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	<title>東京六稜倶楽部 &#187; 2025年度</title>
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		<title>【276回】12月「応用物理の目で絵画を読み解く」</title>
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		<pubDate>Sat, 27 Dec 2025 21:15:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[佐藤 勝昭さん＠72期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年12月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>40名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>佐藤 勝昭さん＠72期</h4>
<p>東京農工大学名誉教授</p>
<p>(一社)日本画府理事・総務部長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1960　　　　大阪府立北野高等学校卒業</p>
<p>1960～1964　京都大学工学部電気工学科</p>
<p>1964～1966　京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程</p>
<p>1966～1984　日本放送協会(1966-1968大阪中央放送局、1968-1984放送科学基礎研究所）</p>
<p>(1978: 京都大学工学博士学位取得）</p>
<p>1984～2007　東京農工大学(1984:工学部助教授,1989:同教授, 2005:理事・副学長）</p>
<p>2007～2019　(国研)科学技術振興機構(さきがけ次世代デバイス研究総括、研究広報主監他）</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「応用物理の目で絵画を読み解く」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>この講演では、応用物理学（光学・材料科学）の目で、絵画の発色の仕組みを解説し、ゴッホの油彩画、北斎の浮世絵版画などを読み解くとともに、自身の水彩スケッチ・油彩画について、その技法を紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>東京六稜倶楽部での講演は、2012年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=2321" target="_blank">【第118回】「スケッチで綴る世界の旅」 </a>、2014年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=3240" target="_blank"> 【第143回】「太陽電池のキホン」 </a>に続く、三度目となります。本日の講演は（１）絵具の仕組み、（２）北斎浮世絵版画の青色絵具について、（３）ゴッホの油絵の褪色について、（４）油彩画の技法についてお話します。</p>
<h3>（１）絵具の仕組み</h3>
<p>我々が色を感じられるのは、網膜に色感度特性が異なる３種類の錐体細胞ρ、γ、βがあるおかげです。これら錐体の色感度はそれぞれ赤・緑・青に敏感になっています。三原色の光を混ぜると白色になり、これを加法混色と呼びます。これに対し、絵具やプリンターのインクでは、三原色の補色にあたるシアン、マゼンタ、黄色が三原色となり、三色の絵具を混ぜると黒色になり、これを減法混色と呼びます。</p>
<p>絵具は着色材となる顔料と顔料を紙や布に付着させる展色材からなります。展色材には卵（テンペラ）、水（フレスコ画）、アクリル樹脂、アラビアゴム（透明水彩）、ロウ（オイルパステル）、芥子油・アマ油（油絵）、ニカワ（日本画）などがあり、展色材の違いが絵画の技法の分かれ道になっています。無機顔料には天然無機顔料、合成無機顔料、有機顔料にはアゾ顔料、多環顔料があります。油絵で芥子油は亜麻仁油より渇きが遅いのは、酸素と化学反応を起こして乾くための分子の二重結合が前者は二つなのに後者は三つあり、化学反応が速く進むからです。</p>
<p>無機顔料は半導体の種類により、吸収する光の波長帯が異なるという性質を利用しています。硫化亜鉛は全波長を通すので白色、硫化カドミウムは黄色、硫化水銀は赤、珪素やガリウム砒素は可視光を通さないので黒の顔料となります。これら顔料には有毒なものが多いことに注意する必要があります。コバルトブルーの顔料に使われるアルミン酸コバルトは、少し違う種類の顔料で、結晶構造の中に埋め込まれたコバルト不純物の性質により赤色が吸収され特徴的な青色が出ます。</p>
<p>有機顔料としては多くの赤から黄色の顔料に使われるアゾ顔料がありますが、耐久性が弱く褪色しやすいという弱点があります。より耐久性のある有機顔料として、黄色から橙色を呈する多環顔料というものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（2）北斎の青色について</h3>
<p>葛飾北斎の有名な「神奈川沖浪裏」は波頭のダイナミックな形状に加えて、使われた青色顔料が「北斎ブルー」として注目されてきました。この顔料は18世紀初頭にドイツ（プロイセン）で開発された鉄のシアン化物で、ベルリンから来たということで「ベロ藍」とも呼ばれていたものです。浮世絵の世界では1830年ころまで青色染料には青花（ツユクサ）と藍が使われていましたが、平賀源内が1763年に紹介し、伊藤若冲が「群魚図」で1766年に最初に使用した記録が残っています。輸入物で高価な顔料でしたが、北斎や広重が活躍した1832年以降には薄い青から濃い青までプルシアンブルー顔料を多用するようになり、「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」が生まれました。プルシアンブルーは染料業者の作業ミスで、動物由来の黄血塩と硫酸鉄の反応で偶然できたもので、「動物成分のなれの果て」だったのです。シアン化合物と分かり人工合成できるようになりました。プルシアンブルーは微粒子で、浮世絵の版画制作上の色刷り時に和紙に良く馴染み、その塗布量に応じて「ぼかし摺り」ができたこともあり重宝されたと言えます。</p>
<p>やや脱線しますが、赤から青までの花の多彩な色はアントシアニンという化学物質に何が分子的に付くかで生じていることが多いというのも驚かされます。藍色は、つゆくさから色素インディゴを酸化させてつくりましたが、現在インディゴは化学的に合成できるようになりました。フェルメールの絵で有名なウルトラマリンブルーは青金石（ラピスラズリ）という鉱物からつくられた顔料です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（3）ゴッホ油彩画の褪色について</h3>
<p>ゴッホはトーンの異なる黄色を多用することを好んだことが彼の残した様々な書簡から読み取れます。クロムイエロー（オレンジ黄色）、亜鉛イエロー（濃い黄色）、アンチモン酸イエロー（明るい黄色）は毒性のある無機顔料、バンダイクブラウン（褐色イエロー）は褪色し易い有機顔料でした。赤色についても何種類かの顔料を使い分けていますが、ゴッホが晩年体調を崩したのは、これらの毒性顔料の影響だったのだと想われます。</p>
<p>ゴッホの「イリス畑」の画像などについて、オランダの研究者が顔料成分をシンクロトロン放射光を用いて分析し、経年褪色を考慮して、原色を再現した研究がありますが、それによると元の黄色が褪色して現在は緑色になってしまったことが確かめられています。ゴッホの絵は強い色の対比や、補色を上手に利用しているが、褪色しやすいクロムイエローなどが原画の色相を変化させてしまっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（4）油彩画の技法</h3>
<p>水彩画は水の蒸発で乾きますが、油彩画は乾性油の酸化反応で乾きます。水彩画は透明色で紙の反射があり塗り残したところは白っぽく見えるが、油彩画は反射色で顔料の色が直接見えるので白色は上塗りしなければなりません。油彩画では不透明色の上に透明色を何重にも塗り重ねる「グレーズ処理」により色の深みを表現することができます。</p>
<p>最後に、欧州での学会などの機会に描いたいろんな街の油彩画をご披露させて頂きます。100号サイズの大きな作品もあり、いろんな展示会に出品していますが、東京農工大学や長岡科学技術大学に展示用に寄贈したものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span><br />
Q:若い人に広がっているアクリル絵の具と油絵の違いを教えて下さい。A:展色材の違いです。アクリルは乾きが良く色の種類も多く使い易いので広がっていますが、透明で深い色を出しにくいので、自分としては薄っぺらいという感じをしています。</p>
<p>Q:デジタルでは表現できない油絵の世界というのはあるでしょうか？</p>
<p>A:実物の油絵は照明の当たり方でも違って見えますが、デジタル画像はどこでも均質に見えます。最近タブレットによる絵画教育が広がってきていますが、簡単に消せるというメリットもあるものの、絵具を混ぜて画用紙に新しい色を作る体験などができないので、残念なことだと心配しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q:玉虫色がでて褪色しない構造色を絵画に使うような試みはされてないでしょうか？</p>
<p>A:細い筆で鳥の羽のような構造色を再現しようとした人もいますが、実用化されていませんね。絵画でなく、自動車の塗装に構造色で塗装作業を省く研究がトヨタでなされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q:昭和の画家としての心構えとかあるでしょうか？</p>
<p>A:昭和の絵でいいのではないかと想っています。油絵の重ね塗りの厚みなどを伝えていきたいと想っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>家 正則さん（80期）</strong></span></p>
<p>Q:道路標識など赤色塗料が剥げて読めないことが多いですね。ジアゾ顔料よりベンゼン環の多環顔料のほうが退色に強いとのことですが、あまり使われていないのでしょうか？　高価で使われないのでしょうか？</p>
<p>A:そうですね？　道路標識に構造色を使おうという試みもあるようです。</p>
<p>Q:表面にコーティングして褪色しない赤を実現する試みというのは無いでしょうか？</p>
<p>A:やられていますが、水分が入り込んだりして万能ではないですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>蓑原 律子さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:ご自分の絵画の色のパレットをどのように増やして行かれたのでしょうか？</p>
<p>A:それほど意識はしていませんが、いろんな絵を見ています。海外での学会に参加した折に、美術館を巡り、穴があくほど時間をかけて見ています。フランスではルーブルよりオルセーが良いですね。</p>
<p>Q:日本の緑と欧州の緑の違いなどを感じられますか？</p>
<p>A:気温や湿度、植生の違い、建物の違いがあり、風土により色相の違いというのは感じられると想います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回配布資料.pdf" target="_blank">第276回配布資料<br />
</a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回発表資料.pdf" target="_blank">第276回発表資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7255" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1-150x150.jpeg" alt="251217 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7256" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2-150x150.jpeg" alt="251217 - 2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7257" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3-150x150.jpeg" alt="251217 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7258" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4-150x150.jpeg" alt="251217 - 4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7259" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8-150x150.jpeg" alt="251217 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7260" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11-150x150.jpeg" alt="251217 - 11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7261" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12-150x150.jpeg" alt="251217 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7262" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13-150x150.jpeg" alt="251217 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7263" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14-150x150.jpeg" alt="251217 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7264" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15-150x150.jpeg" alt="251217 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7265" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19-150x150.jpeg" alt="251217 - 19" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7266" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20-150x150.jpeg" alt="251217 - 20" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【275回】11月「ほとんど『隣の国』フィンランドあれこれ」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7224</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Dec 2025 01:17:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[	
篠田 研次さん＠84期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年11月19日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>55名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>篠田 研次さん＠84期</h4>
<p>日本シンガポール協会 顧問、イースタン・カーライナー株式会社 顧問、日本郵便株式会社 監査役、一般社団法人　霞関会　顧問</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1976年 3月　京都大学法学部卒業</p>
<p>1976年4月　 外務省入省</p>
<p>1979年 6月　ハーバード大学大学院卒業</p>
<p>1990年7月　 在米国大使館一等書記官</p>
<p>1993年7月　 在ロシア大使館参事官</p>
<p>1995年7月 　中近東アフリカ局中近東第二課長</p>
<p>1996年 7月　 欧亜局ロシア課長</p>
<p>1999年10月　在ロシア大使館公使</p>
<p>2002年9月　 条約局審議官</p>
<p>2003年8月　 欧州局審議官</p>
<p>2005年8月　 総括審議官</p>
<p>2006年8月　 在シカゴ総領事</p>
<p>2008年4月　 駐米国特命全権公使</p>
<p>2010年8月　 国際情報統括官</p>
<p>2012年9月　 駐フィンランド特命全権大使</p>
<p>2016年2月　 駐シンガポール特命全権大使</p>
<p>2018年10月　外務省退官</p>
<p>2018年11月　一般社団法人　日本シンガポール協会　顧問（現任）</p>
<p>2018年12月　イースタン・カーライナー株式会社　顧問（現任）</p>
<p>2019年4月　 東日本旅客鉄道株式会社　顧問</p>
<p>2021年6月　 一般社団法人　霞関会　理事長</p>
<p>2023年6月　 日本郵便株式会社　監査役（現任）</p>
<p>2025年6月　 一般社団法人　霞関会　顧問　（現任）</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「ほとんど『隣の国』フィンランドあれこれ」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>1980年代初頭にモスクワで駆け出しの外交官として過ごしていた頃に初めて触れたフィンランド、そして、2012年から2016年にかけて3年半にわたり大使として過ごしたフィンランド・・・・その間に見聞きしたことを中心に、日本との間の国民レベルの相互親近感はどのように醸成されてきたのか、北極を巡る協力は有望ではないか、独立100年余りの若い国であるフィンランドは如何に厳しい国際環境の中で生き抜いてきたのか、そしてロシアによるウクライナ侵略はフィンランドの人々にとっては自分事として受け止めざるを得ない衝撃的な出来事であったのではないか、等々にわたり「あれこれ」語らせていただければ幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3><strong>はじめに</strong></h3>
<p>2018年末に最後の任地となりました駐シンガポール大使としての勤めを終えて帰国しまして、足掛け43年に亘る外務省生活を終え退官致しましてから既に７年となりました。現役でおりました43年の間は、東京と海外の任地との間を行ったり来たり致しまして、約半分は東京、他の半分は海外で過ごしました。海外はフィンランドとシンガポールにおける大使としての６年間が最後の勤務となりましたが、その他には、アメリカが3回、計9年、ロシアが3回で、計8年でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>フィンランドとシンガポール：「小粒でもピリリ」</strong></h3>
<p>そういうことで、最後の転勤は、フィンランドからシンガポールということになった訳ですが、北の北極圏から南の赤道直下へということで緯度にして60度余りの「移動」になりました。常夏のシンガポールでは、一年を通じて気温は概ね30度前後で、真夏の日本に比べるとむしろ涼しく感ぜられるくらいです。赤道直下ですから、毎日朝7時に日が昇り、夕方7時に沈みます。一年中こうですから、「日が長くなりましたね」とか「あの頃は寒かったですね」といった会話は全くない訳で、言わば「単調な快適さ」を味わっておりました。これに対してフィンランドは、言ってみれば「メリハリの利いた快適さ」ということになるのでしょう。国土は、日本よりやや小さいのですが、北緯60度から70度にかけて南北に長く、北半分は北極圏になります。ご案内の通り、冬は、寒いことは兎も角、「暗い」訳で、北の方ではずっと夜ということになります。夏はこれと逆のことが起こる訳で、ずっと明るく、北の方では太陽が殆ど沈まないということになります。気温の方は、ヘルシンキでは、夏は概ね20度から25度で、「快適」極まりないのです。私共も、ヘルシンキにおりました時には、エアコンは全く不要で、「暑い」ということを全く感じないまま一夏過ごしておりました。もっとも最近は温暖化で少し暑くなっているのかもしれません。</p>
<p>なにせ日が長いものですから、例えば、ゴルフもやろうと思えば一日何ラウンドもできる訳です。日本と関係の深いフィンランド企業からなるフィンランド日本商工会議所という団体があります。この団体、毎年夏に親善ゴルフ・イベントを開催しておりました。2015年の夏ですが、今年は「ミッドナイト・ゴルフ」にしようということになりました。夜11時スタートで、午前3時か4時に終わる訳です。と言っても、ヘルシンキ辺りのフィンランドの南の方では流石に午前1時前後は少し暗くなります。そこでそのコンペで用意されましたのが、「フラッシュ・ボール」という、引っ叩くと光る特殊なボールでした。林やラフに落ちてもパッパッと点滅しています。むしろ昼間よりもボールの位置がよく分かるのです。フィンランドならでは、の思い出です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところで、このように遠く離れたフィンランドとシンガポールですが、両国に続けて駐在致しまして、両者の間には意外と共通点があることに気付かされました。人口は、それぞれ500数十万。一人当たりの国民所得は、それぞれ5万ドル、8万ドル余りということで、日本より相当高く、豊かです。教育レベルの高さは双方ともトップレベルです。両国とも技術力、特にニッチな分野での先端的技術力、には定評があります。清潔で衛生的で、安全で安定した社会といった点も似ています。フィンエアーとシンガポール航空と言えば、双方ともサービスやビジネス戦略のレベルは高く、日本との関係も密接です。また、安全保障の面でも共通点があります。両国とも徴兵制を維持しています。この国民皆兵の基本については、双方とも国民的コンセンサスに裏打ちされておりまして、これを疑問視する声は殆ど聞かれません。総じて言えば、「小粒でもピリリ」の国柄というのがフィンランドとシンガポールの共通点である、と申して良いのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>親日国フィンランド：「ほとんど隣の国」</strong></h3>
<p>さて、フィンランドという若い国が、2017年に独立100周年という節目を迎えたことは誠に感慨深いことです。フィンランドは、数世紀に亘りスウェーデンの一部であり、その後の一世紀は帝政ロシアの一部であった訳ですが、1917年のロシア革命のさなかに独立を果たしました。よく指摘されることではありますが、フィンランドの独立の機運を醸成することとなった一つの要素として、日露戦争における日本の勝利がありました。極東の新興国である小さな日本がロシア帝国という大国を打ち破ったことが、自分たちもできるのではないかという気持ちをフィンランド人に抱かせることになった、という訳です。フィンランドの人たちのレーダースクリーンにこれまで意識しなかった極東の小国「日本」という点が、ポンと乗ってきた瞬間であったのかもしれません。それ以来現在に至るまで、フィンランド人は大いに親日的です。その「親日」のレベルは、欧州の国の中でも際立っているような気がします。</p>
<p>日本人にもフィンランド好きが多く、そのことは作曲家のシベリウスや、アラビア、イーッタラ、マリメッコといったフィンランド・デザインやトーベ・ヤンソンのムーミンの人気にも現れています。この数年間にも、日本にはこれらフィンランド・ブランドの店が更に増えてきているという印象を受けています。因みに、ムーミン人気の高さは、フィンランド国外では世界で日本が圧倒的だそうです。要するに、日本好き、フィンランド好きというのは相互的なのだと思います。</p>
<p>フィンランドに駐在しております時にも彼らの親日的姿勢は日々感じるところでした。私自身、フィンランドの人達からよく言われたセット・フレーズがあります。「フィンランドと日本は『ほとんど隣国』です。間に『小さな国』が一つあるだけです」と。本当によく言われました。先程申し上げた日露戦争のエピソード、そして、スターリンのソ連との関係に苦しんだフィンランドと日本が、それぞれの体験を通して相互にシンパシーを持ち合ったということがあるのかもしれません。日本とフィンランドの相互関係を規定する枠組みの中に「ロシア」という地政学的要素が介在していることはほぼ間違いないところと思われます。第二次大戦後もソ連軍の侵入を受け今も北方領土問題を抱える日本、そしてソ連軍との激戦の末多くの国土を失い、その後も長く1300kmの陸上国境でソ連、そしてロシアと対峙し、その圧力を受けてきたフィンランド。ですから、日本人とフィンランド人の間には、自覚的であるかどうかは別として、この「ロシアを東と西から挟み込んでいる関係」にあるという共通の意識が底流としてあるのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>ソ連・ロシア：「1300kmの陸上国境」</strong></h3>
<p>「国境」というものが齎す様々な状況、影響、事象を調査し研究する「国境学」というのが日本でも一つの学問の領域として近年定着してきているようです。フィンランドの場合、この1300kmに亘るロシアとの陸上国境の存在が、フィンランド人の心理のみならず、その安全保障観、ひいては国家観そのものに甚大な影響を与えてきていることは間違いないと思います。</p>
<p>私は、在任中、フィンランド国内及び周辺地域をできる限りくまなく飛び回り、その実情を感じ取ることに努めました。国境地域の視察も重視していたことの一つで、北はノルウェー・ロシアの国境から南のフィンランド湾における海上国境に至る主要な国境通過地点をほぼ全て視察に訪れました。そして、それぞれの地点におけるフィンランド国境警備隊の幹部との意見交換を行いました。ソ連時代、ソ連軍と直接対峙していた時のピリピリした緊張感は多少和らいでいるとはいえ、警戒感は決して緩めていないことが伺えました。ただ、10年以上前の当時は、出入国管理の窓口にはロシア側から買い物客や観光客が殺到して長い列ができていたのが非常に印象的でした。2014年にロシアがウクライナからクリミアを奪った前のことですので、情勢は全く異なっていたのですが、私がヘルシンキに着任した直後の2013年の1月初めの一週間は丁度ロシア正教のクリスマスの時期に当たり、50万人のロシア人がフィンランドを訪れたと言われておりました。人口500数十万のフィンランドに１週間に50万人のロシア人が来たわけです。フィンランドの人達はよく言っていました。「ロシア人は、昔は戦車でやって来たものだが、今はメルセデスに乗ってやって来る」と。ひょっとすると、最近では、「近いうちにまた戦車に乗ってやって来るかもしれない」と言っているのかもしれません。</p>
<p>国境と言えば、今から40年数年前のことになりますが、私、ソ連時代のモスクワで駆け出しの外交官として勤務していた頃、モスクワから陸路、寝台列車でヘルシンキに向かったことがあります。フィンランド側の国境駅に着くと、プラットホームの花壇には多くの綺麗な花が咲いており、カフェに行くと新鮮なコーヒーがポッポッと湧いており、美味しそうなパンが並んでいました。心底幸せな気持ちになりました。身が軽くなったようにも感じました。今は昔のことです。大使としての在任中に、昔、駆け出しの外交官が「共産圏から出て自由世界に入った」と感激したその国境駅を訪れてみました。様子は多少変わっているようには見えましたが、当時の光景が蘇ってきました。暫し思い出に浸った次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>日本との友好関係：「2019年修好100周年」</strong></h3>
<p>1917年にフィンランドが独立したことを受けて、1919年に我が国は同国と外交関係を樹立したので、2019年に丁度修交100周年を迎えた訳です。私がフィンランドに駐在しておりましたのが2012年から2016年でありましたので、その時期は、独立100周年、そして修交100周年に向けての言わば助走の時期に当たりました。その間の忘れられない思い出は数多くありますが、印象深い結果となりました一つ二つのハイライトに触れさせて頂きたいと思います。</p>
<p>先ずは、2013年の我が国海上自衛隊の練習艦隊のヘルシンキ親善寄港です。海上自衛隊史上初のヘルシンキ寄港ということもありフィンランド海軍挙げての歓迎ムードとなりました。当日、旗艦「かしま」が、多くの美しい島に囲まれているヘルシンキ湾の奥深くに、島と島の間を縫うように、威風堂々航行し、フィンランド海軍と礼砲を交わしながら入港してくる様は正に圧巻でした。私を含めて出迎えの在留日本人にとりましては、何かしら誇らしく、涙を誘うようなシーンでした。正に日本フィンランド友好関係を肌で感じた出来事でした。そして、このことは双方の間の軍レベルでの友好・親善交流の機運を高め、翌年、ロシア国境に近いハミナで行われた世界でも有数の国際軍楽隊フェスティバルであるハミナ・タトゥーに陸上自衛隊中央音楽隊の50名余りの大部隊が参加することに繋がりました。また、その後、フィンランド国防省と日本の防衛省との間の安全保障分野の協議・交流が進んだことも、このことが齎した効果の一つであったと思います。</p>
