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	<title>東京六稜倶楽部 &#187; 2023年度</title>
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		<title>【252回】12月「『役に立たない科学』が役に立つ！？」</title>
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		<pubDate>Tue, 23 Jan 2024 23:34:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[初田 哲男さん＠89期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年12月20日（水）11時30分～12時58分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>63名（会場　31名、zoom　32名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>初田　哲男さん＠89期（理化学研究所数理創造プログラム（iTHEMS）プログラムディレクター）</h4>
<p>1977年3月 大阪府立北野高校 卒業<br />
1981年3月 京都大学理学部 卒業<br />
1986年3月 京都大学大学院 理学研究科 物理学第二専攻 修了（理学博士）<br />
1986年4月 高エネルギー物理学研究所 物理系理論部 客員研究員<br />
1988年4月 ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校 博士研究員<br />
1990年4月 ヨーロッパ共同原子核研究機構（CERN）理論部 リサーチアソシエイトフェロー<br />
1990年9月 ワシントン大学原子核理論研究所（INT）リサーチアシスタントプロフェッサー<br />
1992年9月 ワシントン大学物理学科 アシスタントプロフェッサー<br />
1993年4月 筑波大学物理学系 助教授<br />
1998年4月 京都大学大学院理学研究科 助教授<br />
2000年4月 東京大学大学院理学研究科 教授<br />
2012年4月 理化学研究所仁科加速器研究センター 主任研究員<br />
2013年4月 理化学研究所理論科学連携研究推進グループ（iTHES）ディレクター<br />
2016年11月-現在 理化学研究所数理創造プログラム（iTHEMS）プログラムディレクター<br />
2019年4月-現在　東京大学名誉教授<br />
2020年10月-現在 (株)理研数理 チーフサイエンスアドバイザー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>受賞</p>
<p>1997年 第12回 西宮湯川記念賞<br />
2012年 第17回 日本物理学会論文賞<br />
2012年 第23回 つくば賞<br />
2012年 仁科記念賞<br />
2014年 文部科学大臣表彰（科学技術分野）<br />
2016年 第57回 東レ科学技術賞<br />
（例）「役に立たない」科学が役に立つ &#8211; 東京大学出版会 (utp.or.jp)</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『「役に立たない科学」が役に立つ！？』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>スマートフォンを使って目的地まで道案内してもらえるのは、１００年ほど前に量子力学や相対性理論が見出されたからに他なりません。インターネットで安全に買い物ができるのは、古代の数学者が発見した素因数分解を現代的に活用した暗号があるからです。このように、「役に立つ」知識と「役に立たない」知識の間に明確な境界はありません。基礎研究は、「まだ応用されていない」知識を生み出す原動力という意味で、「新たな知の探究」と「未来への投資」という２つの側面を持っています。本講演では、いくつかの例をあげながら、基礎研究と現代社会の新しい関わり方について、皆さんと一緒に考えたいと思います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h4>なぜ物質は安定なのか？</h4>
<p>まず、私がどういう研究を行なっているのかをご紹介します。私の研究テーマの一つは、「なぜ物質は安定に存在できるのか」という湯川秀樹以来の謎についてです。われわれの体重の 99.9 パーセントは原子核というものでできています。原子核は 1 兆分の 1 センチメートルくらいの非常に小さな領域に、陽子と中性子が集まってできています。湯川さんが 1935 年に「中間子論」というのを発表したときには、そもそも原子核ができるために働く力の正体は何かということがポイントでした。しかし陽子と中性子が引き合ってばかりいると原子核は潰れてしまうこともわかってきました。なぜ原子核は潰れずに、物質世界は安定に存在できるのか。これは、湯川さんの理論だけでは説明しきれない謎でした。私たちは、2007 年ごろに、理論的研究とスーパーコンピュータによる数値的研究でこの謎を解明しました。実は、陽子や中性子が互いに近づきすぎると反発力が働くことで、原子核が安定化していることを理論的に示したのです。現在、私は陽子や中性子の数をさらに増やしてできる「中性子星」というたいへん密度の高い星の研究をおこなっています。中性子星が、どれくらいの重さになったら潰れてブラックホールになるのか、どこまでなら耐えられるかという問題です。この解明には、スーパーコンピュータだけでなく、量子コンピュータの力を借りる必要があると考えています。ところで、私の研究は一体何の「役に立つ」のでしょうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>知識は唯一、使えば使うほど増える資源である</h4>
<p>まず「役に立つ」の意味は、人によって違うということを理解しておくことが重要です。たとえば、私が行っているような基礎研究の場合、「自分の研究が、ほかの科学研究の役に立つか」というのが、主な「役に立つ／立たない」のポイントになります。産業界に身を置く立場の方から見れば、「産業振興に役に立つか／立たないか」、社会問題について考えている方であれば、「地球温暖化の解決に役に立つか／立たないか」がポイントになるかもしれません。あるいは、もっと文化的な立場から、「われわれの視野の拡大に役立つか／立たないか」という考え方もあるでしょう。<br />
このように、「役に立つ」といってもいろいろな意味がありますが、すべてに共通する点は、知識を蓄えていくことの重要性です。知識というのは、ほかのものと違って、使えば使うほど増えていく財産であり、資源なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>基礎研究の本質</h4>
<p>ここからは、基礎研究の意義についてお話しさせていただきます。研究には大別して「基礎研究」と「応用研究」の二つがあります。教科書的な定義としては、原理の追究と普遍性の探究を行うのが「基礎研究」となります。一方、「応用研究」では、原理がわかったときに、それが持つ可能性をどうやって広げていくか、という点が追究されます。さて、科学者にとっての「常識」のようなもので、実はあまり社会で十分に認識されていないことをいくつか挙げたいと思います。<br />
一、研究の発展は循環的である<br />
二、基礎研究は波及効果が大きい<br />
三、基礎研究には長期的視点が必要である<br />
四、基礎研究は多様性が本質的である</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まず、科学の発展は「循環的」なものであり、基礎研究あるいは応用研究が独立して進むものではありません。応用研究で得られた新しい技術を用いることで新たな基礎研究が生まれ、またそれが新たな応用研究を生み……というような循環が科学の発展の流れです。しかも、それは一本の流れではなく、何本もの流れが複雑に絡み合いながら進みます。<br />
次に、基礎研究の特徴としては、大きな「波及効果」をあげることができます。アインシュタインの相対性理論や、ディラックの相対論的量子力学などは、基礎研究の最たるものですが、一方でそれらは実社会にも大きな波及効果を生んでいます。さらに、基礎研究には「長期的視点」が必要です。これについてはあとで、ヒッグス粒子を例に出して説明しましょう。最後に、基礎研究にとっては「多様性」が本質的でることを指摘したいと思います。アインシュタインのような少数の天才だけが基礎研究を発展させてきたわけではありません。実際には、時代背景や環境などに後押しされて、さまざまな独創的な研究が生まれてきたのです。従って、誰かひとりの天才を見つけだし、その人に全て投資すればうまくいく、ということではないのです。この意味では、「選択と集中」という発想は、そもそも基礎研究とは相容れない概念なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>ディラック方程式の波及効果</h4>
<p>「波及効果」という点で、ひとつ実例をあげましょう。ディラックという20 世紀を生きた物理学者がいます。彼はアインシュタインの特殊相対性理論と、ミクロな世界の物理学を支配する量子力学を統合し、「相対論的量子力学」を打ち立てました。1928 年、彼はひとつの方程式（ディラック方程式）を数学的な美しさから書き下したのですが、じつは、この方程式を解いてみると、その解のなかに「反物質」の存在が予言されていたのです。それまでは物質しか知られていなかったのに、反物質もある、ということがそこには示されていたのです。ディラックの予言からたった4年後に、「電子」という物質以外に「陽電子」という反物質が、27 年後に、「陽子」という物質以外に「反陽子」という反物質が発見されて、それぞれノーベル物理学賞が授与されています。近年では、反物質同士、つまり反陽子と陽電子を結合させて「反水素原子」をつくり、それを長時間保管することも可能になりました。</p>
<p>一方で、ディラックの方程式は思いも寄らない応用にもつながりました。2007年の「トポロジカル絶縁体」という物質の発見です。これは、内部は電気を流さない絶縁体なのですが、表面だけは電気を流す金属として振る舞うという、非常に不思議な物質です。この発見は、これまでの「エレクトロニクス」という概念を一歩進めた「スピントロニクス」や、最近話題の「量子コンピュータ」など、現代的な応用にもつながっています。</p>
<p>このように、基礎研究における基本的な発見というのは、常に基礎・応用の両方への波及効果が大きいものなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>ヒッグス論文の引用回数</h4>
<p>さて、長期的視点が重要である、という点についても具体例をあげましょう。1964 年、ヒッグスという物理学者が「ヒッグス機構」という理論をつくり、「ヒッグス粒子」の存在を予言しました。ヒッグスの論文が毎年どれくらい引用されたのか調べますと、当初はだれも気にも留めなかったということがわかります。</p>
<p>ヒッグスの考え方のルーツには、1911年に発見された金属の超伝導現象というものがあります。カマリン・オンネスという人が水銀を極低温まで冷却することで実験的に発見した現象ですが、それが目に見えない素粒子の重さの起源に関係しているというのが、「ヒッグス機構」のアイデアでした。こうして 1964 年、先ほどのヒッグスの論文が発表され、それからおよそ 50 年後の 2012 年に、ヒッグス粒子が欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の実験でようやく観測されます。そのことが 2013 年のノーベル賞につながるわけです。</p>
<p>では、このヒッグスの理論は将来どんな応用を生むでしょうか。ヒッグス粒子を制御してモノの重さが自由にコントロールできるようになったらうれしいのですが、それができるとしたらきっとずっと先のことでしょう。千年先か1万年先かもわかりません。しかし、基礎科学の根本を築くというのは、そもそもそういう営みなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>「役に立たない」知識の有用性</h4>
<p>私は、「役に立つ／立たない」という論争よりも、まず科学の考え方の本質を多くの人に知ってもらいたいと考えてきました。そのとき、たまたまプリンストン高等研究所の創設者、エイブラハム・フレクスナーが書いたエッセイの存在を知りました。プリンストン高等研究所というのは、アインシュタインも所属していた基礎科学の研究所です。設立は 1930 年、英語では Institute for advanced study、通称IASと呼ばれています。創設者のフレクスナーは、1939年に The Usefulness of Useless Knowledge（役に立たない知識の有用性）と題したエッセイを書いており、そこでまさしく、「有用性」とは何か、「役に立つ」とはどういうことかについて、非常にはっきりした言葉で議論を展開しています。</p>
<p>そして、フレクスナーが展開した議論は、現在でも有用だろうと考えた数理物理学者のロベルト・ダイクラーフ(2012年から10年間IASの所長を務めた)が、自分のエッセイをそこに付け加えて、2017 年に英語の本を出版しました。それを私たちが邦訳したのが、『「役に立たない」科学が役に立つ』(東京大学出版会)です。原書と違って、カバーには「ノアの箱舟」のイラストを使用しました。これは「多様性が大事なんだよ」「未来への投資が大事なんだよ」ということを暗に示したかったからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>「有用性という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ」</h4>
<p>IASの創設者であるフレクスナーは、20 世紀初頭のアメリカにおいて、医学教育を根本的に変革した人です。彼はこんな言葉を残しています。エッセイから引用しましょう。</p>
<p>「私は、研究室でおこなわれるすべてのことが、いずれ思いがけない形で実用化されるとか、最終的に実用化されることがその正統性の証だとか、言っているわけではない。そうではなく、「有用性」という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ、と主張しているのだ。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ほかにもフレクスナーはこんなことを言っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「精神の自由を重んじることは、科学分野であれ、人文学分野であれ、独創性よりはるかに重要である。なぜなら、それは人間どうしのあらゆる相違を受け入れることを意味するからだ。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>プリンストン高等研究所には、初期のメンバーとしてアインシュタイン、ヘルマン・ワイル、フォン・ノイマン、チューリング（当時は大学院生）など、後世に名を残す著名な研究者たちが集いました。また現在でも世界最先端の研究が行われています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>「役に立つ」と「役に立たない」のあいだに境界はない</h4>
<p>フレクスナーの時代から何十年も経た現代では、変わってきたこともあります。それは基礎研究と応用研究の境界がどんどん曖昧になってきた領域があることです。データ科学、人工知能、量子コンピュータなどはその典型例でしょう。また、基礎研究の意義を伝えるために、研究の面白さだけでなく、研究者の日常などを、科学者自身が社会（特に若い人たち）に伝える必要性がますます高まっています。ダイクラーフは、エッセイの中で以下のように述べています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「「役に立つ」知識と「役に立たない」知識との間に、不明瞭で人為的な境界を無理やり引くのはもうやめよう。」</p>
<p>「基礎科学には支援する価値があることを、一般の人々に納得させるのは難しい。（中略）その目標と価値を伝えるのに最適な立場にあるのは、研究をおこなっている科学者や学者自身だ。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>基礎研究を支える仕組み</h4>
<p>「基礎研究」の意義については、まず二つのポイントを押さえておくことが必要です。一つは知の探究、もう一つは未来への投資です。科学史家の隠岐さや香さんの著書（『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ-』(名古屋大学出版会）に詳述されていますが、両者の比重についての議論は、すでに17世紀から連綿とヨーロッパで行われてきたようです。</p>
<p>さて、21世紀前半になった現在はどうでしょうか？　日本では、科学技術、社会福祉、安全保障などに必要な資金を、限られた国家予算の範囲でどのように分配すべきかという、いわゆるパイの奪い合い状態が起こっています。そのような背景のもとで間違った「選択と集中」を進めたことで、日本では基礎科学の本質である「多様性」や「自由な発想」が危機に直面しています。</p>
<p>21世紀後半に向けて、基礎研究を支える財政基盤をこれまでと違う形で整えていく必要があると思います。学術系クラウドファンディング(例えば、academist　 https://academist-cf.com/beginners/academist?lang=jaのような活動)は、市民とアカデミアがともに進化する（共進化）の一つと言えます。企業とアカデミアがどのように「共進化」できるか（例えば、（株）理研数理 https://www.riken-suuri.jp/のような活動）を考えることも大切でしょう。これらに限らず、さまざまな可能性を模索する必要がありますので、是非北野高校出身の皆様のお知恵を拝借できれば大変ありがたく思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>質疑応答（講演の前半のブレークで）</h3>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　家正則さん　80期</div>
<p>Q:核力が近距離で反発力になることは、なぜスパコンを使わないとわからないのですか? スパコンに入れる式から解析的に分かるのでは？<br />
A:多数の自由度を持つグルオンとの多体相互作用の計算が必要ですが、その変数が多すぎて解析的に導くことができないのです。</p>
<p>Q:中性子星の問題を解くには、これまでのスパコンでなく量子コンピュータが必要なのはなぜですか？<br />
A:中性子星などは無数の核子の相互作用の理解が必要で古典的なスパコンでは無理ですが、何桁も上の計算ができる可能性がある量子コンピュータに期待がかかっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>質疑応答（講演終了後）</h3>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　小泉透明さん　89期</div>
<p>Q:理論物理へ邁進したモチベーション、啓蒙活動のモチベーションはどこからきたのでしょう？</p>
<p>A:子供の頃から湯川秀樹に憧れ、「旅人」という自伝で「不思議について考え続ける」という姿勢に啓発された。啓蒙については科学が面白いということを若い人達に知ってもらいたい。孫正義育英財団には非凡な才能のある子どもを支援するプログラムがあり、その子たちに科学に接する機会を与えたい。また、日本では女性が理数系に進むのを社会的に後押しできていない状況が未だにある、これをなんとか少しでも変えて行きたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　釜江常好さん　70期</div>
<p>Ｑ：東大物理の同じ分野で観測的に研究してき、初田さんの幅広い活動に敬意を表しています。質問ではないのですが、日米の大学の大きな違いの一つとして、母校への卒業生の寄付の姿勢があると想います。日本でも大学への寄付活動がもっと広まると、それなりに科学を復活させることができるのではないかと想うのですが。</p>
<p>A:そうですね。その一方で、日米の教員の給料の差が大きすぎるのも問題です。自分もあと40年研究を続けたいが、年金でできるかどうか考えてしまいます。理論研究なのでできるとは想いますが、研究者が広く寄付もできるような状況になるよう処遇を改善することも必要と思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　広本治さん　88期</div>
<p>Q:対称性と保存則でもっとも気になるのは何でしょう？<br />
A:宇宙が一様等方なのはなぜなのか？　光速の普遍性と時間の非対称性はなぜあるのか？　対称性に関しては根源的で不思議なことが多いです。</p>
<p>Q:超対称性とは？<br />
A:数学では論理的に矛盾の無い可能性を列挙することが大事です。でも物理学ではそれらの可能性が現実にあるのかどうかを実証することが大事。妻はまさに超対称性の数理を専門としているので、「超対称性ほど美しいものが現実に実現していないはずはないでしょう」というのですが、私のような実証物理屋としては実験で確認されるまでは宗旨替えはできないので、家庭内の論争は続くと想います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: right;">講演要旨は講演者の自筆による。</p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2024/01/Kitano_Hatsuda_12.28.2023.pdf">Kitano_Hatsuda_12.28.2023</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【251回】11月「知的財産のはなし」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6205</link>
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		<pubDate>Fri, 08 Dec 2023 23:26:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[高木 善幸さん＠86期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年11月15日（水）11時30分～12時50分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>59名（会場38名、Zoom21名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>高木　善幸さん＠86期（前国連職員）</h4>
<p>1955年 大阪生まれ<br />
1974年 北野高校卒業<br />
1978年 京都大学工学部卒業<br />
1979年 京都大学工学部修士課程中退<br />
1979年 通産省特許庁入庁<br />
1986年 &#8211; 1987年 WIPO（世界知的所有権機関）に出向<br />
1988年 &#8211; 1990年 特許庁に復帰<br />
1991年 &#8211; 1994年 外務省在ジュネーブ日本政府代表部一等書記官<br />
1994年 WIPOに転職<br />
1999年 WIPO上級部長に昇進し、特許庁を退職<br />
2009年 WIPO事務局長補<br />
2014年 WIPO事務局長補に再任<br />
2020年末 WIPO事務局長補任期満了、WIPOを退職し帰国</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『知的財産のはなし』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>知的財産について、報道やTVドラマでも取り上げられるようになりました。そこで、特許庁、国連の知的財産専門機関で働いてきた私の経験から、知的財産の一通りの解説に加えて、日本と世界では知的財産がどのように利用されているか、この分野で日本が世界にどのような貢献をしてきたのか、についてお話しします。この30年間で技術革新により知的財産制度はかなり変化してきました。今後、最近の生成AIなどにより、知的財産制度がさらに変化していきそうかという点もご紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>◆紹介者　新貝浩司さんの言葉</h3>
<p>紹介者は新貝浩司さん（86期）。高木さんとは高１の同じクラスでクラシック音楽が共通の趣味ということで親しくなった。高木さんのご自宅で当時関西では珍しい豚肉のカレーライスを初めて食べたこと、就職活動時に通産省の食堂で食事を一緒にしたことが懐かしい。その後2007年にお互いの勤務地であるジュネーブの外務省代表部の新年会で再会。組織ではお互い責任のある立場にあり中々本音で話ができない中、忌憚のない話ができる数少ない友人だった。多様な人を束ねるのは大変なご苦労だったと思うが、高木さんは公用語の英語はもちろん仏語・独語を使い分け仕事をされていた。本日はご苦労をされながら培ってこられたお話を聞けるのを楽しみにしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong><span style="text-decoration: underline;">[Ⅰ]　知的財産の定義と目的</span>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></h3>
<p>ㇾIntellectual Property→昔は「知的所有権」と呼ばれていたが、現在は「知的財産」と訳される。無形資産とも呼ばれる。<br />
ㇾ人間の創造的活動で生み出されるものであり、<br />
ㇾ国民経済の健全な発展及び豊かな文化の創造に寄与することを目的とする（2003年知的財産基本法）</p>
<h4>１．７つの典型的な知的財産</h4>
<p>１）　商標<br />
・文字/立体商標/色/音楽や動く商標（楽譜やデジタルで登録）など五感に訴える数種類<br />
＝特徴＝<br />
‐企業や商品の識別ができるようにする<br />
‐特許庁に登録が必要</p>
<p>２）著作権<br />
・講演・脚本/音楽/絵画/映画・写真/コンピュータプログラム/データベース等保護<br />
対象<br />
＝特徴＝<br />
‐登録は不要（所管は文科省著作権課）<br />
‐創作なら何でも<br />
