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	<title>東京六稜倶楽部 &#187; 2026年度</title>
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		<title>【第283回】7月「日本の国連加盟70周年」</title>
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		<pubDate>Wed, 05 Aug 2026 23:42:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[高木 善幸さん＠86期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年7月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>46名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>高木 善幸さん＠86期（元国連職員）</h4>
<p>1955年 大阪生まれ</p>
<p>1974年 北野高校卒業</p>
<p>1978年 京都大学工学部卒業</p>
<p>1979年 京都大学工学部修士課程中退</p>
<p>1979年 通産省特許庁入庁</p>
<p>1986年 &#8211; 1987年 WIPO（世界知的所有権機関）に出向</p>
<p>1988年 &#8211; 1990年 特許庁に復帰</p>
<p>1991年 &#8211; 1994年 外務省在ジュネーブ日本政府代表部一等書記官</p>
<p>1994年 WIPOに転職</p>
<p>1999年 WIPO上級部長に昇進し、特許庁を退職</p>
<p>2009年 WIPO事務局長補</p>
<p>2014年 WIPO事務局長補に再任</p>
<p>2020年末 WIPO事務局長補任期満了、WIPOを退職し帰国</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『日本の国連加盟70周年』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>日本は昭和31年（1956年）12月18日に国際連合に80番目の加盟国として加盟しましたので、今年末に国連加盟70周年を迎えます。国連加盟は、戦後日本の国際社会への復帰でしたが、それ以来、世界での日本への信頼やプレゼンスも上がりました。この機会に、国連の役割や活動成果、国連でのこれまでの日本の国際社会への貢献や試練について語ります。最近の激変する国際情勢のなかで、国連は無力との批判があり、組織の改革も要請されています。創設81年の国連は今後どうなるのか、日本は何を期待されているのかなどを、国連在職28年の私の経験と失敗談も交えてお話しします。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6205">東京六稜倶楽部 第251回「知的財産のはなし」2023年11月23日 -六稜WEB</a></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は新貝康司さん（86期）</p>
<h3><strong>１．国連はいつできて、日本の加盟は？</strong></h3>
<p>1945年6月26日サンフランシスコで国連憲章が署名されました。国連を創設しようという動きはそれより数年前から英米が交渉し、1945年の2月にヤルタで開催された米（ルーズベルト）、英（チャーチル）、ソ連（スターリン）による3者会談でも話合われていました。</p>
<p>国連の旗を見ると平和の象徴であるオリーブの中に北極から見た地球が描かれていますが、日本は見当たりません。標準時地点を持つ英国を通る経度0度線を中心軸に、左が西半球、右が東半球で、米・ソがそれぞれを支配し、英国などの欧州が東西大国の力の均衡を取るとの意図も見えます。日本は1952年に加盟申請をしましたが、ソ連が拒否権を発動したため加盟は見送られ、1956年10月の日ソ共同宣言の後、1956年12月にようやく加盟が認められました。80番目の加盟国でした。その後、加盟国は増え続け、2025年時点で193ヶ国になっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．国連はどこで、何してる？　リーダーは誰？</strong></h3>
<p>国連はニューヨークに本部が、ジュネーブ、ウィーン、ナイロビ等にも機関があり、アジアではタイのバンコクにいくつか機関があり、日本には専門機関はありませんが国連大学があります。毎年9月末にニューヨーク本部で国連総会を行っています。当初、平和追求というよりは戦争地獄の回避を目的としていました。米国を中心に、国際秩序の管理と力のバランスを狙いとしてきました。</p>
<p>国連のトップは事務総長で、現在はポルトガル出身のグテーレスさん76歳です。1期5年で通常2期勤めるのですが、過去に1期だけでやめた人がいます。エジプト出身の方です。当時ソマリアで起きていた紛争に関してアメリカと意見が合わず、安保理常任理事国である米国の拒否権により再選への途が閉ざされたためです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．国連加盟の損得、日本の不満は？</strong></h3>
<p>日本は国連加盟により国際社会へ復帰したと言えます。日本のパスポートは現在188ヶ国でビザなしで通用します。その数はシンガポールに次いで世界で2番目です。</p>
<p>国連加盟は日本の平和主義、貿易促進、経済成長を後押ししてきました。日本はGDPに占める貿易の割合が45％であり、EU、中国、米国よりもかなり多く、正に無資源貿易技術立国ですので、国際秩序を維持する国連が大切でした。</p>
<p>日本はアジアでの平和や発展に貢献しており、とくに戦場となった東南アジアでは2025年の調査で66.8％の信頼度があり、EU、アメリカ、インド、中国を抑えて第一位です。</p>
<p>2025年現在で、世界各国のGDPを見ると4番目です。ですが、国連に全体の7％を出資しており、3番目に多い国です。2002年頃には20％のときもありました。いずれにせよ、分担金の多さに比べ日本の立場が弱いのが日本の不満です。日本は現在、安保理では非常任理事国という立場であり、拒否権はありません。拒否権は戦争で勝った常任理事国5ヶ国だけが持っています。安保理の非常任理事国は選挙で選ばれ、これまでに日本が選ばれた回数は12回で最多です。任期は2年間ですので、70年間のうち、約3分の1は非常任理事国として活動してきました。</p>
<p>国連は組織としては肥大化を続けており、国連専門機関と関連機関の数を合わせると2025年時点で20あり、1955年の10と比べると倍増です。国連職員（幹部と専門職）数は、2025年時点で1995年と比べると30年間でほぼ倍増です。</p>
<p>ところが日本人職員の数は分担金が多い割に全体の2.2％、8番目で、G7の中で最低です。これが不満です。ドイツの3％ぐらいにはなってほしいと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．「国連は役立たず」？　崩れる国際秩序</strong></h3>
<p>国連は戦争回避を目指していたにも拘わらず、戦争回避に何度も失敗しています。安保理では過去20年間で60回以上拒否権が行使されています。拒否権を行使されると物事が決まらないので、国連を通さないで軍事攻撃や経済制裁を実施しようという動きもあります。ユーゴスラビア紛争やイラク戦争がその例です。現在のイラン問題もそうです。国連が政治力のみで仲裁する限界を露呈している状況です。人道支援に関しても批判されています。2002年以降、最貧国への薬の無償配布交渉で国連の専門機関であるWHO離れが起き、国連の外にグローバルファンドができてしまいました。</p>
<p>国連は肥大化し弱体化しているという批判に対しいくつかの内的要因が指摘されています。組織の肥大化に起因する官僚化、活動範囲の重複、決定プロセスの複雑化があります。開発援助に関して先端企業やNGO依存になってしまい、そのため専門性が低下していることもあります。さらに国際調達が政治的影響を受けることもあります。</p>
<p>外的要因も多くあります。オバマ政権以後、米国は世界の警察官の役割を放棄し介入に慎重になっています。また中国が台頭してきたため、とくに第一次トランプ政権の2018年以後、米中対立が激しくなっています。さらに、2014年以後のロシア・ウクライナ戦争も影響しています。そして2016年以後、トランプは西半球のことを優先するというドンロー主義を打ち出しています。</p>
<p>近年、米国は国連を部分的に脱退したり、分担金を払わない、あるいは支払う場合でも条件を課したりしています。その条件は、平和維持と人道支援に集中し、PKO予算は10％削減するなどです。</p>
<p>国連改革はUN80イニシアチブとして推進されています。2025年の総会で、大胆な組織改編や人員整理でスリム化を諮るという方針が打ち出され、安保理改革を行うこと、イニシアチブは新国連事務総長の手に委ねる、などが決められました。</p>
<p>その新事務総長ですが、6人が立候補しています。女性が4人、IAEAのグロシ氏もいます。地域の順番からするとラテンアメリカの候補が選ばれると思われますが、アフリカから1人立候補しています。2026年9月の国連総会で決まります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５．これからどうなる？　日本はどうすれば？</strong></h3>
<p>国連は今後どうあるべきかについて2025年末にEconomist誌が4つのシナリオを挙げました。それから約半年たちましたが、そのうちの2つは現実的ではなく残りの2つ、すなわち、規模を縮小することと米国の要求に対応する路線を併せた方向で現在進みつつあると考えられます。</p>
<p>米国の分担金小出し戦略に対応するため、たとえばニューヨークやジュネーブなどの物価の高い所から拠点を移すなどの対策が講じられつつあります。現在ケニアのナイロビに大きな会議場が建設中ですので、将来は、国連総会がナイロビで開かれるかも知れません。安保理改革については、常任理事国5ヶ国に加えて、日本、ドイツ、インド、ブラジルの4ヶ国を入れて常任理事国の枠を9ヶ国に拡大するという案を、これら4か国が共同提案しています。ただ、アフリカの国が入っていないので、アフリカの国を2か国入れるようにとのアフリカグループの要望も出ています。ただ、常任理事国の数が増えても、それらの国が拒否権を乱発し合うと物事がさらに決まらないので、拒否権を制限するということも提案されています。</p>
<p>2025年9月の国連総会でフィンランドの大統領が、1945年以後の世界秩序は断裂しているので、新たな世界秩序を築いていこうという演説を行いました。また、カナダの首相は、今年初め、中堅国は同志国として水平協力を模索して行こうとの演説をダボス会議で行いました。日本も今年になって多くの国々を安全保障や経済協力で連携しています。</p>
<p>最後にこれからの日本の国連戦略ですが、安保理改革を含む国連改革・機能強化、日本らしい人権外交や女性・平和・安全保障を積極的に推進（茂木外相）し、自由で開かれたインド・太平洋の進化に利用できるように、国連の機能強化に向け改革を推進していこうとしています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋本操さん（73期</strong></span>）</p>
<p>Q:拠出金を滞納している国は、遅れてはいるにしても全額払っていますか？</p>
<p>A:滞納が続くと実質的に減額して、結果、既定の満額を払っていないことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:(1)国際法が機能しない状況で日本はどうすべきですか？</p>
<p>(2)国連職員の待遇はいかほどですか？</p>
<p>A:(1)国際秩序が崩壊しないように中堅国が力を合わせることが重要だと思います。いくつかの国が集まって協力しあうグループができてくると、国連の仕事の肩代わりもできるようになります。日本はと言うと、国連中心主義からは脱却し、ビジョンに従って自律性を持つこと、そして危機に際して揺るがない強靱性を持つという方向に変える必要があると思います。</p>
<p>(2)契約は5年ですが、5年後に更新するかどうかはそれまでの実績等で決まります。予算が尽きると途中で終了もあり得ます。不安定であり転勤も多いので、国連職員のなり手は多くはありません。給料、年金はこれまでは勤務地の生活水準に見合った額が支給されています。給料や年金はドルベースなので、単純な比較はできませんが、これまで、円がドルより安い期間が長かったため、額を比較すれば、日本の国家公務員よりはかなり多いと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>小松正樹さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:いい人を集めるには給料を高くする必要があります。また日本では国連リテラシーが低いように思われます。経験を生かして国連リテラシーを高めていく活動をお願いできないでしょうか？</p>
<p>A:若い人の中には海外に行くのをためらう人が多いのが現状です。現役時代は、ジュネーブで国連の日本人職員会を創設し、日本人職員の横の連絡を密にする活動をしてきましたが、退職後のこれからは若い人のために、国連の活動や国連職員を目指したい人が増えるよう、情報普及活動をしていきたいと考えています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>講演資料：<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/東京六稜会発表2026年7月最終版.pdf" target="_blank">東京六稜会発表2026年7月最終版</a></p>
<p>配付資料：<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/日本の国連加盟70周年配布資料.pdf" target="_blank">日本の国連加盟70周年配布資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀬 始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/image0-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7513" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/image0-1-150x150.jpg" alt="image0 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0966-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7514" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0966-1-150x150.jpg" alt="IMG_0966 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0972-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7515" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0972-1-150x150.jpg" alt="IMG_0972 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0983-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7516" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0983-1-150x150.jpg" alt="IMG_0983 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0998-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7517" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0998-1-150x150.jpg" alt="IMG_0998 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1002-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7518" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1002-1-150x150.jpg" alt="IMG_1002 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1007-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7519" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1007-1-150x150.jpg" alt="IMG_1007 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1008-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7520" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1008-1-150x150.jpg" alt="IMG_1008 (1)" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【特別講演】7月「習近平中国にどう対応すべきか」</title>
		<link>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7452</link>
