Salut! ハイジの国から【第1話】

2010年2月28日

筆者の経歴~運命の英国留学

六稜WEBの皆様、こんにちは。マルキ明子(97期)と申します。今回よりWEB上で連載を担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いい たします。

「小説を書いています」と言ってもまだまだ駆け出しの身。「知らんなあ。あんた、何者?」というお声が聞こえてきそうなので、自己紹介をしながら綴り始め てみたいと思います。

1966年、大阪生まれ。北野高校を卒業後、同志社女子大学英文科にて英文学を専攻。その後、住友信託銀行に勤務しましたが、バブル絶頂期に魔が差して退 職。その二週間後には憧れの地、イギリスの土を踏みました。ケンブリッジ英検に受かって自信をつけて帰国し、銀行時代にはとんと縁が無かった「英語を使う 仕事(かなり具体性には欠けますが)に就くんだ!」という希望に燃え、ステップアップのための語学留学でした。

ところが学校初日に昼食を共にしたスイス人男性と段々親しくなり、留学中の楽しみとして「おまけ」の筈の恋愛が大いなる人生の分岐点となり、帰国どころか そのまま後を追ってスイスに渡ってしまうという大波乱(自分の名誉のために言い訳しますが、英検は優秀な成績で受かりました)。1991年12月のクリス マス・イヴからスイス在住の身となりました。


▲未来の夫と共に語学学校前にて
結婚してスイスに住むとは夢にも思って
いなかった無邪気な笑顔の私と、日本人
妻を持ち苦労する羽目になるとは知らず
に照れるRoger

留学中の出来事について少しお話します。

留学先はWoking(ウォキング)という、ロンドンから電車で40分ほどの小さな町。後で分かったことですが、英語圏の留学人口の大部分はスイス人と日 本人。確率的にもくっつく可能性が高い、というわけです。実際、私がスイスに来て友達になった日本人女性のほとんどは、イギリス・オーストラリア・ニュー ジーランド・カナダ等の語学学校で知り合っています。

私と「未来の夫」がいた学校も御多分に漏れず、日本人、スイス人、スペイン語圏の人間(本国と南米)、アラブ語圏という順番の人種配布でした。当然、同じ 語圏同士で固まるという、留学生として実にけしからん状況になるわけですが、出来るだけ避けたかった私は(自費留学でもあったし)日本人の友人とサウジア ラビアから来た女性の三人で行動し、ずっと英語で会話をしていました。一方、未来の夫は自国の女の子とばかりつるんでいたのですが…。


ディスコパーティは世界を繋ぐ▲
出身地は様々。日本、韓国、メキシコ、アルゼンチン、
エクアドル、イタリア、スペイン、イエメン、サウジア
ラビア、スイス。サッカーワールドカップも開けそう?

学校はレンガ造りの豪邸を改築した建物で、校長先生以下、事務長・教師全員が女性。授業は上級クラスで英検を目指すクラスほど厳しくなりますが、学校全体 の雰囲気は柔らかくて品が良く、一つの家族のように和気あいあいとしていたことを覚えています。遠足やディスコ・ホームパーティなど学校又は生徒主催のア クティヴィティが盛んで、気をつけないと勉強が疎かになってしまうほど楽しい毎日でした。この数々の「催し」を経て、カップルがどんどん誕生していく…。 その中の一組が私達でした。