世代論について。私にとって博物館とは第2世代博物館であって、第3第4世代博物館には余り馴染みがありません。なぜ第3第4世代博物館が必要なのでしょうか?

A:博物館は、いかに有名で良い資料(作品)を所蔵するか、人気のある展覧会を開催するかで評価されます。それらを実現するには大きな資金が必要で、そこには持つモノと持たざるモノの格差が生まれます。大きな博物館も小さな博物館も、存在価値が高まるためには、社会福祉や社会貢献が大切になってきます。フォーラム型博物館はその実現へのひとつの方法で、実践され始めています。

余談ですが、西洋でミュージアムと呼ばれる施設は、日本では博物館と美術館に分かれていることでイメージの格差が生まれています。例えばゴッホの絵画が博物館入りするなら「資料」と呼ばれ、美術館入りするなら「作品」と呼ばれます。不思議なことに、同じ絵画でも美術館に収蔵される方が、その絵画の価値や評価が格段に上がります。

 

Q:博物館より博物館類似施設のほうが数倍多いことに驚きました。沢山の類似施設が法律に縛られることなく自由な活動をすることで、博物館の活動に良い影響を与えるのではないでしょうか?

A:それはその通りで、博物館類似施設では法律に縛られない、様々な文化活動が奨励されるべきだと思います。しかし、法律に縛られないということは、施設側が嘘八百を並べても誰も規制できないことになり、これは訪問する側が警戒しなくてはなりません。

 

 

金山 英明さん(84期)

Q:数年前に浜松市楽器博物館に立ち寄らせていただいて、その素晴らしさに大変感銘を受けました。あの博物館は、楽器メーカー(YAMAHAなど)が中心となって作った博物館なのですか?

A:浜松市楽器博物館は公立(浜松市立)の施設です。市内にはヤマハ、カワイをはじめ、多くの楽器メーカーがありますが、どれも楽器博物館の設立や運営にはかかわっていません。ちなみに、ヤマハには自社の楽器や音楽関連技術を展示している企業ミュージアム「イノベーションロード」が本社敷地内にあり一般公開(予約制)しています。

参考HP)楽器の街、音楽の都としての浜松-楽器博物館館長 嶋さん-

 

 

広本 治さん(88期)

Q:デジタルミュージアムは実現できるのですか?

A:実現はできるでしょうし、すでに展示の一部をヴァーチャル・リアリティや映像などデジタルのみにしている館もあります。ただ、法律などで、そのようなデジタル展示だけの博物館を博物館とみなすかどうかは別問題です。デジタル作品とデジタル博物館の違いをきちんと区別しないといけないでしょう。

 

 

石川 真一さん(109期)

Q:ICOM定義案を読みますと、2007年と2016年時点では「楽しみ」という文言が書かれていました。ところが2019年では削除され、2020年時点では復活しています。これはなぜでしょうか?

A:日本語では「楽しみ」ですが英語では「  enjoyment」が使われています。過去の定義には、1961年以降の定義にこの語が使われています。最新の2022年定義にも使われています。過去の経緯は私にはわかりませんが、2022年定義は、京都大会以後3年間にわたって、世界中のICOM会員の意見を何度もきいて、どのような単語を入れるべきか、というアンケートを何度も行って、最終的に事務局がまとめたものです。2007年定義に使われていたenjoymentは2022年定義にも使われました。博物館関係者の総意だと思います。ただし、日本語の「楽しみ」が訳語として適切かどうかは検討が必要です。22年定義の正しい日本語訳では「愉しみ」になっています。enjoy は動詞ですから人が自ら能動的に楽しむことで、その名詞形がenjoymentです。「楽しみ」だと受け身も含まれますし、娯楽とも理解されかねないので、「愉しみ」としたのは理にかなっていると思います。

 

Ⅸ.資料 資料1 イコム定義

資料2 博物館法 社教法 教基法 文化芸術基本法

資料3 2015,1960ユネスコ勧告 日本語

資料4 ユネスコ勧告2015 英文

資料5  ICOM国際員会 リスト 

資料6 ICOM博物館定義の再考

新配布用 六稜倶楽部251015

東京六稜倶楽部講演2025.10(発表PP)

記録:野田美佳(94期)

Ⅹ.講演風景 251015 - 1 ・・23251015 - 22 ・・23251015 - 18 ・・23251015 - 16 ・・23251015 - 14 ・・23251015 - 11 ・・23251015 - 10 ・・23251015 - 9 ・・23251015 - 7 ・・23251015 - 6 ・・23251015 - 5 ・・23251015 - 3 ・・23