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		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 22:14:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[垂 秀夫氏（前中国駐在大使）：外部講師]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年7月1日（水）11時20分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>95名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>垂 秀夫氏（前中国駐在大使）：外部講師<br />
</strong></p>
<p>1980年大阪府立天王寺高校卒業、京都大学法学部卒業、</p>
<p>1985年外務省入省、2020年～2023年日本国駐中華人民共和国全権大使、</p>
<p>外交官としての海外勤務は中国、香港、台湾の中華圏だけという異色の経歴、</p>
<p>とりわけ、２度にわたる台湾勤務は日台国交断絶後初めてのケース。</p>
<p>現在、立命館大学衣笠総合研究機構教授、慶応大学総合政策学部特別招聘教授、写真家。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『習近平中国にどう対応すべきか』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>現在の厳しい国際情勢や日中関係を踏まえ、戦略的観点から、中国外交の行動原理を分析し、日本としてどう対応すべきかについて考察する。</p>
<p>著書：「日中外交秘録」　（2025年6月文藝春秋社）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/第281回講演資料.pdf"> </a></p>
<p style="text-align: right;">
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0150.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7453" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0150-150x150.jpg" alt="IMG_0150" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0151.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7454" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0151-150x150.jpg" alt="IMG_0151" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0154.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7455" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0154-150x150.jpg" alt="IMG_0154" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0156.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7456" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0156-150x150.jpg" alt="IMG_0156" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0162.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7457" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0162-150x150.jpg" alt="IMG_0162" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0163.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7458" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0163-150x150.jpg" alt="IMG_0163" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0165.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7459" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0165-150x150.jpg" alt="IMG_0165" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0167.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7460" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0167-150x150.jpg" alt="IMG_0167" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0169.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7461" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0169-150x150.jpg" alt="IMG_0169" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0170.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7462" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0170-150x150.jpg" alt="IMG_0170" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKM_9799.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7463" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKM_9799-150x150.jpg" alt="NKM_9799" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac0861.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7464" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac0861-150x150.jpg" alt="NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac086~1" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>【第282回】6月「救急医療は社会を映す-パート２-」</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 08:17:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[田中 裕さん＠87期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年6月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>56名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>田中 裕さん＠87期（</strong><strong>順天堂大学浦安病院長）<br />
</strong>1982年大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部附属病院特殊救急部に入る。外科研修後、米国留学、大阪大学大学院救急医学准教授などを経て、2007年より順天堂大学救急災害医学教授、同大学医学部附属浦安病院救命救急センター長。2021年より病院長となる。専門は、救急医学、災害医学、集中治療医学など。救急科専門医、指導医。外科専門医、指導医。外傷専門医、熱傷専門医など。北野高校在学中は、サッカー部に所属</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『救急医療は社会を映す-パート２-』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>昔から人類にとって医療の最大の課題は、外傷や感染症などの急性病態でした。時の権力者もその運命から逃れることはできず、“もし”が許されるなら歴史は大きく変わっていたかもしれません。古く中国では70歳を“古希”と呼び、織田信長は“人生50年”と舞った。過去、現在、そして未来を通じて人類にとって救急医療は「“医”の原点」です。私自身は救急医となってから、多くの災害や事件など社会的影響が大きな事例を経験しました。以前、パート１として、本会で大阪大学時代の救急・災害医療の話をしました。今回は順天堂に移ってからの、出来事について話します。本邦の救急医療は戦後の高度成長時代に社会現象となった「交通戦争」による重症外傷の外科医療に端を発し、近年は軽症患者にも対応する北米型ERへと変化しています。この変遷の過程についても触れてみます。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=1023" target="_blank">東京六稜俱楽部 第67回「救急医療は社会を映す」2008年7月16日開催-六稜WEB</a></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅶ. 講演概要</th>
<td>＊紹介者は同期（87期）の藤田進さん</p>
<p>田中さんは大阪大学医学部特殊救急部を経て、現在、順天堂大学病院で医療現場の最前線で後進の育成に尽力されている。高校時代は同じサッカー部で、卒業以来50年以上経った今でもサッカー部の仲間で年数回ゴルフや食事で集まっている。豊中九中の生徒会長の田中さんと吹田一中の私が生徒会役員の会合で出会ったのが付き合いの始まり。高校入学初日に一緒にサッカー部に入部し、暗くなるまで白球を追いかけた。スラッとしたクールな外見とは裏腹な言動で、部内では、古代ギリシャ人が「意味の分からない言葉を話す異民族」を指す「バルバロイ」と呼ばれていた。バックを守っていた田中さんがセンターライン付近からそのまま持ち上げてシュートを決めた島本高校戦や、のちに日本代表監督になる岡田武史さん率いる天王寺高校を田中さん中心にゼロにおさえて勝利した定期戦は楽しい思い出。のちに岡田さんが2007年に日本代表監督を引き継ぐ際に、脳梗塞で倒れたオシム前監督が田中さんが勤務する順天堂大学病院に救急搬送されたのも何かの縁と感じる。本日は「バルバロイ」田中さんがどのような話をしてくれるのか、田中さんの人物像が皆様に伝わればと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>１．</strong><strong>救急医療への憧れと阪大特殊救急部</strong></h3>
<p>１）私が救命救急医に憧れたのは、高校・大学の大先輩である手塚治虫さんの影響。高校時代に読みあさった『ブラック・ジャック』に登場するダーティーではあるがメスさばきがすごいドクターに憧れた。</p>
<p>２）阪大医学部は山崎豊子さんの小説『白い巨塔』のモデルとしても知られ、私が入局した当時は、中之島の病院の裏手正面に「特殊救急部（災害外科）」の看板を掲げていた。1960年代に入ると第一次交通戦争と呼ばれる時代に突入し、交通事故による重度多発外傷患者が急増する一方で、専門外の医師による“たらい回し”が発生し、助かる命が助からないという深刻な問題が起きていた。</p>
<p>３）これを受けて、大阪府が資金を出し、大学が人材を派遣する形で「大阪大学特殊救急部」が昭和42年（1967年）に創設された。しかし、当時、専門医の先生方から「大学病院でなぜそんなことをやるのか」と冷ややかな目で見られていたこともある。一般外科医と異なり、救急外科医は常に時間との戦いで「手術のタイミングを逃して患者の命を失うことを恥とすべき」との考えが徹底されていた。時間を最優先し、まず、被害を最小限に食い止める「ダメージコントロール治療」は、当時未熟な手法と見られることがあったが、時を経た現在、それが最高水準の手術であったことが分かった。当時の現場の様子は、後にNHKの『プロジェクトX』や様々な医療ドラマでも紹介され、救急医療を志す人が増えるきっかけとなったが、実際の救命センターの現場は騒然としたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．1990年代以降の多発するテロ・事件・災害と危機対応</strong></h3>
<p>1990年代以降、国内で色々な事件や事故、大災害が多発し、多くの患者が大学病院に搬送された。これに伴い、それまで確立されていなかった学問分野が、国家レベルで議論されるようになった。</p>
<p>・テロ対策　←　松本サリン事件、Vxガス事件</p>
<p>・集団災害医学　←　阪神・淡路大震災、O157集団食中毒</p>
<p>・危機管理学　← 大阪教育大附属池田小児童殺傷事件、等</p>
<p>これらの学問研究は、現在、日本においてかなり進んでいる。阪神・淡路大震災では、身体の一部が長時間挟まれて圧迫され、解放後に重篤な症状を引き起こす「クラッシュ症候群（挫滅症候群）」という言葉が初めて登場した。JR福知山線脱線事故では、震災のような広域災害だけでなく、局地的な大惨事における「DMAT（Disaster Medical Assistance Team＝災害派遣医療チーム」の意義が高く評価された。</p>
<p><strong> </strong></p>
<h3><strong>３．順天堂大学医学部付属浦安病院と「高度」救命救急センター</strong></h3>
<p>１）病院概要</p>
<p>総病棟数785床（22病棟）・36の診療科を擁し、以下の臨床指標を持つ総合病院。</p>
<p>指標項目　　　　　　　実績（年間/日あたり）</p>
<p>外来患者数　　　　　　約2,000人/日</p>
<p>病床利用率　　　　　　94.3％</p>
<p>平均在院日数　　　　　11.7日</p>
<p>手術件数　　　　　　　10,031件/年</p>
<p>救急搬送件数　　　　　9,327件/年</p>
<p>分娩件数　　　　　　　680件/年</p>
<p>職員数　　　　　　　　1,987人</p>
<p>２）浦安病院高度救命救急センター科</p>
<p>ER診療 ＋ 3次救急医療 ＋ 重症集中医療の体制で診療を行っている。スタッフは、救急専門医をはじめ、集中治療、熱傷、外傷などの専従専門医が25名。それに5〜10名の臨床研修医が加わり、さらに初期研修医70名の救急研修を受け持っている。常時20名前後の重症入院患者を担当している。</p>
<p>３）「高度」救命救急センター</p>
<p>全国に約350ある救命救急センターの中で「高度」救命救急センターに指定されているのは46施設（令和5年8月時点）。厚生労働省の要綱に基づき都道府県が指定するもので、通常の救急では対応困難な広範囲熱傷・重症外傷・指肢切断・急性中毒症といった特殊疾患患者に常に対応可能な施設。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．順天堂の歴史と学是「仁」</strong></h3>
<p>１）順天堂の学是は「仁（他者の心中を思いやること。深い人間愛を基本とするもの＝孔子の思想の根本を支える概念）」、理念は「不断前進」。順天堂の礎を築いた先人は以下；</p>
<p>・創立者・佐藤泰然（1804〜1872）</p>
<p>1830年代に武士から医師を志し、高野長英の弟子となり長崎へ留学。1838年に江戸・日本橋に外科塾「和田塾」を開く（この年を順天堂の開学とする＝創立188年）。同年、緒方洪庵が大阪に適塾を開いている。1843年に千葉県佐倉に移り順天堂を開設。</p>
<p>・第2代堂主・佐藤尚中（1827〜1882）</p>
<p>長崎でオランダ人医師ポンペに最新医学を学び、佐倉藩で医学教育改革を断行。明治政府に招聘され、東京大学医学部の前身である大学東校の初代学部長。</p>
<p>・第3代堂主・佐藤進（1845〜1921）</p>
<p>日本人で初めてパスポートを取得しドイツに留学。その後1877年の西南戦争に軍医として出陣。日本で初となる本格的な手術を実施＝日本最初の外傷外科医。</p>
<p>２）テレビドラマ「JIN-仁-」に順天堂も協力した。2019年の日本救急医学総会・学術集会に原作者の村上もとか先生をお招きし「仁とは何か」というディスカッションを行い、「仁」＝リスペクト、チームとの結論に至った。</p>
<p>３）順天堂大学は、医学部付属6病院に加え、9学部・8研究所（準備中含む）を擁し、学生・教職員合わせて収容定員12,000人規模の「健康総合大学」。大学ランキング（Times Higher Education 2025年10月）で日本国内10位にランクイン、箱根駅伝でも総合3位に入るなど、さらなる高みを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５</strong><strong>．順天堂での救命救急医療</strong></h3>
