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	<title>東京六稜倶楽部</title>
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		<title>【280回】4月「発達障害児・者と共に生きる」</title>
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		<pubDate>Sun, 26 Apr 2026 23:07:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[中野 正大さん＠77期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年4月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>56名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>中野 正大さん＠77期</h4>
<p>1971年 名古屋市立大学医学部卒業、<br />
大学病院・岐阜県立多治見病院にて新生児医学/小児科学研修・医員。<br />
1975年 浜松医療センターにて新生児・小児医療と川崎病の病理・診断・治療の研究。<br />
1986年 岐阜県立多治見病院小児科部長。様々な精神身体症状を呈する不登校・発達障害児童を経験。<br />
2000年 岐阜県立多治見病院小児科で子どもの心相談外来を開設。<br />
2012年 岐阜県立多治見病院退職後　土岐市立総合病院小児科その他の施設小児科に勤務。<br />
2026年 東濃中部医療センター小児科　子どもの心相談外来を担当。<br />
医療専門学校、小中学校巡回相談、教育委員会などで、不登校/発達障害の啓発活動。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>【資格】<br />
1971年 医師免許取得、<br />
1981年 医学博士学位取得、日本小児科学会認定小児科専門医、日本小児科医会認定子どもの心相談医、医療専門学校小児科講師、多治見市インクルーシブ教育推進委員会委員</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『発達障害児・者と共に生きる』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>私の「子どもの心相談外来」へ不登校や対人関係の不安を主訴に相談に来られる方の約半数に発達障害（神経発達症）があります。過去50年間延べ5000人以上の発達障害の子ども達とその数倍の保護者・学校関係者の出会いから学んだこと「様々な特性をもった人々とお互いに理解し協力しあって共に生きることの大切さ」について、自閉スペクトラム症ASD・注意欠如多動症ADHDを中心にお話します。特性の理解、二次障害とその予防、健やかな心の発達に大切なこと、などについてお話します。愛情豊かな理解ある相性のよい人と環境に恵まれれば、多くの発達障害児・者は発達自立し、発達障害児・者を卒業することを知っていただければ幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>
<h3>1）発達障害の事例紹介</h3>
<p>様々な発達障害の事例を診てきましたが、その中から自閉スペクトラム症（ASD）と注意欠如多動症（ADHD）の併存した特に印象深い具体事例についてお話します。<br />
小学一年生の男児の母親から「叱っても叩いても言うことを聞かない。この子を殺して私も死にたい」という相談がありました。話を聴いてみると、「妊娠出産時には特に問題は無かったが、言葉の発達の遅れがあり、あやしても笑わず、睡眠障害と偏食がひどかった。周囲の子供に暴力をふるい、動き回り生傷が絶えず、絶えず顔をぴくぴくさせ鼻をならす、叱っても癇癪を起し嚙みついたり蹴ったりする。昆虫の図鑑などには没頭するが授業には全く関心を示さず、母親は怪我をさせた子どもの保護者に謝罪に追われる日々だった。」とのことでした。診断結果はASDおよびADHDかつ重症チックでした。<br />
このような場合、児童の特性を理解し、愛情を持って接し信頼関係を築くことが肝要であり、体罰は厳禁です。睡眠障害を改善するメラトニンやごく少量の抗精神薬を使用し心を落ち着かせ、本人の良いところを見つけて褒めることが大切です。本人の心を開く相手となる、一緒に楽しく遊ぶことが第一ステップとなります。診断結果と治療方針を両親と学校関係者に説明し、協力を求めました。本人には「暴力はどんな理由があっても許されないこと」を簡潔明瞭に話して聞かせ、長所を褒めることを続けました。また両親・学校関係者の愛情と理解ある対応が得られました。暴力を振るうことはなくなり、集団行動は苦手ですが、自分勝手な行動をとることが少なくなりました。チック症状はみられなくなり、高校ではサッカーのゴールキーパーとして活躍、技能工として就職、自立されました。母親から感謝の言葉が聞かれました。<br />
本人の回顧によると、子供の頃は体が勝手に動き、複数の人の声や音がするところでは落ち着かなくなり、音が一斉に襲い掛かってくる恐怖があった。親や同級生は自分のやりたいことを妨害し暴力をふるってくる存在だった。次に何が起こるのか不安でたまらなかったが、嫌なことを言葉で伝えることができなかったと述べています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2）ASD/ADHDの特性の理解</h3>
<p>自閉スペクトラム症（ASD）は日本人の約２～３％に見られると推計されています。そのうち約40％は注意欠如多動症（ADHD）が併存し、発達性読字障害・書字障害・算数障害を併存する割合も40％程度と推計されています。<br />
ASDの主な特性は、コミュニケーションの障害、社会性の障害、感覚の過敏／鈍麻障害、強い拘り、想像性の障害などが知られています。それらの特性は、特定の分野でのユニークな長所として発現することもあります。脳の司令塔の役割を担う前頭前野などの発達遅滞により、部分に拘り全体を理解することの弱さ、衝動を抑制することの弱さ、他者の視点で思いやること共感することの弱さなどがみられます。被害感や恨みを執拗にもつことに繋がることもあります。そもそも何気ない会話も、相手の表情や声の抑揚・動作を瞬時に読み取って自分を変化させながら即興で行う高度な活動なのですが、ASDの人には困難な活動となるのです。<br />
ASDに併存することがある感覚障害の例として、人の顔の区別ができない、ボールを手で受け止められず顔で受けてしまう、明るい光が突き刺さって見える、特定の音に不快・恐怖を感じる、味覚過敏による極端な偏食、痛覚過敏のため注射が怖い、その一方で殴られても平気、などなど。<br />
しかし、愛情をもって接し続けると、静かな環境で信頼できる人と一対一では心を開いて話すことができるようになります。<br />
注意欠如多動性障害（ADHD）では、注意を集中することができず、興味のない授業中にはボーとしている。テストを受けることに集中できず、白紙提出となる。一方で、興味のあること・報酬の得られるものには過集中し、どんどん突き進むことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3）ASD/ADHDの二次障害とその予防</h3>
<p>発達障害児の特性を理解し、愛情ある接し方がないと、児童は周囲から暴言・いじめ・体罰を受けがちです。このような挫折体験・逆境的体験が、被害感・猜疑心につながり不安と恐怖から感情の制御ができずに暴言・暴力の行使や不登校・引きこもりにつながってしまいます。<br />
できるだけ早期に発達障害の診断を行い、周囲が障害の程度に応じた合理的配慮のもとに、本人の自己肯定感（自分には苦手なところもあるが、得意なところもあり、自分は自分で良いのだ）を育てていくようにすることが肝要です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4）健やかな心の発達に大切なこと</h3>
<p>妊娠第26週ごろからは胎児は母親の心音・声を聴いています。平和で愛情に満ちた胎児期を過ごすことは大切です。両親の不和や妊娠中のDVなどがあると不安を感じやすい子どもになるという研究もあります。基本的安心感・信頼感は２歳までに確立すると言われていますが、それ以後も母性的人物に恵まれれば、樹立できるとされています。明るい声が飛び交う家庭、生活リズムのある家庭が健やかな心と身体を育むのです。<br />
自己肯定感を育てるキーワードは「ありがとう」「いいね」「やったね」です。良いとこを見つけて発見されたところが発達するのです。障害児にとって相性の良い人、相性の良い環境が大切です。適切な環境が整えば「障害」を卒業することができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5）特性を発見、活かす</h3>
<p>ASDの負と想われる特性、没頭する粘り強さ、細かいところに気づく、共感模倣の無い独創性、他者とは違うところに注目する、金メダルに執着（向上心）、他者にない豊かな感性などを活かして、専門職、研究者、芸術家になる可能性を探ることもできるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6）発達障害って　何？</h3>
<p>＊発達障害は多数派（定型発達者）から少数派（非定型発達者）に対する見方<br />
＊定型発達：その時代と社会における認識や関係のあり方を獲得する平均的発達<br />
＊発達特性は、その人にとっては障害ではなく、自然のことである<br />
＊発達障害は、その人の特性の一部であり、自己肯定感をもってその特性を生活に活かすことができれば、障害ではなくなる<br />
＊障害者の存在は、社会の障害の存在を示唆している<br />
＊アメリカではＬＤを「学習障害」ではなく「学び方の相違」と表記している<br />
• 脳の発達速度は様々：早い人、ゆっくりな人<br />
• 人の特性は様々でよい：好きなこと、嫌いなこと<br />
• 人の特性は様々がよい：得意なこと、不得意なこと<br />
• 様々な人がいるから、世の中は楽しい<br />
• 様々な人がいるから、様々な仕事があり、世界は発展進歩する<br />
• 様々な人がいるから、様々な生き方・考え方・夢がある、正解はない、違いがあるだけ<br />
• 自分の得意な特性を活かし、不得意な特性に頼らない方法を工夫し、自己肯定感をもつ<br />
＊得意なところ・不得意なところを足して割ると、人の能力はほとんど同じである</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>7）結語</h3>
<p>愛情豊かな理解ある相性のよい人と環境に恵まれ、安心感・自己肯定感が育まれれば、多くの発達障害児・者は、自らの力で発達し、発達障害児・者を卒業する。定型発達者（多数派）も非定型発達者（少数派）もお互いの特性を理解し活かし、共に生きる社会の実現が望まれます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>家 正則さん（80期）</strong></span><br />
Q:障害児への母性的人物と周囲の理解・接し方が大事とのお話でしたが、兄弟の中で一人だけ発達障害がみられる例もあるように想います。　遺伝的要因はどの程度あるのでしょうか？</p>
<p>A:障害発生の原因ははっきりとは分かっていませんが、遺伝的な要因と環境要因の両方が作用していると想われます。両親や兄弟に症状がみられる例もあり、遺伝が一因となっている例が確かにありますが、お話したように診断・治療を含めた周囲の環境を整えることが重要だと想っております。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:機能的核磁気共鳴法（fMRI）で脳のどの部位が活動しているかを測定する技術が進歩していると想いますが、症状につながる脳部位の特定などの研究は進んでいるのでしょうか？</p>