‐侵害はコピーだけ →従い英語で「Copyright」という</p>
<p>３）意匠<br />
・デザイン<br />
＝特徴＝<br />
‐製品の機能と密接に関係する<br />
‐特許庁に登録が必要<br />
‐侵害品は見てわかる→不正商品を抑えるのに有効</p>
<p>４）特許<br />
・発明を保護<br />
＝特徴＝<br />
‐出願して審査に通ってから登録→製品化に時間がかかる<br />
‐すべての出願が一年半後に公開される<br />
‐既にある技術から進歩している必要がある→特許発明の約8割が先人の技術の改良</p>
<p>５）営業秘密<br />
・不正競争防止法等で管理<br />
→回転寿司チェーン店　「はま寿司」 の顧客名簿等を盗んだ従業員が、離職して<br />
「かっぱ寿司」を起業した事件が一例<br />
＝特徴＝<br />
‐登録不要だが守秘努力が必要→有名なコカ・コーラの原液も厳重に保管<br />
‐価値のあるものが保護される</p>
<p>６）地理的表示<br />
＝特徴＝<br />
‐場所との関係が必要（シャンパン、グルユィエールチーズ等）<br />
‐地域団体が権利者となる</p>
<p>７）（植物新品種登録）育成者権<br />
＝特徴＝<br />
-産地は関係なし→シャインマスカットの育成者権は産地に関わらず「農研機構」に帰属<br />
&#8211; 世界で８０カ国しか制度が無く国際的に普及していない</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２．知的財産って雑多な寄せ集め？</h4>
<p>１） ある企業の持つ知的財産は、比喩として、鍋（商標？）の秘伝のつゆ（営業秘密？）に著作権等が入った「おでん」のようなもの</p>
<p>２）「仕込み」が大事、「賞味期限」に注意<br />
・商標　　　　　　　要登録・更新で半永久<br />
・地理的表示　　　　要登録・更新で半永久<br />
・営業秘密　　　　　登録不要で半永久<br />
・著作権　　　　　　登録不要で著作権者の死後70年まで（孫まで使用料受け取り期待＝三代）<br />
・育成者権　　　　　要登録で25年・30年まで<br />
・意匠　　　　　　　要登録で25年まで<br />
・特許　　　　　　　要登録で20年まで(最近は技術サイクルが速くなり陳腐化が進み、実際の平均残存期間は11年）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>[Ⅱ]　世界と日本の知的財産の比較</h3>
<h4>１．歴史的背景</h4>
<p>１）バラバラの知的財産：なぜ？<br />
・保護対象が異なること<br />
・発祥の地やタイミングがバラバラだったこと<br />
商標　　　地中海貿易（ギリシャから輸出されたオリーブオイルの壺の封印）紀元前<br />
特許　　　イタリア　　　　　　　　　　15世紀<br />
著作権　　英国　　　　　　　　　　　　18世紀<br />
・19世紀後半に国際的に束ねる条約が現れた</p>
<p>２）知的財産と万博<br />
・知的財産と万博の縁<br />
ウイーン万博（1873）で出品物のアイデアやデザインが盗まれ、次々回のパリ万博（1878）準備にあたり、フランス政府が出品物アイデアのための保護条約締結に向けて国際会議を開催</p>
<p>1883年　　パリ条約（特許・商標・意匠）成立<br />
1886年　　パリ条約成立に乗じて、ベルヌ条約（著作権）も成立→もともと文豪<br />
バルザックが問題提起していた小説の海賊版出版防止のための著作権<br />
保護の国際会議をビクトル・ユーゴが遺志を継ぐ<br />
・日本は条約成立後まもない1899年に加入→当時の欧米との不平等条約是正の取引条件として</p>
<p>・一塊の知的財産を集め1970年（大阪万博開催の年）にWIPOが設立される</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２．World Intellectual Property Organization（WIPO）＝世界知的所有権機関</h4>
<p>１）役割<br />
・世界193か国の加盟国の知的財産制度の整備援助<br />
・知的財産の国際条約を作成・管理<br />
２）WIPOと欧州国連本部<br />
・国連欧州本部、ＷＴＯ等全部で41の国際機関の本部や出先機関及び８５０の非政府団体がジュネーブに集まり情報交換と相互連携を行う</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>３．WTO（World Trade Organization）と知的財産</h4>
<p>１）歴史<br />
・1986年　ウルグアイラウンド（UR)交渉本格化<br />
・1994年　交渉終結WTO誕生<br />
・1995年　UR合意締結（新分野の知的財産を含む）<br />
・2000年　途上国へも適用<br />
２）なぜ知的財産が国際貿易の問題に？<br />
・途上国で横行するニセモノが先進国にも還流し、2016年の不正商品貿易額（靴/衣服/皮革/家電等）が世界の総貿易額の3.3%に<br />
・不正商品・コピー商品による被害が米国企業１社平均損害額8.6億ドル(約12億円)/年に</p>
<h4>４，知的財産の国際収支</h4>
<p>１）知的財産によるもうけ：収支黒字世界トップ4<br />
・米/独/日/英で黒字額は堅調に推移し日本は3兆円弱/年（2021年）に</p>
<p>２）知的財産は国際サービス収支の稼ぎ頭<br />
・日本の知的財産収支はここ10年黒字。著作権等使用料（コンピュータプログラムやディズニィー等の使用権）は支払い超過だが、産業財産権使用料（海外子会社の特許ライセンス料等）でカバーし収支黒字は増加している</p>
<h4>５．日本のイノベーション力の国際比較（グローバルイノベーション指数ランキング）</h4>
<p>１）日本は世界13位（２０２２年）。デジタライゼーションがうまく進んでいないこと、大学のレベルが見劣りすることが原因と考えられる<br />
２）１位はスイス。国民一人あたりのベンチャー企業数が欧州随一であり大学のレベルも高い</p>
<h4>６．知財と企業価値</h4>
<p>１）知財は勝ち企業の価値<br />
・S&amp;P500企業の資産における知的財産で保護される無形資産（知的財産・のれん等）の割合は年々伸びており有形資産（工場・製造設備等）の割合は減少。2020には知的財産でカバーされる企業の無形資産が90％を占める</p>
<p>２）屋根裏部屋のレンブラント<br />
・2000年に出版された本「ビジネスモデル特許戦略（英文：Rembrandts in the attic」）のことで「欧米の屋根裏には眠っている資産（レンブラントの絵）がある」ので、企業は眠っている知的財産の価値を評価せよとの戦略を推奨したもの<br />
・知的財産戦略が企業幹部会の議題にのぼるようになる<br />
・投資家向け企業資産開示資料に知的財産報告書が加わる<br />
・国により知的財産による収入が減税の対象に→2000年の仏を皮切に英/蘭/アイルランド/スイス等で導入される<br />
・日本でも10年前から経団連の要請があり、やっと来年1月の通常国会で減税関連法案と<br />
ともに特許収入を減税対象にする制度の議論が進むものと期待</p>
<h4>７．知的財産の役割＝連携の接着剤</h4>
<p>１）企業は自前の技術のみで知的財産を増やすことができず戦略的連携を推進<br />
２）研究成果製品化の企業連携（吉野彰リチウムイオン電池合弁会社の特許ライセンス）<br />
→旭化成と東芝電池の合弁<br />
３）大学と企業の連携（「小野薬品・本庶記念研究基金」「京都大学iPS細胞研究所」）<br />
４）研究・開発・製造の分業化（半導体やコロナワクチン）→半導体デザインやmRNA技<br />
術を開発した企業とそれらの製品製造企業とは別企業であるため、連携企業間契約<br />
の中で特許や営業秘密として保護されるものを明記し、使用料や利益分配を規定する</p>
<h4>８．国際特許出願数</h4>
<p>１）コロナ禍でも知的財産の出願減らず</p>
<p>２）中国が昇竜の勢い；日米も健闘<br />
・国際特許出願数で中国が米国（2位）、日本（３位）を抜きトップに</p>
<p>３）国際特許出願数トップ10企業（2022）<br />
・トップ10企業のうち中国企業が3社、トップ企業はファーウェイ（中国）で特許件数は2位に大差をつけてダントツ<br />
・日本企業では三菱電機が4位、NTTが8位、PANASONICが10位に入る</p>
<p>４）特許の南北格差<br />
・国ごとに特許数 x 土地（面積）の加重平均を表した地図を作ると北半球に集中することが分かる<br />
・途上国や南半球の国は特許を殆ど出しておらず、これが途上国の問題点であり知的財産の障害となっている</p>
<h4>９．途上国の３つの試練</h4>
<p>１）紙頼み<br />
・特許の登録作業が紙で行われており承認に7～8年かかる<br />
・WIPOが途上国特許庁にデジタル化・機械化の技術支援を行い、例えば、インドネシアでは担当の人数が減るとともに承認までの期間が3か月に短縮→途上国商標登録が政府の自慢する行政サービスに</p>
<p>２）人材不足<br />
・2008年からWIPOがアフリカ大学に知的財産の修士課程をつくり支援を行っており卒業生が200人近くにのぼり、知的財産庁の長官も輩出</p>
<p>３）アンチ知的財産<br />
・特許制度（知的財産）があるから薬が高くなる「特許が患者を殺す」というスローガンで途上国での反特許制度が激化し、知的財産制度の誤解が広まった</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3> [Ⅲ]　アンチ知的財産と技術革新</h3>
<h4>１．知的財産の理解を途上国開発協力の視点から増進すべく途上国向けの議題を設定し議論</h4>
<p>１）2000年　　　　HIV・エイズ治療薬と特許権の問題</p>
<p>２）2002～2008年　WTOドーハ開発議題</p>
<p>３）2004～2007年　WIPO開発議題</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２．アンチ知的財産へのWIPOの対応</h4>
<p>１）2004年日本のWIPOへの任意拠出金拡大（5億円/年に）　以降も継続</p>
<p>→政治問題にもなったことより岸田文雄議員（現首相）を含む超党派の議員団がWIPOを訪問<br />
２）2010年以降WHO（医薬品関連）・WTOの国際機関との共同プロジェクトを推進</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>[Ⅳ]　AIと知的財産</h3>
<p>&nbsp;</p>
<h4>１．2000年代の知的財産制度</h4>
<p>・技術革新による変化への対応がマスト</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２. 技術革新と知的財産</h4>
<p>１）デジタル化　音楽配信<br />
・デジタル化で簡単に音楽ファイルをコピーされることによる著作権侵害問題をアップル社のスティーブ・ジョブズがデジタルでアクセスと課金分配方法を確立<br />
（iPod2001/iTunes2003）→ビジネスモデルを変えることで、著作権制度の危機を救った結果、各国で著作権の集中管理機構も整備された→課金の集金と分配（日本：JASLACが音楽の著作権を契約管理）</p>
<p>２）バイオテク　データ分析へ<br />
・2003年ヒトゲノム解析完了<br />
・データ分析によるバイオ医薬発明はほぼアミノ酸塩基配列が並び人間では審査不<br />
可能→デジタルのフォーマットで出願させ特許審査基準にも機械検索ソフトを利用</p>
<p>３）ハイテク化/技術の複雑化が進み権利侵害の判断が難しくなる→権利行使にグローバル対応が必要となる<br />
・裁判所の場所の選択と判決スピード（Apple社とSamsungの特許・意匠訴訟は世界10カ国で同時並行で裁判が行われる。知的財産分野で判決が早いのは独）<br />
・同一の特許訴訟の同時進行の結果、知的財産担当判事の国際交流が進む一助に<br />
・法廷外紛争解決（仲裁・調停含む）の活用増す<br />
・日本でも国際仲裁・調停の文書の翻訳が不要に→規制緩和の方向へ</p>
<h4>3. 技術革新と知的財産のこれから</h4>
<p>１）生成AIの衝撃<br />
・2022年AI利用のアートが金賞（コロラド品評会での「オペラ歌劇場」）<br />
→米著作権局に著作物として登録申請するも認められず訴訟継続中<br />
・写真のAI加工アートは著作権侵害か（デジタルアートの線引き）<br />
→写真家が撮ったミュージシャンの写真をもとにアンデイー・ウォーホール財団がAIデータ解析で作ったデジタルアートをめぐる裁判で米最高裁は著作権侵害と判断</p>
<p>２）著作権者の反発<br />
・2023年7月全米脚本家組合スト突入<br />
・米俳優組合スト<br />
・9月米作家団体がChatGPT作成のOpenAI社を提訴</p>
<p>３）OpenAI社のChatGPT<br />
・ダイヤグラム表示の3つの箱の内、上流にある箱が、未学習のAIモデルであるが、これだけでは機能しないので、これにデータ（インターネット上の文章/画像/音等）を読み込ませ学習させた基盤モデルを中流の箱として開発したものがChatGPT<br />
・ChatGPTの利用者は、その基盤モデル（学習済AIモデル）に指令を与えて、下流の箱から、AIが生成する結果を得る。この一連の流れは、未就学児童に学習させて一人前の社会人（ChatGPT）を育て、それらが働いてAIの成果物を社会に還元することに例えることができる<br />
・成果物としてのサービス・結果を生み出す過程の中では、それぞれの生成段階で著作権/特許/営業秘密/商標等の知的財産によって保護されるデータや著作物等を学習用データや指令として利用するが、それらの行為が知的財産権侵害かどうか、得られた成果物がどこまで知的財産として保護され得るかが、問題となる。<br />
・著作権のみならずAIで発明のヒントを得て、特許出願することが可能となったが、現在の法律では権利者・発明者は人間でなければならずAIは権利者や発明者として登録されることはないというのが世界の主流的考え方</p>
<h4>４．AIの規制：国際ルールを検討中</h4>
<p>１）AIの安全性を各国が議論<br />
・G7のAI広島プロセス開始→2024年3月までにAIの安全性に関するルール案（リスク・推進）を作成<br />
・米・中・欧がAIの安全性ルールを大統領令などで発表して主導権を握ろうとする傾向が強まっているのに対し、各国でバラバラのルールが設定されることを避けるべく国連の傘下で（地球環境問題型の）交渉の場を設定すべきとの機運が高まっている</p>
<h4>５．AIの規制：国内ルールを検討中</h4>
<p>１）AI戦略会議で5月から議論され知的財産は主要議題の一つ<br />
２）知的財産戦略事務局が主導し「ＡＩ時代の知的財産権検討会」を開催中<br />
３）著作権問題・自律AIによる発明の審査基準などが議題となる</p>
<h4>６. 知的財産がAI開発に与える影響</h4>
<p>１）守秘契約・営業秘密管理を含む知的財産戦略→学習段階で内部情報の取込を行うこと<br />
が必要であり、一層知的財産管理とともに営業秘密・機密情報管理が強化されるべき<br />
２）AIの3要素<br />
データ/半導体/人材→特に、人材管理はヘッドハンティングによる頭脳流失による情報漏洩がリスクとして高まり、知的財産管理と密接に連携した総合的戦略が求められる</p>
<p>&nbsp;</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　後藤浩一さん　８６期</div>
<p>Ｑ：知的財産の売買に制約はあるか<br />
Ａ：特許・意匠・著作権は売買OK。地理的表示は地域に根差すものなので地域の団体が維持する。<br />
商標は会社の登記変更等、出所混同が生じない限りOK。制度の趣旨として譲渡ができないもの、製品の出所混同されるものを除き知的財産の移動は比較的自由にできる</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　山田和彦さん　７２期</div>
<p>Ｑ：動物についても育成者権はあるか<br />
Ａ：動物のバイオテクノロジーの新しい技術は特許で保護されている。植物は欧州で切り花や野菜の交配という昔ながらの方法で開発されてきた歴史に従って新品種登録制度ができた経緯があり、植物に限られており、動物育成者権はない。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　林敏弘さん　　７５期</div>
<p>Ｑ：育成者権の侵害について国際的な仕組みは<br />
Ａ：育成者権は植物新品種登録育成者権と言い世界約８０カ国が加盟するUPOV条約で守られている。UPOVはWIPO本部と同じ建物にあり２０名程のスタッフで加盟国の育成者権を守る条約管理を行っている。加えてWTOにできた知的財産ルールにも育成者権が含まれており実際にはWTO加盟国１５０か国で管理されている。各国の種苗庁に権利として登録されたものが加盟国で保護されるが、アジアの加盟国が少なく加盟を働きかけている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/12/東京六稜倶楽部講演高木最終版PDF.pdf">東京六稜倶楽部講演高木最終版PDF</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【249回】9月「粘膜を守って健康長寿を目指す」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6172</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Oct 2023 10:23:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[新藏 礼子さん＠92期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年9月20日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>83名（会場30名、Zoom53名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>新藏 礼子さん＠92期（東京大学定量生命科学研究所　免疫・感染制御研究分野　教授）</p>
<p>1986  京都大学医学部医学科卒業<br />
1986- 麻酔科医として病院勤務<br />
1992- 京都大学大学院医学研究科分子生物学の大学院生・研修員<br />
1999- Harvard Medical School, Children’s Hospital HHMI Research Associate<br />
2003- 京都大学大学院医学研究科寄附講座免疫ゲノム医学助手、講師、准教授<br />
2010- 長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部 生体応答学教授<br />
2016- 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 応用免疫学教授<br />
2017- 東京大学 定量生命科学研究所（旧分子細胞生物学研究所）免疫・感染制御研究分野教授</p>
<p>現在に至る</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『粘膜を守って健康長寿を目指す』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>コロナのパンデミックがようやく落ち着きを見せてきましたが、まだまだ感染者が順調に減るという状況ではありません。コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどのRNAウイルスは次々と変化するために、私たちの免疫をすり抜けていきます。しかし、敵と自分の免疫の働きを理解して日々の生活に気をつければ重症化を防ぐ事ができます。冬に向かってインフルエンザ感染も心配ですが、ワクチンにだけ頼るのではなく、自分を感染からどう守るのか、免疫の働きをわかりやすくお話しさせていただければと思います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>◆紹介者　平尾啓さんの言葉</h3>
<p>高校2年生の時、私をコーラス部に誘ってくれたのが今井礼子さん（新藏さん）でした。最初に楽譜の買い方を教えてくれたのも、コーラス部にうまく溶け込めるようケアしてくれたのも彼女でした。私を歌の世界に最初に導いたのが新藏さんです。オペラ歌手として今の私があるのも新藏さんのおかげといえます。高校時代の新藏さんは、抜群の頭脳力に加え、決断力・実行力・共感力・人間力・どれもとっても素晴らしい人でした。現在では、平日は東京大学で忙しい仕事をこなし、週末は関西のご家族の元に戻られる、大変な努力の人であり家庭人でもあります。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5226">東京六稜倶楽部 | 【オンライン特別講演】「オペラ歌手 ～自分の可能性を信じて～」 </a></p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5935">東京六稜倶楽部 | 【244回】「平尾啓　テノールコンサート」 </a></p>
<h3><strong>◆新藏さんの最初の挨拶　</strong></h3>
<p>平尾さん、過分なお言葉をありがとうございます。私は若い頃は自分のキャリアよりも家庭を優先してきました。30歳の時に一念発起して大学院の入学試験を受け、京大の<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%BA%B6%E4%BD%91">本庶佑</a>先生の元で研究生活を始めました。50歳前には子育ても一段落し、研究に打ち込むようになりました。今は家庭も顧みずに単身赴任をして、東京で大好きな研究をさせてもらっています。これは家族の理解と協力があってこそ成り立っていることで、いつも家族には心から感謝しています。私自身は病を抱えていますが、人生を全うしたいですし、これからお話しするような研究を続けて、それを広く世の中の人たちに知ってもらい、健康長寿の役に立ててもらいたいと願っています。</p>
<p><a href="https://www.naist.jp/gender/contents/message/interview_11.html">｜研究者インタビュー　新藏 礼子　教授｜NAIST 奈良先端科学技術大学院大学　男女共同参画室</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>1．冬を迎えるにあたって大切にしたい<span style="text-decoration: underline;">粘膜の免疫</span>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></h3>
<p>コロナやインフルエンザなどの感染症に対してワクチンは有効かもしれないが、もっと大切な事は自分で自分の体を守る力をつけること。それには粘膜をしっかり守ること。私は、病気にならないようにするには、健康な粘膜を持っていることが一番重要なことだと考えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1）粘膜のこと<br />
・口の中を覗いたとき赤い血液が透けて見える。これが粘膜組織。粘膜組織は身体の内側にある皮膚で、消化器官や呼吸器官など、身体の中を裏打ちしている。<br />
・身体の外側にある皮膚は細胞の多層構造をしており、多少傷ついても外部からの異物（ばい菌やウイルス）は容易に侵入できない。粘膜は、たった一層の内皮細胞構造しか持たないので、ほんの少し傷ついただけで外部から容易に異物が侵入してしまう。また、人は老化によって病気に対する抵抗力がどうしても衰えてくる。粘膜を守って、外からの異物の侵入をなるべく少なく押さえることが重要だと考える。<br />
・身体の粘膜の大部分は腸に集中している。腸の中にはたくさんの細菌が巣くっていて、この腸内細菌が食べ物を消化・分解して新しい代謝物を出す。代謝物は粘膜を通って身体の中に入って来る。代謝物には身体に悪い代謝物と良い代謝物がある。悪い代謝物は病気の原因となるが、良い代謝物は粘膜を強くして病気を防ぐ。<br />
・自分の粘膜を健康にすることと、腸内細菌叢を上手くコントロールすること－良い細菌叢を増やし悪い細菌叢を減らす－が健康長寿の秘訣といえる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2）免疫のこと</p>
<p>・侵入してきた抗原に対し、ヒトは二段構えの防御システムを持っている。生まれながらに備わっている<strong>自然免疫</strong>と、外部から侵入してきた抗原の情報を元に、新しく獲得する<strong>獲得免疫</strong>がある。以下は獲得免疫のうち、とくに抗体について解説する。</p>
<ul>
<li>抗原：免疫応答を引き起こす物。ウイルス・細菌・カビ・微生物・花粉など</li>
<li>抗体：生体内に侵入した異物（抗原）と特異的に結合して、その異物を生体内から除去する物質。</li>
</ul>
<p>・侵入してくる抗原が少ない場合は自然免疫で容易に撃退できる。この時、抗原の情報を元に、その抗原と特異的に結合できる新しい抗体を作り（獲得免疫）、同じ抗原の第2波攻撃に備える。獲得免疫の産生には時間がかかるため、一度に大量の抗原が入ってくると、自然免疫では対応できなくなり、獲得免疫の産生も間に合わず、症状が悪化したり、死に至ったりする。</p>
<p>・免疫を有効に活用するためには、侵入してくる外敵（抗原）をいかに減らすかが重要となる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>3）粘膜の免疫</p>
<p>・現在のワクチンは筋肉注射（筋注）を行うものがほとんどである。筋注は投与から20分程度で全身に行き渡る。ワクチンの筋注投与は、全身免疫系を活性化するが、粘膜免疫系を活性化する効果は無い。つまり体内に侵入してしまった抗原を撃退するのには有効だが、体外から新しく侵入してくる抗原（外敵）を防ぐ能力は強化されない。</p>
<p>・従って、今のところ外敵の侵入を防ぐのに有効なのは、マスク着用と手洗いとうがいを徹底すること。口から喉にかけての粘膜を少しでも清潔にしておけば、外からの抗原を大幅に減らすことができる。特に今年は新型コロナウイルスと季節性インフルエンザと、2つの感染症に備える必要がある。</p>