<p>１）順天堂に赴任して2か月目に、サッカー日本代表監督だったオシム氏が自宅で倒れ順天堂病院に緊急搬送された。その後、オシム氏の後を継いで日本代表監督となったのが高校時代に天王寺高校戦で戦った岡田武史さん。</p>
<p>２）中国製冷凍餃子を食べ縮瞳がみられた患者が全身管理目的で当院に入院。集中医療を行い、無事回復し退院した。マスコミ対応も行う。</p>
<p>３）東日本大震災では、DMATとして東北で後援支援を行うとともに、当病院で医療救護班を組み、仮説診療所での支援や住民の世話を実施した。</p>
<p>４）意識障害・ショックの主訴で当病院に搬送された患者が、当院にとって初のコロナ患者だった。CT検査で肺炎と判明したが人工呼吸器では維持できず、体外式膜型人工肺（ECMO＝エクモ）で集中治療を行った。当初、非常に高い死亡率だったコロナも、早期のワクチン開発により、現在致死率は0.9%程度にまで低下し、落ち着きを見せている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>６．救急医療における課題＝多死社会における高齢者救急医療</strong></h3>
<p>１）救急医療とは</p>
<p>救急医療は突発性、緊急性という特徴を持ち、患者からみると、いつでも、どこでも、だれでも受けられるもの。これは医療の原点であり、救急医療は、国民の生命保持の最終的な拠りどころとなる全医療者に課せられた義務である。</p>
<p>２）日本の消防救急隊</p>
<p>昭和39年（1964年）の消防法改正により、市町村が救急業務を行い、救急車による救急患者を病院などの医療機関へ安全に搬送するシステムが定まった（それ以前は、消防車やパトカーがその役割を担っていたといわれている）。</p>
<p>３）救急医療体制</p>
<p>・初期（一時）救急医療体制→市町村レベル（全体の95％）</p>
<p>休日夜間センターや在宅当番体制での外来診療</p>
<p>・第二次救急医療体制→都道府県レベル（全体の5％）</p>
<p>二次医療圏ごとの病院輪番制や共同利用型病院での入院治療</p>
<p>・第三次救急医療体制→国レベル（全体の1％未満）</p>
<p>救急医療センターや高度救命救急センターでの集中治療</p>
<p>４）救急車の搬送人員と高齢者人口</p>
<p>2002年以降の救急車の出動回数は右肩上がりで400万件から800万件に迫ろうとしている。搬送人口では65歳以上、75歳以上の高齢人口が増加しており、高齢者人口の増加に伴い救急搬送が増加していると言える。</p>
<p>５）受け入れ不能の要因</p>
<p>患者側の要因</p>
<p>・高齢化やコンビニ受診（軽症での救急利用）に伴う救急患者数の増加。</p>
<p>・患者の大病院志向。</p>
<p>・過度な治療に対する要求や専門家志向。</p>
<p>医師側の要因</p>
<p>・救急医療を担う人材の確保が困難。</p>
<p>・経営上のメリット（採算性）が少ない。</p>
<p>・医療訴訟のリスク。</p>
<p>６）高齢者社会が救命救急センターに及ぼす問題</p>
<p>さらなる人口減少と高齢化が進むことにより、以下の傾向が予想される。</p>
<p>・心不全や誤嚥性肺炎、認知症、大腿骨頸部骨折などが増加する。</p>
<p>以下の要因による治療や在院日数の長期化</p>
<p>・高齢者特有の治療抵抗性や合併症などの病症。</p>
<p>・不適切な病院選定（入口問題）。</p>
<p>・転院調整や家族の受け入れ等の社会的要因（出口問題）。</p>
<p>７）対策</p>
<p>救急患者の受け入れを円滑に行うための空床の確保が重要</p>
<p>・病院選定の是正（入口問題）→施設入居者の提携病院による積極的な受け入れ。患者の医療方針の事前決定。</p>
<p>・後方ベッドの確保（出口問題）→急性期を脱した患者、積極的加療を望まない患者の転院を地域医療連携を密に行い早期に行う。クリニカルパスの共有化も重要。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>７．二人主治医制のお薦め</strong></h3>
<p>「かかりつけ医」と「大学病院」の二人の主治医をもつことをお薦めする。「かかりつけ医」と「大学病院」の役割分担を明確にして、質の高い医療を受けられるようにすることが重要。</p>
<p>・「かかりつけ医」（近隣のクリニック等）：日常の健康管理、初期治療、慢性疾患の治療</p>
<p>・「大学病院」（浦安病院など）：高度な検査、入院治療、救急医療</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>８．医学に何ができるか</strong></h3>
<p>小川秀興順天堂理事長が、第28回日本医学会総会での対談「医の未来を語る」で話された言葉を紹介して講演を終わりたい。「日本はいま高齢化で大変だと言われているが、果たしてそうか？いかに長生きするかと考えて、人類は高齢化を目指してきた。その最先端に日本は立っている。動物は通常生殖活動が終わり子どもが育てば寿命がくる。人類はそれを超えて生きるようになった。ならば、その「生きる」ということをいかに美しく、健やかにできるか。医学が貢献すべき未来は、そこではないか。」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅷ．質疑応答</th>
<td> 広本治さん（88期）</p>
<p>Q: 救急医療センターで受け付けた患者の報告義務はあるか。ERにいる間に報告するのか。<br />
A: 結果が出てから報告する。感染症はいつまでに報告するという義務がある。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（８８期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0026.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7504" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0026-150x150.jpg" alt="IMG_0026" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0029.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7505" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0029-150x150.jpg" alt="IMG_0029" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0032.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7506" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0032-150x150.jpg" alt="IMG_0032" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0033.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7507" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0033-150x150.jpg" alt="IMG_0033" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0050.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7508" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0050-150x150.jpg" alt="IMG_0050" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0056.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7509" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0056-150x150.jpg" alt="IMG_0056" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0062.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7500" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0062-150x150.jpg" alt="IMG_0062" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0059.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7499" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0059-150x150.jpg" alt="IMG_0059" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0535.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7501" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0535-150x150.jpg" alt="IMG_0535" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0751.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7502" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0751-150x150.jpg" alt="IMG_0751" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0753.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7503" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0753-150x150.jpg" alt="IMG_0753" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【第281回】5月「高齢期にこそ知っておきたい誤嚥性肺炎の原因と予防」</title>
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		<pubDate>Sun, 07 Jun 2026 13:31:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[寺岡 加代さん＠79期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年5月20日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>45名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>寺岡 加代さん＠79期（東京科学大学名誉教授）</h4>
<p>1964年3月　　大阪学芸大学附属天王寺中学校卒業</p>
<p>1967年3月　　北野学校卒業</p>
<p>1974年3月　　大阪大学歯学部卒業</p>
<p>1978年3月　　大阪大学大学院歯学研究科修了</p>
<p>1979年10月 　大阪大学歯学部保存学講座助手</p>
<p>1983年4月　　東京医科歯科大学予防歯科学講座講師</p>
<p>1985年7月　　University of North Colorina Post Doctoral Fellow</p>
<p>2000年4月　　東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科　医療経済学分野講師</p>
<p>2004年4月　　東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科　口腔健康教育学分野教授</p>
<p>2014年4月　　東京医科歯科大学（現東京科学大学）名誉教授</p>
<p>2016年4月　　梅花女子大学教授</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『高齢期にこそ知っておきたい誤嚥性肺炎の原因と予防』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>誤嚥性肺炎は人口の高齢化と運命共同体のような関係にあり、2017年に死因統計分類（厚生労働省）の変更により独立項目として明確に区分・集計されるようになりました。以降、その死亡者数は増加の一途を辿っています。一般的な感染性肺炎とは異なり、治療後も再発リスクが高いという特徴があります。誤嚥は脳血管疾患などの後遺症として生じる場合がある一方で、加齢に伴う筋肉の衰えにより多くの高齢者に認められる老化現象という側面もあります。今回は「嚥下の仕組み」の概説から、「誤嚥の原因」を整理し、さらに生理的老化による嚥下機能の低下に焦点を当てた「予防のための日常習慣・簡単体操」をご紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は高校と大学を通しての同窓生、成本洋子さん（79期）<br />
「寺岡さんは、2015年8月19日<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=3543" target="_blank">【第152回】「高齢期にこそ知っておきたい口腔ケア」 </a>に続き二度目の登壇となります。寺岡さんは北野高校卒業後、大阪大学歯学部へ進学されました。30代の時に大阪大学歯学部保存学講座助手から東京医科歯科大学予防歯科学講座講師へとなられ、海外留学を挟んで同大学の教授から、現在では（現）東京科学大学の名誉教授に就任されています。女性でそこまでになられた方は、私たち同世代の中では、大変まれで貴重な存在です。」</p>
<h3></h3>
<h3><strong>～はじめに～</strong></h3>
<p>誤嚥（ごえん）とは、本来「食道」に入るべき食べ物や飲み物が、誤って「気管」に入ってしまう状態のこと。誤嚥は脳血管疾患などの後遺症として生じる場合がある一方で、生理的な老化に伴って徐々に起こる「筋肉の衰え」が引き起こす現象でもある。しかし、加齢による筋肉の衰えは、筋肉を鍛えることで老化のスピードを落とすことができる。</p>
<p>本日は生理的な老化現象の一つである「誤嚥」の原因と予防について紹介したい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>誤嚥性肺炎は、2017年度に厚生労働省の人口動態統計で、初めて独立した疾患名として採用された。統計を取り始めて10年も経たない疾患だが、2023年度の統計では死亡原因の第6位に挙げられた。2017年度から2023年度の6年間の統計では、この疾患による死亡率が1.68倍に上昇している。特に2020年ごろからの上昇が大きくなり、将来はさらに増えると予想される。また、亡くなった人の99％が65歳以上であることから、誤嚥性肺炎は高齢者の疾患と言える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～咀嚼・嚥下のプロセス～</strong></h3>
<p>嚥下は咀嚼の段階で問題（歯のかみ合わせの不具合、舌の麻痺、唾液分泌の減少など）があると、円滑に進まない。</p>
<p>したがって咀嚼は、食べ物を正常に飲み込むための準備過程であると言える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1）咀嚼のプロセス</strong></p>
<p>①食べ物を口腔に取り込み、口唇が閉じる。</p>
<p>②咀嚼する。</p>
<p>・食物を噛んでのみ込める大きさにする。舌・奥歯・頬筋の協働作業。</p>
<p>・舌が奥歯に食べ物を運ぶ。舌と頬筋で食べ物を挟み、上下の奥歯で噛む。</p>
<p>・飲み込めるくらいの、まとまった食塊を形成する。上顎・舌・奥歯の協働作業。</p>
<p>・この時、唾液が食塊を包み、食塊の表面をなめらかにする。</p>
<p>・まとまった食塊を舌の上と硬口蓋で挟む。（⇒嚥下へ）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）嚥下のプロセス</strong></p>
<p>①飲み込み前：空気は鼻からはいって気管を通る。食道は閉じている。</p>
<p>②飲み込み中：嚥下中枢の働きで嚥下反射が起こる。</p>
<p>鼻腔と口腔の境目が閉じられ、咽頭蓋が閉じられ、声門が閉鎖され、完全に空気を遮断する。（舌骨が挙上し、気管の入り口が閉じて、食道の入り口が開く）</p>
<p>③飲み込み後：気管を閉じた状態で、食塊が食道を降りてゆくと、食道の入り口が閉じて気管の入り口が開く。（①に戻る）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）嚥下反射のメカニズム</strong></p>
<p>①口腔内圧が高まり、咽頭方向へ食塊が移送される。</p>
<p>・口唇が閉じる。</p>
<p>・口腔の前方部が舌により閉鎖される。</p>
<p>②気管入り口が閉じられ、食塊が咽頭から食道へ送り込まれる。</p>
<p>・嚥下反射により、鼻咽頭が閉鎖され、喉頭蓋が舌骨挙上により気管入口を閉じる。同時に食道入口が開く</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・一連の嚥下動作（嚥下反射）はわずか0.5秒で行なわれる。</p>
<p>・就寝中も唾液を誤嚥しないようこの動作を繰り返している。</p>
<p>・一日の嚥下回数は500～1000回と言われている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～おさらいクイズ～</strong></h3>