<p>A:病態でお話したようにfMRIで脳のどこが関係しているかの研究もありますが、まだはっきりしたことは分かっていません。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/配布資料；発達障害児・者と共に生きる講演要旨キーワード.pdf">配布資料；発達障害児・者と共に生きる講演要旨キーワード</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/講演資料；発達障害児・者-東京六稜倶楽部　２０２６年４月１５日.pdf">講演資料；発達障害児・者 東京六稜倶楽部　２０２６年４月１５日</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-2.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7363" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-2-150x150.jpg" alt="260416 -2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7364" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-4-150x150.jpeg" alt="260416 -4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-5.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7365" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-5-150x150.jpg" alt="260416 -5" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-7.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7366" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-7-150x150.jpg" alt="260416 -7" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7367" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-8-150x150.jpeg" alt="260416 -8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-13.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7368" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-13-150x150.jpg" alt="260416 -13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-18.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7369" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-18-150x150.jpg" alt="260416 -18" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-20.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7361" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/04/260416-20-150x150.jpg" alt="260416 -20" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【第282回】2026年6月17日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7350</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7350#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Apr 2026 13:07:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年6月17日　第282回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 田中 裕さん ＠ 87期 ／  [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年6月17日　第282回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 田中 裕さん ＠ 87期 ／ サッカー部</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：</p>
<p>順天堂大学浦安病院長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>「救急医療は社会を映す-パート２-」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>昔から人類にとって医療の最大の課題は、外傷や感染症などの急性病態でした。時の権力者もその運命から逃れることはできず、“もし”が許されるなら歴史は大きく変わっていたかもしれません。古く中国では70歳を“古希”と呼び、織田信長は“人生50年”と舞った。過去、現在、そして未来を通じて人類にとって救急医療は「“医”の原点」です。</p>
<p>私自身は救急医となってから、多くの災害や事件など社会的影響が大きな事例を経験しました。以前、パート１として、本会で大阪大学時代の救急・災害医療の話をしました。今回は順天堂に移ってからの、出来事について話します。本邦の救急医療は戦後の高度成長時代に社会現象となった「交通戦争」による重症外傷の外科医療に端を発し、近年は軽症患者にも対応する北米型ERへと変化しています。この変遷の過程についても触れてみます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>1982年大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部附属病院特殊救急部に入る。外科研修後、米国留学、大阪大学大学院救急医学准教授などを経て、2007年より順天堂大学救急災害医学教授、同大学医学部附属浦安病院救命救急センター長。2021年より病院長となる。</p>
<p>専門は、救急医学、災害医学、集中治療医学など。救急科専門医、指導医。外科専門医、指導医。外傷専門医、熱傷専門医など。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【第281回】2026年5月20日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7345</link>
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		<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 10:50:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年5月20日　第281回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 寺岡加代さん（＠79期） &#038;n [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年5月20日　第281回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 寺岡加代さん（＠79期）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：</p>
<p>東京科学大学名誉教授</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>高齢期にこそ知っておきたい誤嚥性肺炎の原因と予防</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>誤嚥性肺炎は人口の高齢化と運命共同体のような関係にあり、2017年に死因統計分類（厚生労働省）の変更により独立項目として明確に区分・集計されるようになりました。以降、その死亡者数は増加の一途を辿っています。一般的な感染性肺炎とは異なり、治療後も再発リスクが高いという特徴があります。誤嚥は脳血管疾患などの後遺症として生じる場合がある一方で、加齢に伴う筋肉の衰えにより多くの高齢者に認められる老化現象という側面もあります。今回は「嚥下の仕組み」の概説から、「誤嚥の原因」を整理し、さらに生理的老化による嚥下機能の低下に焦点を当てた「予防のための日常習慣・簡単体操」をご紹介します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>１９６４年３月　　大阪学芸大学附属天王寺中学校卒業</p>
<p>１９６７年３月　　北野学校卒業</p>
<p>１９７４年３月　　大阪大学歯学部卒業</p>
<p>１９７８年３月　　大阪大学大学院歯学研究科修了</p>
<p>１９７９年10月　　大阪大学歯学部保存学講座助手</p>
<p>１９８３年 ４月　　東京医科歯科大学予防歯科学講座講師</p>
<p>１９８５年 ７月　　University of North Colorina Post Doctoral Fellow</p>
<p>２０００年 ４月　　東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科　医療経済学分野講師</p>
<p>２００４年 ４月　　東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科　口腔健康教育学分野教授</p>
<p>２０１４年 ４月　　東京医科歯科大学（現東京科学大学）名誉教授</p>
<p>２０１６年 ４月　　梅花女子大学教授</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【第279回】令和8年3月18日（水）  　「我が国開発援助（ＯＤＡ）による平和構築・復興支援 ～カンボジア・イラク・アフガン・ウクライナ～」前川 憲治さん@96期</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7343</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7343#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Mar 2026 09:33:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【278回】2月「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7318</link>
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		<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 22:19:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[瀬戸 馨さん＠85期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年2月18日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>47名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>瀬戸 馨さん＠85期</h4>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　子どもの安全研究グループ会長</p>
<p>京都大学大学院工学研究科（土木工学）修了</p>
<p>建設省（現国土交通省）入省後は主に道路行政に従事</p>
<p>長崎工事事務所では、雲仙普賢岳噴火災害の火砕流、土石流による長期にわたる国道の通行止めと復旧に対応、首都国道工事事務所では、千葉の外環道路の用地取得を中心に対応、大阪国道事務所では、御堂筋を含む国道の管理を担当し、サッカーワールドカップ日韓大会、２度にわたる阪神タイガース優勝時の雑踏対策（道頓堀）に対応、沖縄総合事務局では、普天間基地返還決定までの関連する様々な事柄に対応（右往左往）</p>
