太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第27話】
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オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その5)


締切大堤防(Afsluitdijk)
▲オランダの洪水対策の代表的存在〜締切大堤防(Afsluitdijk)
1932年に約6年の歳月をかけて完成した。約30キロの長大な堤防を海上に築き、アムステルダム付近まで至る外海(Zuiderzee)を、淡水湖(IJsselmeer)に変えてしまった。 IJsselmeerにはライン川などからの流入があり、毎日干潮時のみ水門が開かれて排水が行われている。


工事中のAfsluitdijk
▲工事中の様子

現在のAfsluitdijk
▲現在の様子(筆者撮影)〜右が外海(Waddenzee)、左がIJsselmeer
満潮時なので外海のほうが水位が高い


【オランダとドイツ・社会の成り立ちの違い】
 オランダという国は、この1000年近い歴史の中、迫り来る洪水の危機に立ち向かいながら文明を作り上げてきた国である。洪水には、規模の大きいものから小さいものまで、予測が容易なものから困難なものまで様々だが、重要なのは、住民それぞれの蒙る被害を最小限にするにはどうしたらいいか、利害関係を調整することであった。しかし、構成する個々人の財産権は尊重され、最善の解決策に見えるような方法であっても、一部の住民だけが極端に損をするようなものであってはならなかった。

 解決策の話し合いは、皆が納得するまでが原則だが、迫りくる洪水に対応するには、一刻も早く対策を打たなければならない。程よいところで妥協をし、応急的な解決策と長期的な解決策を考え出し、実行に移す必要がある。また、対策を実行中でも、その対策が妥当かどうか常にチェックをしながら、必要に応じて修正を加える。洪水対策の最終形態が、当初計画した解決策とは異なるものであっても、現実的に有効に機能しており、利害関係を持つものが、結果にある程度満足しておれば、その対策は結果的に正しいのである。

 個々人の財産権と、民主的プロセスを尊重する一方、洪水対策に知恵を絞ることを通して、オランダ流の合意形成プロセスは築き上げられていった。そのおかげで、他のヨーロッパ諸国と違って階級間の隔たりは緩く、各個人の意見や財産が尊重される。移り住んでくる他国からの亡命者を寛容に受け入れる一方、彼らを自分たちの“現実的なシステム”に組み入れる。既存の常識や枠組にとらわれず、常に現実的な解決策を追求する姿勢は、この国を外国人として見つめるものにとって、大いに見習うべきところがある。

 しかし、オランダと同じやり方を、他の国に適用しようと思っても、そうそう上手くは行かない。オランダ人と近縁の言語を使うドイツ人とて、現実的な解決方法を取ることに、高い優先順位を与えることはできていない。
現在も州政府が独自の強い権限を持っている、ドイツ連邦共和国
▲現在も州政府が独自の強い権限を持っている、ドイツ連邦共和国

 ドイツは19世紀後半になってようやく統一国家となった国、それまでは各地方がバラバラで、主に封建領主の支配による農業社会だった。統一国家となった後も、連邦国家として、各州政府には中央政府に比べてかなりの権限が与えられているため、統一のルールをトップダウンで与えなければ、国民意識がバラバラになってしまう危険性をはらんでいる。封建時代から続いている職業観の階層制のようなものは、そう簡単には変わらない。
 そういうわけで、研究者と技官の関係も変わらないし、研究所の企業への技術供与も、オランダほど効率的にはできない。もちろん、オランダで働いている筆者のひいき目は多分に入っているし、ドイツでなくオランダの研究所を選んだ、自分の選択に間違いがなかったと信じたいから、筆者の主観的立場での視点は、割り引く必要はあるけれども。

 欧州の中で、ドイツ、フランス、イギリスという大国に囲まれて、国土も小さく、あまり資源もないオランダが、比較的高い人口密度で経済的にも成功している一つの鍵は、徹底した現実主義と階層制=ヒエラルキーの緩さにあるように思う。
 疲弊した日本社会の建て直しにも、何か参考になることがあるといいのだが、教条的でスローガン先行の日本社会では、現実主義はなかなか主流派になれない。せめて、ムダとわかっているプロジェクトを、途中で現実的な方法に修正する賢明さぐらいは、見習って欲しいものである。

 オランダに住んでいると、オランダ人社会の現実主義とヒエラルキーの緩さに直面する機会が多々訪れる。この数回にわたって、筆者の職業的体験から、ドイツとの比較の上でこれらを紹介したつもりだ。いつにも増してわかりにくい文面となってしまったが、少しでもエッセンスを汲み取っていただけたとしたら幸いである。


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Last Update: Jul.23,2008