<p><strong>1）プリンや豆腐（やわらかい食べ物）の飲み込むのに歯や義歯は必要か？⇒必要</strong></p>
<p>・食べ物をつぶすだけなら歯は必要ないが、飲み込むためには、歯・義歯が必要。</p>
<p>・まとまった食塊を形成するのに歯列がストッパーとなって舌背の中央が凹型になり、舌がスプーン状になる。</p>
<p>・口唇を閉じ、奥歯がかみ合った状態で舌を上顎に押しつけ、口腔内圧を上げる。奥歯がかみ合わないと舌が不安定になり、内圧が上がらず、咽頭へ送り込む力が弱まる。</p>
<p><strong>2）口唇を開けた状態で、唾液を飲み込めるか？⇒飲み込めない</strong></p>
<p>・口唇がわずかでも開いていると、口腔内圧があがらず飲み込めない。</p>
<p>・脳血管疾患などの神経性後遺症で口唇に麻痺があると、唇がしっかりと閉じられず、正常に飲み込むことが出来ない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～嚥下モデルのCGビデオ～</strong></h3>
<p>嚥下反射のタイミングにずれが生じる場合、気管に水が入る。特に声帯の動きに注目。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><strong>1）正常な嚥下では、気管と声帯は完全に閉じている。水は気管に入らない。</strong></p>
<p><strong>2）飲み物の流れが速い場合、声帯が閉じる前に水が流れ、気管に水が入る。（誤嚥）</strong></p>
<p><strong>3）飲み物の流れが遅い場合、声帯が開いてから水が流れ、気管に水が入る。（誤嚥）</strong></p>
<p>高齢者向けの食べ物（水分）はとろみをつけて誤嚥を防ぐ。しかし、とろみ加減には注意が必要である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～誤嚥の原因と症状～</strong></h3>
<p><strong>1）誤嚥の原因</strong></p>
<p>①加齢：舌・顎・喉周辺の筋力低下、歯のかみ合わせの不具合、唾液分泌量の減少</p>
<p>②病気：咽頭癌などの器質性障害、脳血管障害などの運動性障害</p>
<p>③薬の副作用：睡眠薬・筋弛緩剤などの薬剤性嚥下障害</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）嚥下機能低下のサイン</strong></p>
<p>・むせる、咳が出る、痰の量が多くなる、喉の違和感、声の変化（嗄声：かすれ声）など。</p>
<p>・「むせ」と「咳」は別物。「むせ」は異物が気管への侵入を防ぐ防御反射、「咳」は気管に入った異物を外に出す排除反射。</p>
<p>・痰の量が増える原因：少量の誤嚥により気管に入った異物を排除する働き。</p>
<p>・嗄声（させい）の原因：声帯の筋肉量が減少し、声門の開閉不全がおこり、声が弱まる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）「むせ」ない誤嚥（不顕性誤嚥）について。</strong></p>
<p>・不顕性誤嚥は寝たきりの人に多い。</p>
<p>・咽頭・喉頭の感覚低下、嚥下反射・咳の反応（喀出力）の低下。</p>
<p>・「むせ」が見られないと周りは誤嚥に気づかない。夜間に唾液が気管に入り、誤嚥性肺炎を起こしやすい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>4）嚥下機能低下のサインを感じた時の評価方法</strong></p>
<p>・簡易評価（RSST）　30秒間で何回、唾を飲み込めるかを試す。3回以上なら正常範囲、2回以下なら嚥下機能低下の疑いがある。</p>
<p>・嚥下内視鏡検査（VE）不顕性誤嚥の確認</p>
<p>・嚥下造影検査（VF）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～誤嚥による肺炎発症のメカニズム～</strong></h3>
<p>①飲食物、口腔細菌、唾液などを誤嚥する。</p>
<p>②誤嚥した物が気管から肺に入る。</p>
<p>③肺が炎症を起こす。</p>
<p>・解剖学的に見て、右の気管支の方が太く、傾斜も大きくなっているため、誤嚥性肺炎は右肺に起こりやすい。</p>
<p>・肺炎発症は攻撃側と防御側のバランスで決まる。同じ量の嚥下物が肺に入っても（攻撃）、防御力（免疫力・嚥下力・喀出力）が強ければ発症しにくい。したがって予防には、攻撃側と防御側の両面から対策が必要である。</p>
<p>・誤嚥性肺炎と診断されたら、原則、経管栄養や胃ろうなどが行なわれ、口から食べられなくなる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～口から食べられないと生じる3つの問題～</strong></h3>
<p><strong>1）唾液の分泌量が減少する。</strong></p>
<p>・人体の入り口のバリア機能として、唾液は非常に重要な役割を果たしている。</p>
<p>・唾液の分泌量が減ることにより、口腔内の湿潤作用（咀嚼と嚥下を助ける）や排泄・抗菌・緩衝・消化作用などが減少する。すると口腔細菌が増殖し、それらが気管から肺に移って誤嚥性肺炎を発症するリスクが高まる。</p>
<p>・経管栄養や胃ろうの人は唾液の量が減り、食べなくても口の中が汚れる。口から食べられない人の口腔内は清潔に保つことが重要。</p>
<p><strong>2）免疫機能が低下する。</strong></p>
<p>免疫細胞の6～7割は腸に存在する。口から食べられない期間が長くなると、小腸からの栄養吸収量が減る。すると小腸粘膜の廃用性萎縮が起こる。腸管免疫細胞が減り、腸管免疫機能が低下、癌・感染症などに罹患しやすくなる。</p>
<p><strong>3）咀嚼による脳への刺激が減少する。</strong></p>
<p>脳への刺激（脳血流が増加、認知機能の維持と低下予防、海馬（記憶）の活性化）が減少する。噛めない生活が続くと、前頭前野や海馬などの機能が低下し、認知症が進行する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～誤嚥の予防（訓練）方法～</strong></h3>
<p>加齢に伴う嚥下機能低下である老嚥（老人性嚥下機能低下）はケアや訓練などによって進行を緩やかにすることができる。</p>
<p><strong>1)誤嚥物（飲食物、口腔細菌（歯垢）、唾液）の量と質の改善</strong></p>
<p>①口腔ケア（口腔清掃）</p>
<p>・歯に付着している歯垢（デンタルプラーク）は細菌（雑菌）の塊。加齢が進むと歯並びがずれてプラークが溜まりやすくなる。歯と歯の隙間や歯と歯ぐきの境目のプラークは、歯間ブラシや数種類の歯ブラシを活用し、時間をかけて丁寧に取り除く。義歯の裏側やバネ回りの汚れもしっかり取り除く。</p>
<p>・就寝中は唾液の分泌量が減るために、口腔内の細菌が増える。就寝前の口腔清掃が重要。</p>
<p>②唾液の分泌量を増やす。</p>
<p>・咀嚼回数を増やす。噛みごたえのある物をしっかり噛む。</p>
<p>・唾液腺マッサージを行なう。耳下腺、顎下腺、舌下腺への刺激（配付資料参照）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）体力と免疫力の向上</strong></p>
<p>食事（栄養）＋運動＋休養（睡眠）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）咀嚼力と嚥下力の向上（配付資料参照）</strong></p>
<p>①咀嚼力の強化（口唇と舌の筋トレ）</p>
<p>・パタカラ体操</p>
<p>「パ」口を閉じる力</p>
<p>「タ」押しつぶす力</p>
<p>「カ」咽頭へ送り込む力</p>
<p>「ラ」まとめる力</p>
<p>咀嚼力の低下は、舌・口唇機能検査（オーラルディアドコキネシス）や舌圧測定などで測定できる。これらの検査は歯科医院で実施されている。口腔機能低下症（2018年～）と診断されると健康保険が適用される。</p>
<p>②嚥下力の強化　（喉ぼとけを挙上する筋肉を強化）</p>
<p>高齢者は喉ぼとけを吊り下げている筋肉（舌骨上筋群）の減少により、成人に比べ、喉ぼとけの位置が低く、“ごっくん”とのみ込む時も喉ぼとけを上げる力が弱い。したがって食道入口の開き方が不十分になり、気管入りやすくなる。</p>
<p>・頭部挙上訓練（シャキア・エクササイズ）</p>
<p>頸に大きな負担がかかるので、高齢者にはあまりお勧めしない。</p>
<p>・嚥下おでこ体操</p>
<p>「喉ぼとけ周辺の筋肉を鍛えている」と意識して行なうと効果があがる。</p>
<p>③食べる前の準備運動（施設やリハビリ病院で実施されている）</p>
<p>誤嚥は食べ始めのひと口目で起こりやすいので、食べる直前に行なうと効果がある。</p>
<p>（1）深呼吸で呼吸を整えリラックスする。</p>
<p>（2）頸・肩周辺をほぐして筋肉を柔らかくする。</p>
<p>（3）パタカラで口・舌などの動きをスムーズにする。</p>
<p>（4）最後に深呼吸をして副交感神経を優位にして消化液分泌・消化管運動を促進する。</p>
<p><strong>4）喉を鍛える日常習慣（無理なく楽しく続けられる習慣）</strong></p>
<p>①うがい⇒少なめの水で「喉を鍛えている」ことを意識しながらしっかりうがいする。</p>
<p>・舌骨/咽頭・喉頭周辺の筋肉を鍛える。（嚥下機能の維持）</p>
<p>・咽頭感覚を刺激する。（嚥下反射の活性化）</p>
<p>・食物残渣・口腔細菌・分泌物を減らす。</p>
<p>②声を出す⇒会話、音読、歌などにより、声帯と声帯周囲筋を鍛える。</p>
<p>・人と楽しくおしゃべりをする。</p>
<p>・天声人語や平家物語の冒頭部分を毎朝音読する。</p>
<p>・お風呂に入ったら、歌を一曲歌ってから出る。お勧めは英語の歌。LとRの巻き舌の発音が舌筋の強化によいと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>～本日のまとめ～</strong></h3>
<p>高齢者の誤嚥性肺炎は再発が多く、根治が困難。したがって、老嚥の段階での予防が重要。</p>
<p>予防は①体力・免疫力（健康三原則）②口腔ケア③咀嚼・嚥下の筋トレの総合的な観点から行なう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>「お揃いの　湯飲み茶わんで　むせている」2026.1.21朝日川柳（山丘春朗選）より</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:同期の友人が喉頭癌の手術を受けてから、飲み込むのがとても辛くなったと話していました。何か良い改善策はありませんか？</p>
<p>A: 咽頭癌などの器質性障害ですと、喉に異物ができている状況ですので、筋トレで症状を緩和するレベルではなく、大変お気の毒に思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="text-decoration: underline;">瀬戸馨さん（85期）</span></strong></p>
<p>Q:誤嚥を防ぐのに良い食べ物はあるのでしょうか？</p>
<p>A:誤嚥を防ぐのには咀嚼機能を保つのが重要で、それにはかみ応えのある食べ物が有効です。年を重ねますと、噛まなくても良いやわらかい食べ物を選びがちですが、実はやわらかい食べ物は噛まないことで口の中をひどく汚します。もし誤嚥が起きた時には、肺に雑菌がたくさん入ることになり、肺炎を発症しやすくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>蓑原律子さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:就寝中に起こる誤嚥の話がありましたが、どのような姿勢で眠ると誤嚥を起こしにくくなりますか？<br />
A:不顕性誤嚥の方が寝る姿勢について解説しますと、逆流性食道炎を防ぐのと同様に、（様子を見ながら）わずかで良いので上体を起こしてあげるとか、頸に傾斜をつけた状態にしてあげると良いと思います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/第281回講演資料.pdf">第281回講演資料</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/第281回配付資料.pdf">第281回配付資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_04.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7431" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_04-150x150.jpg" alt="260520_04" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_07.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7424" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_07-150x150.jpg" alt="260520_07" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_08.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7425" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_08-150x150.jpg" alt="260520_08" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_09.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7426" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_09-150x150.jpg" alt="260520_09" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_10.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7427" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_10-150x150.jpg" alt="260520_10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_11.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7428" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_11-150x150.jpg" alt="260520_11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_14.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7429" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_14-150x150.jpg" alt="260520_14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_19.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7430" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/260520_19-150x150.jpg" alt="260520_19" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【第280回】4月「発達障害児・者と共に生きる」</title>
		<link>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7355</link>
		<comments>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7355#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 26 Apr 2026 23:07:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7355</guid>
		<description><![CDATA[中野 正大さん＠77期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年4月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>56名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>中野 正大さん＠77期</h4>
<p>1971年 名古屋市立大学医学部卒業、<br />
大学病院・岐阜県立多治見病院にて新生児医学/小児科学研修・医員。<br />
1975年 浜松医療センターにて新生児・小児医療と川崎病の病理・診断・治療の研究。<br />
1986年 岐阜県立多治見病院小児科部長。様々な精神身体症状を呈する不登校・発達障害児童を経験。<br />
2000年 岐阜県立多治見病院小児科で子どもの心相談外来を開設。<br />
2012年 岐阜県立多治見病院退職後　土岐市立総合病院小児科その他の施設小児科に勤務。<br />
2026年 東濃中部医療センター小児科　子どもの心相談外来を担当。<br />
医療専門学校、小中学校巡回相談、教育委員会などで、不登校/発達障害の啓発活動。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【資格】<br />
1971年 医師免許取得、<br />