<p>翌年の2014年には、ヘルシンキで、小笠原流の流鏑馬公演を中心とした大型日本文化発信イベントが行われました。ハイライトは何と言っても流鏑馬でした。準備にはなかなか苦労が伴いました。馬が全速力で疾走する流鏑馬には300メートル位のほぼ直線の走路が必要ということで、ヘルシンキ市内を色々探しましたが、最終的には、隣接の駐車場に土を入れて延長走路を作り300mの直線の走路を確保するというアイデアが決め手となりオリンピックの馬術競技場を使うということになりました。次に馬ですが、現地のどのような荒くれ馬をも短期間で調教して乗りこなす、というのが小笠原流の技である、ということで、全て現地フィンランドの馬が使われました。幸い、是非自分の馬を使って欲しいという申し出も相当ありましたので、馬の確保に困ることはなかったのですが、何せフィンランドの馬は飛んだり跳ねたりという所謂馬術競技に慣れているものが多く、流鏑馬は直線的に疾走するということで、馬の方も相当面食らうことがあったようです。日本から大挙来られた小笠原流の代表団の方々が、それを極短期間のうちに調教された様は、正に見事の一言でした。当日は幸いにまずまずの空模様に恵まれ、人口60万のヘルシンキで1万人の観客が集まり、大盛況でした。正に、ヘルシンキっ子の度肝を抜く日本の侍の技で、大きなインパクトを与えたものと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>滞在よもやま話：「鳥とサ道」</strong></h3>
<p>今一つ二つ、在任中の個人的に楽しかった思い出に触れさせて頂きたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一つは、バードウォッチングです。フィンランドは動植物の多様性に恵まれているところですが、鳥についても、シーズンになると所謂「北極渡り」を見ることができる他、年間を通じて多種、多様な生態を観察することができます。毎年5月初旬の土曜日に、フィンランド全土に亘り「タワーの戦い」と呼ばれる全フィンランド・バードウォッチング選手権大会が行われていました。フィンランドでは至る所に鳥見用の展望櫓が点在していますが、これらをベースに10人位ずつのバードウォッチャーのチームが全国に幾つも出来、朝５時から午後１時までの８時間にそれぞれ何種類の鳥を識別できるか数を競うイベントです。姿は見えなくとも鳴き声だけでも複数のメンバーが認識できれば一種類を識別したとカウントされます。私共夫婦はヘルシンキ市チームに毎年招かれ、言わば特別オブザーバーということで参加しておりました。８時間も櫓の上で過ごすわけですし、5月とは言えまだまだ寒いので、結構大変でした。彼ら専門家の識別スピードは大変なもので、我々は彼らが見つけたものを望遠鏡や双眼鏡で一生懸命後追いするのがやっとでした。私の手帳には、例えば、2015年の大会ではヘルシンキ市チームは8時間で89種類識別したとの記述が残っていました。結構良い成績でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>個人的に楽しかったことに今一つだけ触れさせて頂きたいと思います。それは「サ道」です。ある人から「フィンランドへ来たら『サ道』をやらねば」と熱心に勧められました。フィンランドでは、裏千家茶道のプレゼンスが相当しっかりしたものでありますので、てっきりそのことかと思って聞いていたのですが、「サ道」とは「サウナ道」のことでした。私にとっては、フィンランドのサウナは飽くまで水との組み合わせです。海であれ、湖であれ、川であれ、サウナでガンガンに熱くなって出てきたら、ドボンと飛び込む自然の中の水が無ければ、サウナにならないのです。やってみると本当に気持ちが良くて、「中毒性」があるとすら思いました。やったのは夏場です。ちょっと意気地がなくて、私は冬に氷に穴を空けてのドボンはやりませんでした。実際、「体のためには無理は禁物だし、自分もやらない」と言ってくれるフィンランドの人も何人もいました。</p>
<p>何れにしても、サウナ無しでは夜も日も明けない、というのがフィンランドです。フィンランド人は、家を建てる時には、先ずサウナから作り始めると言われています。フィンランド軍も、精強で知られていますが、陣地を作るときには先ずサウナから作り始めるようです。実際に、それで常に体を清潔に保ち、前線でも病気の蔓延を防ぐ上で効果があるようで、フィンランド軍がかつてソ連軍と互角の戦いができたのもこのことが要因の一つであったという指摘もありました。フィンランド海軍の艦艇にも、砕氷船にも、サウナとドボン用のプールが完備されています。何度も視察して、目の当たりにする機会がありました。フィンランドの「サ道」&#8212;- 懐かしく思い出されます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>北極を巡る協力：「バレンツ地域」</strong></h3>
<p>さて、日本・フィンランド両国は修好100周年を経て友好協力関係を深めていますが、地政学的、地経済学的見地からフィンランドの特徴と強みを踏まえた場合に、今後とも両国間の提携・協力の柱として大きな可能性と潜在力を秘めていると思われる分野について、少し申し述べさせて頂きたいと思います。キーワードは「北極」です。</p>
<p>私としては、これこそが今後の協力強化の対象となる潜在性の高い分野ではないか、と注目しています。2016年に、当時のニーニスト大統領の日本公式訪問が行われました。その時の日本・フィンランド首脳会談の際に発出された共同声明があります。この声明は、「北極」を両国間協力の大きな柱として位置付け、日本とフィンランドがそれぞれ北極海航路の東と西の端に位置し、北極に関する先端技術を有している点を踏まえつつ、連携・協力を推進していくという決意を表明しています。フィンランドは、世界の砕氷船の６割を建造し、８割を設計していると言われています。そもそも我が国にとっては格好のパートナーであると申し上げて良いと思います。</p>
<p>「バレンツ地域」と呼ばれる地域があります。北極圏のフィンランド北部からバレンツ海に面するノルウェー北岸に至る地域です。その西と東のスウェーデンとロシアに亘る地域を含みます。この地域は、現在北極ビジネスの拠点として活況を呈しつつあります。その分野は多岐に亘ります。バレンツ海に眠る石油・ガスに水産資源、豊富な森林資源、埋蔵量の大きな鉱山、そして運輸・物流、更には観光と、枚挙に遑がありません。当時聞いた話では、私達の口にするノルウェー産サーモンの多くが、ノルウェー北岸からトラックでヘルシンキまで輸送され、そこからフィンエア・カーゴで日本まで空輸されているそうです。何かしら身近な地域という感じがします。ノルウエー北岸のハンメルフェストという町では、バレンツ海のガス田に隣接して巨大な液化天然ガス（LNG）プラントが操業しています。ここからLNGが日本の九州電力、更には東京電力向けに北極海航路を経て直接輸送された実績を誇っています。ここから少し東に進みますとロシアとの国境近くに天然の良港キルケネスがあり、北極海航路の西のターミナルを目指して開発・整備が行われています。</p>
<p>実は、2014年から2015年にかけて３回に亘り、在フィンランド日本大使館の主催で、日本の企業及び学界関係者向けの「北極圏実地踏査ミッション」なるツアーが実施されました。北極ビジネスへの参画や学術研究協力の促進を念頭に置きつつ、この地域の実情をより正確に把握することを目的としたものでした。ヘルシンキを起点に、大型バスでフィンランド北部からノルウェー北岸に広がる地域を縦横に走りまくり、現地の企業や各種施設の視察、関係者との面談を行うというもので、日本のビジネス、学界関係者が延べ数十人参加されました。私も全て同行しましたが、この地域の活力と潜在力に目を見張る思いであったのを思い出します。</p>
<p>「バレンツ地域」は、今後とも日本企業にとって新たなビジネス機会を齎し得るのではないかと思われます。また、この地域における様々なプロジェクトへの参画、そしてバレンツ地域への日本ビジネスのプレゼンスの強化は、北極海航路の東西のターミナル同士となり得る、我が国とフィンランドやノルウェーといった北欧との間のパートナーシップとして誠に相応しいものではないかと思います。勿論、北極への関与にあたっては沿岸国ロシアとの協力が重要であることは多言を要しませんし、北極海航路についても、現在ロシアによるウクライナ侵略のために、その利活用は現実的ではなくなっていますが、何事も永遠ということはありません。将来、改めて主要な航路として日の目をみることもあるのではないかと考えます。このような文脈において、将来に向けて北極を巡るフィンランドとの提携・協力を進めておくことは大きな意味を持つものと考えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>ロシアによるウクライナ侵略：「NATO加盟」</strong></h3>
<p>最後に、「ロシアによるウクライナ侵略とフィンランド」という視点から一言述べさせて頂きたいと思います。2022年2月24日、ロシアが隣国ウクライナに軍事侵攻しました。このロシアの行動は、如何なる国際法規をもってしても正当化されない、何らの大義も正統性もない、あからさまな侵略行為という以外の何物でもありませんでした。この日、1300km余りの陸上国境を挟んでロシアと接しているフィンランドの多くの人々は文字通り身震いし、そして、ウクライナの惨状を、80数年前の1939年末に、突如ソ連軍が国境線を越えて侵攻してきた、その後「冬戦争」と呼ばれることになる事態と重ね合わせて見たのではないか、と思うのです。ロシアがまた、隣国に対し自らの意思を通すために武力に訴えるという挙に出ることもあるかもしれないと薄々予想しつつも決して見たくないと思っていた事態が現実のものとなってしまった訳です。フィンランドの人々にとってはそれほど衝撃的な出来事であったのではないかと思われるのです。</p>
<p>フィンランドは、独立後の100年余りの間に自国の安全と生存に多大の影響を及ぼしかねない国際環境の大変動に何度か見舞われてきましたが、衝撃度という意味において2022年の出来事は最大の部類に入るのではないかと思います。これまでフィンランドは、巧みな外交と精強な国防体制、そして迅速な対応で、その都度、独立と国家体制を守り抜いてきました。今回、新たな危機的状況に直面して、フィンランドの動きはこれまでと同様に、或いはそれ以上に素早いものでした。これまで維持してきた軍事的非同盟政策を長い歴史の中では瞬時に変更し、遂にNATO加盟へと舵を切ったのです。しかし、同時に、それは言わば「熟柿が落ちる」ようになされた政策決定であり、ロシアのウクライナ軍事侵攻は、そのことを促す「最後のひと突き」であったとも思われるのです。</p>
<p>実は、ロシアのウクライナ「侵攻」は2014年に開始されています。ロシアはその年ウクライナのクリミアを「併合」しました。フィンランドは、これを国際法に真正面から違反する行為として強く非難し、EUの対露制裁措置に全面的に加わってきました。冷戦期にはソ連を過度に刺激しかねないと考えられる言動を慎重に避け抑制的に対応していたフィンランドは、そこにはもうありませんでした。クリミア「併合」後は、既に緊密であったNATOとの協力関係を一層強化することに努めてきていたのです。フィンランドは長年に亘り、ロシアとの間で、時に「NATOに入るような」、時に「入らないような」姿勢を見せつつ、この「NATO加盟カード」を巧みに使っていました。NATOとの緊密な協力関係は、既に「加盟」寸前の「紙一重」のところまで深まってきていた感がありましたが、それでもフィンランドは、「クリミア後」においても「加盟の選択肢」を温存し、フィンランドなりにロシアとの対話を継続し、平和的な軟着陸を目指した感があります。</p>
<p>そのようなフィンランドにとって、2022年２月24日の出来事は全てを根本的に変えるものであったと考えられます。これ以上はない程のあからさまな国際法違反の武力行使を伴う隣国への侵略。フィンランドは最も強い言葉でロシアの行動を非難し、ウクライナへの確固たる支持と支援を表明しました。EU加盟国としてのものを含め即座に強い対露制裁を実施しました。2010年以来ヘルシンキとサンクトペテルブルグを3時間半で結び両国間の人の往来に大きな役割を果たしてきた高速鉄道アレグロ号の運行も停止させました。長きに亘り政治的・軍事的紛争の枠外に置かれるべしとの精神で進められてきた北極地域の環境保護と持続的発展のための協力である「北極評議会」や「バレンツ・ユーロ北極評議会」といった国際機関があります。これら国際機関の活動についても、フィンランドは他の北極圏関係国とともに、ロシアと関係するものについて停止させる措置を講じることになりました。そして、昨年秋には、現状に鑑み、本年末をもって、この「バレンツ・ユーロ北極評議会」から離脱し、当面スウェーデンとノルウェーとの協力を進めるとの意向を表明しました。</p>
<p>いずれにせよ、3年前のウクライナ侵略が起きて直ぐに、フィンランドは再び電光石火の素早さで動きました。遂に、「紙一重」で残していた「加盟カード」を切り、NATO加盟申請に踏み切ったのです。正に「フィンランドならでは」と思わせる動きでした。この間、フィンランド世論は圧倒的に加盟支持に傾いていました。2022年5月12日、フィンランドはスェーデンと共にNATO加盟の方針を表明したのです。そして、翌2023年4月4日、加盟が実現しました。異例の速さでした。ロシアのウクライナ軍事侵攻は、正に「熟柿が落ちるための強烈なひと突き」であったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今振り返ってみますと、戦後、日本は日米同盟を基軸として平和と繁栄を確保してきました。フィンランドは、冷戦中は中立政策を基本として長く厳しい時代を生き抜き、今日の豊かで進取の気風に満ちた国となりました。日本とフィンランドは、スタイルと手法、そして辿るべき道筋を異にしてきたとはいえ、ソ連・ロシアの東と西の隣国として、自由と民主主義、人権、国際法の遵守といった基本的価値を共有し、相互に一目置く間柄であった、と改めて思われる次第です。</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/ほとんど『隣の国」フィンランドあれこれ東京六稜会用資料）　2025.11.19.pdf" target="_blank">ほとんど『隣の国」フィンランドあれこれ(東京六稜会用資料）　2025.11.19</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀨始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-01.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7226" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-01-150x150.jpeg" alt="251119-01" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-02.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7227" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-02-150x150.jpeg" alt="251119-02" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-03.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7228" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-03-150x150.jpeg" alt="251119-03" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-04.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7229" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-04-150x150.jpeg" alt="251119-04" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-05.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7230" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-05-150x150.jpeg" alt="251119-05" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-06.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7231" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-06-150x150.jpeg" alt="251119-06" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-09.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7232" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-09-150x150.jpeg" alt="251119-09" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7233" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-10-150x150.jpeg" alt="251119-10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7234" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-11-150x150.jpeg" alt="251119-11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7235" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-12-150x150.jpeg" alt="251119-12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7236" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-16-150x150.jpeg" alt="251119-16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-07.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7237" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251119-07-150x150.jpeg" alt="251119-07" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【274回】10月『博物館の世界的動向～国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後～』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7177</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7177#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Nov 2025 07:33:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7177</guid>
		<description><![CDATA[ 嶋 和彦さん＠86期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年10月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>43名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 嶋 和彦さん＠86期</h4>
<p>大阪芸術大学非常勤講師（音楽学部・情報楽器学）、<br />
静岡大学非常勤講師（情報学部・博物館教育論）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1955年大阪府豊中市生まれ。庄内西小学校、第七中学校、京都大学教育学部卒業。リコーダーと民族音楽を大阪音楽大学西岡信雄教授に学ぶ。第七中学校英語科教員を務める傍ら、日本での草分け的リコーダー・アンサンブル〈大阪リコーダー・コンソート〉に所属し、多彩な演奏活動や講習会講師を続ける。アンサンブルとして大阪文化祭賞他を受賞し、ロンドン等で海外公演もした。また日本初の小中学生による大編成リコーダー・コンソート〈豊中市少年合奏団〉の指導と指揮を務めた。1990から3年間、インドネシア・ジャカルタ日本人学校勤務。94年教職を辞し浜松市楽器博物館開設準備に関わり、95年より学芸員、2004年より19年まで館長を務めた。その間、館企画CDに対して文化庁芸術祭大賞、館活動全体に対して小泉文夫音楽賞を受賞。在職中より、国立音楽大学で楽器の科学、静岡大学で博物館教育論、大阪芸術大学で情報楽器学の授業を担当。ICOM世界大会京都2019では運営委員の一人として準備に携わり、楽器博物館国際委員会の日本側コーディネーターを務めた。現在も大学での授業の他、中山間部にある浜松市立の小規模小中一貫校で発達支援教室支援員を務めている。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『博物館の世界的動向～国際博物館会議ICOM2019京都大会以前以後～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>資料（モノ）の収集保存、調査研究、展示公開、教育普及が博物館の古典的使命である。しかし、近年、地球規模の自然並びに社会問題の解決に、博物館はもっと関与すべきとの考えが欧米の博物館界で大きくなった。博物館とは何かが問い直され、国際博物館会議2019京都大会での白熱の議論を経て、2022年プラハ大会にて、博物館の新定義が採択された。そこには先の使命に加えて社会的包摂、多様性、持続可能性、倫理、コミュニケ―ション、コミュニティ、省察、知識共有、経験といった使命が盛り込まれた。モノだけでなく、そのような多様な事柄（コト）への博物館の関与が明確化されたのである。京都大会前後の、この一連の動きを振り返ってみたい。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>現在、東京都美術館でゴッホ展が開催されている。多くの人がゴッホの作品を鑑賞するために出かけるが、東京都美術館そのものに関心を持って鑑賞している人は殆どいない。一般に、博物館・美術館とはそういう存在だ。本日は、博物館や美術館はいったいどういうコンセプトで成り立っているのか、どのようなバックグラウンドがあるのかをお話ししたい。博物館の古典的使命は資料（モノ）の収集保存・調査研究・展示公開・教育普及することだが、近年の地球規模の自然ならびに社会問題を解決するのに、博物館はもっと関与すべき、という考え方が、ヨーロッパの博物館界から内発的に起こっている。19世紀のヨーロッパにおいて、支配していた植民地から、珍しい物・見たことも聞いたこともないようなものを、入手・略奪し自国で展示するために設立されたのが博物館の始まりのひとつである。かつて植民地だった国々が、独立し文化的に発展するに従って、搾取し奪ってきた資料（モノ）を元の国に返還する運動が、ヨーロッパで盛んに行なわれるようになり、同時に、珍しさだけにとらわれない、その国の本当の文化を紹介するのにふさわしい展示方法が重要視されるようになった。大阪の<a href="https://www.minpaku.ac.jp/" target="_blank">国立民族学博物館</a>を例にすると、開館当時のアフリカエリアでは、模様が描かれたひょうたんの器をたくさん壁面いっぱいに展示していて大変な迫力だったが、随分と前に、ひょうたんの壁面展示はなくなり、一見地味な展示に変更されていた。理由を尋ねると、アフリカの文化を紹介するにあたり、最初は展示する側の視点（模様のあるひょうたんの器は珍しいアート作品）で展示をしていたが、後にアフリカに暮らしている人の視点（模様のあるひょうたんの器は普通の日用品）を尊重した展示に変更したのだそうだ。このように、今では、珍しさだけを売りにするような展示方法を見直す風潮がある。博物館の国際的な組織である国際博物館会議「ICOM（イコム）」の世界大会は3年に1度開催されている。2019年京都大会では、これまでの古典的な博物館をどのように変えていくべきかが議論され、2022年プラハ大会で博物館の新定義が採択された。そこには、先の使命に加えて、社会的包摂・多様性・持続可能性・倫理・コミュニケーション（対話）・コミュニティ・省察（未来の視点を持って自分で考える）・知識と経験の共有などのキーワードが盛り込まれ、現在の博物館の運営に大きな影響を及ぼしている。</p>
<h3>1.博物館最前線</h3>
<p>・<a href="https://tobira-project.info/" target="_blank">東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」</a></p>
<p>・<a href="https://ncar.artmuseums.go.jp/reports/learning/post2024-910.html#:~:text=%E3%80%8C%E6%84%9F%E8%A6%9A%E3%82%92%E3%81%B2%E3%82%89%E3%81%8F%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%80%81%E3%80%8C%E3%81%BF%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E3%81%A7%E3%81%AE%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%82%92%E5%95%8F%E3%81%84%E7%9B%B4%E3%81%97%E3%80%81%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AE%E6%9C%89%E7%84%A1%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%A6%E3%80%81%E8%AA%B0%E3%82%82%E3%81%8C%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E3%82%92%E8%A8%AA%E3%82%8C%E3%80%81%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82,%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%89%8D%E8%BA%AB%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AE%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AB%E3%80%81%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%81%AE%E5%B8%82%E6%B0%91%E5%9B%A3%E4%BD%93%E3%80%8C%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%80%8D%EF%BC%88%E4%BB%A5%E4%B8%8B%E3%80%8C%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%81%A8%E7%95%A5%E8%A8%98%EF%BC%89%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82" target="_blank">京都国立近代美術館｜「感覚をひらく」鑑賞プログラムができるまで</a></p>
<p>・<a href="https://www.kyusan-u.ac.jp/ksumuseum/app/wp-content/uploads/2022/12/34f2401a294c3f51479b04dbeb4f9b25.pdf" target="_blank">九州産業大学2023国際シンポジウム 博物館と医療・福祉の連携</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2.博物館とは？</h3>
<p>・日本では、博物館は博物館法（資料2）で定義されている。この法律が最初に制定されたのが昭和26年（1951年）で、当時は、社会貢献や社会福祉の概念は盛り込まれなかった。</p>
<p>・一方、西洋では博物館はICOM憲章で定義されている。ICOM世界大会は3年ごとに開催され、博物館の定義が議論・更新されている。</p>
<p>・西洋では博物館（ミュージアム）は文化施設と考えられている。しかし、日本の博物館法（1951年）は、教育基本法（1947年制定）と社会教育法（1949年）を元に制定されたため、日本の法律上、博物館は教育施設であって文化施設ではないと考えられている。</p>
<p>・2022年日本の博物館法は改正されたが、定義は旧法と変わらず、同年開催されたICOMプラハ大会の新定義の内容は盛り込まれなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3.国際博物館会議（ICOM）とユネスコ（UNESCO」</h3>
<p>ICOMの博物館定義が大きく変わった背景には、ユネスコの勧告2015がある（資料3・4）。</p>
<p>・ミュージアムの定義と多様性について</p>
