【第180回】12月「食の科学、あれこれ」

Ⅰ.日時 2017年12月20日(水)11時30分~14時
Ⅱ.場所 銀座ライオン7丁目店6階
Ⅲ.出席者数 73名
Ⅳ.講師 小城勝相さん@78期 (奈良女子大学名誉教授、放送大学客員教授)

1970年 京都大学工学部合成化学科卒業、そのまま大学院進学
1974年 指導者の九州大学薬学部教授昇任に伴い福岡へ移動
1975年 京都大学大学院工学研究科博士課程退学、薬学博士(九州大学)、4月日本学術振興会奨励研究員(九大薬学部)、11月京都大学医学部助手(公衆衛生学教室)、12月マサチューセッツ工科大学(MIT)化学科博士研究員として1年間米国出張
1988年 兵庫教育大学助教授(生活健康系)
1994年 奈良女子大学教授(生活環境学部食物栄養学科)
2009年「生体内酸化ストレス指標としてのビタミンCに関する研究」により平成21年度日本ビタミン学会学会賞受賞。
2011年 奈良女子大学定年退職、奈良女子大学名誉教授、放送大学教授
2016年 放送大学定年退職、現在は客員教授、「食と健康」、「食安全性学」、大学院「食健康科学」放映中【著書】
『生命にとって酸素とは何かー生命を支える中心物質の働きをさぐる』,講談社ブルーバックス (2002): 絶版ですが多くの図書館にあります。
体の中の異物「毒」の科学 ふつうの食べ物に含まれる危ない物質』,講談社ブルーバックス(2016): 発売中!
Ⅴ.演題 「食の科学あれこれ」
Ⅵ.事前宣伝 「食に関しては、特に考えず好きなものだけを食べる方も、バランスに気を付けながら食べる方も、自分で工夫して調理される方も、あるいは贅沢な美食家もおられると思います。
食習慣は健康に直結しますので、医学の中に栄養学という分野があります。現在では、生命科学の発達と共に、栄養学も分子レベルの研究が盛んに行われています。また、食の安全性についても大きな関心が寄せられています。
しかし、食や医学に関しては、日本では高校までに教育する科目がないため、無意味にゼロリスクを求めたり、根拠のない健康食品の宣伝があふれたりという状況になっています。限られた時間ですが、食の科学に関する数個の話題を取り上げたいと思います。
系統的に学びたい方は、略歴に書きました放送大学の放送(1科目は45分が15回)をご覧ください。放送大学のホームページ: http://www.ouj.ac.jp
Ⅶ.講演概要 今回もスクリーンに映像を映しながら詳しい説明があった。また、出席者にはそれと同じ図解入りの詳細なレジュメが配布された。詳しいレジュメの内容に鑑み、その中の大部分を抜粋して以下に記述することとした。

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ヒトにはなぜ考えた食事が必要か?
(1)下等動物と違い食物が本能で決まっていない・・何でも食べるが選択が必要。
(2)水とグルコース(ブドウ糖)以外の欠乏はわからない
(3)食習慣が健康寿命に大きな影響を与える:食事に気を付けた方が楽しい人生になる。(特に晩年のQuality of Life)

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栄養素(体を構成する分子・イオン)
炭水化物、脂肪、タンパク質、ビタミン13種類、ミネラル16種類
ヒトは最も外界に依存する生物
体内変換:アミノ酸 ⇄ グルコース→脂肪→エネルギー
(グルコース→脂肪は逆行しない)

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生命は膨大な化学反応の調節ネットワーク。食物は他の生物。生物を構成する部品(栄養素)の化学構造が地球上の全生物で共通なので食物連鎖が成立する。

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最近の日本人の体形上の特徴
中年男性の1/3:BMI>25の肥満
身長:1.7m 体重:72.3kg BMI=25=72.3/(1.7×1.7)
(糖尿病予備軍が2000万人!)