<p>・腸は皮膚の200倍の表面積を持つ。腸の表面は全て粘膜に覆われている。粘膜系免疫細胞の7割は腸に存在する。腸は物々交換を行う臓器で、栄養分の消化吸収を担う大切な器官だが、同時に、広い面積に渡り外敵にさらされている。腸では、生体防御の最前線として、たくさんの抗体や免疫細胞が働いて外敵の侵入を防いでいる。</p>
<h3>2.粘膜免疫で重要な役割を果たす抗体（ＩｇＡ）について</h3>
<p>1)ＩｇＡ（免疫グロブリンＡ）とは</p>
<p>・分泌液中の抗体タンパクの構造について。抗原を捕まえる腕が2本あるのがＩｇＧ（Ｙ字型抗体：単量体構造）、Ｙ字型がふたつくっついて腕が4本あるのがＩｇＡ（Ｘ字型抗体、二量体構造）、Ｙ字型がたくさんくっついた多量体構造をしているのがＩｇＭ。腕が多いほど相手をブロックする力が強い抗体といえる。</p>
<p>・ＩｇＧは血液に含まれていて全身を巡って作用するのに対し、ＩｇＡは全身の粘膜の内側と外側で作用し、異物（抗原）を排除する働きがある。</p>
<p>・生まれてすぐの赤ちゃんはＩｇＡ抗体を上手く作れない。お母さんから母乳をもらうことでお母さんのＩｇＡをもらう。人工乳にはＩｇＡ抗体は含まれていない。</p>
<p>・ＩｇＡは体内で最も多く産生される抗体タンパク。</p>
<p>・ＩｇＡは抗原特異性が広く、一つの抗体で数種類の異物に対応できる。</p>
<p>・ＩｇＡは腸の中の常在菌に含まれる悪玉菌を排除するが善玉菌は排除しない。（新事実）</p>
<p>・ＩｇＡやＩｇＭはＩｇＧよりも抗原に対する結合力や中和活性が強い。自然界では粘膜のＩｇＭは産生量が少ない。従って、外敵に対して粘膜で最も感染防御力を発揮しているのはＩｇＡ抗体と言える。</p>
<p>・抗体には主に3つの働きがある。（<a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%82%82%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%82%88%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8B-%E5%85%8D%E7%96%AB%E5%AD%A6-%E5%AE%9F%E9%A8%93%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E5%88%A5%E5%86%8A-%E6%B2%B3%E6%9C%AC-%E5%AE%8F/dp/4758122008/ref=sr_1_1?adgrpid=122618186624&amp;hvadid=667931362210&amp;hvdev=c&amp;hvqmt=e&amp;hvtargid=kwd-333941579483&amp;hydadcr=26384_11771781&amp;jp-ad-ap=0&amp;keywords=%E3%82%82%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%82%88%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%8B%E3%82%8B%E5%85%8D%E7%96%AB%E5%AD%A6&amp;qid=1696126302&amp;sr=8-1">もっとよくわかる!免疫学</a>より）</p>
<ul>
<li>毒素の中和と感染阻害：抗原（毒素）が細胞にとりつく前に囲い込んで無害化する。</li>
<li>オプソニン化：抗原に印をつけて（味付けして）貪食細胞が抗原を見つけやすくする。</li>
<li>補体活性化：抗原にとりついて、血液中の補体を呼び寄せる。補体が抗原を穴だらけにして無害化する。補体とは抗体の免疫反応を媒介するタンパク質の総称。補体が抗体の働きを補完する。</li>
</ul>
<p>・抗体は抗原を見つけて結合することで抗原を無力化・破壊する。良い抗体の条件とは、抗原を正しく見極めて、抗原としっかり結合すること。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2）獲得免疫系の抗体について（免疫応答の仕組み）</p>
<p>・獲得免疫系はＢ細胞とＴ細胞というリンパ球が担う。Ｔ細胞は免疫の司令塔としての働きを備え持つ。体内に抗原が入ってくると自然免疫から情報を受けてＴ細胞が活性化され、その指令を受け、Ｂ細胞が新しい強い抗体を作ろうとする。</p>
<p>・一つのＢ細胞は一つの抗体しか作れない。</p>
<p>・Ｂ細胞は細胞の表面にアンテナが出ていて、それが抗原受容体で抗原を認識する。鍵と鍵穴のように抗原と抗原受容体の形が合うと、抗原をしっかり捕まえることができる。</p>
<p>・Ｂ細胞は、抗原の情報を元に、自らの遺伝子情報を組み替えて－遺伝子変異を起こして－抗原受容体をランダムに作成する。その多くのバリエーションから強く抗原に結合する抗体が選択されると、そのＢ細胞は、抗体を作り出すことに特化した抗体産生細胞に最終分化し、抗体タンパクを大量に作って外に放出し始める。</p>
<p>・ワクチンを体内に入れてから抗体ができるまで2～3週間かかる。</p>
<p>・抗原に対する抗体の強い結合力は、抗体遺伝子に突然変異が入ることで生まれる。</p>
<p>・ワクチンにはこの突然変異を活性化させる働きがある。</p>
<p>・ワクチンを2回3回と追加投入することで（ブースト）、抗体の濃度が飛躍的に上がるし、学習が進んで、より強い結合力をもつ抗体を手に入れることができる。</p>
<p>・遺伝子の突然変異には癌化のリスクが伴う。Ｔ細胞は変異を起こさない。Ｂ細胞はリンパ節の中の胚中心でしか突然変異をおこさないよう厳しく制御されている。</p>
<p>・身体に抗原がはいるとリンパ節の中で盛んに新しい抗体を作り始める。病気になったとき、熱が出て首のぐりぐり（リンパ節）が腫れるのは、まさに新しい抗体を作っているから。</p>
<p>・ヒトの遺伝子情報は世代が変わらない限り変わることはないが、ヒトの個体の中ではＢ細胞が積極的に遺伝子変異を起こし、ウイルスの遺伝子変異に対抗している。（ミクロの戦士たち）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>３）強いＩｇＡ抗体を持つことが重要</p>
<p>・ＩｇＡには強いＩｇＡと弱いＩｇＡがある。</p>
<p>・先に述べたように、遺伝子突然変異が入ると強いＩｇＡ抗体ができる。突然変異を起こせるマウス（強いＩｇＡを持てるマウス）と起こせないマウス（弱いＩｇＡしか持てないマウス）を用意して、コレラ毒素を使った実検を行った。</p>
<p>・コレラワクチンを投与すると、強いＩｇＡをもつマウスの生存率は上がるが、弱いＩｇＡを持つマウスはそれほど生存率が上がらない。つまりワクチンによって抗体ができても、抗体が弱いとしっかり防御できない。</p>
<p>・次に、コレラ抗体を持たないマウス（コレラワクチン未接種で、コレラ毒素に対抗する抗体を検出できないマウス）を用意してコレラ毒素を投与すると、強いＩｇＡを持つマウスにはコレラ毒素に対する抵抗力が確認された。これはもともと持っているいろいろな種類の強いＩｇＡが交差反応してコレラ毒素を撃退したと考えられる。</p>
<p>・私たちは、もともと持っている抗体を自分の身体の中でしっかり教育して（強くして）、変異するウイルスに備えておくことが大事。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>４）コロナワクチンとインフルエンザワクチンの難しさ</p>
<p>・ウイルスにはＤＮＡウイルス（天然痘など）とＲＮＡウイルス（エイズ、インフルエンザ、新型コロナ）がある。</p>
<p>・ＤＮＡウイルスは遺伝子変異を起こさないので、一度ワクチンを投与すると終生免疫を得ることができる。</p>
<p>・一方ＲＮＡウイルスは遺伝子変異を起こすので、そのたびに新しい免疫が必要となる。</p>
<p>・ウイルス変異にはドリフト変異（小さな変異：抗原連続変異）とシフト変異（大きな変異：抗原不連続変異）がある。ウイルス遺伝子の抗原性ドリフトが起こると、変異前に有効だったＩｇＧでは全く対抗できなくなるが、ＩｇＡやＩｇＭは大きな構造体なので、ある程度対抗できる。ところが抗原性シフトが起こると、元の抗体では全く太刀打ちできなくなる。この場合、ウイルスの遺伝子変異と新しいワクチン開発のイタチごっこが起こる。</p>
<p>・ＲＮＡウイルスは変異し続けるので、ワクチンの効果が長続きしない。変異に合わせた完璧なワクチンを作るのはとても難しい。</p>
<p>・ＲＮＡウイルスに対抗するには、ワクチンだけに頼らず、自分で自分を守る行動が必要。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>５）新型コロナのこと</p>
<p>・新型コロナウイルスは抗原性シフトを起こしてきた。新型コロナは、アルファ型・ベータ型・オミクロン型などと、どれも新型コロナという名前を持つが、遺伝子的には別物のウイルスが短い期間に発生し、それぞれに対抗する時間が足りなくてパンデミックが発生した。</p>
<p>・それでも、後になるほど亡くなる人が徐々に減っていったのは、自分で自分を守る行動（マスク・手洗い・うがい）に効果が出ていたことと、最初に投与したワクチンによって、かなり強い抗体を手に入れていたからだと考えられる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．腸内細菌がなぜ重要か</h3>
<p>1）腸内細菌について</p>
<p>・細菌を分類したとき、最も上位に分類できる階級は“門（phylum）”。世の中には約70の門があるが人の腸に住み着くのは4つの門を中心に限られた種類だけ。</p>
<p>・腸内細菌は、空気に触れると死滅する嫌気性細菌なので、培養による研究ができず、これまであまり解明されてこなかった。最近になって腸内細菌の遺伝子ゲノム配列が高速で解読できるようになり腸内細菌の研究が進むようになった。それでも実際に培養してみないと分からないことは多い。嫌気性細菌を完全培養できるような新しい実検技術の発明が待たれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2）善玉菌と悪玉菌</p>
<p>・腸内細菌は私たちが食べたものを取り込んで分解したり、栄養素を新しく合成したりする（代謝）。私たちはその代謝物を身体の中に取り込む。悪玉菌の代謝物が病気の原因になることがある。いつもと同じものを食べても悪玉菌が多い時は病気になったりするし、身体に良い物だと思って食べていても、悪玉菌が多ければ、身体に良くない物に変わってしまう場合もある。</p>
<p>・動物は皆、腸内細菌の助けを借りて生きている。</p>
<p>・赤ちゃんは無菌状態で生まれてくる。赤ちゃんは生まれた瞬間から、外からの細菌を獲得する。細菌は体内に増殖し定着する。この時期に得る腸内細菌叢は一生変わらないものが多い。</p>
<p>・腸内細菌叢は安定していて、口から入れただけの通過菌は定着しない。</p>
<p>・腸内細菌叢のバランスが乱れて悪玉菌が優勢になると、たくさんの悪い代謝物が身体に入って病気を引き起こす。</p>
<p>・赤身の肉を食べたとき、悪玉菌が多いと動脈硬化を引き起こしやすくなる。</p>
<p>・若い男性に多い炎症性腸疾患（ＩＢＤ）は、日本人にはほとんどみられなかった病気で、当初は欧米人の病気だと思われていた。しかしこの30年、日本でもＩＢＤ患者が急増している。ＩＢＤ発症のしやすさは、人種による遺伝子の違いが原因ではなくて（遺伝子要因）、日本人の食生活が欧米化することと、抗生物質の影響で腸内環境が大きく変わってしまったからだと考えられる。（環境要因）</p>
<p>・乳化剤（増粘剤）はごくありふれた食品添加物だが、腸内細菌によって腸炎やメタボの原因になる。</p>
<p>・ノンカロリーの人工甘味料は、腸内細菌の影響を受けて、継続的に摂取すると耐糖能異常となり糖尿病を引き起こす。腸内細菌の違いにもよるが、健康な人でも人工甘味料は有害であることが分かっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>3）長寿のために私たちができること（腸内細菌を意識して食べる）</p>
<p>・ＩｇＡ抗体は加齢により反応性が衰えてくる。境目は55歳ぐらい。</p>
<p>・私たちが食べるものが腸内細菌のエサとなり腸内細菌が代謝物を出す。悪玉菌の代謝物が病気の原因になる。反対に、善玉菌をふやすと免疫力が上がる。善玉菌は短鎖脂肪酸を作り出す。近年、ＩｇＡの産生には短鎖脂肪酸の刺激が重要であることがわかってきた。この善玉菌が大好きなのが食物繊維。</p>
<p>・伝統的に食べられてきた発酵食品には善玉菌を増やす力がある。中でも植物性発酵食品には、善玉菌と食物繊維の両方が豊富に含まれている（ぬか漬け・キムチ・ザワークラウト）。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4．本日のまとめ</h3>
<p>・手洗い、うがいをしよう！</p>
<p>・見えない敵を意識して粘膜を守ろう！</p>
<p>・普段、私たちが意識することなく、腸管のＩｇＡは腸内細菌をコントロールしている。</p>
<p>・強いＩｇＡを作って、腸能力を高めよう！</p>
<p>・バランスの良い食事を摂ろう！（添加物はなるべく控える。伝統発酵食品を活用、おなかの声を聴いて自分に合う物を選ぶ）</p>
<p>・喉、肺、腸などではミクロの戦士たちが外敵と戦っている。（ＩｇＡ，樹状細胞、Ｔ細胞、Ｂ細胞など）</p>
<p>・ミクロの戦士たちが元気で働けるように、良い食生活と良い睡眠を心がけよう！</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5．最後に・・・ＩｇＡ抗体の研究について</h3>
<p>・私は、病気にならないようにするには、外からの敵を防ぐような健康な粘膜を持っていることが一番重要なことだと考えてＩｇＡ抗体の研究を続けている。粘膜免疫系（ＩｇＡ）に直接働きかけるワクチンは、世界中で研究されているがいまだ十分な効果があるものはできていない。</p>
<p>・私は身体の中の免疫系を直接コントロールするのではなく、身体の外から、腸内細菌叢のバランスを改善して強いＩｇＡ抗体の産生を促すような薬の開発を目指している。</p>
<p>・人間の健康を維持増進し疾病を予防する医療の推進と普及を目指し、<strong>ＩｇＡ抗体医療学会を立ち上げた</strong>。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　山田和宏さん　72期</div>
<p>Ｑ：大腸を内視鏡カメラで検査するために大腸を洗浄しました。検査後、おなかの調子がどうも良くありません。大腸を洗浄したことで、腸の中の細菌が失われてしまったのでしょうか？<br />
A:腸内細菌が洗い流されて腸内環境が悪化した可能性は十分あります。何ともない人もいますし、面白いことに、逆に腸内環境が改善する人もいます。重要なのは腸が空になった後、次に何を入れるかです。抗生物質を摂取すると腸内細菌叢のバランスがめちゃめちゃに破壊され、同じようなことが起こります。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　上田博唯さん　77期</div>
<p>Ｑ：抗生物質はできるだけ使わない方がいいということでしょうか ?<br />
Ａ：抗生物質は感染症の治療になくてはならない物で、決して悪い物ではありません。もし抗生物質を飲まなければならなくなったら、病院で整腸剤を一緒に処方してもらって下さい。それによって腸の中の細菌叢を守ることができます。<br />
腸内細菌が知られていなかった頃の話ですが、私の父は、私が抗生物質を飲むときには一緒にビオフェルミンＲを処方していました。そのおかげで、抗生物質を飲んでも、私はおなかの調子が悪くなったことはありませんでした。<br />
整腸剤は、新ビオフェルミンＲやミヤＢＭ錠など、ご自分の身体に合った物をお勧めします。ビオフェルミンには「ビオフェルミン」と「ビオフェルミンＲ」がありますが、Ｒの方は抗生物質を飲んでも死なない腸内細菌が含まれていますので、抗生物質を摂取する時は、「ビオフェルミンＲ」が良いと思います。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">岡本元さん　91期</div>
<p>Ｑ：生のすりニンニクでは、腸内細菌が減りますか？<br />
Ａ：それは実験してみないとわかりません。</p>
<p>Ｑ：花粉症の対応までやっておられるのですね、花粉症にはビオフェルミン効くのではと思っていました。<br />
Ａ：それも実験データがないのでわかりません。科学は実験ありきと思っています。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">広本治さん　88期</div>
<p>Ｑ：まさに本日このあと7回目のワクチン（ＸＢＢワクチン）をブースト摂取します。ＸＢＢはドリフトなのですかシフトなのでしょうか？<br />
Ａ：ＸＢＢはオミクロン株の小さな変異（ドリフト）に対応する物です。</p>
<p>Ｑ：私はワクチンを打っても、アレルギーもなく副反応もほぼないのですが、コロナワクチンの追加接種（ブースト）を続けても大丈夫でしょうか？<br />
Ａ：最初に強いワクチンを打ったなら、あとは粘膜を守って健康に暮らしていれば、変異するコロナウイルスに対してもある程度の防御力が備わると、私は考えています。<br />
コロナワクチンのように、筋注して得られる抗体は、一つのウイルスにしか効きません。ですからウイルスが変異を起こしたら、そのたびに新しいワクチンが必要になります。コロナウイルスの変異サイクルは短いので、提供されるＲＮＡワクチンは完璧ではありません。<br />
コロナワクチンは筋注によって体内に直接ワクチンを投与します。お示しできるデータは無いのですが、この時、身体は総力を挙げてＩｇＧ抗体を作ろうとします。そうするとコロナウイルスに対する防御力は高くなりますが、このウイルスがちょっとでも変異を起こすと元のＩｇＧ抗体では防御できなくなりますし、同時に別のウイルスが入ってきたときに対抗する余裕がなくなり、結果的に全身免疫系の防御力が低下します。<br />
粘膜抗体系は、筋注で投入するワクチンでは活性化されず、すぐにＩｇＡ抗体を作ることはできません。しかし数ヶ月たつと、徐々に防御力が上がっていきます。これは、粘膜免疫系が自分で学習してＩｇＡ抗体を作るのかもしれません。ＩｇＡ抗体はウイルスの変異にある程度対抗できます。また全く別のウイルスが入ってきてもある程度の免疫力を発揮することは、コレラ毒素のマウスの実験のところでお話した通りです。普段から強いＩｇＡ抗体を粘膜に持つことが重要です。<br />
通常の免疫療法では、追加のワクチンは徐々に量を減らして投与していきます。ところが日本ではコロナワクチンは毎回同じ量を投与しています。また、海外でもこれほど頻繁にコロナワクチンを追加接種している例は聞きません。<br />
コロナワクチンは人によっては強い副反応が出ます。強い副反応が出るということは、ワクチンが自分の身体に合っていないということです。副反応が出ない方でも、本当に追加接種が必要なのか、各人でよく考えて判断して頂きたいと思います。</p>
<p>Ｑ：コロナワクチン接種後の死因に示されていた「血管系障害」が気になりました。具体的にはどのような兆候が出るのでしょうか？<br />
Ａ：ｍＲＮＡワクチンは長く研究されてきましたが、実用化されたのは新型コロナワクチンが初めてで、このワクチンが無ければもっとたくさんの人が亡くなっていたのは事実です。ただ未だ解明されていないことも多く、ワクチン摂取後の死因になぜ「血管系障害」が一番多いのか、まだよく分かっていません。細かい兆候は分かりませんが、コロナワクチンの投与後に亡くなった方の病理解剖をすると、心筋が溶けていたそうです（横紋筋壊死）。ワクチンを注射した後、上腕の筋肉が固まるように、心臓の筋肉が固まる症例も聞いています。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">羽田光明さん　78期</div>
<p>Ｑ：免疫はウイルスに対応していると認識していましたが，毒素にも対応するのですか？<br />
Ａ：毒素（外毒素）に対する抗体（抗毒素）はあります。免疫血清と呼ばれ毒素を中和する働きがあります。基本的に毒素は変異しませんので終生免疫が得られます。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">雫石 潔さん 75期</div>
<p>Ｑ：私は、40歳の時にインドに出張しだして、4回続けて酷い下痢になり、これはうがい手洗いしかないと考え徹底しましたら、あるとき風邪を引かなくなったことに気づきました。それで長く健康で来たのですが、あまり清潔にし過ぎると免疫を鍛えられないのではと思うのですが、免疫の鍛え方はどの程度すればよろしいのでしょうか。<br />
Ａ：うがい手洗いを続けてください。その効果は異物を減らすだけで清潔にしすぎることにはなりません。つまり、少しずつ敵の情報は免疫系に伝わっています。マスクをすることで少しずつ入るべき抗原が入ってこない、という議論もあるようです。これからも健康でお過ごしください。</p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/10/20230920東京六稜倶楽部.pdf">20230920東京六稜倶楽部</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【250回】10月「万博で変わる未来社会――2025年　大阪・関西万博の今」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6135</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6135#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Oct 2023 08:39:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6135</guid>
		<description><![CDATA[尾崎 裕さん＠80期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年10 月11日（水）11時35分～12時50分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>44名（会場31名、Zoom 13名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>尾崎　裕さん＠80期（大阪ガス株式会社　相談役）<br />
1950年生まれ、兵庫県出身。<br />
1972年に東京大学工学部を卒業し、大阪ガス株式会社に入社。<br />
2008年4月に大阪ガス社長、2015年4月に会長に就任。2021年1月から相談役。<br />
2015年12月に大阪商工会議所会頭に就任したほか、2025年日本国際博覧会協会副会長などを務めた。<br />
2022年7月より一般社団法人 2025年日本国際博覧会大阪パビリオン（2023年10月に公益財団法人となる予定）顧問を務めている。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『万博で変わる未来社会――2025年　大阪・関西万博の今』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>2025年大阪・関西万博の開幕まで1年半を切りました。大阪の人にとって思い出深い1970年大阪万博では、未来の夢の技術やシステムが展示され、その多くがのちに実用化され、新しい商品・サービス、ビジネスとして国内外に普及しました。今回の万博でも、あとから振り返って、「あの時、あんなことがあった」「あのことが今につながっている」と実感できる、そういうレガシーがどんな形で生まれてくるのか今から楽しみです。六稜の皆様のふるさと・大阪も万博を機に大きく変わっていきます。2025年万博の「今」と、万博で変わる未来社会についてご紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>◆はじめに</h3>
<p>高校時代の記憶にあるのは、友人との楽しい語らいや、透明度の低いプールで秋まで続いた水泳、淀川堤防での「断郊競走」のしんどかったこと、放課後、十三や梅田の街を徘徊したことなどで、授業の中身については何ひとつ覚えていません。試験勉強も、もっぱら「一夜漬け」でしたが、振り返れば、本当に自由な校風だったと思います。</p>
<p>このときの経験から、「一夜漬け」には思わぬ効果があることを学びました。社会人になってからでも、納期や締め切りに追われ、プレッシャーがかかった時ほど「いい仕事」ができるというのは、皆さんも経験のあることだと思います。人間がやることには「納期」や「締め切り」といったものが絶対に必要になります。</p>
<p>こういう話をしますのも、今日のテーマである万博が2025年の開幕まで550日となった今、聞こえてくるのが、「会場建設に遅れが目立つ」とか「準備は間に合うのか」といった報道ばかりですので、皆様も、さぞや心配され、ヤキモキされているに違いないと思ったからです。確かに、建設資材の高騰や人手不足で海外パビリオンの建設準備がなかなか進まないなど、いろいろと難しい問題はありますが、人間は追い込まれると、信じられないような力を発揮します。「一夜漬け」の効果です。国も自治体も企業も、文字通り、背水の陣で、総力を挙げて準備を進めていますので、2025年４月の「納期」は必ずや守られます。ご安心ください。知らんけど・・。</p>
<h3><strong>◆1970年大阪万博の衝撃　</strong></h3>
<p>・開催から半世紀経った今でも、日本で万博と言えば、必ずと言っていいほど引き合いに出される1970年大阪万博、それは驚くべき集客力と求心力を持った、まさにモンスターイベントでした。330haに及ぶ会場に、1日平均35万人、ピーク時には1日84万人、半年間の開催期間に延べ6400万人を超える来場者を集め、「民族大移動」と呼ばれる社会現象を起こしました。</p>
<p>・会場は人で溢れ返り、炎天下、人気のパビリオンの前に何時間も長蛇の列ができる様子は、大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」をもじって、「人類の辛抱と長蛇」と言われるほどでした。パビリオンに入場すると、テレビ電話やコンピューター、ロボット、レーザー光線、電子音楽、はては「人間洗濯機」まで、人々が初めて遭遇する、衝撃的なモノや体験が待っていました。そこで展示・実演された技術やシステムのほとんどが、日本で初めて開発されたり、導入されたりしたものばかりでした。そして、その多くが後に実用化され、新しい商品やサービス、ビジネスとして社会に広まりました。</p>
<p>・このように、万博で展示された新しい技術やシステムが、その後の人々のライフスタイルやビジネスモデル、価値観や文化に大きな変化をもたらした訳ですから、70年万博は、世の中の潮流を大きく変えた、まさにゲーム・チェンジャーでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>◆変革期のさなかに開催される2025年大阪・関西万博　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong></h3>