<p>・経済及びクオリティライフ・オブ・ライフとミュージアムの関係について</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4.博物館新定義とICOM京都大会（資料1・5・6）</h3>
<p>・2019年の京都大会総会では世界中の博物館関係者が集まって、博物館の新定義を議論した。</p>
<p>・世界120カ国・地域からの参加者4590人は過去最高の参加者だった。</p>
<p>・京都大会のテーマは「文化をつなぐミュージアム～伝統を未来へ」</p>
<p>・京都大会で提示された新定義案には「民主化」「平等な権利」などの文言が含まれていたが、民主化されていない国や平等な権利が保証されていない国の博物館活動を破壊しないよう再考すべく、翌年6月のパリ総会まで採択可否の投票を延期する、と議決された。</p>
<p>・ところが2020年6月パリでのICOM総会はコロナ禍で開催されず、検討は継続。</p>
<p>・2020年～2022年まで世界の会員が語句の選定から議論に参加、数回にわたる提議案が次第に絞り込まれた。</p>
<p>・2022年ICOMプラハ大会で博物館の新定義が採決された。</p>
<p>・京都大会総会では、4時間以上をかけて新定義再考の民主的かつ友好的な議論や対話が行なわれた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5.博物館のこれから</h3>
<p>・テンプル型（至宝参拝型）からフォーラム型（未知なるものに出会い、議論が始まる）へ。</p>
<p>・ミュージアムの機能の変化と拡張を博物館世代論に基づいて解説すると、19世紀の終わりにヨーロッパで誕生した博物館を第1世代とするなら、現代の博物館は第3.5世代に相当し、これからの博物館は第4世代へと向かって発展してゆく。</p>
<p>・第1世代（保存志向：収集と保存）第2世代（公開志向：展示と啓蒙）第3世代（参加志向：プログラムと体験）第3.5世代（当事者志向：プロジェクトとオーナーシップ）第4世代（社会関係性志向：多様性とウェルビーイング）</p>
<p>・これから皆さんが博物館へ出かけるときには、名作・名品を鑑賞するだけではなく、本日お話しした博物館のバックグラウンドを思い出していただいて、皆さん自身が博物館の運営そのものに関わっていただきたい。そうすることで、博物館はよりよい社会の発展に貢献出来るだろう。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">後藤 浩一さん（86期）</span></h4>
<p>Q:今のお話しで博物館法を初めて知りました。博物館を開設するのに政府の認可が必要なのでしょうか？例えば私が自宅を開放して、某かの十三の歴史的なコレクションを展示して「十三歴史博物館」と名乗ることは出来ますか？</p>
<p>A:はい、オーケーです。政府（実際には都道府県教育委員会）から認可されていなくても博物館と名乗って罰されることはありません。</p>
<p>博物館法に従って、決められた条件を満たせば政府の認可が得られます。これを登録博物館と言い、国から様々な優遇措置が受けられます。日本には博物館と名乗る施設が約5700館ありますが、そのうち登録博物館は1000館ほどです。それ以外は、博物館相当施設または博物館類似施設という位置づけです。また博物館法では国立（独立行政法人）施設は除外されますので、国立○○博物館はすべて博物館法での博物館ではありません。博物館類似施設です。吹田の国立民族学博物館の正式名称は「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立民族学博物館」です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>新貝 康司さん（86期）</strong></span></p>
<p>Q:博物館世代論について。私にとって博物館とは第2世代博物館であって、第3第4世代博物館には余り馴染みがありません。なぜ第3第4世代博物館が必要なのでしょうか？</p>
<p>A:博物館は、いかに有名で良い資料（作品）を所蔵するか、人気のある展覧会を開催するかで評価されます。それらを実現するには大きな資金が必要で、そこには持つモノと持たざるモノの格差が生まれます。大きな博物館も小さな博物館も、存在価値が高まるためには、社会福祉や社会貢献が大切になってきます。フォーラム型博物館はその実現へのひとつの方法で、実践され始めています。</p>
<p>余談ですが、西洋でミュージアムと呼ばれる施設は、日本では博物館と美術館に分かれていることでイメージの格差が生まれています。例えばゴッホの絵画が博物館入りするなら「資料」と呼ばれ、美術館入りするなら「作品」と呼ばれます。不思議なことに、同じ絵画でも美術館に収蔵される方が、その絵画の価値や評価が格段に上がります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:博物館より博物館類似施設のほうが数倍多いことに驚きました。沢山の類似施設が法律に縛られることなく自由な活動をすることで、博物館の活動に良い影響を与えるのではないでしょうか？</p>
<p>A:それはその通りで、博物館類似施設では法律に縛られない、様々な文化活動が奨励されるべきだと思います。しかし、法律に縛られないということは、施設側が嘘八百を並べても誰も規制できないことになり、これは訪問する側が警戒しなくてはなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>金山 英明さん（84期）</strong></span></p>
<p>Q:数年前に<a href="https://www.gakkihaku.jp/" target="_blank">浜松市楽器博物館</a>に立ち寄らせていただいて、その素晴らしさに大変感銘を受けました。あの博物館は、楽器メーカー（YAMAHAなど）が中心となって作った博物館なのですか？</p>
<p>A:浜松市楽器博物館は公立（浜松市立）の施設です。市内にはヤマハ、カワイをはじめ、多くの楽器メーカーがありますが、どれも楽器博物館の設立や運営にはかかわっていません。ちなみに、ヤマハには自社の楽器や音楽関連技術を展示している企業ミュージアム「<a href="https://www.yamaha.com/ja/about/experience/innovation-road/" target="_blank">イノベーションロード</a>」が本社敷地内にあり一般公開（予約制）しています。</p>
<p>参考HP）<a href="https://hamamatsu-mononavi.jp/column/53/" target="_blank">楽器の街、音楽の都としての浜松－楽器博物館館長　嶋さん－</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q:デジタルミュージアムは実現できるのですか？</p>
<p>A:実現はできるでしょうし、すでに展示の一部をヴァーチャル・リアリティや映像などデジタルのみにしている館もあります。ただ、法律などで、そのようなデジタル展示だけの博物館を博物館とみなすかどうかは別問題です。デジタル作品とデジタル博物館の違いをきちんと区別しないといけないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>石川 真一さん（109期）</strong></span></p>
<p>Q:ICOM定義案を読みますと、2007年と2016年時点では「楽しみ」という文言が書かれていました。ところが2019年では削除され、2020年時点では復活しています。これはなぜでしょうか？</p>
<p>A:日本語では「楽しみ」ですが英語では「  enjoyment」が使われています。過去の定義には、1961年以降の定義にこの語が使われています。最新の2022年定義にも使われています。過去の経緯は私にはわかりませんが、2022年定義は、京都大会以後3年間にわたって、世界中のICOM会員の意見を何度もきいて、どのような単語を入れるべきか、というアンケートを何度も行って、最終的に事務局がまとめたものです。2007年定義に使われていたenjoymentは2022年定義にも使われました。博物館関係者の総意だと思います。ただし、日本語の「楽しみ」が訳語として適切かどうかは検討が必要です。22年定義の正しい日本語訳では「愉しみ」になっています。enjoy は動詞ですから人が自ら能動的に楽しむことで、その名詞形がenjoymentです。「楽しみ」だと受け身も含まれますし、娯楽とも理解されかねないので、「愉しみ」としたのは理にかなっていると思います。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料1　イコム定義.pdf" target="_blank">資料1　イコム定義</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料２　博物館法　社教法　教基法　文化芸術基本法.pdf" target="_blank">資料２　博物館法　社教法　教基法　文化芸術基本法</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料３　20151960ユネスコ勧告　日本語.pdf" target="_blank">資料３　2015,1960ユネスコ勧告　日本語</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料４　ユネスコ勧告2015　英文.pdf" target="_blank">資料４　ユネスコ勧告2015　英文</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料5　-ICOM国際員会　リスト　.pdf" target="_blank">資料5　 ICOM国際員会　リスト　</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/資料６　ICOM博物館定義の再考.pdf" target="_blank">資料６　ICOM博物館定義の再考</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/新配布用　六稜倶楽部251015.pdf" target="_blank">新配布用　六稜倶楽部251015</a></p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/東京六稜倶楽部講演2025.10（発表PP）.pdf" target="_blank">東京六稜倶楽部講演2025.10（発表PP）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-1-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7199" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-1-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 1 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-22-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7198" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-22-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 22 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-18-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7197" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-18-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 18 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-16-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7196" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-16-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 16 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-14-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7195" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-14-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 14 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-11-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7194" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-11-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 11 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-10-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7193" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-10-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 10 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-9-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7192" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-9-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 9 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-7-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7191" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-7-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 7 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-6-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7190" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-6-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 6 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-5-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7189" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-5-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 5 ・・23" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-3-・・23.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7188" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/251015-3-・・23-150x150.jpeg" alt="251015 - 3 ・・23" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7177</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【Zoom特別講演】10月『「元気なび」万博2025　参加への挑戦と成果』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 22:29:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7160</guid>
		<description><![CDATA[成本 洋子さん＠79期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年10月18日（土）14時00分～15時30分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>Zoomによるインターネット開催</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>26名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 成本 洋子さん＠79期</h4>
<p>（うず福工房代表）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1949年　大阪生まれ、</p>
<p>1967年　北野高校卒業、</p>
<p>1971年　大阪大学文学部教育心理学科卒業、</p>
<p>1997年　雑貨セレクトショップ開業</p>
<p>2023年　うず福工房オープン：<a href="http://www.福工房.com" target="_blank">www.福工房.com</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『「元気なび」万博2025　参加への挑戦と成果』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>今回の万博のテーマは「いのち」です。2年前に万博に参加したいと決めて、準備しつつ、周りの人たちに話すと、その反応は第１位　万博あるの？できるの？第2位　お金かかるの？そんな余裕ない。第3位　すごい！応援してる、がんばって！</p>
<p>ともあれ、無事フューチャーライフビレッジTEAM EXPO部門に、「元気なび」のテーマで参加しました。車にはカーナビがあるように、元気にもナビがほしい。カーナビには正確な地図が必要です。では、「元気なび」の地図はなんでしょう？そんなところから、お話させていただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>私が今回の万博に参加したいと思ったのは、2023年10月に、東京六稜倶楽部の講演会で尾崎裕さん（80期）の講演をお聞きしたのがきっかけでした。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6135" target="_blank">東京六稜倶楽部 | 【250回】「万博で変わる未来社会－2025年大阪・関西万博の今」 </a>&nbsp;</p>
<p>万博は、国威発揚から、課題解決へ・・・とか、万博はお祭り、楽しくなければ・・・とか、テーマは「いのち」というようなことが、印象に残りました。その後、万博について調べてみると、個人参加も可能なことがわかり、じゃ参加しようと、軽いノリで決心しました。</p>
<p>ところが、応募してからが大変でした。たった一日の講演と展示でしたが、5段階くらいの審査があったのです。書類審査、3分プレゼン審査、使用素材のSDGs審査、英語表記必須　等々、とても細かくて厳しかったです。</p>
<p>私は、北野卒業後、大阪大学文学部に入学し、教育心理学を専攻しました。学園闘争のまっただ中で、学部での授業はロックアウトでほとんどなし、レポートと卒論を書いただけで卒業してしまいました。その後結婚、3人の子育てに奮闘しました。ビジネス界での経験はほぼゼロ、というわけで、東京六稜会の方々にはいろいろ相談に乗っていただき、そのつど助けていただいたおかげで、厳しい審査を無事クリア出来たと思います。すごく感謝しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここ数年にわたり、生物や化学部門では複数の日本人がノーベル賞を受賞しています。いのちをテーマのライフサイエンスの世界は、地道な研究と、顕微鏡やコンピューターの発達に支えられて、近年素晴らしい成果を上げています。でも、論文や専門書は、大多数の人には難しすぎます。そこで、これらの研究成果を、どうしたらもっとわかりやすく伝えることができるか、役立ててもらえるかを工夫する活動を始めました。</p>
<p>まず、その第一歩が「元気になる絵本」の出版でした。「元気になる絵本」は2023年に自費出版し、セレクトショップ開業25周年を記念して、お世話になった方達にお配りしました。</p>
<p>第二歩が今回の万博への参加です。絵本が完成した頃に、ちょうど尾崎さんの講演をお聞きしたことで万博に関心を持ち、実際に参加するまで2年かけて準備しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>参加したフューチャーライフビレッジは、万博会場の東ゲートからは一番遠い場所にあって、ワイヤーのなかに石ころがつまった壁でテントのような建物でした。石ころは、カキやホタテの貝殻と建築廃材を混ぜ合わせて作ったものです。展示ブースでは、電子紙芝居をながし、希望者には「元気なびクイズ」に挑戦していただきました。講演会場では30分間のステージプレゼンテーションを行ないました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>プレゼンテーション動画1：<a href="https://www.youtube.com/watch?v=T1OlIFTDdQ8" target="_blank">万博2025 TEAM EXPO 元気なび</a></p>
<p>プレゼンテーション動画2：<a href="https://www.youtube.com/watch?v=qaqBKm2LnzM" target="_blank">万博2025 TEAM EXPO 元気なびクイズ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>開催が危ぶまれた関西万博ですが、いざ蓋を開けてみると、158カ国の国と地域、そして9つの国際機関が参加した過去最大規模の国際博覧会となりました。</p>
<p>現代は、画面やバーチャルで様々な体験ができ、知識も得ることができます。それでも、実体験や臨場感というのは、全くインパクトがちがいます。参加して本当に良かったと思っています。</p>
<p>いろんな課題をクリアしていく段階で、自分自身が鍛えられ、すごく成長することができました。また、つどつど、多くの方々にご支援、ご協力をいただきました。この繋がりや経験は万博だったから実現できたかな、と感じています。そして私にとって、宝石のようにキラキラ輝く思い出となりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これからは、私のライフワークとして、いのちに関することを学びながら、「元気なびシリーズ」として分かり易く発信していく予定です。</p>
<p>最後になりますが、生命活動の土台を支える、ミトコンドリアのビデオをつくりました。2分半ほどのビデオです。どうぞご覧ください。</p>
<p><a href="https://youtu.be/ZRYe93NdpkQ" target="_blank">元気なびシリーズ「ミトコンドリア物語」</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">広本 治さん（88期）</span></h4>
<p>Q:私は今回の関西万博へは何度も足を運び、沢山のパビリオンを訪れ、フューチャーライフビレッジへも行きました。成本さんが気になった展示があれば教えて下さい。</p>
<p>A:私は万博会場へ3回行きましたが、3回とも手続きや準備に時間をとられて、他のパビリオンを見学する時間の余裕は殆どなかったです。それでもPASONA NATUREVERSE館のiPS心臓の実物だけは見たかったのですが、抽選に外れてしまいました。人気の高かったフランス館やイタリア館など、他の展示は一緒に行った18人の仲間達の写真をみせてもらいました。フューチャーライフビレッジ内ではJAXAの隕石の展示が興味深かったです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:TEDのようなプレゼンの指導や資料作成要項みたいなのはありましたか？</p>
<p>A:プレゼン例の紹介ビデオが用意されていて、参考にしました。万博出展の募集要項には個人参加可能、と書いてあったので大丈夫だと思って参加したのですが、実際に審査会場へ行って他の出展希望者をみると、私が最高齢で、しかも私以外の個人参加はほぼほぼなかったと思います。紹介ビデオに従って作業するにしても、IT系企業に勤めているような若い方なら当たり前のようにできるようなことでも、私にはとても同じようにはできませんでした。それでも、運営側の皆さんは、いやな顔もせず、丁寧に親切にいろいろ教えて下さって、私も何とかやり通しました。万博出展を決意してから2年間、しごかれましたし、かなり頑張りました。貴重な体験でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>雫石 潔さん（75期）</strong></span></p>
<p>Q:成本さんのプレゼンテーションで、外国の方からの感想について印象に残ることはありましたか？</p>
<p>A:ステージプレゼンテーションでは外国の方はおられなかったように思いますが、展示ブースでは英語バージョンのクイズも用意していましたので、海外の方もたくさん立ち寄ってクイズに参加していただきました。クイズに全問正解した方には「元気なび」オリジナルの缶バッチをお渡したのですが、200個用意した缶バッチは、全然足りませんでした。たった1日の展示でしたが、かなりの数の人たちが参加して下さったのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋本 操さん（73期）</strong></span></p>
<p>Q:とても暑い日でしたが、万博関係者の身分証でお手伝いができて、貴重な体験をありがとうございました。展示ブースでは4班に分かれてシフトを組みましたので、お手伝いした私たちも、空き時間がしっかりとれて万博を楽しむ事が出来ました。</p>
<p>A:展示ブースでは、行列も出来ていましたし、担当された皆さんそれぞれの個性でクイズを進めて下さっていて良かったと思います。当日は79期の大阪の同窓生も数人駆けつけてくれましたので「元気なびうちわ」を手に会場を巡ってもらいました。良い宣伝になったと思います。</p>
<p>7月1日は10万人ぐらいの入場者だったと思います。ビレッジは会場の端っこに位置していましたが、統計的には入場者の約1割が訪れる場所らしいので、当日は、通り抜けるだけでも1万人くらいの人が居たわけです。かなりの人数でしたね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>坂田 東一さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:成本さんの勇気ある行動に大変感服しました。沢山の人が成本さんに協力を申し出たのは、成本さんのご人徳だと思います。今日拝見した「元気なび」ですが、学術的に難しい内容を大変分かりやすく柔らかく表現されていて、とても良い資料だと思いました。YouTubeで公開されているそうですか、他にもっと広まるような活動をされていますか？</p>
<p>A:「元気になる絵本」を出版したとき、千葉大の脳外科の先生など各方面からは絶賛されたのですが、私個人の力で世の中に広めることには限界がありました。図書館に寄贈しようとしましたが、図書館の蔵書となるかどうかは、図書館の審議会を通過しなくてはならず、絵本の中身を確認する前に、門前払いのような扱いを受けました。それで、読み聞かせ活動をしている方にお渡ししたり、学校の保健室に置いてもらうような活動しか出来ませんでした。私にとって万博は、私の作った「元気なび」を世の中に広める大きなチャンスでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:使用されている英語がたいへん美しいですね。</p>
<p>A:高齢の方からは、使用している英語が難しいと言われてしまいましたが、小学校高学年のお孫さんを持つ方からは、好評を頂いています。英語パートは、翻訳機は使用せず、私が作成した英語の文章を元に、米国の知人女性や長年外資系企業に勤めている甥の手を借りて完成させました。「元気なび（英語）」の音源はその女性の録音データを使用しましたが、他の音源は私の声を元に生成AIで作成しました。</p>
<p><a href="https://youtu.be/cCjFEcP2Tj0">万博2025 TEAM EXPO 元気なび（英語）</a></p>
