<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>東京六稜倶楽部</title>
	<atom:link href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club</link>
	<description>Just another WordPress weblog</description>
	<lastBuildDate>Sat, 24 Oct 2026 10:01:39 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
		<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
		<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=4.0.1</generator>
	<item>
		<title>【第288回】2026年12月16日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7599</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7599#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 24 Oct 2026 06:15:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7599</guid>
		<description><![CDATA[●講師　　　　：　田畑 勇樹さん＠129期 &#160; ●肩書き　　　：　ルワンダ・プロテスタント大学 平和 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>●講師　　　　：　田畑 勇樹さん＠129期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き　　　：　ルワンダ・プロテスタント大学 平和センター 平和構築事業担当</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●所属クラブ　：　サッカー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：「アフリカ紛争下の現場から考える、持続可能な平和構築と国際協力 」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨 　：<br />
講演者は大学卒業後、アフリカ(ウガンダ・ルワンダ)に駐在し、地域に根付いた平和と開発のための活動に従事してきました。本講演では、30年以上続く「アフリカ大湖地域(コンゴ東部・ルワンダ・ブルンジ)」の紛争現場での活動報告を通して、現地で求められる国際協力の姿や私たち日本人の暮らしとのつながりを考えます。一見すると遠いアフリカの紛争ですが、私たちの日常と意外な結びつきがあります。世界と自分のつながりに気づき、持続可能な平和のためにできることを考える機会とします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）<br />
1998年、大阪府生まれ。2022年3月、京都大学農学部食料・環境経済学科を卒業。同年4月〜2025年7月まで認定ＮＰＯ法人テラ・ルネッサンス海外事業部職員としてウガンダ共和国に駐在。同NPOを退職後、2026年6月より、ルワンダ・プロテスタント大学平和センター勤務。<br />
著書『荒野に果実が実るまで』は第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作</p>
<p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E8%8D%92%E9%87%8E%E3%81%AB%E6%9E%9C%E5%AE%9F%E3%81%8C%E5%AE%9F%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A7-%E6%96%B0%E5%8D%9223%E6%AD%B3-%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E9%A7%90%E5%9C%A8%E5%93%A1%E3%81%AE%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%94%B0%E7%95%91/dp/4087213676/ref=sr_1_1?crid=3UCUIAY3NLKEA&amp;dib=eyJ2IjoiMSJ9.CfkgtzM73DYr6gBUUZv1juVKuaVWyrbCz9LC0QRky2c.IrwBnGNoHLW7vMlDTzaXOK4-WgM1ximTHe-l0pi1pEw&amp;dib_tag=se&amp;keywords=%E8%8D%92%E9%87%8E%E3%81%AB%E6%9E%9C%E5%AE%9F%E3%81%8C%E5%AE%9F%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A7+%E6%96%B0%E5%8D%9223%E6%AD%B3+%E3%82%A2%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%AB%E9%A7%90%E5%9C%A8%E5%93%A1%E3%81%AE%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98&amp;qid=1792625713&amp;sprefix=%E8%8D%92%E9%87%8E%E3%81%AB%E6%9E%9C%E5%AE%9F%E3%81%8C%E5%AE%9F%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A7%2Caps%2C219&amp;sr=8-1" target="_blank">荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記 (集英社新書) | 田畑 勇樹 |本 | 通販 | Amazon</a></p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7599</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第287回】2026年11月18日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7551</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7551#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 03 Oct 2026 21:54:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7551</guid>
		<description><![CDATA[2026年11月18日　第287回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 中尾 健也（なかお けんや） [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年11月18日　第287回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 中尾 健也（なかお けんや）さん＠96期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社　グローバル債券商品部　エグゼクティブ・ディレクター</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●所属クラブ： 卓球部</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>『円安、インフレに負けない資産運用を考える～継続を力に～』</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>バブル崩壊以降のデフレに慣れきっていたところから、インフレが定着するご時世となり、戸惑われている方も多いのではないでしょうか？インフレが続くと同じ1万円でもその実質価値は次第に減少していきます。一方で、収入が減少する人生後半期に過大なリスクを取って困難に直面すると、運用継続による果実を享受することができなくなります。今回の講演では、私の債券為替、資産配分の運用経験を含む30年超の業界経験から、なるべくシンプルでわかりやすい金融商品をベースに資産配分を考えるための基本的なアイデアや枠組みについてご案内したいと思います。もしご興味がございましたら、参加いただければ幸いです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>1981年 3月：大阪市立十三中学校　卒業</p>
<p>1984年 3月：大阪府立北野高等学校 卒業（卓球部所属）</p>
<p>1990年 3月：早稲田大学法学部 卒業</p>
<p>1998年 5月：The Wharton School of the University of Pennsylvania卒業</p>
<p>（MBA, Major in Finance)</p>
<p>＜職歴＞</p>
<p>1990年 ：協栄生命保険（株）入社　国際金融部配属</p>
<p>1999年 ：クレディ・スイス信託銀行（株）　資産統括部　ヴァイス・プレジデント</p>
<p>2002年：JPモルガン・アセット・マネジメント（株）　運用商品部　ヴァイス・プレジデント</p>
<p>2005年：同　運用商品部長</p>
<p>2007年：同　運用商品部　シニア・プロダクト・マネジャー</p>
<p>2011年：同　グローバル債券商品部　シニア・プロダクト・マネジャー</p>
<p>2016年：同　グローバル債券商品部　エグゼクティブ・ディレクター</p>
<p>2018年：同　資産配分委員会委員を兼任（2020年まで）　現在に至る</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7551</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第285回】9月「人はなぜ老けるのか」　</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7547</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7547#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 11:08:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7547</guid>
		<description><![CDATA[笹川新也さん＠121期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年9月16日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>53名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>笹川新也さん＠121期</strong></p>
<p><strong>（美容皮膚科医　医療法人新月会 理事長　Houreisenスキンクリニック 統括院長）</strong></p>
<p>箕面市立第六中学校を経て、北野高校121期。山岳部に所属。東北大学医学部医学科卒業後、市立吹田市民病院、湘南美容クリニックでの勤務を経て、2022年に大阪Houreisen美容皮膚科（現：大阪Houreisenスキンクリニック）を開院。現在は大阪に加え、東京・名古屋にもクリニックを展開し、計3院を運営するほか、株式会社Nasoraが展開するドクターズコスメの開発にも携わっている。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『「人はなぜ老けるのか？」― 美容皮膚科医が考える、若さの正体 ―』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>同窓会での顔合わせで、同じ年月を歩んだのにどこか印象が異なる－そんな経験はないだろうか。この「見た目年齢」の差には科学的な理由がある。<br />
本講演では、121期・山岳部出身の美容皮膚科医が、老化のメカニズムを皮膚科学・解剖学の視点から分かりやすく解説。現代の美容医療の進歩と、そのリスクや限界を伝えた上で、明日からできる科学的な生活習慣を紹介する。<br />
また、密接につながっている「脳と皮膚」の関係性をひもとき、心地よい生活が肌を整え、外見の自信が内面を輝かせる仕組みを解説する。見た目も心も若々しくあるための「心と肌の好循環」を考える1時間。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ. 講演概要</th>
<td>＊紹介者は梶原哲朗さん（121期）</p>
<p>笹川さんとは同期で36歳。美容外科の派手なイメージに対して、「不自然な若返らせ方ではなくその人に合った対応をする」という熱い話を聞いていたので、今日の話にも期待している。</p>
<h3></h3>
<h3><strong>１．《人はなぜ老けるのか？》</strong></h3>
<p>美容皮膚科医が考える若さの正体<br />
同じ年齢でも若々しく見えるひと、少し疲れて見えるひともいる。歳の差はどこで出るのかを研究で証明されたエビデンスに基づいて述べ「今日からできる工夫」についても触れる。</p>
<p>１）笹川さんの経歴<br />
高校時代は山岳部に所属。大学は東北大学、現在は美容皮膚科医として医療法人新月会の理事長を務め、大阪・東京・名古屋で3院を運営するほか、株式会社Nasoraが展開するドクターズコスメの開発・販売にも携わっている。</p>
<p>２）高校時代は、山岳部に所属<br />
月1回、近くの山へ　六甲山・妙見山など　夏は北アルプス<br />
山岳部はただ山を登るだけではなく、読図（地図を読むこと）、飯盒炊爨やテント設営などの練習を重ねる結構奥深い部活動だった。</p>
<p>３）私の仕事について<br />
美容医療　スキンケア化粧品<br />
Houreisenスキンクリニック Nasora<br />
＊診療と、化粧品の開発・販売に取り組んでいる<br />
Houreisen スキンクリニックを運営し、ほうれい線、シワ・たるみなどの肌の悩みに向き合っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．《毎日の暮らしと、お肌の話》</strong></h3>
<p>若々しさを保つために、できること</p>
<p>１）同じ年月を重ねても、なぜ印象が違う？<br />
毎日の暮らしと肌の話から。<br />
《同じ61歳の2人の写真を示しながら》同じ年月を過ごしたのに、顔から受ける印象が随分違うということがある。<br />
まず私たちの体はなぜ老化するのかを細胞の中で起きていることから紹介する。</p>
<p>２）体は毎日、傷みを修復している<br />
DNAやたんぱく質は、日々傷つき、修復・交換される⇒年齢とともに、細胞を保つ働きが衰える<br />
生きている体ではDNA、タンパク質が少しずつ傷ついていく。しかし体にはそれを修復し、古くなった細胞を片付ける機構が備わっている。<br />
この仕組みが年齢とともに衰え、修復されなかった細胞が残り機能が低下する。これが老化を考える上での基本。</p>
<p>３）老化細胞は、周りにも影響する<br />
増えるのをやめた細胞が、体の中に残ることがある⇒蓄積すると、炎症などを通じて組織の働きに影響<br />
傷ついた細胞ががん細胞のように増殖しないようにして、体を守る仕組みがある。<br />
増殖はしないものの傷ついた細胞で残存するものがあり、このような老化細胞は炎症成分を分泌し周りの細胞に悪影響を及ぼす。その蓄積で老化現象が進むと言われている。</p>
<p>４）肌ではコラーゲンの変化がハリやシワに表れる<br />
