【236回】8月「気候変動により激甚化する水害からどのようにして命と暮らしを守るのか」

Ⅰ.日時 2022年8月20日(土)14時2分~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 63名
Ⅳ.講師 池内 幸司さん@88期 (東京大学大学院工学系研究科教授)
1957年大阪府生まれ。北野高校88期。
1982年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、旧建設省入省。
2006年内閣府(防災担当)参事官、2009年国土交通省河川局河川計画課長、2013年近畿地方整備局長、2014年水管理・国土保全局長、2015年技監、2016年顧問。
2016年~ 東京大学大学院工学系研究科教授、2018年~2022年 東京大学地球観測データ統融合連携研究機構 機構長も兼任。京都大学・神戸大学・横浜国立大学・筑波大学・日本大学の客員教授、東京工業大学非常勤講師、中央大学兼任任講師なども歴任。専門は河川工学・水災害リスクマネジメント。旧建設省、国土交通省、内閣府などで長年、水害対策を中心とした自然災害の防災対策や河川環境の保全・復元、川まちづくりなどを担当。本省及び現場で多くの災害対応や水辺づくりを経験。2011年津波防災地域づくり法の制定、2014年土砂災害防止法改正、2015年水防法改正なども担当。「ニュースウォッチ9」、「クローズアップ現代+」など多くのテレビ番組に出演。主な著書等に「水害列島日本の挑戦」(日経BP社)(共著)、「ハザードマップ活用基礎知識(不動産流通研究所)(監修)など。社会資本整備審議会専門委員や、内閣府、国土交通省、気象庁の検討会などの委員も務める。

博士(工学)、技術士(総合技術監理部門、建設部門)

Ⅴ.演題 「気候変動により激甚化する水害からどのようにして命と暮らしを守るのか」
Ⅵ.事前宣伝 2020年球磨川水害、2019年東日本台風災害、2018年西日本豪雨災害など、近年、豪雨災害により多くの人命が失われるとともに、大きな経済被害が発生しています。「これまで経験したことがないような大雨」というフレーズが日常的に聞かれるようになりました。まさに、異常な状態が常態化しつつあり、水害に対する備えを気候変動に適応した形で的確に行っていくことが求められています。このような状況を踏まえ、本講演では近年の豪雨災害の特徴と教訓、気候変動によって激甚化していく水害の状況について述べ、これらを踏まえて、日頃からどのように備えれば良いのか、災害時にどう行動すれば良いのかなどについて具体的に解説いたします。
Ⅶ.講演概要 約40年にわたり主に国交省などで水災害対策を中心とした自然災害の防災対策に携わってきた。かつては、災害発生時には官邸に速やかに参集する立場にあり、よく自転車で駆けつけていた。6年前から東京大学工学部社会基盤学科で、教育・研究等を行っている。近年の豪雨災害の特徴と教訓、激甚化する水害の状況、日頃からどのように備え、災害時にどのように行動したらよいのかなどについてお話する。

(1)近年の豪雨災害の特徴と教訓

1.豪雨災害の発生状況

近年、雨の降り方が変わってきており、2020年球磨川水害、2019年東日本台風災害、2018年西日本豪雨災害など毎年のように甚大な豪雨災害が発生している。これまでの観測記録を上回るような豪雨が各地で広域的に発生している。現地調査を行った2020年の球磨川水害や、NHKの現地取材に同行した本年の埼玉県鳩山町の水害の状況について紹介する。ひとたび浸水被害が起こると、浸水した家財道具の片付け、堆積土砂の撤去、寸断されたライフラインの復旧、膨大な量の災害廃棄物の処理など事後の復旧・復興作業は大変である。