<p><a href="https://youtu.be/6J-p4JPq3fw">万博2025 TEAM EXPO 元気なびクイズ（英語）</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/万博2025　元気なび講演.pdf" target="_blank">万博2025　元気なび講演</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/元気なび万博記録2025.7.1.pdf" target="_blank">元気なび万博記録2025.7.1</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-2.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7163" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-2-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (2)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-7-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7164" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-7-1-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (7) (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-27.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7166" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-27-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (27)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-28.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7167" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-28-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (28)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-29.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7168" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-29-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (29)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-30.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7169" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/スクリーンショット-30-150x150.jpg" alt="スクリーンショット (30)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8450-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7171" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/11/IMG_8450-1-150x150.jpg" alt="IMG_8450 (1)" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【273回】9月『北野出身、スタートアップでなんでも屋‐‐アメリカ発抹茶スタートアップで抹茶を世界へ』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 01 Oct 2025 06:30:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7088</guid>
		<description><![CDATA[塚田 志乃さん（旧姓寺内さん）＠106期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年9月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>36名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 塚田 志乃さん（旧姓寺内さん）＠106期</h4>
<p>（World Matcha Inc. COS）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>神戸女学院大学卒業後、サントリー株式会社に入社。夫の転勤を機に退職し、日本とアメリカを行き来する専業主婦に。現在はアメリカ発の抹茶スタートアップ「CUZEN MATCHA」のCOS（Chief of Staff）としてブランディング、PR、採用、組織づくりまで幅広く担う“なんでも屋”。三児の母。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『北野出身、スタートアップでなんでも屋‐‐アメリカ発抹茶スタートアップで抹茶を世界へ』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>北野高校時代、周りには才能あふれる人がたくさんいました。勉強もスポーツもできる人たちの中で、私は「明るく、健康で、誰とでも仲良くできる」だけが取り柄の普通の生徒。なんでも、そつなく、ほどほどに。そんな私が今、アメリカ発の抹茶スタートアップで「なんでも屋」として日々奮闘しています。完璧よりもスピード、緻密な計画よりも走りながら整えることが求められるスタートアップの現場で、尖っていないからこそ発揮できる“そつなさ”や気配り力が、思いがけず武器になりました。普通だった私が、なぜ挑戦できているのか。そんなお話を、北野時代の自分へのエールを込めてお届けします。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>*紹介者は西田智子さん（106期）高校時代は塚田さんのことを知らなかったが、本年6月の東京六稜会総会の幹事会で昨年暮れに初めてお話した。塚田さんには会場の下見や備品の準備等、きめ細やかな仕事をしていただいた。会の当日は司会の大役をつとめられ、すばらしい進行で大変盛り上がった。その際の打合せで、塚田さんの事務所でCUZEN MATCHAを飲ませていただいた。マシーンで挽きたての抹茶があまりにおいしく、何杯も飲ませてもらった。本日は講演後にCUZEN MATCHAの試飲もあるとのことで、お楽しみいただければと思う。</p>
<h3><strong>１．北野高校時代</strong></h3>
<p>高校時代は水泳部に所属。箕面六中から北野高校に入ったが、まわりは秀でた才能を持つ尖った人が多かった。そういう人をすごい、うらやましいと思いながらも、自分をダメと思うことなく仲良く過ごすことが出来た。現在、尖った人が多いスタートアップ企業で楽しく仕事が出来ているのも、北野時代の延長ではないかと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong><br />
２．CUZEN MACHA(空禅抹茶)</strong><strong>とは</strong></h3>
<p><strong>１）CUZEN MATCHA事業</strong></p>
<p>米国でスタートした米国に本社を置く「World Matcha Inc.」と「World Matcha株式会社」という日本の会社で事業を展開している。創設者（塚田英次郎氏）はサントリーでペットボトルのお茶の商品開発に従事してきたが、ペットボトルのお茶では、かなえられるお茶のおいしさに限界があるとして、本来のお茶のおいしさを追求すべく2019年に会社を創設。投資家から資金を調達し、プロダクトの開発や事業を展開している。シリーズAとしてUS$7.5Mを資金調達済で、シリーズBの調達を本年予定している。20年に米国で販売開始、21年に日本での販売を開始。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）CUZEN　MATCHA商品</strong></p>
<p>抹茶マシーン（コーヒーのエスプレッソマシーンのようなもの）とオーガニックの茶葉を扱う。お茶は粉ではなく、碾茶といわれるひく前の茶葉（Matcha Leaf）。マシーンに臼を内蔵し、茶葉を挽いて抹茶を作る。飲む前に茶葉を挽くことにより、簡単においしく健康的な抹茶を提供している。メイン市場は米国で、23カ国に輸出している。色々なメディアに取り上げられ、賞もいただいている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）CUZEN MATCHAのポジショニング</strong></p>
<p>日本の伝統的な感覚では、抹茶は茶室でお茶をたていただく茶道や禅に代表される「非日常」のイメージ。一方、若い世代では、スイーツに抹茶を加えた抹茶アイスや抹茶ラテ等のファン（楽しみ）やエンターテイメントとして人気を得ている。CUZEN MATCHAは、マシーンと茶葉で簡単に抹茶を作れることより、抹茶の世界を非日常から日常へ、また、エンターテイメントに健康効果（Wellness）を付加することを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．日本のお茶生産地が直面する課題とOUR MISSION</strong></h3>
<p><strong>１）課題</strong></p>
<p>日本国内で生産者の高齢化や耕作放棄茶園の増加が叫ばれているが、根本的な原因は高品質茶葉の需要がなくなったことと考えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）お茶の飲み方の変化</strong></p>
<p>高品質茶葉の需要がなくなった原因は、お茶の飲み方の変化にあるのではないか。過去、急須でお茶を飲んでいたのが、近年はペットボトルでお茶を飲む比率が大幅に増えた。ペットボトルは外でお茶を飲むのに便利だったが、最近は家でもペットボトルのお茶が普通になっている。高品質の茶葉からペットボトル用の一般的な茶葉に需要が移っており、高品質茶葉の需要が減少している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）荒茶価格（＝生産者の収入）の変化</strong></p>
<p>ペットボトルのお茶は、生産技術の向上もあり安い茶葉で十分おいしいお茶を作ることができ、一番茶は必要ない。一番茶の需要は減少し価格下落が止まらず、生産者が一生懸命お茶を作っても適正な価格がつかず、次世代に事業を引き継ぐことが出来ない。これが、高齢化、耕作放棄茶園の増加や終農につながっていると考える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）OUR　MISSHION</strong></p>
<p>高品質のお茶の需要（市場）を作らないと生産者から適正価格で茶葉を買い取ることが出来なくなり、日本から高品質のお茶が消えてしまう。CUZEN MATCHAはこの課題に真剣に取り組み、「世界で品質の高い抹茶の需要を作る」ことをミッションとしている。日本の高級茶葉を世界に届け抹茶の世界需要を拡大することを目指す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．WHY MATCHA?（なぜ、抹茶というニッチ市場で戦うのか）</strong></h3>
<p><strong>１）茶葉の豊富な栄養素をまるごと摂取できる抹茶</strong></p>
<p>お茶を煎茶や紅茶として飲む場合、栄養素が水に溶けて人体に摂取されるのは30％で、残り70％は捨てられる。抹茶は100％食べることができ、カテキンやテアニン等の栄養が豊富で非常に身体に良い健康飲料である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）抹茶に含まれる豊富な栄養素とその効果</strong></p>
<p>抹茶には様々な栄養素が含まれるが、その中でもテアニンに注目している。テアニンは、安眠等のリラックス効果に優れており、糖尿病や認知症にも効果があるという研究データが発表されている。覆いをして育てた抹茶には煎茶の約2倍のテアニンが含まれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）OUR　MISSION</strong></p>
<p>CUZEN MATCHAでは、生産者・消費者・地球に良い環境をもたす「和・輪・環」の3つの「わ」を「CUZEN Circle」と呼び、</p>
<p>・生産者と公正な価格で取引を行い、高品質なお茶を守る生産者との共生</p>
<p>・マシーンメーカーとの協力し、世界中の消費者へ最高品質の抹茶飲用体験を提供</p>
<p>・地球環境への配慮を怠らず、持続可能な社会の構築への貢献</p>
<p>により、搾取型ではない、お互いを支え合い、それぞれが適正な利益を得ることができる循環ビジネスモデルを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５．世界における抹茶</strong></h3>
<p><strong>１）世界的抹茶ブーム</strong></p>
<p>世界的な健康指向にもあずかり、抹茶の需要が急増。抹茶は「新しいコーヒー」、「新しいラテ」と言われている。タイや中国で茶の生産が拡大中。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）新しい抹茶の魅力</strong></p>
<p>・サステナブルエナジー</p>
<p>海外ではコーヒー・カフェインの過剰摂取（カフェイン・クラッシュ）の問題が提起されている。カフェインは身体にダイレクトに作用し即効性があるが、持続力が低いことより何回もカフェインをとることが過剰摂取につながっている。優しいカフェイン摂取飲料として抹茶に人気が集まっている。抹茶にはカフェインとテアニンの両方が含まれていることで、カフェインがなだらかに持続することが知られている。</p>
<p>・抗酸化力スーパーフード</p>
<p>抹茶は他の高抗酸化食品より抗酸化力が圧倒的に高く（アサイーの25倍）、抗酸化健康商品として選ばれている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>６．抹茶の課題とCUZEN　MATCHA</strong></h3>
<p><strong>１）抹茶の課題</strong></p>
<p>粉にした抹茶には、水に溶けない、粉が飛び散る（汚れる）、ダマになる、すぐに劣化・変色する等、取り扱いが面倒でおいしく飲み続けることが難しいという課題がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）CUZEN MATCHAの目指すところ</strong></p>
<p>上記の課題に対し、抹茶マシーンの開発により「抹茶＝粉」という常識を変え、抹茶の新しい飲用体験を創出することを目指す。企業やカフェへのマシーンの導入、ホテルやバーでの新しい飲用体験（抹茶ミルク、抹茶ソーダ割、抹茶カクテル、抹茶ワイン、抹茶ビール割、等）で需要を拡大中。また、国産オーガニックシングルオリジン抹茶リーフとして、単一品種・単一農園のシングルオリジン抹茶でお茶の品種や農園による味の違いを味わう新しい飲み方も提案している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）CUZEN MATCHAの特徴とこだわり</strong></p>
<p>栄養・味・品質にこだわりぬいた国産有機リーフ（碾茶）を一般に流通していない茶葉の状態で指定先へお届けすること、酸化しやすい粉末抹茶をフレッシュに楽しめるように「飲む前に挽く」こと、日本の美しい茶畑と地球環境を守るため国産100％オーガニック高品質茶葉の需要をつくり続けること、にこだわっていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>７．CUZEN MATCHAの商品紹介</strong></h3>
<p>添付資料の商品および導入事例を参照。</p>
<p>日本の農業というと稲作を思い浮かべる方が多いと想います。戦後の農政は水田の稲作をいかに振興し、国民にコメを供給するかが課題でした。今年は令和のコメ騒動と言われる事態が起きていますが、このような状況になった背景を農水省で政策に携わってきた立場からお話ししたいと思います。</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">三谷秀史さん（82期）</span></h4>
<p>Q:静岡では、荒茶の生産量が極端に落ち込んでいること、碾茶用の機械が高価で碾茶が作れない状況等の問題に対して、同産業内の事業転換に補助金の拠出等を検討しているが、貴社でお茶の生産者に対する同様のアプローチは検討しているか？</p>
<p>A:高級茶葉市場を拡大しても、茶葉の供給が無くなれば何にもならず、しっかりした供給体制を作ることが重要。普通の茶園をオーガニックに変えるのに5年、耕作放棄茶園を再生するのにも同じく5年かかる。大きなことはできないが、オーガニック茶園を広げるべく粛々と準備しているところ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>真木勝次さん（82期）</strong></span></p>
<p>Q:私はIPOの経験があるが、IPOを目指しているか。目指しているなら、いつ頃を考えているか？マーケットはあると思うが、貴社はどのような位置にあるのか？また、本日の講演の動機や目的は何か、ファンになって欲しいということか？</p>
<p>A:弊社は本質にこだわり過ぎて見せ方が下手で不器用。小さな会社だが、一人一人にきちんと話をすることで、（CUZEN MATCHAの製品や会社を）まずは知っていただくこと、その上で、CUZEN MATCHAを飲んでいただき、販売の機会等もアドバイスいただければ嬉しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>多賀正義さん（76期）</strong></span></p>
<p>Q:お茶は作り方により色々な製品に変わると認識している。タイや中国でも同じ品質の茶葉を作れるのか？</p>
<p>A:茶の木自体は一緒で、茶葉の発酵度合いにより紅茶・烏龍茶・緑茶に分かれる。その内、緑茶は、覆下園（茶木に覆いをかけて栽培）で碾茶（抹茶）・玉露が作られ、露天園で煎茶・ほうじ茶・玄米茶が作られる。露天園は太陽の光によりカテキンが豊富で苦みが出るが、覆下園はテアニンが残りうまみ成分が豊富。中国政府は、お茶はもともと中国から日本に輸出したものでお茶文化のオリジンは中国、ということでお茶市場に攻勢をかけている。中国のお茶は、その圧倒的な土地の広さと人の多さで価格が安い。現在は中国国内の需要内で収まっているが、後2～3年後に海外市場がどうなるか分からない。中国のお茶は露天園で、カテキンは豊富だが苦みが強くうまみが少ない。CUZEN MACTHAは、覆下園の高級抹茶に含まれるテアニンの健康貢献とうまみを消費者にアピールしていく。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:食べるお茶には興味があるが、値段はどうか？</p>
<p>A:マシーンは36千円（税抜き）。茶葉は一番茶のみのプレミアム、一番茶と二番茶を混ぜたオリジナル、ラテタイプの3種類があり、プレミアムで都度購入150円/杯（定期購入128円/杯）、需要の多いオリジナルで都度購入100円/杯（定期購入65～85円/杯）で、そんなに高くなくみなさまに飲んでいただけるものと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:抹茶の粉はそのまま食べられるのか</p>
<p>A:食べられる。マシーンには粉をひくだけのモードがあり、粉の状態で提供できる。塩と混ぜて抹茶塩として天ぷら等に使用することもできる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:茶葉の賞味期間はいかほどか？</p>
<p>A:未開封の茶葉の賞味期限は2年。日本の暑い夏は冷暗所で保管するのが良い。未開封の茶葉は冷凍することができるが、冷凍庫から出したら常温にした後に開封するとおいしくいただける。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>山本直人さん（85期）</strong></span></p>
<p>Q:娘の嫁ぎ先は静岡の茶農家だが、茶農家の継ぎ手が無いと聞く。貴社からお茶の生産者を見てどう思うか？</p>
<p>A:茶農家には足繁く通っているが、たいへんだと思う。お客様には「こんな農家さんが作っている」と生産者の紹介をしたいし実際しているが、農家さんや茶畑の情報をお客様に届けるだけでなく、どのような人がどのようにお茶を飲んでいるか、生産したお茶が如何に多くのお客様を喜ばせているか等、一般のお客様の情報や声を農家さんに届けたい。そうすることで、農家さんがやりがいや喜びを感じてもらえると嬉しい。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/250917-六稜倶楽部-1.pdf">250917 六稜倶楽部 (1)</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-2.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7107" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-2-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7108" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-3-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-6.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7110" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-6-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 6" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-7.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7111" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-7-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 7" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7112" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-8-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7109" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-4-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7113" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 9" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7114" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-10-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7115" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-11-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7116" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-12-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7117" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-13-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7118" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-15-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 15" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【第271回】7月『内側からみる国会議事堂－立法府の役割とそれを支える事務局』石川　真一さん＠109期</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Oct 2025 06:29:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[石川 真一さん＠109期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年7月16日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>37名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 石川 真一さん＠109期</h4>
<p>（衆議院事務局憲政記念館 資料管理課長）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2004年衆議院事務局入局。議事運営部門（委員部）、調査部門、議長秘書などを経て2025年1月から現職。2011年から2014年には、在英国日本国大使館政務班にて英国議会との窓口を担当。ライフワークだと思っている社会保障政策や英国政治を横目に見つつ、平日は2030年春に開館予定の新憲政記念館のプロジェクトに追われる日々を送り、週末は市民オーケストラなどでトロンボーン演奏（＋その運営も…）。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『内側からみる国会議事堂－立法府の役割とそれを支える事務局』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>テレビや新聞、インターネットで見る国会や国会議員の方々、皆様にはどのように映っているでしょうか。政治改革、国会改革と言われて久しく、それと同じくらい政治不信という言葉もなくなりません。20年近く国会とともに働いてきた（ようやく中堅くらいかなと思えるようになってきた）「中の人」から見える国会の様子について、お話しし、皆さまのご疑問に少しでもお応えできればと思っています。講演では、制度や慣習によってどのような制約があるのかといった解説も加え、ときどき英国議会との比較も交え、あえて逆張り（？）的になるべく徹底的に擁護してみたいと思います（反論・疑問歓迎です）。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>はじめに</h3>
<p>2004年に衆議院事務局に入局。衆議院事務局の委員部に配属になり、以来委員部や議長秘書など議員の方々と接する機会の多い職場もそれなりに経験し、このほか厚生労働分野に関する仕事を多くしてきたというのがキャリアの中心になっていると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（１）国会の役割について</h3>
<p>国会の主たる役割をおさらいしておきますと、法律の制定、行政の監視、内閣総理大臣の指名、予算の議決、条約の承認などです。<br />
一口に予算委員会と言っても審議の種類にはいくつかあります。北野高校に関係のある方の写真で説明しますと（松島みどり議員、大石晃子議員、辰巳孝太郎議員を示しつつ）、予算案の審議や、予算案審議以外に国政調査として行われる集中審議などがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（２）国会審議、特に法案審議日程について</h3>
<p><strong>（法案ごとの審議過程）</strong><br />
国会における法案審議プロセスについて説明します。衆議院に法案が提出される場合についてですが、内閣あるいは議員から提出された法案は議長に提出され、委員会での審議を経て本会議で採決されます。最も長い時間をとるのは委員会です。可決・修正された法案は参議院に送られ、衆議院と同様のプロセスで採決されます。修正や否決の場合は衆議院に戻されます。両院の議決が一致したものは法律として成立し、天皇陛下に奏上され公布されます。参議院に先に法案が提出される場合も基本的に同様です。</p>
<p>議長に提出された法案はまず委員会に付託されますが、重要度などに応じて先に本会議で趣旨説明・質疑を行う場合もあります。近年の通常国会では約20本がそのような法案に当たり、直近では全体の3分の1の内閣提出法律案が該当します。そのうち総理が出席するのは約4本で、このような法案は重要広範議案と呼ばれています。</p>
<p>次に委員会での内容を説明しますと、趣旨説明－＞質疑－＞討論－＞採決という流れで進みます。最初の趣旨説明は「お経読み」とも言われたりしますが、時間は3～5分です。審議の中心は質疑で、大臣への質問を中心に行われています。このほか、参考人に対して質疑を行ったり、連合審査会を開くこともあるほか、委員を派遣して地方公聴会を開いたり、公聴会を開くこともあります。審議途中や質疑後に修正案が提出されることもあり、採決に先立って討論という意見表明の議事があります。最後に採決を行い、委員会での手続きは終了となります。附帯決議という決議が行われる場合もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>（通常国会日程の全体像と審議日程の例）</strong><br />
