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	<title>東京六稜倶楽部 &#187; 講演録</title>
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		<title>【第279回】令和8年3月18日（水）  　「我が国開発援助（ＯＤＡ）による平和構築・復興支援 ～カンボジア・イラク・アフガン・ウクライナ～」前川 憲治さん@96期</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 09:33:13 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<title>【278回】2月「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～」</title>
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		<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 22:19:08 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[瀬戸 馨さん＠85期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年2月18日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>47名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>瀬戸 馨さん＠85期</h4>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　子どもの安全研究グループ会長</p>
<p>京都大学大学院工学研究科（土木工学）修了</p>
<p>建設省（現国土交通省）入省後は主に道路行政に従事</p>
<p>長崎工事事務所では、雲仙普賢岳噴火災害の火砕流、土石流による長期にわたる国道の通行止めと復旧に対応、首都国道工事事務所では、千葉の外環道路の用地取得を中心に対応、大阪国道事務所では、御堂筋を含む国道の管理を担当し、サッカーワールドカップ日韓大会、２度にわたる阪神タイガース優勝時の雑踏対策（道頓堀）に対応、沖縄総合事務局では、普天間基地返還決定までの関連する様々な事柄に対応（右往左往）</p>
<p>国土交通省の現役時代に設立された子どもの安全研究グループに参加、退官後も建設会社に勤務しながら、現在同グループ会長を務め、門前の小僧ながら子どもの安全の専門家として、ＮＨＫをはじめ民放各局に出演するなど子どもの安全に関する調査研究と情報発信を続けている</p>
<p>2025年春に瑞宝小綬章を受賞。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>我が国の子どもの死亡原因のうち不慮の事故が各年代の上位を占めており、工学的な予防対策により防げるものも少なくない。これに対して技術士を中心として子どもの安全研究グループが2009年に設立され、学校や家庭での安全についても活動している。学校現場では安全点検をはじめ技術面で教職員の手に余るものも多い。そこで私たちは、学校医（かかりつけ医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する「かかりつけエンジニア構想」を提案し、モデル実施している。今回は、技術的な内容よりもエンジニアが学校や家庭での子どもの傷害（事故）について感じていることをお話しできれば幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は高校大学時代の同期生で、大学では同じクラブで活動されていた谷藤慶一さん(85期)。「瀬戸さんは高校と大学では水泳部に所属され、自由形と背泳の選手として活躍されました。最近ではマラソン・トライアスロン競技に挑戦しておられます。瀬戸さんは、昨年12月14日に開催されたハワイのホノルルマラソンを完走されたばかりですが、本日より4日後（2月22日）に開催される大阪マラソンにも参加されると伺っています。長年、国家規模の安全管理事業に携わってこられた傍ら、瀬戸さんがライフワークとして取り組まれてきたのが、工学的な立場から子どもの安全を研究し発信する活動です。本日は技術的な難しいお話しよりも、エンジニアの視点から長年現場をみつめてこられた経験を元に、子ども達への深い慈しみと思いが込められた貴重なお話しを伺えると思います。」</p>
<h3>1．はじめに</h3>
<p>日本人は、安全はタダ（無料）で手に入ると思っている。当然、「子どもの安全」を守るのに、お金を出そうとは考えない。そのために「子どもの安全を守る」プロフェッショナルは職業として成立していない。私は、マスコミや報道の場では「子どもの安全専門家」として紹介されるが、日本技術士会の「子どもの安全研究グループ」に、創設当初から10年以上所属している門前の小僧にすぎない。本日は、「子どもの安全を守る」にはどのように考えればよいのかを、私のエンジニアとしての個人的な視点からお話しする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2．「子どもの教育」とは</h3>
<p><strong>１）「子どもの教育とは何か？」をAIに聞いてみた。</strong></p>
<p>知育、体育以外の目的の一つとして、（夢や憧れではなく）自らの可能性に気づくこと。そのために挑戦し、失敗しても立ち上がる折れない心を育てること。「学校」はそのための安全な実験場である。</p>
<p>AIによると、挑戦して失敗してもかまわない、たとえ失敗しても安全な場所が「学校」とされていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「教師の役割とは何か？」</strong></p>
<p>（私見）「失敗するかもしれない困難への挑戦を手助けすること」</p>
<p>（仮説）良い教師は、子どもに「楽観主義」を教えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）「子どもの特性とは？」</strong></p>
<p>そもそも子どもは楽観的で理由のない自信にあふれている。なぜなら、子どもは成長したいという衝動に突き動かされて行動するので、最初から失敗することを考えて行動しない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）クイズ</strong></p>
<p>クイズ1　北野高校時代に何かになろうとしていましたか？</p>
<p>クイズ2　そのために背中を押してくれた恩師はいましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3．学校の安全</h3>
<p><strong>1）安全管理の鉄則「最悪の事態を想定して、最善の方策を選ぶ」</strong></p>
<p>・例えば、運転免許の更新講習では「（多分大丈夫）だろう運転は、事故のもと」と教えている。</p>
<p>・危機管理である防災の現場では、起きないかもしれない地震や洪水が起きると想定して耐震対策や治水対策を実施している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）「楽観主義は安全の敵！」</strong></p>
<p>理想の教師が「夢に向かって努力すること」を教え、「失敗するかも知れない困難への挑戦」を促すために、子どもに「楽観主義」を教えるのなら、このような教師は、安全管理に向いていないのではないかと思う。ドラマでは、金八先生（武田鉄矢）は理想の教師（楽観主義者）として描かれているが、私には金八先生が良い安全管理者になれるとは思えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）「絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象」</strong></p>
<p>・「学校は安全な実験場」なので、学校関係者がよく言う「学校で事故はあってはならない」は、理念としては全く正しい。しかし、この理念を安全管理の目標としてはいけない。なぜなら、工学的な考え方では、ゼロリスクは実現不可能とされるからである。</p>
<p>・学校でゼロリスクを達成する唯一の方法は、（コロナ自粛の時のように）子どもを学校に登校させないこと。</p>
<p>・子どもが学校に登校してくる限り、工学的にゼロリスクを達成する手段はない。手段がないので大人（教師）は何をしていいのかわからないし、実際何もできない（何もしない）。できることは、事故が無いように安全を祈ることだけ。つまり、絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象にしかならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>4）「学校の事故はコピペ事故」</strong></p>
<p>・もし学校で事故が起きたら、謝罪会見で謝るだけでは意味が無い。</p>
<p>・「再発防止」のためには、事実を確認し、原因を究明し、対策を立案・実施することが必要。</p>
<p>・実際には、様々な事情で事故を隠そうとする傾向がある。その結果、他の学校に情報（事故の実例と再発防止策）が共有されないことで、全国の学校で同様の事故が繰り返し起こっている。</p>
<p>・「学校の事故はコピペ事故」である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>5）「気をつけましょうでは、事故はなくならない」</strong></p>
<p>・よくある再発防止策・事故予防対策に、「事故が無いように気をつけましょう」「安全に気をつけましょう」というものがある。これは、学校関係者だけでなく報道でもよく使われる言い回しである。</p>
<p>・「気をつけましょう」では事故はなくならない。なぜなら、「気を付けましょう」は願望を述べただけで、具体的な対策を講じないなら「事故が起こらないことを祈りましょう」とほとんど同じ意味。祈るだけでは事故を防ぐことできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>6）正しい再発防止策・事故予防対策</strong></p>
<p>・学校では事故が起きる前に対策を講じて事故を予防することが大切。</p>
<p>・「事故はあってはならない（絶対安全）」を目標にすると何もできなくなる。</p>
<p>・「事故は起こる」ことを前提として、その事故（リスク）の発生確率とケガの程度を最小にするよう目標をたて、優先順位を決めて予防対策を実施する必要がある。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">事故予防対策の手順</span></p>
<p>（1）どのような事故がいつどこで起こる可能性があるか（リスク分析）</p>
<p>（2）事故による傷害の程度・頻度は受け入れられるか（リスク評価）</p>
<p>評価の結果さらなる対策が必要ない場合は（2）で終了</p>
<p>（3）対策が必要な場合に対策の立案・実施（リスクの低減）</p>
<p>（4）対策が実施されたとして（1）に戻る</p>
<p>※（1）リスク分析（2）リスク評価をあわせてリスクアセスメントと呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4.かかりつけエンジニア構想とは</h3>
<p>かかりつけ医（学校医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する。</p>
<p><strong>１）消費者庁・消費者安全調査委員会（消費者事故調）が文部科学大臣に「学校の施設又は設備による事故等」調査報告書を提出した。（2023年3月）</strong></p>
<p>それに対して、文部科学省は「学校における安全点検要領」をweb公表した。（2024年3月）</p>
<p>（問題点）：学校で多くの事故（窓からの転落、ロッカー転倒）が起きている。それらはコピペ事故である。学校現場には安全点検やリスクアセスメントに対応できる人材が充分ではない（教員の仕事ではない）。教員が教員養成課程で教わる安全管理知識では不十分。</p>
<p>（消費者事故調の提言）：緊急点検・安全点検手法の改善（リスクアセスメント手法の導入）、外部人材（専門家）の活用</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）外部人材の活用について</strong></p>
<p>学校現場では安全点検・リスクアセスメントに対応できる人材がいない。</p>
<p>案1 消費者事故調の提言：専門家（技術士・労働安全衛生コンサルタント等）を活用</p>
<p>案2 子どもの安全研究グループの提言：かかりつけエンジニア構想</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）かかりつけエンジニア構想</strong></p>
<p>かかりつけ医（学校医）のように　地域にいるエンジニア（専門家）を活用して学校の技術的課題に対応する。近場のエンジニアを配置することで、各学校の安全に機動的、継続的に関わり続けることができるメリットがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）かかりつけエンジニアの役割（何をするのか）</strong></p>
<p>・実際に起こった事故事例を元に、事故原因を工学的に検証・解析し予防対策を提言する</p>
<p>・モデル校での4つの提言</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">定期点検時のエンジニアの同行（主に老朽化点検）</span></p>
<p>2021年4月北九州市の中学校体育館でバスケットゴール落下事故が起き、生徒がケガをした。原因は溶接部の老朽化だった。老朽化した溶接部の傷は専門家でも簡単に判別できない。このように老朽化した設備・備品の点検に同行し技術的なアドバイスを行う。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">施設・設備や備品の整理・整頓（メンテナンス台帳の整備）</span></p>
<p>2021年4月宮城県白石市で防球ネットの支柱が倒壊し児童が死傷した。多くの学校では所有者・管理者の分からない設備・備品が山のように置かれている。設置年度や耐用年数、メンテナンス状況が分かるよう、メンテナンス台帳の整備を提言。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">生徒への安全アンケートと安全授業</span></p>
<p>危ない場所はどこなのか？実は生徒の方がよく知っている。香川県善通寺市の小学校などで、生徒に対して危険箇所のアンケートを行なうとともに安全授業を行ない危険の回避について学んでいる。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">老朽化以外の点検（リスクアセスメント）</span></p>
<p>2008年6月東京都の小学校で以前は立入禁止だった屋上の天窓に児童が乗ったところ、天窓が壊れて児童が転落して死亡した。消費者事故調から緊急点検が提言された窓からの転落やロッカーの転倒なども老朽化が原因ではなく、リスクアセスメントを実施する必要がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>５）かかりつけエンジニアのメリット</strong></p>
<p>全般：学校における児童・生徒の傷害（事故）を予防できる</p>
<p>子ども：さまざまなリスクを学び、成長する</p>
<p>学校：学校管理・運用における安全性向上、計画的なモノのメンテナンス、これらを通した教職員の負担軽減</p>
<p>エンジニア：社会貢献（保有スキル活用）、子どもや学校のことを知ることで技術力が向上する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>６）かかりつけエンジニアの課題</strong></p>
<p>学校：安全についての体系的な知識が不足している</p>
<p>エンジニア：学校教育の専門家ではない、子ども固有の特性についての知識・経験が不足</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>７）かかりつけエンジニアの課題への対応</strong></p>
<p>・地域にいるエンジニアが必要な知識を習得（かかりつけエンジニアの養成講座）</p>
<p>・多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）とともに学校の安全を支える</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5．子どもの安全</h3>
<p><strong>１）ISOガイド50　子どもの安全の国際基本規格</strong></p>
<p>「安全側面-規格及びその他の仕様書における子どもの安全の指針」は2016年JIS化されているが、誰も知らない。象徴的なフレーズ「子どもは小さな大人ではない」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クイズ3　1.1mの柵のあるベランダから、例えば身長1.7mの大人は、普通転落しないのに、身長1mの４歳児はなぜ転落するのか。</p>
<p>正解があるわけではないが、子どもは大人と異なる行動をとるなど、子ども固有の特性を持っている。そして、その特性は成長に伴い急速に変化する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「子どもの安全は社会の責任」</strong></p>
<p>・世界基準（ISOだけでなくWHOでも）では、「子どもの安全は社会の責任」とされている。</p>
<p>・日本では、「子どもの安全は親の責任」という考えが強い。</p>
<p>・日本では事故が起きるとSNSなどで「子どもを見ていない親が悪い」と言われ、親も自分が悪かったと考えるため製品や環境の問題点が指摘されない。その結果、原因が究明されず、製品の改善などの再発防止策がとられない。そして同じような事故が繰り返し起こる。これを指して「子どもの事故はコピペ事故」と言われている。</p>
<p>・親（大人）が目を離していても子どもの事故（傷害）が起きない、安全な製品・環境が望まれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）子どもは誰のものか－文化的背景－（私見）</strong></p>
<p>・国際的には「子どもは社会のもの」とされている。なぜなら子どもがいないと社会が持続できないから。</p>
<p>・日本では「子どもは親のもの」という考えが強い。子どもがいないとイエが持続できないからかもしれない。子どもの安全だけでなく高齢者や障がい者の福祉もイエが担ってきた。</p>
<p>・文化的背景を無視して「子どもの安全は社会の責任」と言っても定着しない。日本の文化に沿う形で子どもにとって安全な社会を作っていく方法を探していかなければならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）CDR（Child Death Review：予防のためのこどもの死亡検証）</strong></p>
<p>病気や事故などで亡くなった子どもの死因や背景を、医療・警察・行政などの専門家が連携して検証し、同じような死亡を二度と繰り返さないための「予防策」を導き出す仕組み</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="https://cdr.cfa.go.jp/" target="_blank">こども家庭庁CDR</a></p>
<p>・「コピペ事故」は本当に親だけの問題か？親が声を上げないといけないこと自体適正か？</p>
<p>・令和2年から厚生労働省でモデル事業を開始（現在は子ども家庭庁）、令和6年には10都道府県で実施。</p>
<p>（北海道、福島県、群⾺県、東京都、⼭梨県、三重県、滋賀県、京都府、⿃取県、⾹川県）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先行事例としてのアメリカのCDRの特徴</p>
<p>・全国データベースによる一元的分析：州ごとのデータを統合し、全国的な傾向を把握。</p>
<p>・多職種・多機関連携の徹底：医療・警察・福祉・教育などが同じテーブルで議論。</p>
<p>・ 政策への反映が強い：公衆衛生政策、法律、教育プログラムに直結。</p>
<p>・ 乳児・胎児死亡（Fetal &amp; Infant）も含む広い範囲。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul>
<li>1970年代：虐待死対策として始まる</li>
<li>1990年代：州レベルで制度化、対象が全死亡へ拡大</li>
<li>2000年代：全国センターと共通データベースが整備</li>
<li>2010年代以降：政策形成に活用される成熟した公衆衛生システムへ</li>
</ul>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6.まとめ</h3>
<p>本日は「子どもの安全グループ」活動の一部である学校の安全について紹介した。他の活動についてもホームページに詳しく掲載されているので関心がある方は参考にしていただきたい。</p>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">子どもの安全研究グループ</a>（<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">https://kodomonoanzen.jp/</a>）</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7322" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR-150x150.png" alt="瀬戸さんQR" width="150" height="150" /></a></p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳 則雄さん（79期）</strong></span><br />
Q:SNS利用による子どもの性被害が増えています。この問題について、どのように取り組まれていますか？</p>
<p>A:この問題は主に行政（警察庁やこども家庭庁など）が取り組んでいます。私たちは物理的な事故から工学的・技術的に子どもを守ることを目的とするエンジニア集団で、SNS上の性被害問題にアプローチできていません。子どもの安全を守るのは学校の先生方の役割（責任）とされていますが、現場では先生の数が圧倒的に足りず、先生方の業務負担は増えるばかりです。しかも、先生方の大変さが伝われば伝わるほど教員志望者が減少する悪循環が起こっています。かかりつけエンジニアを配置することで、教員の負担軽減に役立てればと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span></p>
<p>Q:多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）が協働して学校を支える活動について、もう少し詳しい解説をお願いします。</p>
<p>A:余り知られていないのですが、文部科学省はコミュニティスクール（学校運営協議会制度）を推進しています。コミュニティスクール（CS）とは、学校と地域住民が協働して一緒に学校運営に参画する仕組みです。令和6年時点では全国公立小中学校の 約52.3％ がコミュニティスクールを導入しています。学校はCS制度も活用して、かかりつけエンジニアを導入していただけるとよいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:子ども時代に、危ないことを安全な形で体験することこそが最も重要だと思うのですが、今の学校では、例えば科学の実験をやらせないことで安全を確保しようとします。このような現状についてどのようにお考えになりますか？</p>
<p>A:AIの回答では「学校は安全な実験場」で、挑戦して失敗しても安全な場所とされていました。しかし実際はゼロリスク（学校で事故はあってはならない）を目標にするあまり、実験場としての役割が果たせていません。私たちは学校における事故の事例を研究・解析することで、「学校における安全な授業の実践方法」などを提言していきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野田 美佳さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q：私が子どもの頃、近所の公園には沢山の遊具があって、楽しく遊べる場所だったのですが、今の公園は遊具が取り払われた、ただの広場になってしまって、子ども達が遊ぶ姿を見かけなくなりました。現代の子どもにとって遊具はそんなに危険な物なのですか？また、以前のように遊具で遊べる公園を運営するのにはどのようにすればよいとお考えですか？</p>