1981年 医学博士学位取得、日本小児科学会認定小児科専門医、日本小児科医会認定子どもの心相談医、医療専門学校小児科講師、多治見市インクルーシブ教育推進委員会委員</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『発達障害児・者と共に生きる』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>私の「子どもの心相談外来」へ不登校や対人関係の不安を主訴に相談に来られる方の約半数に発達障害（神経発達症）があります。過去50年間延べ5000人以上の発達障害の子ども達とその数倍の保護者・学校関係者の出会いから学んだこと「様々な特性をもった人々とお互いに理解し協力しあって共に生きることの大切さ」について、自閉スペクトラム症ASD・注意欠如多動症ADHDを中心にお話します。特性の理解、二次障害とその予防、健やかな心の発達に大切なこと、などについてお話します。愛情豊かな理解ある相性のよい人と環境に恵まれれば、多くの発達障害児・者は発達自立し、発達障害児・者を卒業することを知っていただければ幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>1）発達障害の事例紹介</h3>
<p>様々な発達障害の事例を診てきましたが、その中から自閉スペクトラム症（ASD）と注意欠如多動症（ADHD）の併存した特に印象深い具体事例についてお話します。<br />
小学一年生の男児の母親から「叱っても叩いても言うことを聞かない。この子を殺して私も死にたい」という相談がありました。話を聴いてみると、「妊娠出産時には特に問題は無かったが、言葉の発達の遅れがあり、あやしても笑わず、睡眠障害と偏食がひどかった。周囲の子供に暴力をふるい、動き回り生傷が絶えず、絶えず顔をぴくぴくさせ鼻をならす、叱っても癇癪を起し嚙みついたり蹴ったりする。昆虫の図鑑などには没頭するが授業には全く関心を示さず、母親は怪我をさせた子どもの保護者に謝罪に追われる日々だった。」とのことでした。診断結果はASDおよびADHDかつ重症チックでした。<br />
このような場合、児童の特性を理解し、愛情を持って接し信頼関係を築くことが肝要であり、体罰は厳禁です。睡眠障害を改善するメラトニンやごく少量の抗精神薬を使用し心を落ち着かせ、本人の良いところを見つけて褒めることが大切です。本人の心を開く相手となる、一緒に楽しく遊ぶことが第一ステップとなります。診断結果と治療方針を両親と学校関係者に説明し、協力を求めました。本人には「暴力はどんな理由があっても許されないこと」を簡潔明瞭に話して聞かせ、長所を褒めることを続けました。また両親・学校関係者の愛情と理解ある対応が得られました。暴力を振るうことはなくなり、集団行動は苦手ですが、自分勝手な行動をとることが少なくなりました。チック症状はみられなくなり、高校ではサッカーのゴールキーパーとして活躍、技能工として就職、自立されました。母親から感謝の言葉が聞かれました。<br />
本人の回顧によると、子供の頃は体が勝手に動き、複数の人の声や音がするところでは落ち着かなくなり、音が一斉に襲い掛かってくる恐怖があった。親や同級生は自分のやりたいことを妨害し暴力をふるってくる存在だった。次に何が起こるのか不安でたまらなかったが、嫌なことを言葉で伝えることができなかったと述べています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2）ASD/ADHDの特性の理解</h3>
<p>自閉スペクトラム症（ASD）は日本人の約２～３％に見られると推計されています。そのうち約40％は注意欠如多動症（ADHD）が併存し、発達性読字障害・書字障害・算数障害を併存する割合も40％程度と推計されています。<br />
ASDの主な特性は、コミュニケーションの障害、社会性の障害、感覚の過敏／鈍麻障害、強い拘り、想像性の障害などが知られています。それらの特性は、特定の分野でのユニークな長所として発現することもあります。脳の司令塔の役割を担う前頭前野などの発達遅滞により、部分に拘り全体を理解することの弱さ、衝動を抑制することの弱さ、他者の視点で思いやること共感することの弱さなどがみられます。被害感や恨みを執拗にもつことに繋がることもあります。そもそも何気ない会話も、相手の表情や声の抑揚・動作を瞬時に読み取って自分を変化させながら即興で行う高度な活動なのですが、ASDの人には困難な活動となるのです。<br />
ASDに併存することがある感覚障害の例として、人の顔の区別ができない、ボールを手で受け止められず顔で受けてしまう、明るい光が突き刺さって見える、特定の音に不快・恐怖を感じる、味覚過敏による極端な偏食、痛覚過敏のため注射が怖い、その一方で殴られても平気、などなど。<br />
しかし、愛情をもって接し続けると、静かな環境で信頼できる人と一対一では心を開いて話すことができるようになります。<br />
注意欠如多動性障害（ADHD）では、注意を集中することができず、興味のない授業中にはボーとしている。テストを受けることに集中できず、白紙提出となる。一方で、興味のあること・報酬の得られるものには過集中し、どんどん突き進むことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3）ASD/ADHDの二次障害とその予防</h3>
<p>発達障害児の特性を理解し、愛情ある接し方がないと、児童は周囲から暴言・いじめ・体罰を受けがちです。このような挫折体験・逆境的体験が、被害感・猜疑心につながり不安と恐怖から感情の制御ができずに暴言・暴力の行使や不登校・引きこもりにつながってしまいます。<br />
できるだけ早期に発達障害の診断を行い、周囲が障害の程度に応じた合理的配慮のもとに、本人の自己肯定感（自分には苦手なところもあるが、得意なところもあり、自分は自分で良いのだ）を育てていくようにすることが肝要です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4）健やかな心の発達に大切なこと</h3>
<p>妊娠第26週ごろからは胎児は母親の心音・声を聴いています。平和で愛情に満ちた胎児期を過ごすことは大切です。両親の不和や妊娠中のDVなどがあると不安を感じやすい子どもになるという研究もあります。基本的安心感・信頼感は２歳までに確立すると言われていますが、それ以後も母性的人物に恵まれれば、樹立できるとされています。明るい声が飛び交う家庭、生活リズムのある家庭が健やかな心と身体を育むのです。<br />
自己肯定感を育てるキーワードは「ありがとう」「いいね」「やったね」です。良いとこを見つけて発見されたところが発達するのです。障害児にとって相性の良い人、相性の良い環境が大切です。適切な環境が整えば「障害」を卒業することができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5）特性を発見、活かす</h3>
<p>ASDの負と想われる特性、没頭する粘り強さ、細かいところに気づく、共感模倣の無い独創性、他者とは違うところに注目する、金メダルに執着（向上心）、他者にない豊かな感性などを活かして、専門職、研究者、芸術家になる可能性を探ることもできるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6）発達障害って　何？</h3>
<p>＊発達障害は多数派（定型発達者）から少数派（非定型発達者）に対する見方<br />
＊定型発達：その時代と社会における認識や関係のあり方を獲得する平均的発達<br />
＊発達特性は、その人にとっては障害ではなく、自然のことである<br />
＊発達障害は、その人の特性の一部であり、自己肯定感をもってその特性を生活に活かすことができれば、障害ではなくなる<br />
＊障害者の存在は、社会の障害の存在を示唆している<br />
＊アメリカではＬＤを「学習障害」ではなく「学び方の相違」と表記している<br />
• 脳の発達速度は様々：早い人、ゆっくりな人<br />
• 人の特性は様々でよい：好きなこと、嫌いなこと<br />
• 人の特性は様々がよい：得意なこと、不得意なこと<br />
• 様々な人がいるから、世の中は楽しい<br />
• 様々な人がいるから、様々な仕事があり、世界は発展進歩する<br />
• 様々な人がいるから、様々な生き方・考え方・夢がある、正解はない、違いがあるだけ<br />
• 自分の得意な特性を活かし、不得意な特性に頼らない方法を工夫し、自己肯定感をもつ<br />
＊得意なところ・不得意なところを足して割ると、人の能力はほとんど同じである</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>7）結語</h3>
<p>愛情豊かな理解ある相性のよい人と環境に恵まれ、安心感・自己肯定感が育まれれば、多くの発達障害児・者は、自らの力で発達し、発達障害児・者を卒業する。定型発達者（多数派）も非定型発達者（少数派）もお互いの特性を理解し活かし、共に生きる社会の実現が望まれます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>家 正則さん（80期）</strong></span><br />
Q:障害児への母性的人物と周囲の理解・接し方が大事とのお話でしたが、兄弟の中で一人だけ発達障害がみられる例もあるように想います。　遺伝的要因はどの程度あるのでしょうか？A:障害発生の原因ははっきりとは分かっていませんが、遺伝的な要因と環境要因の両方が作用していると想われます。両親や兄弟に症状がみられる例もあり、遺伝が一因となっている例が確かにありますが、お話したように診断・治療を含めた周囲の環境を整えることが重要だと想っております。&nbsp;</p>
<p>Q:機能的核磁気共鳴法（fMRI）で脳のどの部位が活動しているかを測定する技術が進歩していると想いますが、症状につながる脳部位の特定などの研究は進んでいるのでしょうか？</p>
<p>A:病態でお話したようにfMRIで脳のどこが関係しているかの研究もありますが、まだはっきりしたことは分かっていません。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/配布資料；発達障害児・者と共に生きる講演要旨キーワード.pdf">配布資料；発達障害児・者と共に生きる講演要旨キーワード</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/講演資料；発達障害児・者-東京六稜倶楽部　２０２６年４月１５日.pdf">講演資料；発達障害児・者 東京六稜倶楽部　２０２６年４月１５日</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-2.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7363" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-2-150x150.jpg" alt="260416 -2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7364" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-4-150x150.jpeg" alt="260416 -4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-5.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7365" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-5-150x150.jpg" alt="260416 -5" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-7.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7366" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-7-150x150.jpg" alt="260416 -7" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7367" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-8-150x150.jpeg" alt="260416 -8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-13.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7368" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-13-150x150.jpg" alt="260416 -13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-18.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7369" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-18-150x150.jpg" alt="260416 -18" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-20.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7361" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-20-150x150.jpg" alt="260416 -20" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7355</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【279回】3月「我が国開発援助（ＯＤＡ）による平和構築・復興支援 ～カンボジア・イラク・アフガン・ウクライナ～」</title>
		<link>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7343</link>
		<comments>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7343#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 09:33:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7343</guid>
		<description><![CDATA[前川 憲治さん＠96期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年3月18日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>49名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>前川 憲治さん＠96期（サッカー部）</h4>
<p>（独）国際協力機構　資金協力業務部　計画・調整課　専任参事</p>
<p>学歴<br />
1981年 3月：豊中市立第三中学校 卒業<br />
1984年 3月：大阪府立北野高等学校 卒業（サッカー部所属）<br />
1987年 3月：上海外国語学院対外漢語系 中途退学<br />
1990年 3月：京都大学工学部土木工学科 卒業<br />
1992年 3月：京都大学大学院工学研究科土木工学専攻 修了<br />
1998年 7月：University College London, Development Planning Unit 修了<br />
職歴<br />
1992年 4月：国際協力事業団 無償資金協力調査部<br />
1998年 9月：同 中華人民共和国事務所<br />
2001年11月：同 東アジア・中央アジア課（中国担当）<br />
2004年10月：外務省 経済協力局 国別協力第一課 課長補佐<br />
2007年 1月：（独）国際協力機構 都市・地域開発・平和構築第一課 課長<br />
2010年10月：同 調達部 契約企画課 課長<br />
2017年 3月：同 資金協力業務部 次長<br />
2018年 7月：同 調達部 参事役<br />
