【234回】6月「視覚障害支援者として実践していること 皆さんに知ってもらいたいこと」

Ⅰ.日時 2022年6月25日(土)14時13分~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 34名
Ⅳ.講師 髙橋和哉さん@95期 (特定非営利活動法人グローイングピープルズウィル 代表)

1965年大阪市中津生まれ

北野高校95期卒業 水泳部

1988年 立命館大学 理工学部 土木工学科 卒業
1988年~1997年  パシフィックコンサルタンツ株式会社 道路設計
1991年~1993年 青年海外協力隊休職参加(ケニア 道路設計)
1998年~2000年  国際協力事業団(現 国際協力事業機構)
2001年~2015年 社会福祉法人 視覚障害者支援総合センター
2010年 首都大学東京(現都立大学)大学院 都市環境科学研究科博士前期過程 修了
2015年~ 特定非営利活動法人 グローイングピープルズウィル

Ⅴ.演題 視覚障害支援者として実践していること 皆さんに知ってもらいたいこと
Ⅵ.事前宣伝 私は、コロナ禍で話題となったエッセンシャルワーカーと言えます。これまでの講演者の方々(学者、医者、科学者等)と違い、この講演を通して同窓生の皆さんに教授することはありません。皆さんに縁遠い視覚障害者の世界を私の経験を通してお話しをさせていただくことで、障害福祉の現状を知っていただき、このような業界にも関心を持って、疑いの眼を持っていただければありがたいと思っています。
Ⅶ.講演概要 紹介者は同期生の徂徠千代子さん(旧姓 北野さん)。髙橋君とは塚本小学校からずっと同窓生だったが、特に親しくはなかった。夫(95期の徂徠雅夫さん)の仕事関係でパリに駐在していた頃に使い始めたSNS(ミクシィ)で髙橋君と再会し、そこで彼が発信していた情報から福祉や障害支援の業界について知るようになった。帰国して東京で暮らすようになった時、髙橋君の勧めで視覚障害者のガイドヘルパーの資格を取り、現在も微力ながらGPWで視覚障害支援の仕事を手伝っている。 

