【214回】10月「トランプ大統領の再選を占う -アメリカ駐在、16年間の経験を踏まえて-」

Ⅰ.日時 2020年10月17日(土)14時00分~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるオンライン開催
Ⅲ.出席者数 57名
Ⅳ.講師 山岸勝也さん@68期 (元伊藤忠商事、現在は日米経営コンサルタント代表)

伊藤忠商事㈱入社後、海外生活は25年に亘り72カ国にて多様な経験を積む。特にアメリカは二度、計16年間の長期駐在。
ニューヨーク(11年)、ロスアンゼルス(3年)、ヒューストン(2年)、の各駐在地を拠点として、全米50州の多くの中核都市を訪れ、驚愕するような差異を知る。ニューヨーク駐在中は、北米(含カナダ・メキシコ)の上席副社長(SVP)として総合商社の業務を遂行しつつ、伊藤忠(米国)不動産会社の社長兼最高経営責任者(CEO)にも就任。全米不動産事業の指揮を執り、不動産デベロッパー事業や米国REIT(不動産の証券化)を展開。REIT事業では、米国業界においてその手腕と業績が認められ、米国の有力な経済紙『MONEY』の表紙に単独で写真掲載された。トランプ氏とは伊藤忠が合弁事業を推進する全米最大ホテル会社をめぐり、M&AとTOBが勃発。トランプ氏との共同ビジネス・ミーティングを開催した席上で、盛年トランプ氏の資質や思考を知る機会を得た。

海外訪問の72カ国には、欧州・中国・アジア・中南米は勿論のこと、イスラエル・イラン・サウジアラビア・イラク・エジプト・UAE等の中近東諸国へも歴訪した。特にイスラエルの事情に精通しており、トランプ大統領がイスラエルの米国大使館を(聖都)エルサレムに移転した経緯には詳しい。

伊藤忠本社では、(故)瀬島龍三氏(元大本営参謀・戦略家、後の伊藤忠商事会長)のもとで5年間、伊藤忠全般の中長期にわたる『経営戦略・企画統轄』の立案に従事。

Ⅴ.演題 米国のトランプ大統領の再選を占う
Ⅵ.事前宣伝 伊藤忠商事に勤めておられて、米国駐在16年間で、その間全米の全ての州をまわられました。不動産関係の仕事に関わられ、若いころのトランプ大統領とも面識があり、ご家族を交えての交流もあったそうです。今まさにトランプ大統領は選挙選真っただ中。トランプ大統領の素地の部分をお話しいただけるでしょう。
Ⅶ.講演概要 紹介者は73期の牧武志さん。山岸さんのご講演は2004年の「不動産証券化(REIT)の種明かし」と2012年の「医療ミス裁判を弁護士なしで5年間戦い抜いて」に続いて3度目となる。

1.トランプ大統領とはいったい「何者」か?

(1)1946年6月14日生まれのキリスト教福音派。

(2)家族経営の不動産デベロッパー(※注釈)

●祖父はドイツから移住。(アメリカンドリームを追う移民の一人)

●トランプ氏の家系には、不動産経営の資質が脈々と受け継がれている。

●25歳で父親から会社経営を任され、直ちにニューヨークへ進出。家族経営を主体とする不動産開発事業で、半世紀を超えて幾多の成功を収める実業家。

●絶対権力を持つオーナー・ビジネスマンとしてスタートした。

●『一番に執着する習性』を発揮し、不動産王にのぼりつめ、権威の象徴と称せる超大型ビル(トランプ・タワー)を各主要都市に建設していった。

●株主は親族以外を排除、会社経営は他人を一切関与させなかった。

●経営のパートナーは家族のみ。長女イバンカ氏の能力を高く評価し副社長とする。

●不動産事業で成功していたクシュナー氏(ユダヤ教・正統派)を娘婿に迎える。

●政治の世界に入ってからも、クシュナー・イバンカ夫妻を特別補佐官に任命し閣僚よりも絶大な信頼を託している。

※注釈)不動産デベロッパーの仕事について
不動産開発を主体とするデベロッパーは、地上げ・詳細設計・工事完成・テナントの確保・賃料収入・REIT等、『長期的な経営視野』が不可欠となる。
デベロッパーにとり、最も重要な点はロケーションの選定であり、近隣住民や既存の土地所有者の信頼を得て、開発事業を推進する『地道な交渉能力』が肝要だ。その上にプロジェクト規模に応じた資金調達を達成するため、金融機関やファンドとの微妙な駆け引きには不動産事業にかかわる“特殊事情”に関する隠れた『巧妙な裏交渉の手腕』も必要となってくる。

