【251回】11月「知的財産のはなし」

Ⅰ.日時 2023年11月15日(水)11時30分~12時50分
Ⅱ.場所 銀座ライオン7丁目店 クラシックホール(Zoomによるインターネット中継)
Ⅲ.出席者数 59名(会場38名、Zoom21名)
Ⅳ.講師

高木 善幸さん@86期(前国連職員)

1955年 大阪生まれ
1974年 北野高校卒業
1978年 京都大学工学部卒業
1979年 京都大学工学部修士課程中退
1979年 通産省特許庁入庁
1986年 – 1987年 WIPO(世界知的所有権機関)に出向
1988年 – 1990年 特許庁に復帰
1991年 – 1994年 外務省在ジュネーブ日本政府代表部一等書記官
1994年 WIPOに転職
1999年 WIPO上級部長に昇進し、特許庁を退職
2009年 WIPO事務局長補
2014年 WIPO事務局長補に再任
2020年末 WIPO事務局長補任期満了、WIPOを退職し帰国

Ⅴ.演題 『知的財産のはなし』
Ⅵ.事前宣伝 知的財産について、報道やTVドラマでも取り上げられるようになりました。そこで、特許庁、国連の知的財産専門機関で働いてきた私の経験から、知的財産の一通りの解説に加えて、日本と世界では知的財産がどのように利用されているか、この分野で日本が世界にどのような貢献をしてきたのか、についてお話しします。この30年間で技術革新により知的財産制度はかなり変化してきました。今後、最近の生成AIなどにより、知的財産制度がさらに変化していきそうかという点もご紹介します。
Ⅶ.講演概要

◆紹介者 新貝浩司さんの言葉

紹介者は新貝浩司さん(86期)。高木さんとは高1の同じクラスでクラシック音楽が共通の趣味ということで親しくなった。高木さんのご自宅で当時関西では珍しい豚肉のカレーライスを初めて食べたこと、就職活動時に通産省の食堂で食事を一緒にしたことが懐かしい。その後2007年にお互いの勤務地であるジュネーブの外務省代表部の新年会で再会。組織ではお互い責任のある立場にあり中々本音で話ができない中、忌憚のない話ができる数少ない友人だった。多様な人を束ねるのは大変なご苦労だったと思うが、高木さんは公用語の英語はもちろん仏語・独語を使い分け仕事をされていた。本日はご苦労をされながら培ってこられたお話を聞けるのを楽しみにしている。

 

[Ⅰ] 知的財産の定義と目的                                       

ㇾIntellectual Property→昔は「知的所有権」と呼ばれていたが、現在は「知的財産」と訳される。無形資産とも呼ばれる。
ㇾ人間の創造的活動で生み出されるものであり、
ㇾ国民経済の健全な発展及び豊かな文化の創造に寄与することを目的とする(2003年知的財産基本法)

1.7つの典型的な知的財産

1) 商標
・文字/立体商標/色/音楽や動く商標(楽譜やデジタルで登録)など五感に訴える数種類
=特徴=
‐企業や商品の識別ができるようにする
‐特許庁に登録が必要

2)著作権
・講演・脚本/音楽/絵画/映画・写真/コンピュータプログラム/データベース等保護
対象
=特徴=
‐登録は不要(所管は文科省著作権課)
‐創作なら何でも
‐侵害はコピーだけ →従い英語で「Copyright」という

3)意匠
・デザイン
=特徴=
‐製品の機能と密接に関係する
‐特許庁に登録が必要
‐侵害品は見てわかる→不正商品を抑えるのに有効

4)特許
・発明を保護
=特徴=
‐出願して審査に通ってから登録→製品化に時間がかかる
‐すべての出願が一年半後に公開される
‐既にある技術から進歩している必要がある→特許発明の約8割が先人の技術の改良

5)営業秘密
・不正競争防止法等で管理
→回転寿司チェーン店 「はま寿司」 の顧客名簿等を盗んだ従業員が、離職して
「かっぱ寿司」を起業した事件が一例
=特徴=
‐登録不要だが守秘努力が必要→有名なコカ・コーラの原液も厳重に保管
‐価値のあるものが保護される

6)地理的表示
=特徴=
‐場所との関係が必要(シャンパン、グルユィエールチーズ等)
‐地域団体が権利者となる

7)(植物新品種登録)育成者権
=特徴=
-産地は関係なし→シャインマスカットの育成者権は産地に関わらず「農研機構」に帰属
– 世界で80カ国しか制度が無く国際的に普及していない

 

2.知的財産って雑多な寄せ集め?