<p>A:工学的な立場で見ると、子どもの遊具とは特殊な製品です。安全でありながら子どもの成長に役立つチャレンジ機能を持たせなければなりません。世界の多くの国は遊具に欧州規格を採用していますが、日本では独自の安全規格が設けられています。詳しくは<a href="https://kodomonoanzen.jp/new/%e9%81%8a%e5%85%b7%e3%81%ae%e8%a6%8f%e6%a0%bc-en1176/" target="_blank">— 遊具の安全規格 EN1176｜子どもの安全研究グループ</a>をご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」-3）.pdf" target="_blank">260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」 (3）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田 美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7324" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋-150x150.jpg" alt="260218 - 髮・粋" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7325" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1-150x150.jpeg" alt="260218 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7326" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3-150x150.jpeg" alt="260218 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7327" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8-150x150.jpeg" alt="260218 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7328" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12-150x150.jpeg" alt="260218 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7329" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13-150x150.jpeg" alt="260218 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7330" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14-150x150.jpeg" alt="260218 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7331" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15-150x150.jpeg" alt="260218 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7332" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16-150x150.jpeg" alt="260218 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7333" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17-150x150.jpeg" alt="260218 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7334" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20-150x150.jpeg" alt="260218 - 20" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7335" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25-150x150.jpeg" alt="260218 - 25" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【277回】1月「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</title>
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		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7279#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 05 Feb 2026 22:32:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[吉田 昌代さん＠91期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年1月21日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>49名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>吉田 昌代さん＠91期</h4>
<p>ジャズ・ポップス　シンガーソングライター</p>
<p>1977年に北野高校を卒業し、入学した神戸大学在学中に、シンガーソングライターデビュー。関西の有名ホテルで　ジャズシンガーとして活動。1988年12月に渡米しバークリー音大（ボストン）推薦入学、パフォーマンス科を1991年に卒業。デュークエリントン追悼コンサートで　ソロを披露、賞賛を浴びる。ボストン、サンフランシスコを中心に22年間の音楽活動を行う。2010年に帰国。現在、ホテルグランヴィア大阪レギュラー出演の他、各種イベント、ライブ、ホテルで幅広く活動中。ラジオ、TVメディアにも多数出演。ますます元気になるヴォイストレーニングも好評。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>北野高校時代の劣等感から、R&amp;B/Funk/Jazzとの出会いを経て自己を確立。農芸化学科在学中に日航ホテルジャズシンガーとしてプロ活動を開始しました。その後、運命的にバークリー音楽大学から全額奨学金を得て渡米。当初は卒業が目的だったアメリカで骨を埋める覚悟を決め、英語もままならぬ中、ボストンやサンフランシスコでピアノや歌の指導をしながら、レーベル契約、シンガーソングライターとして生活基盤を築き、22年間音楽活動を続けました。2010年の帰国から15年。現在は、島国・日本での人との繋がりや、日本人の国民性の素晴らしさを日々学びながら活動しています。本講演では、劣等感からの解放、日米での挑戦と自己確立の道のりを語り、感謝の気持ちを込めて、皆様とご一緒に「ちょいヴォイトレ」もご体験いただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>＊紹介者は造力全史さん（91期）吉田昌代さんは、北野高校卒業生としては、あまりいないジャズ・ポップスのシンガーソングライター。食べることや食品に興味があり、神戸大学農芸化学科に進学され、在学中にプロジャズシンガー活動を開始。英語もままならないまま（ご本人曰く）、全額奨学金で名門バークリー音楽大学へ。ご苦労が多かったと思うが、ボストン、サンフランシスコで２２年間音楽活動を続けられ、そのままアメリカに滞在されると思いきや、故あって、２０１２年にご帰国。現在、大阪にお住まいで、本日は大寒波襲来の中、朝早くから新幹線で東京に来て頂いた。事前に、高校の同期女性陣に当時の吉田さんの印象を聞いたところ、ある方は、アニメに出てきそうな可愛い女性、また、別の方は、同い年なのにお姉さんのようで、男子生徒の憧れの的だった、とのコメントを頂いた。本日は、どういうご縁でシンガーソングライターになられ、どうしてアメリカに渡られたのか、アメリカでの生活ぶりやどのようなご苦労をされたのか、分かっているようで、実は分からないジャズとはどういうものかを分かりやすく教えて頂けると伺っている。また、時間があればヴォイストレーニングを行って頂けるとのことで、吉田さんのご講演を最後まで楽しんで頂ければ幸いです。&nbsp;</p>
<h3>１．ジャズシンガーへの道</h3>
<p>３歳から高３までクラシックピアノをやっていた。親は宝塚に入って欲しかったようで、小学校の時に宝塚に連れて行ってくれたが、興味が湧かなかった。長女でもあり、優等生症候群の典型で、親には良い子でありたいという娘だった。北野高校に入学したが、北野の生徒はみな優秀。運動は不得意で、断郊や縄跳びなど全然。勉強も全然やらず、北野では、屈辱感に耐える力をつけさせて頂いた。ついに、高校３年時にはじけて、映画「サタデーナイト・フィーバー」を観てこれだと思い、十三駅のコインロッカーにハイヒールとタイトスカートをしのばせ、放課後に梅田のディスコに繰り出し、その当時流行っていた「ステイン・アライブ」等の音楽にあわせて踊りに熱中した。親とは断絶状態で会話が無くなるも、これも北野のお陰。家では、自分の部屋で勉強をするふりをしながら、詩を作ったり曲をためたりしてストレスを発散していた。同時に、これまでクラシック音楽をやっていて、何故、ディスコの音楽のように楽しくないのか、どうしたら楽しい音楽になるのかとの思いで、神戸大学入学後に、アルバイトをしながらジャズスクールに通った。譜面をよむクラシックと異なり、ジャズは、コード進行を勉強する音楽。黒人の歌のR&amp;Bやポップに魅かれた。アメリカには、クラシックの音楽学校とジャズの音楽学校があるが、現在、日本の大阪音大や国立音大にもジャズ学科がある。大学在学中の８５年に、ストックとしてためていた曲をジュピターレコードから出す（当時のＬＰが手元に一枚だけ残っているが、先日、YAHOOオークションに９，８００円で出ていた）。全国の学園祭回りをしていた。大学の研究室には全く行かなかったが、ゼミの教授を日航ホテルに食事に誘い、５年半で大学を無事卒業（卒業証書は確かにある）。その後、日航ホテルのオーデイションに一発で合格。週３回、３ステージで年１００曲近く歌った。私は、元々、歌が上手い父のピアノの伴奏者であったので、人前で歌を歌うこと、ましてや、外人の前で英語の歌を歌うこと、お金を貰い歌うことの責任感に大いにストレスを感じ、食べていても食べていることを感じられなかったが、北野時代に培われた「屈辱感に耐えて」一生懸命頑張った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．アメリカバークリー音楽大学への留学</h3>
<p>私の頑張りを見てくれていたジャズスクールの先生が、バークリーの推薦状を書いてくれることのことで、応募結果、全額奨学金で見事合格。私自身は、「やった！」では無く、「ええ？どうするの？」との思いだったが、日本の仕事では先が見えず、アメリカで１年だけ頑張ろうと、８８年１２月２４日のクリスマスにアメリカに向かった。<br />
大学のテストは簡単。日本の音楽教室はかなり高度で、レヴェルの高さを改めて認識した。大学は１年で卒業出来たが、日本人とは絶対話をしないことにした。バークリーのあるボストンは、アメリカでも英語が速く、ニュージャージーやバージニア等から来ている人にとっても英語が難しい。唯一、東大卒の日本人留学生が一人いたが、英語を含む環境に耐えかねられなかったのか、２か月後に姿が見えなくなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．２２年間のアメリカ生活（Boston１１年間とSan Francisco１１年間）</h3>
<p>幸い、高校時代に屈辱感への対応を鍛えられたこと、英語が出来なくともアメリカは私の気持ちを開放してくれたこと等により、「石の上にも11年」の思いで頑張ることが出来た。<br />
声を出すことが一番の目的・生きがいで、これにはお金をかけた。日本では良い先生に巡り合えなかったが、アメリカでは、ニューイングランド・コンサーバトリーで出会ったすばらしいヴォイスの考えを持つユージン・ルビンというドイツ人ヴォイストレーナーに師事すべく、ドイツに３か月留学した。ボストンでは、「The Boston Globe news paper」や「SF.日米タイムズ」で、日本人ジャズシンガーとして紹介され、CDを何枚か出した（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
ボストンでは、雪の道で交通事故にあい、骨折とともに肺きゅうが萎んだが１年で復帰。しかし、それで雪が怖くなった。８年経過し、自身のユニークな存在のお陰で人間関係も出来たが、日本人がこのままアメリカで頑張るためには、学生ビザ乃至は業務ビザを取得する必要がある。グリーンカードを申請するが抽選会で落ちた。その内、卓越した技術者に与えられるO１ビザを獲得できた。これは、自分にとって一番の人生の誇り。これで、「一生、アメリカでやっていける。アメリカが私を呼んでいる」と思い、ボストンから同じサイズの都市のサンフランシスコに行った。サンフランシスコでミュージックスクールの先生になったが、バークリー音大の存在感を改めて認識した。私のプライベートレッスンを受ける黒人の生徒や私に英語の歌を教えて欲しいという人がいっぱい来てくれた。自分で色々追及しベストを尽くしたことが、たいへん勉強になった。<br />
声は出るようになったが、こんなに人前で歌っていながら、練習場では歌えるのに人前になるとまだまだ上手く歌えなかった。元々声が低く、ごまかしながら歌っていた。小学校時代、音楽のテストで歌えず、その経験がトラウマとなっていた（今になっては、先生がピアノで女の子のキーと男の子のキーしか弾けず、他のキーに合わせて弾けなかったことの理解はできるが、当時は分からなかった）。サンフランシスコは、ネーチャーやスピリチュアルなものを重視する地域で、（トラウマ解消に効果があるといわれる）ヒプノセラピーの世界を勉強した。自分が自分自身にセラピーを行ったり、如何に呼吸を深く出来るかを勉強した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>４．帰国の決意</h3>
<p>サンフランシスコで生活にゆとりが出てきて、正月には日本の親元に帰り、アメリカと日本、大阪を行き来するうちに、日本のサービスが完璧でユートピアに思え、日本語の曲がどんどん出てきた。書いていた日本の曲を日本の人にも聞いて欲しいと思うようになり、２００９年に全曲日本語の「しあわせサプリ」、２０１０年に「It’s time」(2025万博で歌った「Osaka」を含む)のCDを出した。大統領選で黒人のオバマが大統領になり、彼の演説や周囲の熱狂にたいへん刺激を受け、これで国が変わる、と思ったが、アメリカの選挙権が無いことを認識するとともに、自分の存在を改めて感じた。また、親が老いてきたことも心配で、親に相談したところ、「好きなようにすれば良い」と言ってくれた（高校３年時のディスコ通いの親不孝を通して親はトレーニング済み？）。親には感謝している。以上の経緯で大阪に帰国した。浦島太郎扱いを覚悟していたが、大阪で色々な方に出会い仕事を頂くことが出来た。東京に来てくれとのお誘いもあったが、大阪で親の元で一緒に過ごせたこともあり、後悔は無い。<br />
ホテルグランビア大阪で、４月と１０月の年２回、ジャズコンサートを１４年続けている。今年は４月２９日（祝）と１０月１２日（祝）で、フルバンドの演奏、飲み放題・フルコースのデイナーつきで１３千円/人、スポンサーのアース製薬様のお土産付きで、たいへんお得。よろしければ、是非大阪に来て頂ければと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>５．ご一緒にヴォーカルトレーニング</h3>
<p>講演会参加者とともに以下を実践。毎日やれば、声帯がリラックスして音域が広まり、声がはっきり出るようになる。医療的にも認められている。カラオケで歌う前、MC等で話をされる方にはお勧め。<br />
・歌うには肩甲骨が一番大切→肩甲骨を３６０°回すトレーニング（ストレッチ）<br />
・発声練習→両手を肋骨脇にあて、腹式呼吸で息を吐きながら、舌全体を上顎にあてて口と鼻から声を出す</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>６．ジャズ、ジャズヴォーカルとは</h3>
<p>同じ原曲で拍子や歌い方を変えた曲を聴き、異なる雰囲気の曲になることを実感。これがジャズの典型であり醍醐味。<br />
・デユーク・エリントンの「Take The “A” Train」４拍子の同じ曲を３人の歌手が歌うのを聴く→スキャットを入れたり、ヴォーカルを変えて演奏することにより、異なる雰囲気、曲になる<br />
・「Fly Me」を３拍子、４拍子（ボサノヴァ、スウィング、ラテンで）で聴く→上記と同様</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>７．最後に</h3>
<p>今をみつめて生きたいとの思いで「今を生きる」をテーマに、山本能楽堂（ジャズと花道の競演「On the sunny side of the street」）やお寺（高槻本行寺/お経との共演「Imagine」）で演奏している（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
日本に帰って１５年。英語の曲を歌う時も、日本語の曲を歌う時も、言葉の力を大きく感じている。特に、英語の歌詞は意味が伝わっていなく感じられ、歌詞の存在をすごく意識している。コンサートでは、一方的に歌を聴いて頂くのでは無く、お客様と同じ時間を一緒に共有し紡がせて頂けることに喜びを感じる。今回の講演会にお呼び頂いたのをきっかけに、今後、大阪だけにとどまらずに活動が出来れば嬉しいと思う。</p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span><br />
Q:最初にボストンに行ったときに、一番驚いたことは？A:アメリカは自然だったので、驚くことは無かった。ただ、ガソリンスタンドでトイレを借りるために「Can I use bathroom？」と黒人に尋ねた時に、断固として「Ｎｏ」と言われたのは、後にも先にも一番辛かった。後で分かったが、彼らがアメリカでされていることと同じことを私にしたかったのだろう。後で考えてみれば、「May I」と言えば良かった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口 喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:レヴェルが高く層も厚いアメリカのジャズ界で、日本人が成功するのは稀有では？才能があり上手であることもあろうが、有力なスポンサー等がいたのか？</p>
<p>A:すごく苦労した。最初に、インタビューで「日本人なのに、何故、あなたはジャズを選んだのか？」とアタックされた経験で学んだが、「私のルーツは日本で、日本でジャズをやってきた」と開き直り、「オリジナリティー」を出したことで、仕事がついてきた。ボストン、サンフランシスコはそれぞれが国のようなもので、「異色」を尊重してくれた。開き直りは、北野高校のお陰。小学校や中学校時代に作った曲をジャズにアレンジして英語に訳してもらい売り込んだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>石垣 具子さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q:一曲聴かせて頂ければ、ありがたい。</p>
<p>A「Blue skies」と「Osaka」（２０２５万博で歌った）を披露。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>坂本 睦枝さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q：万博で歌われたのは、何かご縁があったのか？</p>
<p>A:北野高校のご縁で、パビリオンのオープニング式典で歌わせて頂いたもの。</p>
<p>永田ひろみさん（91期）：大阪ヘルスケア・パビリオンのシステムのボスである同期の三浦泰夫さんのご紹介で歌ったもの（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。</p>
<p>参考：<a href="https://www.rikuryo.or.jp/talkrelay/miura91/TR231-250301.png" target="_blank">TR231-250301.png (1241×1754)</a></p>
<p><a href="https://www.youtube.com/live/vTu-uWDDv24" target="_blank">TR231Live</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/第277回配付資料.pdf" target="_blank">第277回配付資料</a></p>
<p style="text-align: left;">吉田昌代さんホームページ：<a href="https://www.masayoyoshida.com/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0" target="_blank">Mya 吉田昌代</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7281" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR-150x150.png" alt="吉田昌代HPQR" width="150" height="150" /></a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野 正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7282" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5-150x150.jpeg" alt="260121 - 5" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7283" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9-150x150.jpeg" alt="260121 - 9" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7284" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10-150x150.jpeg" alt="260121 - 10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7285" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12-150x150.jpeg" alt="260121 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7286" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13-150x150.jpeg" alt="260121 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7287" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14-150x150.jpeg" alt="260121 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7288" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16-150x150.jpeg" alt="260121 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7289" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17-150x150.jpeg" alt="260121 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7290" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18-150x150.jpeg" alt="260121 - 18" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【276回】12月「応用物理の目で絵画を読み解く」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7250</link>
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		<pubDate>Sat, 27 Dec 2025 21:15:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7250</guid>
		<description><![CDATA[佐藤 勝昭さん＠72期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年12月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>40名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>佐藤 勝昭さん＠72期</h4>
<p>東京農工大学名誉教授</p>
<p>(一社)日本画府理事・総務部長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1960　　　　大阪府立北野高等学校卒業</p>
<p>1960～1964　京都大学工学部電気工学科</p>
<p>1964～1966　京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程</p>
<p>1966～1984　日本放送協会(1966-1968大阪中央放送局、1968-1984放送科学基礎研究所）</p>
<p>(1978: 京都大学工学博士学位取得）</p>
<p>1984～2007　東京農工大学(1984:工学部助教授,1989:同教授, 2005:理事・副学長）</p>
