われら六稜人【第12回】全国制覇…あれから50年

決勝戦
六稜史に輝く甲子園優勝
【vs芦屋高】

    そして、いよいよ球史に残る優勝決定戦。対戦相手は同じ地元の芦屋高校です。
    梅田 前の晩はみんな麻雀をしたり将棋をしたりで結構リラックスしていたように思うね。
    山本 広瀬は疲れたと言って寝てしまった。その寝顔を見ながら品川と「こいつ俳優のジャン・マレーに似ておる」と話をしていたら広瀬がニターと笑った。そういうリラックスムードだった。
    梅田 差し入れに重箱二段重ねのおはぎが届いてね。蓋を開けてざっと計算して一人に2個当たる…なんて思ったモンです。
    三川 食べ物に関する思い出は多いね。宿舎が食堂の直ぐそばにあって、においがたまらんかった。
    山本 先輩が差し入れてくれた肉がうまかった。なんせ、牛肉を食うのは5年振りだからネェ。このために勝とうと思ったね。(笑)
    長谷川 優勝戦は試合前に甲子園のグラウンドで始めて練習が出来た。しかし、体力を消耗したらいかんというので、ボールを拾いに行くのも歩いていました。それを見て観客が「大丈夫か、頑張れよ」なんてやじってた。
    市村 試合は両投手好投で6回まで0-0の接戦。7回の表に多湖のレフト線ツーベース。梅田さんのセカンドゴロの間に三塁に進み、慶留間の犠牲フライで先制点で したね。8回にも1点を加えて2-0とリードして、いよいよ9回のウラ、芦屋の攻撃。2点を返されて、なおも一死三塁という場面で正直、僕はサヨナラ負け を覚悟しました。そしてピッチャーが多湖から山本さんへと交代…。
    長谷川 交代した山本がセンターからマウンドに向かって走っていく後ろ姿が大きく見えたよ。
    山本 7回ぐらいから多湖が疲れているのは分かっていた。同点になって一死三塁、確かに「これは負けた」と思ったね。ジーやんがセンターのボクに向かって手を上げたとき正直「困ったナ」と思ったよ。心中まことに複雑な思いが交錯して…「ジーやんはボクで負けようと思ってるナ、多湖にはまだ来年があるしな」「死ぬか、生きて恥をかくか…それなら見事に死んでやるぞ」そういう思いでした。これが17歳の少年の心境。

    キャッチャーの広瀬のサインは「ウエスト」、スクイズはずしの明確なサインであった。この時の芦屋のバッターはセカンドを守っていた松本というんだが… (後日、松本にその時の心境を聞いてみたらね「山本はノーコンだ。待てばフォアボールになる…と思っていたのにベンチのサインは初球スクイズだった」と 言ってたよ。)…この松本が空振りで、飛び出したランナーはタッチアウト。こうしてサヨナラ負けを防いだんだが…このあとは宇宙をフワフワ歩いている感じ で何も覚えていないンだ。

    試合は延長にもつれ込んで10回の表。小雨の降るなか、北野は広瀬の四球、長谷川の安打と中堅失もあって二、三塁。ここで多湖が適時打して2点を上げ、再びリードしますね。ところがそのウラ…山本が乱れて2四球を与えて多湖に交代するも、エラーでまたもや同点に追いつかれます。しかも、なおも一死満塁…再びサヨナラ負けの大ピンチ!
    次打者、芦屋の石田の打球は痛烈なレフトライナー。レフト長谷川はいち早く打球に追いつき、三塁ランナーがタッチアップでホームベースに駆け込みます。こ の場面を手に汗握りながら観戦していたほとんどの人は「長谷川がバックホーム」するのが早いか「ランナーが滑り込む」のが早いかと思ったことでしょう。

    ランナーがホームインする、球はまだホームベースに帰ってきていない…ラジオの中継席ではアナウンサーが「芦屋優勝」を声高に叫ぶ。芦屋のナインもホームベースに喜んで殺到します。ところがレフト長谷川は捕球して、なんと迷わずに二塁に送球したんですね。
    当然バックホームと思っていた二塁ランナー木下は大きく離塁しており、一瞬にしてダブルプレー成立。得点には至らず、またまたサヨナラ負けのピンチを脱する…という大変劇的な場面でした。

    ラジオが「芦屋優勝!」を叫んだとき、どれだけ多くの六稜人がスイッチを切ってしまったか…というエピソードもよく耳にするところです。

    長谷川 ライナーが飛んできたときには二塁へ投げることに決めていた。
    市村 しかし、野球のセオリーからするとあそこではバックホームするのが常識でしょう。あの場面で二塁へ投げるなんて聞いたこともないし、今までそんな場面は見たことがない。あれは特別の野球ですよ。
    長谷川 いやいや、練習ではいつもやっていた。空いているベースに投げろということでね。ジーやんからいつも言われていた。捕球してからどこへ投げるかなんて考え るなって。捕球する前にどこへ投げるか決めておけと。ボクはボールに追いつく前に二塁が空いていて、そこへ投げると決めていた。捕球するときには二塁へ送 球する体勢になっていたんだ。
    ここで、当時の状況を確認するために長谷川が立ち上がり、センター山本、二塁手市石も立ち上がって、当時のマウンドの状況を再現する…
    山本 ボクも打球の方へこういう具合に走っていった。長谷川がボクの5メートルほど先で打球に追いついて、そのときには二塁の方に身体が向いとった。
    長谷川 全速力で走って、ギリギリで追いついて、こういう体勢で球を取ってこういう具合にさっと二塁へ投げた。二塁には誰もいなかったが、市石が入ってくれると信じていた。
    市石 長谷川の捕球体勢を見て、これは二塁へ投げるなと思い、パッと二塁ベースに向かった。ベースに入って拝み取りをしました。さっと塁審の久保田さんを見たら高々と右手を挙げアウトを宣してくれて、ボクの顔を見てニコッと笑ったんだ。
    延長12回の表。北野は市村の四球、広瀬のセンター前ヒット、長谷川のスクイズなどでまたも2点を入れます。さすがの芦屋の粘りもここまで。試合は6-4で北野の勝ち。北野125年の歴史の中で、後にも先にも唯一の甲子園優勝を果たしました。
    品川 市村がエラーの連発にも落ち込まず四球を選んで出塁したのが大きかったね。あれでウィニングランということになったんだから。
    市村 いやね、甲子園のグラウンドではツーバウンドの後、打球が低くなるんです。北野のグラウンドは跳ね上がるんです。その違いがあってエラーが多くなってしまった。ショートを守っていたボクは8回以降に5つのエラーをしてしまった。
    品川 ほんまにみんなショートへ行ったもんね。
    市村 優勝戦で一試合に一人で五つのエラーをしたというのは今でも記録に残ってます。ボクの記録は破られないでしょう。「頼むからこっちへ飛んでくるな」と思うと、余計にボクの所へばかり飛んでくる。
    長谷川 ボクは君の後ろのレフトやったが、そんなにエラーしたなんて印象はないね。
    市村 これでこの試合に負けていたらボクは腹切りものですよ。先輩達のお陰で勝ってくれて助かりました。
    梅田 優勝だ!!と喜び勇んでベンチに戻ったら、2回戦に勝ったときに狂喜乱舞していた林校長が「梅田、これからが大変だぞ」と難しい顔をしていたのがひどく印象的だったな。

    ※大会旗降納式 台上が北野ナイン。芦屋ナインがグラウンドで見守る。

Update : Aug.23,1998

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