若い女性の1/4:BMI<18.5のやせ
身長:1.60m  体重:47.4kgでBMI=18.5

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疫学調査では男女ともBMIが22から24ぐらいで死亡率が極小になり、それより太っていても痩せていても死亡率は上昇する。各人で最適体重は違うことに注意。20歳の時の体重から10kg増えているかが1つの目安。

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日本人の食事摂取基準:
5年ごとに改訂:
厚労省のホームページからダウンロード可能:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000114399.pdf

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エネルギー摂取量の推移:現代人は総エネルギーで見ると食べ過ぎではない。

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しかし、栄養素別の摂取で見ると、動物性脂質・脂質・動物性タンパク質の摂取が1946年と比較して3.5から4.5倍に増加している。

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戦後の死因の変化を調べると感染症が減少:現在の死因は老化に起因
(1)がん1/3(2)心臓血管障害(3)脳血管障害、(2)と(3)の原因は 動脈硬化で死因の1/3

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平均寿命:
1947年 男50.06 女53.96歳
2011年 男79.44 女85.90歳

30歳代の身長:
1950年 男160.3 女148.9 cm
2010年 男171.5 女158.3 cm

平均寿命も身長も大きく伸びた。これは主に食事の変化のお蔭である。

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では、現在の食生活はどうすればいいか?

食事は規則正しく腹八分目、和食が基本でいろいろ食べる。肉(魚)も!

バランス (1)適度の運動 (2)健全な食生活 (3)適度の休養

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なぜ運動が健康によいか

(A)適度な運動→筋肉でATPが消費されAMPが蓄積→AMP依存性たんぱく質キナーゼが活性化→脂肪、グリコーゲンの合成を止め、脂肪や糖の分解を促進 → インスリン抵抗性を改善

<<一方>>活性酸素が発生→抗酸化酵素を誘導し酸化ストレスに耐性

(B)過剰な運動→大量の活性酸素→筋肉にダメージ

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糖尿病予備軍が2000万人とされ、大きな問題になっているが、インスリンの作用と膵臓β細胞からのインスリンの分泌について分子レベルでの説明があった。このような基礎研究によって糖尿病の新薬が開発される。

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介入実験でも、糖尿病の薬を飲むより運動するほうが糖尿病になりにくいことが判っている。

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健康増進法(平成14年8月2日公布)

(国民の責務)第二条 国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。

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酸素(O2)生きる上で必須、同時に老化・死を準備する分子

酸素の生命維持機能(1)エネルギー産生(2)ホルモンの合成(3)ホルモンの不活化(4)化学物質の解毒(5)がん細胞や有害な細胞を自殺させる(6)微生物を殺す(7)インスリンやEGFのシグナル伝達

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エネルギー産生の目的

(1)遺伝子、たんぱく質など生命維持に必要な分子の合成
(2)生命の高度な秩序=恒常性維持
物理学的な見方:秩序を持つものは不安定で維持するためにエネルギーが必要。無秩序(土に帰る)が安定状態。放置すると安定状態に戻る。
常に土に帰ろうとする命を維持するため、食物はエネルギーとなって負のエントロピー(乱雑さの指標)の作用をする。

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ATP(生物全てのエネルギーとなる分子)の1日生産量:

成人男子の1日の基準代謝量:1,600kcal 女性:1,300kcal

男性では、1日100kgのATPを合成している(ATPは使われてADPになると、すぐにミトコンドリアでATPに変換される。この代謝回転が非常に速いことが判る)

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ATPは、糖、アミノ酸、脂肪から、多くの酵素による化学反応で炭素は炭酸ガスに変換し、水素を取り出し、その水素を酸素と反応させて水に変換するときに発生する爆発のエネルギーを化学結合のエネルギーに変換して作られる。その過程で活性酸素も発生する。これが老化やがんを引き起こす。

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哺乳類では体重(細胞)あたり1日の酸素消費量が多いと短命:使われる酸素の一定量が活性酸素に変換され、それが好ましくない化学反応を起こすことで老化が進行するため。