<p>2007～2019　(国研)科学技術振興機構(さきがけ次世代デバイス研究総括、研究広報主監他）</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「応用物理の目で絵画を読み解く」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>この講演では、応用物理学（光学・材料科学）の目で、絵画の発色の仕組みを解説し、ゴッホの油彩画、北斎の浮世絵版画などを読み解くとともに、自身の水彩スケッチ・油彩画について、その技法を紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>東京六稜倶楽部での講演は、2012年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=2321" target="_blank">【第118回】「スケッチで綴る世界の旅」 </a>、2014年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=3240" target="_blank"> 【第143回】「太陽電池のキホン」 </a>に続く、三度目となります。本日の講演は（１）絵具の仕組み、（２）北斎浮世絵版画の青色絵具について、（３）ゴッホの油絵の褪色について、（４）油彩画の技法についてお話します。</p>
<h3>（１）絵具の仕組み</h3>
<p>我々が色を感じられるのは、網膜に色感度特性が異なる３種類の錐体細胞ρ、γ、βがあるおかげです。これら錐体の色感度はそれぞれ赤・緑・青に敏感になっています。三原色の光を混ぜると白色になり、これを加法混色と呼びます。これに対し、絵具やプリンターのインクでは、三原色の補色にあたるシアン、マゼンタ、黄色が三原色となり、三色の絵具を混ぜると黒色になり、これを減法混色と呼びます。</p>
<p>絵具は着色材となる顔料と顔料を紙や布に付着させる展色材からなります。展色材には卵（テンペラ）、水（フレスコ画）、アクリル樹脂、アラビアゴム（透明水彩）、ロウ（オイルパステル）、芥子油・アマ油（油絵）、ニカワ（日本画）などがあり、展色材の違いが絵画の技法の分かれ道になっています。無機顔料には天然無機顔料、合成無機顔料、有機顔料にはアゾ顔料、多環顔料があります。油絵で芥子油は亜麻仁油より渇きが遅いのは、酸素と化学反応を起こして乾くための分子の二重結合が前者は二つなのに後者は三つあり、化学反応が速く進むからです。</p>
<p>無機顔料は半導体の種類により、吸収する光の波長帯が異なるという性質を利用しています。硫化亜鉛は全波長を通すので白色、硫化カドミウムは黄色、硫化水銀は赤、珪素やガリウム砒素は可視光を通さないので黒の顔料となります。これら顔料には有毒なものが多いことに注意する必要があります。コバルトブルーの顔料に使われるアルミン酸コバルトは、少し違う種類の顔料で、結晶構造の中に埋め込まれたコバルト不純物の性質により赤色が吸収され特徴的な青色が出ます。</p>
<p>有機顔料としては多くの赤から黄色の顔料に使われるアゾ顔料がありますが、耐久性が弱く褪色しやすいという弱点があります。より耐久性のある有機顔料として、黄色から橙色を呈する多環顔料というものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（2）北斎の青色について</h3>
<p>葛飾北斎の有名な「神奈川沖浪裏」は波頭のダイナミックな形状に加えて、使われた青色顔料が「北斎ブルー」として注目されてきました。この顔料は18世紀初頭にドイツ（プロイセン）で開発された鉄のシアン化物で、ベルリンから来たということで「ベロ藍」とも呼ばれていたものです。浮世絵の世界では1830年ころまで青色染料には青花（ツユクサ）と藍が使われていましたが、平賀源内が1763年に紹介し、伊藤若冲が「群魚図」で1766年に最初に使用した記録が残っています。輸入物で高価な顔料でしたが、北斎や広重が活躍した1832年以降には薄い青から濃い青までプルシアンブルー顔料を多用するようになり、「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」が生まれました。プルシアンブルーは染料業者の作業ミスで、動物由来の黄血塩と硫酸鉄の反応で偶然できたもので、「動物成分のなれの果て」だったのです。シアン化合物と分かり人工合成できるようになりました。プルシアンブルーは微粒子で、浮世絵の版画制作上の色刷り時に和紙に良く馴染み、その塗布量に応じて「ぼかし摺り」ができたこともあり重宝されたと言えます。</p>
<p>やや脱線しますが、赤から青までの花の多彩な色はアントシアニンという化学物質に何が分子的に付くかで生じていることが多いというのも驚かされます。藍色は、つゆくさから色素インディゴを酸化させてつくりましたが、現在インディゴは化学的に合成できるようになりました。フェルメールの絵で有名なウルトラマリンブルーは青金石（ラピスラズリ）という鉱物からつくられた顔料です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（3）ゴッホ油彩画の褪色について</h3>
<p>ゴッホはトーンの異なる黄色を多用することを好んだことが彼の残した様々な書簡から読み取れます。クロムイエロー（オレンジ黄色）、亜鉛イエロー（濃い黄色）、アンチモン酸イエロー（明るい黄色）は毒性のある無機顔料、バンダイクブラウン（褐色イエロー）は褪色し易い有機顔料でした。赤色についても何種類かの顔料を使い分けていますが、ゴッホが晩年体調を崩したのは、これらの毒性顔料の影響だったのだと想われます。</p>
<p>ゴッホの「イリス畑」の画像などについて、オランダの研究者が顔料成分をシンクロトロン放射光を用いて分析し、経年褪色を考慮して、原色を再現した研究がありますが、それによると元の黄色が褪色して現在は緑色になってしまったことが確かめられています。ゴッホの絵は強い色の対比や、補色を上手に利用しているが、褪色しやすいクロムイエローなどが原画の色相を変化させてしまっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（4）油彩画の技法</h3>
<p>水彩画は水の蒸発で乾きますが、油彩画は乾性油の酸化反応で乾きます。水彩画は透明色で紙の反射があり塗り残したところは白っぽく見えるが、油彩画は反射色で顔料の色が直接見えるので白色は上塗りしなければなりません。油彩画では不透明色の上に透明色を何重にも塗り重ねる「グレーズ処理」により色の深みを表現することができます。</p>
<p>最後に、欧州での学会などの機会に描いたいろんな街の油彩画をご披露させて頂きます。100号サイズの大きな作品もあり、いろんな展示会に出品していますが、東京農工大学や長岡科学技術大学に展示用に寄贈したものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span><br />
Q:若い人に広がっているアクリル絵の具と油絵の違いを教えて下さい。A:展色材の違いです。アクリルは乾きが良く色の種類も多く使い易いので広がっていますが、透明で深い色を出しにくいので、自分としては薄っぺらいという感じをしています。</p>
<p>Q:デジタルでは表現できない油絵の世界というのはあるでしょうか？</p>
<p>A:実物の油絵は照明の当たり方でも違って見えますが、デジタル画像はどこでも均質に見えます。最近タブレットによる絵画教育が広がってきていますが、簡単に消せるというメリットもあるものの、絵具を混ぜて画用紙に新しい色を作る体験などができないので、残念なことだと心配しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q:玉虫色がでて褪色しない構造色を絵画に使うような試みはされてないでしょうか？</p>
<p>A:細い筆で鳥の羽のような構造色を再現しようとした人もいますが、実用化されていませんね。絵画でなく、自動車の塗装に構造色で塗装作業を省く研究がトヨタでなされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q:昭和の画家としての心構えとかあるでしょうか？</p>
<p>A:昭和の絵でいいのではないかと想っています。油絵の重ね塗りの厚みなどを伝えていきたいと想っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>家 正則さん（80期）</strong></span></p>
<p>Q:道路標識など赤色塗料が剥げて読めないことが多いですね。ジアゾ顔料よりベンゼン環の多環顔料のほうが退色に強いとのことですが、あまり使われていないのでしょうか？　高価で使われないのでしょうか？</p>
<p>A:そうですね？　道路標識に構造色を使おうという試みもあるようです。</p>
<p>Q:表面にコーティングして褪色しない赤を実現する試みというのは無いでしょうか？</p>
<p>A:やられていますが、水分が入り込んだりして万能ではないですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>蓑原 律子さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:ご自分の絵画の色のパレットをどのように増やして行かれたのでしょうか？</p>
<p>A:それほど意識はしていませんが、いろんな絵を見ています。海外での学会に参加した折に、美術館を巡り、穴があくほど時間をかけて見ています。フランスではルーブルよりオルセーが良いですね。</p>
<p>Q:日本の緑と欧州の緑の違いなどを感じられますか？</p>
<p>A:気温や湿度、植生の違い、建物の違いがあり、風土により色相の違いというのは感じられると想います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回配布資料.pdf" target="_blank">第276回配布資料<br />
</a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回発表資料.pdf" target="_blank">第276回発表資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7255" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1-150x150.jpeg" alt="251217 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7256" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2-150x150.jpeg" alt="251217 - 2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7257" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3-150x150.jpeg" alt="251217 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7258" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4-150x150.jpeg" alt="251217 - 4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7259" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8-150x150.jpeg" alt="251217 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7260" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11-150x150.jpeg" alt="251217 - 11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7261" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12-150x150.jpeg" alt="251217 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7262" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13-150x150.jpeg" alt="251217 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7263" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14-150x150.jpeg" alt="251217 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7264" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15-150x150.jpeg" alt="251217 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7265" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19-150x150.jpeg" alt="251217 - 19" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7266" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20-150x150.jpeg" alt="251217 - 20" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【275回】11月「ほとんど『隣の国』フィンランドあれこれ」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7224</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7224#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 05 Dec 2025 01:17:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7224</guid>
		<description><![CDATA[	
篠田 研次さん＠84期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年11月19日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>55名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>篠田 研次さん＠84期</h4>
<p>日本シンガポール協会 顧問、イースタン・カーライナー株式会社 顧問、日本郵便株式会社 監査役、一般社団法人　霞関会　顧問</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1976年 3月　京都大学法学部卒業</p>
<p>1976年4月　 外務省入省</p>
<p>1979年 6月　ハーバード大学大学院卒業</p>
<p>1990年7月　 在米国大使館一等書記官</p>
<p>1993年7月　 在ロシア大使館参事官</p>
<p>1995年7月 　中近東アフリカ局中近東第二課長</p>
<p>1996年 7月　 欧亜局ロシア課長</p>
<p>1999年10月　在ロシア大使館公使</p>
<p>2002年9月　 条約局審議官</p>
<p>2003年8月　 欧州局審議官</p>
<p>2005年8月　 総括審議官</p>
<p>2006年8月　 在シカゴ総領事</p>
<p>2008年4月　 駐米国特命全権公使</p>
<p>2010年8月　 国際情報統括官</p>
<p>2012年9月　 駐フィンランド特命全権大使</p>
<p>2016年2月　 駐シンガポール特命全権大使</p>
<p>2018年10月　外務省退官</p>
<p>2018年11月　一般社団法人　日本シンガポール協会　顧問（現任）</p>
<p>2018年12月　イースタン・カーライナー株式会社　顧問（現任）</p>
<p>2019年4月　 東日本旅客鉄道株式会社　顧問</p>
<p>2021年6月　 一般社団法人　霞関会　理事長</p>
<p>2023年6月　 日本郵便株式会社　監査役（現任）</p>
<p>2025年6月　 一般社団法人　霞関会　顧問　（現任）</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「ほとんど『隣の国』フィンランドあれこれ」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>1980年代初頭にモスクワで駆け出しの外交官として過ごしていた頃に初めて触れたフィンランド、そして、2012年から2016年にかけて3年半にわたり大使として過ごしたフィンランド・・・・その間に見聞きしたことを中心に、日本との間の国民レベルの相互親近感はどのように醸成されてきたのか、北極を巡る協力は有望ではないか、独立100年余りの若い国であるフィンランドは如何に厳しい国際環境の中で生き抜いてきたのか、そしてロシアによるウクライナ侵略はフィンランドの人々にとっては自分事として受け止めざるを得ない衝撃的な出来事であったのではないか、等々にわたり「あれこれ」語らせていただければ幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3><strong>はじめに</strong></h3>
<p>2018年末に最後の任地となりました駐シンガポール大使としての勤めを終えて帰国しまして、足掛け43年に亘る外務省生活を終え退官致しましてから既に７年となりました。現役でおりました43年の間は、東京と海外の任地との間を行ったり来たり致しまして、約半分は東京、他の半分は海外で過ごしました。海外はフィンランドとシンガポールにおける大使としての６年間が最後の勤務となりましたが、その他には、アメリカが3回、計9年、ロシアが3回で、計8年でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>フィンランドとシンガポール：「小粒でもピリリ」</strong></h3>
<p>そういうことで、最後の転勤は、フィンランドからシンガポールということになった訳ですが、北の北極圏から南の赤道直下へということで緯度にして60度余りの「移動」になりました。常夏のシンガポールでは、一年を通じて気温は概ね30度前後で、真夏の日本に比べるとむしろ涼しく感ぜられるくらいです。赤道直下ですから、毎日朝7時に日が昇り、夕方7時に沈みます。一年中こうですから、「日が長くなりましたね」とか「あの頃は寒かったですね」といった会話は全くない訳で、言わば「単調な快適さ」を味わっておりました。これに対してフィンランドは、言ってみれば「メリハリの利いた快適さ」ということになるのでしょう。国土は、日本よりやや小さいのですが、北緯60度から70度にかけて南北に長く、北半分は北極圏になります。ご案内の通り、冬は、寒いことは兎も角、「暗い」訳で、北の方ではずっと夜ということになります。夏はこれと逆のことが起こる訳で、ずっと明るく、北の方では太陽が殆ど沈まないということになります。気温の方は、ヘルシンキでは、夏は概ね20度から25度で、「快適」極まりないのです。私共も、ヘルシンキにおりました時には、エアコンは全く不要で、「暑い」ということを全く感じないまま一夏過ごしておりました。もっとも最近は温暖化で少し暑くなっているのかもしれません。</p>
<p>なにせ日が長いものですから、例えば、ゴルフもやろうと思えば一日何ラウンドもできる訳です。日本と関係の深いフィンランド企業からなるフィンランド日本商工会議所という団体があります。この団体、毎年夏に親善ゴルフ・イベントを開催しておりました。2015年の夏ですが、今年は「ミッドナイト・ゴルフ」にしようということになりました。夜11時スタートで、午前3時か4時に終わる訳です。と言っても、ヘルシンキ辺りのフィンランドの南の方では流石に午前1時前後は少し暗くなります。そこでそのコンペで用意されましたのが、「フラッシュ・ボール」という、引っ叩くと光る特殊なボールでした。林やラフに落ちてもパッパッと点滅しています。むしろ昼間よりもボールの位置がよく分かるのです。フィンランドならでは、の思い出です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、このように遠く離れたフィンランドとシンガポールですが、両国に続けて駐在致しまして、両者の間には意外と共通点があることに気付かされました。人口は、それぞれ500数十万。一人当たりの国民所得は、それぞれ5万ドル、8万ドル余りということで、日本より相当高く、豊かです。教育レベルの高さは双方ともトップレベルです。両国とも技術力、特にニッチな分野での先端的技術力、には定評があります。清潔で衛生的で、安全で安定した社会といった点も似ています。フィンエアーとシンガポール航空と言えば、双方ともサービスやビジネス戦略のレベルは高く、日本との関係も密接です。また、安全保障の面でも共通点があります。両国とも徴兵制を維持しています。この国民皆兵の基本については、双方とも国民的コンセンサスに裏打ちされておりまして、これを疑問視する声は殆ど聞かれません。総じて言えば、「小粒でもピリリ」の国柄というのがフィンランドとシンガポールの共通点である、と申して良いのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>親日国フィンランド：「ほとんど隣の国」</strong></h3>
<p>さて、フィンランドという若い国が、2017年に独立100周年という節目を迎えたことは誠に感慨深いことです。フィンランドは、数世紀に亘りスウェーデンの一部であり、その後の一世紀は帝政ロシアの一部であった訳ですが、1917年のロシア革命のさなかに独立を果たしました。よく指摘されることではありますが、フィンランドの独立の機運を醸成することとなった一つの要素として、日露戦争における日本の勝利がありました。極東の新興国である小さな日本がロシア帝国という大国を打ち破ったことが、自分たちもできるのではないかという気持ちをフィンランド人に抱かせることになった、という訳です。フィンランドの人たちのレーダースクリーンにこれまで意識しなかった極東の小国「日本」という点が、ポンと乗ってきた瞬間であったのかもしれません。それ以来現在に至るまで、フィンランド人は大いに親日的です。その「親日」のレベルは、欧州の国の中でも際立っているような気がします。</p>
<p>日本人にもフィンランド好きが多く、そのことは作曲家のシベリウスや、アラビア、イーッタラ、マリメッコといったフィンランド・デザインやトーベ・ヤンソンのムーミンの人気にも現れています。この数年間にも、日本にはこれらフィンランド・ブランドの店が更に増えてきているという印象を受けています。因みに、ムーミン人気の高さは、フィンランド国外では世界で日本が圧倒的だそうです。要するに、日本好き、フィンランド好きというのは相互的なのだと思います。</p>
<p>フィンランドに駐在しております時にも彼らの親日的姿勢は日々感じるところでした。私自身、フィンランドの人達からよく言われたセット・フレーズがあります。「フィンランドと日本は『ほとんど隣国』です。間に『小さな国』が一つあるだけです」と。本当によく言われました。先程申し上げた日露戦争のエピソード、そして、スターリンのソ連との関係に苦しんだフィンランドと日本が、それぞれの体験を通して相互にシンパシーを持ち合ったということがあるのかもしれません。日本とフィンランドの相互関係を規定する枠組みの中に「ロシア」という地政学的要素が介在していることはほぼ間違いないところと思われます。第二次大戦後もソ連軍の侵入を受け今も北方領土問題を抱える日本、そしてソ連軍との激戦の末多くの国土を失い、その後も長く1300kmの陸上国境でソ連、そしてロシアと対峙し、その圧力を受けてきたフィンランド。ですから、日本人とフィンランド人の間には、自覚的であるかどうかは別として、この「ロシアを東と西から挟み込んでいる関係」にあるという共通の意識が底流としてあるのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>ソ連・ロシア：「1300kmの陸上国境」</strong></h3>
<p>「国境」というものが齎す様々な状況、影響、事象を調査し研究する「国境学」というのが日本でも一つの学問の領域として近年定着してきているようです。フィンランドの場合、この1300kmに亘るロシアとの陸上国境の存在が、フィンランド人の心理のみならず、その安全保障観、ひいては国家観そのものに甚大な影響を与えてきていることは間違いないと思います。</p>
<p>私は、在任中、フィンランド国内及び周辺地域をできる限りくまなく飛び回り、その実情を感じ取ることに努めました。国境地域の視察も重視していたことの一つで、北はノルウェー・ロシアの国境から南のフィンランド湾における海上国境に至る主要な国境通過地点をほぼ全て視察に訪れました。そして、それぞれの地点におけるフィンランド国境警備隊の幹部との意見交換を行いました。ソ連時代、ソ連軍と直接対峙していた時のピリピリした緊張感は多少和らいでいるとはいえ、警戒感は決して緩めていないことが伺えました。ただ、10年以上前の当時は、出入国管理の窓口にはロシア側から買い物客や観光客が殺到して長い列ができていたのが非常に印象的でした。2014年にロシアがウクライナからクリミアを奪った前のことですので、情勢は全く異なっていたのですが、私がヘルシンキに着任した直後の2013年の1月初めの一週間は丁度ロシア正教のクリスマスの時期に当たり、50万人のロシア人がフィンランドを訪れたと言われておりました。人口500数十万のフィンランドに１週間に50万人のロシア人が来たわけです。フィンランドの人達はよく言っていました。「ロシア人は、昔は戦車でやって来たものだが、今はメルセデスに乗ってやって来る」と。ひょっとすると、最近では、「近いうちにまた戦車に乗ってやって来るかもしれない」と言っているのかもしれません。</p>