(3)政治も“経営”と捉え『ディール・取引』する。

●トランプ大統領は、ビジネス時代に会得した経営資質を遺憾なく発揮している。

●外交戦略もディール(取引)手法で進める。

(4)莫大な資産を持ち、ケネディ大統領と同様、『年収は無給(1ドル)』。

(5)ビジネスマン時代から『反射と本能で発言する男』。

(6)異端なトランプ氏は『特異な習性』を持ち、常時“脅し”を使う。

(7)強烈な個性は『カミソリの切れ味を示す人物』というよりは、『山にそびえる大木を、大ナタを振るって一撃で豪快に切り倒す人物』と言える。

2.アメリカ大統領選挙の仕組み

⑴ 選挙人制度(間接選挙)

●選挙人制度は、18世紀に国の指導者を選ぶ手法として、国民による直接選挙と、議会による選挙の妥協案として生まれた。

●各州の選挙人は、自分が支持する政党・候補者を予め公表しておく。

●有権者とは18歳以上のアメリカ国民で、投票するには予め有権者登録が必要となる。

●有権者は投票によって、先ず選挙人を選出する。

●全米の選挙人538人は、50州の人口比率で割り当てられる。

●一票でも多く獲得した候補者が、州選挙人全部を獲得する『総取り方式』。

●選挙人を270人以上獲得すれば勝利。

●2016年トランプ氏は有権者の得票数ではクリントン夫人に負けたが、選挙人数では勝利して大統領に選出された。(得票数;クリントン夫人6584万票vsトランプ氏6298万票、選挙人数:トランプ氏306人vsクリントン夫人232人)

●最も重要な選挙戦略は、選挙人の多い州で勝つこと。

⑵ 2020年の大統領選挙の主な日程

9月 29日 第1回大統領候補のテレビ討論会(共和党トランプ大統領vs民主党バイデン前副大統領)
10月  7日 副大統領候補の論争(共和党ペンス副大統領vs民主党ハリス上院議員)
10月 15日 第2回大統領候補のテレビ討論会…中止
10月 22日 第3回大統領候補のテレビ討論会
11月  3日 大統領選挙の投票日:全米の有権者が538人の選挙人を選ぶ。当日投票・期日前投票・郵便投票がある。
12月14日 大統領選挙の投票日:選挙人が大統領候補者に投票する。
2021年1月20日 新大統領就任式

3.はたして、トランプ大統領再選の『可能性』は有るのか?

⑴ 選挙戦略

●父の死の翌年、国家の最高位を目指し大統領への挑戦を開始。54歳で改革党から大統領選に出馬したが敗北。知名度の低さが敗因と考え、直ちにTV会社を買収。同局の番組に出演し、傲慢なセリフ「YOU ARE FIRED!(お前は、クビだ!)」を流行させて人気を集め、一般の大衆へ自分自身を売り出す事に成功。69歳の2016年、再び大統領を目指し共和党から出馬した時は泡沫候補と揶揄されながらも、クリントン夫人を打ち負かし、大統領に初当選した。

●大統領就任当初から、トランプ氏の『臭覚』と『直観力』は、2020年大統領 再選しか頭にない。2016年に獲得した支持層をつなぎ止め、さらに拡大させることに徹している。

●投票する有権者の70%以上を占める白人層にターゲットを絞り、現状に「不満」と「怒り」を抱く白人の低中間層の得票を狙う。

●二つのスローガンは『America First』と『Keep America Great』。

●イスラエルは首都を聖都エルサレムと宣言し政府機能を置く。トランプ大統領はこの宣言を正式に認め、米大使館をテルアビブからエルサレムへと移転させた。これにより、キリスト教徒とユダヤ教徒の得票を狙う。

●全米50州を熟知する戦略家。選挙人の多い激戦州で勝利する事を狙う。(全米の選挙人538人のうち、多い順番は、カリフォニア(55)・テキサス(38)・ニューヨーク(29)・フロリダ(29)・ペンシルベニア(20)・イリノイ(20)・オハイオ(18)・ジョージア(16)・ノースカロライナ(15)である。トランプ候補は、これら上位9州のうち、南部のテキサス・フロリダ・ジョージア・ノースカロライナならびに中部のペンシルベニア・オハイオの計6州(136人)の大票田を制した結果、2016年の大統領選挙で勝利した。)

⑵ 次期・新大統領はいつ決まるのか

113の投票日(538人の選挙人を選出する日)
●郵便投票(当日消印有効)の集計が遅れ、(数日~数週間)直ぐには勝敗は決まらないだろう。郵便投票をめぐっては、既にいくつかの州で訴訟が始まっており、すぐに勝敗が決まらないケースも発生。

●『法廷闘争』に関しては連邦最高裁判所(保守派多数)が大統領選出に係わる判決を下す。

1214の投票日(538人の選挙人が投票する日)
どちらかが選挙人の過半数(270票)を獲得すれば大統領確定。

202116の投票日(上下院議員が投票する日)

