【第188回】8月「麻疹ウイルスと人 –日常・地球・進化−」

Ⅰ.日時 2018年8月16日(木)11時30分~14時
Ⅱ.場所 The BAGUS PLACE
Ⅲ.出席者数 51名
Ⅳ.講師 竹田 誠さん@98期 (国立感染症研究所・部長)

1967年大阪生まれ。
1986年大阪府立北野高等学校卒業。
1992年信州大学医学部医学科卒業。
信州大学医学部附属病院、市立岡谷病院にて小児科医として勤務。小児科専門医。東京大学医科学研究所にて研究生として研究に従事。
2000年学位(博士・医学)取得(東京大学大学院)。
2000年から2003年米国ノースウェスタン大学ハワードヒューズ医学研究所博士研究員。
九州大学大学院医学研究院、助手、講師、准教授を経て、2009年より現職(国立感染症研究所ウイルス第三部部長)。委員歴など:世界保健機関(WHO)麻疹風疹ワクチン専門家委員、厚生労働省麻疹風疹対策推進会議委員など受賞歴:日本ウイルス学会杉浦奨励賞(2006年)、厚生事業団多ケ谷勇記念イスクラ奨励賞(2007年)、川野小児医学奨学財団小児医学川野賞(2018年)
研究内容などhttps://researchmap.jp/read0118243
職場ホームページhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/from-vir3.html
Ⅴ.演題 麻疹ウイルスと人 –日常・地球・進化−
Ⅵ.事前宣伝 「麻疹(ましん・はしか)は、伝染力が非常に強く、時として命にかかわる恐ろしいウイルス感染症です。途上国では、感染者の数十人にひとりが、先進国でも感染者の数百人にひとりが命を落とします。非常に優れたワクチンが開発されているにもかかわらず、現在でも、特に途上国では、赤ちゃんや子供の主な死亡原因のひとつです。世界保健機関(WHO)や国連は、麻疹を天然痘やポリオに次いで撲滅可能かつ重大な感染症ととらえて、大掛かりな麻疹排除活動を続けています。そんな中、日本は、2007年頃までは「麻疹を輸出する国」との国際評価を受け、先進国としては、対策が大きく遅れた国でした。2008年以降の徹底した対策の強化によって患者数は一気に減少して、なんと2015年にWHOから「麻疹が排除されている国」と認定されるに至りました。しかし、麻疹の伝染力は凄まじく、海外からの渡航者を発端とした小規模な流行が今でも毎年繰り返されています。

さて、実は、犬や牛にも麻疹があります。それぞれ、ジステンパー、牛疫と呼びます。さらに海の哺乳動物であるイルカやアザラシにも麻疹があります。いずれの場合も、致死率は非常に高いです。麻疹の病原体である麻疹ウイルスは、農耕を始めた頃、牛の麻疹(牛疫)ウイルスが人に感染し、そこから進化したウイルスと考えられています。

本講演では、麻疹とは一体どのような病気であるのか。お子さんやお孫さん、そしてわれわれが、日常気をつけることは何であるのか。世界の麻疹対策が目指すものとは。そして、麻疹ウイルスは哺乳動物進化の中で、どこからやってきたのか。そんなお話しを致します。」

Ⅶ.講演概要 image1

当日の講演では配布資料はなく、たくさんのスライドと一部の動画で講演された。
講演は50分で終了し、講演後の10分間で活発な質疑応答が行われた。
講演内容が前後するが、ここでは内容を簡略化するために質疑応答で話された部分も取り入れて記録を残す。

 

麻疹(はしか)はどんな病気か

麻疹は人の病気であるが、色々な哺乳類にも人の麻疹と同じような病気がある。
分かりやすく言えば、犬の麻疹はジステンパー、牛の麻疹は牛疫。
これらの病気を起こしているのはモルビリウイルスの仲間(モルビリウイルス属)のウイルスで、人に感染するモルビリウイルスが麻疹ウイルス、犬に感染するモルビリウイルスがイヌジステンパーウイルス、牛に感染するモルビリウイルスが牛疫ウイルス。