1) ある企業の持つ知的財産は、比喩として、鍋(商標?)の秘伝のつゆ(営業秘密?)に著作権等が入った「おでん」のようなもの

2)「仕込み」が大事、「賞味期限」に注意
・商標       要登録・更新で半永久
・地理的表示    要登録・更新で半永久
・営業秘密     登録不要で半永久
・著作権      登録不要で著作権者の死後70年まで(孫まで使用料受け取り期待=三代)
・育成者権     要登録で25年・30年まで
・意匠       要登録で25年まで
・特許       要登録で20年まで(最近は技術サイクルが速くなり陳腐化が進み、実際の平均残存期間は11年)

 

[Ⅱ] 世界と日本の知的財産の比較

1.歴史的背景

1)バラバラの知的財産:なぜ?
・保護対象が異なること
・発祥の地やタイミングがバラバラだったこと
商標   地中海貿易(ギリシャから輸出されたオリーブオイルの壺の封印)紀元前
特許   イタリア          15世紀
著作権  英国            18世紀
・19世紀後半に国際的に束ねる条約が現れた

2)知的財産と万博
・知的財産と万博の縁
ウイーン万博(1873)で出品物のアイデアやデザインが盗まれ、次々回のパリ万博(1878)準備にあたり、フランス政府が出品物アイデアのための保護条約締結に向けて国際会議を開催

1883年  パリ条約(特許・商標・意匠)成立
1886年  パリ条約成立に乗じて、ベルヌ条約(著作権)も成立→もともと文豪
バルザックが問題提起していた小説の海賊版出版防止のための著作権
保護の国際会議をビクトル・ユーゴが遺志を継ぐ
・日本は条約成立後まもない1899年に加入→当時の欧米との不平等条約是正の取引条件として

・一塊の知的財産を集め1970年(大阪万博開催の年)にWIPOが設立される

 

2.World Intellectual Property Organization(WIPO)=世界知的所有権機関

1)役割
・世界193か国の加盟国の知的財産制度の整備援助
・知的財産の国際条約を作成・管理
2)WIPOと欧州国連本部
・国連欧州本部、WTO等全部で41の国際機関の本部や出先機関及び850の非政府団体がジュネーブに集まり情報交換と相互連携を行う

 

3.WTO(World Trade Organization)と知的財産

1)歴史
・1986年 ウルグアイラウンド(UR)交渉本格化
・1994年 交渉終結WTO誕生
・1995年 UR合意締結(新分野の知的財産を含む)
・2000年 途上国へも適用
2)なぜ知的財産が国際貿易の問題に?
・途上国で横行するニセモノが先進国にも還流し、2016年の不正商品貿易額(靴/衣服/皮革/家電等)が世界の総貿易額の3.3%に
・不正商品・コピー商品による被害が米国企業1社平均損害額8.6億ドル(約12億円)/年に

4,知的財産の国際収支

1)知的財産によるもうけ:収支黒字世界トップ4
・米/独/日/英で黒字額は堅調に推移し日本は3兆円弱/年(2021年)に

2)知的財産は国際サービス収支の稼ぎ頭
・日本の知的財産収支はここ10年黒字。著作権等使用料(コンピュータプログラムやディズニィー等の使用権)は支払い超過だが、産業財産権使用料(海外子会社の特許ライセンス料等)でカバーし収支黒字は増加している

5.日本のイノベーション力の国際比較(グローバルイノベーション指数ランキング)

1)日本は世界13位(2022年)。デジタライゼーションがうまく進んでいないこと、大学のレベルが見劣りすることが原因と考えられる
2)1位はスイス。国民一人あたりのベンチャー企業数が欧州随一であり大学のレベルも高い

6.知財と企業価値

1)知財は勝ち企業の価値
・S&P500企業の資産における知的財産で保護される無形資産(知的財産・のれん等)の割合は年々伸びており有形資産(工場・製造設備等)の割合は減少。2020には知的財産でカバーされる企業の無形資産が90%を占める

2)屋根裏部屋のレンブラント
・2000年に出版された本「ビジネスモデル特許戦略(英文:Rembrandts in the attic」)のことで「欧米の屋根裏には眠っている資産(レンブラントの絵)がある」ので、企業は眠っている知的財産の価値を評価せよとの戦略を推奨したもの
・知的財産戦略が企業幹部会の議題にのぼるようになる
・投資家向け企業資産開示資料に知的財産報告書が加わる
・国により知的財産による収入が減税の対象に→2000年の仏を皮切に英/蘭/アイルランド/スイス等で導入される
・日本でも10年前から経団連の要請があり、やっと来年1月の通常国会で減税関連法案と
ともに特許収入を減税対象にする制度の議論が進むものと期待

