われら六稜人【第36回】漢字に魅せられて…漢字学の楽しみ


『説文解字』(四部叢刊本)より「いとへん」の部

第三画
同業者が10人程しかいない文字学を選んだ理由

    • 【編注】

      『文選』: 上古より六朝期までのすぐれた詩文を集めた書。
      阮籍: 三国時代の魏の人。竹林の七賢の代表的人物。
      小学: 漢字の形・音・意味を研究する学問。
      『説文解字』: 後漢の許慎が書いた中国で最初の字書。漢字を部首別に配列し字義と字形を解説したもの。
      六書: 漢字の組立てに関する六つの法則。
  • そんなわけで、おそれ多くも京都大学文学部を受けました。ねらいはもちろん吉川先生のおられた中国文学科です。ちょうど私たちが高3になる年が、東大入試 がなかったあの年です。その年の京大の入試は、合格者の最低点が百点満点に換算して九十一点という、実にすさまじいものでした。私たちはその1年後に受験 ですから、東大入試中止の余波を受けて不合格になった、というのを一応隠れ蓑にはしてるんですけど(笑)、なんとか1年の浪人で済んで、昭和46年に京大 に入学しました。大学紛争はそろそろ消えかかっていましたけれど、学内はその後もなにかとあって、1~2回生のころは1年に2ヶ月くらいしか授業がなかっ たですね。今からは信じられないですけどね。
    3回生で専門に入り、私は予定通り中国文学専攻に進みました。吉川先生はとっくに定年退官しておられ、ちょうど小川環樹先生、そうです、湯川秀樹さんの弟 になる方です。その小川先生が定年を迎えられる前の最後の1年でした。『中国詩人選集』を通じて、小川先生はもちろん、清水茂先生(当時は助教授でした) やその他の先生方のお名前を知っていましたが、自分が読んだ本の著者と実際に教室で会うと「なんや、こんなオッサンやったんか」というような感じです (笑)。私も今は何冊か本を書かせてもらってますが、学生の中にも読んでくれているのがいます。私が昔思っていたのと同じことをきっと彼らも思っているの だろうな、と思うと、みだしなみにももうちょっと気をつけないといけないですよね。手遅れかもしれませんが(笑)。漢字の学問、中国の伝統的な学問では「小学」といわれる分野に進んだのは、恥ずかしいのでほんとはオフレコにしておいてほしいんですけどネ(笑)、中文に 入ったころは唐宋八家文、とくに韓愈という文学者をやってみようと思っていたんです。清水先生はその方面での権威ですしね。ところが若いというのは恐いモ ノしらずなんですね。3回生の夏休みに『文選(もんぜん)』を読んでいて、若気の至りで考えたんですけど、阮籍の「詠懐詩」という詩がある。この詩を詠ん だのは「隠者」とされる人物です。でも「隠者」の詩が、いったいなぜ『文選』という有名な文集に収録されているのだろうか。「隠者」は世間から隠れて暮ら しているわけだから、その人が詠んだ詩が表に出てくるはずがない。しかしその作品が文集に堂々と、それも何首も載っている。ということは、彼は隠者ぶりっ こしていたんじゃないか、私は隠者ですよ、というポーズをしているんじゃないか、とまぁ大胆にして稚拙なことを考えたわけです。もちろんこの問題は今でも 自分の中では解決していませんけどね。
    それに文学研究に疑問を感じたことがもう一つ。たとえばある詩人が自分の作品の中に悲しみを詠んで、「嗚呼、哀しい哉、哀しい哉」と詠ったとします。しか し本当に悲しい時には、文字なんか書けっこないですよね。ちょうどそのころ、たまたまちょっと「傷心」にうちひしがれていた時期でもありまして(笑)、ほ んとに悲しいときは筆を執る気にもならないことを実感していました。とするとこの「嗚呼、哀しい哉、哀しい哉」は、悲しみを自分の外に置いて客観的に眺め ているわけで、この段階では悲しみは昇華されている。今の文学研究は、作品の字面をとらえて詩人の悲しみの源泉はなんだろうと考えていくのですが、果たし てそれは正しい研究方法なのだろうか。昇華された悲しさを捉えて論ずることに意味があるのだろうか・・・そんな生意気なこと考えてました。このあたりはあ まりおおっぴらにしたくないのですけどねぇ(笑)、そんなことを二十歳のころ考えてました。

    そんなふうに文学研究にぐらついていた時、小川先生が退官前の最終講義で、顧炎武の『音学五書』を読んでおられました。これは音韻学の入門書で、私はこれ で「小学」の世界の目を開かれました。小学=言語文字学は、3+5=8という世界です。音韻ほどでもないですけど、文字学も2×5=10という、かなりカ チッと数値的にできる分野であって、それを踏まえていくと、たとえば『切韻』がわかれば『詩経』の韻がわかる、というように自分の好きな中国学の体系の中 で、議論がロジカルに展開していける。それで小学をやってみようかなと思ったのです。

    印刷屋の小せがれだから、もともと小学生のころから、人が見たこともない漢字を知っていました。別にそのこと自体が自分の研究に関係するわけではないので すけども、なんとなく優越感みたいなものをもっていました。むずかしい漢字には抵抗感はなかったんです。だから小学を選んだことになるのでしょうかね。

    この分野、やっている人は少ないですね。最近はすこしずつ多くなってきていますが、30代40代あたりの人は現代中国語の文法とか方言とかの研究が中心で す。今は中国へ簡単に留学できるようになりましたからね。私のように『説文解字』とか古代の言語や文献学をやっている人間は、今でもまだほんとに少ないで すね。全国でさぁ、10人いるかいないかというところでしょう。

Update : Oct.23,2000

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