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第四回 上座部仏教(3)

 今回の写真は、第二回でご覧いただきましたシュウェダゴンパゴダの、遠景です。パゴダの周りは殆ど緑で覆われているように見えますが、写真の左下からパゴダに向けて、参道が通っていて、その屋根が見えています。この写真だと、パゴダの100Mという高さをよくお分かり戴けるでしょう。

さて、前回は、上座部仏教の浸透により、「輪廻転生」を固く信じ、それ故に、人を悲しい気持ちにさせたくない、その為に「Noと言えない」ミャンマー人、というお話をしました。今回は、同じく「輪廻転生」を信じるが故の、国民性の大きな特徴、それが別の角度からミャンマーの人達の優しい性格を形作っていることを、ご説明します。

前回、現世の行いにより、来世に人間に生まれ変われるかどうかが決まる、と申しましたが、それは、現世に人間であるということは、前世において、現世人間に生まれ変われるだけのレベルで人間らしい行いをしていた、ということも意味します。しかし、それが決して簡単ではなかったであろうこと(人間は、ついつい悪いことをしてしまうこと)は日々実感していますので、よくぞ人間に生まれ変わることができたなあ、それだけでも嬉しいことだなあ、と感じることができます。そして、現世で、多少辛いこと、悲しいことがあっても、「まあ、これは前世で犯した悪行の報いである。これくらいのことは仕方が無い。」と、素直に我慢できる訳です。人間ですから、例えば他人から侮辱されたりしたその瞬間は怒りますが、少なくとも、落ち着いて冷静に考えられるようになった時は、相手に対する怒りや復讐心というものも収まります。その人が悪意でやったことであれば、来世で必ずその報いを受けますから、自分で復讐する必要は全くありません。

一つの歴史上有名な例を挙げます。第二次世界大戦の折、日本軍の占領と、それに対する英軍からの空襲等で、ミャンマーの国土も資源も、甚大な被害を受けました。ここでその詳細には立ち入りませんが、是非はともかくとして、日本軍は、様々な形で、ミャンマーの人達に恨まれても仕方の無いことをしました。しかし、日本軍が敗れて、逃走しながらも力尽きた日本兵達を、ミャンマーの人達は懸命に匿ってくれたのです。(これは、私の友人でミャンマー経済の研究者の著書に書かれていたことですが、)もし、日本を占領していた軍隊が、敗れて逃走中に倒れた際に、我々日本人は、自宅に彼等を匿うでしょうか?時代は更に遡るとはいえ、大河ドラマ等でしばしば見るのは、むしろ非情な「落ち武者狩り」でしょう。更に戦後、ミャンマー政府は、いち早く米の生産を回復し、いくらでも高く売ることができた時代に、その米を、食糧不足に苦しむ日本に、優先的に輸出してくれました。戦後賠償金の交渉においても、他国の要求よりも遥かに低レベルの金額で、真っ先に妥結してくれました。これらは皆、恨みは残さず、今、目の前で困っている人を助けることによって善行を積もうという、ミャンマーの上座部仏教の精神によるものなのです。

仏教に偏った、かなり固いお話が、3回続いてしまいましたが。次回は、日常生活や暦の上でのミャンマーの仏教が、日本のそれとどう違うかについて、私の経験談を中心に、ご説明致したいと思います。

 

 

第三回 上座部仏教 (2)

 今回の写真は、ヤンゴンのチャウタッジーパゴダにある、長さ70メーター、高さ17メーターの寝釈迦像です。前回の高さ100メーターの黄金のパゴダとはまた違った迫力でしょう。

