われら六稜人【第44回】平和構築の現場で

第5幕
国連コソボ暫定行政ミッション

NATOによる空爆が終了して、紛争がひと段落したため、周辺国へ難民として逃れていたコソボのアルバニア系住民が続々とコソボへ戻ってきました。でも多 くの家が紛争中に破壊されたり焼かれたりしていて、戻って来ても住むところがない、というのが帰還民の人たちの現実でした。しかも、冬を迎える直前で、コ ソボの冬はマイナス20度にもなりますので、多くの凍死者がでるかもしれないという危惧があったのです。そこで、日本政府の拠出金により、破壊の度合いの 最も激しい地域で住民を無事に越冬させるプロジェクトを日本のNGOが実施するということになり、縁あって私はこのプロジェクトのスタッフとして働くこと になりました。日本からコソボの州都プリシュティナへ飛んだのは空爆終了後の1999年11月でした。

プリシュティナへ到着後、すぐにプロジェクトの実施地区へ移りまして、村々へ出かけて行っては家の破壊の度合いを確認して、村長さん達と相談しながらどの 家を修復すればより多くの家族を収容できるのか、修復のための資材はどれくらい必要か、必要資材が決まったら発注して、届けて…という作業を3カ月間続 け、何とかその地域では凍死者を出さずに冬を越せました。このプロジェクトの話もぜひしたいのですが、今回はPKOの話が中心ということで、先に進ませて いただきますね。

ドキュメンテーション・センターにて、アルバニア語通訳のコラブくんと
ドキュメンテーション・センターにて
アルバニア語通訳のコラブくんと

NGOでの仕事がひと段落し始めた頃、UNMIK(UN Mission in Kosovo、国連コソボ暫定行政機構、ウンミックと読みます)がスタッフを募集していることを知りました。暫定行政機構というのは、つまりコソボの状況 が落ち着いてくるまでは国連が暫定的に政府機能を担いましょう、というものです。こちらでも縁があって、NGOでの仕事が終わると同時にUNMIKのス タッフになりました。「ドキュメンテーション・オフィサー」という職種でミトロビッツァという町の市役所に配属されました。どのような仕事かと申します と、市役所に本来あるような色々な書類、つまりドキュメントを何でもよいので捜し出してきてひと所に集め、ドキュメンテーション・センターという場所を 作って、市役所機能を回復させる土台づくりをする、と言えばよいでしょうか。つまりこの仕事が必要とされている背景には、紛争によって役所の機能はもちろ んのこと、住民情報などの基本的な市民情報もどこかに消えてしまっていましたので、誰がこの町に住んでいたのか、誰と誰が夫婦でその子どもは誰かというよ うなことが全然分からないという状況だったのです。市役所に行って「住民票ください」と言っても「あなたの住民票はありません」という状況ですね。これで は行政サービスの再開どころではありません。

ゴミのように積まれた重要書類
ゴミのように積まれた重要書類

市役所にはほとんど何の書類も残っていませんでしたので、さてどうしたものかと最初は立ち尽くしてしまいました。そのうち色々な書類が色んな場所に散乱し ているという状況が見えてきまして、例えばIDカードの控え票の一部が、なぜか消防署の一室にゴミのように積まれていたり、土地関係の書類が全然関係のな い建物のトイレに積まれていたり、そういう情報を入手しては出かけて行って書類を回収して、市役所の一室に集めてきては整理してという具合に。学校の生徒 名簿なども重要な情報ですので、学校を基地にしてしまっているフランス軍のところへ行って名簿を譲り渡してくれるよう交渉したり。なぜフランス軍がミトロ ビッツァ市にいるのかと言いますと、コソボに展開されている国際平和維持部隊、KFORと呼ばれていますが、実質NATOです、のミトロビッツァ地区担当 がフランス軍だからです。そうこうしている内に市役所のドキュメンテーション・センターにはかなりの情報が集まりまして、自分で言うのもなんですが、結構 使えるセンターになっていました。

そして次のフェーズは住民登録です。住民登録はどのPKOにおいても一大オペレーションで、例えばミトロビッツァ市だけでも約7万人の住民がいましたが、 その住民の全てを登録し直す訳です。仕事の膨大さは想像していただけるかと思います。何十人という国際スタッフと現地スタッフが配置されて、市のあちらこ ちらに登録所を設置してどんどん登録してゆくのですが、IDカードや免許証などを紛争中に失くしてしまったり、取り上げられてしまったりという人が半数ぐ らいいて、そういう人たちの申請書は私のいるドキュメンテーション・センターへ送られてきます。そこで、申請書に書かれている個人情報を、これまでかき集 めてきた膨大な書類の中から見つけ出して、照合して、その人物が特定できたら無事登録されます。20人ほどの現地スタッフとともに本人確認に明け暮れる毎 日でした。

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