ポラントリュイだより:ベル・エポックとアール・ヌーヴォー

2010年2月28日


▲Pfister館と呼ばれる豪邸
1899年、靴会社社長の邸宅として建築された。現在は、年金事務所が入っている。改築の完璧さから、事務所の潤い加減 が分かる!?

▲Pfister館の暖炉
煉瓦に見える部分は別の素材?

▲我が家の向かいにある豪邸
1909年、薬剤師ジゴン氏のために建設された。

▲豪邸内にあるステンドグラス
1910年製、玄関ホールにある。
スイスのステンドグラスを紹介した文献によると、
「明るい光をもたら し、客に、家の主人の芸術的センスを見せる」
役割をしているそうである。

もうかれこれ3年も前になるが、ポラントリュイ便り歴史シリーズの初め、4回に渡って近代ポラントリュイ全盛期・シナゴーグと駅の栄枯盛衰について語っ た。文献を調べ、町や近辺の村々の逸話をほじり出しては皆様にお届けしてきたが、ここらでテーマを一新したい。3年余り続けた歴史シリーズを、奇しくも同 時代のテーマ、市民文化が満開した「ベル・エポック」で文字通り華やかに締めくくりたい。

「駅」シリーズと重なる部分も多々あるかと思うが、時代背景について述べる。
スイスでの「ベル・エポック」(フランス語で美しい時代)は1895年から1914年の20年ほどと見なす歴史家もいるが、ポラントリュイのそれは、お そらく鉄道・駅建設を発端として考えて間違いはないから、1870年代半ばには始まっていたと考えても良いだろう。
この時代、「普仏戦争」(1870-71)終了後、ヨーロッパは、第一次世界大戦までの束の間の平和と第二次産業革命によってもたらされた経済的飛躍を 堪能していた。産業革命の進行によって工場経営者に富が集中すると、その富は新興の中産階級の住む都市に流れ込み、都市文化が宮廷文化に取って代わった。

鉄道の発達により長距離旅行が可能になり、中流有産階級者は各国の美を持ち帰り、自国文化に溶け込ませた。この時代に流行した装飾美術、そして広い意味 では建築を含め、「アール・ヌーヴォー」(新しい芸術)と呼ぶ。この名は、パリの美術商、サミュエル・ビングの店の名に由来する。装飾に於ける特徴は、有 機的な自由曲線の組み合わせ、鉄やガラスを素材として使っていることである。

ポラントリュイの発展は、「漁夫の利」であったかも知れない。「駅物語その2」で述べたように、普仏戦争に負けたフランスは、ドイツ帝国にアルザス全て とロレーヌの一部を譲渡しなければならなかった。この支配により、フランス東部鉄道会社は、重税をかけられるようになったアルザスを通らずにスイス入国を 可能とする鉄道網を急速に発達させる必要に迫られた。フランス国境の町デルとポラントリュイを繋ぎ、険しい崖が阻むサンチュルサンヌの高架橋の経済的支援 もした。こうして、イギリスから海を渡ってフランス、スイスからイタリアへと繋がる鉄道網が完成した。

鉄道の発達と共に、ポラントリュイへの人・貨物の出入りが激増した。当然、フランスやイタリアなど「流行に敏感な国々」のアートも入って来やすいこと明 白である。この時代、駅とポラントリュイ旧市街の周囲を中心に、斬新かつ壮大で美しい建築物が次々と建てられた。バロック時代を第一次建築ラッシュとすれ ば、これは正に第二次建設ラッシュである。ポラントリュイでもひときわ人目を引く、黄色い壁と赤い屋根瓦、赤煉瓦(偽も含む)、コロンバージと呼ばれる木 骨組積造り。三軒あるこの豪邸のうち二軒は建築家モーリス・ヴァラによって建てられ、尖がった屋根が特徴である。赤と黄を主体とした色使いは、何となく中 国風であるが、アール・ヌーヴォー自体が日本美術の影響を受けていることから(サミュエル・ビングの店も日本美術を扱っていた)、東洋への憧れを取り入れ たと見ても良いかも知れない。

筆者自宅の向かいに位置するこのタイプの家(写真参照・ヴァラ建築ではない)は、その隣家と同様、階段踊り場にあるステンドグラスが美しい。ポラント リュイで一番シックなホテル「Auberge d’Ajoie」自体の建設はベル・エポック以前の1830-1840年代だが、一階ティールームのステンドグラスや回転扉、床のモザイク模様(1902 年製)など、見事なアール・ヌーヴォー装飾を惜しげもなく訪問客に見せてくれる。

人口僅か7000人足らず。ルツェルンのような世界的観光地でもないし、かつて時計産業華やかりし頃の面影は無く、中小の工場が生き残っているだけ。ど こといって目立たない小都市ポラントリュイは、掘ればいくらでも歴史遺産という名の宝が出てくる宝の山のようなものだ。スイスに来た日本人観光客が、山と 観光地だけを駆け足で見て帰ってしまうのがいかにも残念である。そんな思いもあって、この歴史シリーズを綴ってみたが、少しでも興味を抱いて下さった読者 はいたであろうか。「百聞は一見にしかず」という諺にあるように、是非訪れていただきたいスイスの小都市として、これからもワールドアイのページを借りて 皆様にお伝えしていきたい。

Mes remerciement particuliers s’adressent a :
Monsieur Marc Thévoz de Bure


▲Auberge d’Ajoie。
小さいながら、ポラントリュイで一番洗練されたホテル。


▲ホテル一階、ティールーム
各窓にステンドグラスがはめられている。
壁画にはサンチュルサンヌをはじめ、古き良き時代のジュラの市町村が描 かれている。ホテルの宿泊客は、レトロな雰囲気に浸りながら朝食が食べられる。