ハリを支えるコラーゲン<br />
＊紫外線、喫煙などの影響が重なると傷みが増え、つくる働きも低下<br />
肌の中で起きていること。皮膚の少し深いところ、 真皮層にある螺旋構造をもつコラーゲンの繊維組織が皮膚を支えそれが皮膚の張り・弾力を保っている。若い人の肌も、加齢、紫外線・喫煙などの生活習慣の影響も加わりどんどん老化していき、同じ年齢でも差がついていく。皮膚だけではなくて、筋肉や骨なども、細胞レベルでどんどん老化していく。</p>
<p>５）顔の印象は、3つの要素で見る<br />
皮膚内部組織の変化が顔にどう表れてくるのかを、3つの要素、色と質感と立体、に分けて見ていく。顔の印象は、この3つが重なってできている。<br />
＊色（シミ・くすみ・色むら）：頬や額のシミ、色ムラ、顔全体の均一感、くすみ感といった色の見え方<br />
＊質感（乾燥・小ジワ・ハリ）：肌の滑らかさ、細かいシワ、乾燥感、張りの有無など<br />
＊立体（くぼみ・膨らみ・たるみ）：頬がこける、口元が膨らむ、口元が垂れるなどの立体的な状態</p>
<p>６）顔の形は皮膚の下から支えられる<br />
皮膚（色・質感・表面のシワ）<br />
脂肪（ふくらみ・くぼみ・位置）<br />
筋肉・支持組織（動き・つながり・支え）<br />
骨格（顔の土台）<br />
顔は皮膚一枚でできているわけではない。皮膚・脂肪・筋肉は密接な関係で成り立っている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．《顔の印象は、日々の過ごし方でも変わる》</strong></h3>
<p>顔の印象は年齢だけで決まらない。毎日の過ごし方も少しずつ顔に現れてくる。</p>
<p>１）大幅な減量で、顔が老けて見えることも<br />
＊体重だけでなく、顔のふくらみも印象を左右する</p>
<p>２）笑ったあと、そのシワは残っていませんか？<br />
よく笑うひと、表情豊かなひとには無表情時に残るシワが出来やすい傾向がある。</p>
<p>３）うつむくと、たるみは強く見える<br />
うつむいているよりも良い姿勢が顔の見た目にも効果があると思う。</p>
<p>４）紫外線を浴びた時間が、肌に表れる<br />
日光を浴びる時間の多少で肌に違いが<br />
長時間紫外線を浴びることの影響が見た目年齢に関わっていると科学的に証明されている。<br />
紫外線は肌の老化、特にシミやシワなどの光老化に大きく関わっている。</p>
<p>５）紫外線は、シミだけでなくシワ・たるみにも<br />
UVB：浅い層を傷める・日焼け・シミ<br />
UVA：真皮まで届く・ハリ・弾力に影響<br />
UVAとUVBは紫外線の主な種類。<br />
日光には体内時計を整え、睡眠・覚醒のリズムを調節する働きがある。また、紫外線のうちUVBは、皮膚でのビタミンDの合成に関わっている。</p>
<p>６）曇りや雨でも、紫外線は届いている<br />
快晴の日の紫外線を１００%とすると<br />
曇り：約６０%<br />
雨：約３０%<br />
＊天気が悪い日も、外に出る日は紫外線対策を。</p>
<p>７）冬の紫外線は、夏より弱い。でもゼロではない<br />
紫外線の強さを示す「UV指数」<br />
夏・７月：７.６<br />
冬・１月：１.９<br />
＊季節に合わせて、外に出る日の対策を。</p>
<p>８）毎日塗ると、肌のキメの悪化が少なかった<br />
毎日群で、悪化の指標が２４%低いというデータ<br />
＊毎日の習慣で、数年後の肌の変化に差が出る<br />
日焼け止めの習慣が見かけ年齢や皮膚の老化に関わることが分かっている。</p>
<p>９）日焼け止めは、SPFとPAをセットで見る<br />
SPF：主にUVBへの防御・赤く日焼けするのを防ぐ力<br />
PA：UVAへの防御　＋ から ＋＋＋＋ の4段階<br />
＊普段は肌に合うもの／長時間の屋外は高い表示を<br />
日焼け止め剤にはSPFとPAのパッケージ表示がある。</p>
<p>１０）外にいる長さと、汗・水で選ぶ<br />
外出の場面と選ぶときの目安<br />
＊表示だけでなく、十分な量と塗り直しも大切<br />
長時間屋外で過ごす場合は、理想的には約2時間ごとの塗り直しが推奨されるが少なくとも4時間毎での塗りなおしを勧める。特に汗をかいた後の塗り直しが大切。また、日焼け止めは十分な量を均一に塗布することが重要である。</p>
<p>１１）UPF表示のある衣類も、紫外線対策に<br />
表示がある製品は、UPFを確認<br />
UPF５０＋：布を通る紫外線を約９８%以上カット<br />
＊暑い日は、帽子・日陰・薄手のUV衣類から選ぶ</p>
<p>１２）紫外線対策のまとめ：紫外線対策で、大切なこと<br />
十分に塗る：顔・耳・首・手などに<br />
塗り直す：屋外では約２時間ごと・汗をかいた後にも<br />
服・小物でも守る：帽子・日陰・サングラス・UV衣類<br />
＊暑さに合わせて、無理なく組み合わせる</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．《次は、肌を老けさせる習慣です》</strong></h3>
<p>ここまでは紫外線の話だったが、次は肌を老けさせる習慣について。</p>
<p>１）喫煙者の見た目の例</p>
<p>２）喫煙者では、コラーゲンをつくる働きの「目印」が低かった<br />
非喫煙者：１００で　喫煙者は８割程度<br />
*肌の支えを守るためにも、禁煙を<br />
コラーゲンは真皮を構成する主要な成分の一つで、皮膚のハリや弾力を支えている。</p>
<p>３）セラミドで、肌のバリアを支える<br />
角質細胞　 細胞のすき間を満たす脂質（セラミドなど）<br />
＊配合クリームで、水分量とバリア機能が改善<br />
角質層にあるセラミドは、乾燥を防ぎ外からの刺激も防ぐ。</p>
<p>４）保湿した肌は、同じ刺激でも反応が小さかった<br />
保湿を続けて、刺激に備える</p>
<p>５）レチノールを塗った腕は、小じわが減った<br />
レチノール配合：７.２５ → ５.６１（小じわ判定 最も強いは９点）<br />
＊肌に合う製品を、無理のない頻度で続ける<br />
レチノールはビタミンAの一種で、小じわ改善に効果がある。</p>
<p>６）ナイアシンアミドは、色ムラと小じわに<br />
ビタミンB₃の一種：色ムラが薄く小じわが少なくなると証明されている</p>
<p>７）洗ったら、肌が乾ききる前に保湿<br />
洗顔・入浴のあとに：こすらず、やさしく塗る<br />
HCエンリッチローション：保湿化粧品（私が開発・販売に携わっています）<br />
＊ご自分の肌に合い、続けられる手入れを</p>
<p>８）毎日のケアに使う化粧品も、開発しています<br />
クレンジング、洗顔、化粧水、保湿クリーム<br />
＊洗うところから、うるおいを保つところまで<br />
”何歳のひとでも使い続けられる化粧品”をポリシーとして日々研究を重ねている。</p>
<p>９）部屋が乾くと、目元の小じわも目立つ<br />
実験室の湿度を下げると（７０% → ４０%）３０分後：水分量が下がり・小じわが目立った　＊肌の保湿と一緒に、室内の乾燥にも目を向ける<br />
乾燥する時期は加湿器も使ってほしい。</p>
<p>１０）肌も、筋肉も、骨も。 材料は毎日の食事から<br />
たんぱく質：皮膚や筋肉の材料に<br />
ビタミンC：コラーゲンの合成を助ける<br />
カルシウム・ビタミンD：骨の健康に関わる<br />
＊まず、不足させないこと。<br />
普段の食卓では主食、タンパク質（卵でも魚でも豆腐でも）のおかず、野菜の組み合わせという基本を意識する。</p>
<p>１１）主食に、たんぱく質と野菜を<br />
主食：ご飯・パン・麺<br />
主菜と副菜：魚・肉・卵・大豆・野菜・きのこ・海藻<br />
炭水化物は摂りすぎでの糖化を心配してゼロにするのではなくカロリーと栄養素をバランスよく摂ることが重要。<br />
最近マンジャロという薬（注射で食欲が減る）での減量・痩せが流行っているが、過度な減量や栄養不足は、肌や毛髪の状態にも影響することがあるため、適切な栄養摂取が重要である。</p>
<p>１２）野菜・果物と、健康的に見える肌色<br />
野菜・果物が増えた人ほど：肌の赤み・黄みがわずかに増加　（顔画像の評価で「健康的」）<br />
＊にんじん・青菜の色素「カロテノイド」が、肌色にも関わる</p>
<p>１３）トマトと、日焼けの赤み<br />
トマトを食べた群で赤みが出にくい結果に（オリーブオイルとの組み合わせの比較）<br />
＊主な成分はリコピン（抗酸化作用）<br />
トマトに含まれるリコピンは紫外線で生じる活性酸素（老化の原因）の働きを防御する。</p>
<p>１４）私のおすすめは、納豆<br />
たんぱく質＋ビタミンK₂　ビタミンKは、骨で働くたんぱく質の活性化を助ける<br />
＊いろいろな食品と組み合わせる<br />
納豆にはたんぱく質やビタミンK₂が含まれており、骨の健康維持に関わる栄養素を摂取できる食品として、私自身もおすすめしている。</p>
<p>１５）運動を続けると、肌の弾力が上がった<br />
有酸素運動や 筋力トレーニングを16週間継続後<br />
＊体を動かす習慣を、肌のためにも<br />
運動を続けることは肌にも良いというデータがある。</p>
<p>１６）運動で変わる血液が、肌の細胞に働く<br />
運動後の血液成分で、コラーゲンを作る遺伝子が活発に<br />
運動後の血清を用いた細胞実験では、皮膚細胞のコラーゲン合成に関わる変化が報告されている。</p>
<p>１７）筋トレ中、顔まで力んでいませんか？<br />
眉間を寄せる癖に、気づく<br />
＊力を抜いたときにも、シワが残っていないか見てみましょう<br />
＊運動中の、顔の力みも見直してみましょう<br />
力みでできる繰り返しのシワは脱力後も残ることがある。</p>
<p>１８）私は、シワ対策の顔トレを勧めません<br />
表情筋は、皮膚につながっている<br />
＊ハリが落ちた肌では、折れジワが残ることも<br />
＊笑ったあともシワが残る方は、強い顔トレに注意<br />
顔トレでできたシワの線が残ってしまう。</p>
<p>１９）眉間の力みをやわらげると、シワの寄り方が変わる<br />
筋肉の動きをやわらげて<br />
＊シワを寄りにくく（ボトックスによる眉間のシワの治療後）<br />
ボトックスは同じ場所にシワがよるのを防ぐ治療。</p>
<p>２０）お酒は、赤み・水分・眠りを通して顔に響く<br />
赤み：分解途中の物質が、体質によりたまる<br />
水分：尿が増え、乾燥しやすい<br />
眠り：眠りが浅くなり、翌朝に響く<br />
＊多い飲酒は、目元のふくらみ・シワなどとも関連<br />
酒もあまり良くないと言われている。</p>
<p>２１）睡眠不足で、肌のバリア機能の回復が遅れた<br />
皮膚バリアが回復するまでの日数<br />
＊眠る時間は、肌が回復するためにも大切<br />
睡眠不足で肌の回復能力が遅れることがわかっている。</p>
<p>２２）睡眠は、肌の回復を支える<br />
眠っている間も、体は働いている<br />
＊ホルモンや免疫の働きが体を整える<br />
＊睡眠時間と、朝の休まった感覚を大切に　朝、休めた感じがありますか？<br />
深い眠りの初期に分泌が始まる成長ホルモンは成人でも分泌され、代謝や組織の維持などに関わっている。十分な睡眠は健康維持のためにも重要である。</p>
<p>２３）睡眠不足もストレスも、脳に関わる<br />
眠りが脳の休養を支える　 ストレスに脳が反応する<br />
＊神経・ホルモン・免疫を通じて、体の情報が伝わる<br />
肌の調子を考える場合、睡眠やストレスという要素を無視できない理由は、このような体の仕組みのため。</p>
<p>２４）表皮と脳は、同じルーツから生まれる<br />
外胚葉から　表皮（皮膚の表面）と　脳・神経系（脳や脊髄など）は分化する<br />
＊肌の表面と脳には、共通の出発点がある<br />
発生過程において、表皮と脳・神経系はいずれも外胚葉に由来する。また、脳と皮膚は神経・ホルモン・免疫などを介して密接に関係している。</p>
<p>２５）強いストレスが続くと、肌の回復が遅れやすい<br />
コルチゾールの過剰な作用が続くと<br />
＊脳が反応⇒ 副腎から分泌（コルチゾール）⇒ バリアをつくる働きが低下（肌の回復が遅れやすい）<br />
＊心の負担は、肌にも届く<br />
ストレスが続くと肌の調子が悪くなるのは、気のせいでも気の持ちようでもない。</p>
<p>２６）試験中は、肌の守りが戻りにくかった<br />
試験期：（肌の守りの）回復が遅い<br />
＊休暇後には、回復の速さも戻った<br />
医学生など27人での調査。ストレスがかかる試験期に皮膚の回復が遅くなる。</p>
<p>２７）瞑想は、呼吸や体の感覚に注意を向ける練習<br />
＊音声の案内に沿って：呼吸を感じる　肌に触れる空気を感じる<br />
＊気がそれたら、また感覚に意識を戻す<br />
＊乾癬の光線療法に加えた群で、皮疹が落ち着くまでが早かった<br />
乾癬患者を対象とした研究では、光線療法に瞑想を併用した群で、皮疹が落ち着くまでの期間が短かったと報告されている。</p>
<p>２８）今日から、ひとつ始めてみませんか<br />
01 日焼け止め<br />
02 保湿（スキンケア）<br />
03 禁煙・禁酒／節酒<br />
04 食事<br />
05 運動<br />
06 睡眠<br />
07 美容医療<br />
ご自分が続けられる、一つから<br />
いろいろな対策の話をしたが、このうちの何か一つでも実践していただければと思う。</p>
<p>２９）日常のケアには、限界もある<br />
＊見た目を変えたいとき、美容医療も一つの選択肢です<br />
＊もっと自分を好きに。輝く毎日と未来へ<br />
＊そんなきっかけを、美容医療を通じて作りたい<br />
セルフケアや生活習慣改善にも限界がある。選択肢の一つとしてリフトアップやシワたるみ治療などの美容医療がある。</p>
<p>３０）相談のきっかけは、日々の生活に<br />
授業参観：周囲と自分をふと比べたとき<br />
家族のひとこと：気づかなかった顔の変化<br />
人に会う仕事：人前での印象を整えたいとき<br />
＊お悩みの先には、その方の暮らしがあります<br />
見た目を変えたいと思えば私のクリニックのようなところに相談するのも一案。</p>
<p>３１）治療例<br />
《ほうれい線の悩み》40代男性 グロースファクター<br />
《目の下のふくらみと影》７０代女性 脱脂＋ヒアルロン酸３本<br />
《頬とフェイスライン》４０代女性　糸リフト１０本＋ヒアルロン酸２本</p>
<p>３２）自信が、見た目をさらに輝かせる<br />
鏡を見るのが楽しみになる⇒自分に自信が持てる⇒表情や振る舞いが、いきいきする<br />
⇒見た目も、気持ちも若々しく<br />
美容医療を受けた後に鏡を見るのが楽しくなったと言ってもらえると、この仕事をやっていて本当に良かったと思う。<br />
見た目が変わることでさらにイキイキしていく。そんな美容医療を通して、良い循環が始まるきっかけを作りたいと思い日々仕事に取り組んでいる。</p>
<p>３３）ほうれい線グロースファクターだけで　累計３,０００件以上<br />
もっと自分を好きになる、そのきっかけを<br />
美顔器、エステを試したがあまり効果が出ず私の治療を受けているようなケースもある。</p>
<p>３４）日本の美容医療を、世界へ<br />
２０３０年を目途に、海外進出を目指します<br />
＊一人の変化が、周りへ。社会へ<br />
＊日本が元気になる未来を、私も作りたい<br />
これからの目標は２０３０年を目途にした海外進出の計画。<br />
日本の美容医療の技術、丁寧できめ細やかな技術や接遇を海外に届けたいと思っている。<br />
美容医療を通して美意識が高まり、前向きな気持ちが広がり、社会が日本が元気になる。そんな未来を作る側の人間になりたいと思っている。<br />
世界に打って出られる企業を作り、世界で活躍できる日本人になりたいと思っている。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><strong><span style="text-decoration: underline;">内海一朗さん（94期）</span></strong></p>