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モルビリウイルスは哺乳動物に感染しながら進化してきた。
哺乳類の進化は遺伝子の系統樹に示すことが出来る。
モルビリウイルスの遺伝子にも同様の系統樹がある。
0.5~1億年のタイムスケールで二つの系統樹を比較すると祖先モルビリウイルスは祖先哺乳類と一緒に進化したことがわかる。(ここで示された哺乳類は、モルビリウイルスが感染するアシカ、イルカ、シロナガスクジラ、ひげクジラ、マッコウクジラ、牛、ヤギ、羊、犬など)

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遺伝子の系統樹に「麻疹ウイルス」の遺伝子をあてはめてみると、牛のモルビリウイルス(牛疫ウイルス)が後から突然ヒトに感染して、そのまま適応してしまったものであるといえる。
ヒトと一緒に進化したヒトオリジナルのモルビリウイルスがかつて存在したかどうかは、現時点ではわからないが、現在ヒトに感染するモルビリウイルスは、麻疹ウイルスだけである。

 

 

麻疹(はしか)の恐ろしい点

1) 感染力が強い(最強の伝染力)

モルビリウイルスは免疫細胞と上皮細胞に感染する。

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肺には体外からやってくるさまざまなものをやっつける免疫細胞がたくさんある。
口から入ったモルビリウイルスはまず肺に存在する免疫細胞にとりつく。
通常、免疫細胞は外敵を捕まえると所属リンパ節に戻りそこで処置しようとするが、モルビリウイルスにとってリンパ節はいわゆる感染できる細胞の塊といえる。つまり逆に感染が拡大する。モルビリウイルスは全身の免疫細胞、免疫臓器、リンパ節、脾臓などで爆発的に増殖し、やがて全身の免疫系統が一過性ではあるが崩壊する。

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免疫細胞は上皮にも存在するので体内で感染が広がると、モルビリウイルスが感染している免疫細胞から、気道や口腔などの粘膜上皮に感染が拡大して、モルビリウイルスが効率よく外に出てきて、別の個体に次々と伝染する。

 

2)致死性が高い

致死率は発展途上国で5~6%、先進国で0.1%(インフルエンザの100倍)。
麻疹(はしか)は全身の免疫細胞を標的とした全身感染症である。
一時的に悪性リンパ腫が消えたり、アトピーが治まる症例もある。
免疫系統が破壊されることで、それまで耐性のあった別の感染症を併発し、重篤なら死に至る。
麻疹の症状は高熱、咳、鼻汁、結膜充血、全身の発疹。合併症として中耳炎、肺炎、脳炎など。
数万人に一人の割合だが、SSPE(亜急性硬化性全脳炎)にかかる場合がある。これは、脳に麻疹ウイルスが入り、数年から10数年の時間をかけてゆっくりと脳の機能を破壊してしまう恐ろしい病気。最初のうち見かけはとても健康な子供が、真綿で首を絞めつけるように、確実にゆっくりと死んでゆく。いったん感染するとワクチンも効かず、治す方法がない。

 

麻疹(はしか)ワクチンがどうして必要か

麻疹にかからないためにはとにかく予防が重要である。
最強の予防は、ワクチンをきちんと接種しておくこと。
全員がワクチンを接種することで麻疹をこの世界から無くしてしまうことが可能である。
実際2011年、牛疫は根絶された。
麻疹はインフルエンザのように毎年違う型のウイルスが流行するわけでなく、どのウイルスも性質が同じなので、いつも同じウイルスが流行していると考えてよい。
なので、ワクチンを2回接種すれば一生の免疫が得られる。
たとえ2回以上接種しても害はない。大人でも過去2回の接種記録(母子手帳に掲載されている)が確認できなければ、接種した方がよい。
麻疹のワクチンは効果も安全も最高ランクである。
弱毒生ワクチンといって、毒性を弱めたウイルスをそのまま用いているので、ワクチンによって軽い麻疹(多くの場合無症状)に罹るようなもので軽い発熱のような副反応が時に起こるが、重篤な副反応はほぼほぼ皆無といえる。
世界的には、一回目の接種は生後9か月からの国が多いが、日本の場合は生後12か月に設定されている。待つメリットは全くないので、生後12か月になったら、すぐにワクチンを接種したほうがよい。小さい時に麻疹に罹るほど、SSPEを合併する危険性も高くなる。
(免疫が弱い病気である、極めて重篤なアレルギーがあるなど)特別な理由がないかぎり、麻疹のワクチンを打たないという選択肢は考えられない。妙な噂に惑わされず、定期接種の機会は絶対に逃さない事。