<p>国土交通省の現役時代に設立された子どもの安全研究グループに参加、退官後も建設会社に勤務しながら、現在同グループ会長を務め、門前の小僧ながら子どもの安全の専門家として、ＮＨＫをはじめ民放各局に出演するなど子どもの安全に関する調査研究と情報発信を続けている</p>
<p>2025年春に瑞宝小綬章を受賞。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>我が国の子どもの死亡原因のうち不慮の事故が各年代の上位を占めており、工学的な予防対策により防げるものも少なくない。これに対して技術士を中心として子どもの安全研究グループが2009年に設立され、学校や家庭での安全についても活動している。学校現場では安全点検をはじめ技術面で教職員の手に余るものも多い。そこで私たちは、学校医（かかりつけ医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する「かかりつけエンジニア構想」を提案し、モデル実施している。今回は、技術的な内容よりもエンジニアが学校や家庭での子どもの傷害（事故）について感じていることをお話しできれば幸いです。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は高校大学時代の同期生で、大学では同じクラブで活動されていた谷藤慶一さん(85期)。「瀬戸さんは高校と大学では水泳部に所属され、自由形と背泳の選手として活躍されました。最近ではマラソン・トライアスロン競技に挑戦しておられます。瀬戸さんは、昨年12月14日に開催されたハワイのホノルルマラソンを完走されたばかりですが、本日より4日後（2月22日）に開催される大阪マラソンにも参加されると伺っています。長年、国家規模の安全管理事業に携わってこられた傍ら、瀬戸さんがライフワークとして取り組まれてきたのが、工学的な立場から子どもの安全を研究し発信する活動です。本日は技術的な難しいお話しよりも、エンジニアの視点から長年現場をみつめてこられた経験を元に、子ども達への深い慈しみと思いが込められた貴重なお話しを伺えると思います。」</p>
<h3>1．はじめに</h3>
<p>日本人は、安全はタダ（無料）で手に入ると思っている。当然、「子どもの安全」を守るのに、お金を出そうとは考えない。そのために「子どもの安全を守る」プロフェッショナルは職業として成立していない。私は、マスコミや報道の場では「子どもの安全専門家」として紹介されるが、日本技術士会の「子どもの安全研究グループ」に、創設当初から10年以上所属している門前の小僧にすぎない。本日は、「子どもの安全を守る」にはどのように考えればよいのかを、私のエンジニアとしての個人的な視点からお話しする。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>2．「子どもの教育」とは</h3>
<p><strong>１）「子どもの教育とは何か？」をAIに聞いてみた。</strong></p>
<p>知育、体育以外の目的の一つとして、（夢や憧れではなく）自らの可能性に気づくこと。そのために挑戦し、失敗しても立ち上がる折れない心を育てること。「学校」はそのための安全な実験場である。</p>
<p>AIによると、挑戦して失敗してもかまわない、たとえ失敗しても安全な場所が「学校」とされていた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「教師の役割とは何か？」</strong></p>
<p>（私見）「失敗するかもしれない困難への挑戦を手助けすること」</p>
<p>（仮説）良い教師は、子どもに「楽観主義」を教えている</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）「子どもの特性とは？」</strong></p>
<p>そもそも子どもは楽観的で理由のない自信にあふれている。なぜなら、子どもは成長したいという衝動に突き動かされて行動するので、最初から失敗することを考えて行動しない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）クイズ</strong></p>
<p>クイズ1　北野高校時代に何かになろうとしていましたか？</p>
<p>クイズ2　そのために背中を押してくれた恩師はいましたか？</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>3．学校の安全</h3>
<p><strong>1）安全管理の鉄則「最悪の事態を想定して、最善の方策を選ぶ」</strong></p>
<p>・例えば、運転免許の更新講習では「（多分大丈夫）だろう運転は、事故のもと」と教えている。</p>
<p>・危機管理である防災の現場では、起きないかもしれない地震や洪水が起きると想定して耐震対策や治水対策を実施している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2）「楽観主義は安全の敵！」</strong></p>
<p>理想の教師が「夢に向かって努力すること」を教え、「失敗するかも知れない困難への挑戦」を促すために、子どもに「楽観主義」を教えるのなら、このような教師は、安全管理に向いていないのではないかと思う。ドラマでは、金八先生（武田鉄矢）は理想の教師（楽観主義者）として描かれているが、私には金八先生が良い安全管理者になれるとは思えない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3）「絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象」</strong></p>
<p>・「学校は安全な実験場」なので、学校関係者がよく言う「学校で事故はあってはならない」は、理念としては全く正しい。しかし、この理念を安全管理の目標としてはいけない。なぜなら、工学的な考え方では、ゼロリスクは実現不可能とされるからである。</p>
<p>・学校でゼロリスクを達成する唯一の方法は、（コロナ自粛の時のように）子どもを学校に登校させないこと。</p>
<p>・子どもが学校に登校してくる限り、工学的にゼロリスクを達成する手段はない。手段がないので大人（教師）は何をしていいのかわからないし、実際何もできない（何もしない）。できることは、事故が無いように安全を祈ることだけ。つまり、絶対安全（ゼロリスク）はお祈りの対象にしかならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>4）「学校の事故はコピペ事故」</strong></p>
<p>・もし学校で事故が起きたら、謝罪会見で謝るだけでは意味が無い。</p>
<p>・「再発防止」のためには、事実を確認し、原因を究明し、対策を立案・実施することが必要。</p>
<p>・実際には、様々な事情で事故を隠そうとする傾向がある。その結果、他の学校に情報（事故の実例と再発防止策）が共有されないことで、全国の学校で同様の事故が繰り返し起こっている。</p>
<p>・「学校の事故はコピペ事故」である。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>5）「気をつけましょうでは、事故はなくならない」</strong></p>
<p>・よくある再発防止策・事故予防対策に、「事故が無いように気をつけましょう」「安全に気をつけましょう」というものがある。これは、学校関係者だけでなく報道でもよく使われる言い回しである。</p>
<p>・「気をつけましょう」では事故はなくならない。なぜなら、「気を付けましょう」は願望を述べただけで、具体的な対策を講じないなら「事故が起こらないことを祈りましょう」とほとんど同じ意味。祈るだけでは事故を防ぐことできない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>6）正しい再発防止策・事故予防対策</strong></p>
<p>・学校では事故が起きる前に対策を講じて事故を予防することが大切。</p>
<p>・「事故はあってはならない（絶対安全）」を目標にすると何もできなくなる。</p>
<p>・「事故は起こる」ことを前提として、その事故（リスク）の発生確率とケガの程度を最小にするよう目標をたて、優先順位を決めて予防対策を実施する必要がある。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">事故予防対策の手順</span></p>
<p>（1）どのような事故がいつどこで起こる可能性があるか（リスク分析）</p>
<p>（2）事故による傷害の程度・頻度は受け入れられるか（リスク評価）</p>
<p>評価の結果さらなる対策が必要ない場合は（2）で終了</p>
<p>（3）対策が必要な場合に対策の立案・実施（リスクの低減）</p>
<p>（4）対策が実施されたとして（1）に戻る</p>
<p>※（1）リスク分析（2）リスク評価をあわせてリスクアセスメントと呼ぶ</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>4.かかりつけエンジニア構想とは</h3>
<p>かかりつけ医（学校医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する。</p>
<p><strong>１）消費者庁・消費者安全調査委員会（消費者事故調）が文部科学大臣に「学校の施設又は設備による事故等」調査報告書を提出した。（2023年3月）</strong></p>
<p>それに対して、文部科学省は「学校における安全点検要領」をweb公表した。（2024年3月）</p>
<p>（問題点）：学校で多くの事故（窓からの転落、ロッカー転倒）が起きている。それらはコピペ事故である。学校現場には安全点検やリスクアセスメントに対応できる人材が充分ではない（教員の仕事ではない）。教員が教員養成課程で教わる安全管理知識では不十分。</p>
<p>（消費者事故調の提言）：緊急点検・安全点検手法の改善（リスクアセスメント手法の導入）、外部人材（専門家）の活用</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）外部人材の活用について</strong></p>
<p>学校現場では安全点検・リスクアセスメントに対応できる人材がいない。</p>
<p>案1 消費者事故調の提言：専門家（技術士・労働安全衛生コンサルタント等）を活用</p>
<p>案2 子どもの安全研究グループの提言：かかりつけエンジニア構想</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）かかりつけエンジニア構想</strong></p>
<p>かかりつけ医（学校医）のように　地域にいるエンジニア（専門家）を活用して学校の技術的課題に対応する。近場のエンジニアを配置することで、各学校の安全に機動的、継続的に関わり続けることができるメリットがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）かかりつけエンジニアの役割（何をするのか）</strong></p>
<p>・実際に起こった事故事例を元に、事故原因を工学的に検証・解析し予防対策を提言する</p>
<p>・モデル校での4つの提言</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">定期点検時のエンジニアの同行（主に老朽化点検）</span></p>
<p>2021年4月北九州市の中学校体育館でバスケットゴール落下事故が起き、生徒がケガをした。原因は溶接部の老朽化だった。老朽化した溶接部の傷は専門家でも簡単に判別できない。このように老朽化した設備・備品の点検に同行し技術的なアドバイスを行う。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">施設・設備や備品の整理・整頓（メンテナンス台帳の整備）</span></p>
<p>2021年4月宮城県白石市で防球ネットの支柱が倒壊し児童が死傷した。多くの学校では所有者・管理者の分からない設備・備品が山のように置かれている。設置年度や耐用年数、メンテナンス状況が分かるよう、メンテナンス台帳の整備を提言。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">生徒への安全アンケートと安全授業</span></p>
<p>危ない場所はどこなのか？実は生徒の方がよく知っている。香川県善通寺市の小学校などで、生徒に対して危険箇所のアンケートを行なうとともに安全授業を行ない危険の回避について学んでいる。</p>