通常国会は1月に召集され、会期は150日です。2月、3月は予算審議が中心で、3月2日までに衆議院を通過すれば4月からの新年度の予算執行に間に合うとして、このスケジュールを意識しながら与野党で調整が行われます。2月には他に「日切れ法案」と言われるような４月１日に施行を予定する法案の審議などもあり、税制改正などのため財務金融委員会、総務委員会などが開かれます。</p>
<p>4月になってようやく多くの法案の審議に入るのですが、ゴールデンウィークがあるため会期末までの残りは今年のケースだと実質11週程度しかなく、本会議と委員会、衆議院と参議院で日程をうまく分け合う必要があります。衆議院では本会議の定例日が火曜日、木曜日、金曜日となっており、委員会は水曜日や金曜日を定例日として開会することが多く、対して参議院では本会議を月・水・金の午前、委員会を火・木に開会しています（常任委員会の場合）。これでも重なる日程があるため大臣がすべて出席できるとは限らず、大臣の日程を中心として調整することが重要となります。忙しい大臣として皆さまも思い浮かぶであろう厚生労働大臣を例にとりますと、2024年の通常国会に厚生労働大臣が本会議・委員会に出席した数は120回でした。4～6月のうち最も忙しいある週では7回の会議に出席し、国会での正式な会議として何も予定がなかったのは月曜日の午前中だけということもありました。このほか、火曜日と金曜日には9時から閣議がありますが、委員会がある場合には8時からになることもあります。また、委員会で質問がある場合には質問者から事前に質問内容が提出され、霞が関では前日など事前に答弁案を作成していますが、その答弁内容についての打合せは、忙しいときにはごく早朝から行われることもあったり、国会での会議後に省庁での打ち合わせが入ったりと、多忙を極めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さて、法案の審議スケジュールを機械的にあてはめてみます。法案の委員会質疑が1回だけの場合を考えますと、例えば1週目の水曜日に衆議院の委員会で趣旨説明を行い、金曜日の委員会で質疑、採決を行いますが、本会議としては2週目の火曜日が最短となります。続いて、参議院ではその2週目の木曜日に委員会で趣旨説明が行われ、3週目の火曜日の委員会で質疑、採決が行われます。そして水曜日の本会議で成立となります。したがって、質疑が1回・１日のみでもその法案の成立に単純計算で2週半かかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>次に法案質疑が2回の場合を見てみましょう。本会議で趣旨説明が行われることも多いのでそのように当てはめてみますと、衆議院では1週目の火曜日にまず本会議で趣旨説明、質疑が行われます。委員会では水曜日に趣旨説明、金曜日に質疑が行われます。質疑は続き、2週目の水曜日に2回目の質疑を行い、採決となります。そして木曜日の本会議で採決し、参議院に移ります。こちらも、衆議院の場合と同様に、金曜日の本会議で趣旨説明・質疑を行うと、3週目に参議院の委員会において火曜日に趣旨説明のみの場合には、木曜日に1回目の質疑となります。4週目に入って火曜日に2回目の質疑と採決を行い、水曜日に本会議で成立となります。この場合は法案の審議終了まで3週半かかります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すべてこのパターンですと衆参で少しずつ空いた枠も発生しますので、実際には次の法案の審議を並行させるとか、場合によっては参議院での審議を先にするといった対応をとってやりくりすることも行います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>法律案に対してどのように意見を反映していくかについては、委員会審議では、質疑、討論、附帯決議、修正といった様々な方法がとられます。他にも少数の会派のみによる修正案が提出される場合もありますし、与党であれば内閣提出法律案が提出される前に事前審査という機会もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（３）衆議院事務局の役割</h3>
<p>衆議院事務局にはいくつかの部署があり、法案の審議プロセスなどに応じて様々な役割があります。例えば、委員部は、委員会・本会議の日程調整のサポートや委員会における議事順序についての助言を行います。<br />
調査局は、法案や政策に関する論点の提示・助言を行うほか、資料の作成や個別依頼への対応を行います。</p>
<p>議事部では本会議における議事順序の調整や内閣・参議院との議案の受領・送付などを行います。もちろんデータでもやりとりしますが、法律案の本体は紙でやりとりされています。</p>
<p>記録部では本会議や委員会の会議録の作成を行っています。</p>
<p>警務部は院内警察、参観対応を行っています。そのほか、バックオフィスとして庶務部や管理部のほか、秘書課・国際部などがあります。</p>
<p>最後に、事務局とは別の組織となりますが、議院法制局は議員立法の条文化支援、審査などを行っています。</p>
<p>このうち、委員部の仕事をもう少し詳しく説明してみます。委員会の開会の前には理事会が開かれるほか、さらにその前に理事懇談会が開かれたりします。さらには、筆頭理事と呼ばれる与野党の代表１名ずつの間での話し合いも事前に行われたりします。制度上、委員会の開会などは委員長の権限ですが、委員長は行司役に徹し、まずは与野党の意見を聞くというのが基本となっています。これらの各プロセスでの委員部の支援の形を説明しますと、委員会本番については委員会で使用する委員長の「次第書」の作成、その準備としては質問の事前通告の取次ぎや答弁者の確認、そのさらに前の段階では与野党協議のための資料準備やデータ提供などです。衆議院事務局全体として、基本的には裏方としてあまり表に出ない雰囲気もありましたが、最近ではNHKのニュースで取り上げられるなど発信の機会もあったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（４）国会に向けられる目線</h3>
<p>さて、事前にテーマとして挙げさせていただいたように、国会はどう思われているのでしょうか。例えば、日本財団が18歳の意識調査というものを定期的に行っており、政治を取り扱った回として2023年2月に結果が公表された調査があります。現状の国会が有意義な政策の場になっていると思うかという質問に対し、肯定的な回答が19％、否定的な回答が52％でした。新聞やメディアを見ているとさもありなんという感じですが、どうしてこのような結果となっているのでしょうか。</p>
<p>例えば、衆議院事務局では、国会議員の実情を紹介するために、小学生用の国会参観パンフレットの中に「国会議員の一日？」というコーナーを設けました。その内容を紹介しますと、あくまで例という形ではありますが、朝の7：30から22：00まで予定がびっしり詰まっています。私が近くで仕事をさせていただいた印象としても、正直かなり忙しくて大変です。</p>
<p>この上で、先ほどの調査の否定的な回答の理由に対して私なりにコメントしてみます。欠席している議員や居眠りや内職等議論に参加していない議員がいる、という回答に関しては、どのくらい忙しいと理解した上のものであるのか、質問者以外の議員は採決以外にどのように参加しうるのか、といった面があることも理解する必要があるのではないかと思います。</p>
<p>居眠りするなら欠席する方がましという考え方もあるかもしれませんが、委員会には定足数があり、半数以上の出席が必要です。国会の審議はもっとも重要な公務であるというのはその通りと思いますが、出席せざるを得ないという構造でもあります。<br />
政策について十分な議論をしていないとの指摘については、身近で見る限りそうは思えません。あくまで私の印象ですが、しっかりとした議論というのは、どうしても地味な部分があるとも思っております。華々しい質疑や追及がどうしても取り上げられ、その結果として議論が不十分という印象を与えてしまう傾向があるのではと、残念に思っています。</p>
<p>この点、情報の伝え方として興味深い取組を１つ紹介します。政策研究大学院大学（GRIPS）が会議録の文字情報と審議の映像をリンクさせるプロジェクトを行っており、映像と文字をセットにしてより分かりやすい情報が得られると思います。</p>
<p>また、NPO法人（政策NPO）の万年野党という団体が「国会議員ランキング」というのを出しているのは見たことのある方もいらっしゃるかと思います。目立ちにくい活動が日の目を見るという意味では良いのですが、最近では質問をしていないとか議員立法を提出していないとか、ネガティブな面を強調するのに使われるばかりであることを懸念してもいます。</p>
<p>なお、野党は反対ばかり、という意見を聞くこともあるかもしれません。そこで過去3年の通常国会の閣法の賛成率のデータを見てみます。全会一致が2023年は40.7％、2024年は31.1％、2025年は13.8％と下がっていますが、一方で野党第一党である立憲民主党の賛成率を見ますと、2023年は76.3％、2024年は82.0％、2025年は89.7％です。維新はこの間これより少し高い傾向にあります。賛成、反対にはそれぞれ背景もあろうかと思いますし、最近の与野党の構成により賛成率が上がっている面もある可能性はありますが、野党は反対ばかりというと、そうではなく数字の上ではかなり賛成しているとも言えます。</p>
<p>さらに、過去3年の通常国会の閣法の修正や附帯決議の率を見ますと、修正は、2023年は8.5％、2024年は11.5％、2025年は20.7％です。附帯決議は、2023年は67.8％、2024年は77.0％、2025年は91.4％です。昨今の状況も踏まえ、与野党協調がより意識された国会運営となってきている可能性もあります。他方で、質疑に要する時間は長くなっているという声を聴くこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（５）国会の特徴</h3>
<p>大使館に出向し、イギリス議会を間近にみる経験もさせていただきました。時間もありませんので２点だけ挙げますと、首相や閣僚の議会への出席は日本の方が明らかに多かったです。また、イギリスでは主要政党において党首の任期が定められていなかったというのも興味深い点でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（６）いろいろ宣伝</h3>
<p>私が勤務する衆議院憲政記念館は、議会に関する博物館です。最近では展示だけでなく、主権者教育の取組も強化しており、例えば児童の皆さんに議場を模した空間で投票体験のプログラムなども実施しています。このほか企画展示を３か月ごとに開催しています。<br />
現在新たな憲政記念館を建設中であり、その建設地である国会前庭には時計塔があります。この時計塔のチャイムは大中寅二さんという方が作曲されました。なんとこの方は北野28期生ということで、私自身も今回の発表の機会をいただく中で初めて知りました。なお、息子さんも作曲家で、童謡の「サッちゃん」、「犬のおまわりさん」などで有名な方（大中恩さん）です。<br />
また、高田馬場管絃楽団というオーケストラにも参加していますので、ぜひ演奏会にもお越しください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3></h3>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="text-decoration: underline;"><strong>大内拓也さん（109期）</strong></span></span></span></p>
<p>Q:イギリスも日本と同じ議院内閣制ですが、日本とイギリスを比べて、日本のすぐれている点はどこでしょうか？</p>
<p>A:日本の議員は真面目だと思います。本会議へもきちんと出席されますし、政策の専門家なども育てようとしています。イギリスでは本会議に参加しない議員も多いですし、専門家の育成という観点でもどちらかと言えばほったらかしで個人任せという印象でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:日本では議場でヤジなどが飛び交いますが、これはどのように考えればいいでしょうか？</p>
<p>A:ヤジについてはコメントしにくいですが、当意即妙なものには、こちらもつい、くすっとしてしまいそうになることもあります。また、ヤジとは違いますが、自分が見てきた中だと、委員会の質問の際に用意した質問の原稿を意識されすぎていたのか、すれ違いの答弁だったり回答が得られていなかったりするのにそれを追求せず次の質問に移ったりして、周りからちゃんと質問するようにと突っ込まれるというような光景は記憶に残っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>村井正親さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:私の経験から言いますと、通常国会150日のうち120日に大臣に出席してもらうのが大変でした。それに応じて委員会の日程調整が大変になります。与党と野党が拮抗している場合はとくに大変でした。委員会には融和的なものも対立的なものもあるのですが、そこで質問です。内閣提出法案に対して与党と野党の距離感の感じ方は行政府と立法府でどのような違いがあるのでしょうか？　またどのようなご苦労がありましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>A:与野党の距離感は委員会の雰囲気などにもよるのかなと思います。また、人間関係がとても重要という印象を持っており、私の携わってきた業務への影響も少なからずありました。例えば、人間関係がうまくいっていると調整もスムーズに進みます。事前にそこまでの関係がないとなると、間に入る立場としてもどうカスタマイズするかを考えることになります。とくに秋に開かれる臨時国会では、それぞれ各党で人事が行われて新たな体制ということも多いですが、議員連盟や議員立法などでもともと議員間にコミュニケーションがある場合とそうでない場合があったりし、それによっても必要な準備が変わったりします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>岩佐健史さん（109期）</strong></span></p>
<p>Q:通常国会150日を除く残り200日は議員の人は何をしているのでしょうか？</p>
<p>A:通常国会以外には臨時国会が60～70日ありますので、残りは130日ほどです。代議士という言葉もありますが、国会がないときに有権者の声を聞くことなどは非常に重要だと思っています。週に何度も地元に帰る人も多いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:通年国会など会期を決めずに審議をしたり、国会が終わって海外に行くとかいうことはありませんか？</p>
<p>A:のんびり審議してよいとなっても、結局審議できる時間が増えればその間にスケジュールを詰め込んでしまう可能性はあると思います。締め切りがあるからこそ、そこまでに決めないと決心するという面もあるのではないかと思います。また、例えばイギリス議会は通年国会と思われていますが、実際には途中で休会期間があります。イギリスでは本会議や本会議場の日程が重要でそれに合わせるように年間単位でスケジュールを組まざるを得ず通年の会期となっていますが、議会の活動日数は実態として日本とそれほど変わらないと思います。海外の調査は重要で、先進的な制度もあれば、日本で語られるほどいい制度ではない、実際はちょっと違うという場合もあり、そうした実感が大事かなと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;">なし</p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀨始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td> ・紹介者は大内拓也さん＠109期・講演の最後に、石川さんのトロンボーンを伴奏に出席者全員で北野高校校歌を合唱した。</p>
<p>・歓談時間に河邑（竹島）愛弓さん＠109期によるバイオリン演奏（演奏曲：チャルダッシュ）が披露された。</p>
<p><a href="https://ahmomo-musicschool.com/online?utm_source=card&amp;utm_medium=qr&amp;utm_campaign=online" target="_blank"><strong>河邑愛弓さんプロフィール</strong></a></p>
<p>・大内さん、石川さん、河邑さんはオーケストラ部の同窓生。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4245.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7136" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4245-150x150.jpeg" alt="NKM_4245" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4241.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7135" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4241-150x150.jpeg" alt="NKM_4241" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7232.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7134" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/IMG_7232-150x150.jpeg" alt="IMG_7232" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_IMG_7242.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7133" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_IMG_7242-150x150.jpeg" alt="NKM_IMG_7242" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4373.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7132" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4373-150x150.jpeg" alt="NKM_4373" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4362.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7131" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4362-150x150.jpeg" alt="NKM_4362" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4353.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7130" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4353-150x150.jpeg" alt="NKM_4353" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4339.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7129" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4339-150x150.jpeg" alt="NKM_4339" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4289.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7128" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4289-150x150.jpeg" alt="NKM_4289" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4263.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7126" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4263-150x150.jpeg" alt="NKM_4263" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4251.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7125" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/NKM_4251-150x150.jpeg" alt="NKM_4251" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7113" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/10/273蝗・250917-9-150x150.jpeg" alt="273蝗・250917 - 9" width="150" height="150" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7086</wfw:commentRss>
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		</item>
		<item>
		<title>【272回】8月『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7029</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7029#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 10 Sep 2025 22:08:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[ 村井 正親さん＠96期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年8月20日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>52名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 村井 正親さん＠96期</h4>
<p>（ 独立行政法人 国民生活センター 理事長）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昭和40（1965）年8月1日　大阪府豊中市生まれ</p>
<p>昭和56（1981）年3月　豊中市立第十三中学校卒業</p>
<p>昭和59（1984）年3月　大阪府立北野高等学校卒業（96期）</p>
<p>同年4月　東京大学文科一類入学</p>
<p>平成元（1989）年3月　同大学法学部卒業</p>
<p>同年4月　農林水産省入省　以後、同省総合食料局食糧部計画課長、内閣官房副長官補室内閣参事官、農林水産省大臣官房文書課長、消費者庁政策立案総括審議官等のポストを歴任、</p>
<p>令和4年7月に農林水産省経営局長に就任した後、令和6年7月に退官</p>
<p>令和7年6月　独立行政法人国民生活センター理事長</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>古来より日本の農業は稲作を中心に展開されてきました。その稲作が現在、危機的な状況に陥っています。稲作農家が減少する中で他の農業部門と比べても構造改革が進まず、国全体としての生産力も低下しています。折しも「令和の米騒動」とも呼ばれる問題が生じていますが、今後の生産力の維持・強化に向けた政策の抜本的な見直しを進めていくためには、なぜ日本の稲作はこのような課題を抱えることになったのかを考察することが重要です。稲作の構造問題に特に大きな影響をもたらした食糧管理制度、農業協同組合制度、農地制度を中心に戦後の農業政策を振り返ることでこの問題の考察を試みます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>日本の農業というと稲作を思い浮かべる方が多いと想います。戦後の農政は水田の稲作をいかに振興し、国民にコメを供給するかが課題でした。今年は令和のコメ騒動と言われる事態が起きていますが、このような状況になった背景を農水省で政策に携わってきた立場からお話ししたいと思います。&nbsp;</p>
<h3>１．事実関係</h3>
<p><strong>[コメ生産量の推移]</strong></p>
<p>・1960年には米、野菜、果樹、畜産からなる農業総産出額1.9兆円の中でコメは47％を占めていました。農業総算出額は1985年に11.6兆円となりコメの産出額も約3倍に増えピークに達しましたが、国民生活が豊かになり食生活の多様化もあり、その後減少に転じて2023年には国内総算出額9.5兆円のうちコメの割合は16％にまで減少しています。</p>
<p><strong>[農業従事者の推移]</strong></p>
<p>・1955年には604万戸の農家がありましたが、2020年には174万戸にまで減っています。農業従事者数も1932万人から249万人に減り、うち150日以上の専業者は102万人となりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．コメ農政の根幹を成した三つの制度</h3>
<p>・戦後のコメ農政では食糧管理法、農業協同組合法、農地制度を三位一体的に運用してきた事をお話します。</p>
<p><strong>[食糧管理法(1942年)]</strong></p>
<p>・戦時下に設定された食糧管理法はいかに国民にコメを中心とした食糧を公平に配分するかという観点で作られ、国がコメを全て買い上げ配分することになっていました。戦後もこの法律が続き、農地改革で誕生した多数の零細稲作農家が生産したコメを政府管理のもとで国民に配分する体制が続きました。</p>
<p><strong>[農地法(1962年)]</strong></p>
<p>・戦後は食料の絶対的不足を増産で回復することが最大の使命でした。ＧＨＱの指導のもと地主と小作の関係を解消する農地改革により、それぞれの耕地を国が買い上げ、地主から独立した自作農としての耕作者が生産する構造に代わることになりました。農地改革が一段落した1952年に制定された農地法は、耕作者が農地を所有することを基本とした改革でした。これにより、農地は耕作者自らが所有するものとした代わりに、農地の権利移動が厳しく制限されることになりました。この結果、小規模零細農家が全国に多数存在することになりました。</p>
<p><strong>[農業協同組合法]</strong></p>
<p>・多くの零細農家からコメを買い上げることを政府が直接行う代わりに、食糧管理法による国による買い上げを実現する役割を果たしたのが農業協同組合でした。海外でも農協はありますが、日本の農協は全国を市町村単位できめ細かくカバーした強大な系統組織を形成しているという特徴があり、集荷団体としての農協の組合員にならないと農家は実質上コメを出荷できなくなりました。</p>
<p><strong>[状況分析]</strong></p>
<p>・機械化などで増産が進む一方、生活様式の変化で消費量が1965年には減り始め、1967年にコメが余る状況が生じるまでは、上記３つの制度は良く機能したと評価できます。</p>
<p>・しかし、食糧管理法は政府に買い入れ義務を課す制度で、需要を越す余剰米が生産されても全量買わざるを得ないという問題が生じました。実際に過剰米処理に合計で３兆円規模の国費が必要となりましたが、食糧管理法を抜本的に見直す判断はできず、いわゆる減反政策により制度の枠組みを存続させるという判断をしました。</p>
<p>・もっとも、食糧管理法の枠組の中で様々な工夫はなされました。政府を介さずに生産者団体がコメを販売できるルートを認める自主流通米制度の導入などです。1995年に食管法が廃止され、食糧法に切り替わりコメの流通が順次自由化されるまでは、そのような対応でしのいできたということになろうかと思います。</p>
<p>・ちなみに、JAグループの農産物販売を統括する全農という組織がありますが、全農の中でも野菜、畜産、果樹部門はコメとは別の部署が取り扱っています。米以外は「商売」という感覚を取り入れた事業運営となっていると評価できますが、未だに米の担当部局は食管法時代の感覚が抜けきっていません。農協は米を集荷するのが役目で売り方の心配は不要な状況が続いたことの影響があまりにも大きかったと言わざるを得ません。</p>
<p><strong>[今後への視点]</strong></p>
<p>・当時は標準的な50アールの農家についても機械化の導入は早く進み生産量は向上しました。だが、この規模ではコメ作りだけでは生計が立たず、兼業をする農家が増えました。現状一軒あたりの耕作面積は平均1.5ヘクタールにまで拡大されていますが、農業従事者は2000年時点で60歳以上が78％と高齢化が進み、2020年では88％にまで増加しています。農家の子供の数も減り、農業を承継する世代が著しく減少しているのが現状です。</p>