2020年10月：同 社会基盤部 次長</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『我が国開発援助（ＯＤＡ）による平和構築・復興支援～カンボジア・イラク・アフガン・ウクライナ～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>独立行政法人国際協力機構（JICA）は、我が国の開発援助機関として、技術協力、円借款、無償資金協力に加え協力隊の派遣、民間連携事業など幅広い国際協力を実施しています。知らない土地に行ってみたいとJICAに入った自称土木屋さんが、何故か平和構築・復興支援に深くかかわるキャリアを重ねます。「そんなにうまくいくわけないやん。」との自覚は十分ありながら、アフガニスタンの現状について週刊誌に「多額の援助資金を使ったアフガニスタン支援は無駄だった。」と書かれると釈然としません。当日、「平和構築支援とは？」という大上段のお話ではなく、個別の支援現場で「実はこんなことに。」という経験談を中心に、自慢話を聞いてください。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-1-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7387" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-1-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 1 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-7-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7388" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-7-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 7 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-8-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7389" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-8-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 8 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-9-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7380" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-9-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 9 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-11-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7381" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-11-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 11 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-14-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7382" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-14-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 14 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-17-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7383" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-17-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 17 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-18-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7384" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-18-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 18 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-19-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7385" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-19-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 19 ・・22" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-20-・・22.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7386" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260318-20-・・22-150x150.jpeg" alt="260318 - 20 ・・22" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【278回】2月「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～」</title>
		<link>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7318</link>
		<comments>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7318#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 22:19:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7318</guid>
		<description><![CDATA[瀬戸 馨さん＠85期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年2月18日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>47名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>瀬戸 馨さん＠85期</h4>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　子どもの安全研究グループ会長</p>
<p>京都大学大学院工学研究科（土木工学）修了</p>
<p>建設省（現国土交通省）入省後は主に道路行政に従事</p>
<p>長崎工事事務所では、雲仙普賢岳噴火災害の火砕流、土石流による長期にわたる国道の通行止めと復旧に対応、首都国道工事事務所では、千葉の外環道路の用地取得を中心に対応、大阪国道事務所では、御堂筋を含む国道の管理を担当し、サッカーワールドカップ日韓大会、２度にわたる阪神タイガース優勝時の雑踏対策（道頓堀）に対応、沖縄総合事務局では、普天間基地返還決定までの関連する様々な事柄に対応（右往左往）</p>
<p>国土交通省の現役時代に設立された子どもの安全研究グループに参加、退官後も建設会社に勤務しながら、現在同グループ会長を務め、門前の小僧ながら子どもの安全の専門家として、ＮＨＫをはじめ民放各局に出演するなど子どもの安全に関する調査研究と情報発信を続けている</p>
<p>2025年春に瑞宝小綬章を受賞。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>我が国の子どもの死亡原因のうち不慮の事故が各年代の上位を占めており、工学的な予防対策により防げるものも少なくない。これに対して技術士を中心として子どもの安全研究グループが2009年に設立され、学校や家庭での安全についても活動している。学校現場では安全点検をはじめ技術面で教職員の手に余るものも多い。そこで私たちは、学校医（かかりつけ医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する「かかりつけエンジニア構想」を提案し、モデル実施している。今回は、技術的な内容よりもエンジニアが学校や家庭での子どもの傷害（事故）について感じていることをお話しできれば幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は高校大学時代の同期生で、大学では同じクラブで活動されていた谷藤慶一さん(85期)。「瀬戸さんは高校と大学では水泳部に所属され、自由形と背泳の選手として活躍されました。最近ではマラソン・トライアスロン競技に挑戦しておられます。瀬戸さんは、昨年12月14日に開催されたハワイのホノルルマラソンを完走されたばかりですが、本日より4日後（2月22日）に開催される大阪マラソンにも参加されると伺っています。長年、国家規模の安全管理事業に携わってこられた傍ら、瀬戸さんがライフワークとして取り組まれてきたのが、工学的な立場から子どもの安全を研究し発信する活動です。本日は技術的な難しいお話しよりも、エンジニアの視点から長年現場をみつめてこられた経験を元に、子ども達への深い慈しみと思いが込められた貴重なお話しを伺えると思います。」</p>
<h3>1．はじめに</h3>
<p>日本人は、安全はタダ（無料）で手に入ると思っている。当然、「子どもの安全」を守るのに、お金を出そうとは考えない。そのために「子どもの安全を守る」プロフェッショナルは職業として成立していない。私は、マスコミや報道の場では「子どもの安全専門家」として紹介されるが、日本技術士会の「子どもの安全研究グループ」に、創設当初から10年以上所属している門前の小僧にすぎない。本日は、「子どもの安全を守る」にはどのように考えればよいのかを、私のエンジニアとしての個人的な視点からお話しする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2．「子どもの教育」とは</h3>
<p><strong>１）「子どもの教育とは何か？」をAIに聞いてみた。</strong></p>
<p>知育、体育以外の目的の一つとして、（夢や憧れではなく）自らの可能性に気づくこと。そのために挑戦し、失敗しても立ち上がる折れない心を育てること。「学校」はそのための安全な実験場である。</p>
<p>AIによると、挑戦して失敗してもかまわない、たとえ失敗しても安全な場所が「学校」とされていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「教師の役割とは何か？」</strong></p>
<p>（私見）「失敗するかもしれない困難への挑戦を手助けすること」</p>
<p>（仮説）良い教師は、子どもに「楽観主義」を教えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）「子どもの特性とは？」</strong></p>
<p>そもそも子どもは楽観的で理由のない自信にあふれている。なぜなら、子どもは成長したいという衝動に突き動かされて行動するので、最初から失敗することを考えて行動しない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）クイズ</strong></p>
<p>クイズ1　北野高校時代に何かになろうとしていましたか？</p>
<p>クイズ2　そのために背中を押してくれた恩師はいましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3．学校の安全</h3>
<p><strong>1）安全管理の鉄則「最悪の事態を想定して、最善の方策を選ぶ」</strong></p>
<p>・例えば、運転免許の更新講習では「（多分大丈夫）だろう運転は、事故のもと」と教えている。</p>
<p>・危機管理である防災の現場では、起きないかもしれない地震や洪水が起きると想定して耐震対策や治水対策を実施している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）「楽観主義は安全の敵！」</strong></p>
<p>理想の教師が「夢に向かって努力すること」を教え、「失敗するかも知れない困難への挑戦」を促すために、子どもに「楽観主義」を教えるのなら、このような教師は、安全管理に向いていないのではないかと思う。ドラマでは、金八先生（武田鉄矢）は理想の教師（楽観主義者）として描かれているが、私には金八先生が良い安全管理者になれるとは思えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）「絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象」</strong></p>
<p>・「学校は安全な実験場」なので、学校関係者がよく言う「学校で事故はあってはならない」は、理念としては全く正しい。しかし、この理念を安全管理の目標としてはいけない。なぜなら、工学的な考え方では、ゼロリスクは実現不可能とされるからである。</p>
<p>・学校でゼロリスクを達成する唯一の方法は、（コロナ自粛の時のように）子どもを学校に登校させないこと。</p>
<p>・子どもが学校に登校してくる限り、工学的にゼロリスクを達成する手段はない。手段がないので大人（教師）は何をしていいのかわからないし、実際何もできない（何もしない）。できることは、事故が無いように安全を祈ることだけ。つまり、絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象にしかならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>4）「学校の事故はコピペ事故」</strong></p>
<p>・もし学校で事故が起きたら、謝罪会見で謝るだけでは意味が無い。</p>
<p>・「再発防止」のためには、事実を確認し、原因を究明し、対策を立案・実施することが必要。</p>
<p>・実際には、様々な事情で事故を隠そうとする傾向がある。その結果、他の学校に情報（事故の実例と再発防止策）が共有されないことで、全国の学校で同様の事故が繰り返し起こっている。</p>
<p>・「学校の事故はコピペ事故」である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>5）「気をつけましょうでは、事故はなくならない」</strong></p>
<p>・よくある再発防止策・事故予防対策に、「事故が無いように気をつけましょう」「安全に気をつけましょう」というものがある。これは、学校関係者だけでなく報道でもよく使われる言い回しである。</p>
<p>・「気をつけましょう」では事故はなくならない。なぜなら、「気を付けましょう」は願望を述べただけで、具体的な対策を講じないなら「事故が起こらないことを祈りましょう」とほとんど同じ意味。祈るだけでは事故を防ぐことできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>6）正しい再発防止策・事故予防対策</strong></p>
<p>・学校では事故が起きる前に対策を講じて事故を予防することが大切。</p>
<p>・「事故はあってはならない（絶対安全）」を目標にすると何もできなくなる。</p>
<p>・「事故は起こる」ことを前提として、その事故（リスク）の発生確率とケガの程度を最小にするよう目標をたて、優先順位を決めて予防対策を実施する必要がある。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">事故予防対策の手順</span></p>
<p>（1）どのような事故がいつどこで起こる可能性があるか（リスク分析）</p>
<p>（2）事故による傷害の程度・頻度は受け入れられるか（リスク評価）</p>
<p>評価の結果さらなる対策が必要ない場合は（2）で終了</p>
<p>（3）対策が必要な場合に対策の立案・実施（リスクの低減）</p>
<p>（4）対策が実施されたとして（1）に戻る</p>
<p>※（1）リスク分析（2）リスク評価をあわせてリスクアセスメントと呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4.かかりつけエンジニア構想とは</h3>
<p>かかりつけ医（学校医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する。</p>
<p><strong>１）消費者庁・消費者安全調査委員会（消費者事故調）が文部科学大臣に「学校の施設又は設備による事故等」調査報告書を提出した。（2023年3月）</strong></p>
<p>それに対して、文部科学省は「学校における安全点検要領」をweb公表した。（2024年3月）</p>
<p>（問題点）：学校で多くの事故（窓からの転落、ロッカー転倒）が起きている。それらはコピペ事故である。学校現場には安全点検やリスクアセスメントに対応できる人材が充分ではない（教員の仕事ではない）。教員が教員養成課程で教わる安全管理知識では不十分。</p>
<p>（消費者事故調の提言）：緊急点検・安全点検手法の改善（リスクアセスメント手法の導入）、外部人材（専門家）の活用</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）外部人材の活用について</strong></p>
<p>学校現場では安全点検・リスクアセスメントに対応できる人材がいない。</p>
<p>案1 消費者事故調の提言：専門家（技術士・労働安全衛生コンサルタント等）を活用</p>
<p>案2 子どもの安全研究グループの提言：かかりつけエンジニア構想</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）かかりつけエンジニア構想</strong></p>
<p>かかりつけ医（学校医）のように　地域にいるエンジニア（専門家）を活用して学校の技術的課題に対応する。近場のエンジニアを配置することで、各学校の安全に機動的、継続的に関わり続けることができるメリットがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）かかりつけエンジニアの役割（何をするのか）</strong></p>
<p>・実際に起こった事故事例を元に、事故原因を工学的に検証・解析し予防対策を提言する</p>
<p>・モデル校での4つの提言</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">定期点検時のエンジニアの同行（主に老朽化点検）</span></p>
<p>2021年4月北九州市の中学校体育館でバスケットゴール落下事故が起き、生徒がケガをした。原因は溶接部の老朽化だった。老朽化した溶接部の傷は専門家でも簡単に判別できない。このように老朽化した設備・備品の点検に同行し技術的なアドバイスを行う。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">施設・設備や備品の整理・整頓（メンテナンス台帳の整備）</span></p>