<p><span style="text-decoration: underline;">老朽化以外の点検（リスクアセスメント）</span></p>
<p>2008年6月東京都の小学校で以前は立入禁止だった屋上の天窓に児童が乗ったところ、天窓が壊れて児童が転落して死亡した。消費者事故調から緊急点検が提言された窓からの転落やロッカーの転倒なども老朽化が原因ではなく、リスクアセスメントを実施する必要がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>５）かかりつけエンジニアのメリット</strong></p>
<p>全般：学校における児童・生徒の傷害（事故）を予防できる</p>
<p>子ども：さまざまなリスクを学び、成長する</p>
<p>学校：学校管理・運用における安全性向上、計画的なモノのメンテナンス、これらを通した教職員の負担軽減</p>
<p>エンジニア：社会貢献（保有スキル活用）、子どもや学校のことを知ることで技術力が向上する</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>６）かかりつけエンジニアの課題</strong></p>
<p>学校：安全についての体系的な知識が不足している</p>
<p>エンジニア：学校教育の専門家ではない、子ども固有の特性についての知識・経験が不足</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>７）かかりつけエンジニアの課題への対応</strong></p>
<p>・地域にいるエンジニアが必要な知識を習得（かかりつけエンジニアの養成講座）</p>
<p>・多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）とともに学校の安全を支える</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>5．子どもの安全</h3>
<p><strong>１）ISOガイド50　子どもの安全の国際基本規格</strong></p>
<p>「安全側面-規格及びその他の仕様書における子どもの安全の指針」は2016年JIS化されているが、誰も知らない。象徴的なフレーズ「子どもは小さな大人ではない」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クイズ3　1.1mの柵のあるベランダから、例えば身長1.7mの大人は、普通転落しないのに、身長1mの４歳児はなぜ転落するのか。</p>
<p>正解があるわけではないが、子どもは大人と異なる行動をとるなど、子ども固有の特性を持っている。そして、その特性は成長に伴い急速に変化する。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２）「子どもの安全は社会の責任」</strong></p>
<p>・世界基準（ISOだけでなくWHOでも）では、「子どもの安全は社会の責任」とされている。</p>
<p>・日本では、「子どもの安全は親の責任」という考えが強い。</p>
<p>・日本では事故が起きるとSNSなどで「子どもを見ていない親が悪い」と言われ、親も自分が悪かったと考えるため製品や環境の問題点が指摘されない。その結果、原因が究明されず、製品の改善などの再発防止策がとられない。そして同じような事故が繰り返し起こる。これを指して「子どもの事故はコピペ事故」と言われている。</p>
<p>・親（大人）が目を離していても子どもの事故（傷害）が起きない、安全な製品・環境が望まれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>３）子どもは誰のものか－文化的背景－（私見）</strong></p>
<p>・国際的には「子どもは社会のもの」とされている。なぜなら子どもがいないと社会が持続できないから。</p>
<p>・日本では「子どもは親のもの」という考えが強い。子どもがいないとイエが持続できないからかもしれない。子どもの安全だけでなく高齢者や障がい者の福祉もイエが担ってきた。</p>
<p>・文化的背景を無視して「子どもの安全は社会の責任」と言っても定着しない。日本の文化に沿う形で子どもにとって安全な社会を作っていく方法を探していかなければならない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４）CDR（Child Death Review：予防のためのこどもの死亡検証）</strong></p>
<p>病気や事故などで亡くなった子どもの死因や背景を、医療・警察・行政などの専門家が連携して検証し、同じような死亡を二度と繰り返さないための「予防策」を導き出す仕組み</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="https://cdr.cfa.go.jp/" target="_blank">こども家庭庁CDR</a></p>
<p>・「コピペ事故」は本当に親だけの問題か？親が声を上げないといけないこと自体適正か？</p>
<p>・令和2年から厚生労働省でモデル事業を開始（現在は子ども家庭庁）、令和6年には10都道府県で実施。</p>
<p>（北海道、福島県、群⾺県、東京都、⼭梨県、三重県、滋賀県、京都府、⿃取県、⾹川県）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>先行事例としてのアメリカのCDRの特徴</p>
<p>・全国データベースによる一元的分析：州ごとのデータを統合し、全国的な傾向を把握。</p>
<p>・多職種・多機関連携の徹底：医療・警察・福祉・教育などが同じテーブルで議論。</p>
<p>・ 政策への反映が強い：公衆衛生政策、法律、教育プログラムに直結。</p>
<p>・ 乳児・胎児死亡（Fetal &amp; Infant）も含む広い範囲。</p>
<p>&nbsp;</p>
<ul>
<li>1970年代：虐待死対策として始まる</li>
<li>1990年代：州レベルで制度化、対象が全死亡へ拡大</li>
<li>2000年代：全国センターと共通データベースが整備</li>
<li>2010年代以降：政策形成に活用される成熟した公衆衛生システムへ</li>
</ul>
<p>&nbsp;</p>
<h3>6.まとめ</h3>
<p>本日は「子どもの安全グループ」活動の一部である学校の安全について紹介した。他の活動についてもホームページに詳しく掲載されているので関心がある方は参考にしていただきたい。</p>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">子どもの安全研究グループ</a>（<a href="https://kodomonoanzen.jp/" target="_blank">https://kodomonoanzen.jp/</a>）</p>
<p><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7322" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/瀬戸さんQR-150x150.png" alt="瀬戸さんQR" width="150" height="150" /></a></p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳 則雄さん（79期）</strong></span><br />
Q:SNS利用による子どもの性被害が増えています。この問題について、どのように取り組まれていますか？A:この問題は主に行政（警察庁やこども家庭庁など）が取り組んでいます。私たちは物理的な事故から工学的・技術的に子どもを守ることを目的とするエンジニア集団で、SNS上の性被害問題にアプローチできていません。子どもの安全を守るのは学校の先生方の役割（責任）とされていますが、現場では先生の数が圧倒的に足りず、先生方の業務負担は増えるばかりです。しかも、先生方の大変さが伝われば伝わるほど教員志望者が減少する悪循環が起こっています。かかりつけエンジニアを配置することで、教員の負担軽減に役立てればと考えています。&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span></p>
<p>Q:多くの関係者（教職員・保護者・地域関係者）が協働して学校を支える活動について、もう少し詳しい解説をお願いします。</p>
<p>A:余り知られていないのですが、文部科学省はコミュニティスクール（学校運営協議会制度）を推進しています。コミュニティスクール（CS）とは、学校と地域住民が協働して一緒に学校運営に参画する仕組みです。令和6年時点では全国公立小中学校の 約52.3％ がコミュニティスクールを導入しています。学校はCS制度も活用して、かかりつけエンジニアを導入していただけるとよいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q:子ども時代に、危ないことを安全な形で体験することこそが最も重要だと思うのですが、今の学校では、例えば科学の実験をやらせないことで安全を確保しようとします。このような現状についてどのようにお考えになりますか？</p>
<p>A:AIの回答では「学校は安全な実験場」で、挑戦して失敗しても安全な場所とされていました。しかし実際はゼロリスク（学校で事故はあってはならない）を目標にするあまり、実験場としての役割が果たせていません。私たちは学校における事故の事例を研究・解析することで、「学校における安全な授業の実践方法」などを提言していきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野田 美佳さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q：私が子どもの頃、近所の公園には沢山の遊具があって、楽しく遊べる場所だったのですが、今の公園は遊具が取り払われた、ただの広場になってしまって、子ども達が遊ぶ姿を見かけなくなりました。現代の子どもにとって遊具はそんなに危険な物なのですか？また、以前のように遊具で遊べる公園を運営するのにはどのようにすればよいとお考えですか？</p>
<p>A:工学的な立場で見ると、子どもの遊具とは特殊な製品です。安全でありながら子どもの成長に役立つチャレンジ機能を持たせなければなりません。世界の多くの国は遊具に欧州規格を採用していますが、日本では独自の安全規格が設けられています。詳しくは<a href="https://kodomonoanzen.jp/new/%e9%81%8a%e5%85%b7%e3%81%ae%e8%a6%8f%e6%a0%bc-en1176/" target="_blank">— 遊具の安全規格 EN1176｜子どもの安全研究グループ</a>をご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」-3）.pdf" target="_blank">260218東京六稜_楽部「かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全」 (3）</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：野田 美佳（94期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7324" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-髮・粋-150x150.jpg" alt="260218 - 髮・粋" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7325" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-1-150x150.jpeg" alt="260218 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7326" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-3-150x150.jpeg" alt="260218 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7327" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-8-150x150.jpeg" alt="260218 