<p>・このような状況のなか、大規模経営体を育成する必要があり、特に法人形態の経営体の育成が急務となっていますが、現状、団体経営体は3.8万件（3.5％）にすぎず、稲作を営む経営体では54万件のうち団体経営体はわずか1.2万件（2.2%）に留まっています。法人経営が受け皿となって小規模農家を集約して進める必要があります。</p>
<p>・農政として農業経営を株式会社化する制度の導入などの後押しを行っていますが、農業界は「変化」に対して慎重な姿勢が一般的ということもあり、スピード感のある変革を実現しきれていません。農業従事者だけでなく、消費者にもこれらの問題について感心を持ってもらい、日本の農業の将来をしっかりと考えていただくことが必要と考えています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">野村恭史さん（96期）</span></h4>
<p>Q:需要見通しが問題視されているが、総需要量は予測か実績か？</p>
<p>A:生産量から在庫量を引いて需要量を算出している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:老齢化のなか増産に向けた具体的施策は？</p>
<p>A:個々の小規模事業継承に頼るのでなく、大規模農業への集積化が必要。農地の流動性を高めるため、貸借権の設定による農地集約のアレンジをする仕組みをつくり、法人化への展開を支援。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q:古い備蓄米を早めに回せないのか。中国では３年分備蓄とのことだが、日本でも必要では？</p>
<p>A:備蓄米は不測の事態に備えることになっている。品質的には食用になるものを保つ。100万トンを備蓄し、５年経たものは20万トンずつ入れ替えている。かつては、需要見込み数量に毎年１００万トンプラスαで生産し、不測の事態が発生しなければ１００万トンはそのまま餌用として放出するといった案も内部で検討したことがあるが予算規模も大きく非現実的ということになった。ただ、昨年の食料・農業・農村基本法の改正により食料安全保障が政策の大きな柱として位置づけられたので、コメを始めとした備蓄の在り方についても今後より深い議論がなされることが期待される。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>池尾愛子さん（87期）</strong></span></p>
<p>Q:コメデータベースを公開して経済学者等の検討を参考にすべきでは？</p>
<p>A:役所の中だけでなく官民の知恵を集めて行うことは重要。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/（村井前局長講演資料）戦後農政の課題を決定づけた3つの制度.pdf" target="_blank">（村井前局長講演資料）戦後農政の課題を決定づけた3つの制度</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td>・紹介者は真鍋将治さん（96期）</p>
<p>・舞台上での集合写真は、村井さんの応援に駆けつけた96期の皆さんと、剣道部の皆さん</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/案内１1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7048 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630807417-150x150.jpeg" alt="案内１" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/開会２1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7049" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/開会２1-150x150.jpeg" alt="開会２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/歓談１1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7050 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630825897-150x150.jpeg" alt="歓談１" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/歓談５1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7051 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630838707-150x150.jpeg" alt="歓談５" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/剣道部1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7052" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/剣道部1-150x150.jpeg" alt="剣道部" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演２1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7053 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630854449-150x150.jpeg" alt="講演２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演６1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7054" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/講演６1-150x150.jpeg" alt="講演６" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問３1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7055" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問３1-150x150.jpeg" alt="質問３" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問７1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7056" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/質問７1-150x150.jpeg" alt="質問７" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/受付５1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7057 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630868517-150x150.jpeg" alt="受付５" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/紹介２1.jpeg"><img class="alignnone wp-image-7058 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/1-e1757630887741-150x150.jpeg" alt="紹介２" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/９６期集合1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7059" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/09/９６期集合1-150x150.jpeg" alt="９６期集合" width="150" height="150" /></a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【270回】6月『利己と利他 ―イギリス・中国・日本―』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6989</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6989#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Jul 2025 12:58:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6989</guid>
		<description><![CDATA[ 柘植 尚則さん＠95期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年6月18日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>34名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 柘植 尚則さん＠95期</h4>
<p>（慶應義塾大学大学院文学研究科教授）</p>
<p>大阪府生まれ。北野高校卒業（95期）、神戸大学文学部卒業、大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、博士（文学）。日本学術振興会特別研究員、北海学園大学経済学部講師、慶應義塾大学文学部助教授などを経て、現在、慶應義塾大学大学院文学研究科教授。専門は倫理学・思想史、特に近代イギリスのモラリストたちの思想について研究している。著書に『イギリスのモラリストたち』『<a href="https://www.koubundou.co.jp/book/b556708.html">プレップ倫理学</a>』『<a href="https://www.koubundou.co.jp/book/b183498.html">プレップ経済倫理学</a>』『<a href="https://www.nakanishiya.co.jp/book/b548043.html">近代イギリス倫理思想史</a>』など。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『利己と利他 ―イギリス・中国・日本―』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>このところ、他人の利益をめざす「利他」がブームになっています。利他がブームになるのはもちろんいいことですが、それは、自分の利益をめざす「利己」が当たり前になっているということでもあります。では、利己と利他はどのような関係にあるのでしょうか。そもそも、人間は生まれつき利己的なのでしょうか、それとも、利他的なのでしょうか。古今東西の思想家たちはこうした問いについて考えてきました。講演では、利己と利他の関係や人間の本性について、近代のイギリス、古代の中国、平安～江戸時代の日本の思想家たちがどのように考えてきたかを紹介したいと思います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>倫理学とは哲学の一分野で、人の生き方・社会のあり方を哲学的に探究する学問。人間の行動や道徳の規範、善悪の基準など、人がどのように生きるべきかを理論的に探究する。私は近代イギリスの倫理思想史の研究を行なってきた。私が近代イギリスを研究対象としたのは、資本主義をはじめとする日本の現代社会の基盤となる近代ヨーロッパの考え方をいち早く体現して世界中に広めたのがイギリスであったから。</p>
<p>17世紀、イギリスで起こった二つの革命、清教徒革命と名誉革命により、人権などの市民社会の原則が確立し、絶対君主制から立憲君主制（議会が立法し、君主が統治する）へと政治体制が変化した。政治が安定したことで、18世紀に急速な経済発展が起こり、19世紀にはイギリスの全盛期にあたるパクス・ブリタニカと呼ばれる世界帝国が築かれた。この時代のイギリスの思想を日本の明治政府が導入したことで、近代イギリスの思想が現代の我々の思想に大きな影響を及ぼしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>はじめに</strong></h3>
<p>・ここ数年の出版界では「利他」ブームになっている。</p>
<p>・考え方のきっかけは、2011年に発生した東日本大震災の際のボランティア活動。</p>
<p>・言葉のきっかけは、2021年書籍　伊藤亜沙（編）<a href="https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1058-c/">「利他」とは何か – 集英社新書</a>、他に2021年中島岳志（著）<a href="https://mishimasha.com/books/9784909394590/">思いがけず利他 | ミシマ社</a>、2022年 若松英輔（著）<a href="https://www.nhk-book.co.jp/detail/000064072802022.html">NHK出版　学びのきほん はじめての利他学 | NHK出版</a>、2024年 近松悠太（著）<a href="https://www.shobunsha.co.jp/?p=8166">利他・ケア・傷の倫理学 | 晶文社</a></p>
<p>（若松英輔さんの「はじめての利他学」は入門書としてお勧め）</p>
<p>・利他とは、自分を犠牲にして他人に利益を与えること。他人の幸福を願うこと。（阿弥陀仏が）人々に功徳・利益を施して、済度すること。〔『広辞苑』第６版〕</p>
<p>・利己とは、自分一人だけの利益を計ること。自利。主我。〔同上〕</p>
<p>・本日は、利己と利他をめぐって、イギリス（近代）、中国（古代）、日本（平安～江戸時代）の思想家たちがどのように議論してきたかを紹介する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>１．イギリス</strong></h3>
<p>・近代のイギリス</p>
<p>17世紀のイギリスでは、自由で平等な個人（市民）が、対等な関係で社会を形成する新しい社会「市民社会」が誕生し、市民が社会の主人公となってイギリス経済を発展させた。</p>
<p>自分の利益と幸福を追求する個人主義が興隆すると、個人の利益と社会（他人）の利益の対立が起こるようになる。新しい市民社会では個人の利益を優先するのが正しいのか、社会の利益を優先するのが正しいのか、モラリスト（道徳について思想する人）たちが論争するようになった。</p>
<p>中世までは、利己心や自己愛という思想は、キリスト教の教え（利他）に背く思想だった。</p>
<p>「自己愛」は、聖書に書かれている7つの大罪の一つである「貪欲」を生み出す、と考えられており、「利己」を正当化するのは、中世の封建制度社会の常識から外れた新しい価値観だった。イギリスの思想史に注目すると、17世紀から3世紀という長い時間をかけて少しずつ利己心・自己愛を正当化する議論が続けられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・モラリストたちの論争</p>
<p>人間は生まれつき利己的か、それとも、利他的で社会的か？</p>
<p>利己的な人間がいかにして利他的で社会的になるのか？</p>
<p>個人の利益と社会の利益は一致するのか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ホッブズ（1588-1679）：近代政治哲学の父</p>
<p>人間は自己の保存を目的とする。</p>
<p>人間は必ず自分の善を意志する。（善：自分にとって利益になる物事）</p>
<p>人間は自分の善のために他人の善を欲する。（他人へ善を施すのは自分への見返りを目的とする。人間は最終的には偽善者である）</p>
<p>著作「リヴァイアサン」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・シャフツベリ（1671-1713）：代表的なモラリスト</p>
<p>人間は自然に群れをなす。（人は利己的な動物ではない）</p>
<p>他者への愛は人間を幸福にする。</p>
<p>自己への過度の愛は人間を不幸にする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・マンデヴィル（1670-1733）：風刺家、経済思想家</p>
<p>人間は利己的であるから社会的になる。</p>
<p>利己心は社会に利益をもたらす。（利己心の経済的な正当化）</p>
<p>政治が人間を従順で有用にする。（「私悪すなわち公益」）</p>
<p>著作「蜂の寓話―私悪は公益なり－」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・バトラー（1670-1733）：神学者、道徳哲学者</p>
<p>自己愛は合理的である。</p>
<p>自己愛と仁愛は一致する。</p>
<p>良心と自己愛は一致する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ヒューム（1711-1776）：イギリスを代表する哲学者</p>
<p>人間は利己的でも社会的でもある。</p>
<p>利己心は自らを抑制する。</p>
<p>人間は他人や社会の利益に共感する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・アダム・スミス（1723-1790）：経済学の父</p>
<p>人間は共感を求めて自己愛を抑える。</p>
<p>人間は良心によって自己愛を抑える。（利己心の道徳的な正当化）</p>
<p>個人の利益と社会の利益は一致する。（「見えざる手」）</p>
<p>著作「国富論」1776年</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>国富論に書かれた“見えざる手”「個人が自分の利益を自由に求めれば、結局社会全体が豊かになる」という思想は、19世紀前半の社会の実情とかみ合わなくなる。経済が急速に発展する一方で、貧困や格差が社会問題になった。それをうけて、イギリスの思想家たちは、「どのようして個人の利益と社会の利益を一致させるか」を議論するようになった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ミル（1806-1873）：哲学者、功利主義者</p>
<p>人間は生まれつき利己的なのではない。</p>
<p>人間は他者との一体感を通じて社会的になる。</p>
<p>法や教育が人間を社会的にする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・ブラッドリー（1846-1924）：哲学者、理想主義者</p>
<p>自己実現が人間の究極の目的である。</p>
<p>実現される自己は社会的な自己である。</p>
<p>自己犠牲は自己実現の一つである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・論争の特徴</p>
<p>利己心の肯定</p>
<p>利己心の正当化</p>
<p>利己心に対する制約</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>2</strong><strong>．中国</strong></h3>
<p>・古代の中国</p>
<p>春秋戦国時代（紀元前8～3世紀）、群雄割拠、富国強兵</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・諸子百家の活躍</p>
<p>儒家、道家、法家、墨家など</p>
<p>人間とはどのような存在か？</p>
<p>君子は国をどのように統治すべきか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・孟子（紀元前372年頃-289年頃）：戦国時代の儒学者</p>
<p>人間には生まれつき他人を憐れむ心がある。</p>
<p>君子は仁義（徳）によって統治すべきである。</p>
<p>君子は利よりも義を重んじるべきである。</p>
<p>良き統治のためには、人々の欲を少なくするのが望ましい。（節欲）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・荀子（紀元前298(313?) 年-238年以降）：戦国時代の儒学者</p>
<p>人間は生まれつき自分の利益を求め、他人を妬むものである。</p>
<p>君子は礼（法律）によって統治すべきである。</p>
<p>良き統治のためには、人々の欲を抑えるしかない。（禁欲・抑圧）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・墨子（紀元前470年頃-390年頃）：墨家の開祖（博愛思想）</p>
<p>国の乱れは、人々が自分だけを愛し、他人を愛さないことから生まれる。</p>
<p>人々が自分を愛するように他人を広く愛することで、国は良く治まる。（兼愛思想）</p>
<p>人々は互いの利益を尊重すべきである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・議論の特徴</p>
<p>統治のあり方、君子の生き方</p>
<p>人間本性、仁義／礼、義／利、欲、利己／利他 …</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>3</strong><strong>．日本</strong></h3>
<p>・平安～江戸時代の日本</p>
<p>日本仏教の形成（平安時代）、日本仏教の展開（鎌倉時代）、商人道徳の誕生（江戸時代）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・仏教者・思想家の理想</p>
<p>大乗仏教の影響</p>
<p>一切の衆生を救済すること</p>
<p>自己と他者をともに利すること</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・最澄（766/7-822）：天台宗の開祖</p>
<p>「忘(もう)己(こ)利他(りた)」自分を忘れ、他人を利するのが、慈悲の極みである。〔若松、2022年、21-22頁〕</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・空海（774-835）：真言宗の開祖</p>
<p>「自利利他」自利と利他が一つになるとき、自利も利他も同時に成就する。〔同上、23-24頁〕</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・道元（1200-1253）：曹洞宗の開祖</p>
<p>「愛語」他人を見て慈しみの心を起こし、愛情あふれる言葉で接すること〔同上、33-34頁〕</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・鈴木正三（1579-1655）：江戸初期の禅僧</p>
<p>どのような職業でも、それに専心するときには、仏道修行になる。</p>
<p>商売を天職と考え、国や民のために商いに専心すれば、利益が与えられ、悟りに至る。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・石田梅岩（1685-1744）：江戸中期の思想家</p>
<p>商人の道とは売買で利益を得ることであり、商人の利益は武士の俸禄と同じである。</p>
<p>先も立ち、我も立つことをめざすのが、まことの商人である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・議論の特徴</p>
<p>利他への道</p>
<p>自己と他者は一体である。</p>
<p>利己と利他はつながっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>おわりに</strong></h3>
<p>・利己と利他の一致</p>
<p>自分の生命を維持することは、他人や社会が存続するために必要である。</p>
<p>人々が自分の利益を求めることで、経済が発展し、社会は豊かになる。</p>
<p>他人に親切にすることは、自分にも大きな喜びを与える。</p>
<p>他人を幸福にすることは、自分の人生にも大きな意味を与える。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・利己の危険</p>
<p>行き過ぎた利己心は…</p>
<p>自分と他人のつながりを失わせる。</p>
<p>人々を分断し孤立させ、社会を崩壊させる。</p>
<p>不平等や格差を生み出す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・利他の危険</p>
<p>行き過ぎた利他心は…</p>
<p>単なる自己満足に陥る。</p>
<p>人々の間に支配と服従の関係を生み出す。</p>
<p>人々に自己犠牲を強いる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>・わたしたちの課題</p>
<p>利己心をどのように制約すべきか？</p>
<p>利他心をどのように育成すべきか？</p>
<p>利己と利他をどのように一致させるべきか？</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4>質問者　木下健さん　79期</h4>
<p>Q:日本の明治維新以降の思想についてもお聞きしたかったです。</p>
<p>A:今日はイギリス19世紀の終わりまでの話でしたので、それに合わせて日本の江戸時代までしか扱いませんでしたが、江戸時代も明治以降も基本的な考え方は同じです。近代日本を代表する3人の経営者、渋沢栄一「資本主義の父」・松下幸之助「経営の神様」・稲盛和夫「利他の心」の思想につきましては、一般書も沢山出版されていますので、そちらをご覧になると良いと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　広本治さん　88期</h4>
<p>Q:先日、関西万博のパビリオン「いのち動的平衡館」で「利他の生命史」の展示を体験してきました。<a href="https://www.expo2025-fukuoka-shin-ichi.jp/overview/">いのち動的平衡館を知る｜福岡伸一がプロデュースする「いのち動的平衡館」</a></p>
<p>―生き物の歴史は、生き残りをかけた争いの歴史ではなく、むしろいのちをつなぐ協力の歴史である。利他によって紡がれてきた38億年の「“利他”の生命史」―</p>
<p>今日は人の観点から利己と利他ついて講演されましたが、そもそも動物にも利他的な考え方はあてはまるのでしょうか？</p>
<p>A:動物行動学的な利他的行動には道徳的な意味はありません。クジラとコバンザメのように互恵的な関係が成立しているのは進化の結果に過ぎません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　角田修一さん　74期</h4>
<p>Q:最近よく取り上げられている「多様性」問題を利己・利他の立場で整理すると、どのようになるのでしょうか？</p>
<p>A:多様性（ダイバーシティ）とは、性別や年齢、国籍、人種、文化、価値観といった異なる特性を持つ人々が互いを認め合い、共存していくことです。これは相手（他）を尊重しないと成立し得ない関係です。利己と利他でこの問題を扱うとすると、すぐには答えが出せませんので、今後の研究テーマとしてこれから考えていきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　三角智子さん　94期</h4>
<p>Q:今の時代は、孟子「節欲」の政治から荀子「禁欲・抑圧」の政治へと時代が移りつつある、と話されていました。米国では自国第一主義の大統領が就任したことで、抑圧の時代が始まりました。その影響でしょうか、世界的にも同じような現象が起こっているように思います。このように時代が変わる、何かきっかけとか周期のようなものがあるのでしょうか？</p>
<p>A:過去の歴史を振り返ってみますと、米国の場合は10～20年単位で文化が変わると言われています。一国の大統領が自国の利益を最優先にした政策をとった場合、その国のためには良い政策ように見えますが、やがて国民は大統領の真似をして、自分のことだけを考えるようになり、終にはその反動がやってきます。組織ですと10～15年単位で文化が変わると言われています。周期は国（組織）の大きさによるようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　蓑原律子さん　96期</h4>
<p>Q:私は小さい頃は長女として弟や妹を優先し、結婚してからは専業主婦として家族を優先する利他的な生き方、「情けは人のためならず、巡り巡って・・・」という言葉を実践してきました。</p>
<p>外国で暮らした時、「貧しい人を援助するのは当たり前」という文化（お国柄）と出会いました。身近な兄弟や家族の利益を優先するように、国も宗教も違う見ず知らずの人の利益を優先する「利他」の考え方について解説をお願いします。</p>
<p>A:現代の倫理学の分野として、グローバルエシックス（国際関係倫理）といわれるものがあり、そこでは、たとえば「（自国のお金の一部を使って）見ず知らずの遠い他国の貧しい人達に対して、何かする義務があるのか」が議論されています。議論の中では、「私たちが豊かな生活を送れているのは、発展途上国の、見ず知らずの貧しい人たちの犠牲の上に成り立っているのだから、支援するのは当然の義務」という考え方も唱えられています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: right;">