野ネズミ、ラット、ゴリラ、馬、アフリカ象、人の順で長命

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酸化ストレスを起こすその他のもの

(1)タバコ、酒 (2)放射線 (3)環境汚染物質:アスベスト、パラコート、PCB、重金属など

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活性酸素は白血球が細菌を殺すためにも使われている。1つの有用な分子は次亜塩素酸(家庭用漂白剤として使われている)で、これは、塩素を水に溶かしたもので水道水の殺菌にも使われている。

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Risk-Benefit評価(危険性と有用性)
水道水のトリハロメタン(例、CHCl
発色剤としての亜硝酸ナトリウム、ワクチン、タバコと酒などの評価
安全(科学的)-安心(心理的)

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水道普及と水系伝染病患者数の推移

1880年後期、水道普及はゼロであったが、1980年には普及率が100%となり水系伝染病患者数はほぼゼロになった。

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トリハロメタン:発がん性(川の水に含まれる有機物と殺菌のために使われる塩素によって生成する)
水道法施行規則:水道水には1リットルあたり塩素が0.1mg
厚生労働省令:トリハロメタンは1リットルあたり0.1mg以下、クロロホルムは0.06mg以下

WHO:生涯にわたる発がんリスクの増加分:(体重60kgの人が1日2Lを一生飲み続けたとき10万人に一人の確率で発がん)としてクロロホルムの規制値を0.2mg/Lとする

平成20年の日本における悪性新生物による死亡率は、10万人当たり275であり、10万分の1のリスクは許容する

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ゼロリスクはあり得ない:日本人の事故等による生涯リスク(1994)
交通事故:1000分の6、交通事故(歩行者):1000分の1.6、水難:1万分の7、火災:1万分の5.9、自然災害:10万分の3.4 落雷:100万分の2.2、これらの数値と比較し、水道水のトリハロメタンによる10万分の1のリスクは許容する。

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発がん率上昇(国立がん研究センター)2005年
(生涯でがんに罹患する確率は、男性54%、女性41%)
大量飲酒60%、喫煙60%、BMIが19未満のやせの男性29%

肥満男性22%、運動不足15~19%、受動喫煙の女性2~3%

放射線100mSv(原子力発電所でこれだけ被曝すると解雇)0.5% (日本の自然放射線は1.4mSv)

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食品安全基本法(平成15年5月23日法律第48号)
(消費者の役割)第9条 消費者は、食品の安全性の確保に関する知識と理解を深めるとともに、食品の安全性の確保に関する施策について意見を表明するように努めることによって、食品の安全性の確保に積極的な役割を果たすものとする。

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酸化ストレスの結果:
老化、癌、動脈硬化、アルツハイマー、化学物質による肝障害
生活習慣病:現代人の健康問題の基本→食生活による予防?

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酸素:生命維持に必須であるが、酸素を用いる限り老化、・死は不可避
逆説性・皮肉  人生は不可逆

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活性酸素などは、細胞内でビタミンC、E、酵素類などによって消去される。この抗酸化系が最も発達しているのがヒトであり、そのため寿命が長い。

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粥状動脈硬化症:ヒトは血管と共に老いる:生活習慣病の代表格
心臓や脳血管障害の原因:死因のトップに関係(日本人の死亡の1/3はがん、1/3は心臓・脳血管障害)癌と共に活性酸素との関連

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メタボリックシンドロームの診断基準
(1)CTスキャンにより内臓の脂肪細胞面積を測定:
脂肪組織100cm 、これはウエスト周囲径で男性85cm以上、女性90cm以上に対応、あと脂質、血圧、血糖値など
肥満、脂質代謝異常、高血圧、糖尿病は動脈硬化を促進=自分の数値を毎年確認!自分の弱点を知った上で考える

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脂肪細胞は、脂肪を蓄積すると、アディポサイトカインというホルモン様物質を分泌する内分泌器官で、これらは血圧を上げたり、糖尿病になりやすくなったり、血液が固まりやすくするような作用がある。そのため肥満は動脈硬化を促進する。