1.現在の法人を立ち上げた経緯―土木から福祉へ

・新北野中学から北野高校まで水泳部に所属していた。
・北大恵迪寮に憧れて北海道大学を受験したが失敗し、立命館大学の理工学部土木工学科に進学した。大学では指導教官(道路計画 巻上安爾先生)に勧められるまま、PCKK(パシフイックコンサルタンツ(株))に入社し西日本事業部の道路課で働いた。家が塚本(高校の近く)だったので、会社にはロードバイクで通った。当時としては珍しいフレックス制の会社だったので、「どうせ早く帰れないのだから」と、早朝出勤して15時から17時は泳ぐために会社を抜けていた。今から思えば扱いづらい若手社員だったと思う。
・PCKKに在籍中、3年間にわたり休職して青年海外協力隊に参加し、ケニアで測量の仕事を教える活動をしていた。PCKK退社後は国際協力事業団(現 国際協力事業機構)に移り2年間マラウイで働いた。
・こんな私が土木から福祉の道へ入ったのは父の影響がとても大きい。
・北海道生まれの父(髙橋實)は、幼少期に失明した全盲の視覚障害者なのだが、見えないのに豚や馬を乗りこなしていたし、耳から覚えてピアノやギターやドラムなどの楽器の演奏を楽しんでいた。上京して日本大学へ進学、大阪の毎日新聞に入社し、55才で定年退職するまで全盲の記者として勤務していた。定年後は上京し、数年かけて杉並区に社会福祉法人 視覚障害者支援総合センターを設立、2017年に理事長を退任し、現在は大阪で元気に余生を送っている。彼のライフワークは、大学門戸開放、職域開拓、公務員点字受験など。
・私は、福祉制度がない時代から公私の別なくずっと闘って障害を克服してきた父の姿を見て育ったので、視覚障害者を特別な目で見たことはなかったし、ましてや支援しようとは考えもしなかった。しかし「障害のある人の誰もが父と同じように生きられるわけではない」という事に初めて気付いたのが神戸の震災に遭遇した時だった。
・PCKKの神戸支社に勤務していた頃、1995年1月17日に阪神淡路大震災が発災し、神戸の街が壊滅状態になった。私は阪神高速神戸線の復旧工事や各地の液状化現象への対応など沢山の仕事に追われ、ほぼ一年間休みなく働いていた。この時、公園で避難生活を送る人たち、特に障害を持った人たちが大変不自由な思いをして暮らしておられる様子を見かけて、視覚障害者の社会的に弱い立場というものに初めて気付かされた。せめてボランティア活動に参加してお手伝いしたかったのだが、自分の仕事に忙殺されて何もできない苦い思いだけが残った。
・2001年から父が設立した社会福祉法人 視覚障害者支援総合センターで働いた。そこでは点字が出来る人を対象にした点字出版事業を行っていた。
・ここでの仕事で、全国の視覚障害者164万人のうち、点字が使える人はたった3万人弱(全体の2%)しかおらず、残りの98%にあたる161万人は活字も点字もできないまま暮らしていることを初めて知って大きなショックを受けた。そして神戸の震災の時に役に立てなかった苦い経験を経た事から、今度こそ何か自分に出来ることないか?と考えるようになった。
・「自分にはたまたま道路設計の知識と経験がある。視覚障害者がストレスなく外出できる社会を目指すには、自分の専門知識が役に立つはずだ。」と考えて、大学に入り直し、新しく事業を立ち上げる為にいくつか資格を取るなどして数年かけて準備した。
・当時、私がやりたいと考えていた視覚障害者のための活動は、お金にはならない。しかし収入を得なければ活動できない。
・そこで、2015年に特定非営利活動法人グローイングピープルズウィル(GPW)を設立し、法律に則った収入が見込める事業(自立支援給付制度の登録事業者)を行いつつ、やりたかった中途視覚障害者のための活動を始めた。

 

2.障害福祉制度―自立支援給付制度

自立支援給付制度とは、障害者が必要なサービスを受けられる制度。障害者が利用するサービス費用の一部を行政が障害者に対し個別に給付する。障害者は事業者と個別に契約してサービスを受ける。医療保険制度や介護保険制度と同様に、サービス利用者の自己負担金は低く抑えられる。事業者はサービスを提供する事で事業収入が得られる。事業収入が得られるサービスは法律で定められている

1)計画相談支援事業

相談支援員(介護保険制度におけるケアマネージャーに相当)が専門性を活かして、個々の視覚障害者のニーズにマッチしたサービスを助言、サービスの組み合わせを提案する。

2)同行援護事業

ガイドヘルパーが視覚障害者の外出を支援する。

3)福祉有償運送事業

視覚障害者を自家用車で移動・送迎する。

 

3.障害福祉の現状―応益負担から応能負担への移行

・2006年に成立した障害者自立支援法は廃止され、2017年障害者総合支援法が施行された。
・応益負担とは、利用者の支払い能力に関係なくサービスの費用負担を1割に固定して課していた。サービスをたくさん利用すればするほど負担費用は大きくなるため、障害の重い人ほど大変な思いをしなければならなかった。
・応能負担とは、同じサービスを利用しても支払い能力の低い人の費用負担は低く抑えられ、支払い能力の高い人ほど費用負担が高くなる。障害者は負担金の心配をせずにサービスを受けられる。
・資本主義社会は応益負担で成立しているが、障害福祉の世界では障害者を社会全体で支える応能負担という考え方や制度が重要になってくる。

 