<p>国境と言えば、今から40年数年前のことになりますが、私、ソ連時代のモスクワで駆け出しの外交官として勤務していた頃、モスクワから陸路、寝台列車でヘルシンキに向かったことがあります。フィンランド側の国境駅に着くと、プラットホームの花壇には多くの綺麗な花が咲いており、カフェに行くと新鮮なコーヒーがポッポッと湧いており、美味しそうなパンが並んでいました。心底幸せな気持ちになりました。身が軽くなったようにも感じました。今は昔のことです。大使としての在任中に、昔、駆け出しの外交官が「共産圏から出て自由世界に入った」と感激したその国境駅を訪れてみました。様子は多少変わっているようには見えましたが、当時の光景が蘇ってきました。暫し思い出に浸った次第です。</p>
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<h3><strong>日本との友好関係：「2019年修好100周年」</strong></h3>
<p>1917年にフィンランドが独立したことを受けて、1919年に我が国は同国と外交関係を樹立したので、2019年に丁度修交100周年を迎えた訳です。私がフィンランドに駐在しておりましたのが2012年から2016年でありましたので、その時期は、独立100周年、そして修交100周年に向けての言わば助走の時期に当たりました。その間の忘れられない思い出は数多くありますが、印象深い結果となりました一つ二つのハイライトに触れさせて頂きたいと思います。</p>
<p>先ずは、2013年の我が国海上自衛隊の練習艦隊のヘルシンキ親善寄港です。海上自衛隊史上初のヘルシンキ寄港ということもありフィンランド海軍挙げての歓迎ムードとなりました。当日、旗艦「かしま」が、多くの美しい島に囲まれているヘルシンキ湾の奥深くに、島と島の間を縫うように、威風堂々航行し、フィンランド海軍と礼砲を交わしながら入港してくる様は正に圧巻でした。私を含めて出迎えの在留日本人にとりましては、何かしら誇らしく、涙を誘うようなシーンでした。正に日本フィンランド友好関係を肌で感じた出来事でした。そして、このことは双方の間の軍レベルでの友好・親善交流の機運を高め、翌年、ロシア国境に近いハミナで行われた世界でも有数の国際軍楽隊フェスティバルであるハミナ・タトゥーに陸上自衛隊中央音楽隊の50名余りの大部隊が参加することに繋がりました。また、その後、フィンランド国防省と日本の防衛省との間の安全保障分野の協議・交流が進んだことも、このことが齎した効果の一つであったと思います。</p>
<p>翌年の2014年には、ヘルシンキで、小笠原流の流鏑馬公演を中心とした大型日本文化発信イベントが行われました。ハイライトは何と言っても流鏑馬でした。準備にはなかなか苦労が伴いました。馬が全速力で疾走する流鏑馬には300メートル位のほぼ直線の走路が必要ということで、ヘルシンキ市内を色々探しましたが、最終的には、隣接の駐車場に土を入れて延長走路を作り300mの直線の走路を確保するというアイデアが決め手となりオリンピックの馬術競技場を使うということになりました。次に馬ですが、現地のどのような荒くれ馬をも短期間で調教して乗りこなす、というのが小笠原流の技である、ということで、全て現地フィンランドの馬が使われました。幸い、是非自分の馬を使って欲しいという申し出も相当ありましたので、馬の確保に困ることはなかったのですが、何せフィンランドの馬は飛んだり跳ねたりという所謂馬術競技に慣れているものが多く、流鏑馬は直線的に疾走するということで、馬の方も相当面食らうことがあったようです。日本から大挙来られた小笠原流の代表団の方々が、それを極短期間のうちに調教された様は、正に見事の一言でした。当日は幸いにまずまずの空模様に恵まれ、人口60万のヘルシンキで1万人の観客が集まり、大盛況でした。正に、ヘルシンキっ子の度肝を抜く日本の侍の技で、大きなインパクトを与えたものと思います。</p>
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<h3><strong>滞在よもやま話：「鳥とサ道」</strong></h3>
<p>今一つ二つ、在任中の個人的に楽しかった思い出に触れさせて頂きたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一つは、バードウォッチングです。フィンランドは動植物の多様性に恵まれているところですが、鳥についても、シーズンになると所謂「北極渡り」を見ることができる他、年間を通じて多種、多様な生態を観察することができます。毎年5月初旬の土曜日に、フィンランド全土に亘り「タワーの戦い」と呼ばれる全フィンランド・バードウォッチング選手権大会が行われていました。フィンランドでは至る所に鳥見用の展望櫓が点在していますが、これらをベースに10人位ずつのバードウォッチャーのチームが全国に幾つも出来、朝５時から午後１時までの８時間にそれぞれ何種類の鳥を識別できるか数を競うイベントです。姿は見えなくとも鳴き声だけでも複数のメンバーが認識できれば一種類を識別したとカウントされます。私共夫婦はヘルシンキ市チームに毎年招かれ、言わば特別オブザーバーということで参加しておりました。８時間も櫓の上で過ごすわけですし、5月とは言えまだまだ寒いので、結構大変でした。彼ら専門家の識別スピードは大変なもので、我々は彼らが見つけたものを望遠鏡や双眼鏡で一生懸命後追いするのがやっとでした。私の手帳には、例えば、2015年の大会ではヘルシンキ市チームは8時間で89種類識別したとの記述が残っていました。結構良い成績でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的に楽しかったことに今一つだけ触れさせて頂きたいと思います。それは「サ道」です。ある人から「フィンランドへ来たら『サ道』をやらねば」と熱心に勧められました。フィンランドでは、裏千家茶道のプレゼンスが相当しっかりしたものでありますので、てっきりそのことかと思って聞いていたのですが、「サ道」とは「サウナ道」のことでした。私にとっては、フィンランドのサウナは飽くまで水との組み合わせです。海であれ、湖であれ、川であれ、サウナでガンガンに熱くなって出てきたら、ドボンと飛び込む自然の中の水が無ければ、サウナにならないのです。やってみると本当に気持ちが良くて、「中毒性」があるとすら思いました。やったのは夏場です。ちょっと意気地がなくて、私は冬に氷に穴を空けてのドボンはやりませんでした。実際、「体のためには無理は禁物だし、自分もやらない」と言ってくれるフィンランドの人も何人もいました。</p>
<p>何れにしても、サウナ無しでは夜も日も明けない、というのがフィンランドです。フィンランド人は、家を建てる時には、先ずサウナから作り始めると言われています。フィンランド軍も、精強で知られていますが、陣地を作るときには先ずサウナから作り始めるようです。実際に、それで常に体を清潔に保ち、前線でも病気の蔓延を防ぐ上で効果があるようで、フィンランド軍がかつてソ連軍と互角の戦いができたのもこのことが要因の一つであったという指摘もありました。フィンランド海軍の艦艇にも、砕氷船にも、サウナとドボン用のプールが完備されています。何度も視察して、目の当たりにする機会がありました。フィンランドの「サ道」&#8212;- 懐かしく思い出されます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>北極を巡る協力：「バレンツ地域」</strong></h3>
<p>さて、日本・フィンランド両国は修好100周年を経て友好協力関係を深めていますが、地政学的、地経済学的見地からフィンランドの特徴と強みを踏まえた場合に、今後とも両国間の提携・協力の柱として大きな可能性と潜在力を秘めていると思われる分野について、少し申し述べさせて頂きたいと思います。キーワードは「北極」です。</p>
<p>私としては、これこそが今後の協力強化の対象となる潜在性の高い分野ではないか、と注目しています。2016年に、当時のニーニスト大統領の日本公式訪問が行われました。その時の日本・フィンランド首脳会談の際に発出された共同声明があります。この声明は、「北極」を両国間協力の大きな柱として位置付け、日本とフィンランドがそれぞれ北極海航路の東と西の端に位置し、北極に関する先端技術を有している点を踏まえつつ、連携・協力を推進していくという決意を表明しています。フィンランドは、世界の砕氷船の６割を建造し、８割を設計していると言われています。そもそも我が国にとっては格好のパートナーであると申し上げて良いと思います。</p>
<p>「バレンツ地域」と呼ばれる地域があります。北極圏のフィンランド北部からバレンツ海に面するノルウェー北岸に至る地域です。その西と東のスウェーデンとロシアに亘る地域を含みます。この地域は、現在北極ビジネスの拠点として活況を呈しつつあります。その分野は多岐に亘ります。バレンツ海に眠る石油・ガスに水産資源、豊富な森林資源、埋蔵量の大きな鉱山、そして運輸・物流、更には観光と、枚挙に遑がありません。当時聞いた話では、私達の口にするノルウェー産サーモンの多くが、ノルウェー北岸からトラックでヘルシンキまで輸送され、そこからフィンエア・カーゴで日本まで空輸されているそうです。何かしら身近な地域という感じがします。ノルウエー北岸のハンメルフェストという町では、バレンツ海のガス田に隣接して巨大な液化天然ガス（LNG）プラントが操業しています。ここからLNGが日本の九州電力、更には東京電力向けに北極海航路を経て直接輸送された実績を誇っています。ここから少し東に進みますとロシアとの国境近くに天然の良港キルケネスがあり、北極海航路の西のターミナルを目指して開発・整備が行われています。</p>
<p>実は、2014年から2015年にかけて３回に亘り、在フィンランド日本大使館の主催で、日本の企業及び学界関係者向けの「北極圏実地踏査ミッション」なるツアーが実施されました。北極ビジネスへの参画や学術研究協力の促進を念頭に置きつつ、この地域の実情をより正確に把握することを目的としたものでした。ヘルシンキを起点に、大型バスでフィンランド北部からノルウェー北岸に広がる地域を縦横に走りまくり、現地の企業や各種施設の視察、関係者との面談を行うというもので、日本のビジネス、学界関係者が延べ数十人参加されました。私も全て同行しましたが、この地域の活力と潜在力に目を見張る思いであったのを思い出します。</p>
<p>「バレンツ地域」は、今後とも日本企業にとって新たなビジネス機会を齎し得るのではないかと思われます。また、この地域における様々なプロジェクトへの参画、そしてバレンツ地域への日本ビジネスのプレゼンスの強化は、北極海航路の東西のターミナル同士となり得る、我が国とフィンランドやノルウェーといった北欧との間のパートナーシップとして誠に相応しいものではないかと思います。勿論、北極への関与にあたっては沿岸国ロシアとの協力が重要であることは多言を要しませんし、北極海航路についても、現在ロシアによるウクライナ侵略のために、その利活用は現実的ではなくなっていますが、何事も永遠ということはありません。将来、改めて主要な航路として日の目をみることもあるのではないかと考えます。このような文脈において、将来に向けて北極を巡るフィンランドとの提携・協力を進めておくことは大きな意味を持つものと考えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>ロシアによるウクライナ侵略：「NATO加盟」</strong></h3>
<p>最後に、「ロシアによるウクライナ侵略とフィンランド」という視点から一言述べさせて頂きたいと思います。2022年2月24日、ロシアが隣国ウクライナに軍事侵攻しました。このロシアの行動は、如何なる国際法規をもってしても正当化されない、何らの大義も正統性もない、あからさまな侵略行為という以外の何物でもありませんでした。この日、1300km余りの陸上国境を挟んでロシアと接しているフィンランドの多くの人々は文字通り身震いし、そして、ウクライナの惨状を、80数年前の1939年末に、突如ソ連軍が国境線を越えて侵攻してきた、その後「冬戦争」と呼ばれることになる事態と重ね合わせて見たのではないか、と思うのです。ロシアがまた、隣国に対し自らの意思を通すために武力に訴えるという挙に出ることもあるかもしれないと薄々予想しつつも決して見たくないと思っていた事態が現実のものとなってしまった訳です。フィンランドの人々にとってはそれほど衝撃的な出来事であったのではないかと思われるのです。</p>
<p>フィンランドは、独立後の100年余りの間に自国の安全と生存に多大の影響を及ぼしかねない国際環境の大変動に何度か見舞われてきましたが、衝撃度という意味において2022年の出来事は最大の部類に入るのではないかと思います。これまでフィンランドは、巧みな外交と精強な国防体制、そして迅速な対応で、その都度、独立と国家体制を守り抜いてきました。今回、新たな危機的状況に直面して、フィンランドの動きはこれまでと同様に、或いはそれ以上に素早いものでした。これまで維持してきた軍事的非同盟政策を長い歴史の中では瞬時に変更し、遂にNATO加盟へと舵を切ったのです。しかし、同時に、それは言わば「熟柿が落ちる」ようになされた政策決定であり、ロシアのウクライナ軍事侵攻は、そのことを促す「最後のひと突き」であったとも思われるのです。</p>
<p>実は、ロシアのウクライナ「侵攻」は2014年に開始されています。ロシアはその年ウクライナのクリミアを「併合」しました。フィンランドは、これを国際法に真正面から違反する行為として強く非難し、EUの対露制裁措置に全面的に加わってきました。冷戦期にはソ連を過度に刺激しかねないと考えられる言動を慎重に避け抑制的に対応していたフィンランドは、そこにはもうありませんでした。クリミア「併合」後は、既に緊密であったNATOとの協力関係を一層強化することに努めてきていたのです。フィンランドは長年に亘り、ロシアとの間で、時に「NATOに入るような」、時に「入らないような」姿勢を見せつつ、この「NATO加盟カード」を巧みに使っていました。NATOとの緊密な協力関係は、既に「加盟」寸前の「紙一重」のところまで深まってきていた感がありましたが、それでもフィンランドは、「クリミア後」においても「加盟の選択肢」を温存し、フィンランドなりにロシアとの対話を継続し、平和的な軟着陸を目指した感があります。</p>
<p>そのようなフィンランドにとって、2022年２月24日の出来事は全てを根本的に変えるものであったと考えられます。これ以上はない程のあからさまな国際法違反の武力行使を伴う隣国への侵略。フィンランドは最も強い言葉でロシアの行動を非難し、ウクライナへの確固たる支持と支援を表明しました。EU加盟国としてのものを含め即座に強い対露制裁を実施しました。2010年以来ヘルシンキとサンクトペテルブルグを3時間半で結び両国間の人の往来に大きな役割を果たしてきた高速鉄道アレグロ号の運行も停止させました。長きに亘り政治的・軍事的紛争の枠外に置かれるべしとの精神で進められてきた北極地域の環境保護と持続的発展のための協力である「北極評議会」や「バレンツ・ユーロ北極評議会」といった国際機関があります。これら国際機関の活動についても、フィンランドは他の北極圏関係国とともに、ロシアと関係するものについて停止させる措置を講じることになりました。そして、昨年秋には、現状に鑑み、本年末をもって、この「バレンツ・ユーロ北極評議会」から離脱し、当面スウェーデンとノルウェーとの協力を進めるとの意向を表明しました。</p>
<p>いずれにせよ、3年前のウクライナ侵略が起きて直ぐに、フィンランドは再び電光石火の素早さで動きました。遂に、「紙一重」で残していた「加盟カード」を切り、NATO加盟申請に踏み切ったのです。正に「フィンランドならでは」と思わせる動きでした。この間、フィンランド世論は圧倒的に加盟支持に傾いていました。2022年5月12日、フィンランドはスェーデンと共にNATO加盟の方針を表明したのです。そして、翌2023年4月4日、加盟が実現しました。異例の速さでした。ロシアのウクライナ軍事侵攻は、正に「熟柿が落ちるための強烈なひと突き」であったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今振り返ってみますと、戦後、日本は日米同盟を基軸として平和と繁栄を確保してきました。フィンランドは、冷戦中は中立政策を基本として長く厳しい時代を生き抜き、今日の豊かで進取の気風に満ちた国となりました。日本とフィンランドは、スタイルと手法、そして辿るべき道筋を異にしてきたとはいえ、ソ連・ロシアの東と西の隣国として、自由と民主主義、人権、国際法の遵守といった基本的価値を共有し、相互に一目置く間柄であった、と改めて思われる次第です。</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/ほとんど『隣の国」フィンランドあれこれ東京六稜会用資料）　2025.11.19.pdf" target="_blank">ほとんど『隣の国」フィンランドあれこれ(東京六稜会用資料）　2025.11.19</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀨始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-01.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7226" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-01-150x150.jpeg" alt="251119-01" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-02.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7227" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-02-150x150.jpeg" alt="251119-02" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-03.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7228" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-03-150x150.jpeg" alt="251119-03" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-04.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7229" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-04-150x150.jpeg" alt="251119-04" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-05.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7230" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-05-150x150.jpeg" alt="251119-05" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-06.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7231" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-06-150x150.jpeg" alt="251119-06" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-09.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7232" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-09-150x150.jpeg" alt="251119-09" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7233" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-10-150x150.jpeg" alt="251119-10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7234" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-11-150x150.jpeg" alt="251119-11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7235" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-12-150x150.jpeg" alt="251119-12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7236" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-16-150x150.jpeg" alt="251119-16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-07.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7237" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-07-150x150.jpeg" alt="251119-07" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【274回】10月『博物館の世界的動向～国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後～』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7177</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7177#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Nov 2025 07:33:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[ 嶋 和彦さん＠86期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年10月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>43名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 嶋 和彦さん＠86期</h4>
<p>大阪芸術大学非常勤講師（音楽学部・情報楽器学）、<br />
静岡大学非常勤講師（情報学部・博物館教育論）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1955年大阪府豊中市生まれ。庄内西小学校、第七中学校、京都大学教育学部卒業。リコーダーと民族音楽を大阪音楽大学西岡信雄教授に学ぶ。第七中学校英語科教員を務める傍ら、日本での草分け的リコーダー・アンサンブル〈大阪リコーダー・コンソート〉に所属し、多彩な演奏活動や講習会講師を続ける。アンサンブルとして大阪文化祭賞他を受賞し、ロンドン等で海外公演もした。また日本初の小中学生による大編成リコーダー・コンソート〈豊中市少年合奏団〉の指導と指揮を務めた。1990から3年間、インドネシア・ジャカルタ日本人学校勤務。94年教職を辞し浜松市楽器博物館開設準備に関わり、95年より学芸員、2004年より19年まで館長を務めた。その間、館企画CDに対して文化庁芸術祭大賞、館活動全体に対して小泉文夫音楽賞を受賞。在職中より、国立音楽大学で楽器の科学、静岡大学で博物館教育論、大阪芸術大学で情報楽器学の授業を担当。ICOM世界大会京都2019では運営委員の一人として準備に携わり、楽器博物館国際委員会の日本側コーディネーターを務めた。現在も大学での授業の他、中山間部にある浜松市立の小規模小中一貫校で発達支援教室支援員を務めている。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『博物館の世界的動向～国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>資料（モノ）の収集保存、調査研究、展示公開、教育普及が博物館の古典的使命である。しかし、近年、地球規模の自然並びに社会問題の解決に、博物館はもっと関与すべきとの考えが欧米の博物館界で大きくなった。博物館とは何かが問い直され、国際博物館会議2019京都大会での白熱の議論を経て、2022年プラハ大会にて、博物館の新定義が採択された。そこには先の使命に加えて社会的包摂、多様性、持続可能性、倫理、コミュニケ―ション、コミュニティ、省察、知識共有、経験といった使命が盛り込まれた。モノだけでなく、そのような多様な事柄（コト）への博物館の関与が明確化されたのである。京都大会前後の、この一連の動きを振り返ってみたい。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>現在、東京都美術館でゴッホ展が開催されている。多くの人がゴッホの作品を鑑賞するために出かけるが、東京都美術館そのものに関心を持って鑑賞している人は殆どいない。一般に、博物館・美術館とはそういう存在だ。本日は、博物館や美術館はいったいどういうコンセプトで成り立っているのか、どのようなバックグラウンドがあるのかをお話ししたい。博物館の古典的使命は資料（モノ）の収集保存・調査研究・展示公開・教育普及することだが、近年の地球規模の自然ならびに社会問題を解決するのに、博物館はもっと関与すべき、という考え方が、ヨーロッパの博物館界から内発的に起こっている。19世紀のヨーロッパにおいて、支配していた植民地から、珍しい物・見たことも聞いたこともないようなものを、入手・略奪し自国で展示するために設立されたのが博物館の始まりのひとつである。かつて植民地だった国々が、独立し文化的に発展するに従って、搾取し奪ってきた資料（モノ）を元の国に返還する運動が、ヨーロッパで盛んに行なわれるようになり、同時に、珍しさだけにとらわれない、その国の本当の文化を紹介するのにふさわしい展示方法が重要視されるようになった。大阪の<a href="https://www.minpaku.ac.jp/" target="_blank">国立民族学博物館</a>を例にすると、開館当時のアフリカエリアでは、模様が描かれたひょうたんの器をたくさん壁面いっぱいに展示していて大変な迫力だったが、随分と前に、ひょうたんの壁面展示はなくなり、一見地味な展示に変更されていた。理由を尋ねると、アフリカの文化を紹介するにあたり、最初は展示する側の視点（模様のあるひょうたんの器は珍しいアート作品）で展示をしていたが、後にアフリカに暮らしている人の視点（模様のあるひょうたんの器は普通の日用品）を尊重した展示に変更したのだそうだ。このように、今では、珍しさだけを売りにするような展示方法を見直す風潮がある。博物館の国際的な組織である国際博物館会議「ICOM（イコム）」の世界大会は3年に1度開催されている。2019年京都大会では、これまでの古典的な博物館をどのように変えていくべきかが議論され、2022年プラハ大会で博物館の新定義が採択された。そこには、先の使命に加えて、社会的包摂・多様性・持続可能性・倫理・コミュニケーション（対話）・コミュニティ・省察（未来の視点を持って自分で考える）・知識と経験の共有などのキーワードが盛り込まれ、現在の博物館の運営に大きな影響を及ぼしている。</p>