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7328" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-12-150x150.jpeg" alt="260218 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7329" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-13-150x150.jpeg" alt="260218 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7330" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-14-150x150.jpeg" alt="260218 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7331" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-15-150x150.jpeg" alt="260218 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7332" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-16-150x150.jpeg" alt="260218 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7333" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-17-150x150.jpeg" alt="260218 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7334" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-20-150x150.jpeg" alt="260218 - 20" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7335" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/03/260218-25-150x150.jpeg" alt="260218 - 25" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>【第280回】2026年4月15日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7312</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7312#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 01 Mar 2026 23:14:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年4月15日　第280回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 中野正大さん＠77期／テニス部 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年4月15日　第280回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 中野正大さん＠77期／テニス部所属</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：</p>
<p>公立東濃中部医療センター小児科子どもの心相談外来嘱託</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>発達障害児・者と共に生きる</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>私の「子どもの心相談外来」へ不登校や対人関係の不安を主訴に相談に来られる方の約半数に発達障害（神経発達症）があります。過去５０年間延べ５０００人以上の発達障害の子ども達とその数倍の保護者・学校関係者の出会いから学んだこと「様々な特性をもった人々とお互いに理解し協力しあって共に生きることの大切さ」について、自閉スペクトラム症ASD・注意欠如多動症ADHDを中心にお話します。特性の理解、二次障害とその予防、健やかな心の発達に大切なこと、などについてお話します。愛情豊かな理解ある相性のよい人と環境に恵まれれば、多くの発達障害児・者は発達自立し、発達障害児・者を卒業することを知っていただければ幸いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>１９７１年名古屋市立大学医学部卒業、大学病院・岐阜県立多治見病院にて新生児医学/小児科学研修・医員。１９７５年から約１０年間、浜松医療センターにて新生児・小児医療と川崎病の病理・診断・治療の研究。１９８６年から２６年間、岐阜県立多治見病院小児科部長。浜松医療センター時代から、様々な精神身体症状を呈する不登校・発達障害児童を経験。２０００年、子どもの心相談外来を開設。２０１２年岐阜県立多治見病院定年退職後、東農中部医療センター小児科その他複数の施設で子どもの心相談外来を担当。医療専門学校、小中学校巡回相談、教育委員会などで、不登校/発達障害の啓発活動を行っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●資格：</p>
<p>１９７１年医師免許取得、１９８１年医学博士学位取得、日本小児科学会認定小児科専門医、日本小児科医会認定子どもの心相談医、医療専門学校小児科講師、多治見市インクルーシブ教育推進委員会委員</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>【第279回】2026年3月18日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Feb 2026 11:29:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年3月18日　第279回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 前川 憲治さん@96期 &#038;nb [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年3月18日　第279回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 前川 憲治さん@96期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：</p>
<p>（独）国際協力機構　資金協力業務部　計画・調整課　専任参事</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>「我が国開発援助（ＯＤＡ）による平和構築・復興支援～カンボジア・イラク・アフガン・ウクライナ～」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>独立行政法人国際協力機構（JICA）は、我が国の開発援助機関として、技術協力、円借款、無償資金協力に加え協力隊の派遣、民間連携事業など幅広い国際協力を実施しています。</p>
<p>知らない土地に行ってみたいとJICAに入った自称土木屋さんが、何故か平和構築・復興支援に深くかかわるキャリアを重ねます。「そんなにうまくいくわけないやん。」との自覚は十分ありながら、アフガニスタンの現状について週刊誌に「多額の援助資金を使ったアフガニスタン支援は無駄だった。」と書かれると釈然としません。</p>
<p>当日、「平和構築支援とは？」という大上段のお話ではなく、個別の支援現場で「実はこんなことに。」という経験談を中心に、自慢話を聞いてください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>学歴</p>
<p>1981年 3月：豊中市立第三中学校 卒業</p>
<p>1984年 3月：大阪府立北野高等学校 卒業（サッカー部所属）</p>
<p>1987年 3月：上海外国語学院対外漢語系 中途退学</p>
<p>1990年 3月：京都大学工学部土木工学科 卒業</p>
<p>1992年 3月：京都大学大学院工学研究科土木工学専攻 修了</p>
<p>1998年 7月：University College London, Development Planning Unit 修了</p>
<p>職歴</p>
<p>1992年 4月：国際協力事業団 無償資金協力調査部</p>
<p>1998年 9月：同 中華人民共和国事務所</p>
<p>2001年11月：同 東アジア・中央アジア課（中国担当）</p>
<p>2004年10月：外務省 経済協力局 国別協力第一課 課長補佐</p>
<p>2007年 1月：（独）国際協力機構 都市・地域開発・平和構築第一課 課長</p>
<p>2010年10月：同 調達部 契約企画課 課長</p>
<p>2017年 3月：同 資金協力業務部 次長</p>
<p>2018年 7月：同 調達部 参事役</p>
<p>2020年10月：同 社会基盤部 次長</p>
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		<item>
		<title>【277回】1月「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Feb 2026 22:32:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[吉田 昌代さん＠91期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年1月21日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>49名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>吉田 昌代さん＠91期</h4>
<p>ジャズ・ポップス　シンガーソングライター</p>
<p>1977年に北野高校を卒業し、入学した神戸大学在学中に、シンガーソングライターデビュー。関西の有名ホテルで　ジャズシンガーとして活動。1988年12月に渡米しバークリー音大（ボストン）推薦入学、パフォーマンス科を1991年に卒業。デュークエリントン追悼コンサートで　ソロを披露、賞賛を浴びる。ボストン、サンフランシスコを中心に22年間の音楽活動を行う。2010年に帰国。現在、ホテルグランヴィア大阪レギュラー出演の他、各種イベント、ライブ、ホテルで幅広く活動中。ラジオ、TVメディアにも多数出演。ますます元気になるヴォイストレーニングも好評。</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「アメリカでシンガーソングライターとして22年、そして日本へ　─『人生って不思議』＋ちょっとヴォイトレ」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>北野高校時代の劣等感から、R&amp;B/Funk/Jazzとの出会いを経て自己を確立。農芸化学科在学中に日航ホテルジャズシンガーとしてプロ活動を開始しました。その後、運命的にバークリー音楽大学から全額奨学金を得て渡米。当初は卒業が目的だったアメリカで骨を埋める覚悟を決め、英語もままならぬ中、ボストンやサンフランシスコでピアノや歌の指導をしながら、レーベル契約、シンガーソングライターとして生活基盤を築き、22年間音楽活動を続けました。2010年の帰国から15年。現在は、島国・日本での人との繋がりや、日本人の国民性の素晴らしさを日々学びながら活動しています。本講演では、劣等感からの解放、日米での挑戦と自己確立の道のりを語り、感謝の気持ちを込めて、皆様とご一緒に「ちょいヴォイトレ」もご体験いただきます。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>＊紹介者は造力全史さん（91期）吉田昌代さんは、北野高校卒業生としては、あまりいないジャズ・ポップスのシンガーソングライター。食べることや食品に興味があり、神戸大学農芸化学科に進学され、在学中にプロジャズシンガー活動を開始。英語もままならないまま（ご本人曰く）、全額奨学金で名門バークリー音楽大学へ。ご苦労が多かったと思うが、ボストン、サンフランシスコで２２年間音楽活動を続けられ、そのままアメリカに滞在されると思いきや、故あって、２０１２年にご帰国。現在、大阪にお住まいで、本日は大寒波襲来の中、朝早くから新幹線で東京に来て頂いた。事前に、高校の同期女性陣に当時の吉田さんの印象を聞いたところ、ある方は、アニメに出てきそうな可愛い女性、また、別の方は、同い年なのにお姉さんのようで、男子生徒の憧れの的だった、とのコメントを頂いた。本日は、どういうご縁でシンガーソングライターになられ、どうしてアメリカに渡られたのか、アメリカでの生活ぶりやどのようなご苦労をされたのか、分かっているようで、実は分からないジャズとはどういうものかを分かりやすく教えて頂けると伺っている。また、時間があればヴォイストレーニングを行って頂けるとのことで、吉田さんのご講演を最後まで楽しんで頂ければ幸いです。&nbsp;</p>