さて前回は、ミャンマーにおいて仏教が篤く信じられていると申しましたが、今回は、彼等の仏教の内容についてご説明します。
ちょっとだけ難しいお話をしますと、お釈迦様が亡くなられてから約百年後に、仏教の教団が、保守的な上座部と、革新的な大衆部に分裂します。上座部とは、誤解を恐れずに要点のみを言うと、お釈迦様の語られたことを厳格に守り、修行を重ねた僧侶だけが悟りを開く(輪廻転生から脱する)ことができると信じる僧侶達で、これが現在、スリランカ・タイ・ラオス・カンボジア、そしてミャンマーで信じられている上座部仏教に繋がります。一方の大衆部は、新たな解釈を付け加えて、仏教の力で、僧侶以外の在家の人達をも救えると信じる僧侶達であり、これが、その後大乗仏教の諸宗派に発展して、現在の日本の仏教に繋がっています。「大乗」とは、僧侶だけではなく、在家の人達も全て「救う」、つまり「極楽」浄土に連れていくことのできる、大きな乗り物、という意味です。
上座部仏教でいう「悟りを開く」とは、「輪廻転生」の循環から脱するということなのですが、大事なのは、ミャンマーの人達は、本気でこの「輪廻転生」を信じていることです。つまり、偉いお坊さんになって悟りを開かない限り、死んだら、自分が現世で行ってきたことに応じて、天人道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の6つの内のいずれかに生まれ変わり、それが永遠に続くのですが、普通の人の本音は、苦しい修行を経て悟りを開いて、訳の判らない世界に行ってしまうのではなく、来世も何としても人間に生まれ変わりたい、ということです。その為には、現世において、それに相応しい行いをしなければなりません。(人間道以外の5つについての説明は、いつか別の回にいたします。) 私は、ミャンマーの人達が、そう信じていることこそが、彼等の温厚・親切・気配り・笑顔の最大の理由であると考えています。
来世も人間に生まれ変わるに相応しい、正しい行いとは、何か。殺人や盗み等、お経において明確に禁じられていることは、当然、絶対にやってはならないのですが、お経に書いてないことは、時々は偉いお坊さんの助言を求めることはできても、その時その場の状況に応じて、自分で判断しなくてはなりません。法律上は許されることであっても、自分が、「これは悪いことだ」と感じたら、やってはいけないのです。一気に結論に飛びますと、そのことが、ミャンマーの長い歴史と文化の中で、「自分の周りの人を悲しませることは、大きな罪である」という信念を形成してきました。とはいえ、人間ですから、いくら気をつけていても、意図せずに人を傷つけるようなことを言ってしまいますから、その罪を償う為に、積極的に人を幸せな気分にするように努力しなくてはなりません。人を悲しませた罪は、人を幸せな気分にすることでしか、償えない。いくらお寺やパゴダに寄付しても、駄目です。だからこそ、ミャンマーの人達は、いつもニコニコしている訳です。第一回でご説明した、家族のことを気遣って家族と共に夕食を楽しもうとするお父さん達の話も、これが理由です。
とにかく、人を悲しい気持ちにさせたくないので、いわゆる「NOと言えない」こととになります。(昔、NOと言えない日本人という本がありましたね。ミャンマー人と日本人の親和性が高い理由はいくつかありますが。ここも重要な点です。)それがプライベートな会話だけならよいのですが、仕事上で上司からなされた指示・命令に対して、それが無理筋だと思っても、その場で明確に断れず、一旦引き受けてしまう、というパターンに嵌ってしまいます。ミャンマー人同士なら、表情や仕草で、相手の真意を汲み取るのですが、昔の私も含めて、日本人の駐在員は、そんなことは判らず、部下や友人のミャンマー人が指示通りに出来なかった場合に、怒ってしまうのです。
往々にしてミャンマーの人達は、自分に責任の無い、いわば「不可抗力」によって約束を守れなかったことについて、とても寛容で、その「不可抗力」と見做される事柄の範囲も、我々日本人の平均レベルよりは、広いです。(まあこの点は、日本人の方が狭すぎるのでしょうが。)
それでは、もし仕事上、日本人の駐在員が、ミャンマー人の人達に、絶対にやって貰わねばならないことを頼む際の秘訣を、申しましょう。その人が、誠意をもってやろうとしたが、何らかの「不可抗力」のために、期限までに出来なかった場合に、その駐在員の勤務先の会社に少々損害が発生しても、彼等は罪悪感を抱きません。そうではなく、頼む人、頼まれたミャンマー人の上司或いは友人である日本人が、窮地に陥るのであれば、全く話は別です。つまり、最初に頼む時に、それを期日までにできなかった場合に、会社ではなく、頼んだ人がいかに厳しい立場に追い込まれるかということを、ちょっと大袈裟に訴えるのです。そうしておけば、「不可抗力」が発生した際に、期日まで待たずに、早めに報告してくれます。そして、ここが大事ですが、それでも出来なかったことに対しては、決して怒らず、精一杯「悲しい」表情で、うなだれておけば、その頼まれたミャンマー人との信頼感が深まっていくでしょう。

次回も、この上座部仏教の影響について、別の確度からお話ししましょう。

第二回 上座部仏教 (1)

 突然ですが。この写真の黄金のパゴダ(仏塔)は、伝説上は2,600年前、お釈迦様   が亡くなられた直後に聖髪を運んできて建てられたとされており、正にミャンマーの「上座部」仏教の象徴です。人口500万人を擁する最大都市ヤンゴンの中心部、東西南北の参道から約100段を登ったところに、この高さ約100メーターの仏塔が聳えており、全面が金箔(というより、金の板に近い)で覆われています。お祭り等の行事がなくても、早朝から、老夫婦が何組も仲睦まじく、座ってお祈りしており。そして、次第に、まるでディズニーランドのように、子供連れがどしどし詰め掛けて来て、しかし遊んだり騒いだりではなく、皆でじっと手を合わせて、心を安らかにしています。 

