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	<title>ワールドアイ　ドイツ &#187; 未分類</title>
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		<title>日本デー &#8220;Japan Tag&#8221;</title>
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		<pubDate>Sun, 28 Feb 2010 14:05:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[▲RheinuferpromenadeからBurgplatz方面を望む 都合により、いきなり先月の更新をスキップしてしまいました。 関係者の方、大変失礼致しました。 さて、前回の最後に「ドイツという国について記載する」と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-1.jpg" alt="" width="600" height="399" /><br />
<span> ▲RheinuferpromenadeからBurgplatz方面を望む<br />
</span> <span style="color: #006633;"> </span></p>
<p><span> 都合により、いきなり先月の更新をスキップしてしまいました。<br />
関係者の方、大変失礼致しました。<br />
</span><br />
さて、前回の最後に「ドイツという国について記載する」と予告しておりましたが、予定を変更し、先日6/13(土)にデュッセルドルフ  ライン河畔のブルク広場Burgplatzおよびライン・プロムナードRheinuferpromenadeを会場とし開催された「日本デー Japan  Tag」に、会社としても出展しましたので、今回はこのイベントについて書きたいと思います。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="340" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-2_1.jpg" alt="" width="320" height="240" /><br />
<span>▲出展用のテント群</span></td>
</tr>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-2_2.jpg" alt="" width="320" height="240" /><br />
<span>▲スタート後はこんな感じ</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>第１話にも記載しておりますが、長きに渡りデュッセルドルフおよびその均衡には日系企業が多く進出し、伴って欧州の中でも日本人が多く都市となっており ます（いわゆるバブル期と比較すると半減してはおりますが）。</p>
<p>そういうこともあり、日本カルチャーを現地の人々に知ってもらおうと、当地に本総領事館・商工会議所・日本クラブの尽力により2002年よりスタート し、今年で8回目の開催となりました。公の数値では、毎年約100万人がドイツ国内および他国から訪れ、その中で90%は非日本人となっています。いつも お世話になっている市内日系書店の店長さん曰く、やはりスタート当初は大変な苦労もあったそうです。<br />
今年は特に、開催直前にデュッセルドルフ日本人学校において新型インフルエンザの集団感染が発生し、開催そのものが危ぶまれましたが、直前市側との協議 の結果、何とか開催が決定されるような状況でした。ただ、感染と診断された方々は残念ながら自宅待機となっていたため、後日小規模な代替催しが開かれるそ うです。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="340" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-3.jpg" alt="" width="320" height="240" /><br />
<span>▲ADACの特設舞台では、<br />
秋葉原を中心に活動しているJerryBeansのコンサートが </span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>日本カルチャーの紹介がメインとなっているので、日本の伝統芸能や武道が特設舞台で開催されるのを始め、日本食・生け花・書道・着物・折り紙・紙飛行機 の他、ヨーヨー釣り、餅つきなどが開催されます。（*一部、日本デーホームページから引用）<br />
そして何よりハイライトは、日本人花火師によってライン川上に打ち上げられる花火です。実際、これだけを見に来る人も少なくありません。この時期、ドイ ツは21:30～22:00までは明るいので、花火のスタートは23:00となります。そして約30分間打ち上げられます。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="340" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-4.jpg" alt="" width="320" height="240" /><br />