7.知的財産の役割=連携の接着剤

1)企業は自前の技術のみで知的財産を増やすことができず戦略的連携を推進
2)研究成果製品化の企業連携(吉野彰リチウムイオン電池合弁会社の特許ライセンス)
→旭化成と東芝電池の合弁
3)大学と企業の連携(「小野薬品・本庶記念研究基金」「京都大学iPS細胞研究所」)
4)研究・開発・製造の分業化(半導体やコロナワクチン)→半導体デザインやmRNA技
術を開発した企業とそれらの製品製造企業とは別企業であるため、連携企業間契約
の中で特許や営業秘密として保護されるものを明記し、使用料や利益分配を規定する

8.国際特許出願数

1)コロナ禍でも知的財産の出願減らず

2)中国が昇竜の勢い;日米も健闘
・国際特許出願数で中国が米国(2位)、日本(3位)を抜きトップに

3)国際特許出願数トップ10企業(2022)
・トップ10企業のうち中国企業が3社、トップ企業はファーウェイ(中国)で特許件数は2位に大差をつけてダントツ
・日本企業では三菱電機が4位、NTTが8位、PANASONICが10位に入る

4)特許の南北格差
・国ごとに特許数 x 土地(面積)の加重平均を表した地図を作ると北半球に集中することが分かる
・途上国や南半球の国は特許を殆ど出しておらず、これが途上国の問題点であり知的財産の障害となっている

9.途上国の3つの試練

1)紙頼み
・特許の登録作業が紙で行われており承認に7~8年かかる
・WIPOが途上国特許庁にデジタル化・機械化の技術支援を行い、例えば、インドネシアでは担当の人数が減るとともに承認までの期間が3か月に短縮→途上国商標登録が政府の自慢する行政サービスに

2)人材不足
・2008年からWIPOがアフリカ大学に知的財産の修士課程をつくり支援を行っており卒業生が200人近くにのぼり、知的財産庁の長官も輩出

3)アンチ知的財産
・特許制度(知的財産)があるから薬が高くなる「特許が患者を殺す」というスローガンで途上国での反特許制度が激化し、知的財産制度の誤解が広まった

 

 [Ⅲ] アンチ知的財産と技術革新

1.知的財産の理解を途上国開発協力の視点から増進すべく途上国向けの議題を設定し議論

1)2000年    HIV・エイズ治療薬と特許権の問題

2)2002~2008年 WTOドーハ開発議題

3)2004~2007年 WIPO開発議題

 

2.アンチ知的財産へのWIPOの対応

1)2004年日本のWIPOへの任意拠出金拡大(5億円/年に) 以降も継続

→政治問題にもなったことより岸田文雄議員(現首相)を含む超党派の議員団がWIPOを訪問
2)2010年以降WHO(医薬品関連)・WTOの国際機関との共同プロジェクトを推進

 

[Ⅳ] AIと知的財産

 

1.2000年代の知的財産制度

・技術革新による変化への対応がマスト

 

2. 技術革新と知的財産

1)デジタル化 音楽配信
・デジタル化で簡単に音楽ファイルをコピーされることによる著作権侵害問題をアップル社のスティーブ・ジョブズがデジタルでアクセスと課金分配方法を確立
(iPod2001/iTunes2003)→ビジネスモデルを変えることで、著作権制度の危機を救った結果、各国で著作権の集中管理機構も整備された→課金の集金と分配(日本:JASLACが音楽の著作権を契約管理)

2)バイオテク データ分析へ
・2003年ヒトゲノム解析完了
・データ分析によるバイオ医薬発明はほぼアミノ酸塩基配列が並び人間では審査不
可能→デジタルのフォーマットで出願させ特許審査基準にも機械検索ソフトを利用

3)ハイテク化/技術の複雑化が進み権利侵害の判断が難しくなる→権利行使にグローバル対応が必要となる
・裁判所の場所の選択と判決スピード(Apple社とSamsungの特許・意匠訴訟は世界10カ国で同時並行で裁判が行われる。知的財産分野で判決が早いのは独)
・同一の特許訴訟の同時進行の結果、知的財産担当判事の国際交流が進む一助に
・法廷外紛争解決(仲裁・調停含む)の活用増す
・日本でも国際仲裁・調停の文書の翻訳が不要に→規制緩和の方向へ

