われら六稜人【第18回】もうひとつの甲子園



第6版
駆出しのフレッシュマン時代

    さぁ、無事就職できた。「All for one」に感謝。凸版印刷という会社は、大蔵省印刷局のOBが興した会社でね。ちょうど来年で100周年になるけど…戦後は10円札なんかを刷ってた。会 社の中に巡査がいる…という会社も珍しかった。親がみな安心するんやね、会社で悪いことできんから(笑)。
    それで先輩が開口一番に言うには「印刷会社いうのはアメフットと一緒、特性活用の会社や。頭で行くか、腕で行くか、体で行くか…どれか1つはないとアカ ン。頭使うんやったら研究所に配属したる」。親心やろな…ぼくが北野中学出てるもんやから、一生懸命コツコツ勉強したらいけるやろ…という配慮かな。で も、ぼくは「体力」を選んだ。そしたら営業や。ホンマは…ぼく、ちょっと生意気やったからな(笑)。「何これ?どうすんの?」とか言うてたら「アイツ生意 気や…いっぺん営業の苦労させぇ!」というコトになって。そこから人生が狂ってしもーたんや。あっはっは。ま、それはともかく…当時いっぺんに100人の大学生を採る会社はなかった。景気は頗る良かった。何しろ札ばっかり刷ってたからな…インフレの上昇期で ね、「2銭」の焼きイモが瞬く間に「5円」になって…だから10円札が間に合わんかった。だけどね…大蔵省で10円札の増刷体制ができたら、それ以降は民 間会社で札は刷れんようになった。さぁ大変や。
    今まで銀行の小切手とか、株券とか…全部、断ってた。札束ばっかりやってたから(笑)。「ウチはお札やってますから。とてもおたくの仕事まで、忙しうて手 が回りませんわ」そう言って偉そうに断ってたらしい。そんなこと、ぼくは知らんがな。叔父が専務をしてた大和銀行へ注文取りに行ったら「キミ、よくウチの 銀行の敷き居跨いだな。会社に帰っていっぺん先輩に聞いてこい」そう言うて門前払い。しょうがないから…こっちはアホみたいにペコタンペコタンしてやね。 仕事、何とかして貰いたいから。

    もぅホント、身を粉にして働いた。今みたいに9時始業じゃなくて、8時から4時までということになってた。でも実際はエンドレスで終業時間なんて、あって ないようなもんで…それでも翌朝は8時から。起きれないよね、そら。それでも朝8時に会社行って、まずホウレンソウ。「報告」「連絡」「相談」いうのが必 ずある。不言実行ではダメ、有言実行でないと。
    それから得意先を回って注文を貰って来る。夕方帰社しても、まずその整理。「これ、貰てきたで」いうてポンと置いとったら…工場、いいかげん適当にやってしまうよね。だから得意先の意向通りに分り易くきっちりと指示書を書く。
    それから値段。得意先にはできるだけサービスして、次の注文が来るようにしないとね。かといって会社にはあんまり安かったら怒られるから…いい頃合いのバランス感覚が必要になってくる。商売にならないと始まらないからね。
    得意先にサービスしなかったら、自分の上に振りかかってくる。それが営業というものやね。一回はええけど、二回目、次もぅアウト。サービスしたら必ず帰っ てくる。「ようできました」「ありがとうございました!!」そういうてたら代金もサッと入ってくるし、誰も値切らないしね…うまいこと行くもんなんだ。最 初から値切られない値段に設定しとかんと。そういう計算がデキないと話にならない。

    それで、ちょっとよくデキる…となると銀行担当、新聞社担当に回されるワケ。銀行は朝のうちにお伺いする。新聞社は夕方の仕事。会社に帰ってきたら、夜の7時や8時はザラでね…新聞社の人と晩飯でも一緒に喰べて帰ってきたら、10時や11時になりよる。
    呑み屋で遅くなって…「明日にしよ~」で済むンやったらいいよ。楽なもんや。でも、それでは仕事にならない。その日のうちにガーと片付けてね…家帰って寝 てたら翌日起きれないからね。朝8時には出社してないといけない。結局、そうなったら、もぅ…家、帰ってられへん。邪魔くさい。
    それで会社に泊まり。その分は…でも、みな月給になったからね。昔はタイムレコーダーという奴で…働いた分だけお金になったから。しかも「割増」がつくから…結構高額になった。なったけど、使う時間…無かったけどね(笑)。

    ぼくら月給が7千円の時に上等の洋服は2万円くらいした。キャノンのカメラが3万円くらいの頃ね。でも、営業いうのは…競合会社もおるからね。ナメられる がな。いくら安月給でも身なりはちゃんとしとかな。それで、上等の服を一流の服屋で買うワケ。神戸は「ワタナベ」、大阪は「マツザキ」。この2軒しか行か なかった。そこでエェのを買って、それを着て勤務したんだ。遊ぶ時間は無かったけど…いくら働いていくら貰ってもね、使い途はいくらでもあった。


Update : Mar.23,1999

ログイン