<h3>1.博物館最前線</h3>
<p>・<a href="https://tobira-project.info/" target="_blank">東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」</a></p>
<p>・<a href="https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/learning/post2024-910.html#:~:text=%E3%80%8C%E6%84%9F%E8%A6%9A%E3%82%92%E3%81%B2%E3%82%89%E3%81%8F%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%80%81%E3%80%8C%E3%81%BF%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E3%81%A7%E3%81%AE%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%84%E7%9B%B4%E3%81%97%E3%80%81%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E6%9C%89%E7%84%A1%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%A6%E3%80%81%E8%AA%B0%E3%82%82%E3%81%8C%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E3%82%92%E8%A8%AA%E3%82%8C%E3%80%81%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82,%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%89%8D%E8%BA%AB%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AB%E3%80%81%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%81%AE%E5%B8%82%E6%B0%91%E5%9B%A3%E4%BD%93%E3%80%8C%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%80%8D%EF%BC%88%E4%BB%A5%E4%B8%8B%E3%80%8C%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%81%A8%E7%95%A5%E8%A8%98%EF%BC%89%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82" target="_blank">京都国立近代美術館｜「感覚をひらく」鑑賞プログラムができるまで</a></p>
<p>・<a href="https://www.kyusan-u.ac.jp/ksumuseum/app/wp-content/uploads/2022/12/34f2401a294c3f51479b04dbeb4f9b25.pdf" target="_blank">九州産業大学2023国際シンポジウム 博物館と医療・福祉の連携</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2.博物館とは？</h3>
<p>・日本では、博物館は博物館法（資料2）で定義されている。この法律が最初に制定されたのが昭和26年（1951年）で、当時は、社会貢献や社会福祉の概念は盛り込まれなかった。</p>
<p>・一方、西洋では博物館はICOM憲章で定義されている。ICOM世界大会は3年ごとに開催され、博物館の定義が議論・更新されている。</p>
<p>・西洋では博物館（ミュージアム）は文化施設と考えられている。しかし、日本の博物館法（1951年）は、教育基本法（1947年制定）と社会教育法（1949年）を元に制定されたため、日本の法律上、博物館は教育施設であって文化施設ではないと考えられている。</p>
<p>・2022年日本の博物館法は改正されたが、定義は旧法と変わらず、同年開催されたICOMプラハ大会の新定義の内容は盛り込まれなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3.国際博物館会議（ICOM）とユネスコ（UNESCO」</h3>
<p>ICOMの博物館定義が大きく変わった背景には、ユネスコの勧告2015がある（資料3・4）。</p>
<p>・ミュージアムの定義と多様性について</p>
<p>・経済及びクオリティライフ・オブ・ライフとミュージアムの関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4.博物館新定義とICOM京都大会（資料1・5・6）</h3>
<p>・2019年の京都大会総会では世界中の博物館関係者が集まって、博物館の新定義を議論した。</p>
<p>・世界120カ国・地域からの参加者4590人は過去最高の参加者だった。</p>
<p>・京都大会のテーマは「文化をつなぐミュージアム～伝統を未来へ」</p>
<p>・京都大会で提示された新定義案には「民主化」「平等な権利」などの文言が含まれていたが、民主化されていない国や平等な権利が保証されていない国の博物館活動を破壊しないよう再考すべく、翌年6月のパリ総会まで採択可否の投票を延期する、と議決された。</p>
<p>・ところが2020年6月パリでのICOM総会はコロナ禍で開催されず、検討は継続。</p>
<p>・2020年～2022年まで世界の会員が語句の選定から議論に参加、数回にわたる提議案が次第に絞り込まれた。</p>
<p>・2022年ICOMプラハ大会で博物館の新定義が採決された。</p>
<p>・京都大会総会では、4時間以上をかけて新定義再考の民主的かつ友好的な議論や対話が行なわれた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5.博物館のこれから</h3>
<p>・テンプル型（至宝参拝型）からフォーラム型（未知なるものに出会い、議論が始まる）へ。</p>
<p>・ミュージアムの機能の変化と拡張を博物館世代論に基づいて解説すると、19世紀の終わりにヨーロッパで誕生した博物館を第1世代とするなら、現代の博物館は第3.5世代に相当し、これからの博物館は第4世代へと向かって発展してゆく。</p>
<p>・第1世代（保存志向：収集と保存）第2世代（公開志向：展示と啓蒙）第3世代（参加志向：プログラムと体験）第3.5世代（当事者志向：プロジェクトとオーナーシップ）第4世代（社会関係性志向：多様性とウェルビーイング）</p>
<p>・これから皆さんが博物館へ出かけるときには、名作・名品を鑑賞するだけではなく、本日お話しした博物館のバックグラウンドを思い出していただいて、皆さん自身が博物館の運営そのものに関わっていただきたい。そうすることで、博物館はよりよい社会の発展に貢献出来るだろう。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">後藤 浩一さん（86期）</span></h4>
<p>Q:今のお話しで博物館法を初めて知りました。博物館を開設するのに政府の認可が必要なのでしょうか？例えば私が自宅を開放して、某かの十三の歴史的なコレクションを展示して「十三歴史博物館」と名乗ることは出来ますか？</p>
<p>A:はい、オーケーです。政府（実際には都道府県教育委員会）から認可されていなくても博物館と名乗って罰されることはありません。</p>
<p>博物館法に従って、決められた条件を満たせば政府の認可が得られます。これを登録博物館と言い、国から様々な優遇措置が受けられます。日本には博物館と名乗る施設が約5700館ありますが、そのうち登録博物館は1000館ほどです。それ以外は、博物館相当施設または博物館類似施設という位置づけです。また博物館法では国立（独立行政法人）施設は除外されますので、国立○○博物館はすべて博物館法での博物館ではありません。博物館類似施設です。吹田の国立民族学博物館の正式名称は「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立民族学博物館」です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>新貝 康司さん（86期）</strong></span></p>
<p>Q:博物館世代論について。私にとって博物館とは第2世代博物館であって、第3第4世代博物館には余り馴染みがありません。なぜ第3第4世代博物館が必要なのでしょうか？</p>
<p>A:博物館は、いかに有名で良い資料（作品）を所蔵するか、人気のある展覧会を開催するかで評価されます。それらを実現するには大きな資金が必要で、そこには持つモノと持たざるモノの格差が生まれます。大きな博物館も小さな博物館も、存在価値が高まるためには、社会福祉や社会貢献が大切になってきます。フォーラム型博物館はその実現へのひとつの方法で、実践され始めています。</p>
<p>余談ですが、西洋でミュージアムと呼ばれる施設は、日本では博物館と美術館に分かれていることでイメージの格差が生まれています。例えばゴッホの絵画が博物館入りするなら「資料」と呼ばれ、美術館入りするなら「作品」と呼ばれます。不思議なことに、同じ絵画でも美術館に収蔵される方が、その絵画の価値や評価が格段に上がります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:博物館より博物館類似施設のほうが数倍多いことに驚きました。沢山の類似施設が法律に縛られることなく自由な活動をすることで、博物館の活動に良い影響を与えるのではないでしょうか？</p>
<p>A:それはその通りで、博物館類似施設では法律に縛られない、様々な文化活動が奨励されるべきだと思います。しかし、法律に縛られないということは、施設側が嘘八百を並べても誰も規制できないことになり、これは訪問する側が警戒しなくてはなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>金山 英明さん（84期）</strong></span></p>
<p>Q:数年前に<a href="https://www.gakkihaku.jp/" target="_blank">浜松市楽器博物館</a>に立ち寄らせていただいて、その素晴らしさに大変感銘を受けました。あの博物館は、楽器メーカー（YAMAHAなど）が中心となって作った博物館なのですか？</p>
<p>A:浜松市楽器博物館は公立（浜松市立）の施設です。市内にはヤマハ、カワイをはじめ、多くの楽器メーカーがありますが、どれも楽器博物館の設立や運営にはかかわっていません。ちなみに、ヤマハには自社の楽器や音楽関連技術を展示している企業ミュージアム「<a href="https://www.yamaha.com/ja/about/experience/innovation-road/" target="_blank">イノベーションロード</a>」が本社敷地内にあり一般公開（予約制）しています。</p>
<p>参考HP）<a href="https://hamamatsu-mononavi.jp/column/53/" target="_blank">楽器の街、音楽の都としての浜松－楽器博物館館長　嶋さん－</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q:デジタルミュージアムは実現できるのですか？</p>
<p>A:実現はできるでしょうし、すでに展示の一部をヴァーチャル・リアリティや映像などデジタルのみにしている館もあります。ただ、法律などで、そのようなデジタル展示だけの博物館を博物館とみなすかどうかは別問題です。デジタル作品とデジタル博物館の違いをきちんと区別しないといけないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>石川 真一さん（109期）</strong></span></p>
<p>Q:ICOM定義案を読みますと、2007年と2016年時点では「楽しみ」という文言が書かれていました。ところが2019年では削除され、2020年時点では復活しています。これはなぜでしょうか？</p>
<p>A:日本語では「楽しみ」ですが英語では「  enjoyment」が使われています。過去の定義には、1961年以降の定義にこの語が使われています。最新の2022年定義にも使われています。過去の経緯は私にはわかりませんが、2022年定義は、京都大会以後3年間にわたって、世界中のICOM会員の意見を何度もきいて、どのような単語を入れるべきか、というアンケートを何度も行って、最終的に事務局がまとめたものです。2007年定義に使われていたenjoymentは2022年定義にも使われました。博物館関係者の総意だと思います。ただし、日本語の「楽しみ」が訳語として適切かどうかは検討が必要です。22年定義の正しい日本語訳では「愉しみ」になっています。enjoy は動詞ですから人が自ら能動的に楽しむことで、その名詞形がenjoymentです。「楽しみ」だと受け身も含まれますし、娯楽とも理解されかねないので、「愉しみ」としたのは理にかなっていると思います。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料1　イコム定義.pdf" target="_blank">資料1　イコム定義</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料２　博物館法　社教法　教基法　文化芸術基本法.pdf" target="_blank">資料２　博物館法　社教法　教基法　文化芸術基本法</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料３　20151960ユネスコ勧告　日本語.pdf" target="_blank">資料３　2015,1960ユネスコ勧告　日本語</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料４　ユネスコ勧告2015　英文.pdf" target="_blank">資料４　ユネスコ勧告2015　英文</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料5　-ICOM国際員会　リスト　.pdf" target="_blank">資料5　 ICOM国際員会　リスト　</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料６　ICOM博物館定義の再考.pdf" target="_blank">資料６　ICOM博物館定義の再考</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/新配布用　六稜倶楽部251015.pdf" target="_blank">新配布用　六稜倶楽部251015</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/東京六稜倶楽部講演2025.10（発表PP）.pdf" target="_blank">東京六稜倶楽部講演2025.10（発表PP）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-1-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7199" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-1-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 1 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-22-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7198" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-22-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 22 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-18-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7197" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-18-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 18 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-16-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7196" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-16-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 16 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-14-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7195" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-14-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 14 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-11-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7194" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-11-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 11 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-10-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7193" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-10-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 10 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-9-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7192" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-9-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 9 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-7-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7191" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-7-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 7 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-6-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7190" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-6-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 6 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-5-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7189" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-5-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 5 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-3-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7188" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-3-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 3 ・・23" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7177</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【Zoom特別講演】10月『「元気なび」万博2025　参加への挑戦と成果』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 22:29:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160</guid>
		<description><![CDATA[成本 洋子さん＠79期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年10月18日（土）14時00分～15時30分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>Zoomによるインターネット開催</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>26名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 成本 洋子さん＠79期</h4>
<p>（うず福工房代表）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1949年　大阪生まれ、</p>
<p>1967年　北野高校卒業、</p>
<p>1971年　大阪大学文学部教育心理学科卒業、</p>
<p>1997年　雑貨セレクトショップ開業</p>
<p>2023年　うず福工房オープン：<a href="http://www.福工房.com" target="_blank">www.福工房.com</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『「元気なび」万博2025　参加への挑戦と成果』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>今回の万博のテーマは「いのち」です。2年前に万博に参加したいと決めて、準備しつつ、周りの人たちに話すと、その反応は第１位　万博あるの？できるの？第2位　お金かかるの？そんな余裕ない。第3位　すごい！応援してる、がんばって！</p>
<p>ともあれ、無事フューチャーライフビレッジTEAM EXPO部門に、「元気なび」のテーマで参加しました。車にはカーナビがあるように、元気にもナビがほしい。カーナビには正確な地図が必要です。では、「元気なび」の地図はなんでしょう？そんなところから、お話させていただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>私が今回の万博に参加したいと思ったのは、2023年10月に、東京六稜倶楽部の講演会で尾崎裕さん（80期）の講演をお聞きしたのがきっかけでした。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6135" target="_blank">東京六稜倶楽部 | 【250回】「万博で変わる未来社会－2025年大阪・関西万博の今」 </a>&nbsp;</p>
<p>万博は、国威発揚から、課題解決へ・・・とか、万博はお祭り、楽しくなければ・・・とか、テーマは「いのち」というようなことが、印象に残りました。その後、万博について調べてみると、個人参加も可能なことがわかり、じゃ参加しようと、軽いノリで決心しました。</p>