3. 技術革新と知的財産のこれから

1)生成AIの衝撃
・2022年AI利用のアートが金賞(コロラド品評会での「オペラ歌劇場」)
→米著作権局に著作物として登録申請するも認められず訴訟継続中
・写真のAI加工アートは著作権侵害か(デジタルアートの線引き)
→写真家が撮ったミュージシャンの写真をもとにアンデイー・ウォーホール財団がAIデータ解析で作ったデジタルアートをめぐる裁判で米最高裁は著作権侵害と判断

2)著作権者の反発
・2023年7月全米脚本家組合スト突入
・米俳優組合スト
・9月米作家団体がChatGPT作成のOpenAI社を提訴

3)OpenAI社のChatGPT
・ダイヤグラム表示の3つの箱の内、上流にある箱が、未学習のAIモデルであるが、これだけでは機能しないので、これにデータ(インターネット上の文章/画像/音等)を読み込ませ学習させた基盤モデルを中流の箱として開発したものがChatGPT
・ChatGPTの利用者は、その基盤モデル(学習済AIモデル)に指令を与えて、下流の箱から、AIが生成する結果を得る。この一連の流れは、未就学児童に学習させて一人前の社会人(ChatGPT)を育て、それらが働いてAIの成果物を社会に還元することに例えることができる
・成果物としてのサービス・結果を生み出す過程の中では、それぞれの生成段階で著作権/特許/営業秘密/商標等の知的財産によって保護されるデータや著作物等を学習用データや指令として利用するが、それらの行為が知的財産権侵害かどうか、得られた成果物がどこまで知的財産として保護され得るかが、問題となる。
・著作権のみならずAIで発明のヒントを得て、特許出願することが可能となったが、現在の法律では権利者・発明者は人間でなければならずAIは権利者や発明者として登録されることはないというのが世界の主流的考え方

4.AIの規制:国際ルールを検討中

1)AIの安全性を各国が議論
・G7のAI広島プロセス開始→2024年3月までにAIの安全性に関するルール案(リスク・推進)を作成
・米・中・欧がAIの安全性ルールを大統領令などで発表して主導権を握ろうとする傾向が強まっているのに対し、各国でバラバラのルールが設定されることを避けるべく国連の傘下で(地球環境問題型の)交渉の場を設定すべきとの機運が高まっている

5.AIの規制:国内ルールを検討中

1)AI戦略会議で5月から議論され知的財産は主要議題の一つ
2)知的財産戦略事務局が主導し「AI時代の知的財産権検討会」を開催中
3)著作権問題・自律AIによる発明の審査基準などが議題となる

6. 知的財産がAI開発に与える影響

1)守秘契約・営業秘密管理を含む知的財産戦略→学習段階で内部情報の取込を行うこと
が必要であり、一層知的財産管理とともに営業秘密・機密情報管理が強化されるべき
2)AIの3要素
データ/半導体/人材→特に、人材管理はヘッドハンティングによる頭脳流失による情報漏洩がリスクとして高まり、知的財産管理と密接に連携した総合的戦略が求められる

 

質問者 後藤浩一さん 86期

Q:知的財産の売買に制約はあるか
A:特許・意匠・著作権は売買OK。地理的表示は地域に根差すものなので地域の団体が維持する。
商標は会社の登記変更等、出所混同が生じない限りOK。制度の趣旨として譲渡ができないもの、製品の出所混同されるものを除き知的財産の移動は比較的自由にできる

質問者 山田和彦さん 72期

Q:動物についても育成者権はあるか
A:動物のバイオテクノロジーの新しい技術は特許で保護されている。植物は欧州で切り花や野菜の交配という昔ながらの方法で開発されてきた歴史に従って新品種登録制度ができた経緯があり、植物に限られており、動物育成者権はない。

質問者 林敏弘さん  75期

Q:育成者権の侵害について国際的な仕組みは
A:育成者権は植物新品種登録育成者権と言い世界約80カ国が加盟するUPOV条約で守られている。UPOVはWIPO本部と同じ建物にあり20名程のスタッフで加盟国の育成者権を守る条約管理を行っている。加えてWTOにできた知的財産ルールにも育成者権が含まれており実際にはWTO加盟国150か国で管理されている。各国の種苗庁に権利として登録されたものが加盟国で保護されるが、アジアの加盟国が少なく加盟を働きかけている。

 

記録:葛野正彦(88期)

Ⅷ.資料 東京六稜倶楽部講演高木最終版PDF