4.障害福祉の現状―医療モデルから社会モデルへの移行

・医療モデルでは障害を個人の問題と捉え、医療やリハビリで障害者を援助する。社会に合わせられるように障害者自身に努力を強いる。
・社会モデルでは、障害は個人にあるのではなく、社会の側にあるという考え。社会の不備を無くす工夫を重ねる努力をして、多くの人の”生きにくさ”を減らす世の中を構築する。ユニバーサルデザイン(UD)。インクルーシブデザイン。
・階段を例にする。医療モデルでは、下肢障害者は訓練を乗り越えた人しか昇降できないが、社会モデルでは階段をスロープに改造することで、障害者だけでなくベビーカー利用者やキャスター付きバック利用者にも便利に昇降できるようになる。

 

5.まちづくり事業―土木の専門知識を視覚障害者のために活用

・私が若い頃からやってきたのは走行車のための道路設計だった。移動に制約のある人が、ストレスなく歩行外出できるような道路作りを勉強し直すために、2010年首都大学東京(現 都立大学)大学院 都市研究科学研究科へ入学し、まちづくりの分野の第一人者である秋山哲男教授の元で修士号を取得した。現在も研究活動を続けている。
・研究テーマ「横断歩道口方位定位ブロックの開発」
・本年度、JR国分寺駅北口において最終的な社会実験を行い、実装する予定。
・他にも杉並区のまちづくり事業に設計段階から多数にわたり参加している。

 

6.まちづくり事業―ユニバーサルデザインのはき違えを無くす

・街で見かける触知案内図は、実は視覚障害者にはほとんど役立っていない。
・点字が読める人はたった2%、たとえ点字が読めてもかなり高い空間認識能力がないと理解できない、設置高が不適切な場合が多い。
・本当に必要とされる触知案内図は、点字を使用しない、携帯できる(自宅で見られる)、わかり易い、現地の変更がすぐに反映される、高価でないことがポイント。
・視覚障害者の行動を正しく知らないため、お金をかけていても実際は役立たないものは結構ある。社会がもっと障害者に関心を持てばこのような無駄遣いも減るはず。

 

7.まちづくり事業―スマートフォンとICTの活用

・ICT(情報通信技術)を活用した視覚障害者の画期的な移動手段が考案されている。
・shikAI(シカイ/視界)QRナビゲーションシステムは、駅構内の点字ブロックに表示したQRコードをスマートフォンカメラで読み取ることで現在地から目的地まで正確な移動ルートを導き出し、音声で目的地までナビゲートするシステム。東京メトロ9駅に敷設されている。

 

8.その他のGPW法人の活動

私は東日本大震災や熊本地震で視覚障害支援活動を行った。その経験から実感したのは、視覚障害支援者として災害に備えるのに重要なのは、防災訓練以上に、地域の視覚障害者の方と普段から付き合って信頼関係を築いておく事と、誰がどんな障害を持っているのか、何人いるか、どこに住んでいるかなど、具体的で正確な情報を持っている事。そのためにも平素から地域の皆さんとの地道な交流活動を大切にしている。

・高齢視覚障害者のストレッチ教室
・zoomによるフランス語教室
・料理教室
・高野山と酒蔵見学会
・スマホ講習会(ボイスオーバーの練習)

 

質疑応答(敬称略)

中村豊四郎(81期):私は公共交通施設の案内表示を設計・デザインする仕事をしてきました。視覚障害者の方が外出される時、スマホが手放せないというお話は良く理解できます。一方で公共の場所では歩きスマホが社会問題となっています。視覚障害者の方を含めて誰もが安全にスムーズに移動できるような仕組みについて何かヒントを頂けないでしょうか?

回答:あちこちの自治体でいわゆる”歩きスマホ条例”が制定されていますが、どれも視覚障害者の事情は考慮されていません。杉並区では、視覚障害者の支援団体が、視覚障害者の公共の場所でのスマホの使い方に関するルール作りに取り掛かっている所です。

 

雫石潔(75期):点字が使える人がたった3万人弱という事ですが、盲学校では点字は教えないのですか?