<p>Q: 抜け毛対策の“リアップ”を使っているが、効果は？<br />
A: リアップに含まれるミノキシジルの育毛効果はエビデンスもあり証明されているので使うのもいい。物足りない場合は投薬治療、薬を飲むというケースもある。</p>
<p>Q: 糸リフトやヒアルロン酸の効果の持続期間は？<br />
A: 製剤により、持続時間、体内の残存時間が変わる、半年から２年間くらいで差異がある。<br />
美容クリニックの“営業”手法で“カウンセラー”が勝手に判断し勝手に売りというようなこともある。それは医者でも看護師でもないので良くないこと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>谷島由紀子さん（91期）</strong></span></p>
<p>Q: “飲むコラーゲン”というような飲むものは肌への効果はある？<br />
A: コラーゲンが１回分解されて吸収され、それがタンパク質などに再構成されて肌の栄養になるという意味では無駄ではないが、気になるところに到達する量はわずかなので、口元や目元など、特定の部位のくぼみやたるみを改善したい場合には、経口コラーゲンよりも注入治療の方が直接的にアプローチでき、改善が期待できる場合がある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本治さん（88期）</strong></span></p>
<p>Q: 老人性色素斑（シミ）と肝斑では全然違うメイクをすると聞いた。加齢と肝斑は関係するのか？<br />
A: 肝斑と老人性色素斑、日光性色素斑（これはシミ）は異なるシミで、対策も変わる。後者に対して効果がある治療は、肝斑には無効の場合も。メイクアップ以外の対策でもさまざまな治療法で抑えることができる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>多賀正義さん（76期）</strong></span></p>
<p>Q: ほうれい線グロースファクターという治療方法はどのような施術・治療法？<br />
A: ほうれい線グロースファクターは注射である。グロースファクターは皮膚のコラーゲン産生に関わる成長因子で、これを用いた注射によって、ほうれい線の改善を目指す治療です。効果には個人差がある。</p>
<p>Q: 韓国の美容整形は笹川さんが行っている美容治療とはどういう違いがある?<br />
A: 私の方はメスを使わずにきれいにする治療で、いわゆるプチ整形になると思う。シミ取りや脱毛などもプチ整形になる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>清徳則雄さん（79期）</strong></span></p>
<p>Q: 最近よく直美（卒業した後に直接美容整形に行くということ）が多いといわれるが、どういうふうに受け取っているか?<br />
A: 私も今で言うと直美で、湘南美容クリニックに入った。現在は直接美容にいく先生が増えて、救急や外科に行く先生が減っているというのが医師業界でも問題になっている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>大塚康晴さん（82期）</strong></span></p>
<p>Q: 日焼け止めクリームは今からでも遅くないか?<br />
A: 美容は年齢には全然関係ない。何歳からでも美容を始められる。人生１００年は長いので今からでも遅くないと思う。</p>
<p>Q: 日焼け止めクリームを塗る量と頻度は？ゴルフでは２時間というとハーフで何回も塗りなおしすることになる。<br />
A: 手の甲ならば５００円玉ぐらいのサイズのクリームを伸ばす。腕やからだ数か所に５００円玉大をたっぷりつけて、それを伸ばすというのがいい。</p>
<p style="text-align: right;">記録：粟飯原照彦（８４期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0102.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7609" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0102-150x150.jpg" alt="285_0102" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0103.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7610" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0103-150x150.jpg" alt="285_0103" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0203.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7611" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0203-150x150.jpg" alt="285_0203" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0206.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7612" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0206-150x150.jpg" alt="285_0206" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0241.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7613" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0241-150x150.jpg" alt="285_0241" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0242.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7614" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0242-150x150.jpg" alt="285_0242" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0243.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7615" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0243-150x150.jpg" alt="285_0243" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0246.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7616" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0246-150x150.jpg" alt="285_0246" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0247.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7617" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0247-150x150.jpg" alt="285_0247" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0249.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7618" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0249-150x150.jpg" alt="285_0249" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0262.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7619" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0262-150x150.jpg" alt="285_0262" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0267.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7620" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/285_0267-150x150.jpg" alt="285_0267" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7547</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第284回】8月「震災後の福島復興の光と翳」　</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7545</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7545#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 11:06:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7545</guid>
		<description><![CDATA[納多 勝さん＠88期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年8月19日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>49名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>納多 勝さん＠88期</strong><strong>（大林組バックエンドプロジェクトチーム　上級専任役）</strong></p>
<p>1973年3月　大阪教育大学附属池田中学校卒業</p>
<p>1976年3月　北野高校卒業<br />
1983年3月　京都大学大学院工学研究科修士課程修了<br />
1983年4月　大林組入社　土木本部設計部、LNGタンク設計施工、東電設計出向<br />
1988年-1990年　Stanford大学Dept. of Civil Eng. MS、Engineer取得<br />
1990年-1991年　nagra（スイス放射性廃棄物管理共同組合）出向<br />
（nagra：Nationale Genossenschaft für die Lagerung radioaktiver Abfälle）<br />
1992年-1994年　動燃事業団（現JAEA、日本原子力研究開発機構）出向　高レベル放射性廃棄物地層処分研究<br />
1994年-1999年　大林組　国内現場（角島大橋など）<br />
2000年-2010年　大林組　放射性廃棄物処分研究開発<br />
2011年1月　JAEA幌延深地層研究センター建設工事<br />
2011年-2022年　除染、中間貯蔵研究開発、工事<br />
2022年-2024年　飯舘村環境再生工事（飯舘村在住）<br />
2024年-2026年　双葉町減容化工事（浪江町在住）</p>
<p>理事：除去土壌等減容化・再生利用技術研究組合 【略称 VOREWS（ボリュース）】（2025年まで）<br />
理事：一般社団法人 環境放射能とその除染・中間貯蔵および環境再生のための学会<br />
委員：土木学会エネルギー委員会（分科会）<br />
現在に至る</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『震災後の福島復興の光と翳』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>2011年の地震と原子力発電所事故以降、福島は大変な苦労をされていますが、着実に復興の道に乗りつつあります。高齢化、限界自治体化というベースラインがある中、放射能に邪魔をされても、なお、それに負けない輝きを信じて、ソーシャルポジティブに福島は向かっています。2011年に何が起こって引き続きどうなって、今どのようになっているかをいろいろな角度から見てみたいと思っています。光あふれる場面と翳となっている状況の両面をみなさまに知っていただきたいと考えて紹介いたします。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ. 講演概要</th>
<td>＊紹介者は同期（88期）の葛野正彦さん&nbsp;</p>
<p>納多さんとは88期同期、硬式テニス部で3年間一緒に過ごした。当時の硬式テニス部は、朝練、昼練、放課後の練習はもちろん、休日は正月三ヶ日ぐらい、文字通り一年中朝から晩までテニスづけの毎日だった。厳しい先輩がおり、球拾いでボールが正確に来なければボールをぶつけられた。とにかく良く走らされ、校庭を10周以上走った日もめずらしくなかった。その成果で、納多さんは断郊で5位と立派な成績をおさめられた。我々同期は「100年目の不作」と言われた代で、テニス部同期とは勉強の話をした記憶が無い。卒業後集まっても仕事の話をしたことが無く、本日は、納多さんの仕事の話を初めて聞かせてもらえること、納多さんからみた震災後の福島の潜在力等を聞けるのをたいへん楽しみにしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>１．原子力事業との関わり</strong></h3>
<p><strong>大林組入社から海外派遣、原子力の世界へ</strong></p>
<p>・1983年：大林組入社。設計に携わる。</p>
<p>・1988年～1990年：米国スタンフォード大学留学。在籍中の1989年にはロマ・プリータ地震という大きな地震に遭遇し、日本へ地震データを送るなど貴重な経験をする。</p>
<p>・1990年〜：スイスの「NAGRA（ナグラ：スイス放射性廃棄物管理組合）」出向。NAGRAはスイス政府と電力会社が設立した組織で放射性廃棄物の管理を担う。このスイス赴任から「原子力」に深く関わるようになる。本部はバーデンだが、試験場はスイス・アルプスのグリムゼル峠。ダムの発電所へ向かうトンネルから枝分かれした地下施設で1年間さまざまな実験に従事した。</p>
<p>・2000年頃〜：本社に戻り、高レベル放射性廃棄物の研究（INL：米国アイダホ国立研究所との共同研究など）に従事。</p>
<p>・2011年〜：北海道の幌延（ほろのべ）にあるJAEA（日本原子力研究開発機構）の深地層研究センター（地下研究所）に赴任。幌延の深度500m（当時の深度350m）におよぶ地下トンネルに潜り、さまざまな実証実験に取り組む。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．汚染水・遮水対策の提案と「スマート・サブサーフェス・バリア」</strong></h3>
<p><strong>東京電力の「凍土壁」と大林組の提案</strong></p>
<p>・東京電力の「凍土壁」<br />
福島第一原発の事故後、東京電力は2010年代に、地下水の汚染拡大を防ぐため「凍土壁（土壌を凍結させて水を遮断する壁）」を採用した。一方、大林組は2000年頃から米国で学んだ「封じ込め（コンテインメント）」や「除染（デコンタミネーション）」のアプローチを提案していた。</p>
<p>・大林組のINL：アイダホ国立研究所との研究に基づく「スマート・サブサーフェス・バリア」<br />
米国ワシントン州の「ハンフォード」は、米国ロスアラモス研究所とともにマンハッタン計画（オッペンハイマーらが率いた原爆開発）の拠点であり、非常に深刻な放射能汚染を抱えている地域。大林組が共同研究を行った「INL（アイダホ国立研究所）」では、このような汚染エリアを封じ込めるための「スマート・サブサーフェス・バリアシステム」を開発してきた。これは以下のような仕組み：</p>