 パゴダとは、日本のお寺で言えば「五重塔」に相当する部分で、それ自体がお釈迦様に等しい、「祈る」対象であり、原則、在家信者が寄付を持ち寄って運営します。一方、ミャンマーにおける寺院は、そこに置いてある仏像を在家も拝みますが、一義的には、僧侶が集まって修行をする場所である、という違いがあります。いずれにせよ、国民の9割を占める仏教徒が住んでさえいれば、どんなに小さく貧しい村でも、必ず寺院とパゴダがあり、人々はそこに集い、僧侶が学校に行けない子供達に読み書きを教え、身寄りのないお年寄りの面倒を見ているのです。日本には約7万のお寺があり、9万人以上の僧侶がいる由ですが、ミャンマーには、(2007年時点で)5万7千の寺院に、24万3千人の僧侶と、30万6千人もの見習い僧がいて、在家信者が彼等を敬い、必要な全てのものを提供し続けています。(人口5千万人強ですから、男性がその半分として、その2%が、見習いもふくめたお坊さん、ということになります。ここでは、これ以上深入りしませんが、ミャンマーでは、女性は、正式な僧侶にはなれません。) 

 また、仏教徒の男子は、10歳前後で通過儀礼として得度し、一週間程度寺院で暮らすのが、通例となっています。仏教徒として極めておめでたい行事であり、大抵は、月収の数倍ものお金を使って、近所の人達や友人知人を食事に招待し、お寺に多額の寄付をします。(ちなみに、私のミャンマー人親友の一人はカソリックですが、奥様は仏教徒で、当然のように、息子さんにこの儀礼をさせていました。) 

 ある英国のチャリティー団体の調査において、2,014~2016の3年連続で、ミャンマーが、収入の一定割合以上を寄付するという意味での「世界寄付指数ランキング」の1位となりました。(2017年のデータは未入手です。)お金持ちだけでなく、貧しい人達も、お寺やパゴダに行くと、金額はともかく、様々な形で寄付を行い、それらが回りまわって、上述のような社会福祉の機能を果たしているのです。

  以上の事々から、仏教が、ミャンマーの人達の心と生活に深く浸透していることをご理解いただけたかと思います。次回は、いよいよ、ミャンマー仏教の内容について、ご説明致したいと思います。

 

第一回 微笑みの国ミャンマー

 86期の倭(やまと)です。総合商社に37年勤務した中で、4度に分けて、通算12年強、東南アジアのミャンマーに駐在した経験から、ミャンマーの国と人々の魅力と、日本との深い関わりと親和性について、少しずつご説明して参ります。ご一読下さり、ミャンマーに関心を持って頂けると、誠に幸甚です。
 ミャンマーの人達は、本当に笑顔が良く似合います。いつも、自分の周りの人達との会話を楽しみ、皆で幸せな気分になりたい、という気持ちが旺盛なのです。そして、両親はもちろん、僅か1歳でも違えば年長者を強く敬い、家族を大切にします。また、外国人にも親切な中で、特に日本への憧れが強いので、私のような63歳(ミャンマーでは十分な高齢者)な日本人は、いくつかの点に注意さえすれば、とても大切に扱われ、極めて居心地が良いのです。何故そうなのか、について、長年、現地でも日本でも様々な方々や書物から学び、私なりに考えてきたことを、色々なエピソードを交えながら、申し述べてまいります。
 まず第一回は、ミャンマー人男性が妻や子供との団欒をいかに大切にするかというお話をしましょう。殆どの男性は、その日の朝、夕食を家族と食べるという前提で家を出ておきながら、仕事や友人との付き合い等で外食する、ということが出来ません。また、(残業そのものを嫌がる訳ではない人でも、)急な残業で家族を待たせるということには、強い拒否反応を示します。例えば、朝、上司である私がミャンマー人の営業マンに、「急ですまないが、自分は別の会食があるので、今晩、日本からの出張者のAさんのお相手をしてくれ」と頼むと、大抵は、一瞬青い顔をします。でも、とにかく断るということが苦手な人達なので(これについては、その内、詳細にご説明します)、一旦、すごすごと席に戻ります。そして、昼過ぎに、「下痢なんで、行けない」と言ってきて、こちらがそれでも「いや、悪いけど、君は余り食べなくても良いので、とにか頼む」などと言いますと、次は、夕方になって、ゴホン、ゴホンと大きな音で咳をしながら、「Aさんにインフルエンザを移すといけないです」と言ってきます。これ、私が実際に何度も経験した話です。もちろん、本音では飲みに行きたい、美味しいものを食べにいきたい男性も多いのですが、どうもミャンマー人男性にとって、その日になっての晩御飯の外食は、我々日本人サラリーマンで言えば無断外泊くらいの迫力で、奥さんや子供さん達を悲しませる(或いは、怒らせる)ようなのです。
 もう一つ。何か突発事態が発生して、急な残業になった場合に、その内、家から電話がかかってきます。ここで、気の弱い彼等は、その場凌ぎで、「今、会社を出るところだ」なんて言ってしまうのです。いわゆる、「蕎麦屋の出前」の催促への対応ですね。でも、蕎麦屋さんとは違って、どうしても必要だから本人の納得ずくで残業している訳ですから、すぐには帰れないので、やがてまた電話がかかってくることになります。これも何度も聞きました。
 これらは、自分の大切な家族を悲しませたくない、という気持ちのなせる業ですが、その根底には、彼等が篤く信仰する上座部仏教の教えがあります。次回は、その辺りについて、ご説明致しましょう。