回答:視覚障害の原因疾患の第1位は緑内障、第2位は網膜色素変性症、第3位は糖尿病網膜症で、成人してから発症される方が多いです。そして、その大多数がロービジョンの方です。昔は医療事故による未熟児網膜症で失明する子供の数が多かったのですが、現代では医学が発達し、そのような子供は殆どいなくなりました。従って盲学校で学ぶ生徒数もごくわずかです。そこでは点字も教えますが、点字教科書と同様に拡大文字の教科書を使った授業が行われています。また、40代50代になってから点字を学ぼうとしても、細かい点字を触読する指の感覚がどうしても衰えていますので、音情報を活用する方が便利なのです。

 

清徳則雄(79期):視覚障害者の方はスマートフォンを使ってどのような事ができますか? 音情報の活用例を教えてください。

回答:練習が必要ですが、文字の読み上げ機能(ボイスオーバー機能)を使いこなせれば電話を掛けられますし、メールの発着信が出来ます。ネット検索もできます。株の売買には松井証券のホームページがUDで音声を頼りに操作しやすいといわれています。現在は、視覚障害者にとって情報格差を補うにはスマートフォンやiPadは絶対必要なものです。

 

雫石潔(75期):ボイスオーバー機能についてもう少し教えてください。

回答:この機能は、iPhoneに標準装備されています。「設定→アクセシビリティ→読み上げコンテンツ」で正しく設定すれば、誰でも使えます。ただ一旦ボイスオーバー設定にすると、元に戻すのが難しくなりますので、本日ご出席の皆さんは注意していただきたいと思います。

 

牧武志(73期):GPWで行われている携帯型触知案内図の取り組みについて教えてください。

回答:現在改築中のセシオン杉並では据え置き型の触知案内図は完全に撤廃して、携帯できる案内図を受付で配布する予定です。具体的には、点字ではない簡単な文字や図形を使ったB4サイズのエンボス紙の案内図となります。将来的にはICTを活用した誘導の方が効果的だと思います。このような取り組みは全国的に行うと縛りが多く、前に進めませんので杉並区の公共施設に限定して行っています。

       

園山陽輔(75期):私は緑内障を発症し、現在は2級の重度障害者に認定されています。今日のお話で取り上げられたような視覚障害者向け支援サービスが受けられる場所はどこで調べれば良いのでしょうか?私は大阪市内在住です。

回答:サービスを提供している事業所は沢山あるはずです。地域によると思いますが、お住まいの地域の区役所に問い合わせてみて下さい。

大阪でしたら社会福祉法人 日本ライトハウス (lighthouse.or.jp)をお勧めします。

 

伊藤裕章(95期):私は兵庫県の後期高齢者医療広域連合で医療保険関係の仕事をしています。
行政では視覚障害者の方には点字で書かれた紙の保険証をお渡ししてきましたが、本日のお話でほとんどの方が、点字が使えない事を知り驚いています。政府の方針でマイナンバー制度が推進され、マイナンバーカードに保険証を紐づけすれば、これまで以上に便利に医療サービスが受けられる体制が整いつつあります。そういったことを踏まえて、視覚障害の方にとって本当の意味で使い勝手の良い保険証の在り方についてご意見をお聞かせ下さい。

回答:現在のマイナンバーカードの仕組みは視覚障害者のことはあまり考慮されていません。将来的に考慮されたとしても、マイナンバーカードを利用するには、スマホを使いこなすスキルが求められるでしょう。視覚障害者は情報障害者とも呼ばれています。特にご高齢の方がスマホを使いこなすのは容易ではありません。今は過渡期なのでしょうが、全ての視覚障害者の方が等しくスマホを活用できるような社会になれば、マイナンバーカードはとても便利なツールだと思います。

 

 

【記録:野田美佳(94期)】

Ⅷ.資料 2022年6月講演資料.pdf(7.7MB)