<p>・それから半世紀、世界は大きな変革の波に晒されています。情報分野を中心とした技術の進展により、世界各地の結びつきが強まり、結果として地球は相対的に年々小さくなっているような気がします。そのことで逆に、国や地域間の利害対立がより先鋭化し、分断・衝突が相次いでいるようにも見えます。また、小さくなった地球の環境は、経済活動など人間の営みの影響をより強く受けるようになり、世界が経済活動と地球環境のバランスをどこに求めるのかを懸命に模索しています。</p>
<p>・時期を同じくして、コロナによるパンデミックが起こり、働き方や暮らし方を大きく変える必要性が高まり、人々の間に、もうコロナ以前には戻れない、コロナ後は全く違う世界になる、という認識が急速に広がりました。</p>
<p>・このように世界の枠組みが大きく変化しつつあり、その変革期のさなかに開催されるのが2025年の万博です。それだけに、今回の万博には、世の中の大きな変化を見据え、新しい社会の在り方を探り、世界に向けて発信して行くことが期待されます。</p>
<h3><strong>◆大阪・関西万博で何をどう変えるか</strong></h3>
<p>・そうした時代認識を踏まえ、2025年大阪・関西万博を通じて、私たちの暮らしやビジネスの何がどう変わるのか、あるいは、何をどう変えて行くのか、次の3つの視点から考えてみたいと思います。</p>
<h4>①<strong>サステナビリティを意識し、行動を変える</strong></h4>
<p>・1つ目は、「サステナビリティを意識し、人々の行動を変革する」ということです。</p>
<p>人類が消費する資源が大幅に増加したことで、消費による環境への影響や貧富の格差など、解決が難しい社会課題を抱えることになり、世界全体がSDGsに向かって行動を変革せざるを得なくなっています。2025年万博でも、SDGsの達成に向け、様々な取り組みを実験、実証し、未来の消費行動を変えて行くことを目指しています。</p>
<p>・例えば、環境面では、万博会場全体のCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現に取り組み、アンモニア発電や水素発電、メタネーションなど、最新技術を使った実証事業を行なうほか、廃棄物を再利用する循環型システムなどを活用します。また、「フードロス」をなくすという点からは、食材を残さず使い切る「サステナブルレストラン」等の出店を増やし、生ごみの排出量を減らして、世界の消費文化のあり方を変えるきっかけにする必要があります。さらには、万博会場の建物の建設についても、会期終了後、解体・撤去される構造物などを最大限再利用できるよう、リユース可能な木材を多用するなど、環境への配慮がなされています。</p>
<h4>②<strong>リアルとバーチャルの融合でビジネスや産業を変える</strong></h4>
<p>・2つ目は、デジタル化による社会変革、中でも、「リアルとバーチャルの融合で、暮らしやビジネスを変える」ということです。</p>
<p>デジタル化やAIの進展によって、大量・高速のデータ処理が可能となり、これまではできなかった予測やシミュレーションなどが格段に速く、正確に、そして簡単にできるようになりました。また、情報発信の担い手も、マスメディアからSNSなどの個人へと、主役が交代しつつあるように思います。</p>
<p>・2025年万博は、バーチャル技術が大きな役割を果たす初めての万博になります。1970年万博に比べて会場面積は半分ですが、サイバー空間にバーチャル空間を取り込めば、会場の面積を無限に拡大することも可能です。また、リアルとバーチャルの融合をはじめ、デジタル化、IT化、さらにはAIの進化が生み出す様々な事象や影響をいろいろと試してみることができるのも、今回の万博の面白いところです。コロナ下で蓄積したデータも活用しながら、万博を新しい形の社会実験を行なう「場」にする必要があります。</p>
<p>その上で、バーチャルに飽き足らず、リアルの会場に「行って、見て、触って、体験する」ことの価値はどこにあるのか、それを検証することも今回の万博の重要な役目となります。</p>
<h4>③<strong>大阪・関西をワールドクラスの都市・地域に変える</strong></h4>
<p>・3つ目は、「万博を通じて大阪・関西をワールドクラスの都市や地域に変える」ということです。</p>
<p>とにかく、万博開催を機に大阪・関西の魅力を世界に知ってもらうことが大切です。例えば観光客に、まずは万博会場のバーチャル空間で大阪を体験してもらい、その後、大阪の街に繰り出してリアルに楽しんでもらいます。そこで、観光客が大阪の本物の「おいしさ」や「面白さ」に出会うことができれば、大阪の街の魅力は一段と高まることになります。そのような体験を通じて大阪の魅力を知った人は、やがて、大阪を何度も訪れるリピーターや、大阪に実際に住んで暮らす定住者、あるいは、SNSを使って大阪の「推し」を世界中に広めるインフルエンサーになってくれるのではないでしょうか。</p>
<p>・観光のほかにも、ビジネスや学術・研究、文化・芸術、「食」や「笑い」「スポーツ」を含めたエンターテインメントなど、大阪・関西には世界に通用する高いポテンシャルがあります。これらあらゆる分野において、大阪・関西がワールドクラスの魅力あふれる都市・地域へと進化、発展するための様々な仕掛けを、万博開幕に向けていろいろと考え、実践して行くことが求められています。</p>
<h3><strong>◆大阪・関西万博を大阪・関西発展の起爆剤に</strong></h3>
<p>・これら3つの視点、即ち、「サステナビリティ」「デジタル化」「大阪・関西のまちの魅力向上」という点を意識して、万博を通じて、時代の変革を推し進め、新しい社会の在り方を探索、発信して行きたいと思います。</p>
<p>大阪万博が開かれた1970年、関西のGRP（域内総生産）は、日本のGDPの20％を占めていましたが、その後は成長が鈍化し、現在は15％強の水準で、40％弱を占める首都圏との差が開いています。それだけに、今回の2025年万博に期待するところは大きく、万博をスプリングボードにして、関西経済の力強い復活と新たな成長、発展につなげて行きたい、そのような思いを一層強くしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>◆変貌する大阪のまち</h3>
<p>皆様も東京暮らしが長くなりますと、生まれ育った大阪のまちが最近、どんなふうに変わっているか、あまりご存じないのではないでしょうか。</p>
<p>・うめきた</p>
<p>うめきたは、かつて国鉄・梅田貨物駅があったJR大阪駅北側で大規模な再開発が進んでいます。このエリアの一角、北野芝田町に府立北野中学がありましたが、貨物ヤードの拡張と機関車の煙害のため、1931年（昭和6年）、北野中学は淀川の対岸にある十三の地に移転しました。2002年から1期・2期に分けた再開発プロジェクトが始まり、「うめきた1期」では2013年、「グランフロント大阪」として街開きしました。2027年の全面開業に向けて開発が進む「うめきた2期」の特徴は、一等地の中心部に設けられる世界最大級の広さを持つ都市公園です。エリアの名称も「グラングリーン大阪」に決まりました。また、今年3月にはJR大阪駅に新たな地下乗り場「うめきたエリア」が開業し、関西国際空港からン大阪」の街開きが一部先行して行われます。</p>
<p>・ミナミ</p>
<p>ミナミは、「食」と「エンターテインメント」の街として復権を目指します。近年はターミナル周辺の開発が進み、2003年以降、「なんばパークス」、「あべのハルカス」、「なんばスカイオ」と、オフィスを含めた複合商業施設が相次いでオープンしています。日本初進出のタイの高級ホテル「センタラグランドホテル大阪」も開業しました。難波駅前には、2025年には6000ｍ<sup>2</sup>の一大歩行者天国が誕生します。かつて日雇い労働者の街であった「新世界」も、星野リゾートが観光ホテル「OMO７（オモセブン）⼤阪新今宮」を開業するなど、大阪の魅力発信に一役買っています。</p>
<p>・十三</p>
<p>我らが「十三」では、阪急電鉄が、2031年に十三と新大阪駅を結ぶ「新大阪連絡線」と、十三と大阪駅を結ぶ「なにわ筋連絡線」の２路線を開業します。2031年には、大阪市の中心部を北に貫き、JR西日本と南海電鉄が列車を走らせる「なにわ筋線」が開業し、十三と関空の間に直通列車を運行することができます。これを見越して、早くも、タワーマンションや学校、商業施設等からなる巨大複合施設の建設計画が進んでいます。十三の街はファミリータウンとしての色合いが濃くなっていくものと思われます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>◆おわりに</h3>
<p>2025年の万博開幕に向けて、今後も、あらゆる準備を着実に進めて行くとともに、国内外の機運醸成にも努めてまいりたいと思います。2025年万博が、企業や社会が未来に向けて力強くチャレンジする「希望の光」となり、大阪・関西の今後の飛躍的な発展の起爆剤になることを期待しています。</p>
<p>万博はオリンピックのような競技会ではなく、国際見本市でもなく、その本質はあくまでも「お祭り」です。楽しくなければ万博ではありません。東京六稜倶楽部の皆様も、ぜひとも楽しみにして頂き、奮ってご参加頂きたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　石垣具子さん　69期</div>
<p>Q：　キャラクターのミャクミャクについて教えて下さい。<br />
A：　ミャクミャクは「いのち」のもととなる細胞（赤）と水（青）をデフォルメしたデザインです。賛否両論ありましたが、「キモかわいい」と受け入れられてきています。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　家正則　80期</div>
<p>Q：　万博の話からずれますが、サステナブルな未来を見据えたエネルギー供給戦略では、天然ガス、メタンハイドレート、原発、太陽光・風力発電などの将来をどうお考えかお聞かせいただけますか？</p>
<p>A：　2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、カーボン（化石燃料）を使わない原子力・太陽光・風力、水素などをエネルギー源とする方法や、発生したCO2を地下などに貯めて大気中に放出しないようにする方法、CO2を回収して再利用する方法などがあります。先進国では前者の開発が進められていますが十分でなく、後者は現存する施設設備を使えるというメリットがあり、後進国での実行可能性も考えると、カーボンニュートラルへの移行期には、確実にCO2削減が見込まれる他の化石燃料からの天然ガスシフトや天然ガスの高度利用も、現時点では現実的なアプローチと考えています。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">広本浩さん　88期</div>
<p>Q：　宇宙戦艦ヤマトのアニメでは人類滅亡まで200日との場面となっており大変です。万博の成功の指標としては何を考えているでしょうか？</p>
<p>A：　商業的には入場者数が目標を越え、イベントとして黒字になり、税金の追加投入が不要となることが成功の一つの指標となります。70年万博は黒字でしたが、もっと長期的に考えれば、万博で生まれたものが10年後の社会に活かされていることが成功の証になるのではと思います。70年万博と違って、新技術での物つくりというよりは、バーチャル技術の活用、待ち時間の低減、温暖化対応など、ソフト面を支える技術や仕組みの開発が期待されます。なお、2025年万博には、ヤマトでなくガンダムが登場する予定です。</p>
<p style="text-align: right;">記録：講演原稿より：家正則（80期）、講演者修正済み</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/10/20231011_東京六稜倶楽部講演（PowerPoint）1010.pdf">20231011_東京六稜倶楽部講演（PowerPoint）1010</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【オンライン特別講演】9月「西芳寺庭園の枯山水に魅せられて、世界へ」</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Sep 2023 04:02:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[小林 竑一さん＠76期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年9月2日（土）14時～15時30分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>Zoomによるインターネット中継</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>39名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>小林 竑一さん＠76期　(アーバンデザイナー、ランドスケープアーキテクト)</p>
<p>1945年 疎開地の鳥取県生まれ、その後大阪へ</p>
<p>1964年 大阪府立北野高校卒業</p>
<p>1968年 京都大学農学部卒業</p>
<p>1969年 カナダのバンクーバーへ技術移民</p>
<p>1972年 アメリカ、カリフォルニア大学バークレー校大学院卒業後、アメリカの大学で教鞭と取る</p>
<p>1978年 シアトルで計画・設計事務所開設。アメリカ、中国、中東、インドなどで大規模開発プロジェクトのマスタープラニング、プロジェクトプラグラミングを手掛ける現在 アメリカワシントン州シアトル在住、日本庭園の設計、開発プロジェクトを手掛ける</p>
<p>アーバンデザイナー、ランドスケープアーキテクトとして、米国ワシントン州シアトルに拠点を置き50年以上実務に就いてきました。</p>
<p>現在はシアトルを拠点とする「小林デザイン」の代表として主に市民団体を支援するボランティアをしています。</p>
<p>1945年に母の疎開先の鳥取で生まれ、その後大阪に家族とともに戻りました。北野高校で3年間を過ごし、1964年に京都大学に進みました。京都大学では日本庭園と日本の最新の造園について5年間学び、日本庭園、歴史、文化への関心を広げました。</p>
<p>1969年にカナダのバンクーバーに技術移民として赴き、カリフォルニア大学バークレー校大学院で修士号を取得し、アメリカ各地の大学で教鞭をとりました。また、中国の蘇州、上海、深圳で5年余り計画と設計のディレクターをし、中東諸国およびインド周辺の大規模開発プロジェクトのマスタープラニング、ブラン二ング、プロジェクトプログラミングを手がけました。</p>
<p>2004年には、ワシントン大学に所属していたことで国際日本庭園協会と東京日本庭園協会と協力して、シアトルで第4回国際日本庭園シンポジウムを主催する機会を得ました。</p>
<address style="padding-left: 30px;"><em> </em></address>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td>「<strong>西芳寺庭園の枯山水に魅せられて、世界へ</strong>」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>１. 北野での日々を思い出しながら、人生と仕事を紹介２. 現在情熱を傾けていること：東広島市の「仙石庭園」 ロシアのシベリアに造園予定の日本庭園と、館山市と姉妹都市の関係にあるワシントン州の都市ベリングハム（の中央図書館）に造られる日本庭園３． 日本庭園とは４. 1942年に開設されたカリフォルニア州にあった日系人のマンザナー（強制）収容所の中の日本庭園マンザナーの日本庭園</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h2>１. 自己紹介</h2>
<p>京大農学部林学部造園教室卒業で、造園家です。これは比較的マイナーな分野で、この東京六稜倶楽部でも講演したのは、杉尾伸太郎さん（記録者注：72回、2008年）が最初で、私が2人目となります。この京大時代に西芳寺庭園枯山水に魅せられこの造園の分野に入り、そして世界に出て行きました。</p>
<h2>２．「仙石庭園」の紹介の紹介</h2>
<p>本題に入る前にということで、東広島市の「仙石庭園」の紹介がありました。これまで地元の医師、山名征三という方が私財を投げうって、土地を手配、そしてバブル期崩壊で使われることが無くなった日本全国からの名石を買って、自ら設計、庭園づくりに励んでこられた。これらの巨大な石を配して今まで見たことも無かった「石が中心の日本庭園造り」がコンセプトです。</p>
<p>この東広島市は、豊かな自然がある、交通の便が良い、都市機能を近くに持つ、そして歴史的な背景があるということで、第３期までの将来計画を提案しています。「高屋の郷」として、山の厳島離宮と位置付け、広島の名庭園に仕立て上げたい。そして時間はかかるが世界遺産登録に持っていくという夢を山名さんと語っています。</p>
<div id="attachment_6109" style="width: 310px" class="wp-caption alignleft"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/-e1695859335433.png"><img class="wp-image-6109 size-full" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/-e1695859335433.png" alt="仙石庭園" width="300" height="231" /></a><p class="wp-caption-text">仙石庭園</p></div>
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<div id="attachment_6108" style="width: 310px" class="wp-caption alignleft"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/-e1695859316193.png"><img class="wp-image-6108 size-full" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/-e1695859316193.png" alt="将来計画　山の厳島神社" width="300" height="221" /></a><p class="wp-caption-text">将来計画　山の厳島神社</p></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>３．Traditional （伝統的）そしてRevolutionary（革新的）</h2>
<p>日本庭園にはTraditional （伝統的）そしてRevolutionary（革新的）なものに分けることができます。伝統的なものとしては、西芳寺、龍安寺に代表される古くからの歴史的な名庭園。革新的なものとしては、重森Mirei、ノグチ・イサム氏等が作った現代的なものです。ノグチ・イサムのものはパリ・ユネスコの庭園、ニューヨークのチェースマンハッタン銀行の庭園、北海道の大沼公園などがあります。もっとも「ノグチ・イサムの庭は日本庭園ではない。彫刻である。」という批判もあります。</p>
<h2>4．「北野と梅田」</h2>
<p>「北野と梅田」と題して、梅田スカイシティーについての話がありました。場所は、梅田駅北側の元JRの貨物操車場跡地です。これについては、小林氏の京大の先輩である吉村元男氏と共著で「日本庭園と環境創造都市」という題の本を出版しており、「都市に野生を」というタイトルで、この環境大汚染時代に自然園を作ろうというチャレンジです。しかし、セキスイが雇った建築家による「絶望の壁」（本人は「希望の壁と呼んでいる。」が作られ、また当初の思想とは異なる増築計画が進んで、当初の目論見が崩れ、プロジェクト危機に瀕しています。大阪の誇る梅田スカイシティーの持つ魅力を理解して、本来の思想が実現されるよう皆様協力ください。</p>
<h2>５．小林氏の自己紹介と作品紹介</h2>
<p>小林氏は、大阪の十三地域で育ち、23歳まで過ごしました。新北野中学時代からバレーボールに親しみ、高校でもバレーボール部に所属、70歳まで続けました。カナダに移住してトロントで結婚、その後アメリカ、カリフォルニア大学バークレー校で修士の取得後、まずオハイオに赴任しました。その後の、作品は以下の通りです。</p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Belconnen Government Office, Australia,1969</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Big Basin State Park、California, 1971</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Water Course Plan, Franklin County, Ohio, 1975</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・South Yarrow Bay, Kirkland, Washington, 1978</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・City of Bellevue Streetscape, 1979, 市役所に勤務</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Baghdad Beautification Project, Iraq, 1981</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・nterstate Ninety, Seattle, Washington, 1984</strong></p>
<p style="text-align: left;">　　　　オープンカットによる自然破壊を防ぎ、半分はトンネル、半分はカバーして盛土して緑の保全を図った。</p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・ワシントン村、兵庫県三田市：神戸市とシアトルは姉妹都市の関係にあり、木造の２ｘ４住宅を配したアメリカ風の住宅計画、1988</strong></p>
<p style="text-align: left;">　　　　その他多くの住宅、地域計画プロジェクトを計画したが、バブルの崩壊もあって、実現に至らなかった</p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Bodine Residence, Garden Design, Whidby Island, Washington, 2002</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Rainier Valley Corridor, Landscape Development, 2004</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Lin Yi Community, Landscape Design, ShanDong, China, 2005</strong></p>
<p style="text-align: left;"><strong>　　・Lesail Community, Master Plan, Doha, Qatar, 2006</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>6．日本庭園とは</h2>
<p>日本庭園は周囲の自然の美しさを強調し、調和のとれた平和な環境を作り出すように設計されています。小林氏は、以下の通り日本庭園の本髄を定義しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: center;"><b>日本庭園は、命ある空間の芸術。 長い歴史を紡ぎ、様々な様式を生み出す。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b> その底流に流れるのは、美意識の源。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b>自然観に基づく、石の選び方や組み方。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b>石は、庭の骨組みとなり、物語を語りかける。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b>動的均衡によって配置され、静止空間と継起性空間が調和を奏でる。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b> </b></p>
<p style="text-align: center;"><b>抽象化や単純化、象徴化などの伝統的手法によって、情景が織り成される。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b>この庭は、心を癒し、感動を呼び覚ます。 そこに立ち尽くせば、時間が流れるのを忘れる。</b></p>
<p style="text-align: center;"><b>日本庭園は、言葉に尽くしがたい、美の極致。</b></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>7．ロシア、ハバロフスク、望郷の苑</h2>
<p>第２次世界大戦後、60万人の日本人がシベリアに抑留され強制収容所に送られ、厳しい環境、労働そして食料不足のせいで５万人の方が異国の地で命を落とされました。方ハバロフスクのコルホフスキー村でも多くの日本人が亡くなり、遺族の有志で記念碑が建てられました。村でも修繕の費用を出すことを決定し、日本から寄付を募って鎮魂の為の日本庭園、「望郷の苑」を建設することとなりました。</p>
<p>しかし、第一期工事以降はコロナ禍による影響によって向き延期となってしまいました。</p>
<p>現在は、その心を日本かアメリカで継続しようと思っています。</p>
