われら六稜人【第38回】演劇の情熱…いま映画に

槙坪さんポートレート

シーン4
『老親 ろうしん』のことあれこれ

    映画の舞台は、関西では奈良の斑鳩町ですが、観光地になっていますので、この物語の場所になるような適当な家が見つかりません。そこですぐ隣の安堵町(あ んどちょう)の歴史民俗資料館を借りました。6年前まで、お年よりの女性が一人で暮らしておられたんですが、ひとりでは維持できないということで町に寄付 されたんです。資料館となって2年ですが、あまりお客はないようです。この映画がきっかけで全国からきてくださればいいなと思っています。町長も町おこし のきっかけにしたいといってます。お葬式の場面など、お坊さんをはじめ安堵町の人が出演していただきました。せりふのあるような人は関西芸術座という劇団の俳優さんに出ていただきました。 叔母さん役の小笠原町子さんらをはじめ、全部オーディションで選んだんです。大人の俳優さんをオーディションというのは、普通はありえないですよね、失礼 に当たりますし。でもやりました。

    主演級の人には、何回も交渉して話し合いました。お互いにオーディションし合ってるんですね。監督がどういう人か、信頼できないとこわいですよね。映画と いうのは監督のものなんですよ。舞台とかテレビは、俳優のキャラクターで企画されたりするけれど、「老親」については、私が企画し、私がお金集めて、借金 して、自分が作りたいものを作るわけです。そのためには俳優さんとよく話し合って、信頼してもらって、思い切って演技してもらわないといけないんですよ ね。俳優さんの持っている良さ、個性を利用させてもらう、さらにご本人の気がつかないところを引き出せたら大成功じゃないですか。

    「ろうしん」製作発表

    監督5作目『老親 ろうしん』製作発表(59歳)
    (左から)槙坪さん、萬田久子さん、小林桂樹さん、原作者門野晴子さん

    映画を作った者は、作品がいいのか悪いのかわからないんですよ。一生懸命作るだけ。どういう映画になったか、俳優さんもなかなかわからない。萬田久子さんは完成して半年ぶりに、公開初日の舞台挨拶をしたあとにご覧になった。草笛光子さんなんか、舞台挨拶でもおっしゃったけれど、「舞台でこうやって皆さんの前で挨拶するのも怖いんですけれど、客席で自分の映画をみるのはもっと 怖い」って。そのあと草笛さんは見る予定だったのに、舞台挨拶で一緒だった小林桂樹さんと、青春時代に映画を一緒にされてたから話がはずんじゃって、それ と怖いから後日見るとおっしゃって。その間、いろんな人から「いい映画に出られましたね」と声をかけられるんだそうです。
    公開後2週間ぐらいたって、「見たわよー」って電話が入りました。50分ぐらい、いろいろ話されました。「よかったー」って。脚本を読んだときは、いろい ろ注文されたんです。「こういうのは私は無理」だとか、「こんな意地悪な母親は理解できない」とか、すったもんだあったんです。見るまではみんな怖いんで すよ。自分のいままでのイメージでない役をみなさん引き受けてくださったから。

    萬田さんもそうです。すごく怖かったでしょう。撮影中はずいぶん悩まれたと思います。私、萬田さんの映画もテレビも一度もみたことがなかったんです。コ マーシャルをちらっとぐらいかな。いつかこの人と仕事がしたいなと10年ぐらい思っていました。ああ小林桂樹さんと草笛さんなら、萬田さんがちょうどあう なって思ったんですね。かえって、この人にこういう役をやれば適役というイメージが全然ないから、どうにでもできるかなと。彼女にっていうので口説いたの は、「あなたの代表作になります。代表作にする自信があります」、これだけ。「お金は十分ありません、だけど出てほしい」と。それとスケジュールをかなり 空けてもらわねばなりません。

    テレビだとぱっとせりふ言ってぱっと終わるのに、映画はどうしてこんなに時間がかかるのか。だって映画は1分2分のものを撮影するんだって、俳優さんがく る2時間も前からスタッフは全部準備してるわけなんです。ライティングとか録音とか。ライトがうまく当たるか、音がうまくとれるか、キャメラの位置はいい か。映像、フィルムというのは光と影ですからね。ある有名な監督さんは、馬が斜面を駆けあがるシーンが、光の関係で一日一回しか狙えない。そのときがだめ だとまた一日待つ、とうとう何カ月も待ったという話を聞いたことがあります。でもこの映画では限られた時間なのでそんなことはとても不可能です。

    小林桂樹さんなんかは、映画育ちだから「映画とは待つもの」だと思ってくださっている。映画で娘の友達がやってきて演奏するシーンがありますよね。おじい ちゃんに「うるさい?」ってきくと「かめへんよ。にぎやかでええがな」と答える。曲を練習してきてといってたのになかなかうまくいかない。1時間の予定が 2時間半にもなる。小林さんに「申し訳ありません、お待たせして」といったら、「大丈夫、僕は昨日から待ってる」とジョークで返してくださった。
    小林さんといえば出演をOKしてもらうまでたいへんでした。とくに「関西弁がいやだ」と最後まで抵抗されました。若いころ出られた映画で関西弁で笑われた ことがあって、二度と出ないつもりだったんだそうです。また大林宣彦監督の映画で広島弁でたいへん苦労されて、「方言は体に悪い」って。実際その後病気に なられたようです。私は小林さんに、いまはいろんな地域の言葉が混ざり合ってる時代です、絶対に心配はかけません、安心してください、と説得して、引き受 けてもらったんです。小林さんは初日の舞台挨拶のあとで、私に「また一緒に仕事しようね」といってくださいました。うれしかったです。

    「ろうしん」ラストシーンの撮影風景
    『老親 ろうしん』ラストシーン撮影風景。恵比寿ガーデンプレイスにて
    草笛さん(手前後ろ向き)、萬田さん(右端)

    夫役の榎木孝明さん。今の中年男性を代表する役ですよね。いいお父さん、いい夫でうまくいってた。大事な仕事の時に親の介護という問題が出てきて、逃げ出 さざるをえなかった。妹は近くにいるのに、みんな「長男の嫁」というのが刷りこまれてるんですね。いざと言う時にそれが出てしまうんです。それで妻は子ど もを連れて7年も、義父と一緒に暮らす。夫は単身で東京にいる、家族崩壊ですよね、大事な子育てのときに。そんな役を自分が代表して演じることに意義があ るといって出てくださった。作者はね、「目立たないように書いてください」って、現在もおられるんですから。脚本段階でも、この役で出演する人いないん じゃないかと心配だった。榎木さんが引きうけてくださったときはほんとにうれしかったですね。今度の映画は出演者のかたがたが、事務所を通してチケットを引き受けてくださってるんです。ほんとうにありがたいことです。私はいままでその種のことをお願いしたことはないんですよ。同窓の皆さんにはこんなにお願いしてるのにね。

Update : Dec.23,2000

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