 

 世界の麻疹対策が目指すもの

麻疹は5歳未満の子供を殺す三大感染症の一つに挙げられている。(三大感染症:マラリア,はしか,HIV)

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2000年に国連で採択されたのがMDG4(国連ミレニアム行動計画の4番目)の「子供の死亡を減らす」という目標。
その手段の一つが、全ての子供に麻疹のワクチンを打つこと。麻疹の対策を通して、すべての子供に適切な医療と公衆衛生サービスを届けること。
WHO世界の目標は2020年までに世界の5/6の地域で麻疹(はしか)と風疹をなくしてしまうこと(下記註)。
(6/6はまだ流石に難しい。輸送手段、冷蔵設備、紛争地域、資金など)
2010年中国ではわずか10日間で約1億人にワクチンを打った。

註:風疹は麻疹と同様に発熱と全身性の発疹が特徴のウイルス感染症である。麻疹よりも症状は軽いが、妊娠初期に妊婦さんが罹患すると、赤ちゃんが目、耳、心臓などに障害を持って生まれてくることがある(先天性風疹症候群という)。現在、日本で定期接種で使われているワクチンは、麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)であり、麻疹と風疹の両方を予防してくれる。

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 日本の状況

日本では2001年に麻疹が大流行し、推計20~30万人が感染、多くの死者が出た。
当時、日本では、麻疹のワクチンは1回しか接種しなかった為、また、ワクチン接種に対してあまり積極的でもなかったため、2001年の大流行が起こった。
2006年には2回接種が開始されたのだが、全体に2回行き渡るのに間に合わず2007年に再び大流行した。主に感染したのは1回しかワクチンの接種機会がなかった10代から20代世代(大学生、高校生)で、全国で263校が休校となった。(学級閉鎖どころではなかった)
2008年から2012年の5か年計画で中学生、高校生の世代に2回目の接種が実施され、麻疹の数はあっという間に減少して、ついに2015年WHOから「麻疹が排除されている国」と認定された。

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ところが感染症に国境はなく、今も日本の周辺国では麻疹の流行は続いている。
厚生労働省は、世界中どの地域へ行く時も麻疹ワクチンの接種を2回受けていない場合、海外渡航前に予防接種を受けることを勧めている。
2016年関西国際空港の従業員10数名が海外から持ち込まれた麻疹に感染、関空利用者のうちの一人が麻疹に罹ったまま幕張メッセのジャスティンビーバーのコンサートに出かけたが、麻疹の大流行は起こらなかった。(若い免疫世代へのこれまでのワクチン対策が功を奏したか?)
今年2018年沖縄で海外からの麻疹が流行し約120名が感染した。感染は沖縄、埼玉、品川、愛知とあちこちへ飛び火したが、麻疹はそれ以上は広がらなかった
95%の堤防(ワクチン接種率の高さが95%)があれば、流行を阻止することができる。
日本では、今のところはこの堤防が概ね機能して外国から押し寄せる麻疹の大流行を防いでいる。

近年、海外からの人の移動が増えている。(一例として韓国から一日1000人以上が入出国、海外からの留学生年間約30万人を超える、など)
にもかかわらず、ワクチンチェックが緩く、法による規制もないし、強制的にワクチンを接種させることも出来ない。法制化も容易ではない。今後の課題である。

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世界ではトラなどの絶滅危惧種がイヌジステンバーウイルスに感染して死んでいる。
犬のモルビリウイルスが最近になって他の哺乳類になぜ伝染したのかわからない。

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2006年~2008年中国のサルにイヌジステンバーウイルスの感染が大流行し、致死的アウトブレイクが発生した。

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感染は中国から日本に輸入されたサルにも広がった。調査した所、マカク属のサル(ニホンザルなど)だけが感染すると思われている。
サルとヒトの遺伝子は比較的近いが、ヒトへの感染は現時点では確認されていない。

Ⅷ.資料 なし

 

 

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