2.犠牲者の発生状況とその要因

近年、避難が遅れて自宅で亡くなるケースが増えている。球磨川では洪水流量が川の排水能力を遥かに越え、市街地や河岸段丘の上まで川のようになって流れた。深いところでは、最大浸水深が約10mになったところもある。川から100m離れたところでも流速が3m以上となり家屋が押し流されるような流れとなった。しかし、事前に公表されていたハザードマップの想定浸水区域とほぼ同じ区域が浸水したため、事前に避難して助かった人も多い。実際、優れた防災リーダーの元で水害に対する避難訓練を繰り返し行っていた地域では凄まじい洪水が発生したのにも関わらず1人の犠牲者も出なかった。

浸水している状態では、自動車で避難するのは大変危険である。自動車で走行中にエンジンがストップして立ち往生し、水没して脱出できなくなる事故が増えている。水圧でドアが開かない場合に備えて、窓ガラスの破壊用ハンマーを車に備えておくことをお勧めする。

3.病院・社会福祉施設等における水害リスクと対策事例

日本の場合、病院や社会福祉施設などでは、地震対策は充実していても水害を想定した対策や設備が脆弱なところが多い。2018年の西日本豪雨では地域の拠点病院が浸水して孤立。電源喪失で医療機器が使えなくなり、入院患者の命が危険にさらされる寸前に救助された。

2020年球磨川水害では、想定浸水区域内に立地していた老人ホームが浸水し、入所者全員を救出することができず、多くの犠牲者が出た。老人福祉施設は、地価が安い水害・土砂災害のリスクのある地域に建設されることが多い。このような施設では、避難確保計画の策定や避難訓練をしっかりと行うことが重要。電源が必要な医療機器に依存する入院患者・入所者のいる病院や老人ホームの水害時における電源確保対策が必要。

4.企業・市役所等の被災と2次災害の発生、対策事例

2019年東日本台風では、北陸新幹線の車両基地が水没し、車両10編成(1編成12両)が浸水被害を受け、新幹線ダイヤの全面回復に約半年を要した。2019年佐賀県豪雨では、浸水した工場から油が流出し、地域一帯の民家や病院を汚染するとともに、浸水が長期化した。2018年の西日本豪雨では、アルミ工場が浸水したことにより爆発し、周辺の家屋が壊れたり火災が発生したりするなどの2次災害が起きている。

水害では地震に比べて、非常用電源も含めて全電源喪失に陥るケースが多い。その一方、ある程度の予測ができ、事前に対応できる時間がある。企業における水害を対象とした業務継続計画(BCP)策定は、地震対策に比べて遅れているので、策定を促進する必要がある。

地域の防災拠点となる市役所等が浸水して、機能支障に陥るケースがある。市役所は、災害時の応急対応に支障をきたさぬよう、防災対策(水害BCPの策定・重要資機材の確保・非浸水区域の代替拠点の確保等)を講じておくべき。

5.都市型水害のリスク

2019年台風19号の際には、多摩川は堤防決壊寸前で、荒川、利根川も氾濫の危険があり首都圏が水没する可能性があった。川崎市の高津区では、多摩川の支川の平瀬川が、多摩川との合流部付近で氾濫し、死者が発生した。河川敷に近い浸水危険地域の市街化が進んだことが問題だが、十分な規制ができていなかった。武蔵小杉駅前では下水道の排水樋管から多摩川の洪水が逆流して浸水。47階建てのマンションの配電盤が水没して電源喪失。住人はエレベータやライフラインが使用できず、不便な生活が続いた。建築基準を水害リスク考慮したものに見直していく必要がある。不動産取引時における水害リスクの説明の義務化は大きな前進である。

6.ハザードマップの有効性と限界

ハザードマップの利活用が大変重要。2020年の球磨川の水害では実際の浸水区域とハザードマップがよく合っていた。他の大河川の水害でもよく合っていた。全国約約21,000河川の内、ハザードマップが整備されているのは大河川を中心とした約2,000河川で、約19,000の中小河川ではハザードマップ整備の手が回らず、ハザードマップの空白域となっている。ハザードマップの空白域であっても、川が流れている平地には水害リスクがあると考えたほうがよい。デジタル標高地図、浸水実績を確認しておく。災害履歴図や旧地名も水害の歴史を反映しているので参考になる。