<h3>１．ジャズシンガーへの道</h3>
<p>３歳から高３までクラシックピアノをやっていた。親は宝塚に入って欲しかったようで、小学校の時に宝塚に連れて行ってくれたが、興味が湧かなかった。長女でもあり、優等生症候群の典型で、親には良い子でありたいという娘だった。北野高校に入学したが、北野の生徒はみな優秀。運動は不得意で、断郊や縄跳びなど全然。勉強も全然やらず、北野では、屈辱感に耐える力をつけさせて頂いた。ついに、高校３年時にはじけて、映画「サタデーナイト・フィーバー」を観てこれだと思い、十三駅のコインロッカーにハイヒールとタイトスカートをしのばせ、放課後に梅田のディスコに繰り出し、その当時流行っていた「ステイン・アライブ」等の音楽にあわせて踊りに熱中した。親とは断絶状態で会話が無くなるも、これも北野のお陰。家では、自分の部屋で勉強をするふりをしながら、詩を作ったり曲をためたりしてストレスを発散していた。同時に、これまでクラシック音楽をやっていて、何故、ディスコの音楽のように楽しくないのか、どうしたら楽しい音楽になるのかとの思いで、神戸大学入学後に、アルバイトをしながらジャズスクールに通った。譜面をよむクラシックと異なり、ジャズは、コード進行を勉強する音楽。黒人の歌のR&amp;Bやポップに魅かれた。アメリカには、クラシックの音楽学校とジャズの音楽学校があるが、現在、日本の大阪音大や国立音大にもジャズ学科がある。大学在学中の８５年に、ストックとしてためていた曲をジュピターレコードから出す（当時のＬＰが手元に一枚だけ残っているが、先日、YAHOOオークションに９，８００円で出ていた）。全国の学園祭回りをしていた。大学の研究室には全く行かなかったが、ゼミの教授を日航ホテルに食事に誘い、５年半で大学を無事卒業（卒業証書は確かにある）。その後、日航ホテルのオーデイションに一発で合格。週３回、３ステージで年１００曲近く歌った。私は、元々、歌が上手い父のピアノの伴奏者であったので、人前で歌を歌うこと、ましてや、外人の前で英語の歌を歌うこと、お金を貰い歌うことの責任感に大いにストレスを感じ、食べていても食べていることを感じられなかったが、北野時代に培われた「屈辱感に耐えて」一生懸命頑張った。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>２．アメリカバークリー音楽大学への留学</h3>
<p>私の頑張りを見てくれていたジャズスクールの先生が、バークリーの推薦状を書いてくれることのことで、応募結果、全額奨学金で見事合格。私自身は、「やった！」では無く、「ええ？どうするの？」との思いだったが、日本の仕事では先が見えず、アメリカで１年だけ頑張ろうと、８８年１２月２４日のクリスマスにアメリカに向かった。<br />
大学のテストは簡単。日本の音楽教室はかなり高度で、レヴェルの高さを改めて認識した。大学は１年で卒業出来たが、日本人とは絶対話をしないことにした。バークリーのあるボストンは、アメリカでも英語が速く、ニュージャージーやバージニア等から来ている人にとっても英語が難しい。唯一、東大卒の日本人留学生が一人いたが、英語を含む環境に耐えかねられなかったのか、２か月後に姿が見えなくなった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>３．２２年間のアメリカ生活（Boston１１年間とSan Francisco１１年間）</h3>
<p>幸い、高校時代に屈辱感への対応を鍛えられたこと、英語が出来なくともアメリカは私の気持ちを開放してくれたこと等により、「石の上にも11年」の思いで頑張ることが出来た。<br />
声を出すことが一番の目的・生きがいで、これにはお金をかけた。日本では良い先生に巡り合えなかったが、アメリカでは、ニューイングランド・コンサーバトリーで出会ったすばらしいヴォイスの考えを持つユージン・ルビンというドイツ人ヴォイストレーナーに師事すべく、ドイツに３か月留学した。ボストンでは、「The Boston Globe news paper」や「SF.日米タイムズ」で、日本人ジャズシンガーとして紹介され、CDを何枚か出した（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
ボストンでは、雪の道で交通事故にあい、骨折とともに肺きゅうが萎んだが１年で復帰。しかし、それで雪が怖くなった。８年経過し、自身のユニークな存在のお陰で人間関係も出来たが、日本人がこのままアメリカで頑張るためには、学生ビザ乃至は業務ビザを取得する必要がある。グリーンカードを申請するが抽選会で落ちた。その内、卓越した技術者に与えられるO１ビザを獲得できた。これは、自分にとって一番の人生の誇り。これで、「一生、アメリカでやっていける。アメリカが私を呼んでいる」と思い、ボストンから同じサイズの都市のサンフランシスコに行った。サンフランシスコでミュージックスクールの先生になったが、バークリー音大の存在感を改めて認識した。私のプライベートレッスンを受ける黒人の生徒や私に英語の歌を教えて欲しいという人がいっぱい来てくれた。自分で色々追及しベストを尽くしたことが、たいへん勉強になった。<br />
声は出るようになったが、こんなに人前で歌っていながら、練習場では歌えるのに人前になるとまだまだ上手く歌えなかった。元々声が低く、ごまかしながら歌っていた。小学校時代、音楽のテストで歌えず、その経験がトラウマとなっていた（今になっては、先生がピアノで女の子のキーと男の子のキーしか弾けず、他のキーに合わせて弾けなかったことの理解はできるが、当時は分からなかった）。サンフランシスコは、ネーチャーやスピリチュアルなものを重視する地域で、（トラウマ解消に効果があるといわれる）ヒプノセラピーの世界を勉強した。自分が自分自身にセラピーを行ったり、如何に呼吸を深く出来るかを勉強した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>４．帰国の決意</h3>
<p>サンフランシスコで生活にゆとりが出てきて、正月には日本の親元に帰り、アメリカと日本、大阪を行き来するうちに、日本のサービスが完璧でユートピアに思え、日本語の曲がどんどん出てきた。書いていた日本の曲を日本の人にも聞いて欲しいと思うようになり、２００９年に全曲日本語の「しあわせサプリ」、２０１０年に「It’s time」(2025万博で歌った「Osaka」を含む)のCDを出した。大統領選で黒人のオバマが大統領になり、彼の演説や周囲の熱狂にたいへん刺激を受け、これで国が変わる、と思ったが、アメリカの選挙権が無いことを認識するとともに、自分の存在を改めて感じた。また、親が老いてきたことも心配で、親に相談したところ、「好きなようにすれば良い」と言ってくれた（高校３年時のディスコ通いの親不孝を通して親はトレーニング済み？）。親には感謝している。以上の経緯で大阪に帰国した。浦島太郎扱いを覚悟していたが、大阪で色々な方に出会い仕事を頂くことが出来た。東京に来てくれとのお誘いもあったが、大阪で親の元で一緒に過ごせたこともあり、後悔は無い。<br />
ホテルグランビア大阪で、４月と１０月の年２回、ジャズコンサートを１４年続けている。今年は４月２９日（祝）と１０月１２日（祝）で、フルバンドの演奏、飲み放題・フルコースのデイナーつきで１３千円/人、スポンサーのアース製薬様のお土産付きで、たいへんお得。よろしければ、是非大阪に来て頂ければと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>５．ご一緒にヴォーカルトレーニング</h3>
<p>講演会参加者とともに以下を実践。毎日やれば、声帯がリラックスして音域が広まり、声がはっきり出るようになる。医療的にも認められている。カラオケで歌う前、MC等で話をされる方にはお勧め。<br />
・歌うには肩甲骨が一番大切→肩甲骨を３６０°回すトレーニング（ストレッチ）<br />
・発声練習→両手を肋骨脇にあて、腹式呼吸で息を吐きながら、舌全体を上顎にあてて口と鼻から声を出す</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>６．ジャズ、ジャズヴォーカルとは</h3>
<p>同じ原曲で拍子や歌い方を変えた曲を聴き、異なる雰囲気の曲になることを実感。これがジャズの典型であり醍醐味。<br />
・デユーク・エリントンの「Take The “A” Train」４拍子の同じ曲を３人の歌手が歌うのを聴く→スキャットを入れたり、ヴォーカルを変えて演奏することにより、異なる雰囲気、曲になる<br />
・「Fly Me」を３拍子、４拍子（ボサノヴァ、スウィング、ラテンで）で聴く→上記と同様</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>７．最後に</h3>
<p>今をみつめて生きたいとの思いで「今を生きる」をテーマに、山本能楽堂（ジャズと花道の競演「On the sunny side of the street」）やお寺（高槻本行寺/お経との共演「Imagine」）で演奏している（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。<br />
日本に帰って１５年。英語の曲を歌う時も、日本語の曲を歌う時も、言葉の力を大きく感じている。特に、英語の歌詞は意味が伝わっていなく感じられ、歌詞の存在をすごく意識している。コンサートでは、一方的に歌を聴いて頂くのでは無く、お客様と同じ時間を一緒に共有し紡がせて頂けることに喜びを感じる。今回の講演会にお呼び頂いたのをきっかけに、今後、大阪だけにとどまらずに活動が出来れば嬉しいと思う。</p>
<h3></h3>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span><br />
Q:最初にボストンに行ったときに、一番驚いたことは？A:アメリカは自然だったので、驚くことは無かった。ただ、ガソリンスタンドでトイレを借りるために「Can I use bathroom？」と黒人に尋ねた時に、断固として「Ｎｏ」と言われたのは、後にも先にも一番辛かった。後で分かったが、彼らがアメリカでされていることと同じことを私にしたかったのだろう。後で考えてみれば、「May I」と言えば良かった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口 喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:レヴェルが高く層も厚いアメリカのジャズ界で、日本人が成功するのは稀有では？才能があり上手であることもあろうが、有力なスポンサー等がいたのか？</p>
<p>A:すごく苦労した。最初に、インタビューで「日本人なのに、何故、あなたはジャズを選んだのか？」とアタックされた経験で学んだが、「私のルーツは日本で、日本でジャズをやってきた」と開き直り、「オリジナリティー」を出したことで、仕事がついてきた。ボストン、サンフランシスコはそれぞれが国のようなもので、「異色」を尊重してくれた。開き直りは、北野高校のお陰。小学校や中学校時代に作った曲をジャズにアレンジして英語に訳してもらい売り込んだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>石垣 具子さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q:一曲聴かせて頂ければ、ありがたい。</p>
<p>A「Blue skies」と「Osaka」（２０２５万博で歌った）を披露。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>坂本 睦枝さん（69期）</strong></span></p>
<p>Q：万博で歌われたのは、何かご縁があったのか？</p>
<p>A:北野高校のご縁で、パビリオンのオープニング式典で歌わせて頂いたもの。</p>