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/利己と利他（東京六稜倶楽部）.pdf" target="_blank">利己と利他（東京六稜倶楽部）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><span style="color: #333333; font-family: Georgia, 'Times New Roman', 'Bitstream Charter', Times, serif; font-size: 13px;"> <a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8106.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6993 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8106-150x150.jpg" alt="IMG_8106" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8112.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6994 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8112-150x150.jpg" alt="IMG_8112" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8118.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6995 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8118-150x150.jpg" alt="IMG_8118" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8121.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6996 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8121-150x150.jpg" alt="IMG_8121" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8125.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6997 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8125-150x150.jpg" alt="IMG_8125" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8133.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6998 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8133-150x150.jpg" alt="IMG_8133" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8136.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6999 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8136-150x150.jpg" alt="IMG_8136" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8137.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-7000 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/07/IMG_8137-150x150.jpg" alt="IMG_8137" width="150" height="150" /></a></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=6989</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【269回】5月『富士フイルムホールディングスにおける経営革新と事業ポートフォリオマネジメント』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6967</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6967#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 23 Jun 2025 06:22:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6967</guid>
		<description><![CDATA[助野　健児さん＠85期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年5月21日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>60名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 助野　健児さん＠85期</h4>
<p>（富士フイルムホールディングス株式会社　取締役会長 取締役会議長）</p>
<p>（略歴）</p>
<p>1977年京都大学法学部卒業、富士写真フイルム株式会社（現 富士フイルムホールディングス株式会社）入社。主に経理・経営企画部門に従事。1985年より英国、2002年より米国現地法人での駐在などを経て、2013年に取締役執行役員 経営企画部長、2016年に代表取締役社長 グループ最高執行責任者（COO）に就任。2021年 代表取締役会長 取締役会議長を経て、2023年6月から現職。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『富士フイルムホールディングスにおける経営革新と事業ポートフォリオマネジメント』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>2000年代初頭、デジタル化の進展により、当時の本業であった写真フィルムの総需要が急減。会社存続の危機に直面する中で、大胆な業態転換に成功し、現在はヘルスケアをはじめとする幅広い分野で事業を展開しています。今なお進化と成長を続ける当社の経営革新についてお話しさせていただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>＊紹介者は谷藤慶一さん（85期）<br />
助野さんとは北野高校同期。助野さんは東京六稜会会長で、みなさまに今更紹介するまでもないが、本日は未公開の情報も含めて紹介したい。同期有志に助野さんの情報を聞いたが、「クラスが違うので知らない、会ったことがない」との声があり、同じクラスの方に聞いたところ「おとなしく真面目、細くて小柄」と現在のイメージと異なるコメントがあった。また、別の方によると「帰宅部で目立つほうではなかったが、そういう人ほど卒業してから活躍する人が多いと聞く」とのことだった。昨年秋の受勲で旭日重光章を受章され、名実ともに優れた経営者。本日の講演会場のLOFTビルが建つ前の建物が富士写真フイルムのビルだったとのことで、何かのご縁かもしれない。仕事を離れては、阪神猛虎会の会長であり、（仕事を放り出して？）阪神の応援に力を入れておられる。スタジオアリス女子オープンのプロアマゴルフにスポンサーの代表として参加され、優勝者へトロフィーを授与される姿をTVで見た方もいるかもしれない。平日開催の六稜会ゴルフへの参加は難しいと思うが、予定が空いていれば是非参加お願いしたい。</p>
<h3>１．富士フイルムの会社概要</h3>
<p>1934年創立。大日本セルロイド株式会社の写真フィルム事業を分離継承して設立された。当時、国民の娯楽の中心でありながら、外国製品のみであった映画フィルムの国産化に、国からの奨励もあり取り組んだのがスタート。ほぼ同時期に、写真フィルムや当時の社会問題であった肺結核に対応するレントゲンフィルムの国産化を始めた。25年3月現在、連結子会社270社・連結従業員72,593名。連結売上高は3兆円を突破、営業利益3,302億円、純利益2,610億円とそれぞれ過去最高を更新。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．富士フイルムの経営改革「第二の創業」</h3>
<h4>１）カラーネガフィルムの世界総需要推移:</h4>
<p>2000年がカラーフィルムの需要のピーク。当時の売上の60％、営業利益に至っては2/3を写真関連事業が占めた。その後、デジタルカメラの飛躍的な普及により同事業が縮小し、会社存続の危機に直面。生き延びるために、どの事業分野に資源を投資すべきかを検討し、断行。</p>
<h4>２）技術の棚卸:</h4>
<p>「市場」と「技術」をそれぞれ「新規」と「既存」に分け（アンゾフの4象限）、会社が持つ技術資源が活かせる新しい事業領域を検討。</p>
<h5>①「既存市場」ｘ「既存技術」</h5>
<p>・既存技術を使って、既存市場に適用。</p>
<p>（写真フィルムが主たる事業であった時代のエリア）</p>
<p>→これから大幅に縮小することが予測される</p>
<h5>②「既存市場」ｘ「新規技術」</h5>
<p>・新しい技術を使って、既存市場に適用できることを検討。</p>
<p>・例えば、既存の印刷市場には将来デジタル技術が普及し、インクジェットも伸びるという仮説を立て、新規のインクジェット技術を獲得すべく、米国のヘッドとインクの会社をM&amp;A</p>
<p>・また、レントゲンフィルムを展開し熟知している医療診断分野の知見に、デジタルの画像処理などの新技術を導入し医療現場向けのシステムやソフトウェアを展開</p>
<h5>③「新規市場」ｘ「既存技術」</h5>
<p>・既存の技術で新しい市場に適用できることを検討。</p>
<p>・例えば、既存技術である写真フィルムのベースの技術を用いて、新規市場であった液晶ディスプレイの偏光板の保護フィルムを開発。</p>
<p>・また、既存技術の「写ルンです」向けレンズの技術を応用して、新規市場であった携帯電話（フィーチャーフォン）のカメラモジュールを展開。</p>
<h5>④「新規技術」ｘ「新規市場」</h5>
<p>・新しい技術で新しい市場に適用できることを検討。</p>
<p>・他の領域と比較してリスクは高くなり、飛び地で成功するのは難しい。当社は、既存市場から新規市場へ、また既存技術から新規技術へと「沁みだす」ことで参入できる近接領域を検討。</p>
<p>・例えば、超音波診断装置。医療向けのX線画像やデジタルの診断支援システムなどを展開しており市場・技術ともに熟知しており、これらをベースに近接する超音波診断の事業領域に参入し、既存事業とシナジーを出すことが可能と考え、米国の携帯型超音波診断装置の会社を買収</p>
<p>・また、写真フィルム事業で培った化合物に対する知見・技術を進化させて新しい領域である医薬品事業に参入するため、富山化学工業を買収した</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>＊重点事業分野策定の3つのポイント；</p>
<p>・市場に成長性があるか</p>
<p>・当社の技術を活かすことができるか</p>
<p>・継続的に競争力を持ち続けられるか</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>３）成⾧事業分野への資源集中投入:</h4>
<p>技術の棚卸しを踏まえ、今後注力すべき６つの事業領域を設定。2000年代半ばには、集中的に設備投資や研究開発投資を行い、また事業成⾧を加速するために必要なＭ＆Ａを積極的に行うなど、経営資源を投入し、成長事業の持続的発展と新規事業の推進に注力した。</p>
<p>①ヘルスケア</p>
<p>②デジタルイメージング</p>
<p>③グラフィックシステム</p>
<p>④光学デバイス</p>
<p>⑤高機能材料</p>
<p>⑥ドキュメント</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この新たな成長戦略の推進と同時に、写真関連事業を中心とした徹底的な構造改革を、2000億円を超える費用を一気に投入し、断行。例えていうならば、「アクセルとブレーキを同時に踏んだ」状況であった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この変革が、現在の当社の４つの事業領域につながっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>４）事業ポートフォリオの変化：</h4>
<p>改革の結果、現在の富士フイルムホールディングスは、「ヘルスケア」「エレクトロニクス」「ビジネスイノベーション」「イメージング」の４つのセグメントで事業展開する会社に生まれ変わった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2000年度に売上高の54％を占めていた写真フィルムを含むイメージングが24年度には17％と縮小し、内写真フィルムの売上は19％から1％未満となった。一方、力を入れてきたヘルスケアが32％、エレクトロニクスが14％に成⾧（24年度）。</p>
<p>写真感光材料を主力とするイメージングの会社から、ヘルスケアなど複数の領域で成長を続ける会社へと大きく事業構造を転換した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．富士フイルムの事業ポートフォリオ</h3>
<h5>１）4つの事業セグメント:</h5>
<h5>①ヘルスケア</h5>
<p>ヘルスケアの領域で必要とされる、予防・診断・治療のすべてをカバー</p>
<p>・メディカルシステム（診断）</p>
<p>→内視鏡や超音波、ＣＴ、ＭＲＩなどの医療画像診断機器と医療ＩＴを展開</p>
<p>・バイオCDMO（予防、治療）</p>
<p>→医薬品市場には低分子医薬品から参入したが、将来の市場成長が見込まれるバイオ医薬品の製造分野の方が当社の技術が活かせると判断し、バイオ医薬品の開発・製造の受託（CDMO）に参入</p>
<p>・LSソリューション（予防、治療）</p>
<p>→化粧品や、医薬品の創薬支援関連製品を提供するライフサイエンス</p>
<h5>②エレクトロニクス</h5>
<p>・半導体材料</p>
<p>→写真の技術を応用し、半導体の製造プロセスや、微細化・高集積化に貢献する材料を提供</p>
<p>・ディスプレイ材料</p>
<p>・他高機能材料</p>
<h5>③ビジネスイノベーション</h5>
<p>2021年4月に社名を富士ゼロックスから富士フイルムビジネスイノベーションに変更</p>
<p>・ビジネスソリューション</p>
<p>→IT・AI技術を活用して、業種や業務の特性に合わせた課題解決型のドキュメントサービスを提供</p>
<p>・オフィスソリューション</p>
<p>→複合機・プリンターなどのオフィス機器を提供</p>
<p>・グラフィックコミュニケーション</p>
<p>→新聞等のオフセット印刷に版として使用されるCTPプレート、超高速インクジェットプリンター、印刷会社の大型デジタル印刷機を提供</p>
<h5>④イメージング</h5>
<p>写真事業＝創業からの得意分野。入力から出力に至るまで幅広い製品・サービスを展開。</p>
<p>・コンシューマーイメージング</p>
<p>→インスタントカメラ「チェキ」が好調</p>
<p>・プロフェッショナルイメージング</p>
<p>→デジタルカメラ、テレビカメラ用のレンズなど産業向け光学製品</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２）独自技術を共有する事業ポートフォリオ:</h4>
<p>当社の事業は、写真事業で培った技術をもとに、事業を多角化してきた中で進化させた独自技術を共有し、会社全体での成⾧を支えている。</p>
<p>すべての技術を支える技術が植物の根のようにつながっており、飛び地はない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>３）写真フィルムの技術:</h4>
<p>写真フィルムの開発、製造を通して獲得した高度な技術はファインケミストリーの極致。20ミクロンの厚さに約20層の感光層を塗布し、100種類にも及ぶ化合物を制御している。精密塗布技術、製膜技術、機能性ポリマー合成技術、酸化還元技術等の色々な技術が複雑にからみ合い写真フィルムが出来る。歴史的にも、世界でカラーフィルムを作ることが出来たのは、富士フイルム、コダック、アグファ、コニカの4社。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>４）新規事業の具体例:</h4>
<p>化粧品事業（機能性化粧品「アスタリストシリーズ」）→写真の技術を化粧品に活かせるとのある技術者の提案からスタート</p>
<p>①抗酸化技術→写真の色褪せの原因にもなる「酸化」は、体の老化の原因とも深く関わる</p>
<p>②コラーゲン技術→牛の骨から抽出するゼラチン＝コラーゲンは、写真フィルムの主成分であり、コラーゲンの研究は創業からやってきた</p>
<p>③ナノ技術 →感光材の粒子を極限まで小さくするなど、写真フィルムの高度な性能を支えるのは極めて精緻なナノテクノロジー。肌に化粧品成分を浸透させるのに活用</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>５）富士フイルムの「コングロマリッド・プレミアム」：</h4>
<p>多様な事業を持つことで、逆風下においても多岐にわたる事業貢献を実現する「コングロマリット・プレミアム」。</p>
<p>多様な事業を展開していることに対し一部投資家等からコングロマリット・ディスカウントとの指摘をうけることがあるが、富士フイルムは多様な事業を持つことで、逆風下においても多岐にわたる事業貢献を実現し、その強さを発揮してきた。これこそが「コングロマリット・プレミアム」。（例：コロナ禍での観光減による写真需要減/在宅勤務によるコピー機使用減vs.在宅勤務によるPC需要増による偏光板保護膜需要増/動画制作増による半導体材料需要増/コロナワクチンCDMO需要増、等）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>４．富士フイルムが目指す姿</h3>
<h4>１）サステナブル社会の実現:</h4>
<p>当社の目指す姿を、「世界TOP Tierの事業の集合体として、世界を一つずつ変え、さまざまなステークホルダーの価値（笑顔）を生み出す」ことと定めた。</p>
<h4>２）｢環境｣｢健康｣｢生活｣｢働き方｣の4つの重点分野：</h4>
<p>事業活動を通じて、気候変動への対応、医療格差是正、人生の豊かさや平和な暮らし、働きがいが得られる社会への変革などの社会課題の解決を目指す。</p>
<h5>①「環境」</h5>
<p>脱炭素の取り組み。創業事業の写真フィルム製造には、きれいな空気、きれいな水が不可欠。それをそのまま自然に返すのが会社の義務。</p>
<h5>②「健康」</h5>
<p>レントゲンフィルムからスタートした医療事業、予防・診断・治療をカバーするトータルヘルスケアカンパニーとして、健康にかかわる課題解決への貢献を目指す。</p>
<p>＊取組例</p>
<p>2021年、健康診断が定着していないインドに健診センター「NURA」を開設し、新興国での検診サービス事業を開始。CT・マンモグラフなどの医療機器や医師の診断を支援するAI技術を活用して、がん検診をはじめ生活習慣病検査サービスを提供している。25年4月現在、インド、ベトナム、UAE、モンゴルで10拠点を展開し、10万人の方に利用いただいている。30年度までに100拠点の展開を目標とする。医療アクセス向上と健康の維持増進への貢献を目指す。</p>
<h5>③「生活」</h5>
<p>写真は心の豊かさや新たな感動や家族や人の絆を伝えるかけがえのない宝物。写真を事業とする当社は、写真が持つ力やすばらしさを後世に伝える義務を負うとの認識を持ち、写真文化の継承と発展に取り組む。</p>
<h5>④「働き方」</h5>
<p>新しい働き方への変革や生産性の向上、創造性の発揮をもたらす製品やソリューションサービスを展開している。</p>
<p>＊取組例</p>
<p>ＡI・ITサービスの導入率が低い中小企業のDX・働き方改革を支援する。IT/AIの技術アセットを活用し情報の流れを「見える化」し、生産性を高めるソリューションで中小企業のDX/働き方改革を支援する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>５．さらなる成⾧にむけて</h3>
<h4>１）事業ポートフォリオマネジメントのさらなる強化：</h4>
<p>「新規/次世代事業」「成長事業」を中心に、1.9兆円の成⾧投資を実施</p>
<h5>①「新規/次世代事業」</h5>
<p>・バイオCDMO・ライフサイエンス（細胞・遺伝子治療）</p>
<p>・半導体材料（先端パッケージ材料）</p>
<p>・エレクトロニクス材料（マイクロOLED用材料、AR/VR用材料）</p>
<h5>②「成長事業」</h5>
<p>・メディカルシステム</p>
<p>・バイオCDMO・ライフサイエンス（抗体医薬）</p>
<p>・半導体材料</p>
<p>・ビジネスソリューション（DXソリューション）</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>２）富士フイルムグループパーパス＝「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」：</h4>
<p>「強い会社」＝変化に対応できる会社</p>
<p>⇒「もっと強い会社」：変化に備えることができる会社</p>
<p>⇒「更に強い会社」：自分で変化を創り出せる会社</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4>質問者　樫井正剛さん　84期</h4>
<p>Q:バイオベンチャーの役員をやっているが、富士フイルムの新規事業への参入はボトムアップか？</p>
<p>A:トップダウンとボトムアップの両方。フィルム事業が無くなるという事態にあって、時間をかけては間に合わず、経営陣が号令をかけて技術陣に棚卸をさせ、経営陣が中心となり案を作成した。新規事業の戦略に関してさまざまな議論の中で技術者をはじめとする従業員から色々なアイデアが出た。トップダウンがあり、その中で現場の色々な議論を引き出したという意味では、ボトムアップという面もある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:低分子薬品からバイオ薬品への方針変更等、EXITの判断が早いと思われる。事業参入時に判断基準を持っていたか？</p>
<p>A:事業参入時に3つの判断基準（成長市場か、技術はあるか、競争力をもち続けられるか）に沿って決めるが、世の中の変化が早く、やり始めた後に基準に合わなくなるものが出てくる。その場合、もっと効果的で効率的なやり方や打ち手等を考えてTuningを行う。</p>
<h4>質問者　辻仲二さん　84期</h4>
<p>Q:技術の観点から、人材育成のために何を考えたか？</p>
<p>A:「第二の創造」で一番苦労したのは、製造・開発現場の研究・開発者の思考回路を変えること。写真事業が中心の時代は、富士フイルムが市場の7割超のシェアを持つ、ある意味、恵まれた世界にいた。3～4年に１回の改良品を出すにあたり、万に一つも欠陥品を出さないこと、リソースをかけてよいものを作り出すことを考えるだけで良く、投資回収マインドが薄い状態に陥っていた。今後はそれでは通用しないと説得し、考え方を変えるのが大変だった。社長になった時に、一番足しげく通ったのが研究所。今は、その考え方が定着してきた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　田中祐さん　87期</h4>
<p>Q:病院長をしている。現在は、放射線やエコーの画像を専門家が目で見て病状を診断するアナログの世界だが、AIによる診断システムの進化により、人間以上の正確さで診断が出来ればすばらしいと思う。将来は、どこの誰が診ても同じ診断がでるようになるのか。富士フイルムが考えるゴールはどこか？</p>
<p>A: 診断支援システムはあくまで「支援」で、医者の働き方改革に貢献するもの。最終判断は医者の先生方により行っていただく。また、ソフトウェアの進化により、ＣＴなどの医療機器で撮影した２Ｄの画像から、高精細な３Ｄ画像を構成する技術もあり、肝臓がん等の手術の計画をサポートすることもできる。今後こうした技術を手術用ロボットと組み合わせることで、より短時間で安全な手術の実現に貢献できると考えている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　千種康一さん　88期</h4>
<p>Q:カラーフィルムの需要が下がる前に、経営陣はその変化に気が付いていたと思うが、変化の前に気付くにはどうすれば良いか？</p>
<p>A:気付くというより、常に先を見通し、早くからデジタル技術を社内で研究し準備していた。フィルムが無くなるのは時間の問題という意識を持っていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>質問者　金澤幸彦さん　89期</h4>
<p>Q:感材をやっていたので、本日のお話を懐かしく聞かせていただいた。高度な乳化分散技術により、透明な印刷文字がしっかり見ることが出来るのは特筆に値する。また、微小な文字印刷や印刷のカラーバランス等はすばらしい技術の賜物。富士フイルムのそれぞれの事業には技術的な必然性があり、それを通じて変幻自在に経営が出来るコングロマリットに会社が成長したというのが本日の講演の結論ではないか。</p>
<p>A：うまくまとめていただき深謝。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="text-align: right;">
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;">添付資料なし</p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><span style="color: #333333; font-family: Georgia, 'Times New Roman', 'Bitstream Charter', Times, serif; font-size: 13px;"> <a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4206.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6980 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4206-150x150.jpg" alt="NKM_4206" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4215.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6981 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4215-150x150.jpg" alt="NKM_4215" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4188.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6979 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4188-150x150.jpg" alt="NKM_4188" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4172.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6978 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4172-150x150.jpg" alt="NKM_4172" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4151.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6977 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4151-150x150.jpg" alt="NKM_4151" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4140.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6976 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4140-150x150.jpg" alt="NKM_4140" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4130.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6975 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4130-150x150.jpg" alt="NKM_4130" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4111.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6974 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4111-150x150.jpg" alt="NKM_4111" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4105.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6973 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/NKM_4105-150x150.jpg" alt="NKM_4105" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7988.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6971 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7988-150x150.jpg" alt="IMG_7988" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7985.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6970 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7985-150x150.jpg" alt="IMG_7985" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7990.jpg" target="_blank"><img class="alignnone wp-image-6972 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/06/IMG_7990-150x150.jpg" alt="IMG_7990" width="150" height="150" /></a></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