<p>１）汚染エリアの地下に小口径の掘削マシンでトンネルを掘り鋼管（パイプ）を押し込む。</p>
<p>２）隙間を粘土等で埋め、地下に強固な封じ込め層をつくる。</p>
<p>３）鋼管の内部を使って洗浄したり、内部の状況を精密に計測（モニタリング）したりする。</p>
<p>2011年の事故後、この「確実に封じ込めができる技術」を経済産業省や東京電力へ説明に行くも、高価であること、国内での施工実績がまだ少なかったことから、採用には至らなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．ドイツ・ケルヒャー（Kärcher）社との共同開発による「ロードスイーパー除染」</strong></h3>
<p><strong>掃除のプロフェッショナルとのタッグ</strong></p>
<p>2011年以降、大林組は高圧洗浄機等で知られるドイツのケルヒャー社と共同研究を行っていた。同社は多角経営を行っていたが、現在は清掃機器へ特化、世界的に大成功を収めている優秀な企業。</p>
<p>・道路除染用ロードスイーパーの開発<br />
ケルヒャー社と共同で開発したのが、汚染された道路を効率よく除染する「特殊ロードスイーパー（路面清掃車）」。<br />
改良点： 通常の清掃車はゴミ集め用だが、道路表面を削りすぎないよう集塵ブラシ（ブラシ部分）を金属製に変更。さらに、放射性物質を含んだ水が周囲へ飛散・流出しないよう、完璧に水を回収する機構を組み込んだ。<br />
施工方法： この車両を複数台配置し雁行走行させることで、一気に広範囲の道路表面を除染した。<br />
この技術は現場で多く採用され、福島県内ではこの黄色と黒色のロードスイーパーが多数活躍する姿を見ることができた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．震災発生・事故のメカニズムと初期対応</strong></h3>
<p>2022年から現場に拠点を構え、飯舘村をはじめとする地域の復興・除染事業に直接携わった。</p>
<p><strong>震災発生と原発事故のメカニズム</strong></p>
<p>・地震と被害：3月11日の本震および前震（3月9日）により甚大な被害が発生。福島県内では約4,000人が亡くなり、そのうち2,300人が「震災関連死」だった。</p>
<p>・冷却停止と水素爆発：地震による外部電源喪失、その後の津波による非常用ディーゼル発電機の想定外の水没により、全交流電源喪失（SBO）および冷却材喪失事故へ発展した。1・3・4号機で水素爆発（爆轟）が起こり、2号機からも放射性物質が漏洩した。</p>
<p><strong>避難の実態と関連死</strong></p>
<p>・急な避難の混乱：3月11日〜15日にかけて十分な誘導がないまま大急ぎで避難した地域（病院や老人ホーム等）では、移動の負荷や環境変化により多くの関連死が発生した。</p>
<p>・飯舘村のケース：直ちに避難指示が出なかったことで、行政指導のもと計画的に避難が行われた。その結果、避難行動そのものによる死亡者は極めて少なく抑えられた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５．除染事業とゼネコンの役割・中間貯蔵施設</strong></h3>
<p><strong>除染事業とゼネコンの役割</strong></p>
<p>・未知の事業： 事故後、セシウム除染の必要性が生じたが、ノウハウも発注主体（環境省か国交省か等）も不明な状態だった。当初は日建連、土木学会などが手さぐりで動いていた。</p>
<p>・ゼネコンの参入：ゼネコンが得意とする労務管理やロジスティクス（物流・現場管理）を担う形で参入。1,000人〜1,300人規模の態勢や数千台のダンプを動員し作業・現場管理を進めた。</p>
<p><strong>除染のプロセスと中間貯蔵施設</strong></p>
<p>・中間貯蔵施設：大熊町・双葉町にまたがる約16km²のエリアに、県内から回収した除去土壌（約1,400万m³）を集積。</p>
<p>・「県外最終処分」の課題：法律で「30年以内に福島県外で最終処分を行う」と定められているが、受入先の反発等もあり現実的には非常に困難な状況。再生利用（覆土・資材化）の模索も進められているが、県外搬出が原則との議論で難航している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>６．放射線に関する正しい知識と現場の状況</strong></h3>
<p><strong>単位の整理と被ばく基準</strong></p>
<p>・単位の違い：ベクレル（Bq＝放射能を放散する能力）、シーベルト（Sv＝人体が影響を受ける量）。</p>
<p>・被ばく線量と基準：<br />
一般人の追加被ばく線量目安：年間1mSv。<br />
放射線業務従事者の限度：5年間で100mSv（年間20mSv）。</p>
<p><strong>実際の作業環境</strong></p>
<p>空間線量が高く見える場所でも、作業時間（1日2時間程度など）や防護対策、覆土などを考慮すると、年間の実際の被ばく量は医療検査（バリウム検査等）と同等以下に抑えられているケースが多い。感情論ではなく「科学的根拠」に基づいた正確な理解が重要。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>７．事故から15年が経過した復興の現状と課題</strong></h3>
<p><strong>帰還の現状と地域のジレンマ</strong></p>
<p>・複雑な地域指定と停滞：特定復興再生拠点区域や特定帰還居住区域など制度が複雑化している。依然として帰還困難区域が残り、自治体との調整や政府の政治判断の遅れにより、15年放置されている場所がある。復興庁の事業縮小や予算減額が懸念される中、自治体首長からは継続的な支援が強く求められている</p>
<p>・帰還者の伸び悩み：浜通り11市町村の旧避難地域で、帰還した人は事故前（約8万8,000人）の約2割（約1万8,000人）にとどまる。15年の歳月経過により、半数以上が避難先に定着している。</p>
<p>・企業の苦心と風評被害：国の要請で先行して工場やショップを開設した企業（浅野撚糸など）もあるが、住民帰還が追いつかず経営に苦心している。また、農産物（桃）や牛肉は品質が完全に復活しているにもかかわらず、他地域より安く価格が抑えられてしまう風評被害が続いている。</p>
<p><strong>食品流通基準への疑問と「正しく恐れる」重要性</strong></p>
<p>・厳しい流通基準：日本の食品基準（100Bq/kg）は欧米に比べて極めて厳しく、「すべての食品が汚染されている」という極端な前提に立った設定で、科学的・実質的なリスクに対して過剰な制限となっている。</p>
<p>・全量検査の落とし穴：全量検査を続けることが逆に「危ないのではないか」という不安を煽ってしまう逆効果や、カリウム40など自然界や人体に元々存在する放射性物質の存在を正しく認知し、「正しく恐れる」ことの重要性が強調されるべき。</p>
<p><strong>飯舘村での再生利用実証事業</strong></p>
<p>・地元の先進的取り組み：除去土壌の県外搬出が難航する中、飯舘村では「自分たちの土地で再生利用する」という実証事業（環境省共同）を選択した。</p>
<p>・実証の結果： 中間貯蔵施設から運び込んだ土壌を受入分別施設という工場で分別・石灰混合等で改良し、上から50cmの覆土（綺麗な土）をして農地を再生した。稲や野菜を栽培した結果、作物へのセシウム移行量は極めて低く（数Bq/kg程度）、安全性が実証されている。</p>
<p>・首相官邸敷地での実証<br />
「30年以内の県外最終処分」の最初の取り組み。大熊町からの搬送を担当している。サラリーマン最後の仕事との位置付け。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>８．復興の「光」：新しい街づくり・地場産業</strong></h3>
<p><strong>新しい街づくり</strong></p>
<p>・ホープツーリズム：震災の教訓や復興の現場を学ぶツアーが定着し、国内外の教育機関や外国人観光客の訪問が急増している。</p>
<p>・浜通りトライデック<br />
米ワシントン州ハンフォードの取組事例（TRIDEC：トライデック）を参考にした教育機関・行政自治体のマッチングによる復興創成事業を推進中。</p>
<p>・農作物の輸出・大型化：桃や米の海外輸出が拡大。双葉町等では農業法人による大型機械化や若手農家のUターン（ブロッコリー栽培等）が進んでいる。</p>
<p><strong>地場産業（日本酒・酒造・特産品）の挑戦</strong></p>
<p>・日本酒の圧倒的高評価：全国新酒鑑評会での金賞受賞数が長年全国トップクラスを誇る（鶴乃江酒造・会津酒造など）。</p>
<p>・新しい酒造りへの挑戦：川内村・双葉町・いわき市のトマト等を活用した「クラフトジン」、富岡町などの「クラフトビール」、富岡町でのブドウ栽培による「ワイン醸造」など、新しい起業が広がりつつある。</p>
<p>・ウイスキー「天鏡」：栄川酒造とリオンドール創業家（小池氏）らが手掛けたウイスキー事業など、志半ばで亡くなった創業者の情熱を引き継ぐ感動的なストーリーも生まれている。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>神田 光昭さん（79期）</strong></span>&nbsp;</p>
<p>Q: 中間貯蔵施設における汚染土壌の保管と放射線の遮蔽について</p>
<p>A: 汚染土壌は遮水シートの上に何層にも重ねて締め固めて積載（盛土）している。作業中・保管中は上部にもシートを被せ、最終的には草が生える緑化シートを敷く。汚染土の上に50cmの綺麗な土（覆土）を被せることで、放射線はほぼ遮へいされる。飯舘村の実証事業や作業現場でも、作業員や農業従事者が被ばくしない（線量がほとんど検出されない）レベルに抑えられることが確認されている。</p>
<p>Q: 米ワシントン州ハンフォードは、どういうところか？<br />
A: ハンフォードは福島のような原発事故現場ではなく、戦前から原爆開発（マンハッタン計画等）や核物質の研究・製造を行っていた拠点。当時は規制が緩く、核物質や汚染水・汚染土壌をそのまま周囲に廃棄・放置していたため、広範囲の土壌や地下水が深刻に汚染された。現在は大規模な封じ込めや環境復元（除染）の研究拠点となっており、その再生プロセス（トライデック等）が福島の復興モデルとして参照されている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>広本 治さん（88期）</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>Q: 福島県内で使われる建機やトラックの除染対応も大変だったのではないか？</p>
<p>A: その通り。<br />
現場での対応：当初は「放射能で汚れる」「現場に入りたくない」とダンプ業者等から拒否されるケースもあった。現場では高圧洗浄機（ハイウォッシャー）で洗車・表面洗浄を行い、基準を満たした状態で車両の運用・移動（返却）を実施した。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>今井 英夫さん（85期）</strong></span></p>
<p>Q: 汚染地域のレベルは通常同心円で決まると理解するが、そうならないのは風向き等気象の影響か？<br />
A: 気象（風と雨・沿岸低気圧等）の影響によるもの。事故当時、水素爆発等で放出された放射性物質が沿岸低気圧による西北西方向への風に乗って流れ、阿武隈山地周辺（飯舘村など）で雨や降雪とともに地表へ落ちたため、同心円状ではなく帯状・斜め状に拡散した。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅸ．資料</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/261007講演会12.pdf" target="_blank">261007講演会12</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（８８期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0003.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7566" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0003-150x150.jpg" alt="284-0003" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0004.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7567" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0004-150x150.jpg" alt="284-0004" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0008.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7568" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0008-150x150.jpg" alt="284-0008" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0011.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7569" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0011-150x150.jpg" alt="284-0011" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0020.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7570" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0020-150x150.jpg" alt="284-0020" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0024.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7571" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0024-150x150.jpg" alt="284-0024" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0031.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7572" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0031-150x150.jpg" alt="284-0031" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0042jpeg.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7573" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-0042jpeg-150x150.jpg" alt="284-0042jpeg" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-1238.jpg"><img class="alignnone wp-image-7574 size-thumbnail" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-1238-e1791639770226-150x150.jpg" alt="284-1238" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-1280.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7575" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-1280-150x150.jpg" alt="284-1280" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-2037.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7576" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-2037-150x150.jpg" alt="284-2037" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-2048.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7577" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/09/284-2048-150x150.jpg" alt="284-2048" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7545</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第286回】2026年10月21日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7537</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7537#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 19:56:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7537</guid>
