われら六稜人【第26回】科学を志す人のために


吹田市古江台にある
大阪バイオサイエンス研究所(OBI)

第8研究室
睡眠に賭けた第二の人生

    アメリカではこの10年来、医学部・看護婦学校・医療従事者には必ず「睡眠学」の単位を取得しなければならないことになっています。すでに睡眠の専門家が 3,000人くらいいると言われています。睡眠専門のクリニックも300以上あります。そこには立派な病院があって、睡眠異常の入院患者がいるのです。カナダやヨーロッパで運転免許を取得する際に、必ず睡眠異常について尋ねられます。睡眠異常の家系かどうか聞かれるわけです。向こうでは徹底的に調べます からね…私くらいの年になり、夜中に心臓麻痺で死ぬと「睡眠時無呼吸症候群」ではないか徹底的に調べられます。「心臓麻痺」の実に半分くらいが本当はこの 病気ではないかとも言われています。
    これは治療すれば直る病気なんです。治療さえ行えば死ぬことはないのですが、治療しなければ8年くらいで8割くらいが死に至っています。

    さらに、睡眠の問題がもっと社会的、経済的に由々しき問題に発展するのは…「交通事故」「医療事故」「産業事故」のかなりの部分が睡眠障害によるものであ ると言われているからです。アメリカでは7兆円くらいが睡眠障害による損失と考えられています。だからその研究に1兆円くらい出ても決しておかしくないの です(実際はもっと少ないのですけど)。
    日本でも…3年前から毎年3億円、合計9億円をいただいて研究を進めています。今年また3年間の延長更新をしてもらいました。もちろん私一人でなくて、日本の睡眠研究者30くらいのグループに出されているのですがね。

    睡眠だけでなく脳の機能の研究は21世紀に残された研究としては一番発展の期待できる領域で、今いいところに来ています。思えば16、7年ほど前。京都大学を定年で辞めた時に、普通の人ならもう隠居を考えると思うのですが(笑)、私は大学の教室員で「これから他所で研究を続 けようと思うのだが…大学を辞めたし、学生もいなくなったから無理に論文も書く必要もない。何か他人がやっていない面白い研究テーマは無いかな?」と聞い てみたのです。
    まだ誰もやっていなくて、重要で、21世紀にかけて研究しなければならない面白いテーマ…。誰かが「睡眠はどうですか」と言った。初めは誰も相手にしな かったのですが、確かに「睡眠」というのは誰もやっていないし、何も解っていない…それで「睡眠をやろうか」と言うことになったのです。

    「じゃあ、睡眠をやるけど…ついてくるか?」と聞いたところ、半分ほどの人は「考えさせてもらいます」という返事だった。無理もないよね。それでも奇特な人はいるもんで…3、4名が付いてきてくれたんです。それを中核メンバーにして、科学技術庁に行きました。
    「先生それは面白いから、是非やってくれ」科学技術庁の返事は好意的でした。しかし文部省ではありませんから「製品に結びつかないといけないのではない か」と聞き返すと「いや先生、それはいいですよ。もちろんホームラン1発かっ飛ばしてくれたら有り難いですけれど…三振ばかりでも結構です。5年間終わっ て何も出なくても結構です」そう言って担当官がポンと15億円を計上してくれたんです。バブル絶頂期で、金のある時期だったんでしょうね。

    それで全国公募をしたところ、20名程の人が集りましたので、そこから睡眠の研究を始めたのです。あれから17年…プロスタグランジンという物質が生理的睡眠を発生させることを発見しました。今もその研究を続けています。
    若い人のお陰でたくさんの論文もできたのですが、新説というのはなかなか信用してもらえないもんなんです。今からちょうど10年前の1989年に、アメリ カでデメント博士(William Dement、 スタンフォード大学)という睡眠学会の大将が「お前が言っていることは面白いから、総会で発表してくれんか」と言ってくれて、ワシントンで講演しました。 それでもなかなか信用してくれない。半分くらいの人が「これは面白い」、もう半分くらいの人が「これは何を言ってるんだ?」とね(笑)。

    今年10月、4年に1度の世界睡眠学会の総会がドイツのドレスデンで開催されて、世界中の1,500人くらいの睡眠学の専門家が集まりました。そこで第1 回の学会賞を受賞したのです。やっと若い人たちが「ドクター早石の言っていたのは本当だった」と認めてくれたのです。研究というのはそんなものなのです。

    脳死判定の時に脳波を測りますけれど、睡眠の研究でも脳波を測るのは非常に大事なことなのです。これはドイツのハンス・バーガーが発見し、1923年くら いに発表したのですけれど、彼は誰にも信用してもらえなかった。「脳波」なんてあるはずがない、心臓の電気活動を頭なんかで測っとる…と。
    結局、彼は自殺してしまいます。実はその年のノーベル賞候補者の中に彼の名前がありました。誰か推薦する人がいたのですね。ドイツでは全然認めてもらえ ず、失望して自殺してしまったのですが。ハンス・バーガーに限らず…そう言う例は他にもたくさんあります。人と違う新しいことを言いだすと10年、20年 かかってもなかなか信用してもらえないのです。

    私らの仕事もそうです。始めてから17年位なるのですが、やっと今年…世界の学会の半分以上の人が認めてくれました。でも、まだ根強く反対する人は沢山います。それはエキサイティングですよ。

    なんか…今日は、あまり北野の話が出てこないので申し訳ないね(笑)。

Update : Nov.23,1999

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