7.大雨特別警報の誤解

大雨特別警報解除後に河川が増水することもあるので注意が必要。大河川では、上流部に降った雨が下流部まで流下して洪水が発生するまで、半日から2日程度の時間差がある。大河川の下流地域では、雨が降り止んでから洪水になることも少なくない。大雨特別警報が解除された後、たとえ晴れていても油断せずに、雨の情報だけでなく洪水予報等の情報にも注意して欲しい。後述のキキクルなどを活用して欲しい。

 

(2)気候変動を踏まえた今後の水害対策のあり方

時間雨量50㎜以上の大雨の発生件数が35年前に比べて1.5倍に増えている。温暖化による氷床融解、海水の熱膨張、蒸発散量の増加、積雪量の減少などで、水関連災害が増加することが予測されている。パリ協定の目標が達成されて世界の平均気温が2℃上昇に抑えられても、洪水発生頻度は約2倍、4℃上昇なら約4倍になる。

水災害分野における気候変動適応策の基本的な考え方として、「大河川では、100年から200年に一回程度発生する洪水に対しては治水施設等の整備により災害を防止し、想定し得る最大規模の洪水に対してはソフト対策を重点に「命を守り」、「壊滅的被害を回避」する。」とした。水防法を2015年に改正し、想定し得る最大規模の洪水等の浸水想定区域を指定するとともに、それに基づき市町村が、ハザードマップを作成・公表することや、地域防災計画において避難施設・避難路、避難訓練の実施に関する事項を定めることを義務付けた。

家族とともに身の回りのリスクを洗い出し、具体的な避難行動を相談し、実践することが大事。資料の「重ねるハザードマップ」と「わがまちハザードマップ」は、是非見て、どこに避難するかを具体的に考えておいて欲しい。災害時は「キキクル」を見て欲しい。いずれもネットで検索すると簡単に見つかるはず。

災害時の警戒レベルの表示を統一した(レベル3の赤色で高齢者等避難、レベル4の紫色で全員避難、レベル5の黒色で緊急安全確保)。紫色のレベル4までに避難して欲しい。

気候変動により激甚化する水害の状況を踏まえれば、過去の降雨実績等に基づいた治水計画を気候変動を踏まえたものに見直していく必要がある。河川管理者等だけではなく、流域の関係者全員が協働して、流域全体での取り組みを総合的に行うことが必要。発電ダム等の利水ダムを治水に活用させていただくとともに、水田・ため池等を活用した流域における貯留機能の確保対策を進めている。また、まちづくりにおける居住や都市機能の水害リスクの低い地域への誘導、リスク情報の空白域の解消、企業・病院・市役所等における水害BCPの策定、保険での水害リスク対応、不動産取引時における水害ハザードマップの説明の義務化など対策を進めている。

 

(3)まとめ

今後、洪水発生頻度は約2~4倍になる。水害を自分事としてとらえることが重要。ハザードマップのチェックは是非やってほしい。ハザードマップを見て、水害時に自宅がどれくらい浸水するのかということを具体的に想像して欲しい。避難場所や避難経路を想定して実際に歩いてみる。災害時の情報入手には、キキクルを利用する。年に一度でもよいので、実際にやっていただくことが何よりも重要である。

 

参考資料

重ねるハザードマップ(水害、土砂災害他、自分の家の周辺の状況を見ることができる)

わがまちハザードマップ(中小河川の情報もあるが、解像度は市町村による)

・キキクル(災害時にリアルタイムで活用)123

川の防災情報(近隣河川の増水状況と予則情報)

 

 

質疑応答

広本(88期):東京の東部に自宅がある。高層階なので一週間分の備蓄は用意しているが、ゴムボードは用意したほうが良いですか?