		<description><![CDATA[2026年10月21日　第286回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 白石 義明（しらいし よしあ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年10月21日　第286回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 白石 義明（しらいし よしあき）さん＠85期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：J-PORT Company 代表</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●所属クラブ： 剣道部</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>何故、米国人はサプリメントが好きなのか？</p>
<p>―米国Nutrition市場に３０年いて分かったことー</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>日本では皆さんは具合が悪くなれば気軽に病院に行かれるでしょう。しかし米国ではそれは当たり前ではないのです。米国で車の事故にあった人が頑として病院に行くことを拒否するケースも多い。その理由はたとえ医療保険に加入していたとしても米国の医療費が日本の二桁上で、しかも世界でも最高水準の自己負担率があります。これによってたとえ医療保険に加入していたとしても、自己負担分の医療費を払えず自己破産者が続出しています。その一方何らかのサプリメントを常用している成人米国人は凡そ75％いると言われています。これはサプリメントが好きなのではなく、自分の体は自分で自分を守るしかなく、その結果として「サプリでも飲んでおこう」という風になるわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>大阪市立菅南中学を経て、北野高校８５期。剣道部に所属。神戸大学経営学部（経営数学ゼミ）卒業後、住友商事株式会社入社。</p>
<p>シカゴ、サンフランシスコ駐在を経て、２００１年末に住友商事を退社し米国シリコンバレーに移住。２００２年、FDA関係Regulation、Nutrition素材の臨床データ等のコンサルティング、マーケティングを専門とするJ-PORT Companyを同地に設立。特に米国FDAと日本の厚生労働省関係の食品安全性分野のRegulationに詳しい。またその傍ら日系企業の米国代表なども兼任した後、本年からホノルルに移住し、仕事量は減らしつつも、Nutrition分野の米国企業、日本企業数社のサポートを引き続きおこなっている。Nutrition（栄養素、サプリメント素材、機能性食品素材）分野のRegulationは日米双方ともかなり複雑で、しかもそのサポートを専門に行っている日系企業はほぼ皆無でニッチながら現在まで仕事は継続している。余談だが日系企業の米国代表を兼任した時代はビバリーヒルズの高層ビルに事務所を構え、眼下のゴルフ場からLAダウンタウンを見下ろす格好の言い社長室があり、従業員もかなり雇っていたが結局米国法人が廃止となり、自分を含む全員解雇という憂き目に合う。その後、もう雇われ人（100％のIncome）あるいは一社に50％以上の収入を頼らないと決め、いつも数社の契約を回しながらこれまでやって来ました。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7537</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第283回】7月「日本の国連加盟70周年」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7512</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7512#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 05 Aug 2026 23:42:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7512</guid>
		<description><![CDATA[高木 善幸さん＠86期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年7月15日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>46名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td>
<h4>高木 善幸さん＠86期（元国連職員）</h4>
<p>1955年 大阪生まれ</p>
<p>1974年 北野高校卒業</p>
<p>1978年 京都大学工学部卒業</p>
<p>1979年 京都大学工学部修士課程中退</p>
<p>1979年 通産省特許庁入庁</p>
<p>1986年 &#8211; 1987年 WIPO（世界知的所有権機関）に出向</p>
<p>1988年 &#8211; 1990年 特許庁に復帰</p>
<p>1991年 &#8211; 1994年 外務省在ジュネーブ日本政府代表部一等書記官</p>
<p>1994年 WIPOに転職</p>
<p>1999年 WIPO上級部長に昇進し、特許庁を退職</p>
<p>2009年 WIPO事務局長補</p>
<p>2014年 WIPO事務局長補に再任</p>
<p>2020年末 WIPO事務局長補任期満了、WIPOを退職し帰国</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『日本の国連加盟70周年』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>日本は昭和31年（1956年）12月18日に国際連合に80番目の加盟国として加盟しましたので、今年末に国連加盟70周年を迎えます。国連加盟は、戦後日本の国際社会への復帰でしたが、それ以来、世界での日本への信頼やプレゼンスも上がりました。この機会に、国連の役割や活動成果、国連でのこれまでの日本の国際社会への貢献や試練について語ります。最近の激変する国際情勢のなかで、国連は無力との批判があり、組織の改革も要請されています。創設81年の国連は今後どうなるのか、日本は何を期待されているのかなどを、国連在職28年の私の経験と失敗談も交えてお話しします。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=6205">東京六稜倶楽部 第251回「知的財産のはなし」2023年11月23日 -六稜WEB</a></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅶ．講演概要</th>
<td>紹介者は新貝康司さん（86期）</p>
<h3><strong>１．国連はいつできて、日本の加盟は？</strong></h3>
<p>1945年6月26日サンフランシスコで国連憲章が署名されました。国連を創設しようという動きはそれより数年前から英米が交渉し、1945年の2月にヤルタで開催された米（ルーズベルト）、英（チャーチル）、ソ連（スターリン）による3者会談でも話合われていました。</p>
<p>国連の旗を見ると平和の象徴であるオリーブの中に北極から見た地球が描かれていますが、日本は見当たりません。標準時地点を持つ英国を通る経度0度線を中心軸に、左が西半球、右が東半球で、米・ソがそれぞれを支配し、英国などの欧州が東西大国の力の均衡を取るとの意図も見えます。日本は1952年に加盟申請をしましたが、ソ連が拒否権を発動したため加盟は見送られ、1956年10月の日ソ共同宣言の後、1956年12月にようやく加盟が認められました。80番目の加盟国でした。その後、加盟国は増え続け、2025年時点で193ヶ国になっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．国連はどこで、何してる？　リーダーは誰？</strong></h3>
<p>国連はニューヨークに本部が、ジュネーブ、ウィーン、ナイロビ等にも機関があり、アジアではタイのバンコクにいくつか機関があり、日本には専門機関はありませんが国連大学があります。毎年9月末にニューヨーク本部で国連総会を行っています。当初、平和追求というよりは戦争地獄の回避を目的としていました。米国を中心に、国際秩序の管理と力のバランスを狙いとしてきました。</p>
<p>国連のトップは事務総長で、現在はポルトガル出身のグテーレスさん76歳です。1期5年で通常2期勤めるのですが、過去に1期だけでやめた人がいます。エジプト出身の方です。当時ソマリアで起きていた紛争に関してアメリカと意見が合わず、安保理常任理事国である米国の拒否権により再選への途が閉ざされたためです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>３．国連加盟の損得、日本の不満は？</strong></h3>
<p>日本は国連加盟により国際社会へ復帰したと言えます。日本のパスポートは現在188ヶ国でビザなしで通用します。その数はシンガポールに次いで世界で2番目です。</p>
<p>国連加盟は日本の平和主義、貿易促進、経済成長を後押ししてきました。日本はGDPに占める貿易の割合が45％であり、EU、中国、米国よりもかなり多く、正に無資源貿易技術立国ですので、国際秩序を維持する国連が大切でした。</p>
<p>日本はアジアでの平和や発展に貢献しており、とくに戦場となった東南アジアでは2025年の調査で66.8％の信頼度があり、EU、アメリカ、インド、中国を抑えて第一位です。</p>
<p>2025年現在で、世界各国のGDPを見ると4番目です。ですが、国連に全体の7％を出資しており、3番目に多い国です。2002年頃には20％のときもありました。いずれにせよ、分担金の多さに比べ日本の立場が弱いのが日本の不満です。日本は現在、安保理では非常任理事国という立場であり、拒否権はありません。拒否権は戦争で勝った常任理事国5ヶ国だけが持っています。安保理の非常任理事国は選挙で選ばれ、これまでに日本が選ばれた回数は12回で最多です。任期は2年間ですので、70年間のうち、約3分の1は非常任理事国として活動してきました。</p>
<p>国連は組織としては肥大化を続けており、国連専門機関と関連機関の数を合わせると2025年時点で20あり、1955年の10と比べると倍増です。国連職員（幹部と専門職）数は、2025年時点で1995年と比べると30年間でほぼ倍増です。</p>
<p>ところが日本人職員の数は分担金が多い割に全体の2.2％、8番目で、G7の中で最低です。これが不満です。ドイツの3％ぐらいにはなってほしいと思っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．「国連は役立たず」？　崩れる国際秩序</strong></h3>
<p>国連は戦争回避を目指していたにも拘わらず、戦争回避に何度も失敗しています。安保理では過去20年間で60回以上拒否権が行使されています。拒否権を行使されると物事が決まらないので、国連を通さないで軍事攻撃や経済制裁を実施しようという動きもあります。ユーゴスラビア紛争やイラク戦争がその例です。現在のイラン問題もそうです。国連が政治力のみで仲裁する限界を露呈している状況です。人道支援に関しても批判されています。2002年以降、最貧国への薬の無償配布交渉で国連の専門機関であるWHO離れが起き、国連の外にグローバルファンドができてしまいました。</p>
<p>国連は肥大化し弱体化しているという批判に対しいくつかの内的要因が指摘されています。組織の肥大化に起因する官僚化、活動範囲の重複、決定プロセスの複雑化があります。開発援助に関して先端企業やNGO依存になってしまい、そのため専門性が低下していることもあります。さらに国際調達が政治的影響を受けることもあります。</p>
<p>外的要因も多くあります。オバマ政権以後、米国は世界の警察官の役割を放棄し介入に慎重になっています。また中国が台頭してきたため、とくに第一次トランプ政権の2018年以後、米中対立が激しくなっています。さらに、2014年以後のロシア・ウクライナ戦争も影響しています。そして2016年以後、トランプは西半球のことを優先するというドンロー主義を打ち出しています。</p>
<p>近年、米国は国連を部分的に脱退したり、分担金を払わない、あるいは支払う場合でも条件を課したりしています。その条件は、平和維持と人道支援に集中し、PKO予算は10％削減するなどです。</p>
<p>国連改革はUN80イニシアチブとして推進されています。2025年の総会で、大胆な組織改編や人員整理でスリム化を諮るという方針が打ち出され、安保理改革を行うこと、イニシアチブは新国連事務総長の手に委ねる、などが決められました。</p>
<p>その新事務総長ですが、6人が立候補しています。女性が4人、IAEAのグロシ氏もいます。地域の順番からするとラテンアメリカの候補が選ばれると思われますが、アフリカから1人立候補しています。2026年9月の国連総会で決まります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５．これからどうなる？　日本はどうすれば？</strong></h3>
<p>国連は今後どうあるべきかについて2025年末にEconomist誌が4つのシナリオを挙げました。それから約半年たちましたが、そのうちの2つは現実的ではなく残りの2つ、すなわち、規模を縮小することと米国の要求に対応する路線を併せた方向で現在進みつつあると考えられます。</p>
<p>米国の分担金小出し戦略に対応するため、たとえばニューヨークやジュネーブなどの物価の高い所から拠点を移すなどの対策が講じられつつあります。現在ケニアのナイロビに大きな会議場が建設中ですので、将来は、国連総会がナイロビで開かれるかも知れません。安保理改革については、常任理事国5ヶ国に加えて、日本、ドイツ、インド、ブラジルの4ヶ国を入れて常任理事国の枠を9ヶ国に拡大するという案を、これら4か国が共同提案しています。ただ、アフリカの国が入っていないので、アフリカの国を2か国入れるようにとのアフリカグループの要望も出ています。ただ、常任理事国の数が増えても、それらの国が拒否権を乱発し合うと物事がさらに決まらないので、拒否権を制限するということも提案されています。</p>