<p>ところが、応募してからが大変でした。たった一日の講演と展示でしたが、5段階くらいの審査があったのです。書類審査、3分プレゼン審査、使用素材のSDGs審査、英語表記必須　等々、とても細かくて厳しかったです。</p>
<p>私は、北野卒業後、大阪大学文学部に入学し、教育心理学を専攻しました。学園闘争のまっただ中で、学部での授業はロックアウトでほとんどなし、レポートと卒論を書いただけで卒業してしまいました。その後結婚、3人の子育てに奮闘しました。ビジネス界での経験はほぼゼロ、というわけで、東京六稜会の方々にはいろいろ相談に乗っていただき、そのつど助けていただいたおかげで、厳しい審査を無事クリア出来たと思います。すごく感謝しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここ数年にわたり、生物や化学部門では複数の日本人がノーベル賞を受賞しています。いのちをテーマのライフサイエンスの世界は、地道な研究と、顕微鏡やコンピューターの発達に支えられて、近年素晴らしい成果を上げています。でも、論文や専門書は、大多数の人には難しすぎます。そこで、これらの研究成果を、どうしたらもっとわかりやすく伝えることができるか、役立ててもらえるかを工夫する活動を始めました。</p>
<p>まず、その第一歩が「元気になる絵本」の出版でした。「元気になる絵本」は2023年に自費出版し、セレクトショップ開業25周年を記念して、お世話になった方達にお配りしました。</p>
<p>第二歩が今回の万博への参加です。絵本が完成した頃に、ちょうど尾崎さんの講演をお聞きしたことで万博に関心を持ち、実際に参加するまで2年かけて準備しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参加したフューチャーライフビレッジは、万博会場の東ゲートからは一番遠い場所にあって、ワイヤーのなかに石ころがつまった壁でテントのような建物でした。石ころは、カキやホタテの貝殻と建築廃材を混ぜ合わせて作ったものです。展示ブースでは、電子紙芝居をながし、希望者には「元気なびクイズ」に挑戦していただきました。講演会場では30分間のステージプレゼンテーションを行ないました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>プレゼンテーション動画1：<a href="https://www.youtube.com/watch?v=T1OlIFTDdQ8" target="_blank">万博2025 TEAM EXPO 元気なび</a></p>
<p>プレゼンテーション動画2：<a href="https://www.youtube.com/watch?v=qaqBKm2LnzM" target="_blank">万博2025 TEAM EXPO 元気なびクイズ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>開催が危ぶまれた関西万博ですが、いざ蓋を開けてみると、158カ国の国と地域、そして9つの国際機関が参加した過去最大規模の国際博覧会となりました。</p>
<p>現代は、画面やバーチャルで様々な体験ができ、知識も得ることができます。それでも、実体験や臨場感というのは、全くインパクトがちがいます。参加して本当に良かったと思っています。</p>
<p>いろんな課題をクリアしていく段階で、自分自身が鍛えられ、すごく成長することができました。また、つどつど、多くの方々にご支援、ご協力をいただきました。この繋がりや経験は万博だったから実現できたかな、と感じています。そして私にとって、宝石のようにキラキラ輝く思い出となりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これからは、私のライフワークとして、いのちに関することを学びながら、「元気なびシリーズ」として分かり易く発信していく予定です。</p>
<p>最後になりますが、生命活動の土台を支える、ミトコンドリアのビデオをつくりました。2分半ほどのビデオです。どうぞご覧ください。</p>
<p><a href="https://youtu.be/ZRYe93NdpkQ" target="_blank">元気なびシリーズ「ミトコンドリア物語」</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">広本 治さん（88期）</span></h4>
<p>Q:私は今回の関西万博へは何度も足を運び、沢山のパビリオンを訪れ、フューチャーライフビレッジへも行きました。成本さんが気になった展示があれば教えて下さい。</p>
<p>A:私は万博会場へ3回行きましたが、3回とも手続きや準備に時間をとられて、他のパビリオンを見学する時間の余裕は殆どなかったです。それでもPASONA NATUREVERSE館のiPS心臓の実物だけは見たかったのですが、抽選に外れてしまいました。人気の高かったフランス館やイタリア館など、他の展示は一緒に行った18人の仲間達の写真をみせてもらいました。フューチャーライフビレッジ内ではJAXAの隕石の展示が興味深かったです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:TEDのようなプレゼンの指導や資料作成要項みたいなのはありましたか？</p>
<p>A:プレゼン例の紹介ビデオが用意されていて、参考にしました。万博出展の募集要項には個人参加可能、と書いてあったので大丈夫だと思って参加したのですが、実際に審査会場へ行って他の出展希望者をみると、私が最高齢で、しかも私以外の個人参加はほぼほぼなかったと思います。紹介ビデオに従って作業するにしても、IT系企業に勤めているような若い方なら当たり前のようにできるようなことでも、私にはとても同じようにはできませんでした。それでも、運営側の皆さんは、いやな顔もせず、丁寧に親切にいろいろ教えて下さって、私も何とかやり通しました。万博出展を決意してから2年間、しごかれましたし、かなり頑張りました。貴重な体験でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>雫石 潔さん（75期）</strong></span></p>
<p>Q:成本さんのプレゼンテーションで、外国の方からの感想について印象に残ることはありましたか？</p>
<p>A:ステージプレゼンテーションでは外国の方はおられなかったように思いますが、展示ブースでは英語バージョンのクイズも用意していましたので、海外の方もたくさん立ち寄ってクイズに参加していただきました。クイズに全問正解した方には「元気なび」オリジナルの缶バッチをお渡したのですが、200個用意した缶バッチは、全然足りませんでした。たった1日の展示でしたが、かなりの数の人たちが参加して下さったのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋本 操さん（73期）</strong></span></p>
<p>Q:とても暑い日でしたが、万博関係者の身分証でお手伝いができて、貴重な体験をありがとうございました。展示ブースでは4班に分かれてシフトを組みましたので、お手伝いした私たちも、空き時間がしっかりとれて万博を楽しむ事が出来ました。</p>
<p>A:展示ブースでは、行列も出来ていましたし、担当された皆さんそれぞれの個性でクイズを進めて下さっていて良かったと思います。当日は79期の大阪の同窓生も数人駆けつけてくれましたので「元気なびうちわ」を手に会場を巡ってもらいました。良い宣伝になったと思います。</p>
<p>7月1日は10万人ぐらいの入場者だったと思います。ビレッジは会場の端っこに位置していましたが、統計的には入場者の約1割が訪れる場所らしいので、当日は、通り抜けるだけでも1万人くらいの人が居たわけです。かなりの人数でしたね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>坂田 東一さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:成本さんの勇気ある行動に大変感服しました。沢山の人が成本さんに協力を申し出たのは、成本さんのご人徳だと思います。今日拝見した「元気なび」ですが、学術的に難しい内容を大変分かりやすく柔らかく表現されていて、とても良い資料だと思いました。YouTubeで公開されているそうですか、他にもっと広まるような活動をされていますか？</p>
<p>A:「元気になる絵本」を出版したとき、千葉大の脳外科の先生など各方面からは絶賛されたのですが、私個人の力で世の中に広めることには限界がありました。図書館に寄贈しようとしましたが、図書館の蔵書となるかどうかは、図書館の審議会を通過しなくてはならず、絵本の中身を確認する前に、門前払いのような扱いを受けました。それで、読み聞かせ活動をしている方にお渡ししたり、学校の保健室に置いてもらうような活動しか出来ませんでした。私にとって万博は、私の作った「元気なび」を世の中に広める大きなチャンスでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:使用されている英語がたいへん美しいですね。</p>
<p>A:高齢の方からは、使用している英語が難しいと言われてしまいましたが、小学校高学年のお孫さんを持つ方からは、好評を頂いています。英語パートは、翻訳機は使用せず、私が作成した英語の文章を元に、米国の知人女性や長年外資系企業に勤めている甥の手を借りて完成させました。「元気なび（英語）」の音源はその女性の録音データを使用しましたが、他の音源は私の声を元に生成AIで作成しました。</p>
<p><a href="https://youtu.be/cCjFEcP2Tj0">万博2025 TEAM EXPO 元気なび（英語）</a></p>
<p><a href="https://youtu.be/6J-p4JPq3fw">万博2025 TEAM EXPO 元気なびクイズ（英語）</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/万博2025　元気なび講演.pdf" target="_blank">万博2025　元気なび講演</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/元気なび万博記録2025.7.1.pdf" target="_blank">元気なび万博記録2025.7.1</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-2.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7163" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-2-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (2)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-7-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7164" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-7-1-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (7) (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-27.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7166" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-27-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (27)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-28.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7167" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-28-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (28)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-29.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7168" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-29-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (29)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-30.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7169" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-30-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (30)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8450-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7171" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8450-1-150x150.jpg" alt="IMG_8450 (1)" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【273回】9月『北野出身、スタートアップでなんでも屋‐‐アメリカ発抹茶スタートアップで抹茶を世界へ』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 01 Oct 2025 06:30:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088</guid>
		<description><![CDATA[塚田 志乃さん（旧姓寺内さん）＠106期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年9月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>36名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 塚田 志乃さん（旧姓寺内さん）＠106期</h4>
<p>（World Matcha Inc. COS）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>神戸女学院大学卒業後、サントリー株式会社に入社。夫の転勤を機に退職し、日本とアメリカを行き来する専業主婦に。現在はアメリカ発の抹茶スタートアップ「CUZEN MATCHA」のCOS（Chief of Staff）としてブランディング、PR、採用、組織づくりまで幅広く担う“なんでも屋”。三児の母。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『北野出身、スタートアップでなんでも屋‐‐アメリカ発抹茶スタートアップで抹茶を世界へ』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>北野高校時代、周りには才能あふれる人がたくさんいました。勉強もスポーツもできる人たちの中で、私は「明るく、健康で、誰とでも仲良くできる」だけが取り柄の普通の生徒。なんでも、そつなく、ほどほどに。そんな私が今、アメリカ発の抹茶スタートアップで「なんでも屋」として日々奮闘しています。完璧よりもスピード、緻密な計画よりも走りながら整えることが求められるスタートアップの現場で、尖っていないからこそ発揮できる“そつなさ”や気配り力が、思いがけず武器になりました。普通だった私が、なぜ挑戦できているのか。そんなお話を、北野時代の自分へのエールを込めてお届けします。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>*紹介者は西田智子さん（106期）高校時代は塚田さんのことを知らなかったが、本年6月の東京六稜会総会の幹事会で昨年暮れに初めてお話した。塚田さんには会場の下見や備品の準備等、きめ細やかな仕事をしていただいた。会の当日は司会の大役をつとめられ、すばらしい進行で大変盛り上がった。その際の打合せで、塚田さんの事務所でCUZEN MATCHAを飲ませていただいた。マシーンで挽きたての抹茶があまりにおいしく、何杯も飲ませてもらった。本日は講演後にCUZEN MATCHAの試飲もあるとのことで、お楽しみいただければと思う。</p>
<h3><strong>１．北野高校時代</strong></h3>
<p>高校時代は水泳部に所属。箕面六中から北野高校に入ったが、まわりは秀でた才能を持つ尖った人が多かった。そういう人をすごい、うらやましいと思いながらも、自分をダメと思うことなく仲良く過ごすことが出来た。現在、尖った人が多いスタートアップ企業で楽しく仕事が出来ているのも、北野時代の延長ではないかと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong><br />
２．CUZEN MACHA(空禅抹茶)</strong><strong>とは</strong></h3>
<p><strong>１）CUZEN MATCHA事業</strong></p>
<p>米国でスタートした米国に本社を置く「World Matcha Inc.」と「World Matcha株式会社」という日本の会社で事業を展開している。創設者（塚田英次郎氏）はサントリーでペットボトルのお茶の商品開発に従事してきたが、ペットボトルのお茶では、かなえられるお茶のおいしさに限界があるとして、本来のお茶のおいしさを追求すべく2019年に会社を創設。投資家から資金を調達し、プロダクトの開発や事業を展開している。シリーズAとしてUS$7.5Mを資金調達済で、シリーズBの調達を本年予定している。20年に米国で販売開始、21年に日本での販売を開始。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）CUZEN　MATCHA商品</strong></p>
<p>抹茶マシーン（コーヒーのエスプレッソマシーンのようなもの）とオーガニックの茶葉を扱う。お茶は粉ではなく、碾茶といわれるひく前の茶葉（Matcha Leaf）。マシーンに臼を内蔵し、茶葉を挽いて抹茶を作る。飲む前に茶葉を挽くことにより、簡単においしく健康的な抹茶を提供している。メイン市場は米国で、23カ国に輸出している。色々なメディアに取り上げられ、賞もいただいている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）CUZEN MATCHAのポジショニング</strong></p>
<p>日本の伝統的な感覚では、抹茶は茶室でお茶をたていただく茶道や禅に代表される「非日常」のイメージ。一方、若い世代では、スイーツに抹茶を加えた抹茶アイスや抹茶ラテ等のファン（楽しみ）やエンターテイメントとして人気を得ている。CUZEN MATCHAは、マシーンと茶葉で簡単に抹茶を作れることより、抹茶の世界を非日常から日常へ、また、エンターテイメントに健康効果（Wellness）を付加することを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．日本のお茶生産地が直面する課題とOUR MISSION</strong></h3>
<p><strong>１）課題</strong></p>
<p>日本国内で生産者の高齢化や耕作放棄茶園の増加が叫ばれているが、根本的な原因は高品質茶葉の需要がなくなったことと考えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）お茶の飲み方の変化</strong></p>
<p>高品質茶葉の需要がなくなった原因は、お茶の飲み方の変化にあるのではないか。過去、急須でお茶を飲んでいたのが、近年はペットボトルでお茶を飲む比率が大幅に増えた。ペットボトルは外でお茶を飲むのに便利だったが、最近は家でもペットボトルのお茶が普通になっている。高品質の茶葉からペットボトル用の一般的な茶葉に需要が移っており、高品質茶葉の需要が減少している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）荒茶価格（＝生産者の収入）の変化</strong></p>
<p>ペットボトルのお茶は、生産技術の向上もあり安い茶葉で十分おいしいお茶を作ることができ、一番茶は必要ない。一番茶の需要は減少し価格下落が止まらず、生産者が一生懸命お茶を作っても適正な価格がつかず、次世代に事業を引き継ぐことが出来ない。これが、高齢化、耕作放棄茶園の増加や終農につながっていると考える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）OUR　MISSHION</strong></p>
<p>高品質のお茶の需要（市場）を作らないと生産者から適正価格で茶葉を買い取ることが出来なくなり、日本から高品質のお茶が消えてしまう。CUZEN MATCHAはこの課題に真剣に取り組み、「世界で品質の高い抹茶の需要を作る」ことをミッションとしている。日本の高級茶葉を世界に届け抹茶の世界需要を拡大することを目指す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．WHY MATCHA?（なぜ、抹茶というニッチ市場で戦うのか）</strong></h3>
<p><strong>１）茶葉の豊富な栄養素をまるごと摂取できる抹茶</strong></p>
<p>お茶を煎茶や紅茶として飲む場合、栄養素が水に溶けて人体に摂取されるのは30％で、残り70％は捨てられる。抹茶は100％食べることができ、カテキンやテアニン等の栄養が豊富で非常に身体に良い健康飲料である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）抹茶に含まれる豊富な栄養素とその効果</strong></p>
<p>抹茶には様々な栄養素が含まれるが、その中でもテアニンに注目している。テアニンは、安眠等のリラックス効果に優れており、糖尿病や認知症にも効果があるという研究データが発表されている。覆いをして育てた抹茶には煎茶の約2倍のテアニンが含まれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）OUR　MISSION</strong></p>
<p>CUZEN MATCHAでは、生産者・消費者・地球に良い環境をもたす「和・輪・環」の3つの「わ」を「CUZEN Circle」と呼び、</p>
<p>・生産者と公正な価格で取引を行い、高品質なお茶を守る生産者との共生</p>
<p>・マシーンメーカーとの協力し、世界中の消費者へ最高品質の抹茶飲用体験を提供</p>
<p>・地球環境への配慮を怠らず、持続可能な社会の構築への貢献</p>
<p>により、搾取型ではない、お互いを支え合い、それぞれが適正な利益を得ることができる循環ビジネスモデルを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５．世界における抹茶</strong></h3>
<p><strong>１）世界的抹茶ブーム</strong></p>
<p>世界的な健康指向にもあずかり、抹茶の需要が急増。抹茶は「新しいコーヒー」、「新しいラテ」と言われている。タイや中国で茶の生産が拡大中。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）新しい抹茶の魅力</strong></p>
<p>・サステナブルエナジー</p>
<p>海外ではコーヒー・カフェインの過剰摂取（カフェイン・クラッシュ）の問題が提起されている。カフェインは身体にダイレクトに作用し即効性があるが、持続力が低いことより何回もカフェインをとることが過剰摂取につながっている。優しいカフェイン摂取飲料として抹茶に人気が集まっている。抹茶にはカフェインとテアニンの両方が含まれていることで、カフェインがなだらかに持続することが知られている。</p>
<p>・抗酸化力スーパーフード</p>
<p>抹茶は他の高抗酸化食品より抗酸化力が圧倒的に高く（アサイーの25倍）、抗酸化健康商品として選ばれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>６．抹茶の課題とCUZEN　MATCHA</strong></h3>
<p><strong>１）抹茶の課題</strong></p>
<p>粉にした抹茶には、水に溶けない、粉が飛び散る（汚れる）、ダマになる、すぐに劣化・変色する等、取り扱いが面倒でおいしく飲み続けることが難しいという課題がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）CUZEN MATCHAの目指すところ</strong></p>
<p>上記の課題に対し、抹茶マシーンの開発により「抹茶＝粉」という常識を変え、抹茶の新しい飲用体験を創出することを目指す。企業やカフェへのマシーンの導入、ホテルやバーでの新しい飲用体験（抹茶ミルク、抹茶ソーダ割、抹茶カクテル、抹茶ワイン、抹茶ビール割、等）で需要を拡大中。また、国産オーガニックシングルオリジン抹茶リーフとして、単一品種・単一農園のシングルオリジン抹茶でお茶の品種や農園による味の違いを味わう新しい飲み方も提案している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）CUZEN MATCHAの特徴とこだわり</strong></p>
<p>栄養・味・品質にこだわりぬいた国産有機リーフ（碾茶）を一般に流通していない茶葉の状態で指定先へお届けすること、酸化しやすい粉末抹茶をフレッシュに楽しめるように「飲む前に挽く」こと、日本の美しい茶畑と地球環境を守るため国産100％オーガニック高品質茶葉の需要をつくり続けること、にこだわっていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>７．CUZEN MATCHAの商品紹介</strong></h3>
