われら六稜人【第39回】がちゃぼいマンガ道

講演風景(photo : 藤江輝治)

第7話
日本人と笑い文化

    日本の場合はどうかといいますと、皆さん非常にマンガ好きで、実際に今、マンガブームなんですけれど、今までマンガというものが日本では、あんまり盛んで なかった時代があるんです。戦争が終わりましてからマンガというものがどんどんブームになって来ましたけど、戦争前は実際にひどかったんです。マンガを読 んでいる人間というのは馬鹿扱いされてましたし、マンガを描く人間というものは完全に日本人の中でも劣等人種みたいに言われていた時代があったわけです。
    何故かというと、日本人というのは大体笑わないんですね。悲劇が好きなんです。と、僕は思うんです。非常に悲しい話とか泣かせる話なんてのを日本人は好み ます。特に、ちょっと田舎のほうへ行きますと、大抵ヤクザ映画か泣かせる映画か…どっちかをやってます。喜劇はあんまり受けないんですね。チャップリンだ ろうがマンガ映画だろうが。実際、田舎の人に聞いてみますと「笑うということはいくらでもできる」って言うんですね。「面白いことというのは世の中にいくらでもある…しかし、泣かす ということは、人が死ぬかあるいはお金が無くなるか、いづれにせよ滅多に無いことだ」と言うわけです。
    私たちはうんと泣いて「泣く気持ちを味わいたいんだ」と言う人もいまして、とにかく、日本人というのは昔から泣くことが好きです。

    ただ、僕が考えるに日本民族というのはもともと笑う民族だったんじゃないかと思うんですよ。特に、古事記とか日本書紀なんか見ますと、非常に面白い話があ る。中には非常にエロっぽい話もあるわけです。こういうような話を日本人の先祖たちは、おそらく話し合いながらみんな笑っていたと思うんです。笑い話がだ んだん残っていってユーモラスな神話になったんだと思うんです。
    そういうものが何故、日本人から無くなっていったのか、いつ無くなったのかと言いますと、封建時代の雰囲気みたいなものに非常に影響されているんじゃあな いかと思うんです。

    非常に難しい話になりますけど…封建的な階級制度というものが一時確立され、士農工商といいますか、とにかく権威と庶民というものがこんなに離れていた。 権威に対して、ちょっと笑うどころか歯でもむきだそうものならば、すぐにでも打ち首か牢屋にぶち込まれる。
    殿様がいまして、そして百姓がいます。殿様が歩いているのを見て百姓がニヤッと笑いでもしたら、それが全然別の事で笑ったとしても、すぐ「無礼者」といっ てお手打ちになる。それで文句もなかったわけです。そういうような世界が何百年も続いたわけですね。
    しかもその後、日本は軍国主義になっていって軍閥が跋扈するようになった。そうすると今度は軍閥が殿様とか領主に代わって非常に権力を持っていった。これ を笑ったり風刺したりすると、すぐ捕まえられたり処罰されたりした。そういう風潮がつい最近まであったわけです。

    こうした非常に歪んだ風潮が長い間、日本を跋扈していたために、日本人というものは本当におかしいこと、本当にユーモラスなことに関して段々無神経になっ て来た。あるいは、目をつぶろう、つぶろうという気持ちが起こって来て、笑いが失われて来たんじゃあないかと思うんです。ところが戦後は非常に自由で、ど んなに風刺とか諧謔とかユーモアというものを出しても誰にも怒られない。ずいぶん大らかに笑えるようになって来ました。それが昨今のマンガブームに繋がっ ていったと思うわけです。
    しかし、僕はそういう理由と共に、もっと面白い理由があるからこそ、これだけマンガが盛んになってきたんだと思う。それは何かというと、マンガというもの は非常に子供の描く絵と似ているんですね。特に、小さい子供の描く絵と似ているんです。

Update : Jan.23,2001

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