<p>2025年9月の国連総会でフィンランドの大統領が、1945年以後の世界秩序は断裂しているので、新たな世界秩序を築いていこうという演説を行いました。また、カナダの首相は、今年初め、中堅国は同志国として水平協力を模索して行こうとの演説をダボス会議で行いました。日本も今年になって多くの国々を安全保障や経済協力で連携しています。</p>
<p>最後にこれからの日本の国連戦略ですが、安保理改革を含む国連改革・機能強化、日本らしい人権外交や女性・平和・安全保障を積極的に推進（茂木外相）し、自由で開かれたインド・太平洋の進化に利用できるように、国連の機能強化に向け改革を推進していこうとしています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅷ．質疑応答</th>
<td><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋本操さん（73期</strong></span>）</p>
<p>Q:拠出金を滞納している国は、遅れてはいるにしても全額払っていますか？</p>
<p>A:滞納が続くと実質的に減額して、結果、既定の満額を払っていないことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>橋口喜郎さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:(1)国際法が機能しない状況で日本はどうすべきですか？</p>
<p>(2)国連職員の待遇はいかほどですか？</p>
<p>A:(1)国際秩序が崩壊しないように中堅国が力を合わせることが重要だと思います。いくつかの国が集まって協力しあうグループができてくると、国連の仕事の肩代わりもできるようになります。日本はと言うと、国連中心主義からは脱却し、ビジョンに従って自律性を持つこと、そして危機に際して揺るがない強靱性を持つという方向に変える必要があると思います。</p>
<p>(2)契約は5年ですが、5年後に更新するかどうかはそれまでの実績等で決まります。予算が尽きると途中で終了もあり得ます。不安定であり転勤も多いので、国連職員のなり手は多くはありません。給料、年金はこれまでは勤務地の生活水準に見合った額が支給されています。給料や年金はドルベースなので、単純な比較はできませんが、これまで、円がドルより安い期間が長かったため、額を比較すれば、日本の国家公務員よりはかなり多いと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="text-decoration: underline;"><strong>小松正樹さん（78期）</strong></span></p>
<p>Q:いい人を集めるには給料を高くする必要があります。また日本では国連リテラシーが低いように思われます。経験を生かして国連リテラシーを高めていく活動をお願いできないでしょうか？</p>
<p>A:若い人の中には海外に行くのをためらう人が多いのが現状です。現役時代は、ジュネーブで国連の日本人職員会を創設し、日本人職員の横の連絡を密にする活動をしてきましたが、退職後のこれからは若い人のために、国連の活動や国連職員を目指したい人が増えるよう、情報普及活動をしていきたいと考えています。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>講演資料：<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/東京六稜会発表2026年7月最終版.pdf" target="_blank">東京六稜会発表2026年7月最終版</a></p>
<p>配付資料：<a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/日本の国連加盟70周年配布資料.pdf" target="_blank">日本の国連加盟70周年配布資料</a></p>
<p style="text-align: right;">記録：阿瀬 始（80期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/image0-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7513" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/image0-1-150x150.jpg" alt="image0 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0966-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7514" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0966-1-150x150.jpg" alt="IMG_0966 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0972-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7515" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0972-1-150x150.jpg" alt="IMG_0972 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0983-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7516" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0983-1-150x150.jpg" alt="IMG_0983 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0998-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7517" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0998-1-150x150.jpg" alt="IMG_0998 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1002-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7518" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1002-1-150x150.jpg" alt="IMG_1002 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1007-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7519" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1007-1-150x150.jpg" alt="IMG_1007 (1)" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1008-1.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7520" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_1008-1-150x150.jpg" alt="IMG_1008 (1)" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7512</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第285回】2026年9月16日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7489</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7489#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 11:36:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7489</guid>
		<description><![CDATA[2026年9月16日　第285回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 笹川 新也（ささがわ しんや） [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年9月16日　第285回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 笹川 新也（ささがわ しんや）さん＠121期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：美容皮膚科医</p>
<p>医療法人新月会 理事長</p>
<p>Houreisenスキンクリニック 統括院長</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●所属クラブ： 山岳部</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>「人はなぜ老けるのか？」― 美容皮膚科医が考える、若さの正体 ―</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>同窓会で久しぶりに顔を合わせたとき、同じ年月を歩んできたはずなのに、どこか印象が異なる――そんな経験はないでしょうか。この「見た目年齢」の差には科学的な理由があります。<br />
本講演では、121期・山岳部出身の美容皮膚科医が、老化のメカニズムを皮膚科学・解剖学の視点から分かりやすく解説。現代の美容医療の進歩と、そのリスクや限界を率直にお伝えした上で、明日からできる科学的な生活習慣をご紹介します。<br />
また、密接につながっている「脳と皮膚」の関係性をひもとき、心地よい生活が肌を整え、外見の自信が内面を輝かせる仕組みを紐解きます。見た目も心も若々しくいるための「心と肌の好循環」を、皆様と一緒に考える1時間です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>医療法人新月会理事長、Houreisenスキンクリニック統括院長。</p>
<p>箕面市立第六中学校を経て、北野高校121期。山岳部に所属。東北大学医学部医学科卒業後、市立吹田市民病院、湘南美容クリニックでの勤務を経て、2022年に大阪Houreisen美容皮膚科（現：大阪Houreisenスキンクリニック）を開院。現在は大阪に加え、東京・名古屋にもクリニックを展開し、計3院を運営するほか、株式会社Nasoraが展開するドクターズコスメの開発にも携わっている。</p>
<p>美容皮膚科医として、ほうれい線・しわ・たるみ治療を中心に診療を行い、特にほうれい線グロースファクター治療は累計3,000件を超える。全国各地や海外からも多くの患者様が来院しており、日本発の美容医療を世界へ広めるため、2030年の海外展開を目指している。</p>
<p>派手に見た目を変えるのではなく、その方らしさを生かした自然な若返りと、一人ひとりの悩みに丁寧に向き合い、納得と信頼を最優先にする誠実な美容医療のあり方を追求している。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7489</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第284回】2026年8月19日（水）　東京六稜倶楽部講演会</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7479</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7479#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 22:34:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[これからの講演予定]]></category>
		<category><![CDATA[東京六稜倶楽部のご案内]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7479</guid>
		<description><![CDATA[2026年8月19日　第284回　東京六稜倶楽部講演会 &#160; ●講師： 納多 勝（のだ まさる）さん＠ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>2026年8月19日　第284回　東京六稜倶楽部講演会</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講師： 納多 勝（のだ まさる）さん＠88期</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●肩書き：大林組バックエンドプロジェクトチーム　上級専任役</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●所属クラブ：テニス</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演タイトル：</p>
<p>「震災後の福島復興の光と翳」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●講演要旨：</p>
<p>2011年の地震と原子力発電所事故以降、福島は大変な苦労をされていますが、着実に復興の道に乗りつつあります。高齢化、限界自治体化というベースラインがある中、放射能に邪魔をされても、なお、それに負けない輝きを信じて、ソーシャルポジティブに福島は向かっています。2011年に何が起こって引き続きどうなって、今どのようになっているかをいろいろな角度から見てみたいと思っています。光あふれる場面と翳となっている状況の両面をみなさまに知っていただきたいと考えて紹介いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>●略歴（プロフィール）：</p>
<p>1973年3月　　　大阪教育大学附属池田中学校卒業</p>
<p>1976年3月　　　北野高校卒業</p>
<p>1983年3月　　　京都大学工学研究科修士課程修了</p>
<p>1983年4月　　　大林組入社　土木本部設計部、LNGタンク設計施工、東電設計出向</p>
<p>1988年-1990年　Stanford大学Dept. of Civil Eng.  MS、Engineer取得</p>
<p>1990年-1991年　nagra（スイス放射性廃棄物管理共同組合）出向</p>
<p>（nagra：Nationale Genossenschaft für die Lagerung radioaktiver Abfälle）</p>
<p>1992年-1994年　動燃事業団（現JAEA、日本原子力研究開発機構）出向</p>
<p>高レベル放射性廃棄物地層処分研究</p>
<p>1994年-1999年　大林組　国内現場（角島大橋など）</p>
<p>2000年-2010年　大林組　放射性廃棄物処分研究開発</p>
<p>2011年1月　　　JAEA幌延深地層研究センター建設工事</p>
<p>2011年-2022年　除染、中間貯蔵研究開発、工事</p>
<p>2022年-2024年　飯舘村環境再生工事（飯舘村在住）</p>
<p>2024年-2026年　双葉町減容化工事（浪江町在住）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>理事：除去土壌等減容化・再生利用技術研究組合 【略称 VOREWS（ボリュース）】</p>