<p>添付資料の商品および導入事例を参照。</p>
<p>日本の農業というと稲作を思い浮かべる方が多いと想います。戦後の農政は水田の稲作をいかに振興し、国民にコメを供給するかが課題でした。今年は令和のコメ騒動と言われる事態が起きていますが、このような状況になった背景を農水省で政策に携わってきた立場からお話ししたいと思います。</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">三谷秀史さん（82期）</span></h4>
<p>Q:静岡では、荒茶の生産量が極端に落ち込んでいること、碾茶用の機械が高価で碾茶が作れない状況等の問題に対して、同産業内の事業転換に補助金の拠出等を検討しているが、貴社でお茶の生産者に対する同様のアプローチは検討しているか？</p>
<p>A:高級茶葉市場を拡大しても、茶葉の供給が無くなれば何にもならず、しっかりした供給体制を作ることが重要。普通の茶園をオーガニックに変えるのに5年、耕作放棄茶園を再生するのにも同じく5年かかる。大きなことはできないが、オーガニック茶園を広げるべく粛々と準備しているところ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>真木勝次さん（82期）</strong></span></p>
<p>Q:私はIPOの経験があるが、IPOを目指しているか。目指しているなら、いつ頃を考えているか？マーケットはあると思うが、貴社はどのような位置にあるのか？また、本日の講演の動機や目的は何か、ファンになって欲しいということか？</p>
<p>A:弊社は本質にこだわり過ぎて見せ方が下手で不器用。小さな会社だが、一人一人にきちんと話をすることで、（CUZEN MATCHAの製品や会社を）まずは知っていただくこと、その上で、CUZEN MATCHAを飲んでいただき、販売の機会等もアドバイスいただければ嬉しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>多賀正義さん（76期）</strong></span></p>
<p>Q:お茶は作り方により色々な製品に変わると認識している。タイや中国でも同じ品質の茶葉を作れるのか？</p>
<p>A:茶の木自体は一緒で、茶葉の発酵度合いにより紅茶・烏龍茶・緑茶に分かれる。その内、緑茶は、覆下園（茶木に覆いをかけて栽培）で碾茶（抹茶）・玉露が作られ、露天園で煎茶・ほうじ茶・玄米茶が作られる。露天園は太陽の光によりカテキンが豊富で苦みが出るが、覆下園はテアニンが残りうまみ成分が豊富。中国政府は、お茶はもともと中国から日本に輸出したものでお茶文化のオリジンは中国、ということでお茶市場に攻勢をかけている。中国のお茶は、その圧倒的な土地の広さと人の多さで価格が安い。現在は中国国内の需要内で収まっているが、後2～3年後に海外市場がどうなるか分からない。中国のお茶は露天園で、カテキンは豊富だが苦みが強くうまみが少ない。CUZEN MACTHAは、覆下園の高級抹茶に含まれるテアニンの健康貢献とうまみを消費者にアピールしていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:食べるお茶には興味があるが、値段はどうか？</p>
<p>A:マシーンは36千円（税抜き）。茶葉は一番茶のみのプレミアム、一番茶と二番茶を混ぜたオリジナル、ラテタイプの3種類があり、プレミアムで都度購入150円/杯（定期購入128円/杯）、需要の多いオリジナルで都度購入100円/杯（定期購入65～85円/杯）で、そんなに高くなくみなさまに飲んでいただけるものと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:抹茶の粉はそのまま食べられるのか</p>
<p>A:食べられる。マシーンには粉をひくだけのモードがあり、粉の状態で提供できる。塩と混ぜて抹茶塩として天ぷら等に使用することもできる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:茶葉の賞味期間はいかほどか？</p>
<p>A:未開封の茶葉の賞味期限は2年。日本の暑い夏は冷暗所で保管するのが良い。未開封の茶葉は冷凍することができるが、冷凍庫から出したら常温にした後に開封するとおいしくいただける。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>山本直人さん（85期）</strong></span></p>
<p>Q:娘の嫁ぎ先は静岡の茶農家だが、茶農家の継ぎ手が無いと聞く。貴社からお茶の生産者を見てどう思うか？</p>
<p>A:茶農家には足繁く通っているが、たいへんだと思う。お客様には「こんな農家さんが作っている」と生産者の紹介をしたいし実際しているが、農家さんや茶畑の情報をお客様に届けるだけでなく、どのような人がどのようにお茶を飲んでいるか、生産したお茶が如何に多くのお客様を喜ばせているか等、一般のお客様の情報や声を農家さんに届けたい。そうすることで、農家さんがやりがいや喜びを感じてもらえると嬉しい。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/250917-六稜倶楽部-1.pdf">250917 六稜倶楽部 (1)</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-2.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7107" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-2-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7108" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-3-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-6.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7110" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-6-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 6" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-7.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7111" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-7-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 7" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7112" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-8-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7109" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-4-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7113" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 9" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7114" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-10-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7115" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-11-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7116" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-12-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7117" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-13-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7118" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-15-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 15" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>【第271回】7月『内側からみる国会議事堂－立法府の役割とそれを支える事務局』石川　真一さん＠109期</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Oct 2025 06:29:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[石川 真一さん＠109期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年7月16日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>37名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 石川 真一さん＠109期</h4>
<p>（衆議院事務局憲政記念館 資料管理課長）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2004年衆議院事務局入局。議事運営部門（委員部）、調査部門、議長秘書などを経て2025年1月から現職。2011年から2014年には、在英国日本国大使館政務班にて英国議会との窓口を担当。ライフワークだと思っている社会保障政策や英国政治を横目に見つつ、平日は2030年春に開館予定の新憲政記念館のプロジェクトに追われる日々を送り、週末は市民オーケストラなどでトロンボーン演奏（＋その運営も…）。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『内側からみる国会議事堂－立法府の役割とそれを支える事務局』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>テレビや新聞、インターネットで見る国会や国会議員の方々、皆様にはどのように映っているでしょうか。政治改革、国会改革と言われて久しく、それと同じくらい政治不信という言葉もなくなりません。20年近く国会とともに働いてきた（ようやく中堅くらいかなと思えるようになってきた）「中の人」から見える国会の様子について、お話しし、皆さまのご疑問に少しでもお応えできればと思っています。講演では、制度や慣習によってどのような制約があるのかといった解説も加え、ときどき英国議会との比較も交え、あえて逆張り（？）的になるべく徹底的に擁護してみたいと思います（反論・疑問歓迎です）。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>はじめに</h3>
<p>2004年に衆議院事務局に入局。衆議院事務局の委員部に配属になり、以来委員部や議長秘書など議員の方々と接する機会の多い職場もそれなりに経験し、このほか厚生労働分野に関する仕事を多くしてきたというのがキャリアの中心になっていると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（１）国会の役割について</h3>
<p>国会の主たる役割をおさらいしておきますと、法律の制定、行政の監視、内閣総理大臣の指名、予算の議決、条約の承認などです。<br />
一口に予算委員会と言っても審議の種類にはいくつかあります。北野高校に関係のある方の写真で説明しますと（松島みどり議員、大石晃子議員、辰巳孝太郎議員を示しつつ）、予算案の審議や、予算案審議以外に国政調査として行われる集中審議などがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（２）国会審議、特に法案審議日程について</h3>
<p><strong>（法案ごとの審議過程）</strong><br />
国会における法案審議プロセスについて説明します。衆議院に法案が提出される場合についてですが、内閣あるいは議員から提出された法案は議長に提出され、委員会での審議を経て本会議で採決されます。最も長い時間をとるのは委員会です。可決・修正された法案は参議院に送られ、衆議院と同様のプロセスで採決されます。修正や否決の場合は衆議院に戻されます。両院の議決が一致したものは法律として成立し、天皇陛下に奏上され公布されます。参議院に先に法案が提出される場合も基本的に同様です。</p>
<p>議長に提出された法案はまず委員会に付託されますが、重要度などに応じて先に本会議で趣旨説明・質疑を行う場合もあります。近年の通常国会では約20本がそのような法案に当たり、直近では全体の3分の1の内閣提出法律案が該当します。そのうち総理が出席するのは約4本で、このような法案は重要広範議案と呼ばれています。</p>
<p>次に委員会での内容を説明しますと、趣旨説明－＞質疑－＞討論－＞採決という流れで進みます。最初の趣旨説明は「お経読み」とも言われたりしますが、時間は3～5分です。審議の中心は質疑で、大臣への質問を中心に行われています。このほか、参考人に対して質疑を行ったり、連合審査会を開くこともあるほか、委員を派遣して地方公聴会を開いたり、公聴会を開くこともあります。審議途中や質疑後に修正案が提出されることもあり、採決に先立って討論という意見表明の議事があります。最後に採決を行い、委員会での手続きは終了となります。附帯決議という決議が行われる場合もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>（通常国会日程の全体像と審議日程の例）</strong><br />
通常国会は1月に召集され、会期は150日です。2月、3月は予算審議が中心で、3月2日までに衆議院を通過すれば4月からの新年度の予算執行に間に合うとして、このスケジュールを意識しながら与野党で調整が行われます。2月には他に「日切れ法案」と言われるような４月１日に施行を予定する法案の審議などもあり、税制改正などのため財務金融委員会、総務委員会などが開かれます。</p>
<p>4月になってようやく多くの法案の審議に入るのですが、ゴールデンウィークがあるため会期末までの残りは今年のケースだと実質11週程度しかなく、本会議と委員会、衆議院と参議院で日程をうまく分け合う必要があります。衆議院では本会議の定例日が火曜日、木曜日、金曜日となっており、委員会は水曜日や金曜日を定例日として開会することが多く、対して参議院では本会議を月・水・金の午前、委員会を火・木に開会しています（常任委員会の場合）。これでも重なる日程があるため大臣がすべて出席できるとは限らず、大臣の日程を中心として調整することが重要となります。忙しい大臣として皆さまも思い浮かぶであろう厚生労働大臣を例にとりますと、2024年の通常国会に厚生労働大臣が本会議・委員会に出席した数は120回でした。4～6月のうち最も忙しいある週では7回の会議に出席し、国会での正式な会議として何も予定がなかったのは月曜日の午前中だけということもありました。このほか、火曜日と金曜日には9時から閣議がありますが、委員会がある場合には8時からになることもあります。また、委員会で質問がある場合には質問者から事前に質問内容が提出され、霞が関では前日など事前に答弁案を作成していますが、その答弁内容についての打合せは、忙しいときにはごく早朝から行われることもあったり、国会での会議後に省庁での打ち合わせが入ったりと、多忙を極めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、法案の審議スケジュールを機械的にあてはめてみます。法案の委員会質疑が1回だけの場合を考えますと、例えば1週目の水曜日に衆議院の委員会で趣旨説明を行い、金曜日の委員会で質疑、採決を行いますが、本会議としては2週目の火曜日が最短となります。続いて、参議院ではその2週目の木曜日に委員会で趣旨説明が行われ、3週目の火曜日の委員会で質疑、採決が行われます。そして水曜日の本会議で成立となります。したがって、質疑が1回・１日のみでもその法案の成立に単純計算で2週半かかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に法案質疑が2回の場合を見てみましょう。本会議で趣旨説明が行われることも多いのでそのように当てはめてみますと、衆議院では1週目の火曜日にまず本会議で趣旨説明、質疑が行われます。委員会では水曜日に趣旨説明、金曜日に質疑が行われます。質疑は続き、2週目の水曜日に2回目の質疑を行い、採決となります。そして木曜日の本会議で採決し、参議院に移ります。こちらも、衆議院の場合と同様に、金曜日の本会議で趣旨説明・質疑を行うと、3週目に参議院の委員会において火曜日に趣旨説明のみの場合には、木曜日に1回目の質疑となります。4週目に入って火曜日に2回目の質疑と採決を行い、水曜日に本会議で成立となります。この場合は法案の審議終了まで3週半かかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すべてこのパターンですと衆参で少しずつ空いた枠も発生しますので、実際には次の法案の審議を並行させるとか、場合によっては参議院での審議を先にするといった対応をとってやりくりすることも行います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法律案に対してどのように意見を反映していくかについては、委員会審議では、質疑、討論、附帯決議、修正といった様々な方法がとられます。他にも少数の会派のみによる修正案が提出される場合もありますし、与党であれば内閣提出法律案が提出される前に事前審査という機会もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（３）衆議院事務局の役割</h3>
<p>衆議院事務局にはいくつかの部署があり、法案の審議プロセスなどに応じて様々な役割があります。例えば、委員部は、委員会・本会議の日程調整のサポートや委員会における議事順序についての助言を行います。<br />
調査局は、法案や政策に関する論点の提示・助言を行うほか、資料の作成や個別依頼への対応を行います。</p>
<p>議事部では本会議における議事順序の調整や内閣・参議院との議案の受領・送付などを行います。もちろんデータでもやりとりしますが、法律案の本体は紙でやりとりされています。</p>
<p>記録部では本会議や委員会の会議録の作成を行っています。</p>
<p>警務部は院内警察、参観対応を行っています。そのほか、バックオフィスとして庶務部や管理部のほか、秘書課・国際部などがあります。</p>
<p>最後に、事務局とは別の組織となりますが、議院法制局は議員立法の条文化支援、審査などを行っています。</p>
<p>このうち、委員部の仕事をもう少し詳しく説明してみます。委員会の開会の前には理事会が開かれるほか、さらにその前に理事懇談会が開かれたりします。さらには、筆頭理事と呼ばれる与野党の代表１名ずつの間での話し合いも事前に行われたりします。制度上、委員会の開会などは委員長の権限ですが、委員長は行司役に徹し、まずは与野党の意見を聞くというのが基本となっています。これらの各プロセスでの委員部の支援の形を説明しますと、委員会本番については委員会で使用する委員長の「次第書」の作成、その準備としては質問の事前通告の取次ぎや答弁者の確認、そのさらに前の段階では与野党協議のための資料準備やデータ提供などです。衆議院事務局全体として、基本的には裏方としてあまり表に出ない雰囲気もありましたが、最近ではNHKのニュースで取り上げられるなど発信の機会もあったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（４）国会に向けられる目線</h3>
<p>さて、事前にテーマとして挙げさせていただいたように、国会はどう思われているのでしょうか。例えば、日本財団が18歳の意識調査というものを定期的に行っており、政治を取り扱った回として2023年2月に結果が公表された調査があります。現状の国会が有意義な政策の場になっていると思うかという質問に対し、肯定的な回答が19％、否定的な回答が52％でした。新聞やメディアを見ているとさもありなんという感じですが、どうしてこのような結果となっているのでしょうか。</p>
<p>例えば、衆議院事務局では、国会議員の実情を紹介するために、小学生用の国会参観パンフレットの中に「国会議員の一日？」というコーナーを設けました。その内容を紹介しますと、あくまで例という形ではありますが、朝の7：30から22：00まで予定がびっしり詰まっています。私が近くで仕事をさせていただいた印象としても、正直かなり忙しくて大変です。</p>
<p>この上で、先ほどの調査の否定的な回答の理由に対して私なりにコメントしてみます。欠席している議員や居眠りや内職等議論に参加していない議員がいる、という回答に関しては、どのくらい忙しいと理解した上のものであるのか、質問者以外の議員は採決以外にどのように参加しうるのか、といった面があることも理解する必要があるのではないかと思います。</p>
<p>居眠りするなら欠席する方がましという考え方もあるかもしれませんが、委員会には定足数があり、半数以上の出席が必要です。国会の審議はもっとも重要な公務であるというのはその通りと思いますが、出席せざるを得ないという構造でもあります。<br />
政策について十分な議論をしていないとの指摘については、身近で見る限りそうは思えません。あくまで私の印象ですが、しっかりとした議論というのは、どうしても地味な部分があるとも思っております。華々しい質疑や追及がどうしても取り上げられ、その結果として議論が不十分という印象を与えてしまう傾向があるのではと、残念に思っています。</p>
<p>この点、情報の伝え方として興味深い取組を１つ紹介します。政策研究大学院大学（GRIPS）が会議録の文字情報と審議の映像をリンクさせるプロジェクトを行っており、映像と文字をセットにしてより分かりやすい情報が得られると思います。</p>
<p>また、NPO法人（政策NPO）の万年野党という団体が「国会議員ランキング」というのを出しているのは見たことのある方もいらっしゃるかと思います。目立ちにくい活動が日の目を見るという意味では良いのですが、最近では質問をしていないとか議員立法を提出していないとか、ネガティブな面を強調するのに使われるばかりであることを懸念してもいます。</p>
<p>なお、野党は反対ばかり、という意見を聞くこともあるかもしれません。そこで過去3年の通常国会の閣法の賛成率のデータを見てみます。全会一致が2023年は40.7％、2024年は31.1％、2025年は13.8％と下がっていますが、一方で野党第一党である立憲民主党の賛成率を見ますと、2023年は76.3％、2024年は82.0％、2025年は89.7％です。維新はこの間これより少し高い傾向にあります。賛成、反対にはそれぞれ背景もあろうかと思いますし、最近の与野党の構成により賛成率が上がっている面もある可能性はありますが、野党は反対ばかりというと、そうではなく数字の上ではかなり賛成しているとも言えます。</p>
<p>さらに、過去3年の通常国会の閣法の修正や附帯決議の率を見ますと、修正は、2023年は8.5％、2024年は11.5％、2025年は20.7％です。附帯決議は、2023年は67.8％、2024年は77.0％、2025年は91.4％です。昨今の状況も踏まえ、与野党協調がより意識された国会運営となってきている可能性もあります。他方で、質疑に要する時間は長くなっているという声を聴くこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（５）国会の特徴</h3>
<p>大使館に出向し、イギリス議会を間近にみる経験もさせていただきました。時間もありませんので２点だけ挙げますと、首相や閣僚の議会への出席は日本の方が明らかに多かったです。また、イギリスでは主要政党において党首の任期が定められていなかったというのも興味深い点でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（６）いろいろ宣伝</h3>
<p>私が勤務する衆議院憲政記念館は、議会に関する博物館です。最近では展示だけでなく、主権者教育の取組も強化しており、例えば児童の皆さんに議場を模した空間で投票体験のプログラムなども実施しています。このほか企画展示を３か月ごとに開催しています。<br />
現在新たな憲政記念館を建設中であり、その建設地である国会前庭には時計塔があります。この時計塔のチャイムは大中寅二さんという方が作曲されました。なんとこの方は北野28期生ということで、私自身も今回の発表の機会をいただく中で初めて知りました。なお、息子さんも作曲家で、童謡の「サッちゃん」、「犬のおまわりさん」などで有名な方（大中恩さん）です。<br />
また、高田馬場管絃楽団というオーケストラにも参加していますので、ぜひ演奏会にもお越しください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="text-decoration: underline;"><strong>大内拓也さん（109期）</strong></span></span></span></p>
<p>Q:イギリスも日本と同じ議院内閣制ですが、日本とイギリスを比べて、日本のすぐれている点はどこでしょうか？</p>
<p>A:日本の議員は真面目だと思います。本会議へもきちんと出席されますし、政策の専門家なども育てようとしています。イギリスでは本会議に参加しない議員も多いですし、専門家の育成という観点でもどちらかと言えばほったらかしで個人任せという印象でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:日本では議場でヤジなどが飛び交いますが、これはどのように考えればいいでしょうか？</p>