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魚の脂肪は動脈硬化を予防:イヌイットと食事と冠動脈疾患の疫学調査
冠動脈死亡率 イヌイット 約5%、 デンマーク人 約35%
血清脂肪酸に占める魚に含まれる脂肪酸であるEPAの割合:イヌイット26.5%、デンマーク人0.2%:魚を食べると心筋梗塞になりにくくなる。

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多くの特定保健用食品(トクホ)がある。これらはヒトで有効性が確認されている。しかし医薬品ではなく、病気の治療には無意味であり、何かの病気に効くという表示は違法である。例えば、「血糖値が気になり始めた方に」と書いてあるが、糖尿病に効くと表示することはできないし、実際に糖尿病になったらトクホに治療効果は無い。

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3万人の喫煙男性に対する5−8年にわたる介入実験から、β—カロテンを服用すると肺癌発生率が上昇することが判った。ビタミンEには特に効果は無かった。しかし、緑黄色野菜はすべてのがん予防に有効であることは完全に確立している。野菜が有効であっても、その中の成分を抽出して服用しても意味が無い。つまり、食材である野菜自体を取ることが重要であり、サプリメントは今の所、無効である。

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ヒトに対する食品やサプリメントの有効性は、医薬品と同じで二重盲検法によるヒトのデータが必要である。
そのようなデータが無い場合:タレントの「個人の感想です」と小さなテロップを出す=これは駄目

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漢方的?発想の克服:
・世界のどこかに素晴らしい食べ物があって、それを食べれば健康になれる
・健康はお金で買う
・そんな食べ物は無い!!!
・よく勉強して、自分の臨床検査の結果を見て、行動を変えるー良い家庭医を持つ
・癌の原因の35%は食物(他の生物)30%はタバコ
・放送大学、「食健康科学」、「食と健康」、「食安全性学」で体系的に学ぶ(テレビは無料)

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癌の予防(国立がんセンター)日本人に推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法、動脈硬化予防にも有効
喫煙:たばこは吸わない。他人のたばこの煙を避ける
飲酒:飲むなら、節度のある飲酒をする
食事:食事は偏らずバランスよくとる
*塩蔵食品、食塩の摂取は最小限にする
*野菜や果物不足にならない
*飲食物を熱い状態でとらない

身体活動:日常生活を活動的に
体形:適正な範囲に
感染:肝炎ウイルス感染検査と適正な措置を
機会があればピロリ菌検査を

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癌の予防(American Institute for Cancer Research)
Be as lean as possible within the normal range of body-weight
Be physically active as part of everyday life

できるだけ植物起源の食品を摂る

Limit alcoholic drinks
Limit consumption of salt

カビの生えた穀類などに注意(カビの中にはアフラトキシンという肝臓がんを引き起こす物質を合成するものがある)
栄養を食材から摂る(サプリメントに頼らない)
母乳で育てる(母親の乳ガン、子供の肥満を予防)

以   上

(文責:65期 峯 和男)

 

最後に演者からの追加です。

普通の人はまともに食事をしておれば、サプリメントは一切不要です。しかし、若い女性で妊娠を希望される方は、「妊娠を希望し始めた」ときに、ビタミンの一種である葉酸を食事から確実に摂取する必要があります。

もちろん、葉酸はビタミンですので全ての人に必要ですが、特に妊婦・授乳婦には余分に必要です。葉酸は胎児の遺伝子合成のために余分に必要だからです。普通に食事をしておれば必要無いのですが、若い女性は偏食やダイエットのため葉酸が不足しがちで赤ちゃんの神経発達に悪い影響が出ることがあります。

葉酸は1日400マイクログラム(マイクログラムは100万分の1グラム)をサプリメントで補うことが推奨されています。妊娠10日目位から葉酸が多く必要になりますが、そのときには妊娠に気づきません。「妊娠を希望し始めた」と書いたのはそのためです。薬局などで葉酸は安く売られています。詳しくは、下記厚労省のホームページ「日本人の食事摂取基準」:をご覧ください。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000114399.pdf

Ⅷ.資料 資料-食の科学あれこれs.pdf(4.5MB)

 

 

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