<div id="attachment_6104" style="width: 310px" class="wp-caption alignleft"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図1.png"><img class="wp-image-6104 size-medium" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図1-300x226.png" alt="全体マスタープラン" width="300" height="226" /></a><p class="wp-caption-text">全体マスタープラン</p></div>
<div id="attachment_6105" style="width: 310px" class="wp-caption alignleft"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図2.png"><img class="wp-image-6105 size-medium" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図2-300x222.png" alt="第1期工事計画図" width="300" height="222" /></a><p class="wp-caption-text">第1期工事計画図</p></div>
<div id="attachment_6106" style="width: 310px" class="wp-caption alignleft"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図3.png"><img class="wp-image-6106 size-medium" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図3-300x231.png" alt="第１期工事落成式" width="300" height="231" /></a><p class="wp-caption-text">第１期工事落成式</p></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>8．アメリカマンザナー日本人強制収容所での日本庭園</h2>
<p>マンザナー強制収容所の日本庭園は、第２次世界大戦中に強制収容された日本人が、強制労働の合間を縫って作り上げた日本庭園です。小林氏より提供された、資料を貼り付けて講演録とします。詳細は、資料のビデオをご覧ください。</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図4.png"><img class="alignleft size-full wp-image-6107" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/小林氏講演録図4.png" alt="小林氏講演録図4" width="466" height="269" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><strong>コスモス国際賞への推薦</strong></p>
<p>Summary of Reason for Recommendation</p>
<p>バートンの カリフォルニア州マンザナー日系人強制収容所における考古学的な発掘による日本庭園群の画期的な発見、そして今に続く復元と著作活動は、人類の自然への理解と自然との共生の知恵を人々に与えていると信じます。</p>
<p>Detailed Reason for Recommendation</p>
<p>日本庭園はその長い歴史を通じて、人類の抵抗力、回復力と平和への願いを示し、自然と象徴への親近性の表れ、また希望となってきました。数世紀にさかのぼる長い歴史の中で、これらの庭園は人類の自然への理解と自然との共生の知恵を深めてきました。</p>
<p>カリフォルニア州マンザナー周辺には100を超える日本庭園の遺構があり、現在までに 25以上が発掘され、今も復元されています。16万人以上の日本人と日系アメリカ人が、北アメリカ大陸の最も厳しい、そして人を受け付けない地域にあるマンザナーをはじめとする多くの強制収容所に収容されていました。日系人たちは、そこで日本庭園 作り続けたのです。</p>
<p>ジェフリー・バートンは、国立公園の考古学資源管理者そして、研究者として過去 30 年間、これらの現地を調査し、プログラムの設立、研究、運営と市民、地域教育を担当，先導してきました。彼は今でも、人間と自然との関係を発掘し、復元し、調査し、コミュニティ考古学の重要性を探っています。かれは、長年にわたり、その成果を京都でおこなわれた国際考古学会など、日米の場で発表を行ってきており、数々の受賞もしています。</p>
<p>最近では、彼の活動や研究を含む一般報道も “砂漠の日本庭園”という表題で、NHKのドキュメンタリーとして放映されており、彼の業績は日本を始めとする海外でも認識され、 多くの人々に感動と勇気を与え続けています。</p>
<p>「自然と人類の調和のとれた共生」を念頭に置いたコスモス賞は、人間が自然と建設的に生きることを学ぶ方法を示唆する空間創造として、日本の庭園の真のグローバルな地位を示しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>質疑応答</h2>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　石垣俱子さん　69期</div>
<p>Q:　本日の題は西芳寺に魅せられてということで、西芳寺についてもう少し話があるかと私は思ったのですが、そうではなかったですね。<br />
A:　私は西芳寺に高校時代によく通ってその石組に魅せられ、それが契機で造園家となる進路を決めました。そういうことで名前を出した次第です。現在、西芳寺上部庭園は一般公開しておらず、何度も頼みましたが見学することができませんでした。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　伊藤洋子さん　73期</div>
<p>Q:　今回紹介の庭園は、静かな、そして人気のない自然なままの庭が多かった。庭、講演というと、私は人がもっと居て、笑い声があって、人間的なものと思うのですが、この点どう考えますか。<br />
A:　公園のデザインのコンセプトで自ずと変わってきます。どんな公園でも、お臍と考えられる場所があって、そこは常に静寂さがあり、それで公園設計として成功します。一般に日本庭園には静けさが漂っています。名庭園と言われる桂離宮など、そういう雰囲気です。それと真逆なのが、中国の庭園です。少し話題がかみ合わなかった感があり、公園論については次回機会のある時に話しましょうということになった。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　多賀正義さん　76期</div>
<p>Q:　仙石庭園ですが、現在オープンしていますか。将来計画を実施するとなると、相当な資金がいると思うのですが、入場料では賄えないでしょう、寄付などはあるのですか。<br />
A:　一般にオープンしています。入場料は1,000円です。最初は無料でしたが。この公園は山名さんが私財を投じてやってきて、借金ゼロです。将来の資金は、入場料をあげる、それでは足りないので、広島の地元企業の応援を期待しています。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　今村洋子さん　94期</div>
<p>Q:　造園家は、日本庭園のデザインで見る人の視線を意識して設計するのですか。いろいろな角度から見てあらたな発見をするものですから．．．<br />
A:　私も、東福寺の方丈の庭を見て、若い時はその良さが判らず、「何じゃ、この庭は！」と感じたものです。しかし、その後年を経て、見る角度を変えて庭を眺めて、始めてその良さを感じることができた経験があります。石庭で有名な龍安寺にもそういったView Point があります。一日中眺めていても飽きません。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　大野一郎さん　76期</div>
<p>Q:　日本庭園、美意識の話参考になりました。何故日本庭園は造られてきたのでしょう。<br />
A:　この説明をしたら時間がいくらあっても足りません。私は、何冊か本を書いていますので、是非読んでみてください　amazon.com。明治以前には、日本庭園という言葉は存在せず、全ての庭は日本の庭園でした。明治となって文明開化とともに西洋庭園が入ってきて、幾何学的、広大な敷地、バラのようなカラフルな花で飾るものです。これに対比して「日本庭園」という言葉が生まれました。</p>
<div dir="auto" style="text-align: right;">記録：多賀正義（76期）</div>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/1-Kitano-RikuRyo-Sept-02-2023.pdf">1-Kitano-RikuRyo-Sept 02, 2023</a><strong>：講演で使用したPPTをPDF化したもの</strong>2.<a href="https://youtu.be/fOLik2zURK4"><strong>Compiled for Kitano Reunion.mp4</strong></a><strong>：MP4 includes </strong>three parts:</p>
<ul>
<li>Story on Siberian Garden with my voice.</li>
<li>Japanese Garden in Tateyama/Bellingham with BGM</li>
<li>Manzanar J Garden w/ partial sound.</li>
</ul>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/09/3-Flooding-at-Manzanar.pdf">3- Flooding at Manzanar</a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【247回】7月「ヘルスケアの進化をデザインする」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5988</link>
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		<pubDate>Mon, 22 May 2023 08:31:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5988</guid>
		<description><![CDATA[家次 恒さん＠80期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年7月19日（水）11時35分～12時55分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>79名（会場62名、Zoom 17名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>家次 恒さん＠80期　(シスメックス株式会社　代表取締役会長　グループCEO)</p>
<address style="padding-left: 30px;">大阪府出身。京都大学経済学部卒業後、1973年三和銀行（現　三菱ＵＦＪ銀行）へ入行。1986年東亞医用電子（現・シスメックス）に入社。1996年に社長就任、2023年に会長グループCEOへ就任。神戸を拠点にグローバル展開を積極的に推進中。社業以外では、2016年に神戸商工会議所第31代会頭に就任。“All Kobe, For the Kobe”をモットーに、2期6年の任務を全う。趣味は読書、スポーツ観戦。大のタイガースファンである。（今年こそ阪神タイガースが優勝することを信じています！）座右の名は「意あらば通ず」。僅かな可能性があれば積極的に攻め、新たな道を切り拓くことを常に考えている。</address>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td>「<strong>ヘルスケアの進化をデザインする</strong>」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>シスメックスは健康診断などで血液や尿を採取して調べる検体検査に必要な機器・試薬・ソフトウェアの研究開発、製造・販売、サービス＆サポートを一貫して行っており、現在、世界190以上の国と地域で製品をご利用いただいています。</p>
<p>「環境変化の先読み」「ビジネスモデルの変革」「品質への拘り」など、シスメックスの成長と共に大切にしてきたことについて紹介いたします。これからも世界中の人々が健康な生活を送れるよう、医療の最適化を通じ皆様のQOL向上に貢献できるよう取り組んでまいります。また、新たな感染症や認知症、手術支援ロボットなど、変化を続ける医療領域に挑戦している内容を紹介いたします。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h2>1. 自己紹介</h2>
<p>高校時代は合気道部に所属していた。1973年に京大経済学部卒業後、三和銀行に入行したが1984年に義父が他界し、義父が起こした東亞医用電子株式会社に1986年に入社し、後を継ぐことになった。同社は臨床検査機器や試薬を作る会社で、現在のシスメックス社となった会社である。1996年に社長になり幸い会社を成長させることができた。2016年には神戸商工会議所会頭になり地域振興を諮っている。</p>
<h2>２．シスメックス社の紹介</h2>
<p>神戸市に1968年設立の会社で、現在、従業員1万人（国内4割、海外6割）、関係会社数77社、連結売上高4100億円の国際的グループ企業に成長した。<br />
事業内容は医療を支える検体検査を軸にしている。皆さんも健康診断や病院での検査でお馴染みと想われるが、赤血球数の測定（ヘマトロジー）、血液凝固検査、糖尿病や肝機能の指標となる生化学検査、尿検査など、さらには免疫検査や遺伝子検査などの検体検査を通じて、一人一人の健康維持に寄り添う企業として、診断に役立つシステムを開発し提供してきた。<br />
マーケットは人口に比例するので、比較的早い時期から積極的に海外展開を図り、代理店販売方式から直接販売サポート方式へ切り替えることにより、地域及び個々のニーズに応え、顧客の信頼を得てきた。欧米に加えて中国、インド他への展開を進め、ヘマトロジー分野では世界の50％以上のシェアを占め、全体では世界第10位の会社となっている。試薬の収益が大きい。<br />
検査装置は国内で製作する方針を守っている。中国のみ国産品優遇策に対応するため国内で生産した装置を分解して中国で組み立て直すノックダウン方式をとり、環境適応をしている。機器、専用試薬、システム保守等のトータルなサービスで信頼を得ている。</p>
<h2>３．大切にしてきたこと</h2>
<p>経営は環境に適合してくことが大事。1985年以降のIT革命、1993年のEU発足、2003年のゲノム解読の流れの中、世の中の変わり目はビジネスチャンスと捉えてきた。<br />
1960年代の健康需要の高まりで検査数が増加。1980年代には、検査の自動化による検査技師の感染リスク低減と効率性向上が鍵となった。このシステムが米国で大変評価され事業拡大につながった。2000年代以降はITネットワークで世界中のシステムがつながりはじめ、データを活用したサービスが誕生し始めた。当社においてもユーザーが使用している装置の状態をネットワークでモニタリングすることで、装置のダウンタイムを軽減し、品質の向上に役立てていった。<br />
EU発足で通貨がユーロに統一されたことは、M&amp;Aにより代理店方式から直接販売方式に転換する上で大きな助けになった。米国では従来の代理店から直接販売に切り替えるためにロシュに協力してもらい、連携関係ができた。中国は漢方を中心とした東洋医療の国だったが近代医療が21世紀に入り急速に広がって大きなマーケットになったが、近年政治的な問題で難しい面もでてきている。併せて、これからはインドやBRICSへの展開が重要となる。<br />
検査が止まると医療が止まるので、検査システムの不具合を早期発見、ネットワーク診断でダウンタイムの最小化を目指している。壊れない・正確・安全は当たりまえ。現場のニーズの先取りを心掛けている。<br />
地域を尊重する。海外の多様性を認め、当社現地法人は現地メンバーを中心とした非日本人がCEOを務めビジネス展開をし、できるだけ日本を持ち込まないようにしている。アライアンスについては競争相手とも協力できるところを探し、共生を目指す。</p>
<h2>4．更なる挑戦</h2>
<p>市場環境の変化（COVID-19, 先進国高齢化社会、新興国の経済成長。地政学的リスク）と技術革新（ゲノム、再生医療、mRNA創薬、AI、ロボット）から目指すべきなのは、個別最適医療、負担の軽減、生産性向上であろう。<br />
新たな挑戦としては、（１）アルツハイマーの原因となるアミロイドβの蓄積を血液で判定する検査の開発に成功し市場導入を進めている。これにより、負担を軽減しながら、エーザイの治療薬と合わせてQOLの向上に貢献している。（２）米国の手術支援ロボットダビンチに対抗する手術ロボット“hinotori”を川崎重工業株式会社と開発し、2020年より国内販売を進めている。現在海外への展開及びさらなる付加価値の提供を目指し、遠隔手術の実現を目指している。（３）マラリア感染の早期発見で全地球的な貢献も目指している。</p>
<h2>５．最後に</h2>
<p>地元アイススケータの坂本花織、三原舞衣を応援しています。</p>
<h2>質疑応答</h2>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　武正雄さん　80期</div>
<p>Q:　海外シェアの大きなビジネスを展開されていますが、血液の分野で世界のプラットフォーマーになれるでしょうか？<br />
A:　ヘルスケアのマーケットは世界を見ると大きくなる。GAFAのようなプラットフォーマーでなく、得意な分野に集中して進出するという考えでやっている。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　奥村康さん　73期</div>
<p>Q:　順天堂で基礎医学をやってきた。シスメックスは北野の卒業生がトップだと自慢してきた。国の予算はどれくらい使ったか？　米国では軍の予算も入っている。<br />
A:　経産省の資金など一部応募したことはあるが、基本的には国からの資金には頼ってこなかった。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　家正則　80期</div>
<p>Q:　検体検査システムをシスメックスが効率的にしたことが成功の根幹だと想うが、他社ができなかったのは何か秘密が？<br />
A:　検査現場の安全性を担保したシステムが現場で評価された。画像処理も大事。<br />
C:　天文学でも画像から銀河を数えたりするが、周辺でも医療画像処理に転身した若手が複数いる。このあたりも日本の強みになっているのではと想う。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　中山行輝さん　80期</div>
<p>Q:　Sysmexの名前の由来と、その想いは？<br />
A:　私の入社前からブランド名としてあった。SysはSystematical組織的のSys、真ん中のmeはmedicsのme、「組織的医療」に無限を表すＸを加えて、Sysmexである。東亞医用電子という社名より馴染んでもらえた。<br />
Q:　中国、インドとの付き合いの注意点、学べること。<br />
A:　中国はスピード感をもってチャレンジする精神がある。インドはレベルの高い人材がいる。<br />
一方で日本の品質に対する姿勢は今でも優れていて大事にしたい。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　黒岩暎一さん　75期</div>
<p>Q:　合気道の海外展開も応援してほしい。<br />
A:　文化は大事。茶室と日本庭園を設けて海外からの訪問者に接している。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　谷口ゆたかさん　81期</div>
<p>Q:　若い人が海外へ出たがらない。シスメックスではどう教育したか？<br />
A:　海外との交流が多いので、余り違和感なく海外勤務が受け入れられていると想う</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　住田淳子さん　98期</div>
<p>Q:　エーザイに努めている。アルツハイマー病検査試薬は承認された。装置の開発はいつごろになるか？<br />
A:　血液での検査機械はすでにできている。エーザイと一緒に展開につなげたい。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　三角智子さん　94期</div>
<p>Q:　働き方改革など、従業員の働き易さへのどんな取り組みをしたか？<br />
A:　特別なことはしていない。研究開発の見極め判断やモノづくりでのプレッシャーなどはあると想う。日本の女性の勤勉さ器用さが素晴らしい。企業として非難されることが無いように勤務環境を整えることは当然している。</p>
<div style="border-left: solid 10px red; border-bottom: solid 1px gray; padding: 5px;">質問者　高田義弘さん　93期（リモート参加）</div>
<p>Q:　アミロイドβとスポーツ運動との関係を研究している。検査費用が5万円かかったが、安くなるか？<br />
A:　やがて保険が適用できるようになるので安くなるはず。</p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/07/20230719_東京六稜会.pdf" target="_blank">20230719_東京六稜会.pdf</a>(4.3MB)</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【246回】6月「北野高校で全てが始まった青春はまだまだ続く～朗読劇「沖永良部島を旅して」」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5978</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5978#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 11 May 2023 00:45:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[佐野 真さん＠102期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年6月23日（水）11時30分～12時40分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>40名（会場21名、Zoom19名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>佐野 真さん＠102期 （音楽企画「魂の朗読劇」主宰）</p>
<address style="padding-left: 30px;">1971年　大阪府豊中市に生まれる。<br />
1987年　大阪市立豊中第8中学校卒業。大阪府立北野高校入学。オーケストラ部に入部しヴァイオリンを始める。<br />
1990年　大阪府立北野高校卒業。<br />
1992年　広島大学工学部第3類（化学系）入学<br />
1998年　広島大学大学院工学研究科応用化学専攻終了。関西ペイント株式会社入社。<br />
2010年　オーケストラ・アンサンブル西湘を設立。<br />
2011年　西湘フィルハーモニー管弦楽団を設立。<br />
2014年　音楽企画「ヴァイオリンと朗読の世界」シリーズを立ち上げる。現代演劇の俳優による日本神話・民話の朗読にヴァイオリン演奏をミックスしたスタイルでの表現にチャレンジ開始。<br />
2016年  小田原の老舗劇団「こゆるぎ座」の看板女優・奥津真理子とともに「花いちもんめ」（宮本研・原作）を上演。好評を博す。「福島復興応援おきあがりこぼし芸術祭」に２年連続で参加（ゲストテラー／伊藤さつき）。<br />
2月、女優・長澤しずか主催公演「リビドーの旋律」（三島由紀夫／原作）に音楽提供として参加・出演。<br />
12月、ベルギー大使館にて開催された「日本ベルギー国交樹立150年記念コンサート＆ベルギー料理の夕べ」（主催／ブリュッセル航空ほか）に音楽企画「ヴァイオリンと朗読の世界」として出演。名作「フランダースの犬」を上演し好評を博す。ヴァイオリンを舟山千秋・舟山奏両氏に師事。日本劇作家協会会員。</address>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td>「<strong>北野高校で全てが始まった青春はまだまだ続く～朗読劇「沖永良部島を旅して」</strong>」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>「北野高校オーケストラ部」を出発点として、50歳を過ぎた今でも「青春のど真ん中」を歩んでいます。北野高校での経験した全てのことが、今の私を形成しています。関西ペイント株式会社という大手塗料メーカーの研究開発部門で新製品の開発に従事する傍らで、ヴァイオリンを用いた音楽企画を作ってきました。この度の講演では、私自身の音楽と仕事の歩みを振り返り、後半では私のオリジナル台本による小さな朗読劇を上演します。沖永良部島という、小さな小さな美しい島を仕事で訪れたときの体験を元にした作品です。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は北野高校オーケストラ部出身の谷島由紀子さん（91期）。<br />
大阪の公立高校でオーケストラ部をもつところは珍しい。佐野さんは楽団も作られ新しいスタイルを追及されている。本日はお話を聞かせていただくのを楽しみにしている。</p>
<h2><strong>【I】講演の部</strong></h2>
<h3>１．小学生時代</h3>
<p>クラシック音楽が好きで、バッハ作曲「G線上のアリア」、ベートーベン作曲「交響曲第9番」を震えるような感動とともに聴く。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．中学生時代</h3>