<p>A:ヤジについてはコメントしにくいですが、当意即妙なものには、こちらもつい、くすっとしてしまいそうになることもあります。また、ヤジとは違いますが、自分が見てきた中だと、委員会の質問の際に用意した質問の原稿を意識されすぎていたのか、すれ違いの答弁だったり回答が得られていなかったりするのにそれを追求せず次の質問に移ったりして、周りからちゃんと質問するようにと突っ込まれるというような光景は記憶に残っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>村井正親さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:私の経験から言いますと、通常国会150日のうち120日に大臣に出席してもらうのが大変でした。それに応じて委員会の日程調整が大変になります。与党と野党が拮抗している場合はとくに大変でした。委員会には融和的なものも対立的なものもあるのですが、そこで質問です。内閣提出法案に対して与党と野党の距離感の感じ方は行政府と立法府でどのような違いがあるのでしょうか？　またどのようなご苦労がありましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>A:与野党の距離感は委員会の雰囲気などにもよるのかなと思います。また、人間関係がとても重要という印象を持っており、私の携わってきた業務への影響も少なからずありました。例えば、人間関係がうまくいっていると調整もスムーズに進みます。事前にそこまでの関係がないとなると、間に入る立場としてもどうカスタマイズするかを考えることになります。とくに秋に開かれる臨時国会では、それぞれ各党で人事が行われて新たな体制ということも多いですが、議員連盟や議員立法などでもともと議員間にコミュニケーションがある場合とそうでない場合があったりし、それによっても必要な準備が変わったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>岩佐健史さん（109期）</strong></span></p>
<p>Q:通常国会150日を除く残り200日は議員の人は何をしているのでしょうか？</p>
<p>A:通常国会以外には臨時国会が60～70日ありますので、残りは130日ほどです。代議士という言葉もありますが、国会がないときに有権者の声を聞くことなどは非常に重要だと思っています。週に何度も地元に帰る人も多いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:通年国会など会期を決めずに審議をしたり、国会が終わって海外に行くとかいうことはありませんか？</p>
<p>A:のんびり審議してよいとなっても、結局審議できる時間が増えればその間にスケジュールを詰め込んでしまう可能性はあると思います。締め切りがあるからこそ、そこまでに決めないと決心するという面もあるのではないかと思います。また、例えばイギリス議会は通年国会と思われていますが、実際には途中で休会期間があります。イギリスでは本会議や本会議場の日程が重要でそれに合わせるように年間単位でスケジュールを組まざるを得ず通年の会期となっていますが、議会の活動日数は実態として日本とそれほど変わらないと思います。海外の調査は重要で、先進的な制度もあれば、日本で語られるほどいい制度ではない、実際はちょっと違うという場合もあり、そうした実感が大事かなと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;">なし</p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀨始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td> ・紹介者は大内拓也さん＠109期・講演の最後に、石川さんのトロンボーンを伴奏に出席者全員で北野高校校歌を合唱した。</p>
<p>・歓談時間に河邑（竹島）愛弓さん＠109期によるバイオリン演奏（演奏曲：チャルダッシュ）が披露された。</p>
<p><a href="https://ahmomo-musicschool.com/online?utm_source=card&amp;utm_medium=qr&amp;utm_campaign=online" target="_blank"><strong>河邑愛弓さんプロフィール</strong></a></p>
<p>・大内さん、石川さん、河邑さんはオーケストラ部の同窓生。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4245.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7136" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4245-150x150.jpeg" alt="NKM_4245" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4241.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7135" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4241-150x150.jpeg" alt="NKM_4241" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7232.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7134" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7232-150x150.jpeg" alt="IMG_7232" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_IMG_7242.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7133" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_IMG_7242-150x150.jpeg" alt="NKM_IMG_7242" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4373.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7132" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4373-150x150.jpeg" alt="NKM_4373" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4362.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7131" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4362-150x150.jpeg" alt="NKM_4362" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4353.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7130" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4353-150x150.jpeg" alt="NKM_4353" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4339.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7129" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4339-150x150.jpeg" alt="NKM_4339" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4289.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7128" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4289-150x150.jpeg" alt="NKM_4289" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4263.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7126" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4263-150x150.jpeg" alt="NKM_4263" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4251.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7125" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4251-150x150.jpeg" alt="NKM_4251" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7113" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 9" width="150" height="150" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>【272回】8月『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』</title>
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		<pubDate>Wed, 10 Sep 2025 22:08:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[ 村井 正親さん＠96期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年8月20日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>52名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 村井 正親さん＠96期</h4>
<p>（ 独立行政法人 国民生活センター 理事長）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昭和40（1965）年8月1日　大阪府豊中市生まれ</p>
<p>昭和56（1981）年3月　豊中市立第十三中学校卒業</p>
<p>昭和59（1984）年3月　大阪府立北野高等学校卒業（96期）</p>
<p>同年4月　東京大学文科一類入学</p>
<p>平成元（1989）年3月　同大学法学部卒業</p>
<p>同年4月　農林水産省入省　以後、同省総合食料局食糧部計画課長、内閣官房副長官補室内閣参事官、農林水産省大臣官房文書課長、消費者庁政策立案総括審議官等のポストを歴任、</p>
<p>令和4年7月に農林水産省経営局長に就任した後、令和6年7月に退官</p>
<p>令和7年6月　独立行政法人国民生活センター理事長</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>古来より日本の農業は稲作を中心に展開されてきました。その稲作が現在、危機的な状況に陥っています。稲作農家が減少する中で他の農業部門と比べても構造改革が進まず、国全体としての生産力も低下しています。折しも「令和の米騒動」とも呼ばれる問題が生じていますが、今後の生産力の維持・強化に向けた政策の抜本的な見直しを進めていくためには、なぜ日本の稲作はこのような課題を抱えることになったのかを考察することが重要です。稲作の構造問題に特に大きな影響をもたらした食糧管理制度、農業協同組合制度、農地制度を中心に戦後の農業政策を振り返ることでこの問題の考察を試みます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>日本の農業というと稲作を思い浮かべる方が多いと想います。戦後の農政は水田の稲作をいかに振興し、国民にコメを供給するかが課題でした。今年は令和のコメ騒動と言われる事態が起きていますが、このような状況になった背景を農水省で政策に携わってきた立場からお話ししたいと思います。&nbsp;</p>
<h3>１．事実関係</h3>
<p><strong>[コメ生産量の推移]</strong></p>
<p>・1960年には米、野菜、果樹、畜産からなる農業総産出額1.9兆円の中でコメは47％を占めていました。農業総算出額は1985年に11.6兆円となりコメの産出額も約3倍に増えピークに達しましたが、国民生活が豊かになり食生活の多様化もあり、その後減少に転じて2023年には国内総算出額9.5兆円のうちコメの割合は16％にまで減少しています。</p>
<p><strong>[農業従事者の推移]</strong></p>
<p>・1955年には604万戸の農家がありましたが、2020年には174万戸にまで減っています。農業従事者数も1932万人から249万人に減り、うち150日以上の専業者は102万人となりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．コメ農政の根幹を成した三つの制度</h3>
<p>・戦後のコメ農政では食糧管理法、農業協同組合法、農地制度を三位一体的に運用してきた事をお話します。</p>
<p><strong>[食糧管理法(1942年)]</strong></p>
<p>・戦時下に設定された食糧管理法はいかに国民にコメを中心とした食糧を公平に配分するかという観点で作られ、国がコメを全て買い上げ配分することになっていました。戦後もこの法律が続き、農地改革で誕生した多数の零細稲作農家が生産したコメを政府管理のもとで国民に配分する体制が続きました。</p>
<p><strong>[農地法(1962年)]</strong></p>
<p>・戦後は食料の絶対的不足を増産で回復することが最大の使命でした。ＧＨＱの指導のもと地主と小作の関係を解消する農地改革により、それぞれの耕地を国が買い上げ、地主から独立した自作農としての耕作者が生産する構造に代わることになりました。農地改革が一段落した1952年に制定された農地法は、耕作者が農地を所有することを基本とした改革でした。これにより、農地は耕作者自らが所有するものとした代わりに、農地の権利移動が厳しく制限されることになりました。この結果、小規模零細農家が全国に多数存在することになりました。</p>
<p><strong>[農業協同組合法]</strong></p>
<p>・多くの零細農家からコメを買い上げることを政府が直接行う代わりに、食糧管理法による国による買い上げを実現する役割を果たしたのが農業協同組合でした。海外でも農協はありますが、日本の農協は全国を市町村単位できめ細かくカバーした強大な系統組織を形成しているという特徴があり、集荷団体としての農協の組合員にならないと農家は実質上コメを出荷できなくなりました。</p>
<p><strong>[状況分析]</strong></p>
<p>・機械化などで増産が進む一方、生活様式の変化で消費量が1965年には減り始め、1967年にコメが余る状況が生じるまでは、上記３つの制度は良く機能したと評価できます。</p>
<p>・しかし、食糧管理法は政府に買い入れ義務を課す制度で、需要を越す余剰米が生産されても全量買わざるを得ないという問題が生じました。実際に過剰米処理に合計で３兆円規模の国費が必要となりましたが、食糧管理法を抜本的に見直す判断はできず、いわゆる減反政策により制度の枠組みを存続させるという判断をしました。</p>
<p>・もっとも、食糧管理法の枠組の中で様々な工夫はなされました。政府を介さずに生産者団体がコメを販売できるルートを認める自主流通米制度の導入などです。1995年に食管法が廃止され、食糧法に切り替わりコメの流通が順次自由化されるまでは、そのような対応でしのいできたということになろうかと思います。</p>
<p>・ちなみに、JAグループの農産物販売を統括する全農という組織がありますが、全農の中でも野菜、畜産、果樹部門はコメとは別の部署が取り扱っています。米以外は「商売」という感覚を取り入れた事業運営となっていると評価できますが、未だに米の担当部局は食管法時代の感覚が抜けきっていません。農協は米を集荷するのが役目で売り方の心配は不要な状況が続いたことの影響があまりにも大きかったと言わざるを得ません。</p>
<p><strong>[今後への視点]</strong></p>
<p>・当時は標準的な50アールの農家についても機械化の導入は早く進み生産量は向上しました。だが、この規模ではコメ作りだけでは生計が立たず、兼業をする農家が増えました。現状一軒あたりの耕作面積は平均1.5ヘクタールにまで拡大されていますが、農業従事者は2000年時点で60歳以上が78％と高齢化が進み、2020年では88％にまで増加しています。農家の子供の数も減り、農業を承継する世代が著しく減少しているのが現状です。</p>
<p>・このような状況のなか、大規模経営体を育成する必要があり、特に法人形態の経営体の育成が急務となっていますが、現状、団体経営体は3.8万件（3.5％）にすぎず、稲作を営む経営体では54万件のうち団体経営体はわずか1.2万件（2.2%）に留まっています。法人経営が受け皿となって小規模農家を集約して進める必要があります。</p>
<p>・農政として農業経営を株式会社化する制度の導入などの後押しを行っていますが、農業界は「変化」に対して慎重な姿勢が一般的ということもあり、スピード感のある変革を実現しきれていません。農業従事者だけでなく、消費者にもこれらの問題について感心を持ってもらい、日本の農業の将来をしっかりと考えていただくことが必要と考えています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">野村恭史さん（96期）</span></h4>
<p>Q:需要見通しが問題視されているが、総需要量は予測か実績か？</p>
<p>A:生産量から在庫量を引いて需要量を算出している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:老齢化のなか増産に向けた具体的施策は？</p>
<p>A:個々の小規模事業継承に頼るのでなく、大規模農業への集積化が必要。農地の流動性を高めるため、貸借権の設定による農地集約のアレンジをする仕組みをつくり、法人化への展開を支援。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:古い備蓄米を早めに回せないのか。中国では３年分備蓄とのことだが、日本でも必要では？</p>
<p>A:備蓄米は不測の事態に備えることになっている。品質的には食用になるものを保つ。100万トンを備蓄し、５年経たものは20万トンずつ入れ替えている。かつては、需要見込み数量に毎年１００万トンプラスαで生産し、不測の事態が発生しなければ１００万トンはそのまま餌用として放出するといった案も内部で検討したことがあるが予算規模も大きく非現実的ということになった。ただ、昨年の食料・農業・農村基本法の改正により食料安全保障が政策の大きな柱として位置づけられたので、コメを始めとした備蓄の在り方についても今後より深い議論がなされることが期待される。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>池尾愛子さん（87期）</strong></span></p>
<p>Q:コメデータベースを公開して経済学者等の検討を参考にすべきでは？</p>
<p>A:役所の中だけでなく官民の知恵を集めて行うことは重要。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/（村井前局長講演資料）戦後農政の課題を決定づけた3つの制度.pdf" target="_blank">（村井前局長講演資料）戦後農政の課題を決定づけた3つの制度</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td>・紹介者は真鍋将治さん（96期）</p>
<p>・舞台上での集合写真は、村井さんの応援に駆けつけた96期の皆さんと、剣道部の皆さん</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/案内１1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7048 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630807417-150x150.jpeg" alt="案内１" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/開会２1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7049" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/開会２1-150x150.jpeg" alt="開会２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/歓談１1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7050 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630825897-150x150.jpeg" alt="歓談１" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/歓談５1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7051 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630838707-150x150.jpeg" alt="歓談５" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/剣道部1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7052" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/剣道部1-150x150.jpeg" alt="剣道部" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演２1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7053 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630854449-150x150.jpeg" alt="講演２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演６1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7054" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演６1-150x150.jpeg" alt="講演６" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問３1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7055" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問３1-150x150.jpeg" alt="質問３" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問７1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7056" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問７1-150x150.jpeg" alt="質問７" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/受付５1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7057 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630868517-150x150.jpeg" alt="受付５" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/紹介２1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7058 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630887741-150x150.jpeg" alt="紹介２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/９６期集合1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7059" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/９６期集合1-150x150.jpeg" alt="９６期集合" width="150" height="150" /></a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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