【269回】5月『富士フイルムホールディングスにおける経営革新と事業ポートフォリオマネジメント』

 

Ⅰ.日時 2025年5月21日(水)11時30分~13時00分
Ⅱ.場所 バグースプレイス パーティルーム
Ⅲ.出席者数 60名
Ⅳ.講師

 助野 健児さん@85期

(富士フイルムホールディングス株式会社 取締役会長 取締役会議長)

(略歴)

1977年京都大学法学部卒業、富士写真フイルム株式会社(現 富士フイルムホールディングス株式会社)入社。主に経理・経営企画部門に従事。1985年より英国、2002年より米国現地法人での駐在などを経て、2013年に取締役執行役員 経営企画部長、2016年に代表取締役社長 グループ最高執行責任者(COO)に就任。2021年 代表取締役会長 取締役会議長を経て、2023年6月から現職。

Ⅴ.演題 『富士フイルムホールディングスにおける経営革新と事業ポートフォリオマネジメント』
Ⅵ.事前宣伝 2000年代初頭、デジタル化の進展により、当時の本業であった写真フィルムの総需要が急減。会社存続の危機に直面する中で、大胆な業態転換に成功し、現在はヘルスケアをはじめとする幅広い分野で事業を展開しています。今なお進化と成長を続ける当社の経営革新についてお話しさせていただきます。
Ⅶ.講演概要 *紹介者は谷藤慶一さん(85期)
助野さんとは北野高校同期。助野さんは東京六稜会会長で、みなさまに今更紹介するまでもないが、本日は未公開の情報も含めて紹介したい。同期有志に助野さんの情報を聞いたが、「クラスが違うので知らない、会ったことがない」との声があり、同じクラスの方に聞いたところ「おとなしく真面目、細くて小柄」と現在のイメージと異なるコメントがあった。また、別の方によると「帰宅部で目立つほうではなかったが、そういう人ほど卒業してから活躍する人が多いと聞く」とのことだった。昨年秋の受勲で旭日重光章を受章され、名実ともに優れた経営者。本日の講演会場のLOFTビルが建つ前の建物が富士写真フイルムのビルだったとのことで、何かのご縁かもしれない。仕事を離れては、阪神猛虎会の会長であり、(仕事を放り出して?)阪神の応援に力を入れておられる。スタジオアリス女子オープンのプロアマゴルフにスポンサーの代表として参加され、優勝者へトロフィーを授与される姿をTVで見た方もいるかもしれない。平日開催の六稜会ゴルフへの参加は難しいと思うが、予定が空いていれば是非参加お願いしたい。

1.富士フイルムの会社概要

1934年創立。大日本セルロイド株式会社の写真フィルム事業を分離継承して設立された。当時、国民の娯楽の中心でありながら、外国製品のみであった映画フィルムの国産化に、国からの奨励もあり取り組んだのがスタート。ほぼ同時期に、写真フィルムや当時の社会問題であった肺結核に対応するレントゲンフィルムの国産化を始めた。25年3月現在、連結子会社270社・連結従業員72,593名。連結売上高は3兆円を突破、営業利益3,302億円、純利益2,610億円とそれぞれ過去最高を更新。

 

2.富士フイルムの経営改革「第二の創業」

1)カラーネガフィルムの世界総需要推移:

2000年がカラーフィルムの需要のピーク。当時の売上の60%、営業利益に至っては2/3を写真関連事業が占めた。その後、デジタルカメラの飛躍的な普及により同事業が縮小し、会社存続の危機に直面。生き延びるために、どの事業分野に資源を投資すべきかを検討し、断行。

2)技術の棚卸:

「市場」と「技術」をそれぞれ「新規」と「既存」に分け(アンゾフの4象限)、会社が持つ技術資源が活かせる新しい事業領域を検討。

①「既存市場」x「既存技術」

・既存技術を使って、既存市場に適用。

(写真フィルムが主たる事業であった時代のエリア)

→これから大幅に縮小することが予測される

②「既存市場」x「新規技術」

・新しい技術を使って、既存市場に適用できることを検討。

・例えば、既存の印刷市場には将来デジタル技術が普及し、インクジェットも伸びるという仮説を立て、新規のインクジェット技術を獲得すべく、米国のヘッドとインクの会社をM&A