<p>永田ひろみさん（91期）：大阪ヘルスケア・パビリオンのシステムのボスである同期の三浦泰夫さんのご紹介で歌ったもの（参照：Ⅸ．資料　吉田昌代さんHP）。</p>
<p>参考：<a href="https://www.rikuryo.or.jp/talkrelay/miura91/TR231-250301.png" target="_blank">TR231-250301.png (1241×1754)</a></p>
<p><a href="https://www.youtube.com/live/vTu-uWDDv24" target="_blank">TR231Live</a></p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/第277回配付資料.pdf" target="_blank">第277回配付資料</a></p>
<p style="text-align: left;">吉田昌代さんホームページ：<a href="https://www.masayoyoshida.com/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0" target="_blank">Mya 吉田昌代</a></p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR.png"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7281" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/吉田昌代HPQR-150x150.png" alt="吉田昌代HPQR" width="150" height="150" /></a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野 正彦（88期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7282" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-5-150x150.jpeg" alt="260121 - 5" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7283" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-9-150x150.jpeg" alt="260121 - 9" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7284" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-10-150x150.jpeg" alt="260121 - 10" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7285" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-12-150x150.jpeg" alt="260121 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7286" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-13-150x150.jpeg" alt="260121 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7287" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-14-150x150.jpeg" alt="260121 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7288" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-16-150x150.jpeg" alt="260121 - 16" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7289" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-17-150x150.jpeg" alt="260121 - 17" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7290" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/02/260121-18-150x150.jpeg" alt="260121 - 18" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>【276回】12月「応用物理の目で絵画を読み解く」</title>
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		<pubDate>Sat, 27 Dec 2025 21:15:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2025年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

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		<description><![CDATA[佐藤 勝昭さん＠72期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2025年12月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>40名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>佐藤 勝昭さん＠72期</h4>
<p>東京農工大学名誉教授</p>
<p>(一社)日本画府理事・総務部長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1960　　　　大阪府立北野高等学校卒業</p>
<p>1960～1964　京都大学工学部電気工学科</p>
<p>1964～1966　京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程</p>
<p>1966～1984　日本放送協会(1966-1968大阪中央放送局、1968-1984放送科学基礎研究所）</p>
<p>(1978: 京都大学工学博士学位取得）</p>
<p>1984～2007　東京農工大学(1984:工学部助教授,1989:同教授, 2005:理事・副学長）</p>
<p>2007～2019　(国研)科学技術振興機構(さきがけ次世代デバイス研究総括、研究広報主監他）</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>「応用物理の目で絵画を読み解く」</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>この講演では、応用物理学（光学・材料科学）の目で、絵画の発色の仕組みを解説し、ゴッホの油彩画、北斎の浮世絵版画などを読み解くとともに、自身の水彩スケッチ・油彩画について、その技法を紹介します。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>東京六稜倶楽部での講演は、2012年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=2321" target="_blank">【第118回】「スケッチで綴る世界の旅」 </a>、2014年の<a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=3240" target="_blank"> 【第143回】「太陽電池のキホン」 </a>に続く、三度目となります。本日の講演は（１）絵具の仕組み、（２）北斎浮世絵版画の青色絵具について、（３）ゴッホの油絵の褪色について、（４）油彩画の技法についてお話します。</p>
<h3>（１）絵具の仕組み</h3>
<p>我々が色を感じられるのは、網膜に色感度特性が異なる３種類の錐体細胞ρ、γ、βがあるおかげです。これら錐体の色感度はそれぞれ赤・緑・青に敏感になっています。三原色の光を混ぜると白色になり、これを加法混色と呼びます。これに対し、絵具やプリンターのインクでは、三原色の補色にあたるシアン、マゼンタ、黄色が三原色となり、三色の絵具を混ぜると黒色になり、これを減法混色と呼びます。</p>
<p>絵具は着色材となる顔料と顔料を紙や布に付着させる展色材からなります。展色材には卵（テンペラ）、水（フレスコ画）、アクリル樹脂、アラビアゴム（透明水彩）、ロウ（オイルパステル）、芥子油・アマ油（油絵）、ニカワ（日本画）などがあり、展色材の違いが絵画の技法の分かれ道になっています。無機顔料には天然無機顔料、合成無機顔料、有機顔料にはアゾ顔料、多環顔料があります。油絵で芥子油は亜麻仁油より渇きが遅いのは、酸素と化学反応を起こして乾くための分子の二重結合が前者は二つなのに後者は三つあり、化学反応が速く進むからです。</p>
<p>無機顔料は半導体の種類により、吸収する光の波長帯が異なるという性質を利用しています。硫化亜鉛は全波長を通すので白色、硫化カドミウムは黄色、硫化水銀は赤、珪素やガリウム砒素は可視光を通さないので黒の顔料となります。これら顔料には有毒なものが多いことに注意する必要があります。コバルトブルーの顔料に使われるアルミン酸コバルトは、少し違う種類の顔料で、結晶構造の中に埋め込まれたコバルト不純物の性質により赤色が吸収され特徴的な青色が出ます。</p>
<p>有機顔料としては多くの赤から黄色の顔料に使われるアゾ顔料がありますが、耐久性が弱く褪色しやすいという弱点があります。より耐久性のある有機顔料として、黄色から橙色を呈する多環顔料というものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（2）北斎の青色について</h3>
<p>葛飾北斎の有名な「神奈川沖浪裏」は波頭のダイナミックな形状に加えて、使われた青色顔料が「北斎ブルー」として注目されてきました。この顔料は18世紀初頭にドイツ（プロイセン）で開発された鉄のシアン化物で、ベルリンから来たということで「ベロ藍」とも呼ばれていたものです。浮世絵の世界では1830年ころまで青色染料には青花（ツユクサ）と藍が使われていましたが、平賀源内が1763年に紹介し、伊藤若冲が「群魚図」で1766年に最初に使用した記録が残っています。輸入物で高価な顔料でしたが、北斎や広重が活躍した1832年以降には薄い青から濃い青までプルシアンブルー顔料を多用するようになり、「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」が生まれました。プルシアンブルーは染料業者の作業ミスで、動物由来の黄血塩と硫酸鉄の反応で偶然できたもので、「動物成分のなれの果て」だったのです。シアン化合物と分かり人工合成できるようになりました。プルシアンブルーは微粒子で、浮世絵の版画制作上の色刷り時に和紙に良く馴染み、その塗布量に応じて「ぼかし摺り」ができたこともあり重宝されたと言えます。</p>
<p>やや脱線しますが、赤から青までの花の多彩な色はアントシアニンという化学物質に何が分子的に付くかで生じていることが多いというのも驚かされます。藍色は、つゆくさから色素インディゴを酸化させてつくりましたが、現在インディゴは化学的に合成できるようになりました。フェルメールの絵で有名なウルトラマリンブルーは青金石（ラピスラズリ）という鉱物からつくられた顔料です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（3）ゴッホ油彩画の褪色について</h3>
<p>ゴッホはトーンの異なる黄色を多用することを好んだことが彼の残した様々な書簡から読み取れます。クロムイエロー（オレンジ黄色）、亜鉛イエロー（濃い黄色）、アンチモン酸イエロー（明るい黄色）は毒性のある無機顔料、バンダイクブラウン（褐色イエロー）は褪色し易い有機顔料でした。赤色についても何種類かの顔料を使い分けていますが、ゴッホが晩年体調を崩したのは、これらの毒性顔料の影響だったのだと想われます。</p>