<p>（2025年まで）</p>
<p>理事：一般社団法人 環境放射能とその除染・中間貯蔵および環境再生のための学会</p>
<p>委員：土木学会エネルギー委員会（分科会）</p>
<p>現在に至る</p>
<p>1999年 WIPO上級部長に昇進し、特許庁を退職</p>
<p>2009年 WIPO事務局長補</p>
<p>2014年 WIPO事務局長補に再任</p>
<p>2020年末 WIPO事務局長補任期満了、WIPOを退職し帰国</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7479</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【特別講演】7月「習近平中国にどう対応すべきか」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7452</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7452#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 22:14:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7452</guid>
		<description><![CDATA[垂 秀夫氏（前中国駐在大使）：外部講師]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年7月1日（水）11時20分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>95名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>垂 秀夫氏（前中国駐在大使）：外部講師<br />
</strong></p>
<p>1980年大阪府立天王寺高校卒業、京都大学法学部卒業、</p>
<p>1985年外務省入省、2020年～2023年日本国駐中華人民共和国全権大使、</p>
<p>外交官としての海外勤務は中国、香港、台湾の中華圏だけという異色の経歴、</p>
<p>とりわけ、２度にわたる台湾勤務は日台国交断絶後初めてのケース。</p>
<p>現在、立命館大学衣笠総合研究機構教授、慶応大学総合政策学部特別招聘教授、写真家。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『習近平中国にどう対応すべきか』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>現在の厳しい国際情勢や日中関係を踏まえ、戦略的観点から、中国外交の行動原理を分析し、日本としてどう対応すべきかについて考察する。</p>
<p>著書：「日中外交秘録」　（2025年6月文藝春秋社）</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"></th>
<td>
<p style="text-align: left;"><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/06/第281回講演資料.pdf"> </a></p>
<p style="text-align: right;">
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0150.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7453" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0150-150x150.jpg" alt="IMG_0150" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0151.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7454" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0151-150x150.jpg" alt="IMG_0151" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0154.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7455" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0154-150x150.jpg" alt="IMG_0154" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0156.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7456" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0156-150x150.jpg" alt="IMG_0156" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0162.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7457" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0162-150x150.jpg" alt="IMG_0162" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0163.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7458" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0163-150x150.jpg" alt="IMG_0163" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0165.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7459" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0165-150x150.jpg" alt="IMG_0165" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0167.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7460" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0167-150x150.jpg" alt="IMG_0167" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0169.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7461" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0169-150x150.jpg" alt="IMG_0169" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0170.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7462" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/IMG_0170-150x150.jpg" alt="IMG_0170" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKM_9799.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7463" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKM_9799-150x150.jpg" alt="NKM_9799" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac0861.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7464" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/07/NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac0861-150x150.jpg" alt="NKO-bf10e417-6092-49ab-b0ff-38feb20ac086~1" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7452</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>【第282回】6月「救急医療は社会を映す-パート２-」</title>
		<link>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7498</link>
		<comments>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7498#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 08:17:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[tokyo]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[2026年度]]></category>
		<category><![CDATA[講演録]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=7498</guid>
		<description><![CDATA[田中 裕さん＠87期]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<table cellspacing="12">
<tbody>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅰ．日時</th>
<td>2026年6月17日（水）11時30分～13時00分</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅱ．場所</th>
<td>バグースプレイス　パーティルーム</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅲ．出席者数</th>
<td>56名</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅳ．講師</th>
<td><strong>田中 裕さん＠87期（</strong><strong>順天堂大学浦安病院長）<br />
</strong>1982年大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部附属病院特殊救急部に入る。外科研修後、米国留学、大阪大学大学院救急医学准教授などを経て、2007年より順天堂大学救急災害医学教授、同大学医学部附属浦安病院救命救急センター長。2021年より病院長となる。専門は、救急医学、災害医学、集中治療医学など。救急科専門医、指導医。外科専門医、指導医。外傷専門医、熱傷専門医など。北野高校在学中は、サッカー部に所属</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅴ．演題</th>
<td><strong>『救急医療は社会を映す-パート２-』</strong></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅵ．事前宣伝</th>
<td>昔から人類にとって医療の最大の課題は、外傷や感染症などの急性病態でした。時の権力者もその運命から逃れることはできず、“もし”が許されるなら歴史は大きく変わっていたかもしれません。古く中国では70歳を“古希”と呼び、織田信長は“人生50年”と舞った。過去、現在、そして未来を通じて人類にとって救急医療は「“医”の原点」です。私自身は救急医となってから、多くの災害や事件など社会的影響が大きな事例を経験しました。以前、パート１として、本会で大阪大学時代の救急・災害医療の話をしました。今回は順天堂に移ってからの、出来事について話します。本邦の救急医療は戦後の高度成長時代に社会現象となった「交通戦争」による重症外傷の外科医療に端を発し、近年は軽症患者にも対応する北米型ERへと変化しています。この変遷の過程についても触れてみます。</p>
<p><a href="https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?p=1023" target="_blank">東京六稜俱楽部 第67回「救急医療は社会を映す」2008年7月16日開催-六稜WEB</a></td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅶ. 講演概要</th>
<td>＊紹介者は同期（87期）の藤田進さん</p>
<p>田中さんは大阪大学医学部特殊救急部を経て、現在、順天堂大学病院で医療現場の最前線で後進の育成に尽力されている。高校時代は同じサッカー部で、卒業以来50年以上経った今でもサッカー部の仲間で年数回ゴルフや食事で集まっている。豊中九中の生徒会長の田中さんと吹田一中の私が生徒会役員の会合で出会ったのが付き合いの始まり。高校入学初日に一緒にサッカー部に入部し、暗くなるまで白球を追いかけた。スラッとしたクールな外見とは裏腹な言動で、部内では、古代ギリシャ人が「意味の分からない言葉を話す異民族」を指す「バルバロイ」と呼ばれていた。バックを守っていた田中さんがセンターライン付近からそのまま持ち上げてシュートを決めた島本高校戦や、のちに日本代表監督になる岡田武史さん率いる天王寺高校を田中さん中心にゼロにおさえて勝利した定期戦は楽しい思い出。のちに岡田さんが2007年に日本代表監督を引き継ぐ際に、脳梗塞で倒れたオシム前監督が田中さんが勤務する順天堂大学病院に救急搬送されたのも何かの縁と感じる。本日は「バルバロイ」田中さんがどのような話をしてくれるのか、田中さんの人物像が皆様に伝わればと思う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>１．</strong><strong>救急医療への憧れと阪大特殊救急部</strong></h3>
<p>１）私が救命救急医に憧れたのは、高校・大学の大先輩である手塚治虫さんの影響。高校時代に読みあさった『ブラック・ジャック』に登場するダーティーではあるがメスさばきがすごいドクターに憧れた。</p>
<p>２）阪大医学部は山崎豊子さんの小説『白い巨塔』のモデルとしても知られ、私が入局した当時は、中之島の病院の裏手正面に「特殊救急部（災害外科）」の看板を掲げていた。1960年代に入ると第一次交通戦争と呼ばれる時代に突入し、交通事故による重度多発外傷患者が急増する一方で、専門外の医師による“たらい回し”が発生し、助かる命が助からないという深刻な問題が起きていた。</p>
<p>３）これを受けて、大阪府が資金を出し、大学が人材を派遣する形で「大阪大学特殊救急部」が昭和42年（1967年）に創設された。しかし、当時、専門医の先生方から「大学病院でなぜそんなことをやるのか」と冷ややかな目で見られていたこともある。一般外科医と異なり、救急外科医は常に時間との戦いで「手術のタイミングを逃して患者の命を失うことを恥とすべき」との考えが徹底されていた。時間を最優先し、まず、被害を最小限に食い止める「ダメージコントロール治療」は、当時未熟な手法と見られることがあったが、時を経た現在、それが最高水準の手術であったことが分かった。当時の現場の様子は、後にNHKの『プロジェクトX』や様々な医療ドラマでも紹介され、救急医療を志す人が増えるきっかけとなったが、実際の救命センターの現場は騒然としたものである。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>２．1990年代以降の多発するテロ・事件・災害と危機対応</strong></h3>