<p>さだまさしに傾倒。ヴァイオリンに憧れる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．北野高校時代</h3>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">１）入学式での当時の松下校長のメッセージ「どんなことでも良い。これだけは誰にも負けない！というものを在学中に一つ作りなさい。勉学のことでも無くても何でもよい。そういうものを作りなさい」が今でも自分にとって大切な言葉。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">２）高校時代は以下に傾倒し「自分だけの青春」を謳歌した。</div>
<div style="padding-left: 2em;">① オーケストラ部でヴァイオリンを始め3年間続ける</div>
<div style="padding-left: 2em;">② 文芸部で小説やエッセイを発表する</div>
<div style="padding-left: 2em;">③ 芸術の選択科目で美術を選び油絵15点を制作する</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>４．大学時代</h3>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">１）高校時代は建築学に進みたいと考えていたが、浪人時代に建築を学ぶなら絵が描けることが必要と考え、絵の具の化学的な性質に興味を惹かれ工学部応用化学に志望を変更。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">２）第一次湾岸戦争が勃発。自衛隊派遣等を通じて平和について考えたいと思うようになる。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">３）交響楽団に入団するとともに油絵や執筆も継続。大学でも「自分だけの青春」を謳歌した。</div>
<div style="padding-left: 3.5em; text-indent: -1.5em;">① 交響楽団→オーケストラで演奏するとともに演奏会を40～50回企画</div>
<div style="padding-left: 3.5em; text-indent: -1.5em;">② 油絵→絵を描くだけでなく西洋絵画模写により油絵にさらに惚れ込む</div>
<div style="padding-left: 3.5em; text-indent: -1.5em;">③ 執筆→落語をつくり落研に提供した(が、笑いをとれず。人を笑わせることは難しいことを実感)</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>５．会社時代</h3>
<h4>＜＜仕事における青春＞＞</h4>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">１）関西ペイント（株）に就職→<a href="https://www.kansai.co.jp/company/" target="brank_">会社情報｜関西ペイント (kansai.co.jp)</a></div>
<div style="padding-left: 3.5em; text-indent: -1.5em;">各種塗料の製造・販売事業で技術開発を担当。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">２）塗料には大きく分けて3つの機能がある。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">① 保護機能</div>
<div style="padding-left: 1em;">紫外線、酸性雨、車の排気ガス等の周りの環境から塗装対象物を守る機能で、塗膜が塗装物を守り長持ちさせる。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">② 美観機能</div>
<div style="padding-left: 1em;">塗装対象物を美しく見せる機能で、対象物のイメージ向上や周辺環境物とマッチさせる。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">③ 特別な機能の付与</div>
<div style="padding-left: 1em;">遮熱性、耐熱性、耐油性、防火性、防虫性、防水性、防音性、防カビ性、耐薬品性、蛍光・夜光性等があるが、これらは機能の一部。<br />
入社して最初に担当したのが建築用の上塗り塗料。大学進学の際に建築系から化学系に進路変更したのに、建築の業務に携わるとは不思議な縁を感じる。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">３）塗料の成分は顔料、樹脂、添加物、溶剤の４つで、油絵具とよく似ている。しかし相違点も多く、両方を知ることでそれぞれの理解が深まる。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">４）耐久性の研究が私のここ１０年の仕事である。塗料は耐久性が大事で塗り重ねの世界。船底部の塗料などは、防食性の塗料の上に付着性の塗料を上塗りし、またその上に防汚性の塗料を上塗りする。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">５）太陽光線（紫外線）、風雨、気温、潮風（飛来塩分）等に対する耐久性を評価するための屋外曝露場として、沖永良部ばくろ場（紫外線や高温）、千倉ばくろ場（海からの飛来塩分等）がある。厳しい自然環境に対象物を曝し耐性を調査研究するもの。</div>
<h4>＜＜仕事以外の青春＞＞</h4>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">１）「私だけの青春」であるオーケストラも続ける。</div>
<div style="padding-left: 1em;">関西ペイント（株）に北野高校オーケストラ部の大先輩の樋口徹雄さん（75期オーボエ）がおられ、樋口さんが運営されていた湘南アマデウス合奏団でオーケストラとヴァイオリンを学ぶ。そこで人生の伴侶を見つけ、現在は高校3年の娘との3人家族。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">２）2011年に西湘フィルハーモニー管弦楽団（神奈川県秦野市）を設立。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">３）2013年音楽企画「魂の朗読劇」（旧名「ヴァイオリンと朗読の世界」）を始める。幼少期の娘に本を読み聞かせようとした時、かつて自分が楽しんだはずの話を忘れていることに気付きショックを受ける。他の親御さんも同じではないかとの思いで、親子で楽しめる朗読イベントにヴァイオリンをミックスすれば面白いかもとの発想がきっかけ。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">４）書きものが好きで「アマオケの流儀－人生に悩んだらオーケストラを始めなさい－上下巻」を出版（夢叶創出版<a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%82%AA%E3%82%B1%E3%81%AE%E6%B5%81%E5%84%80-%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AB%E6%82%A9%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%89%E3%80%81%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%92%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%AA%E3%81%95%E3%81%84-%E5%A4%A2%E5%8F%B6%E5%89%B5%E5%87%BA%E7%89%88-%E4%BD%90%E9%87%8E-%E7%9C%9F-ebook/dp/B08Q77MZXP" target="brank_">Amazon.co.jp: アマオケの流儀: 人生に悩んだら、オーケストラを始めなさい 上巻 (夢叶創出版) 電子書籍: 佐野 真, 矢作 有沙: Kindleストア</a>。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>【Ⅱ】朗読劇の部</strong></h2>
<p>魂の朗読劇「沖永良部ラブストーリー～好きですって言えなかった、小さな恋の物語～」</p>
<p>朗読：桜井　柑奈さん（＊）<br />
ヴァイオリン：佐野　真さん<br />
原作・構成・演出：佐野　真さん</p>
<p>（＊）愛知県出身。部隊を中心に活動してきたが、昨年より映像にシフト。ＣＭ・ドラマ等に出演。佐野さんのヴァイオリンとの朗読コラボを年1～2回程行っている。</p>
<h3>1．ストーリー</h3>
<p>職場の同僚と沖永良部島に出張した時の体験をベースにした物語。</p>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">１）行きの飛行機で航空会社のキャビンと出会い、安心感とともに何か身近なものを感じるが、それが何かわからないうちに機内で寝てしまう。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">２）沖永良部に到着し、レンタカーで島を廻る。周囲40KMの小さな島だが、この島に存在するものがとてつもなく大きく大切なものであることを感じる。美しい自然、海、鍾乳洞、ゆっくり流れる時間、太陽の恵み、満天の星、天の川。鹿児島県でありながら歴史的に琉球の文化の影響を色濃く受けた土地。その心は今も島民の生活に多く残っている。レンタカーで聞いた夏川りみの歌が心の中でうず巻く。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">３）その日の夕食の「和」食に「和（なご）」む。同僚の和田君の「和」、自分の名前の和彦の「和」。偶然の一致を思ううちになぜか今朝飛行機で会ったキャビンの顔が浮かぶ。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">４）二日間の滞在を終え、帰りの空港で昨日のキャビンと再会。自分の通関手続きで金属探知機のアラームが鳴り出す。狸のような腹に探知機を充てられるのを見て周りの人もキャビンも大笑い。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">５）キャビンの笑い声を聞き、その声がかつて好きだった人の声にそっくりなことに気付きキャビンがその人に思えてくる。笑いながらも自然と涙がこみ上げ最後は号泣。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">６）狼狽するキャビンに思わず名前をたずね、彼女は「和美（なごみ）」と答える。まさしく自分が好きだった人の名前に声を失う。自分が思いを打ち明けようと思っていた矢先に自動車事故でその人は帰らぬ人となった。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">７）「和」でつながる沖永良部での不思議な体験はしっかり心に刻まれている。あのキャビンに会えればという淡い期待を持ちつつ、もう一度沖永良部に行こうと思う。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．感想（記録担当者個人の感想です）</h3>
<p>桜井さんの表情豊かな朗読、佐野さんの素朴なヴァイオリンの音色、バックに流れる沖永良部の美しい自然の風景（写真）が絶妙に調和する。沖永良部島の自然だけでなく、琉球文化を継承する島の歴史やそこに住む人の温かさまでイメージが膨らむ抒情的作品。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>質疑応答</strong></h2>
<p>質問者　谷島由紀子さん　91期</p>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">Q:　本日のストーリーはご自分で作成されたものと思うが、音楽もご自分でつくられたのか？</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">A:　ストーリーは自分で作ったが、音楽は夏川りみさん・中村雅俊さんのものから借用した。他の演目では、自分で作ることもありクラシックから借りることもある。</div>
<p>質問者　今井美登里さん　80期</p>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">Q:　物語を作るとき、楽しいものとシリアスなもののどちらが楽しいか？</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">A:　大人も楽しめ鑑賞に耐えられるという観点よりシリアスなものが多くなる。栃木県で公演した「百目鬼伝説」などは非常に悲しく涙が出る物語。</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">Q:  仕事を含めて2足のみならず3足のわらじの中で 時間の配分はいかにされているか？</div>
<div style="padding-left: 2em; text-indent: -2em;">A:　 仕事最優先で差支えのない範囲で時間の割り振りを行っている。</div>
<p>&nbsp;</p>
<p>記録：葛野正彦（88期）、講演者修整済</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/07/0621_東京六稜倶楽部講演会資料（佐野）-1.pdf" target="_blank">0621_東京六稜倶楽部講演会資料（佐野） (1).pdf</a>　（4MB）<br />
<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/07/20230621_魂の朗読劇33.pdf" target="_blank">20230621_魂の朗読劇33.pdf</a>　（1.6MB）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【245回】5月「七転八倒の本づくり　編集という仕事」</title>
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		<pubDate>Fri, 14 Apr 2023 00:50:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[塩田 春香さん]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年5月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店　クラシックホール（Zoomによるインターネット中継）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>40名（会場30名、Zoom　10名）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>塩田春香さん　(岩波ジュニア新書編集部所属)</p>
<address style="padding-left: 30px;">岩波書店ジュニア新書編集部所属。<br />
児童書出版社のアシスタント、自然科学系の編集プロダクションなどを経て、岩波書店入社。自然科学書編集部、営業部を経て現職。<br />
書評サイトHONZ（<a href="https://honz.jp/author/h_shiota" target="_blank">https://honz.jp/author/h_shiota</a>）レビュアー。特に興味のある分野は、自然や生き物です。</address>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td>「<strong>七転八倒の本づくり　編集という仕事</strong>」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>著者でもない、デザイナーでも、校正者でもない。「編集者」はどんな仕事をしているか、ご存知ですか？　岩波ジュニア新書や岩波科学ライブラリーなど、これまで手掛けてきた本を例に、編集の仕事内容や印象に残っているエピソード、出版をとりまく環境の変化などを、気軽な雰囲気でお話ししたいと思っています。「校了日に著者と連絡がとれなくなった深刻な理由」「岩波書店初の袋とじ」「巨大な桶の上で新刊本をPR」といったエピソードをご紹介する予定です。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は家正則さん（80期）。「塩田さんは私が岩波ジュニア新書から本を出した時にお世話になった編集者さんです。岩波書店は昔から名の通った出版社ですが、実は意外と小さい会社のようです。ですから130名余りの社員さんは選りすぐりのエリート集団で、彼女も大変な実力を持った方です。本をPRするのも編集者さんの仕事なのですが、彼女がSNSで発信されている情報は格別に面白いです。そんな彼女なら本の編集に纏わる興味深い素敵なお話をしていただけるだろうと考えて、本日のご登壇をお願いしました。」</p>
<p>（講演は塩田さんが担当された本の紹介を交えながら行われた。本の紹介については書名のリンク先を参照されたい。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>1.自己紹介</h2>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・岩波書店には真面目で固いイメージがある。広辞苑、岩波文庫、岩波新書、専門書など。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・ところが私は中途採用枠で入社したので、他社での仕事経験が長く、伝統的な岩波の固い本とは毛色の違う本を出してきた。同僚からは「岩波書店の珍獣」と呼ばれている。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・文学部の出身だが、自然や生き物を扱う自然科学の分野が好き。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・私が社会に出たのは就職氷河期といわれる頃で、採用自体がなかったり、採用されてもいきなり解雇されたりと、5社ほど転々とした。編集プロダクションで出版社の下請けとして自然科学関連の図鑑などの編集の仕事をしていた時、自然科学書の出版経験者として岩波書店に採用され現在に至る。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・自然科学書編集部（５年）→営業部（5年）→岩波ジュニア新書編集部（7年目）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・岩波ジュニア新書は岩波新書の妹分。1979年創刊。10代向けの入門新書として広く知られているが、大人が学び直すのに丁度良いとされ、“岩波シニア新書”とも陰で呼ばれているらしい？</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・これまでジュニア新書だけでなく、岩波科学ライブラリーなども手がけてきた。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・岩波新書は「現代人の現代的教養」に資することを目的に、1938年に創刊された日本初の新書。岩波科学ライブラリーは1993年創刊の科学読み物シリーズ。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>2.編集の仕事</h2>
<p>本の制作には著者・校正者・デザイナー・カメラマン・イラストレーターなど多くの人が関わっている。編集者は制作に関わる様々な役割の人をまとめ、仕事を手配し、全体の進行を管理しながら本を作り上げて世に送り出す。しかし同じ編集の仕事でも、所属する会社や本の種類や本の規模により仕事の内容や進め方はずいぶん違う。ここでは一人の編集者が担当する、比較的小さい規模の本づくりについてお話しする。</p>
<h3>1）企画を考える</h3>
<p>著者にどんなテーマの本をどんな人に向けて書いていただくか？　著者探しも企画のうち。</p>
<p>実例1　<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b265876.html" target="_blank">クマムシ？！ 小さな怪物</a></p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・きっかけは前の会社の同僚との何気ない会話「クマムシって死なないらしいよ」</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・この都市伝説のような話を学術的に明らかにしたら面白いと考えて企画した。</div>
<p>実例2　<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b621817.html" target="_blank">新種発見物語 　足元から深海まで11人の研究者が行く！</a></p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・最初は9人の共同著書となる予定だった。その著者候補は全員男性研究者だった。もし自然科学方面の進路を考えている女生徒がこの本を読んだとき、この分野の主要研究者には男性しかいないと受け取って、その生徒が進路をあきらめてしまったら残念だと思った。そこで面白い研究をしている女性の研究者にも加わってもらい、11名の共同著書となるよう企画した。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2）企画を通す</h3>
<p>企画書を作り編集会議で議論する。企画が通るかどうかの判断材料の一つは、ちゃんと採算がとれるかどうか。新書は専門知識がなくても読みやすいように作って、たくさんの人に買っていただいて採算をとる。（薄利多売）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なかなか企画が通らなかった本の例1　<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b265876.html" target="_blank">クマムシ？！ 小さな怪物</a></p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・私が入社して最初にこの企画を出した時、「岩波の数学物理本は売れるが、生物本は売れない」というのが社内的な常識だった。「クマムシ、なにそれ？」</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・企画が通ったのは、たまたま編集部を訪れた著名な科学者の先生がクマムシに好意的だったため。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・この本は、発売前に重版が決定するほどの大ヒットとなった。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・この成功のおかげで、以降に企画を出した生物系の本の企画が通りやすくなった。</div>
<p>&nbsp;</p>
<p>なかなか企画が通らなかった本の例2　<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b308210.html" target="_blank">昆虫の交尾は、味わい深い…。 </a></p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・昆虫の交尾を調べると、昆虫の分類体系や進化がわかる。この学術的にも重要な研究の面白さを、10代の若い人たちに知ってもらいたくて企画したが、ジュニア新書では企画が通らなかった。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・結局、大人を対象とした岩波科学ライブラリーからなら出せるということになり企画を作り直して出版した。</div>
<p>&nbsp;</p>
<p>売れるかどうかは、書名も大事なポイント。企画の段階で、売れそうな書名を考える。</p>
<p><a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b587782.html" target="_blank">カイメン　すてきなスカスカ </a>は、なかなか書名が決まらず苦労した。<br />
私が企画する書名は、新聞の岩波の紙面広告欄では明らかに浮くことが多い。「書名テロ」と言われたことも。<br />
私は、たとえそれがどんなに周囲から浮いていても、書名には、インパクトと内容への誠実さが求められると思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3）執筆のサポート</h3>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・著者が研究者の場合、著者が書きたいことと、一般読者が読みたいことの間には隔たりがあることも多い。そんなとき編集者は研究者と一般読者の架け橋となり、論文的ではない、専門知識がなくても理解できるような文章を書いていただけるように著者をサポートする。ただし、ウケ狙いで研究結果を面白おかしく盛るような書き方はお願いしない。研究者ご自身がその時どう感じたか、研究の臨場感、新しい発見がどれほど嬉しかったか、研究する者の楽しさや面白さを書いていただくようにお手伝いしている。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・校正・校閲者の仕事：不適切な書き方はないか、間違いがないか、事実関係の確認を行う。表記統一や読みやすさの提案を行う。（うまい校正者ほど読みにくさがなくなる＝校正者の存在が消える）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・編集者の仕事：本の方向性に助言する。面白くなるのにはどうすればよいか？　イラストの手配や著作権処理などの事務手続きも行う。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・著者の執筆期間は半年から一年が一般的だが、私が経験した中での最長記録は20年で、その本が家正則先生（80期）の<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b243849.html" target="_blank">ハッブル &#8211; 宇宙を広げた男</a>。伝記本だが伝記作家では書けない内容の本。ハッブルの後継研究をされてきた家先生が高度な科学の話を一般向けにわかりやすくかつ正確に解説されている。引用されている資料（ハンチントン図書館のハッブルの直筆の手紙や観測資料）も、家先生だからこそアクセスできたもの。</div>