・また、レントゲンフィルムを展開し熟知している医療診断分野の知見に、デジタルの画像処理などの新技術を導入し医療現場向けのシステムやソフトウェアを展開

③「新規市場」x「既存技術」

・既存の技術で新しい市場に適用できることを検討。

・例えば、既存技術である写真フィルムのベースの技術を用いて、新規市場であった液晶ディスプレイの偏光板の保護フィルムを開発。

・また、既存技術の「写ルンです」向けレンズの技術を応用して、新規市場であった携帯電話(フィーチャーフォン)のカメラモジュールを展開。

④「新規技術」x「新規市場」

・新しい技術で新しい市場に適用できることを検討。

・他の領域と比較してリスクは高くなり、飛び地で成功するのは難しい。当社は、既存市場から新規市場へ、また既存技術から新規技術へと「沁みだす」ことで参入できる近接領域を検討。

・例えば、超音波診断装置。医療向けのX線画像やデジタルの診断支援システムなどを展開しており市場・技術ともに熟知しており、これらをベースに近接する超音波診断の事業領域に参入し、既存事業とシナジーを出すことが可能と考え、米国の携帯型超音波診断装置の会社を買収

・また、写真フィルム事業で培った化合物に対する知見・技術を進化させて新しい領域である医薬品事業に参入するため、富山化学工業を買収した

 

*重点事業分野策定の3つのポイント;

・市場に成長性があるか

・当社の技術を活かすことができるか

・継続的に競争力を持ち続けられるか

 

3)成⾧事業分野への資源集中投入:

技術の棚卸しを踏まえ、今後注力すべき6つの事業領域を設定。2000年代半ばには、集中的に設備投資や研究開発投資を行い、また事業成⾧を加速するために必要なM&Aを積極的に行うなど、経営資源を投入し、成長事業の持続的発展と新規事業の推進に注力した。

①ヘルスケア

②デジタルイメージング

③グラフィックシステム

④光学デバイス

⑤高機能材料

⑥ドキュメント

 

この新たな成長戦略の推進と同時に、写真関連事業を中心とした徹底的な構造改革を、2000億円を超える費用を一気に投入し、断行。例えていうならば、「アクセルとブレーキを同時に踏んだ」状況であった。

 

この変革が、現在の当社の4つの事業領域につながっている。

 

4)事業ポートフォリオの変化:

改革の結果、現在の富士フイルムホールディングスは、「ヘルスケア」「エレクトロニクス」「ビジネスイノベーション」「イメージング」の4つのセグメントで事業展開する会社に生まれ変わった。

 

2000年度に売上高の54%を占めていた写真フィルムを含むイメージングが24年度には17%と縮小し、内写真フィルムの売上は19%から1%未満となった。一方、力を入れてきたヘルスケアが32%、エレクトロニクスが14%に成⾧(24年度)。

写真感光材料を主力とするイメージングの会社から、ヘルスケアなど複数の領域で成長を続ける会社へと大きく事業構造を転換した。

 

 

3.富士フイルムの事業ポートフォリオ

1)4つの事業セグメント:
①ヘルスケア

ヘルスケアの領域で必要とされる、予防・診断・治療のすべてをカバー

・メディカルシステム(診断)

→内視鏡や超音波、CT、MRIなどの医療画像診断機器と医療ITを展開

・バイオCDMO(予防、治療)

→医薬品市場には低分子医薬品から参入したが、将来の市場成長が見込まれるバイオ医薬品の製造分野の方が当社の技術が活かせると判断し、バイオ医薬品の開発・製造の受託(CDMO)に参入

・LSソリューション(予防、治療)

→化粧品や、医薬品の創薬支援関連製品を提供するライフサイエンス

②エレクトロニクス

・半導体材料

→写真の技術を応用し、半導体の製造プロセスや、微細化・高集積化に貢献する材料を提供

・ディスプレイ材料

・他高機能材料

③ビジネスイノベーション

2021年4月に社名を富士ゼロックスから富士フイルムビジネスイノベーションに変更

・ビジネスソリューション

→IT・AI技術を活用して、業種や業務の特性に合わせた課題解決型のドキュメントサービスを提供

・オフィスソリューション

→複合機・プリンターなどのオフィス機器を提供

・グラフィックコミュニケーション

→新聞等のオフセット印刷に版として使用されるCTPプレート、超高速インクジェットプリンター、印刷会社の大型デジタル印刷機を提供

④イメージング

写真事業=創業からの得意分野。入力から出力に至るまで幅広い製品・サービスを展開。

・コンシューマーイメージング

→インスタントカメラ「チェキ」が好調

・プロフェッショナルイメージング

→デジタルカメラ、テレビカメラ用のレンズなど産業向け光学製品

 