<p>1990年代以降、国内で色々な事件や事故、大災害が多発し、多くの患者が大学病院に搬送された。これに伴い、それまで確立されていなかった学問分野が、国家レベルで議論されるようになった。</p>
<p>・テロ対策　←　松本サリン事件、Vxガス事件</p>
<p>・集団災害医学　←　阪神・淡路大震災、O157集団食中毒</p>
<p>・危機管理学　← 大阪教育大附属池田小児童殺傷事件、等</p>
<p>これらの学問研究は、現在、日本においてかなり進んでいる。阪神・淡路大震災では、身体の一部が長時間挟まれて圧迫され、解放後に重篤な症状を引き起こす「クラッシュ症候群（挫滅症候群）」という言葉が初めて登場した。JR福知山線脱線事故では、震災のような広域災害だけでなく、局地的な大惨事における「DMAT（Disaster Medical Assistance Team＝災害派遣医療チーム」の意義が高く評価された。</p>
<p><strong> </strong></p>
<h3><strong>３．順天堂大学医学部付属浦安病院と「高度」救命救急センター</strong></h3>
<p>１）病院概要</p>
<p>総病棟数785床（22病棟）・36の診療科を擁し、以下の臨床指標を持つ総合病院。</p>
<p>指標項目　　　　　　　実績（年間/日あたり）</p>
<p>外来患者数　　　　　　約2,000人/日</p>
<p>病床利用率　　　　　　94.3％</p>
<p>平均在院日数　　　　　11.7日</p>
<p>手術件数　　　　　　　10,031件/年</p>
<p>救急搬送件数　　　　　9,327件/年</p>
<p>分娩件数　　　　　　　680件/年</p>
<p>職員数　　　　　　　　1,987人</p>
<p>２）浦安病院高度救命救急センター科</p>
<p>ER診療 ＋ 3次救急医療 ＋ 重症集中医療の体制で診療を行っている。スタッフは、救急専門医をはじめ、集中治療、熱傷、外傷などの専従専門医が25名。それに5〜10名の臨床研修医が加わり、さらに初期研修医70名の救急研修を受け持っている。常時20名前後の重症入院患者を担当している。</p>
<p>３）「高度」救命救急センター</p>
<p>全国に約350ある救命救急センターの中で「高度」救命救急センターに指定されているのは46施設（令和5年8月時点）。厚生労働省の要綱に基づき都道府県が指定するもので、通常の救急では対応困難な広範囲熱傷・重症外傷・指肢切断・急性中毒症といった特殊疾患患者に常に対応可能な施設。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>４．順天堂の歴史と学是「仁」</strong></h3>
<p>１）順天堂の学是は「仁（他者の心中を思いやること。深い人間愛を基本とするもの＝孔子の思想の根本を支える概念）」、理念は「不断前進」。順天堂の礎を築いた先人は以下；</p>
<p>・創立者・佐藤泰然（1804〜1872）</p>
<p>1830年代に武士から医師を志し、高野長英の弟子となり長崎へ留学。1838年に江戸・日本橋に外科塾「和田塾」を開く（この年を順天堂の開学とする＝創立188年）。同年、緒方洪庵が大阪に適塾を開いている。1843年に千葉県佐倉に移り順天堂を開設。</p>
<p>・第2代堂主・佐藤尚中（1827〜1882）</p>
<p>長崎でオランダ人医師ポンペに最新医学を学び、佐倉藩で医学教育改革を断行。明治政府に招聘され、東京大学医学部の前身である大学東校の初代学部長。</p>
<p>・第3代堂主・佐藤進（1845〜1921）</p>
<p>日本人で初めてパスポートを取得しドイツに留学。その後1877年の西南戦争に軍医として出陣。日本で初となる本格的な手術を実施＝日本最初の外傷外科医。</p>
<p>２）テレビドラマ「JIN-仁-」に順天堂も協力した。2019年の日本救急医学総会・学術集会に原作者の村上もとか先生をお招きし「仁とは何か」というディスカッションを行い、「仁」＝リスペクト、チームとの結論に至った。</p>
<p>３）順天堂大学は、医学部付属6病院に加え、9学部・8研究所（準備中含む）を擁し、学生・教職員合わせて収容定員12,000人規模の「健康総合大学」。大学ランキング（Times Higher Education 2025年10月）で日本国内10位にランクイン、箱根駅伝でも総合3位に入るなど、さらなる高みを目指している。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>５</strong><strong>．順天堂での救命救急医療</strong></h3>
<p>１）順天堂に赴任して2か月目に、サッカー日本代表監督だったオシム氏が自宅で倒れ順天堂病院に緊急搬送された。その後、オシム氏の後を継いで日本代表監督となったのが高校時代に天王寺高校戦で戦った岡田武史さん。</p>
<p>２）中国製冷凍餃子を食べ縮瞳がみられた患者が全身管理目的で当院に入院。集中医療を行い、無事回復し退院した。マスコミ対応も行う。</p>
<p>３）東日本大震災では、DMATとして東北で後援支援を行うとともに、当病院で医療救護班を組み、仮説診療所での支援や住民の世話を実施した。</p>
<p>４）意識障害・ショックの主訴で当病院に搬送された患者が、当院にとって初のコロナ患者だった。CT検査で肺炎と判明したが人工呼吸器では維持できず、体外式膜型人工肺（ECMO＝エクモ）で集中治療を行った。当初、非常に高い死亡率だったコロナも、早期のワクチン開発により、現在致死率は0.9%程度にまで低下し、落ち着きを見せている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>６．救急医療における課題＝多死社会における高齢者救急医療</strong></h3>
<p>１）救急医療とは</p>
<p>救急医療は突発性、緊急性という特徴を持ち、患者からみると、いつでも、どこでも、だれでも受けられるもの。これは医療の原点であり、救急医療は、国民の生命保持の最終的な拠りどころとなる全医療者に課せられた義務である。</p>
<p>２）日本の消防救急隊</p>
<p>昭和39年（1964年）の消防法改正により、市町村が救急業務を行い、救急車による救急患者を病院などの医療機関へ安全に搬送するシステムが定まった（それ以前は、消防車やパトカーがその役割を担っていたといわれている）。</p>
<p>３）救急医療体制</p>
<p>・初期（一時）救急医療体制→市町村レベル（全体の95％）</p>
<p>休日夜間センターや在宅当番体制での外来診療</p>
<p>・第二次救急医療体制→都道府県レベル（全体の5％）</p>
<p>二次医療圏ごとの病院輪番制や共同利用型病院での入院治療</p>
<p>・第三次救急医療体制→国レベル（全体の1％未満）</p>
<p>救急医療センターや高度救命救急センターでの集中治療</p>
<p>４）救急車の搬送人員と高齢者人口</p>
<p>2002年以降の救急車の出動回数は右肩上がりで400万件から800万件に迫ろうとしている。搬送人口では65歳以上、75歳以上の高齢人口が増加しており、高齢者人口の増加に伴い救急搬送が増加していると言える。</p>
<p>５）受け入れ不能の要因</p>
<p>患者側の要因</p>
<p>・高齢化やコンビニ受診（軽症での救急利用）に伴う救急患者数の増加。</p>
<p>・患者の大病院志向。</p>
<p>・過度な治療に対する要求や専門家志向。</p>
<p>医師側の要因</p>
<p>・救急医療を担う人材の確保が困難。</p>
<p>・経営上のメリット（採算性）が少ない。</p>
<p>・医療訴訟のリスク。</p>
<p>６）高齢者社会が救命救急センターに及ぼす問題</p>
<p>さらなる人口減少と高齢化が進むことにより、以下の傾向が予想される。</p>
<p>・心不全や誤嚥性肺炎、認知症、大腿骨頸部骨折などが増加する。</p>
<p>以下の要因による治療や在院日数の長期化</p>
<p>・高齢者特有の治療抵抗性や合併症などの病症。</p>
<p>・不適切な病院選定（入口問題）。</p>
<p>・転院調整や家族の受け入れ等の社会的要因（出口問題）。</p>
<p>７）対策</p>
<p>救急患者の受け入れを円滑に行うための空床の確保が重要</p>
<p>・病院選定の是正（入口問題）→施設入居者の提携病院による積極的な受け入れ。患者の医療方針の事前決定。</p>
<p>・後方ベッドの確保（出口問題）→急性期を脱した患者、積極的加療を望まない患者の転院を地域医療連携を密に行い早期に行う。クリニカルパスの共有化も重要。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>７．二人主治医制のお薦め</strong></h3>
<p>「かかりつけ医」と「大学病院」の二人の主治医をもつことをお薦めする。「かかりつけ医」と「大学病院」の役割分担を明確にして、質の高い医療を受けられるようにすることが重要。</p>
<p>・「かかりつけ医」（近隣のクリニック等）：日常の健康管理、初期治療、慢性疾患の治療</p>
<p>・「大学病院」（浦安病院など）：高度な検査、入院治療、救急医療</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><strong>８．医学に何ができるか</strong></h3>
<p>小川秀興順天堂理事長が、第28回日本医学会総会での対談「医の未来を語る」で話された言葉を紹介して講演を終わりたい。「日本はいま高齢化で大変だと言われているが、果たしてそうか？いかに長生きするかと考えて、人類は高齢化を目指してきた。その最先端に日本は立っている。動物は通常生殖活動が終わり子どもが育てば寿命がくる。人類はそれを超えて生きるようになった。ならば、その「生きる」ということをいかに美しく、健やかにできるか。医学が貢献すべき未来は、そこではないか。」</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅷ．質疑応答</th>
<td> 広本治さん（88期）</p>
<p>Q: 救急医療センターで受け付けた患者の報告義務はあるか。ERにいる間に報告するのか。<br />
A: 結果が出てから報告する。感染症はいつまでに報告するという義務がある。</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100"> Ⅸ．資料</th>
<td>
<p style="text-align: right;">記録：葛野正彦（８８期）</p>
</td>
</tr>
<tr>
<th align="left" valign="top" width="100">Ⅹ．講演風景</th>
<td><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0026.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7504" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0026-150x150.jpg" alt="IMG_0026" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0029.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7505" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0029-150x150.jpg" alt="IMG_0029" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0032.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7506" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0032-150x150.jpg" alt="IMG_0032" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0033.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7507" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0033-150x150.jpg" alt="IMG_0033" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0050.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7508" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0050-150x150.jpg" alt="IMG_0050" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0056.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7509" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0056-150x150.jpg" alt="IMG_0056" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0062.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7500" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0062-150x150.jpg" alt="IMG_0062" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0059.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7499" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0059-150x150.jpg" alt="IMG_0059" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0535.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7501" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0535-150x150.jpg" alt="IMG_0535" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0751.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7502" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0751-150x150.jpg" alt="IMG_0751" width="150" height="150" /></a><a href="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0753.jpg"><img class="alignnone size-thumbnail wp-image-7503" src="http://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/wp-content/uploads/2026/08/IMG_0753-150x150.jpg" alt="IMG_0753" width="150" height="150" /></a></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.rikuryo.or.jp/activity/tokyo_club/?feed=rss2&#038;p=7498</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
