われら六稜人【第37回】神の御手となりて

焼き締め
生かされている自覚を

    この年末に、阪急池田の市民ギャラリーで6回目の個展を開いたんや。そこで通算310種類目の人形を展示した。だいたい年間30くらいの割合で新型を作り 続けてる。ペースは早なったねぇ。それだけの種類を作る人は世界でもおらんと思うよ。せいぜい10か20や。後は売れ筋の型で同じもんを量産するだけ。普 通、商売で作ってたらそうなるやろ。わしは違うんや。商売でやってるわけやないねん。神さんが「次のをつくれ、新しいのに取り掛かれ」いうて、わしの手を 動かしよんねんな。それに素直に従ってるだけ。ミッションなんや、使命。神さんには、悲しいかな手がないんや。他のことは何でも出来る、万能や。だけど、手を持ってはらへん。それで、波長の合う人間を見つけて仕事をさすわけ や。みんな、そうなんやで。若い時は感じへんけどな。今に解る。だんだん自覚してくるわ。科学万能やなんて言うけど、科学では測れないものがあるねん。そ ういうもんが働くんや。
    この神さんにも181のグレードがある。それで、この世(人間界)には何千万という神さんが降りてきてるわけやけど…立派な仕事をする人には、必ず立派な 神さんが付いていて、ええ仕事ができるように助けてくれるわけや。自分では解らんで。解らんけども、自覚はないけども…インスピレーションとして与えられ るんや。衝動というか。

    わしも若い時はそんなこと解らんかった。いや、おぼろげには解ってたけど、確信が持てなかった。「そうじゃないかな…?」とは思うとったけど、やっぱり人 間には「我」があるからな。「これは俺の力でできたんや」そう思いたいやん。だけど、それで思い上がってしまったら、その時点で光が通らんようになってし まうんや。その人の霊が曇ってしまう。そうすると神さんの光が…真・善・美と呼ばれているものが…その人に届かなくなるわけや。
    これはちょっと不思議やけどね。わしくらいの歳になったらよう解るねん。そういう原則を覚えてたら、神に感謝できるでしょ。もっと謙虚になってね。そしたら、もっといい仕事ができるようになるんや。
    「これは神さんの仕事なんや。神さんの代理でやらしてもうてるねん」わし、それを自覚するのえらく時間かかった。でも、そうやって常に自分の霊をきれいに 心掛けていれば、神さんと霊の波動が一致して、神のエネルギーがさーっと通りやすくなる。そういうもんやねん。確証あるよ。

    毎週月曜日と金曜日に、西淀川の御幣島の工房で人形教室やってるんや。30人くらいの生徒が、ぱらぱら来よるねんけど。みんな優秀になってな。そのうち2 人がグランプリ取ったんやで。魂が浄化されるもんやから、人形も…上等のオーラが漂う人形を作れるようになるねんな。そらそうや、わしと一緒におるねんか ら(笑)。神の光をいっぱい受けて、自分も聖化されてね。その霊が人形に移るやろ、作品に。そうすると審査員が解るねんな。それでグランプリ。そういうも んや。
    まだ業が落ちてない人は、その光にさらされて禊ぎ払い…魂のクリーニングが始まるわけや。体のどこかが痛くなったり、病気してみたり、骨が折れてみたり… そういう災厄がおそってくるわけや。それを乗り越えんと魂は美しくならへん。気の毒やねん。もう、だいぶ終わった人もいるけどね。わしのとこ来るのはええ けど、みなそうやって贖いせなアカンから(笑)。

    母校の高校生も含めて、今の若い人に言いたい。「勉強、勉強」ばっかり言われて、ほんまに勉強せなアカンような強迫観念を持ってるかと思うけど。少なくと もね。何で人間は生まれてきたのか?何のために生きてるのか?このことをよく考えてほしい。ほんで、ちょっとでもいいから「神」概念っていうもんを持って ほしい。宗教とは関係なく、ね。
    勉強も大事や。人間が成長するには。でも「神」概念を少しでも持ってほしい。そういうコンセプトがあれば「人間」がぐんと変わる。わしはそれが言いたい。「勉強」ばっかりじゃなくてね。

    人間は何ゆえに生きているのだろう。生かされているのだろう…そういうことをね。「使命」というか「自覚」やな。神の現われとして、神から課された重大な 使命を自覚して、ただただ利益追求にばかり走るのではなく…そういう自覚を持ったら世の中ようなりますわ。立派な仕事をする人というのは、そういう使命を 受けてる(と自ら感じている)人なんや。

    わしもまだまだ自分に満足しとるわけやないよ。75歳、まだまだアカンのや。これからも日々精進するよ。

Update : Nov.23,2000

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