<p>2021年4月宮城県白石市で防球ネットの支柱が倒壊し児童が死傷した。多くの学校では所有者・管理者の分からない設備・備品が山のように置かれている。設置年度や耐用年数、メンテナンス状況が分かるよう、メンテナンス台帳の整備を提言。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">生徒への安全アンケートと安全授業</span></p>
<p>危ない場所はどこなのか？実は生徒の方がよく知っている。香川県善通寺市の小学校などで、生徒に対して危険箇所のアンケートを行なうとともに安全授業を行ない危険の回避について学んでいる。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">老朽化以外の点検（リスクアセスメント）</span></p>
<p>2008年6月東京都の小学校で以前は立入禁止だった屋上の天窓に児童が乗ったところ、天窓が壊れて児童が転落して死亡した。消費者事故調から緊急点検が提言された窓からの転落やロッカーの転倒なども老朽化が原因ではなく、リスクアセスメントを実施する必要がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>５）かかりつけエンジニアのメリット</strong></p>
<p>全般：学校における児童・生徒の傷害（事故）を予防できる</p>
<p>子ども：さまざまなリスクを学び、成長する</p>
<p>学校：学校管理・運用における安全性向上、計画的なモノのメンテナンス、これらを通した教職員の負担軽減</p>
<p>エンジニア：社会貢献（保有スキル活用）、子どもや学校のことを知ることで技術力が向上する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>６）かかりつけエンジニアの課題</strong></p>
<p>学校：安全についての体系的な知識が不足している</p>
<p>エンジニア：学校教育の専門家ではない、子ども固有の特性についての知識・経験が不足</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>７）かかりつけエンジニアの課題への対応</strong></p>
<p>・地域にいるエンジニアが必要な知識を習得（かかりつけエンジニアの養成講座）</p>
<p>・多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）とともに学校の安全を支える</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5．子どもの安全</h3>
<p><strong>１）ISOガイド50　子どもの安全の国際基本規格</strong></p>
<p>「安全側面-規格及びその他の仕様書における子どもの安全の指針」は2016年JIS化されているが、誰も知らない。象徴的なフレーズ「子どもは小さな大人ではない」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クイズ3　1.1mの柵のあるベランダから、例えば身長1.7mの大人は、普通転落しないのに、身長1mの４歳児はなぜ転落するのか。</p>
<p>正解があるわけではないが、子どもは大人と異なる行動をとるなど、子ども固有の特性を持っている。そして、その特性は成長に伴い急速に変化する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「子どもの安全は社会の責任」</strong></p>
<p>・世界基準（ISOだけでなくWHOでも）では、「子どもの安全は社会の責任」とされている。</p>
<p>・日本では、「子どもの安全は親の責任」という考えが強い。</p>
<p>・日本では事故が起きるとSNSなどで「子どもを見ていない親が悪い」と言われ、親も自分が悪かったと考えるため製品や環境の問題点が指摘されない。その結果、原因が究明されず、製品の改善などの再発防止策がとられない。そして同じような事故が繰り返し起こる。これを指して「子どもの事故はコピペ事故」と言われている。</p>
<p>・親（大人）が目を離していても子どもの事故（傷害）が起きない、安全な製品・環境が望まれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）子どもは誰のものか－文化的背景－（私見）</strong></p>
<p>・国際的には「子どもは社会のもの」とされている。なぜなら子どもがいないと社会が持続できないから。</p>
<p>・日本では「子どもは親のもの」という考えが強い。子どもがいないとイエが持続できないからかもしれない。子どもの安全だけでなく高齢者や障がい者の福祉もイエが担ってきた。</p>
<p>・文化的背景を無視して「子どもの安全は社会の責任」と言っても定着しない。日本の文化に沿う形で子どもにとって安全な社会を作っていく方法を探していかなければならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）CDR（Child Death Review：予防のためのこどもの死亡検証）</strong></p>
<p>病気や事故などで亡くなった子どもの死因や背景を、医療・警察・行政などの専門家が連携して検証し、同じような死亡を二度と繰り返さないための「予防策」を導き出す仕組み</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="https://cdr.cfa.go.jp/" target="_blank">こども家庭庁CDR</a></p>
<p>・「コピペ事故」は本当に親だけの問題か？親が声を上げないといけないこと自体適正か？</p>
<p>・令和2年から厚生労働省でモデル事業を開始（現在は子ども家庭庁）、令和6年には10都道府県で実施。</p>
<p>（北海道、福島県、群⾺県、東京都、⼭梨県、三重県、滋賀県、京都府、⿃取県、⾹川県）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先行事例としてのアメリカのCDRの特徴</p>
<p>・全国データベースによる一元的分析：州ごとのデータを統合し、全国的な傾向を把握。</p>
<p>・多職種・多機関連携の徹底：医療・警察・福祉・教育などが同じテーブルで議論。</p>
<p>・ 政策への反映が強い：公衆衛生政策、法律、教育プログラムに直結。</p>
<p>・ 乳児・胎児死亡（Fetal &amp; Infant）も含む広い範囲。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul>
<li>1970年代：虐待死対策として始まる</li>
<li>1990年代：州レベルで制度化、対象が全死亡へ拡大</li>
<li>2000年代：全国センターと共通データベースが整備</li>
<li>2010年代以降：政策形成に活用される成熟した公衆衛生システムへ</li>
</ul>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6.まとめ</h3>
<p>本日は「子どもの安全グループ」活動の一部である学校の安全について紹介した。他の活動についてもホームページに詳しく掲載されているので関心がある方は参考にしていただきたい。</p>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">子どもの安全研究グループ</a>（<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">https://kodomonoanzen.jp/</a>）</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7322" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR-150x150.png" alt="瀬戸さんQR" width="150" height="150" /></a></p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳 則雄さん（79期）</strong></span><br />
Q:SNS利用による子どもの性被害が増えています。この問題について、どのように取り組まれていますか？A:この問題は主に行政（警察庁やこども家庭庁など）が取り組んでいます。私たちは物理的な事故から工学的・技術的に子どもを守ることを目的とするエンジニア集団で、SNS上の性被害問題にアプローチできていません。子どもの安全を守るのは学校の先生方の役割（責任）とされていますが、現場では先生の数が圧倒的に足りず、先生方の業務負担は増えるばかりです。しかも、先生方の大変さが伝われば伝わるほど教員志望者が減少する悪循環が起こっています。かかりつけエンジニアを配置することで、教員の負担軽減に役立てればと考えています。&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span></p>
<p>Q:多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）が協働して学校を支える活動について、もう少し詳しい解説をお願いします。</p>
<p>A:余り知られていないのですが、文部科学省はコミュニティスクール（学校運営協議会制度）を推進しています。コミュニティスクール（CS）とは、学校と地域住民が協働して一緒に学校運営に参画する仕組みです。令和6年時点では全国公立小中学校の 約52.3％ がコミュニティスクールを導入しています。学校はCS制度も活用して、かかりつけエンジニアを導入していただけるとよいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:子ども時代に、危ないことを安全な形で体験することこそが最も重要だと思うのですが、今の学校では、例えば科学の実験をやらせないことで安全を確保しようとします。このような現状についてどのようにお考えになりますか？</p>
<p>A:AIの回答では「学校は安全な実験場」で、挑戦して失敗しても安全な場所とされていました。しかし実際はゼロリスク（学校で事故はあってはならない）を目標にするあまり、実験場としての役割が果たせていません。私たちは学校における事故の事例を研究・解析することで、「学校における安全な授業の実践方法」などを提言していきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野田 美佳さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q：私が子どもの頃、近所の公園には沢山の遊具があって、楽しく遊べる場所だったのですが、今の公園は遊具が取り払われた、ただの広場になってしまって、子ども達が遊ぶ姿を見かけなくなりました。現代の子どもにとって遊具はそんなに危険な物なのですか？また、以前のように遊具で遊べる公園を運営するのにはどのようにすればよいとお考えですか？</p>
<p>A:工学的な立場で見ると、子どもの遊具とは特殊な製品です。安全でありながら子どもの成長に役立つチャレンジ機能を持たせなければなりません。世界の多くの国は遊具に欧州規格を採用していますが、日本では独自の安全規格が設けられています。詳しくは<a href="https://kodomonoanzen.jp/new/%e9%81%8a%e5%85%b7%e3%81%ae%e8%a6%8f%e6%a0%bc-en1176/" target="_blank">— 遊具の安全規格 EN1176｜子どもの安全研究グループ</a>をご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」-3）.pdf" target="_blank">260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」 (3）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田 美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7324" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋-150x150.jpg" alt="260218 - 髮・粋" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7325" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1-150x150.jpeg" alt="260218 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7326" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3-150x150.jpeg" alt="260218 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7327" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8-150x150.jpeg" alt="260218 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7328" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12-150x150.jpeg" alt="260218 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7329" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13-150x150.jpeg" alt="260218 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7330" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14-150x150.jpeg" alt="260218 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7331" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15-150x150.jpeg" alt="260218 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7332" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16-150x150.jpeg" alt="260218 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7333" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17-150x150.jpeg" alt="260218 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7334" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20-150x150.jpeg" alt="260218 - 20" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7335" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25-150x150.jpeg" alt="260218 - 25" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【277回】1月「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</title>
		<link>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7279</link>
		<comments>http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7279#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 05 Feb 2026 22:32:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7279</guid>
		<description><![CDATA[吉田 昌代さん＠91期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年1月21日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>49名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>吉田 昌代さん＠91期</h4>
<p>ジャズ・ポップス　シンガーソングライター</p>