<p>コメント：塩田「書き上げるのに20年もかけたご感想はいかがですか？」</p>
<p>家「当初は、すぐに書けると思って快諾したのですが、ハワイの望遠鏡建設が始まり15年以上中断しました。後にカリフォルニアでハッブルの手紙や資料の原本を見る機会を得て、執筆完了することができました 」</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5634" target="_blank">東京六稜倶楽部 | 【229回】「最新の宇宙像」 </a></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4）図版の手配や指定</h3>
<p>本に掲載するイラストの発注。プロのイラストレーター向けに、著者と相談しながらベースとなるラフ画などを用意する。制作費を抑えるため、簡単な写真なら自分で用意することもある。普段から意識して写真を撮り溜めている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5）入稿（デザイン指定も）</h3>
<p>制作者（印刷と製本）と相談をしながら、印刷する原稿にレイアウトの指定を入れる。工夫をこらし新しいアイデアを出すこともある。</p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b583373.html" target="_blank">ゲッチョ先生と行く　沖縄自然探検</a>：昼の観察場面は白地に黒文字、夜の観察場面は黒地に白文字で表現した。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b265911.html" target="_blank">フジツボ 魅惑の足まねき</a>：フジツボの変態パラパラ漫画を添付した。社外的にはフジツボの一生がわかりやすいと好評だった。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b308210.html" target="_blank">昆虫の交尾は、味わい深い…。</a>：巻末に袋とじを添付した。それまでの岩波には前例がなく、社内で反対する意見も多かった。出版直後、たまたま著者がイグノーベル賞を受賞されたこともあり、すぐに重版となった。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・片面カラーの工夫：制作費を抑えるため、片面だけカラー印刷にしても違和感がないよう、印刷配置を考える。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・イラストのディテールに工夫：読者が楽しく読めるようイラストに小さな遊びをいれることもある。たとえば、章タイトルの飾りにつけた虫のイラストが、章が進むごとに位置が変わる、とか。海綿の本の「コーヒーブレイク」というコーナーのイラストでは、よく見ると海綿にコーヒーが染みこんでいる、など。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・ふり仮名の工夫：大人向けの本であっても、巻末の観察コーナーには子供向けにふり仮名をつけている。子供がこの本を使って自分自身で観察をできるよう願いをこめている。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6）ゲラの確認</h3>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・ゲラとは印刷所から上がってくる製本していない本の原稿のこと。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・ゲラで再び著者とやりとりして細かな修正をかけていく。校正者による確認も行う。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・目次や索引､帯のコピーも編集者が作る。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・ゲラでの確認が終わったら校了となる。校了された原稿が印刷所・製本所へと回される。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・校了で一番苦労したのが<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b308237.html" target="_blank">マンボウのひみつ </a>。校了直前に著者と連絡がとれなくなった。著者は若手研究者で、仕事でマグロ調査船に乗って遠洋に出かけてしまっていた。しめきりが迫っているのに、あらゆる手段で連絡を試みてもつながらず、本当に困った。この時は奇跡的にツイッターがつながって無事校了となった。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>7）カバーデザイン</h3>
<p>ジュニア新書の場合、社内で決められたフォーマット（タイトル位置・字体など）以外のイラストや写真などのデザインを考える。著者の確認をとりながらイラストレーターさんと作っていくことも。カバーデザインは本の売り上げにも影響するので、こだわって作っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>8）宣伝と広告</h3>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・できあがった本は宣伝のために新聞社やインフルエンサーなどに献本するが、その本に添える手紙を書く。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・本を売るためのイベントを企画したり、参加したりする。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・最近経験したピンチ：<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b618318.html" target="_blank">巨大おけを絶やすな！　日本の食文化を未来へつなぐ</a> のPR活動で、出席できなくなった著者の代わりに担当編集者の私が行くことになった。現地へ行ってみると、いきなり巨大な桶の上の高いところに座って本のPRをするハメに。怖い思いを我慢しながら一所懸命PRをした。このPR活動のときの写真は、朝日新聞デジタル版の記事に大きく掲載された。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>3.出版をとりまく環境の変化</h2>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・昔と比べて本が売れない時代になった。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・売れない原因は様々。書店のない町が増えている現実。若い世代が本の買い方すら知らないこともある。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・昔も今も変わらないのは、本には人の一生を変えるほどの力があるということ。最近、ある司書さんから、初田哲男さん（89期）の<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b593239.html" target="_blank">数理の窓から世界を読みとく </a>が、若い読者の進路を決めるきっかけとなったと知らされた。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・若い人たちのためには、彼らに本を手渡してあげる身近な大人が本当に必要。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・本日お越しの皆様も、是非、本を届ける応援団になっていただきたい。</div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>4.さいごに</h2>
<p><strong>「きみたち若い世代は人生の出発点に立っています。……ですから、たとえば現在の学校で生じているささいな『学力』の差、あるいは家庭環境などによる条件の違いにとらわれて、自分の将来を見限ったりはしないでほしいと思います。個々人の能力とか才能は、いつどこで開花するか計り知れないものがあります……簡単に可能性を放棄したり、容易に「現実」と妥協したりすることのないようにと願っています。」</strong>（岩波ジュニア新書 マニュフェストからの抜粋文）</p>
<p>1979年の創刊当時は教育格差が大きな社会問題だったが、現在でも諸事情による教育格差が再び問題視されている。創刊当時からジュニア新書の最終ページに掲げられているこのマニュフェストには、当時の編集部の熱い思いが込められている。創刊40年以上を経た今も編集部の気持ちは変わらない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>質疑応答</h2>
<p>広本 治さん　88期</p>
<p>Q:編集者としての立場で図書館とはどういう存在ですか？</p>
<p>A:日本中の書店が減っている今は、図書館がなければ人が本を手に取る機会さえなくなってしまいます。しかし、すべての人が図書館だけを利用して本を買わなくなってしまうと、著者の方や出版社にお金が入らなくなってしまいます。</p>
<p>編集者としては図書館で読んだ後でも、書店で買って自分の手元に置いておきたいと思ってもらえるような魅力のある本を作るのが理想です。</p>
<p>岩波書店の場合は、専門書を多く出版しているので、それを全国の図書館さんに買い支えていただいているという面もあります。流行の本と専門書をバランス良くそろえる図書館さんが増えてくれれば良いと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>池田 学さん80期</p>
<p>Q：本を作るといえば、昔は印刷所で手書きの原稿から活字を拾って印刷にかけるというイメージがありますが、現代ではそのような作業はないのですか？</p>
<p>A:ほとんどの著者さんは、ワープロソフトで原稿を書かれます。ほんの一部の著者さんが手書きの原稿を提出される場合も稀にはあります。それをデジタルデータ化して編集作業をしていきます。印刷所もデジタルデータで作業しますので、印刷所が活字を拾うことはなくなりました。</p>
<p>Q:電子出版の現状について教えてください。</p>
<p>A:電子書籍を出すかどうかは出版社によりますが、岩波ジュニア新書や岩波科学ライブラリーでは著者さんの了解を得られた本のみを電子化しています。ジュニア新書の場合、いまのところ電子書籍は、紙の本を出版してから3ヶ月ほど後に出版します。同時に出版しないのは、電子化するのに作業が間に合わないこともありますが、紙の本を出版した後に、専門家を含む読者さんから何かしらの誤植等の指摘が寄せられることもあるからです。重版するときに修正できる紙の本とは異なり、電子書籍は一度出してしまうと基本的には直せません。電子書籍の出版時にも、内容を慎重に調べ直して、必要なら修正をかける時間が必要なのです。</p>
<p>また、昔の名著で需要が多いものは電子化する場合もありますし、重版するときに紙の本ではどうしても採算がとれなくなった時に電子化して、電子書籍として残す場合があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>家 正則さん　80期</p>
<p>Q:今、話題の生成AI（chatGPT）が、これからの本の企画・編集にどのような影響を与えると思われますか？</p>
<p>A:chatGPTが将来どうなってゆくのかはわかりませんが、現時点で私の思うことをお話しします。</p>
<p>もしAIがクマムシの本を作るなら、クマムシの過去の都市伝説をまとめただけの本になるでしょう。新しい視点から出版した日本初のクマムシの本は、AIには決して作れないと思います。同様に、私が携わってきた岩波ジュニア新書のような本（論文には書かれることがない、研究の裏側のエピソードや研究者の喜怒哀楽や研究の面白さを書いた本）も、AIには作れないでしょう。</p>
<p>AIは過去の蓄積データから類推した答えを、人間にはできないようなスピードで出してくれますが、新しいものを創り出すことはできないといわれています。chatGPTが一般公開されてから、仕事の場で活用する場面が増えているようですが、鳥取県庁ではchatGPTの使用を禁止しています。その理由は、政治は未来を考えるものだからなのだそうで、私はこの考え方に共感します。</p>
<p>新しい視点からこれまでにないような本を創りあげて世に出すことが、企画・編集の面白さであり、編集者の大切な役割だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>橋本 操さん　73期</p>
<p>Q:桶と樽の違いはなんですか？</p>
<p>A:蓋があるのが樽で、蓋がないのが桶です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その他の、企画と編集を両方担当したおすすめの本</p>
<p><a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b427331.html" target="_blank">めんそーれ！化学　おばあと学んだ理科授業</a></p>
<p><a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b527924.html" target="_blank">こころと身体の心理学</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>講演録作成：野田美佳（94期）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td>講師プレゼンテーション資料データ（<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/06/七転八倒の本づくり-抜粋.pdf" target="_blank">七転八倒の本づくり（抜粋）.pdf</a>）(10MB)</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【244回】4月「平尾啓　テノールコンサート」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5935</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5935#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 18 Mar 2023 16:17:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2023年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5935</guid>
		<description><![CDATA[平尾　啓さん＠92期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2023年4月19日（水）11時00分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>銀座ライオン7丁目店６F銀座クラシックホール＋Zoomのハイブリッド形式</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>実参加　５０名　＋　Zoom　１２名　合計６２名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>平尾　啓さん＠92期　(オペラ歌手)</p>
<address style="padding-left: 30px;">1980年大阪府立北野高校卒業、92期<br />
1985年慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業、1987年同大学大学院理工学研究科修了。<br />
1987年キリンビール株式会社入社、2018年退職。慶應義塾ワグネル・ソサイエティ男声合唱団で畑中良輔の指導を受ける。<br />
日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第39期修了。<br />
2020年日本オペラ振興会オペラ歌手育成部新人育成オペラアンサンブル公演「愛の妙薬」ネモリーノに出演。<br />
2021年日本オペラ協会＆藤原歌劇団公演「魅惑の美女はデスゴッデス！」書生、執事・やくざの兄貴分に出演。<br />
畑中良輔、柏川翠、吉村友岐、ジュゼッペ コスタンツォ、岡坂弘毅、渡辺康の各氏に師事。</address>
<address style="padding-left: 30px;"> </address>
<address style="padding-left: 30px;"><a title="【オンライン特別講演】6月「オペラ歌手  ～自分の可能性を信じて～」" href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=5226" target="_blank">東京六稜倶楽部 | 【オンライン特別講演】6月「オペラ歌手 ～自分の可能性を信じて～」 -六稜WEB (rikuryo.or.jp)</a></address>
<address style="padding-left: 30px;"> </address>
<address style="padding-left: 30px;">六稜トークリレー第２０８回（２０２２年１２月３日<strong>平尾啓　テノールコンサート　「オペラ歌手　～自分の可能性を信じて～」</strong></address>
<address style="padding-left: 30px;"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=avMd6466NCs">https://www.youtube.com/watch?v=avMd6466NCs</a></address>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td>「平尾啓　テノールコンサート」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>私は高校に入っても人見知りが激しく、高校生活も今となってはあまり思い出せないほどの学生でした。そんな私が、２年生途中から入部した北野高校コーラス部の皆さんのキラキラと楽しく歌う姿に触れ、歌う楽しさを知り、慶應義塾大学で木下保、畑中良輔、諸先輩方にひたすら憧れ、そして自ら上達するワクワク感、達成感などを味わい、歌うことは私の生活の一部になりました。一方、慶應義塾大学院を修了、キリンビール株式会社に就職し、その後30年間会社員として普通に過ごしました。そんな私が一大決心、会社を退職しプロオペラ歌手を目指し、イタリアに短期留学し、「日本オペラ振興会オペラ歌手育成部」を受験、2年間オペラ歌手の勉強をし、昨年１０月に藤原歌劇団正団員、日本オペラ協会正会員に認められました。２０２０年６月に一度、講演をさせていただきましたが、コロナ禍真っただ中で、Zoom講演となりました。今回はその後の２年半の新人オペラ歌手の奮闘記も加え、リベンジとしてのリアル公演をさせていただきます。そして十数曲をライブで歌わせていただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<table class="alignleft">
<tbody>
<tr>
<td align="center"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/04/image1.jpeg"><br />
<img class="alignleft size-full wp-image-5966" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/04/image1.jpeg" alt="平尾啓" width="250" height="281" /></a><br />
講演：平尾啓　ピアノ：八木智子</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>私は２０２０年３月に日本オペラ振興会オペラ歌手育成部を修了し、オペラ歌手になりました。しかしコロナ禍となり、すべてのオペラ歌手活動はキャンセルされてしまいました。その中で、東京六稜倶楽部様からお話を いただき、６月２０日にZoomオンライン講演をさせていただきました。せっかく「オペラ歌手」になれたのに、デビューもできず、心が宙に浮いていた私にとって、自分の人生を振り返り、これからを考える良い機会となり、「必ずコロナは収まる。その時に向けてやれることはやっていこう」という気持ちが生まれてきました。同窓会に救われたのです。また、六稜トークリレー様からもリアル開催をご依頼されコロナ禍の状況により三度延期となりましたが、昨年12月3日に開催していただくことができました。多くの92期同期もご参加いただき、その夜、同期会も開催いただきました。40年以上会っていなかった同期とお話しできました。特に、全うできなかった硬式野球部の同期と楽しく思い出話ができたのは人生の穴埋めとなりました。</p>
<p>そして「コロナが収まったらリアルで」とお話しをいただいていました東京六稜倶楽部様でのコンサート、2年半前とは少し成長した私の歌を聴いていただける機会、本当に光栄で楽しみです。講演は私の人生経験を聞いていただきながら進めてまいりたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜中学・高校時代＞＞</p>
<p>私は人見知りが激しく、一対一のお付き合いが全くできませんでした。そして自主的に何をやりたいというものもなかったようです。ピアノもそれなりにやったようですが、ピアノを弾いている記憶がほとんどないのです。高校に入っても同じで、初めは硬式野球部に入っていましたが続かず、何をするでもなく高校２年の秋まで来ました。そこで私に２つのことがありました（なぜか、とても鮮明に覚えています）。</p>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">1.音楽の西川先生に「Caro mio ben」の歌と、クラシックギターをなぜか褒められた。・・・</div>
<p>2.2年3組の同級生からコーラス部入部を勧められた。</p>
<p>コーラス部に入ったら、みんな「キラキラ」していました。そしてコーラス部活動に遊びに来る大学生の先輩たちも「キラキラ」していました。『憧れ』ました。私の心に『憧れ』というものが初めて生まれました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜大学時代＞＞</p>
<p>「慶應義塾ワグネル・ソサイエティ男声合唱団」、この合唱団に入りたくて慶應義塾大学を受験しました。入部し、最初の演奏会は先輩たちの演奏を聴きましたが、舞台が本当にキラキラとまぶしかったのを覚えています。次は私もあの中に！！合唱団の全員が私の「憧れ」の的でした。特に畑中良輔先生には本当に「憧れ」ました。高校では「皆で歌うことの楽しみ」、大学では「少しでも高いレベルの音楽をすることの喜び（苦心を前提とした）」と畑中先生に導いていただいたと思います。</p>
<p>就職を考える時期にきて、畑中先生に「私はプロになれますか？」と身の程も知らぬ質問をしました。すると先生はジェスチャーを交えて「平尾よ、これからはルックスだよ。ラジオの時代なら」と。私は反省し、大学院に入りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜キリン時代前半＞＞</p>
<p>赴任する場所ごとに合唱団に入り、歌っていました。そのような私に、人生観を変えた二つの出来事がありました。</p>
<p>ひとつ目。入社して10年ほどたったころ、私はキリンビールで組合の委員をやっていました。キリンビールはアサヒスーパードライの躍進もあり、たくさんの工場の閉鎖を余儀なくされました。私も組合の役目として、退職される皆さんのご意見を聞かせていただきました。たくさんの意見の中で「私は決して退職したくない。でも退職しなければキリンビールは再生できない。君たちに後を託す」と。私はその時「自分もキリンの役に立たなくなった、自分でなくてもよいと感じたら進んで退職しよう」と思いました。</p>
<p>ふたつ目。入社して15年ほどたったころ、キリンビールにヨーロッパ特許庁の一行が訪問されました。私も接待役をさせていただきましたが、ビールとサンドイッチという軽食でとても申し訳なく思い、歌を歌わせていただくことにしました。 歌っていると、数名の人が泣き出されました。あとで「私たちはイタリア人です。ヨーロッパにいると言ってもイタリア語を話すことはほぼ無く、ましてや日本でイタリアの歌を聴くとは」と。私のようなものでも、このように感動していただけることってあるのだ。歌って良いな！！と。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜キリン時代後半＞＞</p>
<p>2011年。この年は本当に公私ともに様々なことがありました。私個人については、大きく2つ。</p>
<p>7月、畑中先生の指揮で「ロマ（ジプシー）の歌」のソロをしました。先生から「平尾はテノールだな。イタリアで勉強させたいな。プロの演奏会があるけれど、そこで歌ってみないか？」とお話をいただきました。「ルックス」を越えて何か先生からこれからの方向性を暗示いただいたように思いました。</p>
<p>12月24日、なんと心筋梗塞に。ICUのベッドの上で「死ぬのかな」「思いの残さない人生だったかな」と思ったら「歌手にやっぱりなりたい」が頭をもたげてきました。でも実現するとは思っていなかったし、今の現実の生活もありました。翌年、畑中先生も亡くなり、私の「歌手への心」も少し沈静化しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜プロへの芽生え＞＞</p>
<p>2015年、心筋梗塞の後遺症からも解放され、ソロで歌ってみたくなりました。家の近くのヤマノミュージックサロン声楽コースを受講しました。畑中先生から言われた「テノール」で。半年たったころ、柏川先生から東京国際声楽コンクール受験を勧められ、受けてみたら最上位の第二位、次の年に「春の声」声楽コンクールを受けたら第一位になってしまいました。</p>