A)選挙人の投票数が過半数に達しない場合、下院が大統領を選出する。
●下院の議席数は435で各州に対して人口比率で配分されている。

●現在の議席数の内訳は野党(民主党)が多いねじれ現象:民主党235共和党199欠員1

●50州に1票ずつ割り当て、州ごとに下院議員が話し合いどの候補に投票するか決定。

●現在の州別票は共和党26民主党22無所属2

●過半数(26票)を獲得すれば大統領確定。

B)下院の投票数がどちらも過半数に達しない場合、上院がその日のうちに副大統領を選出し、『副大統領が大統領代行』となる。
●上院の議席数は100で、各州に対して2名ずつ配分されている。

●上院議員100人に1票ずつ割り当てる。

●現在の議席数の内訳は与党(共和党)が多い:共和党53民主党45無所属2

●どちらかの候補が過半数(51票)を獲得すれば副大統領が確定する。

C)上院の投票数がどちらも過半数に.達しない場合は『下院議長(民主党ペロシ氏)が大統領代行』となる。

2021120 新大統領就任式

⑤補足解説
●共和党・民主党の米大統領候補が、もし選挙期間中に“死亡”した場合、“候補者不在”になる。アメリカ連邦法にはこの点につき明確な規定がない。副大統領候補がそのまま大統領候補になるわけではない。

●③では上下院の議席数の現在の内訳を示したが、日程①の投票日には、上下院選挙も同時に行われ、下院議員は全員・上院議員の1/3が入れ替わる。議席数の内訳はまだわからない。

4.結び

●2020年の大統領選は11月3日には決まらないだろう。得票差が僅差であれば、どちらの陣営が負けていても直ぐには『敗北宣言』をせず、郵便投票の集計遅れや不正を理由に訴訟を起こす。トランプ大統領は、連邦最高裁判所へと発展する事態に備えて、連邦最高裁の新しい判事に超保守派の人物(バレット氏)を指名。これは選挙前の異例の駆け込み指名であり、民主党は強く反対している。上下院で彼女が承認されれば、定員9人の判事の内6人が保守派の判事となり、民主党が極めて不利となるからだ。(後日、バレット氏が新判事に承認された)

●選挙前の報道(10月17日時点)では激戦6州で4.6ポイントリードしているバイデン氏の当選が有力とされているが、2016年の選挙では、激戦6州で4.8ポイントリードしていたクリントン夫人を押さえて、トランプ氏が逆転当選した前例がある。

●個人的には、選挙人の数が定まらないまま、来年1月6日に下院の投票が行われ、その結果トランプ大統領が再選される可能性があると予測する。

5.質疑応答

問1)2016年の国勢調査でアメリカの人種別人口と人種別有権者登録数が大きく違うのはなぜか?(投票するのは白人が多い。なぜ他の人種は投票する人が少ないのか?)

人種別人口比:白人(64.1%)黒人(12.5%)ヒスパニック(15.9%)アジア系(6.1%)
人種別有権者登録数比:白人(72.4%)黒人(12.5%)ヒスパニック(9.7%)アジア系(3.7%)

答1)アメリカ社会においては、身分証明書を持たない(市民権のない)ヒスパニック・アジア系の人が多い。有権者登録するには身分証が必要なため、登録できるヒスパニック・アジア系の有権者が少なくなってしまう。この事態は実際に問題視されている。

問2)アメリカ国内では本当にトランプ大統領の再選を望む人は多いのか?

答2)先ほど解説したように、大統領の選出には色々な要因(COVID-19、隠れトランプ派など)がある。マスメディアの報道ではトランプ候補とバイデン候補が拮抗しているものの、選挙戦略に長けているトランプ大統領が、再選のための提訴や上下院の決議などを活用し、再選する可能性があると考えられる。

問3)有権者の一票の重みについて。2016年の選挙にみられたように、有権者の得票数が少なかったトランプ氏が逆転当選するような選挙制度に、アメリカ国民は納得しているのか?(なぜ得票数が多い人がそのまま大統領に選ばれないのか?)

答3)アメリカ合衆国は広大な面積に、人種や宗教などが異なる3億人以上もの人が入り混じって一緒に暮らす多様性国家である。個人の平等性よりも全米を構成する50の州の平等性が優先される。単一民族国家の日本とは、価値観が異なると理解して頂きたい。

(補足解説)選挙人というクッションが入ることで急進的な意見を排除し、一時の感情や勢いではない理性的な選択がなされることが期待される。国民の教育格差が著しく、また交通・通信が不便な時代においては、有権者が候補者の見極めを行うことが困難であり、それを選挙人に託すことができる利点があった。反面、死票が多くなる可能性が高いほか、有権者の意向と選挙人の実際の投票先が一致しないケースもあり得る。(Wikipedia「間接選挙」の項より)

【Ⅶ章記録:野田美佳(94期)】

Ⅷ.資料 トランプ大統領再選を占う_添付資料(1.5MB)