<span>▲今回の会社のテント</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>私はまだドイツ在住3年目ですので、まともに参加したのは実は今年が初めてでした（2007年はレーゲンスブルク在住、2008年は花火だけ）。会社の テントは、会場内ポップカルチャーゾーンで、コスプレ・カラオケ大会やマンガ・コスプレ関係のテントが集まったところでした。こちらに在住されている方に は「Vodafoneのビルの近く」とご説明した方が分かりやすいかもしれません。<br />
ちなみに、出展内容は「ケータイコミックのデモ」でした。日本では当たり前のものでも、例えば3Ｇ普及率を見ても欧州は大きく遅れていますし、 ライフスタイルも違うので路面電車や電車内でもケータイにかじりついている人はほとんどいないし、どうなるかと一抹の不安はありましたが、やはり目新しい ようでスタッフはてんやわんやで大盛況の内に終了しました。コミック・マンガは、内容にもよりますが「子供のためのもの」という考えがあるので、その考え を反映するかのように、デモを見に来たのは若年層・コスプレ集団が主でした。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="340" align="LEFT">
<tbody>
<tr>
<td align="LEFT"><img src="http://rikuryo.or.jp/worldeye/germany/okamoto02-5.jpg" alt="" width="320" height="240" /><br />
<span>▲日本デーのラストを飾る花火</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>今回気付いたことは、若年層でも、なかなか鋭い質問をする人が多かったこと、デモを体験した人にアンケートを求めてもちゃんと最後まで記入してくれたこ とでした。普通なら「面倒くさい」「読んで、はい終わり」となることころでしょうが、10代の子ども達が真面目に記入し意見まで書いてくれるのは、やはり 国民性が表れているのかもしれません。</p>
<p>普段の仕事においては「こいつら、ほんま融通きかへんな」と、いらつき→激怒→口論となることも多々ある訳ですが、「融通を効かせる」とは本来ルール外 の措置を取ることを意味しますから「定められたルールには従おうするドイツ人」という先入観は、あながち間違いではないのかもしれません。まぁ、ほんの一 面にすぎませんが…</p>
<p>今回はこんなところで。次回こそ、ドイツという国について書きたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>渡独、そして。</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Apr 2009 14:27:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[欧州の中の日本　～ドイツ/デュッセルドルフから【第1話】 この４月で、ドイツ在住3年目に入り、年月の経過の速さに驚くばかりです。 これまで、レーゲンスブルク・デュッセルドルフに在住しドイツでの生 活を送ってきました。　今 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>欧州の中の日本　～ドイツ/デュッセルドルフから【第1話】</strong></p>
<table border="0" cellpadding="0" width="600">
<tbody>
<tr>
<td><span> この４月で、ドイツ在住3年目に入り、年月の経過の速さに驚くばかりです。<br />
これまで、レーゲンスブルク・デュッセルドルフに在住しドイツでの生 活を送ってきました。　今回は初回ですので、何故ドイツに渡ったのかということを初め、この対照的な町について少しばかり触れたいと思います。宜しけれ ば、少しばかりお付き合い下さい。 </span></p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="360" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="../../../worldeye/germany/okamoto01-2.jpg" alt="" width="341" height="256" /><br />
<span>▲フランクフルト・アム・マイン中央駅の構内掲示板 </span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>そもそも、大学では民法専攻であり、ドイツ語専攻でもドイツ文学専攻でもなかった私が、わざわざ会社を辞めてドイツへ渡ったのか。<br />
確かに学生時代に若干の興味を覚え、１セメスターのみドイツ語の授業を取ったことはありましたが、結局それっきりでその後接点は全くありませでした。 きっかけは前職在職中の2004年10月のこと。所謂「1週間ぶち抜き」の遅い夏休み取ることができ、さて一人で国外へ旅に出ようかと検討したところ、最 終候補にエジプトとドイツが残りました。ここでふと「そういえば、第二外国語でドイツ語をとったことがあるな」と思い出し、ドイツを選択することにしまし た。<br />
ここでの選択が現在に至る訳ですが、この旅のスタート地点であるフランクフルト国際空港に降りたった際に、言葉では形容しがたい衝撃を受け「将来この国 で働くことになるだろう」と勝手な思い込みを始めました。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="276" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="../../../worldeye/germany/okamoto01-3.jpg" alt="" width="256" height="341" /><br />