池内:水害時に事前の避難が間に合わなかった時、浸水している中を自力で無理に避難する行為はとても危険。被災した時には水とトイレ(と可能なら電源)が確保できれば何とかなると思う。浸水している中を無理に避難せず、自宅の高いところにとどまって自衛隊・消防等による救出を待って欲しい。

東京東部の江東デルタ地帯は特に水害の危険性が高い。荒川下流部で氾濫した場合、水が引くまでに4週間以上かかる場合がある。地下鉄網の浸水対策の必要性を訴えてきたが、メトロさんは浸水対策に真摯に取り組んでおられる。

萩原(86期):淀川には巨大放水路はないのでしょうか? 放水路の見学はできますか?

池内:春日部の首都圏外郭放水路は中小河川の氾濫を抑制するために整備されたもので大河川の洪水対策のためのものではない。東京、大阪の大河川では放水路は完成している。現在の荒川下流部はもともとの旧荒川(現在の墨田川)の放水路。現在の淀川本川下流部も放水路である。氾濫が多かった神田川や寝屋川ではトンネル状の地下調節池や地下放水路を整備している。首都圏外郭放水路は予約すれば有料で見学できる。

中田(88期):わがまちハザードマップは解像度不足ですが。

池内:わがまちハザードマップは市町村により、PDFベースのところと拡大可能になっているところがある。わがまちハザードマップでカバーしている中小河川の中には、重ねるハザードマップに統一して拡大表示できるよう作業が進行中の河川もある。

稲垣(94期):勉強になりました。中学生の防災授業を予定しているが、助言を頂けますか?

池内:水害が発生するような大雨の時には、がけ崩れなどの危険性が高まっていることも多い。そのためにも、自宅周辺や避難経路上の土砂災害のハザードマップもあわせて見ておくこと。そして自宅からの避難経路を実際に歩いて、土砂災害の危険箇所をチェックしてみるのが良い。

漆畑(89期):長時間飛べるハイブリッドドローンを災害時に役立てる可能性について、相談に伺いたいのですが。

池内:事前にアポをとってください。

雫石(75期):スーパー台風はくるでしょうか?

池内:今後、温暖化が進むと台風の強度が増加し、風害と高潮災害の危険性が増大すると予測されている。高潮のハザードマップには、気圧低下に伴う吸い上げと強風による吹き寄せまでは考慮されているが、越波が考慮されておらず改善方策を検討中。

家(80期):治水行政に長く貢献され敬意を表します。国交省として危険地域からの移転推進、河川整備の大規模長期計画、などの施策の対費用効果などを評価した長期戦略はどうなっているのでしょう?

池内:治水は数百年スパンの事業。秀吉や家康が行った治水対策を継承しているところもある。大河川においては長期的な河川整備の基本方針を策定するとともに、費用対効果分析を行って、具体的な河川整備計画を策定し、それに基づき治水事業を進めている。洪水を完璧に防ぐことはできない。堤防を高くしすぎるのはよくない。堤防を高くしすぎると決壊したときの被害が大きくなる。堤防を強くすることと、河道の流下能力の向上で対応。水害リスクの高い地域の住宅の移転対策も行っている。オランダでは10000年に1度程度の発生頻度の高潮を防御できる堤防を国策として整備している。

園山(75期):「つなみてんでんこ」で自分の命は自分で守るということですね。

池内:災害時は自分の命は自分で守ることが重要。日本では、明治三陸地震津波や昭和三陸地震津波などの数十年から百数十年に一度程度の頻度で発生する津波に対しては堤防で守るが、東日本大震災のような最大クラスの津波は、堤防で守ることはできないので、避難対策やまちづくりで人命を守り被害をできるだけ軽減するという方針です。

 

【記録担当 家正則(80期)、講演者修正済み】

Ⅷ.資料 220828 配布用六稜同窓会.pdf(5.8MB)