<p>1977年に北野高校を卒業し、入学した神戸大学在学中に、シンガーソングライターデビュー。関西の有名ホテルで　ジャズシンガーとして活動。1988年12月に渡米しバークリー音大（ボストン）推薦入学、パフォーマンス科を1991年に卒業。デュークエリントン追悼コンサートで　ソロを披露、賞賛を浴びる。ボストン、サンフランシスコを中心に22年間の音楽活動を行う。2010年に帰国。現在、ホテルグランヴィア大阪レギュラー出演の他、各種イベント、ライブ、ホテルで幅広く活動中。ラジオ、TVメディアにも多数出演。ますます元気になるヴォイストレーニングも好評。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>北野高校時代の劣等感から、R&amp;B/Funk/Jazzとの出会いを経て自己を確立。農芸化学科在学中に日航ホテルジャズシンガーとしてプロ活動を開始しました。その後、運命的にバークリー音楽大学から全額奨学金を得て渡米。当初は卒業が目的だったアメリカで骨を埋める覚悟を決め、英語もままならぬ中、ボストンやサンフランシスコでピアノや歌の指導をしながら、レーベル契約、シンガーソングライターとして生活基盤を築き、22年間音楽活動を続けました。2010年の帰国から15年。現在は、島国・日本での人との繋がりや、日本人の国民性の素晴らしさを日々学びながら活動しています。本講演では、劣等感からの解放、日米での挑戦と自己確立の道のりを語り、感謝の気持ちを込めて、皆様とご一緒に「ちょいヴォイトレ」もご体験いただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>＊紹介者は造力全史さん（91期）吉田昌代さんは、北野高校卒業生としては、あまりいないジャズ・ポップスのシンガーソングライター。食べることや食品に興味があり、神戸大学農芸化学科に進学され、在学中にプロジャズシンガー活動を開始。英語もままならないまま（ご本人曰く）、全額奨学金で名門バークリー音楽大学へ。ご苦労が多かったと思うが、ボストン、サンフランシスコで２２年間音楽活動を続けられ、そのままアメリカに滞在されると思いきや、故あって、２０１２年にご帰国。現在、大阪にお住まいで、本日は大寒波襲来の中、朝早くから新幹線で東京に来て頂いた。事前に、高校の同期女性陣に当時の吉田さんの印象を聞いたところ、ある方は、アニメに出てきそうな可愛い女性、また、別の方は、同い年なのにお姉さんのようで、男子生徒の憧れの的だった、とのコメントを頂いた。本日は、どういうご縁でシンガーソングライターになられ、どうしてアメリカに渡られたのか、アメリカでの生活ぶりやどのようなご苦労をされたのか、分かっているようで、実は分からないジャズとはどういうものかを分かりやすく教えて頂けると伺っている。また、時間があればヴォイストレーニングを行って頂けるとのことで、吉田さんのご講演を最後まで楽しんで頂ければ幸いです。&nbsp;</p>
<h3>１．ジャズシンガーへの道</h3>
<p>３歳から高３までクラシックピアノをやっていた。親は宝塚に入って欲しかったようで、小学校の時に宝塚に連れて行ってくれたが、興味が湧かなかった。長女でもあり、優等生症候群の典型で、親には良い子でありたいという娘だった。北野高校に入学したが、北野の生徒はみな優秀。運動は不得意で、断郊や縄跳びなど全然。勉強も全然やらず、北野では、屈辱感に耐える力をつけさせて頂いた。ついに、高校３年時にはじけて、映画「サタデーナイト・フィーバー」を観てこれだと思い、十三駅のコインロッカーにハイヒールとタイトスカートをしのばせ、放課後に梅田のディスコに繰り出し、その当時流行っていた「ステイン・アライブ」等の音楽にあわせて踊りに熱中した。親とは断絶状態で会話が無くなるも、これも北野のお陰。家では、自分の部屋で勉強をするふりをしながら、詩を作ったり曲をためたりしてストレスを発散していた。同時に、これまでクラシック音楽をやっていて、何故、ディスコの音楽のように楽しくないのか、どうしたら楽しい音楽になるのかとの思いで、神戸大学入学後に、アルバイトをしながらジャズスクールに通った。譜面をよむクラシックと異なり、ジャズは、コード進行を勉強する音楽。黒人の歌のR&amp;Bやポップに魅かれた。アメリカには、クラシックの音楽学校とジャズの音楽学校があるが、現在、日本の大阪音大や国立音大にもジャズ学科がある。大学在学中の８５年に、ストックとしてためていた曲をジュピターレコードから出す（当時のＬＰが手元に一枚だけ残っているが、先日、YAHOOオークションに９，８００円で出ていた）。全国の学園祭回りをしていた。大学の研究室には全く行かなかったが、ゼミの教授を日航ホテルに食事に誘い、５年半で大学を無事卒業（卒業証書は確かにある）。その後、日航ホテルのオーデイションに一発で合格。週３回、３ステージで年１００曲近く歌った。私は、元々、歌が上手い父のピアノの伴奏者であったので、人前で歌を歌うこと、ましてや、外人の前で英語の歌を歌うこと、お金を貰い歌うことの責任感に大いにストレスを感じ、食べていても食べていることを感じられなかったが、北野時代に培われた「屈辱感に耐えて」一生懸命頑張った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．アメリカバークリー音楽大学への留学</h3>
<p>私の頑張りを見てくれていたジャズスクールの先生が、バークリーの推薦状を書いてくれることのことで、応募結果、全額奨学金で見事合格。私自身は、「やった！」では無く、「ええ？どうするの？」との思いだったが、日本の仕事では先が見えず、アメリカで１年だけ頑張ろうと、８８年１２月２４日のクリスマスにアメリカに向かった。<br />
大学のテストは簡単。日本の音楽教室はかなり高度で、レヴェルの高さを改めて認識した。大学は１年で卒業出来たが、日本人とは絶対話をしないことにした。バークリーのあるボストンは、アメリカでも英語が速く、ニュージャージーやバージニア等から来ている人にとっても英語が難しい。唯一、東大卒の日本人留学生が一人いたが、英語を含む環境に耐えかねられなかったのか、２か月後に姿が見えなくなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．２２年間のアメリカ生活（Boston１１年間とSan Francisco１１年間）</h3>
<p>幸い、高校時代に屈辱感への対応を鍛えられたこと、英語が出来なくともアメリカは私の気持ちを開放してくれたこと等により、「石の上にも11年」の思いで頑張ることが出来た。<br />
声を出すことが一番の目的・生きがいで、これにはお金をかけた。日本では良い先生に巡り合えなかったが、アメリカでは、ニューイングランド・コンサーバトリーで出会ったすばらしいヴォイスの考えを持つユージン・ルビンというドイツ人ヴォイストレーナーに師事すべく、ドイツに３か月留学した。ボストンでは、「The Boston Globe news paper」や「SF.日米タイムズ」で、日本人ジャズシンガーとして紹介され、CDを何枚か出した（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
ボストンでは、雪の道で交通事故にあい、骨折とともに肺きゅうが萎んだが１年で復帰。しかし、それで雪が怖くなった。８年経過し、自身のユニークな存在のお陰で人間関係も出来たが、日本人がこのままアメリカで頑張るためには、学生ビザ乃至は業務ビザを取得する必要がある。グリーンカードを申請するが抽選会で落ちた。その内、卓越した技術者に与えられるO１ビザを獲得できた。これは、自分にとって一番の人生の誇り。これで、「一生、アメリカでやっていける。アメリカが私を呼んでいる」と思い、ボストンから同じサイズの都市のサンフランシスコに行った。サンフランシスコでミュージックスクールの先生になったが、バークリー音大の存在感を改めて認識した。私のプライベートレッスンを受ける黒人の生徒や私に英語の歌を教えて欲しいという人がいっぱい来てくれた。自分で色々追及しベストを尽くしたことが、たいへん勉強になった。<br />
声は出るようになったが、こんなに人前で歌っていながら、練習場では歌えるのに人前になるとまだまだ上手く歌えなかった。元々声が低く、ごまかしながら歌っていた。小学校時代、音楽のテストで歌えず、その経験がトラウマとなっていた（今になっては、先生がピアノで女の子のキーと男の子のキーしか弾けず、他のキーに合わせて弾けなかったことの理解はできるが、当時は分からなかった）。サンフランシスコは、ネーチャーやスピリチュアルなものを重視する地域で、（トラウマ解消に効果があるといわれる）ヒプノセラピーの世界を勉強した。自分が自分自身にセラピーを行ったり、如何に呼吸を深く出来るかを勉強した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>４．帰国の決意</h3>
<p>サンフランシスコで生活にゆとりが出てきて、正月には日本の親元に帰り、アメリカと日本、大阪を行き来するうちに、日本のサービスが完璧でユートピアに思え、日本語の曲がどんどん出てきた。書いていた日本の曲を日本の人にも聞いて欲しいと思うようになり、２００９年に全曲日本語の「しあわせサプリ」、２０１０年に「It’s time」(2025万博で歌った「Osaka」を含む)のCDを出した。大統領選で黒人のオバマが大統領になり、彼の演説や周囲の熱狂にたいへん刺激を受け、これで国が変わる、と思ったが、アメリカの選挙権が無いことを認識するとともに、自分の存在を改めて感じた。また、親が老いてきたことも心配で、親に相談したところ、「好きなようにすれば良い」と言ってくれた（高校３年時のディスコ通いの親不孝を通して親はトレーニング済み？）。親には感謝している。以上の経緯で大阪に帰国した。浦島太郎扱いを覚悟していたが、大阪で色々な方に出会い仕事を頂くことが出来た。東京に来てくれとのお誘いもあったが、大阪で親の元で一緒に過ごせたこともあり、後悔は無い。<br />
ホテルグランビア大阪で、４月と１０月の年２回、ジャズコンサートを１４年続けている。今年は４月２９日（祝）と１０月１２日（祝）で、フルバンドの演奏、飲み放題・フルコースのデイナーつきで１３千円/人、スポンサーのアース製薬様のお土産付きで、たいへんお得。よろしければ、是非大阪に来て頂ければと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>５．ご一緒にヴォーカルトレーニング</h3>
<p>講演会参加者とともに以下を実践。毎日やれば、声帯がリラックスして音域が広まり、声がはっきり出るようになる。医療的にも認められている。カラオケで歌う前、MC等で話をされる方にはお勧め。<br />
・歌うには肩甲骨が一番大切→肩甲骨を３６０°回すトレーニング（ストレッチ）<br />
・発声練習→両手を肋骨脇にあて、腹式呼吸で息を吐きながら、舌全体を上顎にあてて口と鼻から声を出す</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>６．ジャズ、ジャズヴォーカルとは</h3>
<p>同じ原曲で拍子や歌い方を変えた曲を聴き、異なる雰囲気の曲になることを実感。これがジャズの典型であり醍醐味。<br />
・デユーク・エリントンの「Take The “A” Train」４拍子の同じ曲を３人の歌手が歌うのを聴く→スキャットを入れたり、ヴォーカルを変えて演奏することにより、異なる雰囲気、曲になる<br />
・「Fly Me」を３拍子、４拍子（ボサノヴァ、スウィング、ラテンで）で聴く→上記と同様</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>７．最後に</h3>
<p>今をみつめて生きたいとの思いで「今を生きる」をテーマに、山本能楽堂（ジャズと花道の競演「On the sunny side of the street」）やお寺（高槻本行寺/お経との共演「Imagine」）で演奏している（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
日本に帰って１５年。英語の曲を歌う時も、日本語の曲を歌う時も、言葉の力を大きく感じている。特に、英語の歌詞は意味が伝わっていなく感じられ、歌詞の存在をすごく意識している。コンサートでは、一方的に歌を聴いて頂くのでは無く、お客様と同じ時間を一緒に共有し紡がせて頂けることに喜びを感じる。今回の講演会にお呼び頂いたのをきっかけに、今後、大阪だけにとどまらずに活動が出来れば嬉しいと思う。</p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span><br />
Q:最初にボストンに行ったときに、一番驚いたことは？A:アメリカは自然だったので、驚くことは無かった。ただ、ガソリンスタンドでトイレを借りるために「Can I use bathroom？」と黒人に尋ねた時に、断固として「Ｎｏ」と言われたのは、後にも先にも一番辛かった。後で分かったが、彼らがアメリカでされていることと同じことを私にしたかったのだろう。後で考えてみれば、「May I」と言えば良かった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口 喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:レヴェルが高く層も厚いアメリカのジャズ界で、日本人が成功するのは稀有では？才能があり上手であることもあろうが、有力なスポンサー等がいたのか？</p>
<p>A:すごく苦労した。最初に、インタビューで「日本人なのに、何故、あなたはジャズを選んだのか？」とアタックされた経験で学んだが、「私のルーツは日本で、日本でジャズをやってきた」と開き直り、「オリジナリティー」を出したことで、仕事がついてきた。ボストン、サンフランシスコはそれぞれが国のようなもので、「異色」を尊重してくれた。開き直りは、北野高校のお陰。小学校や中学校時代に作った曲をジャズにアレンジして英語に訳してもらい売り込んだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>石垣 具子さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q:一曲聴かせて頂ければ、ありがたい。</p>
<p>A「Blue skies」と「Osaka」（２０２５万博で歌った）を披露。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>坂本 睦枝さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q：万博で歌われたのは、何かご縁があったのか？</p>
<p>A:北野高校のご縁で、パビリオンのオープニング式典で歌わせて頂いたもの。</p>
<p>永田ひろみさん（91期）：大阪ヘルスケア・パビリオンのシステムのボスである同期の三浦泰夫さんのご紹介で歌ったもの（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。</p>
<p>参考：<a href="https://www.rikuryo.or.jp/talkrelay/miura91/TR231-250301.png" target="_blank">TR231-250301.png (1241×1754)</a></p>
<p><a href="https://www.youtube.com/live/vTu-uWDDv24" target="_blank">TR231Live</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/第277回配付資料.pdf" target="_blank">第277回配付資料</a></p>
<p style="text-align: left;">吉田昌代さんホームページ：<a href="https://www.masayoyoshida.com/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0" target="_blank">Mya 吉田昌代</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7281" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR-150x150.png" alt="吉田昌代HPQR" width="150" height="150" /></a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野 正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7282" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5-150x150.jpeg" alt="260121 - 5" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7283" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9-150x150.jpeg" alt="260121 - 9" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7284" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10-150x150.jpeg" alt="260121 - 10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7285" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12-150x150.jpeg" alt="260121 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7286" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13-150x150.jpeg" alt="260121 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7287" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14-150x150.jpeg" alt="260121 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7288" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16-150x150.jpeg" alt="260121 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7289" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17-150x150.jpeg" alt="260121 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7290" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18-150x150.jpeg" alt="260121 - 18" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
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