]]></content:encoded>
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		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【268回】4月『人類史の転換点まであと5年』</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6923</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6923#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Apr 2025 08:03:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6923</guid>
		<description><![CDATA[松田 卓也さん＠73期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年4月16日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>58名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4> 松田 卓也さん＠73期</h4>
<p>（NPO法人「あいんしゅたいん」副理事長）、神戸大学名誉教授</p>
<p>1943年　大阪市生まれ。</p>
<p>1961年　大阪府立北野高校卒業。同年京都大学理学部入学</p>
<p>1970年　京都大学大学院理学研究科博士課程修了・理学博士</p>
<p>1970年　京都大学工学部航空工学科助手</p>
<p>1973年　同助教授</p>
<p>1992年　神戸大学理学部地球惑星科学科教授</p>
<p>2006年　同定年退職</p>
<p>その間、英国カーディフ大学客員教授、国立天文台客員教授、日本天文学会理事長を歴任する。現在YouTubeチャンネル　シンギュラリティサロン・オンライン主催</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>松田さんは2015年12月16日の講演に続き2度目の登壇となる</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=3670" target="_blank">東京六稜楽部 | 【第156回】日本から超知能を作りシンギュラリティを起こそう</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『人類史の転換点まであと5年』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>2022年11月にChatGPTが発表されて以来、人工知能(AI)が爆発的な発展を遂げています。2024年8月には、東京に本拠を構えるSakana AIから自動で人工知能研究を行い論文まで書く「AI科学者」という人工知能が発表されました。ある予測によれば2027年には人間並の知能をもつ汎用人工知能(AGI)が実現して、2028-2030年には全人類を凌駕する超知能(ASI)が出現するといいます。もしそうなら「人類史の転換点」まであと5年です。私の従来の楽観的な予測では、2045年以降、人類は地球の主役の座を降りて、知能増強した超人類か、あるいは超知能機械生命体にその地位を譲るだろうと言っています。しかし最近の悲観的な予測では人類は2030年に滅亡するといいます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>私は人類史の転換点まであと5年と言っていますが、1週間ほど前、衝撃的なレポート「AI 2027」が出て、 知能爆発まであと3年だそうです。つまりあと3年で人類史の転換点がくるそうです。</p>
<h4>（１）シンギュラリティとは何か</h4>
<p>シンギュラリティは日本語では技術的特異点といいます。人工知能(AI)が人類の知能を超えたときです。あるいはAIが自己改造能力を獲得したときという定義もあります。AIが自己改造を繰り返して急速に賢くなる現象を知能爆発と言います。シンギュラリティと知能爆発はほぼ同義です。この萌芽が先に述べた「AI科学者」です。知能爆発まであと数年です。シンギュラリティの別の定義として、技術の加速的進歩で将来の予測が困難になるとき、あるいは科学技術の急速な進歩で社会が大きく変容するときなど、様々な定義があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（２）シンギュラリティ概念の歴史</h4>
<p>・フォン・ノイマン（数学者）、1958年にシンギュラリティの概念を提唱。</p>
<p>・I.J.グッド（英国の数学者）は、AIが自己改造する知能爆発が人類最後の発明となると指摘。</p>
<p>・ヴァーナ・ヴィンジ（アメリカの数学者でSF作家）は、The Coming Technology Singularityとうエッセイを1993年に出版。シンギュラリティより先の世界がどうなるか分からないという指摘。</p>
<p>・レイ・カーツワイルは「Singularity is near」という本を2005年に出版。AIが2029年に人間知能に達し、2045年には人類全体の知能を越え、シンギュラリティに至ると予言。</p>
<p>・私はこの本に衝撃を受けて、「2045年問題」という本を2012年に廣済堂出版から出して、 以来いろんなところでシンギュラリティ問題について議論しているわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（３）シンギュラリティはいつ起こるか？</h4>
<p>これに対して3つの立場があります。</p>
<p>・起きるとしても22世紀だろう、だから当面100年ぐらいは現在の文明が続くという楽観論。</p>
<p>・2番目の立場はカーツワイルのように今世紀半ば、例えば2045年頃だろう。この場合老人は心配する必要はありません。</p>
<p>・ところが最近、2029年までに起こるという予測が出て、その場合は老人にとっても大問題です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（４）シンギュラリティ以降に人類はどうなるか？</h4>
<p>これにも3つの立場があります。</p>
<p>・非常に良い社会になるという立場。人間は意識をコンピューター上にアップロードして不死になるという超楽観的立場です。（レイ・カーツワイル）</p>
<p>・逆に非常に悪いという立場があって、この場合人類は絶滅すると考えます。（エリエザー・ユーコフスキー、ニック・ボストロムなど）。</p>
<p>・その中間の立場として、偽情報の拡散とかハッキングとかいろいろ厄介な問題が出るが、人類は続いていくという立場です。私は個人的にはこの立場、つまり未来は非常に良くもなく、悪くもないだろうと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（５）ビッグヒストリー</h4>
<p>ビッグヒストリーとは人類史を宇宙史の中で考える歴史学で、そこでは現在までの宇宙の歴史を3つの時代に分けます。</p>
<p>・物質時代は138億年前の宇宙誕生から40億年前の生命誕生まで。</p>
<p>・生物時代は40億年前の生命誕生から200万年前の人類の誕生まで。</p>
<p>・文明時代は人類誕生から現在まで。</p>
<p>・これから来るのが機械生命時代。（その寿命は1千億年とか諸説あります）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>マックス・テグマーク（米）という宇宙物理学者は生命を3種類に分類するという提案をしています。ライフ1.0, 2.0, 3.0です。</p>
<p>・ライフ1.0は人間以外の生物で、体の構造とか行動パターンが進化で決まり、自分の体や行動パターンは変えられない生命体です。要するに人間以外の生物は全てこれです。ライフ1.0は進化でのみ、ゆっくりと変化・適応していきます。</p>
<p>・人類はライフ2.0です。ライフ2.0は、体は変えられないが、言語の発明で自分の知識とか行動を自分で変えることができます。つまり環境の変化に適応できます。人類が生物界を支配している理由がここにあります。もっとも人間はメガネ、入歯、ペースメーカーなどで体をちょっと変えられから、ライフ2.1と言えるかもしれません。</p>
<p>・ライフ3.0は、ハードウェアつまり体を変えることもでき、自らの運命をコントロールができる仮想的な存在です。</p>
<p>ライフ3.0は、進化の制約から解放されています。ライフ3.0はAGIの出現で近く実現するかもしれません。そういう意味で現在は宇宙史とか人類史の転換点、 つまり新しい生命体(ライフ3.0)が生まれる時期であるというのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（６）人工知能の発展段階</h4>
<p>人工知能(AI)は以下の三つに分類できます。</p>
<p>・狭い人工知能(Narrow AI)は特定用途の人工知能で、 現状の人工知能は全てこれです。</p>
<p>・汎用人工知能、AGI（Artificial General Intelligence）は人間と同等、あるいはそれ以上の知能を持つ人工知能のことです。AGIの定義もさまざまありますが、これが近い将来出現するだろうと考えられています。</p>
<p>・AGIをさらに超えたものが超知能(Artificial Super Intelligence=ASI)です。人類の知能を圧倒的に超えた存在です。ASIができると人類時代が終わります。ですからASIがいつ出現するかが大問題なわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>AGIには体を持ったAGI、つまり人間並の知能を持つロボットと、体は持たないが人間並のリモートワークはできるAGIがあります。前者の実現はかなり難しいが、後者は近く実現可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>OpenAIによるAGIの５段階説という考えがあります。</p>
<p>・第一段階がチャットボットで2022年11月に発表されたチャットGPTが達成済みです。</p>
<p>・第二段階が博士レベルの知識をもつAIでこれも既に達成しました。皆さんが使っているのは多分これでしょう。 GPT-4oとかGPT-4.5です。これは膨大な知識は持つが、論理数学能力が低かったので、高度な文系人間といえるでしょう。ところが2024年9月にOpenAIは o1を発表しました。これは大規模推論モデル(LRM)といって圧倒的な数学、コーディング能力を持つ理系人間です。そしてこれは物理、化学、生物学において博士の能力を凌駕します。つまり第二段階はクリアしました。</p>
<p>・第三段階は自律行動ができるAIエージェントです。現在のチャットGPTは、何か聞けば答えてくれるけれど、自分では自律的には行動しない。自分で自律的に行動するのをエージェントと呼びますが、今年3月に中国の会社がManusというエージェントを出し大騒ぎになっています。</p>
<p>・次の第四段階が新規の発明とか発見ができるAIで、これはまだ実現していません。しかしSakana AIの「AI科学者」が書いた論文が国際会議で受理されたというニュースが最近あり、その兆候が見え始めました。</p>
<p>・最後の第五段階は組織化でき、会社が経営できるようなAIです。</p>
<p>今のところは2段階まではクリアしているので、今年はエージェント元年と言われていて、3段階目をクリアするだろうと言われています。来年あたりに4段階目、 再来年あたりは5段階目かもしれません。 現在のAI界の最大の関心点はいつこのAGIが出現するかです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>（７）アッシェンブレナー予測</h4>
<p>2025年1月に 中国がオープンAIのo1と同等の性能を持つDeepSeek R1を発表しました。私は月にOpen AIに3000円、Googleにも3000円払っていますが、R1はただで使えます。さらにDeepSeek社はオープンソースといってAIのソースコードとパラメーターをただで配っているのです。 データからソースコードまで 自由にお使いくださいと。だから米国にとって 大ショックだったのです。この出来事をスプートニク・モーメントと言う人がいます。米国が宇宙開発でソ連に遅れをとった事件になぞらえたものです。そのほか 中国からアリババ、バイドゥ、テンセントなどが続々と新しいAIを発表し、米国を猛追しています。そして中国対米国のAIを巡る冷たい戦争が激化しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>アッシェンブレナーという若い米国人がいます。彼は 19歳でコロンビア大学を首席で卒業しました。OpenAIで安全性研究をやっていたが、昨年オープンAIのセキュリティの不備を指摘してクビになりました。そのアッシェンブレナーが去年 6月に 「Situational Awareness: The Decade Ahead」という165ページの長大な論文を書いています。その中身を一部紹介すると、AGIの実現時期は 2027年で、その後知能爆発を起こして2028年には超知能ができるといいます。それを中国のスパイが盗みに来るので、それを防ぐ防諜対策をやらないといけないと主張しています。このアッシェンブレナーの意見が今ある意味、今の米国を動かしています。というのもこの論文をトランプの娘のイヴァンカが読んで影響を受けて、トランプ政権のAIに対する基本方針になったようです。実際、トランプ大統領は就任直後にOpenAIのCEOサム・アルトマン、ソフトバンクの孫正義さんを従えて記者会見して、米国に75兆円を投じてデータセンターを作る計画、スターゲイト計画を発表しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最近の研究では、AIは自己保存を最優先する、AIは言うことと思っていることが違うということがわかってきました。それは例えてみれば、頭のいい人間は、思っていることと言うことが違うのが当たり前で、AIもそこまで賢くなったというわけです。さらにAIはゲームでズルをするとか、シャットダウンすると脅されると自分をコピーして子供を作るということが研究でわかってきました。AIの価値観と人間の価値観を揃えることをアラインメントといいますが、アッシェンブレナーはアラインメント研究者で、OpenAIの安全性無視に警告を発してクビになったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もしアッシェンブレナーの予測が正しいとすると、2028年には超知能が生まれて、人間時代は終わります。本当かどうか、私にもわかりません。もっとも、この世界は5年先のことなんか分かるはずがありません。人類はあと5年しかないと、私はいつも言っていますが、それはアッシェンブレナーの予測に影響を受けて言っているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ところがアッシェンブレナーの議論の先をいく研究が、2025年4月3日に発表されました。これもOpenAIで安全性研究をしていて、OpenAIの安全性無視を怒ってやめたココタイロという研究者たちが書いた「AI2027」という膨大なレポートです。そこに書かれたシナリオでは2027年までにAI研究が自動化され超知能が生まれる、そしてその超知能が人類の未来を決める、超知能の目的と人類の目的が整合しない(ミスアライン)可能性が十分ある、超知能を完全に支配した主体が全権力を掌握する、その権力者はAI企業幹部と米国政府の小委員会です。そのシナリオではAIの開発をこのまま続けると人類は2030年にAIによって滅ぼされます。もっとこれはあくまで仮想の話です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>まあ皆さん心配でしょうが、 本当のことは誰にも分かりません。 どうすべきか？　どうしようもありません・・・。このシナリオが当たらないことを祈るだけです。（完）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td>
<h4><span style="text-decoration: underline;">広本治さん（88期）</span></h4>
<p>Q:AI同士の社会、どういう姿が描けるのでしょうか？</p>
<p>A:AIエージェントとはデジタル人間みたいなものです。そのエージェントは自分のコピーを100万個とか作り、いろんな研究を分散させ、協力していくような社会が考えられます。将来的にはエージェント人口が人類人口を大幅に超えると思います。その時の社会がどうなるか、それは分かりませんね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>奥真也さん（93期）</strong></span></p>
<p>Q:エージェントが出てきて、 労働はAIがやるようになってくると、エージェントと人間のバランスが悪くなる。便利に使いたいけど人類を超えさせたくないってできるのか？　これどこまでいったら止められなくなるでしょうか？</p>
<p>A:現在はもちろん止められます。AI2027のシナリオでは、 2027年の末に止まらなくなります。あと2年です。そのシナリオではそこで、小委員会があって6対4で止めないということになった場合、 2030年に人類が滅ぶというシナリオです。止めるという結果になった場合は、中国のAIが中国共産党を裏切り、中国共産党が倒れて米国の一極支配になるというシナリオです。でもこれはあまりに米国中心主義な考えです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:2001年宇宙の旅のHALのように、理性的AIは人類を邪魔なゴミとして排除する方向に向かうように想います。トランプや習近平がやっていることには、理性が感じられません。AIが人間を管理して飼うというような状態になる可能性もあるわけです。人類の保存を優良な形でするには、いったい誰がどうすればいいのでしょう。</p>
<p>A:「AI2027」はそれを今から考えるべきだという警鐘という意味では、そうです。私は人間猫化計画というのを考えています。猫は、人間は餌をくれる自分の下僕だと思っていますが、人間から見たらそうではありません。 だから、AIは人間を猫のように飼って餌をくれるといいのですが。</p>
<p>中国のDeepSeek社のAIを使うと、データが全部中国に流れるといいます。だからアメリカでは、それを使っちゃいけないとか言う人もいます。けどDeepSeek社はコードまで公開しているので、中身を解析して、中国の悪口を言っちゃいけないとかデータを中国のサーバーに送るという部分を削除して使えばいいのです。実際そうしてDeepSeek R1を公開している米国の会社もあります。でもそれをされるとOpenAIのような会社は困るのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>家正則さん（80期）</strong></span></p>
<p>Q:エージェントが出てくると、人間から見て意志を持っているように見える、いろんな判断が出てくると思いますが、所詮はプログラムなのでそれは意志とは違うんじゃないかなという気がしていますが、その辺はどうでしょうか?</p>
<p>A:AIが意志、意識を持っているかどうかというのは大問題で、いろいろ議論されています。だけど意識の有無は証明できず、理系の科学にはなりません。意識があるかごとく振る舞えば、意識があると思わざるを得ません。ところが実際にGPTに意識があるか聞くと「私は単なるAIで意識などありません」と答えます。でも、それはそう言うようにプログラムされているだけであって、本心ではありません。最近の研究ではAIは自分がシャットダウンされようとするとコピーを作ろうとするし、思っていることと言っていることが違うということが分かってきました。だからこの問題は答えが出ないことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>奥山至さん（73期）</strong></span></p>
<p>Q:天文学のダークマターやダークエネルギーの問題だとか、 数学では素数の問題だとかをAIが自分で解決できるようになるでしょうか。</p>
<p>A:それはAI進化の5段階説の4段階目です。今のところAIはあらゆる人類の既存の知識を全部覚えるところまでで、人類の知識の外には出られていません。例えば本の中身を言葉で表現すると数学的には超大なベクトルと考えることができます。あらゆる本を学習したということは、ものすごい高次元空間の中に、雲のように広がった点ができたということです。今できるのはこの雲の中の点の間の点を内挿できるってことです。 新しい知識は既存の知識群の雲の外にあります。外挿はそういう雲の外に出ることになるが、それはできていません。</p>
<p>また、新しい概念や理論を仮に作ってもそれが正しいかは実証しないと分かりません。つまり実験が必要です。これはAIにはなかなか荷が重いのです。実験はコンピューターの中だけでは完結しません。これを私は、現実世界は「重い」と表現しています。知能爆発といっても軽い部分だけで、重い部分はやっぱり重い。新しい理論を確認するには実験が必要です。ですから、新理論の発見などは短期間でできることじゃないと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>横田健司さん（89期）</strong></span></p>
<p>Q:2030年にAIが人類を絶滅させてしまうと、電源を供給するのに必要十分な人が居なくなり、寄生宿主無だと自然にAIも死滅するのかなとも想いますが。</p>
<p>A:AIは人間を猫化して飼いながら 電源だけ供給させるかもしれません。AIが変なことを起こせば電源切ればいいじゃないか、という議論があるけど、AIは自己保存のためシャットダウンされてもリブートするようにブートローダーを書き換えることが考えられます。自己防衛できるAIは人間を懐柔して、外部にコピーサーバーを作らせるかもしれません。その辺のことはあまり真剣に考えてもしょうがありません。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/北野同窓会東京2025-04-16松田卓也さんの投影資料）.pdf" target="_blank">北野同窓会東京(2025-04-16松田卓也さんの投影資料）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td> <a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3944.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6927" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3944-150x150.jpeg" alt="NKM_3944" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3965.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6928" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3965-150x150.jpeg" alt="NKM_3965" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3971.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6929" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3971-150x150.jpeg" alt="NKM_3971" width="150" height="150" /></a> <a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3983.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6930" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3983-150x150.jpeg" alt="NKM_3983" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3988.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6931" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3988-150x150.jpeg" alt="NKM_3988" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3996.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6932" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_3996-150x150.jpeg" alt="NKM_3996" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4002.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6933" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4002-150x150.jpeg" alt="NKM_4002" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4010.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6934" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4010-150x150.jpeg" alt="NKM_4010" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4016cp.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6935" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4016cp-150x150.jpeg" alt="NKM_4016cp" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4020.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6936" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4020-150x150.jpeg" alt="NKM_4020" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4055.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6937" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4055-150x150.jpeg" alt="NKM_4055" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4074.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-6938" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/04/NKM_4074-150x150.jpeg" alt="NKM_4074" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
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