【第199回】7月「患者と家族に寄り添う在宅医療」

7月17日開催

 

大井通正さん@76期(医療生協八尾クリニック所長)

1945年 京都市に生まれる。
1958年 新北野中学入学。ベビーブームの下級生と運動場に建てられたプレハブ校舎で学ぶ。
1961年 北野高校入学。陸上競技部所属。長距離走だが速くはなく我慢強さだけ身についた。
1966年 京都大学薬学部入学。
1971年 京都大学大学院薬学研究科入学。生薬薬理学を専攻。
1973年 修士課程修了。
1976年 大阪市立大学医学部入学。教養課程ではアルバイトと家事に励み共稼ぎ家庭を支える。
1982年 同校卒業。耳原総合病院で臨床研修。在宅医療を学ぶ。
1987年 「リハビリテーション専門医」資格取得。
1989年 東大阪生協病院着任。リハビリテーション科開設。地域に根ざしたチーム医療としてのリハを目指す。
2000年 同院院長。
2006年 同院定年退職。医療生協八尾クリニック開設、所長に就任、現在に至る。

著書 「患者と家族に寄りそう在宅医療日記」文理閣 2016年

同窓会講演用顔写真

 ≪講演内容≫

在宅医療30年 わたしが伝えておきたいこと

大学院薬学研究科修士課程在学中の私はスラムにあったアルバイト先の診療所長の往診に同行した。そこで見たものは粗末な板の間に横たわる重い障害を持つ脳卒中片麻痺の患者だった。障害を持つ病人に尽くせる医療に携わりたい。医師を目指そうと思い立った。障害を持つ人のリハビリテーション―再び人間らしく生きるためへの援助がその後医学部に進学し卒後医師として働いてきた私の人生の主題となった。在宅医療の対象となる病人はすべて障害を持つ人である。障害を持つ病人である。この人たちが重い病と障害を身に受けながら人間らしく生き、生を終えるために何ができるだろうか、研修医時代から在宅医療に携わりこのことを考えてきた。この間数多くの神経筋難病の患者の在宅療養への援助、がん患者を中心とした在宅看取りを経験した。ある意味で極限状況に置かれた患者と家族の間に身を置き、抱える問題を前にして自分に何ができるだろうかを自問する日々であった。それは医学的問題にとどまらず療養環境、介護体制、介護者の介護負担、経済的問題、家族関係など多岐にわたる。主治医だからといってもとより正解などは持ち合わせていない。多職種から構成されるサービス担当者会議を開催し知恵を出し合い患者家族を交えたチーム医療の実践で課題を解決していくしかない。このような在宅医療に従事することは私にとって医師としてかけがえのない学びの機会、成長の糧になるにとどまらず生きがいそのものである。在宅医療の現場で交わされる患者や家族の言葉、看取りのありさまに心打たれることが多々あった。患者が人間らしく生き、人間らしく生を終える、家族として住み慣れた自宅で患者を看取れた満足感と喪失感、そういった患者や家族の思い。それは私たち一人ひとりがこれからの生き方を考える上で示唆と勇気を与えてくれると信じる。

この講演で「在宅医療とは」という問いに、私たちの取り組みを紹介したい。在宅医療の中での患者、家族のよろこびとかなしみ、それを支えるわたしたちのよろこびと困難、課題などを知っていただける機会になれば望外の喜びである。