六稜NEWS-071028・六稜同窓会134周年総会

圀府寺司さん卓話
「美術作品の真贋について ファン・ゴッホ、フェルメール」


reporter:片山信浩(88期)

【圀府寺氏のプロフィール】北野高校88期。大阪大学文学部卒。同大学院文学研究科在学中にアムステルダム大学に留学。文学博士号を取得。広島大学を経て2001年より大阪大学大学院文学部教授。専攻は西洋美術史。ゴッホ研究の第一人者。高校時代は野球部で強打の一塁手

【卓話の内容】
 本日は、「美術作品の真贋」に関する話題をゴッホとフェルメールを取り上げ、お話しさせていただきます。まず、3枚の絵を見ていただきますが、このうち本物は1枚で、残りの2枚は偽物です。お分かりになりますか?

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3枚の絵はいずれも風景画で糸杉のような木が2本画面中央に立っており、その背景には緑〜青のタッチで野や山が広がっている。
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ファン・ゴッホ《アルピーユの道》
クリーヴランド美術館
 さて、贋作のうち1つは、左端の作品です。
 この作品は、ある画商が頻繁にゴッホの作品を発掘させてくることから、疑いをもたれ、最終的に贋作とされました。贋作の手口は、白黒写真を左右反転させてそれを弟に模写させたということですが、この反転させるというのは贋作を作る際よく用いられます。
 この絵が贋作とされるまで、この絵を含む多くの作品に著名な評論家が「ゴッホの作品である」との鑑定を出していたため、当時、業界は混乱を起こしました。しかも、贋作騒動が起こった後、その評論家も贋作であると認めたものの鑑定した作品を全て贋作とせず、一部はやはり本物であるとしました。この絵もその一枚です。
 もう一つの贋作は右端の作品で、その贋作をもっとゴッホらしくするにはどう描けばいいのだろうと日本の画家・福田美蘭氏が考え、この贋作を元に作られたものですので、皆さんがお間違えになるのも当然です。
(筆者注)ここで挙げられたゴッホの真作と贋作2点は、圀府寺司著『もっと知りたいゴッホ 生涯と作品』(東京美術)に掲載されています。

 次に、フェルメールの作品をいくつか見せますのでまずその特徴をつかんでください。

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映し出されたフェルメールの作品は、牛乳を注ぐ女や青いターバンの女など光が斜め上から当たり、人物やテーブルクロスなどの陰影をくっきり細やかに表している、フェルメールの特徴を良く表しているものであった。変わったところでは細密画のような「デルフトの眺望」という風景画もあった。
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 次に、贋作が3枚含まれた絵を合計9枚見ていただきます。この中には、フェルメール初期の作品が1枚含まれていますが、フェルメールの特徴は表れていますので、分かると思います。また、贋作のうち1枚は極めて下手ですので、絵を描いたことがある人なら、すぐに分かると思います。

***** ここでスライド *****
明らかにフェルメールの絵らしい光と陰、フェルメール青が描かれた絵がたくさんあった。でも、フェルメールは「市民」を題材にしたものばかりと思っていたら、キリストなどを描いた宗教画や風景画も映された。
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 さて、皆さんお分かりになりましたか?
まず、「極めて下手な」贋作は、人物のデッサンが大幅におかしい絵です。

 
ハン・ファン・メーヘレンによるフェルメール贋作

 この絵の女性のスカートに隠れた足を見ていただくと、右足と左足の膝の位置がおかしい。
このままでは左足が右足よりかなり長くなってしまいます。また、腿の長さに比べ膝下が長すぎます。これでは異様に膝が長い人間かあるいはスカートのなかで足を浮かしていることになってしまいます。
 フェルメールは、極めて細かい描写を丁寧に描くので、このように基本的なデッサンを間違うわけがありません。

 二番目の贋作と疑われている絵は、この宗教画です。従前、フェルメールは宗教画を描いたことは知られていませんでした。ある時、イギリスの評論家が画商を訪れ、そこで一枚の宗教画を見つけ、「これはフェルメールに違いない」と確信したそうです。いわゆる天啓です。そこで、その作品の出所等を調べ上げ、フェルメールの作品だと判明させたということです。
 これは人物画や風景画しかないと考えられていたフェルメールの作品に、宗教画もあったという新しい事実を加えたということで、その業績はたいへん高い評価を得ました。贋作とおぼしき作品は、どうやらその二番煎じらしく、その評論家がやはり始めて見て、フェルメールのものであると確信したそうですが、現在、その真偽は評論家のなかでも分かれ、半数以上の評論家は疑わしいとしています。私も極めて疑わしいと思っています。

 さて、三つ目の贋作は、「エマオのキリスト」という作品で第二次世界大戦直後、世間を揺るがす大騒動になったものです。

 
ハン・ファン・メーヘレンによる
フェルメール贋作《エマオのキリスト》
ボイマンス・ファン・ベゥーニンヘン美術館
 第二次世界大戦後、ナチス幹部のゲーリング所有の作品から「キリストと悔恨の女」というフェルメールの作品が押収されました。
 フェルメールの作品は、オランダの宝とされており、このような貴重な作品をナチスに売り渡したのは売国奴であるとして、その犯人捜しが行われ、画商であるファン・ヘン・メーヘレンが逮捕されました。
 メーヘレンはナチス協力者とされてはたまらないと、その作品は自分が書いた贋作であると告白し、様々な証拠を申し立てました。例えば、それは17世紀の古い絵を下絵にして書いたもので、その下絵の図柄「騎馬戦」を説明し、エックス線で調べたところ、その絵柄が浮かび上がりました。
 しかし、ナチス協力者であることを逃れようとする偽証ではないかと疑われ、贋作であるとは認められませんでした。そのため、メーヘレンはフェルメールの絵とされていた作品について次々に自分の贋作であると告白し、その一点が今、お見せした「エマオのキリスト」という作品です。当時、その作品はオランダのボイスマン美術館が法外な価格で購入していたことから大騒動になりました。結局、メーヘレンは牢獄の中で贋作を衆人環視の中で制作し、一連の作品は自分が書いた贋作であるということが認められました。この結果、メーヘレンは無事、贋作制作の罪で投獄されたということです。
 通常、絵の真贋はなかなかはっきりとはしないものなのですが、この事例は贋作制作者自らが告白したという大変珍しい事例です。この作品は今でもメーヘレン作として展示されております。皆さんもオランダを訪れる機会があればご覧ください。

【卓話の感想】
 日頃、とりつきにくい美術作品について、「真贋」という観点から分かりやすく話していただきました。しかも、歴史と密接に絡んでいることを始めて聞き、驚いた次第です。
 高校時代と比べほとんど外見も変わらず、このことにも驚かせられました。野球部のOB戦〜マスターズ甲子園にも今だに出場し、来年こそはクリーンヒットを打つのだという彼の気迫が若さの源のようです。
Last Update : Nov.30,2007