<span>▲渡独を繰り返していた頃、最も印象に<br />
残っている、ドレスデン・フラウエン教会</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>その後、休みが取れる度に渡独(およびドイツ語圏を含む近隣諸国）し、独学でのドイツ語習得を進めました。更に無謀にも「ドイツに渡り現地で職を得る。 但し、すべてを1年以内に」という目標を立ててしまったため、早くスタートを切らなければ一生後悔することになるだろう、と必要以上に自分を追いたて、遂 に2007年4月より、この無謀な計画を実行に移すべくドイツでの生活をスタートしました。</p>
<p>スタートの地に選んだのが、バイエルン州東部、地域でいうとオーバープファルツに位置するレーゲンスブルク。2006年にユネスコ世界遺産に登録され、 日本のテレビでも取り上げられる機会が多いようですのでご存知の方も多いかもしれません。<br />
計画スタートに先立ち、前職退職前の有給消化期間に下見を兼ねて2週間滞在してはいましたが、まず勉強に集中できる静かな町であること・日本人が少ない 町であることが選択理由でした。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="360" align="RIGHT">
<tbody>
<tr>
<td align="RIGHT"><img src="../../../worldeye/germany/okamoto01-4.jpg" alt="" width="341" height="256" /><br />
<span>▲ドナウ川に架かるシュタイナーブリュッケからの<br />
夜のレーゲンスブルク大聖堂 </span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>歴史的にも地理的にも重要な都市ではありますが、それでも人口13万人強（そもそもドイツには巨大都市がほとんど存在しない）、大阪・東京・横浜で過ご してきた私には信じられないくらい時が緩やかに流れる町でした。在住中は「退屈だ・刺激が無い」と不満を漏らしていましたが、今となっては「スタートの 地」として重要な町となっています</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="360" align="LEFT">
<tbody>
<tr>
<td align="LEFT"><img src="../../../worldeye/germany/okamoto01-5_1.jpg" alt="" width="341" height="256" /><br />
<span>▲ナポレオン勢力下にあった際に築かれた<br />
デュッセルドルフ Koenigsalleeにて<br />
</span></td>
</tr>
<tr>
<td align="LEFT"><img src="../../../worldeye/germany/okamoto01-5_2.jpg" alt="" width="341" height="256" /><br />
<span>▲お世話になっている<br />
Kommerzbank デュッセルドルフ支店の建物正面 </span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>その後、本格的に就職活動開始すべく、2007年8月にドイツ西部に位置するノルトライン＝ヴェストファーレン州の州都、ベルギーやオランダ国境も近い デュッセルドルフに転居しました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ライン・ルール地方の主要都市であり、更に欧州の日系企業の拠点が集中して いる都市としても有名であります。<br />
人口は58万人ですが、日本人人口は、1980年代後半と比較しかなり減ったとはいえ6000人強、日系企業数は500社を超え、日本食レストラン・日 本食材店・書店・住環境・日本人学校等、日本人の為の生活インフラが整備されており、労働ビザの発給等を見ても何かと優遇される「欧州の中の日本」と言っ ても過言では無い都市です。<br />
2008年に日本との関係を重視されていた前市長ヨアヒム・エルヴィン氏の急逝に伴う市長交代があり「厳しくなった」という声が聞かれますが、それでも 他の都市と比較すると色々な面で日本人が生活しやすいことには変わりがありません。(長所と短所は表裏一体ではありますが……)</p>
<p>このデュッセルドルフで、自らが設定した期限である&#8217;1年&#8217;ギリギリで、現在の仕事に出会い、2008年4月より欧州域の営業・企画担当として勤務し現 在に至ります。「欧州の中の日本」で生活しているが、本人は極力現地に同化するよう努めているという、誤解を恐れずに言えば「矛盾を含んだドイツ生活」に ついて連載していきたいと思います。最後までお付き合い頂いた皆様、有難うございました。次回は、「勤勉」というイメージを持たれているドイツという国に ついて書きたいと思います。
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
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