<p>ゴッホの「イリス畑」の画像などについて、オランダの研究者が顔料成分をシンクロトロン放射光を用いて分析し、経年褪色を考慮して、原色を再現した研究がありますが、それによると元の黄色が褪色して現在は緑色になってしまったことが確かめられています。ゴッホの絵は強い色の対比や、補色を上手に利用しているが、褪色しやすいクロムイエローなどが原画の色相を変化させてしまっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>（4）油彩画の技法</h3>
<p>水彩画は水の蒸発で乾きますが、油彩画は乾性油の酸化反応で乾きます。水彩画は透明色で紙の反射があり塗り残したところは白っぽく見えるが、油彩画は反射色で顔料の色が直接見えるので白色は上塗りしなければなりません。油彩画では不透明色の上に透明色を何重にも塗り重ねる「グレーズ処理」により色の深みを表現することができます。</p>
<p>最後に、欧州での学会などの機会に描いたいろんな街の油彩画をご披露させて頂きます。100号サイズの大きな作品もあり、いろんな展示会に出品していますが、東京農工大学や長岡科学技術大学に展示用に寄贈したものもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>辻 伸二さん（84期）</strong></span><br />
Q:若い人に広がっているアクリル絵の具と油絵の違いを教えて下さい。A:展色材の違いです。アクリルは乾きが良く色の種類も多く使い易いので広がっていますが、透明で深い色を出しにくいので、自分としては薄っぺらいという感じをしています。</p>
<p>Q:デジタルでは表現できない油絵の世界というのはあるでしょうか？</p>
<p>A:実物の油絵は照明の当たり方でも違って見えますが、デジタル画像はどこでも均質に見えます。最近タブレットによる絵画教育が広がってきていますが、簡単に消せるというメリットもあるものの、絵具を混ぜて画用紙に新しい色を作る体験などができないので、残念なことだと心配しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q:玉虫色がでて褪色しない構造色を絵画に使うような試みはされてないでしょうか？</p>
<p>A:細い筆で鳥の羽のような構造色を再現しようとした人もいますが、実用化されていませんね。絵画でなく、自動車の塗装に構造色で塗装作業を省く研究がトヨタでなされています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>野口 晶子さん（94期）</strong></span></p>
<p>Q:昭和の画家としての心構えとかあるでしょうか？</p>
<p>A:昭和の絵でいいのではないかと想っています。油絵の重ね塗りの厚みなどを伝えていきたいと想っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>家 正則さん（80期）</strong></span></p>
<p>Q:道路標識など赤色塗料が剥げて読めないことが多いですね。ジアゾ顔料よりベンゼン環の多環顔料のほうが退色に強いとのことですが、あまり使われていないのでしょうか？　高価で使われないのでしょうか？</p>
<p>A:そうですね？　道路標識に構造色を使おうという試みもあるようです。</p>
<p>Q:表面にコーティングして褪色しない赤を実現する試みというのは無いでしょうか？</p>
<p>A:やられていますが、水分が入り込んだりして万能ではないですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>蓑原 律子さん（96期）</strong></span></p>
<p>Q:ご自分の絵画の色のパレットをどのように増やして行かれたのでしょうか？</p>
<p>A:それほど意識はしていませんが、いろんな絵を見ています。海外での学会に参加した折に、美術館を巡り、穴があくほど時間をかけて見ています。フランスではルーブルよりオルセーが良いですね。</p>
<p>Q:日本の緑と欧州の緑の違いなどを感じられますか？</p>
<p>A:気温や湿度、植生の違い、建物の違いがあり、風土により色相の違いというのは感じられると想います。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回配布資料.pdf" target="_blank">第276回配布資料<br />
</a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/第276回発表資料.pdf" target="_blank">第276回発表資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：家正則（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7255" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-1-150x150.jpeg" alt="251217 - 1" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7256" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-2-150x150.jpeg" alt="251217 - 2" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7257" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-3-150x150.jpeg" alt="251217 - 3" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7258" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-4-150x150.jpeg" alt="251217 - 4" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7259" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-8-150x150.jpeg" alt="251217 - 8" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7260" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-11-150x150.jpeg" alt="251217 - 11" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7261" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-12-150x150.jpeg" alt="251217 - 12" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7262" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-13-150x150.jpeg" alt="251217 - 13" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7263" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-14-150x150.jpeg" alt="251217 - 14" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7264" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-15-150x150.jpeg" alt="251217 - 15" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7265" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-19-150x150.jpeg" alt="251217 - 19" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20.jpeg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7266" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2025/12/251217-20-150x150.jpeg" alt="251217 - 20" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>【第279回】2026年2月18日(水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
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		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7244#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 22 Dec 2025 08:58:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

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		<description><![CDATA[2026年2月18日　第278回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 瀬戸 馨（せと かおる）さん　 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年2月18日　第278回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 瀬戸 馨（せと かおる）さん　85期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：</p>
<p>公益社団法人日本技術士会登録　子どもの安全研究グループ会長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>かかりつけエンジニア（学校安全）と子どもの安全～子どもは小さな大人ではない～</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>我が国の子どもの死亡原因のうち不慮の事故が各年代の上位を占めており、工学的な予防対策により防げるものも少なくない。これに対して技術士を中心として子どもの安全研究グループが2009年に設立され、学校や家庭での安全についても活動している。学校現場では安全点検をはじめ技術面で教職員の手に余るものも多い。そこで私たちは、学校医（かかりつけ医）のように、地域にいるエンジニアを活用して学校の技術的課題に対応する「かかりつけエンジニア構想」を提案し、モデル実施している。今回は、技術的な内容よりもエンジニアが学校や家庭での子どもの傷害（事故）について感じていることをお話しできれば幸いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>京都大学大学院工学研究科（土木工学）修了</p>
<p>建設省（現国土交通省）入省後は主に道路行政に従事</p>
<p>長崎工事事務所では、雲仙普賢岳噴火災害の火砕流、土石流による長期にわたる国道の通行止めと復旧に対応、首都国道工事事務所では、千葉の外環道路の用地取得を中心に対応、大阪国道事務所では、御堂筋を含む国道の管理を担当し、サッカーワールドカップ日韓大会、２度にわたる阪神タイガース優勝時の雑踏対策（道頓堀）に対応、沖縄総合事務局では、普天間基地返還決定までの関連する様々な事柄に対応（右往左往）</p>
<p>国土交通省の現役時代に設立された子どもの安全研究グループに参加、退官後も建設会社に勤務しながら、現在同グループ会長を務め、門前の小僧ながら子どもの安全の専門家として、ＮＨＫをはじめ民放各局に出演するなど子どもの安全に関する調査研究と情報発信を続けている。</p>
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