2)独自技術を共有する事業ポートフォリオ:

当社の事業は、写真事業で培った技術をもとに、事業を多角化してきた中で進化させた独自技術を共有し、会社全体での成⾧を支えている。

すべての技術を支える技術が植物の根のようにつながっており、飛び地はない。

 

3)写真フィルムの技術:

写真フィルムの開発、製造を通して獲得した高度な技術はファインケミストリーの極致。20ミクロンの厚さに約20層の感光層を塗布し、100種類にも及ぶ化合物を制御している。精密塗布技術、製膜技術、機能性ポリマー合成技術、酸化還元技術等の色々な技術が複雑にからみ合い写真フィルムが出来る。歴史的にも、世界でカラーフィルムを作ることが出来たのは、富士フイルム、コダック、アグファ、コニカの4社。

 

4)新規事業の具体例:

化粧品事業(機能性化粧品「アスタリストシリーズ」)→写真の技術を化粧品に活かせるとのある技術者の提案からスタート

①抗酸化技術→写真の色褪せの原因にもなる「酸化」は、体の老化の原因とも深く関わる

②コラーゲン技術→牛の骨から抽出するゼラチン=コラーゲンは、写真フィルムの主成分であり、コラーゲンの研究は創業からやってきた

③ナノ技術 →感光材の粒子を極限まで小さくするなど、写真フィルムの高度な性能を支えるのは極めて精緻なナノテクノロジー。肌に化粧品成分を浸透させるのに活用

 

5)富士フイルムの「コングロマリッド・プレミアム」:

多様な事業を持つことで、逆風下においても多岐にわたる事業貢献を実現する「コングロマリット・プレミアム」。

多様な事業を展開していることに対し一部投資家等からコングロマリット・ディスカウントとの指摘をうけることがあるが、富士フイルムは多様な事業を持つことで、逆風下においても多岐にわたる事業貢献を実現し、その強さを発揮してきた。これこそが「コングロマリット・プレミアム」。(例:コロナ禍での観光減による写真需要減/在宅勤務によるコピー機使用減vs.在宅勤務によるPC需要増による偏光板保護膜需要増/動画制作増による半導体材料需要増/コロナワクチンCDMO需要増、等)

 

4.富士フイルムが目指す姿

1)サステナブル社会の実現:

当社の目指す姿を、「世界TOP Tierの事業の集合体として、世界を一つずつ変え、さまざまなステークホルダーの価値(笑顔)を生み出す」ことと定めた。

2)「環境」「健康」「生活」「働き方」の4つの重点分野:

事業活動を通じて、気候変動への対応、医療格差是正、人生の豊かさや平和な暮らし、働きがいが得られる社会への変革などの社会課題の解決を目指す。

①「環境」

脱炭素の取り組み。創業事業の写真フィルム製造には、きれいな空気、きれいな水が不可欠。それをそのまま自然に返すのが会社の義務。

②「健康」

レントゲンフィルムからスタートした医療事業、予防・診断・治療をカバーするトータルヘルスケアカンパニーとして、健康にかかわる課題解決への貢献を目指す。

*取組例

2021年、健康診断が定着していないインドに健診センター「NURA」を開設し、新興国での検診サービス事業を開始。CT・マンモグラフなどの医療機器や医師の診断を支援するAI技術を活用して、がん検診をはじめ生活習慣病検査サービスを提供している。25年4月現在、インド、ベトナム、UAE、モンゴルで10拠点を展開し、10万人の方に利用いただいている。30年度までに100拠点の展開を目標とする。医療アクセス向上と健康の維持増進への貢献を目指す。

③「生活」

写真は心の豊かさや新たな感動や家族や人の絆を伝えるかけがえのない宝物。写真を事業とする当社は、写真が持つ力やすばらしさを後世に伝える義務を負うとの認識を持ち、写真文化の継承と発展に取り組む。

④「働き方」

新しい働き方への変革や生産性の向上、創造性の発揮をもたらす製品やソリューションサービスを展開している。

*取組例

AI・ITサービスの導入率が低い中小企業のDX・働き方改革を支援する。IT/AIの技術アセットを活用し情報の流れを「見える化」し、生産性を高めるソリューションで中小企業のDX/働き方改革を支援する。

 

5.さらなる成⾧にむけて

1)事業ポートフォリオマネジメントのさらなる強化:

「新規/次世代事業」「成長事業」を中心に、1.9兆円の成⾧投資を実施

①「新規/次世代事業」

・バイオCDMO・ライフサイエンス(細胞・遺伝子治療)

・半導体材料(先端パッケージ材料)

・エレクトロニクス材料(マイクロOLED用材料、AR/VR用材料)

②「成長事業」

・メディカルシステム

・バイオCDMO・ライフサイエンス(抗体医薬)

・半導体材料

・ビジネスソリューション(DXソリューション)

 

2)富士フイルムグループパーパス=「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」:

「強い会社」=変化に対応できる会社

⇒「もっと強い会社」:変化に備えることができる会社

⇒「更に強い会社」:自分で変化を創り出せる会社

 

 

Ⅷ.質疑応答

質問者 樫井正剛さん 84期

Q:バイオベンチャーの役員をやっているが、富士フイルムの新規事業への参入はボトムアップか?

A:トップダウンとボトムアップの両方。フィルム事業が無くなるという事態にあって、時間をかけては間に合わず、経営陣が号令をかけて技術陣に棚卸をさせ、経営陣が中心となり案を作成した。新規事業の戦略に関してさまざまな議論の中で技術者をはじめとする従業員から色々なアイデアが出た。トップダウンがあり、その中で現場の色々な議論を引き出したという意味では、ボトムアップという面もある。

 

Q:低分子薬品からバイオ薬品への方針変更等、EXITの判断が早いと思われる。事業参入時に判断基準を持っていたか?

A:事業参入時に3つの判断基準(成長市場か、技術はあるか、競争力をもち続けられるか)に沿って決めるが、世の中の変化が早く、やり始めた後に基準に合わなくなるものが出てくる。その場合、もっと効果的で効率的なやり方や打ち手等を考えてTuningを行う。

質問者 辻仲二さん 84期

Q:技術の観点から、人材育成のために何を考えたか?

A:「第二の創造」で一番苦労したのは、製造・開発現場の研究・開発者の思考回路を変えること。写真事業が中心の時代は、富士フイルムが市場の7割超のシェアを持つ、ある意味、恵まれた世界にいた。3~4年に1回の改良品を出すにあたり、万に一つも欠陥品を出さないこと、リソースをかけてよいものを作り出すことを考えるだけで良く、投資回収マインドが薄い状態に陥っていた。今後はそれでは通用しないと説得し、考え方を変えるのが大変だった。社長になった時に、一番足しげく通ったのが研究所。今は、その考え方が定着してきた。

 

質問者 田中祐さん 87期

Q:病院長をしている。現在は、放射線やエコーの画像を専門家が目で見て病状を診断するアナログの世界だが、AIによる診断システムの進化により、人間以上の正確さで診断が出来ればすばらしいと思う。将来は、どこの誰が診ても同じ診断がでるようになるのか。富士フイルムが考えるゴールはどこか?

A: 診断支援システムはあくまで「支援」で、医者の働き方改革に貢献するもの。最終判断は医者の先生方により行っていただく。また、ソフトウェアの進化により、CTなどの医療機器で撮影した2Dの画像から、高精細な3D画像を構成する技術もあり、肝臓がん等の手術の計画をサポートすることもできる。今後こうした技術を手術用ロボットと組み合わせることで、より短時間で安全な手術の実現に貢献できると考えている。

 

質問者 千種康一さん 88期

Q:カラーフィルムの需要が下がる前に、経営陣はその変化に気が付いていたと思うが、変化の前に気付くにはどうすれば良いか?

A:気付くというより、常に先を見通し、早くからデジタル技術を社内で研究し準備していた。フィルムが無くなるのは時間の問題という意識を持っていた。

 

質問者 金澤幸彦さん 89期

Q:感材をやっていたので、本日のお話を懐かしく聞かせていただいた。高度な乳化分散技術により、透明な印刷文字がしっかり見ることが出来るのは特筆に値する。また、微小な文字印刷や印刷のカラーバランス等はすばらしい技術の賜物。富士フイルムのそれぞれの事業には技術的な必然性があり、それを通じて変幻自在に経営が出来るコングロマリットに会社が成長したというのが本日の講演の結論ではないか。

A:うまくまとめていただき深謝。

 

Ⅸ.資料

添付資料なし

記録:葛野正彦(88期)

Ⅹ.講演風景  NKM_4206NKM_4215NKM_4188NKM_4172NKM_4151NKM_4140NKM_4130NKM_4111NKM_4105IMG_7988IMG_7985IMG_7990