<p>会社の仕事も、次第に社内より社外の皆さんの方が私を必要としてくれるようになりました。そろそろ会社も辞める時が来たかな？と、2017年6月、上司に退職届を提出しました。</p>
<p>2018年3月、キリン退職とともに、畑中先生の言われた「イタリアに」と、インターネットで調べたシチリア・カターニアのジュゼッペ・コスタンツォ先生のところに2週間の予定で行きました。先生宅の屋根裏部屋に泊めていただき、歌の勉強をしました。癖になっていた「ヴァッ！ヴァッ！」と力まかせに歌うことを柔らかく歌うようにご指導いただきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜大変なところに来てしまった＞＞</p>
<p>オペラ歌手になるためにどうすればよいかと様々な人に聞いてみると、「日本オペラ振興会オペラ歌手育成部」で勉強するのが良いと勧めていただく方が多かったので、受験することにしました。一方、多くの方がプロになることを反対されました。「あなたはアマチュアで日本一です。どこへ行っても大事にされます。プロになったら苦労することしか考えられません。いい年なのだから今で満足したら」と。また、オペラ歌手育成部の面接を待っていると、事務員から「アマチュアコースもあるのでそちらに行かれたら。以前、あなたぐらいの方がおられましたが、稽古で骨折されました」と。面接官からは「私は貴方を落とそうと思っています。藤原歌劇団は貴方に配役することはない。歌劇団の経営を考えたら、若い人、留学帰りの人に配役する」と。こんなに言われても、私はオペラ歌手育成部で勉強させてくださいとお願いしました。なぜか受かりました。</p>
<p>「研修所時代のこぼれ話」　入所式、稽古着、同期関係、稽古（ダンス、日本舞踊、演技）をここで紹介します。</p>
<p>入所して、特に苦しかったのは演技で「君には教えることはない（教える価値もない）」と半年間無視されました。でも「イヤだったらいつ辞めてもよい」という世界で悩みましたが、ピアノ伴奏の今野先生に「あなたは容姿は別として主役の声を持っている」。今の欠点は「無駄に動いている」、動くことに意味を持て。そうでなければ「絶対に動くな」とアドバイスをもらいました。</p>
<p>研修所2年目（2019年夏ごろ）になると、なんと「声が嗄れた！！」のです。数分歌うと声が出なくなるのです。</p>
<p>『演技はダメ、歌もダメ』　　オペラは一人ではなく、何人もの共演者がいます。同級生たちと歴然とした格差があります。同級生たちは私と一緒に演技をするのは避けたいと思っているのではないか。自虐的に彼らの心を疑うようになりました。朝から晩まで悩んでいました。　なんて卑しい心！！！</p>
<p>演出家の先生が代わりました。今度の久恒秀典先生は丁寧に演技を基礎から教えてくださいました。同級生からも貴重なアドバイスをたくさんもらいました。基本動作を毎日毎日繰り返しました。修了公演2週間前の通し稽古で、同級生から「ありがとう。勇気もらえた。私も頑張る！」と言われました。３０歳以上年齢の違う私が必死でもがいている姿を、いつの間にかお荷物ではなく、一緒にもがく戦友と感じてくれていたのです。</p>
<p>無事に2020年3月の修了公演を終え、これまた奇跡！！「藤原歌劇団準団員、日本オペラ協会準会員」になれた！のです。　　　プロオペラ歌手！！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜また試練＞＞</p>
<p>コロナ禍でほぼすべてのコンサートがキャンセル、延期！！！　やっとプロオペラ歌手になれたのに。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜会社員として＞＞</p>
<p>2018年3月キリンビール退職まで話を戻します。キリンでは退職者にはもれなくリクルートの再就職プログラムがついてきます。そこで、私の職種性向診断があり、（１）人に自分の知識・スキルを伝えること（２）自分の専門性を活かして課題解決することが、「喜び」につながるとのこと。キリン時代から複数の社外研究会のアドバイザー、コメンテータ、ユーザー会会長など多くの会社とやりがいをもって交流を持ってきました。自分の性格を再認識しました。</p>
<p>そしてイタリア渡航前、キリン時代からお付き合いのあったアイ・ピー・ファイン株式会社の古川社長から電話をいただき、退職後どうするのか聞かれたので、「コンビニなどでバイトをしてオペラ歌手修行をする」と答えたところ、「オペラ歌手と会社員を両立しないか」と声をかけてもらいました。オペラ歌手研修所は研修時間が不定期で、通常の会社勤めはできませんが、スケジュール調整を柔軟にしてくれました。</p>
<p>キリン時代に培った自分の専門性を十分に活かし、「効率・効果的な研究開発のためのAIも組み込んだシステム開発」をしています。またAIの応用についても年３，４回の専門書への寄稿、講演会を通し、企業R&amp;Dへの様々な提案をさせていただいています。そして、現在も会社上げて私のオペラ歌手活動を応援（特にスケジュール調整）していただいています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜再び夢の世界へ＞＞</p>
<p>オペラ歌手育成部に入所して、「歌を上手に歌うだけではダメだということ」を強く認識しました。また、慣れない演技に心が向かうと、発声法が疎かになり声が出なくなるということも経験しました。今後のオペラ歌手として成長の方向性と具体的方法を以下のように考え、実行しています。</p>
<p>前提；　すでに60歳を超えており、５年後にピークが来ると想定（明日かもしれませんが）。留学はできない。ほとんどのコンクール、オーディションは年齢制限があり活躍の場は限られる。藤原歌劇団、日本オペラ協会も積極的に私をオペラに起用しないだろう。そして何よりも大切なこと。悲壮感なく、人生を楽しんでいきたい。私の歌を聴いていただいた方に、本当に心から感謝したい。会社員との両立をしっかり図っていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<table border="1" cellpadding="10">
<tbody>
<tr>
<th align="center">成長の方向性</th>
<th align="center">具体的方法</th>
</tr>
<tr>
<td>
<div style="padding: 1em;">発声法の向上、自分の発声法は崩さない</div>
</td>
<td>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・信頼する渡辺康先生の指導（研究）、八木智子さんのピアノ伴奏に常に触れる</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・体幹強化、身体の柔軟性の向上（部分的筋力強化は逆効果）</div>
</td>
</tr>
<tr>
<td>
<div style="padding: 1em;">演技を磨く</div>
</td>
<td>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・オペラへの出演機会をもつ。特に演出家岩田達宗さんのオペラにできるだけ出演する（幸運なことに過去３回出演）・・ただしあまり手を広げすぎない</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・二重唱の機会を多く持つ（オータムコンサート、スプリングコンサートへの出演）</div>
</td>
</tr>
<tr>
<td>
<div style="padding: 1em;">私を知ってもらう。信用・信頼してもらう</div>
</td>
<td>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・日本オペラ振興会の主催公演にできるだけ多く出演する。（オペラ毎年１公演、コンサートは２０２１年；２公演（全７公演）、２０２２年；５公演（全７公演）、本年；５公演）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・藤原歌劇団、日本オペラ協会の正団員、正会員となる（準団員、準会員から）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・団内のオーディションは基本的にすべて受験する。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・日本オペラ振興会の維持会員（毎年１０万円寄付）他となり、認知してもらう。</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・年齢制限のないコンクールを受けて重賞をいただく。（未達成）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・お客様動員数を大幅に上げる。（機が熟せばファンクラブ化）（未達成）</div>
<div style="padding-left: 1em; text-indent: -1em;">・藤沢市中高学校訪問事業、神奈川県音楽事業への参加（当初考えもしなかったが）</div>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&#8212;本日歌唱予定曲&#8212;<br />
1.O sole mio　　作曲：　カプア<br />
イタリアナポリのカンツォーネ「私の太陽」は1898年作曲された。前半は「晴れた日は何て素晴らしい」と歌い、後半は「君はなお一層輝かしい私の太陽」とバルコニーの下で歌う恋歌に。</p>
<p>2.北野高校校歌　　作詞；　土井晩翠　　作曲；　岡野貞一<br />
1915（大正4）年11月に挙行された大正天皇即位の大典記念の一つとして校歌が作られたとのこと。本日は皆さんで歌いましょう。</p>
<p>3.荒城の月　　作詞；　土井晩翠　　作曲；　滝廉太郎　　編曲；　山田耕筰<br />
日本で作曲された初めての西洋音楽の歌曲。滝の原曲は無伴奏の歌であったが、山田により編曲されピアノ伴奏が付いた。現在も中学校の教科書にも掲載されており日本人には根強い人気がある。</p>
<p>4.Core ‘ngrato　　作曲；　S.カルディッロ<br />
曲名は「カタリカタリ」「つれない心」などある。1911年にテノール歌手E.カルーソーのために書かれたもの。女性（カタリーナ；カタリ）に捨てられた男の深い悲しみを切々と歌い込む悲哀の歌。情熱的と言われるイタリア男性が恋の歌を歌えば、振られる時もやっぱり情感タップリ。</p>
<p>5.歌劇「道化師」　衣装をつけろ　　作曲；　R.レオンカヴァッロ<br />
これから道化として舞台に立とうとする時、妻ネッダの浮気を見てしまった旅回り一座の座長のカニオが、怒りと悲しみに震えながらも、道化はそんなときでも客を笑わせるのが仕事と、身の辛さを激情的に歌うアリア。歌劇「道化師」は1892年に初演された全2幕からなるヴェリズモ・オペラの代表的作品。</p>
<p>6.献呈　　作曲；　R.シュトラウス<br />
R．シュトラウスが最初に出版した歌曲集『8つの歌』の第１曲目。「あなた」によって「私」は真の愛に目覚め、陰鬱で放埓な生活から立ち直ることができた。曲の終わりに、「私の感謝を受けよ！（Habe Dank！）」と感謝を述べる。<br />
私にとって「あなた」は、私に憧れを持たせてくださった皆さん、そして「音楽」。</p>
<p>7.歌劇「トスカ」　星は光りぬ　　作曲；　G.プッチーニ<br />
1900年に初演されたローマが舞台のオペラ。画家カヴァラドッシと、その恋人で有名歌手トスカの物語。カヴァラドッシは脱獄した政治囚の逃亡を助けたために死刑宣告される。死刑を待つカヴァラドッシがサンタンジェロ城の牢獄から見える星を見ながらトスカを思い、「絶望の中で僕は死ぬ」と歌うアリア。</p>
<p>8.歌劇「カルメン」　お前の投げたこの花は（花の歌）　　作曲；　G.ビゼー<br />
1875年に初演されたスペインを舞台にしたフランス語によるオペラ。第2幕の後半、帰営ラッパに気づき帰営しようとするホセに、カルメンは愛を疑う言葉をかける。それに対し、ホセは二人が初めて出会ったときに受け取った花を取り出し、「牢の中でも、花がしぼんで干からびても甘い香りは変わらず私は手放さなかった。その甘い香りを感じ、じっと目を閉じてお前を思っていた。私はお前のものだ」と、改めて愛を歌う。</p>
<p>9.ただ憧れを知る者だけが　　作曲；　P.チャイコフスキー<br />
ゲーテの長編小説「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」の登場人物ミニヨンが作中で歌う「ただ憧れを知る者だけが」への作曲。「憧れを、渇きを知っている人だけがわかってくれるのです、どんなに私が悩み、苦しんでいるのかを」</p>
<p>10.歌劇「トゥーランドット」　誰も寝てはならぬ　　作曲；　G.プッチーニ<br />
1926年に初演された北京を舞台にしたオペラ。美しく冷酷な姫トゥーランドットと結婚するには3つの謎を解くことが条件ですが、謎が解けないと殺されてしまう。ダッタン国の王子カラフは見事、謎を解きますが、なんと姫は駄々をこねます。そこでカラフは「夜明けまでに私の名を当てたら、私は死にます。」と。北京の街には、「カラフの名前がわかるまで誰も寝てはいけない。わからなければ皆殺す」という命令が出ますが、カラフは自分の勝利を確信して「誰も寝てはならぬ」を歌いあげます。「Vincerò!」</p>
<p>11.アンコール曲　勿忘草（忘れな草）　　作曲：　Ｅ. クルティス<br />
勿忘草は欧米では友愛や誠実を示す花として親しまれており、「真実の愛」「私を忘れないで下さい」という花言葉を持っています。コンクールで１位をいただいたときに歌った2曲のうちの1曲で思い出の歌です。<br />
花の名前の由来として、以下の物語を紹介します。「舞台は中世のドイツ。騎士ルドルフは恋人ベルタのために川岸にある花を摘もうとし、誤って川に落ちてしまいます。「私を忘れないでくれ」と言い、その花を恋人ベルタに渡し、彼は帰らぬ人となりました。ベルタはルドルフの墓に貰った花を供え、その花に「勿忘草」という名を付けました」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＜＜まとめ＞＞</p>
<p>高校、大学時代はフワフワと記憶もないほどの青春を送っていました。その中でも、同期、先輩、畑中先生へ「憧れ」を持つことで私は成長してきました。死を意識した時に「憧れを自分のものに」と思うようになりました。オペラ歌手育成部で、身体がいうことを聞かず心が折れそうになった時も「憧れ」に救われました。</p>
<p>私は５９歳でオペラ歌手デビューとなりました。妻から言われた言葉があります。「６０歳からは今日がいちばん」。６０歳を超えると、毎日すべてが退化するのよ。だから体力、知力、気力は今日が一番なのです。今日を大切に、これからも頑張っていきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これまでのコンサート</p>
<table border="1">
<tbody>
<tr>
<th>日時</th>
<th>公演名称</th>
<th>場所</th>
</tr>
<tr>
<td>2020/6/20</td>
<td>東京六稜倶楽部　Zoom講演</td>
<td>(Zoom)</td>
</tr>
<tr>
<td>11/15</td>
<td>藤沢市民オペラ「ナブッコ」スペシャル・ガラコンサート</td>
<td>藤沢市民会館大ホール</td>
</tr>
<tr>
<td>2021/1/12</td>
<td>ニューイヤーコンサート２０２１</td>
<td>横浜市泉区民文化センターテアトルフォンテ</td>
</tr>
<tr>
<td>4/25</td>
<td>歌劇「魅惑の美女はデスゴッデス！」やくざの兄貴、執事、書生役　　　日本オペラ協会主催</td>
<td>テアトロ・ジーリオ・ショウワ</td>
</tr>
<tr>
<td>5/30</td>
<td>Hiroshi Hirao リサイタル</td>
<td>レスプリ・フランセ</td>
</tr>
<tr>
<td>6/12</td>
<td>日本オペラ振興会「デビューコンサート」　準団員、準会員</td>
<td>イイノホール</td>
</tr>
<tr>
<td>7/18</td>
<td>イーパテントYouTube出演</td>
<td>(YouTube)</td>
</tr>
<tr>
<td>10/8</td>
<td>オータムコンサート２０２１　日本オペラ振興会団会員企画</td>
<td>昭和音楽大学ユリホール</td>
</tr>
<tr>
<td>10/30、11/27</td>
<td>「屋形船でオペラ」　観光庁事業</td>
<td>屋形船「なわ安」他</td>
</tr>
<tr>
<td>12/18</td>
<td>アンサンブルフィガロコンサート　辻堂公民館こけら落し</td>
<td>藤沢市辻堂公民館</td>
</tr>
<tr>
<td>2022/2/27、3/7</td>
<td>歌劇「ナブッコ」アブダッロ役　　藤沢市民オペラ</td>
<td>藤沢市民会館大ホール</td>
</tr>
<tr>
<td>5/26</td>
<td>オペラコンチェルタンテ　歌劇「ラ・トラヴィアータ」</td>
<td>渋谷区文化総合センター大和田</td>
</tr>
<tr>
<td>7/7</td>
<td>日本オペラ・日本歌曲連続演奏会71回</td>
<td>としま区民センター多目的ホール</td>
</tr>
<tr>
<td>8/13</td>
<td>ハッピーベルコンサート</td>
<td>茅ヶ崎市民会館小ホール</td>
</tr>
<tr>
<td>10/23</td>
<td>京都フランス歌曲協会設立３０周年記念コンサート</td>
<td>京都府立府民ホールアルティ</td>
</tr>
<tr>
<td>10/29</td>
<td>オータムコンサート２０２２　日本オペラ振興会団会員企画</td>
<td>昭和音楽大学ユリホール</td>
</tr>
<tr>
<td>11/17</td>
<td>藤沢市学校訪問事業　藤沢西高等学校音楽専攻コンサート</td>
<td>神奈川県立藤沢西高校</td>
</tr>
<tr>
<td>12/3</td>
<td>六稜トークリレー　コンサート</td>
<td>大阪府立北野高等学校同窓会会館</td>
</tr>
<tr>
<td>12/13</td>
<td>オペラコンチェルタンテ　歌劇「ラ・ボエーム」</td>
<td>渋谷区文化総合センター大和田</td>
</tr>
<tr>
<td>12/24</td>
<td>Floral Charity Concert Vol4　（Recital）</td>
<td>横浜市イギリス館</td>
</tr>
<tr>
<td>2023/2/19</td>
<td>歌劇「源氏物語」　惟光役　　　日本オペラ協会主催</td>
<td>bunkamuraオーチャードホール</td>
</tr>
<tr>
<td>3/11、12</td>
<td>歌劇「カルメン」　ダンカイロ役　　舞台音楽研究会主催</td>
<td>横浜市泉区民文化センターテアトルフォンテ</td>
</tr>
<tr>
<td>3/16</td>
<td>藤沢市学校訪問事業　藤沢市立村岡中学校コンサート</td>
<td>藤沢市立村岡中学校</td>
</tr>
<tr>
<td>3/26</td>
<td>スプリングコンサート２０２３　日本オペラ振興会団会員企画</td>
<td>昭和音楽大学ユリホール</td>
</tr>
<tr>
<td>4/19</td>
<td>東京六稜倶楽部　平尾啓コンサート</td>
<td>銀座クラシックホール</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p>・・・・・・これからのコンサート等予定（２０２３年）・・・・・・・・</p>
<table border="1">
<tbody>
<tr>
<td>4/30、5/4</td>
<td>歌劇「フィデリオ」　ドン・フェルナンド役</td>
<td>代沢小学校、丸ビル1階マルキューブ</td>
</tr>
<tr>
<td>5/13</td>
<td>Hiroshi＆Yuma　Duo Concert</td>
<td>雑司ヶ谷音楽堂</td>
</tr>
<tr>
<td>5/31</td>
<td>神奈川県高等学校教科研究会音楽部会　講演</td>
<td>聖セシリア女子中高</td>
</tr>
<tr>
<td>6/10</td>
<td>「テノールの饗宴」　　藤原歌劇団主催</td>
<td>和光大学ポプリホール鶴川</td>
</tr>
<tr>
<td>6/17</td>
<td>日本オペラ振興会「デビューコンサート」　正団員、正会員</td>
<td>イイノホール</td>
</tr>
<tr>
<td>8/5</td>
<td>ＨｉｒｏｓｈｉＨｉｒａｏ　Ｔｅｎｏｒ　Recital　　日本オペラ振興会</td>
<td>イタリアンピアノダイニング「エスティア」</td>
</tr>
<tr>
<td>10/5</td>
<td>オータムコンサート２０２３　日本オペラ振興会団会員企画</td>
<td>昭和音楽大学ユリホール</td>
</tr>
<tr>
<td>11/5</td>
<td>オペラコンチェルタンテ　歌劇「蝶々夫人」　ゴロー役</td>
<td>渋谷区文化総合センター大和田</td>
</tr>
<tr>
<td>11/26</td>
<td>歌劇「オテッロ」　総督役　　藤沢市民オペラ</td>
<td>藤沢市民会館大ホール</td>
</tr>
<tr>
<td>12/10</td>
<td>テノールの饗宴</td>
<td>未定</td>
</tr>
<tr>
<td>日程未定</td>
<td>イオンモールコンサート</td>
<td>大阪府内イオンモール</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p>ご来場お待ちしています。一報くださいね。</p>
<p>Email: <a href="mailto:hiroshihirao@outlook.jp">hiroshihirao@outlook.jp</a>、</p>
<p>（携帯）<a href="mailto:awabubu12-banba-myaocyoji01@ezweb.ne.jp">awabubu12-banba-myaocyoji01@ezweb.ne.jp</a>  Tel; 090-4544-6545</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>Ⅷ．質疑応答</strong></p>
<p><strong>　　</strong></p>
<p>橋口善朗さん　７９期</p>
<p>Q:歌をお聞きしてイタリア語の発音が正確なのに感心しました。私も東京外大で語学を学んだので判るのですが、他にもドイツ語、フランス語、ロシア語などの歌も正確な発音で歌われています。どのようにしてこのような多くの語学を学ばれたのか教えてください。</p>
<p>A:語学はNOVAやNHK外国語講座で学習しました。正確な発音はオペラを歌ううえでも重要と考え、特にイタリア語はイタリア留学から帰国したばかりの人に師事して５年間学びました。また、歌手としての自分の特徴を際立たせ、若い歌手たちに勝るためにも、多くの言葉（現在の目標１０か国語）で歌を歌えるように努力しています。</p>
<p>大学合唱団の指導者、畑中良輔先生は「若いうちに多くの言葉に触れることが大切」と常に言われ、たくさんの言語での歌を歌わせていただきました。<br />
記録：多賀正義（７６期）、講演者確認済</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/05/発表-東京六稜倶楽部20230419.pdf" target="_blank">発表-東京六稜倶楽部20230419.pdf</a>（3MB）</p>
<p>現在音声記録を編集中です。一部ですが、最後の曲の「誰を寝てはならぬ」の一部を録画したものを添付します。</p>
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<video class="wp-video-shortcode" id="video-5935-1" width="360" height="640" preload="metadata" controls="controls"><source type="video/mp4" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/04/2023.4.19-平尾啓コンサート録画ー部分.mp4?_=1" /><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/04/2023.4.19-平尾啓コンサート録画ー部分.mp4">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2023/04/2023.4.19-平尾啓コンサート録画ー部分.mp4</a></video></div>
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<p>なお、平尾さんは、2022年12月3日に六稜トークリレーに出演されました。その時のYouTubeから、平尾さんの歌をお楽しみいただけます。<br />
<a href="https://www.youtube.com/watch?v=avMd6466NCs">https://www.youtube.com/watch?v=avMd6466NCs</a></td>
</tr>
</tbody>
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<p>&nbsp;</p>
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		<title>【243回】3月「考古学、自然人類学の道へ」</title>
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		<pubDate>Sat, 18 Feb 2023 15:44:44 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2023年度]]></category>

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		<description><![CDATA[逢坂　暖さん＠123期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>米国で生まれ幼少期を過ごす。北野高校卒業後、慶應義塾大学を経て東京大学新領域創成科学研究科博士課程に在籍し、同大学総合研究博物館特別研究員として自然人類学を研究中。</p>
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